時に拳を、時には花を   作:ルシエド

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終殺六章:ハナノコトバ

 ラグナロクの最後に、炎の巨人がやって来る。

 炎の巨人の名はスルト。

 世界は終わり、人々の時代がやって来る。それがラグナロク。世界はそうなるはずだった。

 

 だが、この世界はそうはならなかった。

 巨人は完全に敗北し、人の時代が終わらせられて、神々の時代がやって来た。

 それは、ラグナロクの神話を無理矢理に逆転させたものだった。

 

 時代の終わりに、二人の炎の巨人がやって来る。

 その名は、メビウスとゲンティウス。

 神話の時代を終わらせて、人々の時代をもたらす優しき巨人達であった。

 命が消し去られ、灼熱の大地となり、今取り戻された緑の大地にて、光と闇は衝突した。

 

『ハッ!』

 

 エンペラ星人が剣を振り下ろしたタイミングで、それを回避したメビウスが跳躍、燃える空中回し蹴りをぶん回す。

 エンペラ星人は頭を下げてそれをかわした。

 

「せいっ!」

 

 そこに迫るは、竜児の虹の剣。

 模倣の固有剣・ウルティメイトメビュームブレードと化した虹の剣は、ウルトラマンゲンティウスの左手にある、ウルティメイトブレスから生える剣。

 竜児だけの剣となったそれを、暗黒の皇帝は右手の暗黒剣で受け止める。

 

 振るわれる青き巨人の右手の追撃。

 ゲンティウスの大きな右手の周囲に、光が集まり、もっと大きな光の手となった。

 固着化し固形化した光が、ゲンティウスの右手を巨大な光の鉤爪とする。

 竜児が振るった追撃を、暗黒の皇帝は左手の暗黒剣で受け止める。

 

 竜児の左手の剣、右手の鉤爪、皇帝の双剣が鍔競り合う。

 皇帝はそこから、念じるだけで衝撃波を発射した。

 

「ぬん!」

 

「ぐあっ!」

 

 ゲンティウスがモロに衝撃波を食らってしまい、吹っ飛ぶ。

 念動力にゲンティウスが捕まる前に、その体をメビウスが掴んで飛翔、念動力を回避した。

 黄金の光を体の周りに流動させるメビウスとゲンティウスが、並び立ち構える。

 

『リュウジ、大丈夫?』

 

「ありがとう。大丈夫、意外と頑丈なウルトラマンになれたみたいだよ、僕は」

 

 面白いウルトラマンだと、竜児の巨人体を見たメビウスは思った。

 

 ウルトラマンゲンティウス。

 ベリアルともメビウスとも違う青い体。

 この体色は、失敗作の失敗作であった彼が一から作り上げた巨人としての個性だろう。

 竜胆らしい色合いに仕上がっている。

 

 左手にはウルティメイトブレスと、そこから生えた虹の剣。

 右手には竜児の父ベリアルの異形化した鉤爪の手を再現したような、光の爪。

 遺伝子の傾向と意志の傾向が、そのまま基礎能力に反映されたような巨人であった。

 

(まるで、僕とベリアルの中間を進んで、そのどちらとも異なるものに成ったかのようだ)

 

 何にせよ、強いのであれば何も問題は無い。

 メビウスにとって、心強く頼れる新人ウルトラマンだ。

 竜児もまた、自分よりも遥かにキレのある動きをしているメビウスを心底信頼している。

 されど、隣に心強い存在が居ても不安が首をもたげるほどに、暗黒の皇帝は強い。

 『アトロシアス』ならなおさらに。

 

「光の者達よ、何故闇を恐れぬ?」

 

 皇帝の左手が動く。

 オーストラリア大陸面積規模の超広範囲念動力――皇帝からすればそれなりの範囲でしかない――にて、巨人を捉えた。

 オーストラリア大陸程度にまで"規模を絞った"広範囲念動力で二人の巨人の動きを妨害する。

 

 そして右手で強力な単体指定念動力を放ち、メビウスとゲンティウスを捕まえた。

 巨人が回避不可能な広範囲念動力と、巨人をガッツリ掴まえて握り潰すための念動力、その二つを分けるという妙技。

 赤き巨人と青き巨人の体が、ミシミシと音を立てていく。

 

『ぐっ……!』

「がっ……!」

 

「お前達の本能は恐れているはずだ」

 

