時に拳を、時には花を   作:ルシエド

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結城友奈ちゃんお誕生日おめでとうございます。誕生日おめでとう投稿……にしておきますか

特撮仮面さんにゲンティウスの支援絵貰ってウキウキしてます。本日最終回です


自殺:キボウノカケラ

 運命は結ばれる。

 努力の果てに、運命は最も収まりのいい場所に転がっていく。

 友奈との協力技でかき消されたものの、エンペラ星人は戦いの終盤、この宇宙に穴を空けるほどの闇を放出していた。

 戦いの終わり際にも、その穴は空いていた。

 

 戦いが決着した時点で地球に転がっていたのは、ゲンティウス顕現時に排出されたメビウスカプセルとウルトラ6兄弟カプセル。

 エンペラ星人という存在を作っていたエンペラ星人カプセル。

 そしてエンペラ星人から排出されたベリアルカプセルと、ダークルギエルカプセルである。

 メビウスカプセルを除いたカプセルは、宇宙の穴に落ちていった。

 

 多次元宇宙全てに同じ速度の時間が流れているわけではない。

 時間には相対的な時間の流れの速さの差があり、宇宙は広がることで空間を広げるため、空間と密接な関係にある時間は、宇宙の拡大速度にも影響される。

 いわゆる平行世界と似た存在である並行宇宙であれば、宇宙移動で擬似的で主観的な時間遡行に見えるものも行うことさえできるだろう。

 

 ウルトラ6兄弟カプセルは未来に。

 ベリアルカプセル、エンペラ星人カプセル、ダークルギエルカプセルは過去に。

 メビウスカプセルは現在に。

 

 少年が過去現在未来の約束で、過去現在未来の悪を束ねた悪に勝利した戦いの結末は、やはり過去現在未来に跨がる結果に繋がる。

 

 いつかの未来、いつかの宇宙で。

 "朝倉リク"、"ウルトラマンジード"と呼ばれる竜児の兄弟が、そのウルトラ6兄弟カプセルを手にしていた。

 流れ着いたカプセルは"同じように運命と戦う兄弟の一人"たるリクに吸い寄せられ、リクが気付いた時には、その懐に収まっていた。

 

「ねえリク、この『ウルトラ6兄弟カプセル』っていつ起動したの? いつ手に入れたの?」

 

「それが分からないんだよ、ペガ。いつの間にか手元にあって」

 

「いつの間にか……って。理由もなく生えてくるものじゃないよ?」

 

「不思議なこともあるもんだよねえ」

 

 いつの日か、これは『竜児の兄弟を守る力』として発現する。

 

「日頃いい事していたからきっといいことがあったんだよ、リク!」

 

「そうかな? ……そうかもな!」

 

「そうだよ!」

 

 そして、未来の竜児の兄弟がウルトラ6兄弟カプセルを得た。

 

 そして、過去の竜児の父親は悪の三つのカプセルを得た。

 

「やはりな」

 

 ベリアルカプセル、エンペラ星人カプセル、ダークルギエルカプセルは過去に流れ、悪の企みをしていた竜児の父ベリアルと、その部下・伏井出ケイの手元に渡っていた。

 カプセルを眺め、肉体を失ったベリアルが呟く。

 肉体を失ったベリアルが復活のため、少し前に『息子』であり『道具』でもある竜児やジードを生み出し……そして、全てが始まった。

 この時点では既に、竜児という失敗作の失敗作はある宇宙の地球に降り立っている。

 

 ベリアルはカプセルの残留思念を読み取り、ほくそ笑んだ。

 

「『俺の息子』はその全てが、俺を強くするために存在しているというわけだ」

 

 ()()()()()()()()にて作られた闇の極致たるカプセル。

 ベリアル達が自前で用意したゾグ(第二形態)カプセルやファイブキングと比べても、その出力は遥かに高かった。

 天の神はベリアル達が昔から作っていたカプセルやライザーの"情報"を元にこれを作ったので、ある意味相互ブレイクスルーの形になっている。

 天の神のライザーもそれを元に創られたがため、ある意味これは全ての力が原点へと回帰する現象であるとも言えた。

 