 皇帝から闇が広がっていく。

 念動力で動きを止められたウルトラマンの体が、闇に蝕まれバチバチと音を立てていく。

 光の者や通常の生物にとって、この闇に触れることは人間が高圧電流と硫酸を浴びるに等しい。

 竜児とメビウスは苦しんだ。

 鎧を失ってなお、アトロシアスのエンペラ星人は絶望的に強い。

 

「全てが静寂に支配された―――この素晴らしき世界を!」

 

 闇が、津波となって光の巨人と光の大地を飲み込もうとする。

 

『―――!』

 

 そんな中、念動力に縛られ闇に包まれたメビウスが手を伸ばす。

 不可視の力が、ゲンティウスを掴んでいる念動力を緩和させる。

 竜児は使えず、メビウスも人間形態で時々にしか使わない、"ウルトラ念力"であった。

 

『リュウジ! 皆! 今だ!』

 

 メビウスが緩めてくれた念動力を力任せに振り切り、ゲンティウスは右手を左手の腕輪と虹剣に添えた。

 

「咲け」

 

 青き巨人のその背後で、オキザリスの光の花が咲く。

 

「「 オキザリス! 」」

 

 花言葉は、『輝く心』。

 

 巨人の姿に風の姿が一瞬重なり、左手の虹剣が腕輪ごと手持ちの大剣に変化した。

 竜児と風はくるりと回り、長さ1kmにまで巨大化した虹の大剣をゲンティウスが振り回す。

 そして、全ての闇は切り裂かれ、その向こうの皇帝にまで刃が届いた。

 

「ぬうっ!」

 

 虹の大剣に切られた闇が連鎖的に消えていく。

 大剣を防御した皇帝の腕は軽く痺れ、受けた闇の双剣からは白い煙が立ち昇った。

 虹の大剣は元の腕輪に戻り、ウルティメイトブレスは再度構えられる。

 

「咲け」

 

 青き巨人のその背後で、鳴子百合の光の花が咲く。

 

「「 鳴子百合! 」」

 

 花言葉は、『心の痛みを判る人』。

 

 巨人に樹の姿が重なり、ウルティメイトブレスが、右手の光の爪の中に溶けた。

 まるで"最初からそのためにあった"かのように、鉤爪状に光を固めて作った右手が、その指先で緑のワイヤーを射出する。

 鉤爪の先から放たれた糸は極めて鋭く。かつ速く。かつ千切れぬ強度を持っていた。

 五つの糸が空中を曲がるように跳ね、五つの変幻自在の刃として皇帝を襲う。

 皇帝は変幻自在の殺人糸が超高速で迫るのを見やり、黒き双剣を目にも留まらぬ速度で振るい、緑の斬撃の全てを弾く。

 だが、完全に受け流し切ることはできなかったらしい。

 

 防ぎきれなかったエンペラ星人の頬が、緑に輝く糸によって切り裂かれ、小さな切り傷が付いていた。

 

「"巨人の力を勇者が各技能でサポートする"のではなく……

 "勇者の力を巨人がサポートし、巨人のスケールで実現化させる"だと……!?」

 

 そう、今までは、ウルトラマンメビウスという巨人の力を、勇者の力と技能と個性がサポートしていたに過ぎなかった。

 だが、今は違う。

 ウルトラマンゲンティウスが、皆の力をサポートし、巨人のスケールで具現化させていた。

 

 皇帝が腕を上げ、下ろす。

 ただそれだけで、空から無数の闇の剣が降り注ぐ。

 一本一本が並のウルトラマンならば間違いなく即死し、地球に当たれど止まらずに地球を貫通しかねない剣。

 そんな悪夢が降り注ぐ。

 

「通すか!」

 

 それに、竜児は本気の余技で対抗した。

 ゲンティウスが空に向けて両手を掲げると、地球の空にばあっと花びらが広がる。

 その一つ一つが、"地球のどこかの誰かの一般人の想い"を形にしたものであった。

 皆の想いを竜児が光の花びらに変え、空より降る剣を防ぐ光の盾とする。

 『四百万枚の盾』は輝き、空からの攻撃を余すこと無く防ぎきった。

 自分の想いが空で世界を守ったのを見て、地上で人々が笑いガッツポーズを取る。

 

 空舞う花弁が放つ大きな輝きに、皇帝が思わず苦悶の声を漏らした。

 

「くっ……」

 

 ゲンティウスの力はこれまでにあった竜児の力と同質であり、かつ決定的に異なる力である。

 仲間の力を借りる力、ではなく。

 どこかの誰かの想いを、竜児が最強のヒーローに変える力。

 全ての者の"何かになりたい"という願いを叶え、"なりたい自分"にしてあげようとする想い。

 無力だけど優しい人達を、ただ生きたいと願う少女の心を、未来を願う人の祈りを、宇宙最強の守護者へと変える力だ。

 

 守りたいと願う誰かの想いを盾に変え、世界を守る力と成す。

 未来が欲しいという誰かの願いを剣に変え、未来を奪う敵と戦う力と成す。

 生きたいという少女の祈りを力に変え、少女の未来を守る力と成す。

 ゲンティウスではない誰かを、この世界という舞台の主役へと変える力。

 

 『皆まとめて主人公にしてしまう力』だ。

 

 今、全ての者の想いが、誰かを救い守れるヒーローの力と成っている。

 

『エンペラ星人!』

 

「ウルトラマンメビウス!」

 

 空からの攻撃を防いで隙だらけになった竜児は、メビウスが守る。

 踏み込み剣を構えるエンペラ、それを迎撃するメビウス。

 一瞬。

 交錯。

 その一瞬の間に、エンペラ星人は精密機械で録画することすら不可能な速度で12の斬撃を放ち、メビウスはそれら全てをかわしきっていた。

 

 バーニングブレイブの炎と、グリッターの光が、メビウスの周辺の空気には常に散っていたが、その全てがエンペラの斬撃によって切り刻まれた直後。

 メビウスは斬撃後の隙を突き、皇帝の脇腹を蹴ろうとするが、剣を持ったまま脇を肘で守る皇帝に防がれる。

 攻防の一つ一つが、瞬く間の一瞬だった。

 

「メビウス!」

 

 竜児の声が響く。

 エンペラ星人はその声から何かを理解することはできない。

 メビウスの名前を呼んだだけのその声に、何を理解しろというのか。

 だが、メビウスは理解した。

 その一声で竜児の意図を理解した。

 "ずっと体も心も一緒だった"関係というのは、そういうものだ。

 

 メビウスはエンペラとの攻防の最中、唐突にメビュームスラッシュを地面に撃ち込む。

 エンペラは足元を崩され、ぐらりと体が傾いた。

 

「貴様、何を―――」

 

 そして、傾いた皇帝の体に、強烈なパンチが叩き込まれる。

 見れば、異形かつ大きな鉤爪の手と化したゲンティウスの右手、光の鉤爪の右手が握られ、大きな拳となって伸長し、離れた場所からエンペラを殴り抜いていた。

 

 それは"お前ら三百年前からずっとよくもやってくれたなこの野郎"という、西暦末期から今日に至るまでずっと人柱となってきた、勇者達の想いを具現化した拳。

 天の神、バーテックス、エンペラ星人……そういったもの全てに対して向けられた、「こんな理不尽されて人間が怒ってないと思ってるのか!」という拳。

 過去の者達の想いを竜児が拾い上げた応えの拳。

 友奈のパンチとはまた違う、()()()()()であった。

 

「ぬうっ!」

 

 エンペラ星人という絶対者に、目に見えて大きなダメージが入る。

 今のパンチの威力もさることながら、メビウスの器用なアシストも素晴らしかった。

 

 一万年復活していなかったエンペラとは違う。

 十五年しか生きていない竜児とも違う。

 これが、エンペラ星人との戦いの後も一万年戦い続けてきた、宇宙の人々を守り続けてきた、世界最新の戦いを勝ち続けてきたベテランウルトラマンの強み。

 

「やっぱその体は僕が使うより、メビウスが使った方がずっと強いね」

 

『君には君の強みがあるよ。特に、その多様な光の使い方とかね』

 

 メビウスとゲンティウスが並び立つ。

 

『フェニックスブレイブを発現させたあたりから片鱗はあったよ。

 怪獣になった人達を、僕の技でない技で拘束していたあたりから。

 君は光を多様な形に変形させるのが、とても上手いんだ。才能がある』

 

「ありがとう。メビウスに褒められると、嬉しい」

 

 特に合図もなく、メビウスが右に、ゲンティウスが左に跳んだ。

 左右から光の巨人が暗黒の皇帝を挟撃せんとする。

 メビウスの左手、竜児の左手、それぞれのブレスレットから光の剣が生えていた。

 二つの目と一つの脳では到底防げなさそうなその挟撃を、エンペラはその場から微動だにせず黒き双剣にて受け止める。

 拮抗し火花を散らす光の剣と闇の剣。

 そして、衝撃波でどちらか片方ならば即座に吹き飛ばせると判断し―――かつて自分を倒した、メビウスの方を吹っ飛ばした。

 