 ベリアルは笑った。

 どこかに捨てられたゴミのような存在である息子ですら、自分を強くするための糧となってくれたのだから、笑いが止まらなかった。

 嘲笑うベリアルの言葉を、部下のケイが肯定する。

 

「その通りでございます。ベリアル様」

 

「カプセルの調整は継続してやっておけ、ストルム星人」

 

「はっ」

 

 悪の三種カプセルをすぐ使うことは不可能だった。

 前に使っていた者の『癖』が出過ぎている。

 ベリアルがこのカプセルを使うためには、時間をかけての繰り返し調整と、制御のための大規模な外付けエネルギーが必要だった。

 

 エンペラ星人カプセルとダークルギエルカプセルはベリアルの手元に。

 ベリアルカプセルは再度多大な調整が行われ、ケイを通してリクの手元に渡ることになる。

 更にベリアルは、宇宙に空いた穴にも着目していた。

 これがあれば、どんなに強い人間でも、別宇宙や異次元に追放が可能であるがゆえに。

 

「この時空の穴をよく分析しておけ。

 俺がこの穴を見た瞬間、それを仕掛けてきた敵の意図を読み切れるようにな」

 

「はい、ベリアル様」

 

 闇は竜児の父の手に渡り。

 光は竜児の兄弟の手に渡った。

 竜児の知らない宇宙でこの親子は宇宙の命運をかけた激突を行い……いつかの日に、悪と闇は滅び、光が残る。

 そういう結果に終わる未来が、その宇宙にはあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 旧約聖書・創世記第四章。

 神と、兄カインと、弟アベルの物語。

 それは人類最初の殺人と、人類最初の嘘の物語。

 

 兄カインは農耕に励み、出来た野菜を神に捧げた。

 弟アベルは牧畜に励み、美味しそうな羊を捧げた。

 神はアベルの供物だけに興味を持ち、カインの供物に見向きもしなかった。

 

 カインは嫉妬し、弟を殺した。

 そして神にアベルのことを聞かれ、知らないと答えた。

 だが嘘は全てが露見し、神はカインに作物を収穫できなくなる呪いをかける。

 そして、カインを殺した者に七倍の復讐が訪れるという刻印を、カインに埋め込んだ。

 これを「罪の印」「殺人者の刻印」と呼ぶ書籍も存在する。

 

 『兄弟殺し』は原初の殺人。いくつかある『原初の罪』が一つ。

 

 罪とは裁かれるもの。

 罪人は呪われるもの。

 多くの場合、罪人は幸せになることを許されない。

 兄弟殺しならなおさらに。

 神話とは、そういうものだった。

 

 

 

 

 

「皆に話さないといけないことと……言わなくちゃいけない、お別れがある」

 

 そう言った竜児に対し、勇者は皆戸惑った。

 

「お別れ、って」

 

 光が、竜児とその周囲にあったものを包み込んでいく。

 勇者達を、分離した神樹を、彼らを見下ろすメビウスを包み込んでいく。

 それは竜児が展開したもの。

 神樹がいつも使っている樹海化に近く、竜児が以前使っていたメタフィールドに近く、その中間と言える、時間の流れを止めるもの。

 竜児はメビウスや神樹も結界内に巻き込んでしまったことに内心舌打ちし、制御力に欠ける今の自分の体を忌々しく思った。

 

 余計なものは巻き込みたくなかったのに。

 時間を止めた空間で、最後の別れの言葉を言いたかっただけだったのに。

 だが、もうこれ以上余計な真似をしていられるだけの余裕はない。

 

「え……?」

 

 背景が光しか見えない空間の中で、竜児と、勇者と、神樹と、メビウスを区切るように、透明な光の壁が現れる。

 

「壁? なんで?」

 

 嫌な予感がした夏凜が即座に抜刀、斬りつける。

 だが"ウルトラマン基準でも強固過ぎる光の壁"は、夏凜の凄まじい斬撃でも切断不可能なレベルのものだった。

 

「ちょっ、夏凜ちゃん!?」

 

「切れない……!」

 

 時が止まっているかのような、光の壁。

 そう、この光の空間の中では、いくつかの概念が時も流れず停止している。

 竜児は光の中で、皆に向かって頭を下げた。

 

「ごめん、皆」

 