「小賢しい!」

 

『ガッ!?』

 

 メビウスがやられればその瞬間にゲンティウスが、ゲンティウスがやられればその瞬間にメビウスが仕掛ける。

 そういう"無言の打ち合わせ"は、この巨人間ならばアイコンタクトだけで事足りる。

 なればこそ、竜児はメビウスが吹っ飛ばされた瞬間に、大技をすぐさま仕掛けていた。

 

「咲け」

 

 青き巨人のその背後で、蓮のように青薔薇の光の花が咲く。

 

「「 青薔薇! 」」

 

 花言葉は、『神の祝福』。

 

 巨人に重なる園子の姿。

 左手の腕輪と虹剣が一瞬で螺旋の槍となり、剣と接触していた暗黒剣を、強烈なドリル回転にて吹っ飛ばした。

 アーマードダークネスの装備であった剣ダークネスブロードが、どこかに飛んでいく。

 

「ぬうっ!?」

 

 エンペラはもう片方の剣エンペラブレードを振るうも、ゲンティウスはその場で屈んで回避。

 ゲンティウスはその場でくるりと一回りして立ち上がり、螺旋の槍を強く握る。

 

「咲け」

 

 青き巨人のその背後で、牡丹の光の花が咲く。

 

「「 牡丹! 」」

 

 花言葉は、『風格ある振る舞い』。

 

 銀の姿が巨人に重なり、双斧がエンペラブレードを強烈に叩いて弾いた。

 エンペラブレードが、双斧の衝撃で空の彼方までぶっ飛んでいく。

 これで、皇帝の双剣は失われた。

 

「まだ―――」

 

 皇帝はその場で腕を突き出し、強力な腕力にて巨人の首を極め折ろうとする。

 そんな皇帝の腕をかわし、ゲンティウスは十字に組んだ手を"コツン"と、エンペラ星人の黒一色の腹に当てた。

 

「咲け」

 

 青き巨人のその背後で、菊と朝顔の光の花が咲く。

 

 鷲尾須美の菊と、東郷美森の朝顔。東郷の気合で二人分。

 

「「 朝顔! 」」

 

 菊の花言葉は『ろうたけたる想い』。朝顔の花言葉は『愛情の絆』。

 

 東郷の姿が巨人に重なり、ウルティメイトブレスが両手の表面にうっすらと広がる。

 そして"光線"ではなく、"砲撃"が十字に組まれた手から放たれた。

 光の砲撃が皇帝の腹表面を破壊しながら、皇帝を数百mの彼方にまで押していった。

 十字に組んだ腕からビーム砲撃を放つという、いかにも東郷らしい技。

 

「くっ―――うっ―――!」

 

 皇帝が初めて、明確に痛みをこらえて腹を押さえた。

 十字に組まれた腕が元に戻され、ウルティメイトブレスも元の形へと戻る。

 ウルティメイトブレスは、使い手に合わせた『武器』となる特性を持つ。

 この千変万化の変形特性こそが、ウルティメイトブレスが竜児の想いに応えた証。

 "剣と鎧"のような分かりやすく強力な変形とは違う、"何にでもなる"という強力さよりも柔軟性に富む力であった。

 

「!」

 

 だが、幸運は正義の味方だけに働くものではない。

 園子との合わせ技で吹っ飛ばしたダークネスブロードが、砲撃で吹っ飛ばされたエンペラの足元に転がっていたのだ。

 皇帝は素早くそれを拾おうとするが、抜き撃ちで放たれたメビウスのメビュームシュートが、剣をその威力で吹っ飛ばす。

 剣を壊すことはできないが、遠くにやることはできる。

 

『拾わせるものか!』

 

「ウルトラマンメビウス……!」

 

 メビウスの一瞬一瞬の判断は、本当にこの上なく的確だった。

 

 両の剣を失った暗黒の皇帝に向け、二人の巨人が同時に踏み込む。

 

「『 せやっ! 』」

 

 そして、同時に蹴った。

 それぞれのキックの威力を単純に足し算した威力とはまるで違う、キックの威力を掛け算したのではないかと思えるほどの破壊力。

 エンペラ星人の体が浮き、流れ、地に落ち、皇帝は腹を抑えて苦悶の声を漏らした。

 

「ぐっ……うっ……ウルトラマン如きがっ!」

 

 再び放たれる念動力。

 されど何度も見たそれを、メビウスは既に見切っていた。

 メビウスがゲンティウスの前に出て、念動力をその体で受け止める。

 ゆえに、念動力はメビウスに作用し、ゲンティウスには届かない。

 

 強烈な念動力が、グリッターに守られているはずのメビウスの体を捩じ切ろうとする。

 

『あぐぅっ……行け、皆!』

 

 ゲンティウスが、メビウスの背後で頷いた。

 青き巨人の内側で、夏凜が竜児の肩を叩く。

 

「頼りにしなさいよ」

 

 熱い奴だな、と少年は思った。

 

「いつも頼りにしてるよ」

 

 熱い奴なんだから、と少女は思った。

 

「咲け」

 

 青き巨人のその背後で、サツキの光の花が咲く。

 継承された力であるがゆえに、その裏でツツジの光の花が咲く。

 

「「 サツキ! 」」

 

 花言葉は、『情熱』。

 

 一瞬、夏凜と拳を打ち合わせる竜児のビジョンが浮かぶ。

 青き巨人の両手に、ウルティメイトブレスが変形した二刀が握られていた。

 そこからは、まさに刹那の出来事。

 

 "皆と一緒に歩んでいきたい"。

 そんな願いを叶えて、光を足に集めて凄まじい速度で走る。

 瞬く間に接近し、二刀を皇帝の胸に強烈に叩きつけた。

 エンペラ星人の胸に大きく、光を刻むX字の傷が刻まれていた。

 

「ぬっ……あああああああッ!!」

 

 この戦いが始まって初めてと言える、『エンペラ星人に与えた致命傷』であった。

 

 エンペラ星人は思い出す。

 四万年前、自分の体に消えない傷を刻みつけたウルトラの父という剣士のことを。

 一万年前、同じく傷を刻みつけたザムシャーとヒカリという二人の剣士のことを。

 刻まれた刀傷が、エンペラ星人に忌々しい記憶を呼び覚ました。

 果てしない憎悪が膨れ上がる。

 "アトロシアス"がそれを増幅する。

 

 エンペラ星人が膨れ上がらせた闇が、周囲に散逸していく。

 地球の光を喰らい。

 メビウスやゲンティウスにも当たり、その体の光を削っていく。

 濃い闇はこの宇宙という空間を食い潰し、宇宙に穴を空け、宇宙という空間に『完全なる闇』としか言いようのない空間的欠落を発生させていた。

 このまま、行けば。

 ()()()()()()()()()()()、ただそれだけで、その憎悪を反映した闇が、太陽系規模で何もかもを消滅させてしまいかねない。

 

「……っ! どこまでも、底なしの闇……!」

 

 冷や汗を流す竜児の手に、巨人の中で友奈が手を添える。

 

「大丈夫」

 

 友奈は微笑んでいた。

 竜児に微笑みかけていた。

 

「勇者は絶対、負けないから!」

 

 何故かそれだけで、目の前の闇が、本当にちっぽけなものに見えた。

 

「咲け」

 

 青き巨人のその背後で、山桜の光の花が咲く。

 

「「 山桜! 」」

 

 花言葉は、『貴方に微笑む』。

 

 突き出されるは光の拳。

 拡散される光の波動。

 青き巨人がその場で拳を突き出して、光が放たれた。ただそれだけで。

 全ての闇は吹き散らされ、エンペラ星人に光の波動が叩き込まれる。

 

「何故だ……何故花開くたびに、貴様は強くなる! 何故、花散る姿を見せんのだ!」

 

 呻くエンペラの指摘は正しい。

 光の花は開くだけ。

 なのに散らない。

 想いの花が散ることはない。

 幾度でも咲き、何度でも力に変わり、何回でも光になる。

 花咲くたびにゲンティウスは強くなる。

 その光のサイクルは、エンペラをして理解不能と言わしめるものだった。

 

 だが、エンペラ星人も薄々気付いてはいる。

 この力こそが―――かつて、自分を倒した力"そのもの"なのだと。

 

 カラータイマーが鳴り始めた。

 ウルトラマン達の活動時間、残り一分。

 全身ボロボロになりながらも、メビウスとゲンティウスは心折れる気配すら見せず、絶望を抱く前兆すら見せず、闇の前で強く並び立っている。

 

「メビウス! 今だッ!」

『リュウジ! 今だっ!』

 