 何かが終わる。そんな予感を、勇者の全員が感じていた。

 

「僕は今、死んだ」

 

「―――!?」

 

「無理、しすぎた。今は時間を止めるフィールドを展開して、死の一瞬で時間を止めてる」

 

 竜児はもう死んでいる。

 "結末"で言うのなら、もう結末は訪れていた。

 今この瞬間は、結末の後のロスタイム。

 

「ごめん。生きて帰るって約束、果たせなかった」

 

「そんな……!」

 

 寿命を削りながらの戦いの果てに、寿命が尽きての必然の死。

 始まりからして腐肉で作られた竜児の肉体に来た必然の終わり。

 ウルトラの母でもこれは治せまい。

 皆の努力は竜児の命を最後の瞬間まで繋いだが、結局竜児をちゃんと生存させる域にまでは、届かなかった。

 届かなかったのだ。

 闇を払う奇跡に手は届いたが、完全無欠のハッピーエンドにまでは、手が届かなかった。

 

「神樹様は分かってたんだろうね。

 最後に僕の命が尽きることを。

 神樹様が生贄になれば……そこからでも、僕の運命を変えられることを」

 

「え……」

 

 神樹を犠牲にすれば竜児は生きられる。

 悲しみと絶望に落ちかけていた皆の心が、立て直す。

 

「でも、いいんだ。

 僕は神樹様を犠牲にしてまで、生きようとは思わない。

 一つ、前々から考えてたものがあるから、それで死を回避するよ」

 

「え……本当!?」

 

 更にそこから、神樹も竜児も死を回避できるという案があると言われ、反応が別れた。

 友奈、樹、夏凜、銀が素直に喜ぶ。

 風、東郷、園子、メビウスがその言葉を素直に受け取らない。

 だってそうだろう。

 もし、その案で全てが上手く行ったハッピーエンドになるとしよう。

 

 ならばお別れとは、何のことなのか?

 

「メビウス。僕は何になってもいい、って言ってくれたよね」

 

『あ、ああ』

 

「僕は神様になるよ」

 

『―――』

 

「"皆"を救える神様になる」

 

 熊谷竜児の終わりに、定められたものの話をしよう。

 

 美しい終わりの話をしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 僕はどこへでも行ける。

 熊谷竜児は何にでもなれる。

 それがきっと、『可能性』ってことなんだ。

 僕は『神』になる。いい加減、神樹様もちょっと休めるようにしてあげないと。

 見守る神様の樹の役は、交代だ。

 

 ……ああ、ごめん。いきなり話が飛びすぎたかな。

 

 ほら、これ。

 神樹様が大地と緑を作るために作った種。

 神樹様の力の塊ね。

 これがあれば、僕の属性を神樹様の方に寄せられる。

 つまりね、これを使えば神樹様に近い権能を備える樹の形をした神様になれるんだ。

 

 前に奉火祭の話はしたっけ?

 生きた巫女を火にくべて、生贄に捧げる儀式。

 僕が過去に記憶を捧げて、光を生み出す儀式に改造したやつね。

 じゃあさ、ヘラクレスが最後に"自分を燃やして神になった"のは知ってる?

 

 ヘラクレスはヒュドラの猛毒が体に回って、悶え苦しんだ。

 ヒュドラの毒が回ったヘラクレスの肉は腐肉となり、壮絶な苦痛を引き起こしたという。

 ヘラクレスは苦痛から逃れるため、木を積み上げて火を着けてもらい、炎に包まれて焼け死んで死後神の座に昇ったんだ。

 十二の試練を終えたヘラクレスは、神様になった。

 

 分かるだろ?

 これが、()()()()()()()()()だ。

 

 今の僕ならこうして、自分だけの力で炎を作れる。

 二年前はヘラクレスみたいにせっせと木を積んで、術式作ってたからね。

 今の僕を燃やして、新しい神様の僕を作る。

 偉大な神様にはなれないだろうけど、今の僕の力に相応の神様にはなれる。

 それで、僕は全部を救うんだ。

 

 神様じゃないと救えない人達が沢山いる。

 例えば神樹様だ。

 神樹様は神様の集合体。

 神樹様の寿命というのは、無理をして一つにまとまってしまった彼らの、存在限界なんだ。

 神様でもなければそれは解決できない。

 人間の病人を、人間の医者にしか治せないように。

 僕が神様にならなきゃ、神樹様は助けられないんだ。

 

 戦いも止めないといけない。

 

 天の神は個体じゃない。群体だ。

 力だけで戦ってちゃ、いつまでも戦いは終わらない。

 神様の寿命スケールの戦いって何年かかる? 何百年かかる?