「レッキングバースト!」

『メビュームバースト!』

 

「『 ダブルバーストッ! 』」

 

 ゲンティウスは遺伝子が伝えてくれる"これだ"という新技を披露。

 十字に組んだ両手から、光と闇が入り混じったような色合いの破壊光線を放つ。

 メビウスは胸の炎の紋章に力を溜める。

 そして一気に開放し、万物を燃やし尽くす灼熱の巨大火球を放った。

 光線と火球が一つに混ざり、合体技へと昇華される。

 

 一つ一つが『必殺』と呼ぶに相応しい破壊力。

 それが合わさった威力は、いかな強者をも消し飛ばすほどのもの。

 されど、暗黒の皇帝はそれすら受け止め、星をも揺らしそうな気合の叫びと、その衝撃で二人の合体を消し飛ばす。

 

「何度楯突こうが、幾度足掻こうが、無駄だ! 光の者には決して余は倒せん!」

 

「皇帝の意地か……!」

 

 竜児の方の技の威力がやや足りず、合体攻撃のバランスが多少悪くなってしまっため、仕留めるには足りない威力になってしまったというのもある。

 だが、これで仕留められない方がおかしいのだ。

 一つや二つの致命傷では仕留められる気がしない。

 

 この粘り強さは、諦めないウルトラマンや奇跡を起こせる人間にも通ずる、理屈を超越した規格外の強さを感じる。

 まさしく、闇色の意志。

 この理不尽さあってこその、暗黒の皇帝。

 

「くっ……やっぱり固有の姿(オリジン)になって頭に浮かんだ技ぶっつけじゃダメか!」

 

「リュージ!

 使い慣れてない技をぶっつけで成功させられんのは天才だけよ!

 何事も練習で体に染み付いた動き第一!

 大事な勝負では使い慣れた技、動きがよく分かってる技を使いなさい!」

 

「分かってるよ、夏凜!」

 

 ゲンティウスとメビウスが目を合わせ、頷く。

 あっ、と勇者が声を揃えて言った。

 勇者の誰もが、この後の展開を正確に予測していた。

 

「『 それなら! 』」

 

 勇者全員が身構えて、メビウスとゲンティウスが息を合わせて皇帝に抱きつく。

 

「『 ダブルメビュームダイナマイトッ!! 』」

 

 そして、二人同時に自爆した。

 

「―――ッ!?」

 

 皇帝の驚愕は、当然のものだろう。

 ウルトラマン二人同時自爆の爆焔に巻き込まれたのは、おそらく皇帝が全宇宙で初めてだ。

 

 開発者・ウルトラマンタロウは、不死身のウルトラ心臓を使ってバラバラになった体をダイナマイト後に再生させる。

 メビウスにはウルトラ心臓が無いので、メビウスブレスで代用している。

 だがどちらもゲンティウスには無い。

 ならば、竜児はこのまま死んでしまうのか?

 

 そんなことはなかった。

 

「拾って拾って! 勇者部、ファイトー!」

 

「お姉ちゃん、熊谷先輩の腕の肉どこ行ったか分かる!?」

 

「あの辺りに大和魂を感じる……あ、あった」

 

「ドラクマ君も大変だね~」

 

「園子ぉ! アタシは今ボケに突っ込んでる余裕ないぞ!」

 

「リュージの体一瞬で戻さないと戦闘に響くわよ!」

 

「リュウくーん! これ大変だよー!」

 

 竜児と一体化した勇者達が、内側から干渉してバラバラになった光の肉を再結集させてくれていたからだ。

 

 ウルトラマンゲンティウスにとって、仲間こそがウルトラ心臓であり、メビウスブレスなのである。

 自爆後の己の命を預けられるくらいには、竜児は皆を信用している。

 かくして、メビウスと同タイミングでゲンティウスの肉体再構築も完了した。

 

「……再生、完了っ!」

 

『う……ウルトラマンの常識からすればなんてとんでもないウルトラダイナマイト……!』

 

 メビウスから見ても、エンペラ星人から見ても、それは恐ろしいほどに無茶苦茶な理屈で成立させられたゴリ押しの自爆攻撃であった。

 

「おのれ……人間……ウルトラマン……!」

 

 エンペラ星人のアトロシアスは、今のダイナマイトで吹っ飛んでしまったらしい。

 同時に、メビウスとゲンティウスのグリッターの光も散った。

 極大威力の爆発は、光も闇もまとめて吹き飛ばしてしまった様子。

 

 エンペラもダメージが大きいらしく、肩で息をしている。

 ゲンティウスも自爆のダメージで、手と足が少し震え始めていた。

 なのに、メビウスは自爆での消耗なんて無いとばかりに、力強く構えている。

 

(単独自爆しても平然と立ってるメビウスが本当凄い……どうなってんだこの人!)