 その間、ずっと勇者なんてものを運用して、戦わせ続けるのか?

 それはちょっと、嫌だよ。

 

 戦いはここで終わりにしよう。

 もう誰も戦わなくてもいいように。

 "絶対にどんな争いも起きない世界"は作れないかもしれないけど、"絶対に誰かが戦わないといけない世界"を終わらせることはできる。

 

 時に拳を。時には花を。

 人は、争いが絶えない生き物だ。

 だけど、交渉や話し合いもできる生き物だ。

 歴史を学んだから僕は知ってる。

 永遠に続いた闘争は無い。

 憎み合った民族と民族でも、分かり合えることはある。

 戦争した国同士でも、友達になることはできる。

 許せなかった誰かを今でも許せなくても、そこで生きていくことを許すことはできる。

 

 分かり合った誰かと戦ってしまう人間の醜さがあるように、かつて憎んだ誰かと手を取り合えるという美しさも、そこにある。

 憎い誰かと和解できるのは。

 人間が持つ強さだと、僕は思う。

 

 僕はあの日、ヤプールが発現させた皆の欲望を見た。

 皆が心に秘めたもの、心の片隅に置かれたもの、忘れ去られた想い。多くの醜悪を見た。

 でも、その後に皆が見せてくれた心の光もまた、皆の心の真実だ。

 心の中の善悪も、他人を憎む心と歩み寄る心も、心の一側面でしかない。

 あとは、天の神がどういう存在かを知って、人とどう違うかを確かめないと。

 

 僕は、天の神と色々話し合って戦いを終わらせたいと思う。

 

 天の神を一人残らず殺して平和を取り戻す、なんていう思考で平和を目指したら、それこそ僕らも天の神の残酷な所業と変わらないことしてることになっちゃうよ。

 僕らは人間なんだから、話し合いって手段もあるのさ。

 それにほら、僕は大赦だから。

 神様を祭り、儀礼を行い、神様と交渉するのが本業みたいなところあるしね。

 

 僕は竜児。そして竜胆。

 天の神の呪いは、拾われた時に仕込まれた(いみな)の機構で僕には効かない。

 神に成り上がった人間が不敬な、みたいな感じに呪われちゃったりしても、僕はその名指しの呪いが効かないから話し合いが継続できる。

 それなら、数百年くらいは話し合えると思う。

 神様っていうのは不敬に祟りで返すものだから、話し合いにはこういう特殊な名前が必須なんだなあ、と今更に思ったりしたんだよね。

 

 天の神とは、そもそも滅ぼすべきものなんだろうか。

 

 理屈で考えてみると、なんだかちょっと分からなくなってくる。

 いや、個人的に言うなら人間を上から目線で滅ぼすとか何の権利があってそうしてるんだよ、って怒る気持ちもいっぱいあるんだけどね。

 何すんだこの野郎、と思った人も少なくないはずだ。

 

 でも僕は、天の神のことを何も知らない。

 天の神と話したことすらない。

 人間の何がどういう風に癇に障って、天の神がそこに何を思って、何を考えて人類を滅ぼそうとしたのかも知らない。

 知らないで決めつけるのはどうなんだろう……って一回思っちゃったらさ。

 何かもう、ダメだった。

 

 天の神の性格を想像して悪役にするのも、天の神の行動原理を妄想して勝手に極悪者にするのもできなくなっちゃってさ。

 じゃあやっぱり天の神と直接話すしかないかな、って思ったんだ。

 あ、無根拠に希望的観測を語ってるわけじゃないよ。

 ここでさっき話した奉火祭の話がまた出て来るんだ。

 

 天の神はさ、人間の命乞いなんて聞く必要はなかったんだ。

 奉火祭で命乞いされても、無視して滅ぼしたってよかったんだ。

 たとえ、地球上の全てが灼熱の理に塗り替えられ、人類の滅びが未来に確定された、って事実があったとしてもね。

 人間の命乞い聞いても、何の得も無いんだから、そうしたってよかったんだ。

 

 この一点だけでも、天の神とは僅かな交渉の余地、話し合いの余地があるとは思わない?