 

 かつて、エタルガーと呼ばれる"敵の最も恐れる宿敵"を幻影や実体として再生する力を持った邪悪な者が居た。

 メビウスは多くのウルトラマン達と共に戦い、エタルダミーと呼ばれるエンペラ星人の模造品に立ち向かい、今と同じようにバーニングメビュームダイナマイトで消し飛ばした。

 そして、エンペラ星人の模造品を消し飛ばしながらも、カラータイマーの点滅どころか疲れた様子すら見せなかったという。

 

 そう、万年の戦いを経てベテランのウルトラマンとなったメビウスは。

 熊谷竜児以上の自爆のプロなのだ。

 その破壊力は絶大である。

 

「押し切るには……あと一手……!」

 

 残り活動時間40秒。

 決め切るには、強烈な一手が要る。

 竜児のその認識は、メビウスも共通して持っていたものであったようだ。

 

『僕が最大威力の一撃を叩き込み、奴の動きを止める。そこに最強の光線を叩き込め!』

 

 エンペラ星人が放つ衝撃波と闇の攻撃の合間をくぐり抜ける二人の巨人。

 

 メビウスは、自分が足を止めるから、竜児達で決めろと言う。

 

『この星の未来は、君達自身の手で掴むんだ!』

 

「……ああ!」

 

 ゲンティウスの右手の鉤爪と左手の虹剣が、皇帝の攻撃の迎撃に振り回され、ゲンティウスを盾代わりに使ったメビウスが空に飛び上がる。

 そして、空から凄まじい勢いで落下した。

 

 それは、ウルトラマンレオがメビウスに伝えた直伝の技。

 その技をメビウスがかつて特訓で自らのものとした技。

 自らのものとしたその技を、強化形態にて更に昇華させた技。

 『バーニングメビウスピンキック』。

 光線が効かないほどに強固な金属製のロボ怪獣を、発泡スチロールのようにぶち抜き、大穴を空ける威力を持つ必殺キックであった。

 

 ドリルのように回転しながら蹴りを叩きつけてきたメビウスを、皇帝が腕で受け止める。

 なんという強固で強靭な腕か。

 受け止めようとして受け止められる一撃ではないというのに。

 超高温の炎を纏ってドリルのように回転し、突っ込んで行くメビウスでも、暗黒の皇帝の素の腕ですら突破できない。

 

「ぐっ……!」

 

 だが、苦悶の声を漏らし皇帝の動きが止まった以上、メビウスは自分の役目を既に果たし終えたと言えた。

 青き巨人が、動きの止まった皇帝を見据える。

 

 皆が、未来を思う。

 皆が、未来を欲する。

 未来がために、この悪を砕かんとする。

 ……この世界の、戦いは。

 西暦の頃から、ずっと、ずっと―――この世界の、日々の未来を取り戻す戦いだった。

 

「満開!」

 

 巨人の背後に、桜色の花が咲く。

 

「満開!」

 

 巨人の背後に、青色の花が咲く。

 

「満開!」

 

 巨人の背後に、黄色の花が咲く。

 

「満開!」

 

 巨人の背後に、緑色の花が咲く。

 

「満開!」

 

 巨人の背後に、皐月色の花が咲く。

 

「満開!」

 

 巨人の背後に、牡丹色の花が咲く。

 

「満開!」

 

 巨人の背後に、紫色の花が咲く。

 

 ほんの一瞬で咲いた、七つの花弁で成る虹の花。

 代価を何も捧げない満開。勇者に捧げられる花。

 竜胆を加え、花を束ねて、絆で束ねて、『花束』にして――

 

 

 

「―――ウルティメイトブレイブシュートッ!!」

 

 

 

 ――竜児は、ゲンティウスは、その光を解き放った。

 

 この星に生きる全ての命の想いを、生きたいという願いを、幸せになりたいという祈りを、未来が欲しいという心を、形にするかのように。

 

「闇は……永遠の闇は! 光などというものに、負けはせん!」

 

 その光を、皇帝は素直に受け止めない。

 左腕一本でメビウスのスピンキックを受け止め、右手を花束の光線に向け、光を消し去るレゾリューム光線を放った。

 光と闇の光線が衝突し、皇帝のすぐ目の前で拮抗する。

 エンペラ星人は、どこまで行っても簡単には倒されてくれない容易ならざる強敵であった。

 

「貴様らの光を! 余を打ち倒す可能性のある希望を! 全て、根絶やしにしてくれる!」

 

 徐々に、徐々に、レゾリューム光線がウルティメイトブレイブシュートを押し返し始める。

 

「私達は今日まで、どんなに怖くても、良い未来が来ると信じて一緒に戦ってきた!」

 

 友奈が叫ぶ。

 

「地球の未来、託されてんのよ! 色んな人に、色んな巨人に、色んな神様に!」

 

 風が叫ぶ。

 

「皆で……皆で一緒に戦ってきた、私達なら!」

 

 東郷が叫ぶ。

 

「地球も、皆も、必ず守り抜ける!」

 

 銀が叫ぶ。

 

「私達は、頑張れば叶えられない夢なんてないって、信じてる!」

 

 樹が叫ぶ。

 

「諦めなければ、辿り着けない未来もないって信じてる~!」

 

 園子が叫ぶ。

 

「私達は、あんたを越えて、辿り着く! その向こうへ! ―――日々の未来(ヒビノミライ)へ!」

 

 夏凜が叫ぶ。

 

『行けえええええええっ!!』

 

 そして、メビウスが叫ぶ。

 

「エンペラ星人!」

 

 ウルティメイトブレイブシュートがレゾリューム光線を押し込んで、竜児が叫んだ。

 

「僕は、この戦いの中で、一度も!」

 

 恐れるものなど何もない。

 

「―――お前に感じた絶望が、仲間に感じた希望よりも、大きいと思ったことはないっ!」

 

 無限の闇(エンペラ)も、無限の星(天の神)も霞むような勇気が、ここに溢れているから。

 

 

 

「これが! 僕達の―――『光』だッ!!」

 

 

 

 レゾリューム光線が打ち破られ、レゾリューム光線が押し留めていた光の光線が、一気にエンペラ星人へと叩き込まれ……その全身を、その闇を、貫き打ち砕いた。

 誰の目にも明らかだ。

 誰が見ても同じことを言うだろう。

 これで、決着だと。

 

「ふ」

 

 皇帝の胸の致命傷である切り傷から、光が吹き出す。

 

「ふはははははははっ!!」

 

 皇帝が笑い、その全身から割れたコップの水のように、次々と光が吹き出していく。

 

「かつて、余は……

 人間の、ちっぽけな希望という光を……ウルトラマンと人間の絆を甘く見た。ゆえに負けた」

 

 エンペラ星人が、光になっていく。

 

「だが……今は……甘く見ることもなく、全力でぶつかり、敗北した……」

 

 闇が、光になっていく。

 

「紛うこと無き余の全力が……打ち破られた」

 

 地球に散っていた闇が消えていく。

 

「―――今ならば分かる。これが、光か」

 

 かくして。

 

 蘇った闇の権化、暗黒宇宙大皇帝エンペラ星人は、この宇宙から消え去った。

 

 太陽に照らされる緑の大地、青い海、青い空を残して。

 

「やった……やったぁ!」

 

 勇者達が声を上げる。

 歓喜にわいわいとじゃれ合って、小さく飛び跳ねる。

 ハイタッチをして、勝ち取った平和を噛み締めて、隣の友達を抱きしめて。

 

 そんな勇者の輪の中に、竜児は加わらなかった。

 

「……うん」

 

 ウルトラマンゲンティウスは、勇者の皆を分離する。

 そして人間の姿に戻る。

 巨人のメビウスも、勇者の皆も、どこか様子のおかしい竜児に怪訝な目を向けていた。

 

「これで、最後だ」

 

 付き合いの長い夏凜と園子。

 その次に他人の機微に敏い友奈。

 続いて東郷、風と樹と銀が気付く。

 この顔をしている時の熊谷竜児は、いつだって良いことを言うことはない。

 

「皆に話さないといけないことと……言わなくちゃいけない、お別れがある」

 

 熊谷竜児の物語が。その運命が。

 

 美しい終わりを迎える時が来た。

 

 

 




 次回、最終回。その次、エピローグ。エピローグまで読んで頂きたいです

 今日は結城友奈ちゃんの誕生日なので最終回どうしても間に合わせたいんですが間に合うかな

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