 

 僕はまだ人間の損得だけでしか天の神の善悪を語れない。

 自分の損得だけを考えて、そのせいで他人の怒りに触れ、他人に嫌われ怒られる。

 人間にはよくあることだよね。

 今の神と人の関係もそうなんじゃないか? って思ったりもしたよ、僕。

 まあどんな理由があろうと、天の神には絶対、殺した人達に謝ってほしい。そうも思う。

 

 成功するかは分からないけど、数百年くらいは話し合う覚悟を決めたよ。

 もしかしたら喧嘩別れに終わるかもしれないけど……天の神の考えが柔らかくなれば。少しでも過去の行為を悔いてもらえたら。

 そうなればと、僕は思う。

 

 ……皆、そんな顔しないで。

 そんなこと言わないでくれ。

 泣きそうに言わないでくれよ。

 もう決めたんだ。

 

 大丈夫。

 皆は悲しませないし、苦しませない。

 ちゃんとその辺は考えてある。

 

 僕はまず、この宇宙に存在する僕の記憶を全部消すよ。

 

 僕のことを誰も覚えていなければ、誰も僕のことで悲しむことはないだろ?

 

 誰にも悲しんでほしくないから、僕はまずそうするよ。

 

 技術。権能。設計。計画。

 神様になれれば、僕は以前自分の記憶にしたことと、東郷さんの記憶にしたことを、より高いレベルと大きなスケールで実行できる。

 メビウスには前に話をしたよね。

 神樹様には、その人間が最初から世界からいなかったかのように痕跡を消し、人々の記憶から一人の存在の記憶を吸い上げる力があるんだって話。

 

 吸い上げだから、記憶抜かれた本人に引き戻されちゃうと記憶はその人に戻っちゃうけど、吸い上げていっぺんに燃やすなら話は別だ。

 全宇宙の皆の記憶から僕の記憶を吸い上げ、燃やし尽くす。

 僕の記憶がこの宇宙から永遠に失われたタイミングで、僕の記憶を燃焼させて得たエネルギーを使い、地球以外の全宇宙から『この地球』の記憶を奪う。

 

 これで天の神は地球を忘れて、地球を攻めない。

 あとは僕が数百年かけて天の神と話し合いつつ、地球の記憶を取り戻しそうになった天の神から適宜地球の記憶を奪い続ければいい。

 

 さっき、天の神と色々話し合うって言ったよね。

 あれはつまりさ、人類のこと一回忘れてもらって、人類への攻撃を止めてもらって、その間に話し合おうってことなんだ。

 人類のこと思い出しても、人類のこと攻撃しないでくれるまで、天の神がそういう考え方になるまで、とことん話すってこと。

 

 人類が嫌いだから聞く耳持たん! ってされたら本当にアレだし。

 ……だから、そんな顔しないで。

 そんなこと言わないで。

 皆、僕のことは忘れるから。

 その悲しみも今だけで、すぐに無くなるよ。

 

 僕は片手落ちにはしない。

 決めたことは変えない。

 体を傷付けたくないって想いから、心を傷付けてしまうなんて本末転倒だ。

 皆が僕を大切に思ってくれてる中で、僕が自己犠牲したら、皆の心が傷付いてしまうから。

 僕の記憶は燃焼し、確実に消す。

 神樹様の力では僕の記憶が戻りかねないから、僕の術式で確実に燃焼させて消す。

 それでようやく、完璧だ。

 

 ……話しすぎたかな。いや、大丈夫か。

 

 北欧神話において、炎の巨人スルトの親族は大樹ユグドラシルを飲み込むとされている。

 僕は神樹様と望外の展開で一つになり、神樹様を一度取り込んだ。

 おかげでこの先の展開もまず失敗しないだろう。

 神話はなぞられた。

 

 ラグナロクの後に炎の巨人は残らない。

 神々の時代の終わりと同時に世界から消えるんだ。

 僕は月あたりで樹になっておくよ。

 この先の戦いが無くなった世界に、僕は必要ない。僕は世界から消える。

 神話はなぞられた。

 

 ヘラクレスは罪を償うために十二の試練に挑み、乗り越え、炎の中で死して神の座に至る。

 天の神は人の罪を裁くために、バーテックスをもたらした者。

 ここに罪を贖う試練は終わり、英雄は炎の中に消える。

 試練はなぞられた。

 

 バーテックスは、ギリシャに伝来した黄道十二星座と、ギリシャ繋がりでヘラクレスの十二の試練なんだと思ってたけど、こういう風に繋がるとは以前の僕は思ってなかったな。

 

 天の神は、多分ここまで予測してたわけじゃないと思う。

 でも、結果から見ればこれはとても綺麗で、美しい終わりだ。

 収まるべきところに収まるべきものが収まってる。

 こういうのを、運命って言うんだろうか。

 

 だから、僕は僕が救いたいと思った全てを救う、神様になるよ。

 

 だって、何になってもいいんだろう?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 かくして、竜児の語りと種明かしは終わる。

 

 勇者が竜児を止めようとするが、光の壁を破れない。

 この場の誰もが気付いていなかったが、この時点で、竜児以外の全ての者が『どうやっても目的を達成できない』という意味で詰んでいた。

 ここから何をしても、竜児の行動を妨害することはできない。

 

 竜児は頭が良い。

 そして、友達を理解している。

 勇者を理解している。

 

 "知られてしまえば"、勇者が必ず止めに来ると分かっていた。

 どんな不可能さえも可能にし、その自己犠牲を止めに来ると分かっていた。

 そして阻止を成すだろうと分かっていた。

 竜児の自己犠牲は止められ、なあなあで落とし所を見つけ、これからも戦いが続いていくことが確定し……そんな未来を、竜児は本気で否定した。

 戦いを終わらせたかった。

 戦いから勇者を解放したかった。

 地獄のような永き戦いの運命など、この地球に残したくはなかったのだ。

 

 だから、本当に緻密に詰めた。

 この瞬間に、勇者がどんな奇跡を起こそうと、何もひっくり返せないように。

 竜児が神様になることを決めたのは、神樹が自らを犠牲にして竜児を助けると言った瞬間と、自分の命が尽きた瞬間だったが、"この形"に持っていこうという意識は、ずっとあった。

 勇者は竜児の別れの言葉を聞きつつも、何もひっくり返せてはいない。

 竜児は勇者が絶対にひっくり返せないよう、本当に緻密に詰めていた。

 

 竜児は今日までの日々の中、未来に皆と一緒に生きることを望みながらも、保険をかけていた。

 もしもの瞬間に、全ての負債を抱えて一人で地獄に落ちるつもりでいた。

 自らの神樹化のための理論、及び自分と地球の記憶を宇宙から消去するための理論など、そうでなければ用意しているはずがない。

 生きたかった。

 皆と別れたくなかった。

 だが、そうしなければ守れないものがあったのだ。

 

 一緒に生きていこうという約束があり、皆の想いを束ねた花束のような想いがあり、竜児はその全てを否定した。

 約束を踏み躙る。

 花束を踏み躙る。

 

 これが、最低でなくて何と言うのか。

 

『ダメだ、リュウジ!』

 

 メビウスが竜児を止めようと手を伸ばす。

 ウルトラマンの竜児が張った光の壁でも、同じウルトラマンであるメビウスならば突破することは可能かもしれない。

 だがメビウスの伸ばした手は止まり、赤き巨人は倒れてしまう。

 巨人が倒れたことで地面が揺れ、メビウスは指一本動かせない状態になってしまった。

 

『う―――がッ!?』

 

「……ごめんよ、メビウス」

 

『君は……まさか……僕の中に……!』

 

 竜児の手の中には神樹の種が一つある。

 そして、()()()()()()()()()()ある。

 その種が内側からメビウスに干渉し、メビウスの体を動かせない状態に陥らせていた。

 メビウスは、竜児がこの種を手の中で転がしていた時の言葉を思い出す。

 

―――本当に最後にしか使えない保険を、用意しておこう

 

―――この保険使ったらもう全体的に終わってるってことだから使いたくない

 

 そう、つまりは、そういうことだ。

 竜児の仕込みとは、メビウスの体の中に種を仕込んで、神の力でその動きを止めること。

 竜児が想定していたいくつかのパターンにおいて、自己犠牲しようとする竜児、それを止めようとするメビウスという構図になった場合に、"メビウスの動きを止める"という目的を達成するための仕込みであった。

 

 種は竜児の神化とメビウスの足止めに使うために、用意されたものだったのだ。

 まさしく、奥の手。

 変身時に竜児が種をポケットにでも入れていれば、一体化している竜児がメビウスの肉体に種を仕込むことなど容易だっただろう。

 ウルトラマンメビウスは、竜児を信用しきっていたのだから。

 竜児はメビウスの体の中にどこかのタイミングで種を捨て、あとは好きなタイミングで発芽させてしまえばいい。

 

「メビウスは僕を信じてた。信用して信頼してた。僕らの体は一つだった」

 

 竜児はメビウスが自分を信用しきっていたことを自覚し、それを裏切った。

 ウルトラマンの信頼を裏切ったのだ。

 "竜児なら悪いことは何もしない"というメビウスの信頼を、この上なく明確に裏切った。

 

「信頼、裏切ってごめん」

 

『リュウジ……!』

 

 動けなくなったメビウスを背に、竜児は神になろうとする。

 そんな竜児を壁の向こうから風が呼び止めた。

 

「ねえ、竜児君……全部終わった後、人に戻れるの?」

 

「戻れないですよ、風先輩。この体が樹の神の姿になって、そのまま死ぬだけです」

 

「それって、どのくらい……」

 

「百年から千年くらいと見てます。

 今の推測だと天の神との交渉終了まで早くて三百年くらいでしょうか」

 

「三百年……一人ぼっちで……?」

 

「仕方ないです。やるべきことなんだから」

 

 大嘘だ。

 神の時間間隔は、非常に長い。

 天照大神の孫である天孫・邇邇藝命の天孫降臨から、三代後の神武天皇の東征までで179万2470年。三代で180万年だ。

 本物の神であれば、時間間隔はもっと長いだろう。

 万年単位で孤独に天の神と交渉し続けなければならない未来の可能性が、竜児にはしっかりと見えていた。

 

 勇者達を安心させようと、できる限り短い年数を言おうとして、けれどあまりにも短いと現実味がないと思われてしまうと考え、三百年という年数を口にした。

 竜児の"このくらいかかるかもしれない"という最悪の想定三万年の1/100。

 彼はこれを、かなり少な目な年数であると考え口にしていた。

 

 だが"三百年も竜児が一人ぼっちで天の神との危険な交渉に向かう"という事実は、"そのまま人間に戻れず死ぬ"という事実は、それだけで風を激昂させるものだった。

 

「ふざけないで!」

 

「ふざけてません。風先輩」

 

 風は大剣をがむしゃらに光の壁に叩きつけ、同様に樹も武器と言葉を叩きつける。

 

「先輩! 普通に……普通に生きられる道があるじゃないですか! 神樹様が示してくれた!」

 

「でもそれじゃ、神樹様が犠牲になるよ」

 

「っ」

 

「僕が神様にならないと、神樹様の寿命問題は助けられない。

 普通の生き物でもない、神様だからね。

 神樹様なら犠牲にしていい……なんて、そんなわけがないだろう?」

 

 樹は気付いた。

 

「誰も、頑張った神樹様が報われるべきって考えてないの、悲しすぎるだろ。

 三百年頑張ってた神樹様が報われないで、死んだ時点で……BADENDじゃないか」

 

 この先輩は、優しい。

 

「神樹様は神世紀の三百年間、一秒も休まずに頑張ってくれてたんだ。

 一秒の緩みもなく人類(僕ら)を守り続けてくれてたんだ。

 もう頑張らなくていい時間をあげたい。

 人間を守るための樹としての役目を、誰か代わってやらないと可哀想だろ」

 

 優しいから、死ぬ。

 優しいから、神様になる。

 優しいから、幸せになれない。ただそれだけなのだ。

 気付いた樹が歯噛みする。

 

 人を憂うと書いて優しさ。

 人の為と書いて偽。

 今、熊谷竜児は、他者を憂いて、自らの気持ちの多くに偽の蓋を被せて、『助けたい』という想いに殉じようとしていた。

 

「僕がゲンティウスになる直前にさ。

 この身を犠牲にしても助けてやる、とか神樹様が言ってたんだ。

 ……いいわけないだろ! 何言ってんだ! 神様だったら流すとでも思ったのか!」

 

 人は神に祈り、神に奇跡を求め、神に感謝し、神に捧げ物をする。

 そして時には「何故助けてくれなかった」と神の救いの手の平から溢れたことに激怒し、「神様がいつも見てるから悪いことはしちゃいけないよ」と倫理を広め、「君の頑張りは神様が見てくださっているよ」と他の人間を励ます。

 何故、こんなことをするのか? 何故、そんなことを言うのか?

 

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「神樹様にも生き残ってほしかった。頑張った分報われて……幸せになってほしかったんだ!」

 

 竜児はこの世界の神樹信仰の、半歩分外側に居た。

 安芸が『あなたは、神樹様と友達になりたかったのね』と竜児に言ったのも頷ける。

 竜児は、神樹にも"日々の未来"をあげたかったのだ。

 この世界で彼だけが、三百年人を守り続けて寿命が尽きかけていた、神樹という神様の集合体である者に、同じ目線の高さで長生きと幸せを望んでいた。

 

「でも先輩、だからって!」

 

「それだけじゃない! 風先輩と、樹さんの親だって!」

 

「―――え」

 

「僕が神様になれば、治せるんだ!」

 

 樹と風が息を飲み、驚愕と混乱で手を止めた。

 

「神樹様でも治せなくて、大赦でも治せない。

 でも、もう一つ"そういう神"を持ってくれば、治せる!

 僕がなるしかないんだ! 全部を救える神様に!」

 

「……バカ、バカ! あたしは気にすんなって言ったでしょうが!」

「熊谷、先輩っ……!」

 

「家族を……風先輩と樹さんの家族を、取り戻せるんだ!」

 

 ずっと、ずっと、後悔していたから。

 助けられなかった人を助けられるチャンスだから。

 大好きな勇者の家族を、家に返してあげられる最後のチャンスだから。

 竜児の意志は揺らがない。

 

「園ちゃんの目と内臓も、東郷さんの足も、銀の目も! 全部治せるんだ! 僕が!」

 

「―――あ」

 

「……二年も、二年も! 不便な想いをさせて!

 満開させないって誓ってたくせに、満開させて!

 鉄男くんにも守るって約束したのに、守れてなくて!

 もうこれ以上……世界と皆のために身を削った人達に、不便な思いをさせるもんか!」

 

 動かない彼女らの体の一部を見るたびに、竜児は何を思っていたのだろう。

 どんな気持ちを、いつも胸の奥に押し込んでいたのだろう。

 

 二年前の戦いの時、神樹は多大に消耗した。

 オールエンドの侵食で既に尽きかけだった寿命は更に削れ、『これ以後の時代で、神樹は思うように動けなくなるかもしれない』と当時推察されていた。

 コピーライト等がやったような、満開と散華で失ったものを作り直すような力の余裕は、とっくに神樹からも失われている。

 

 園子の見えない目や機能が低下した内臓、東郷の足、運動好きの銀から遠近感を失わせる片目の喪失。

 どれもこれもが、洒落にならないハンディキャップを背負わせかねないものだった。

 

 竜児がそれを治す新技術を作れるまでどのくらいかかる?

 記憶だけで一年半。なら五年はかかるだろう。

 皆を治せた頃には皆20歳にはなっているかもしれない。

 

―――レストア・メモリーズで一年半。

―――三人全員完治させるなら五年か。

―――……成人してもこの付き合いが続いてるのは確実かもしれない。

 

 他の誰でもない竜児自身が、それをちゃんと分かっていた。

 三人全員をちゃんとした体に戻した頃には、十代後半の青春時代は全て終わってしまった頃……そのくらいには、時間がかかってしまうことを。

 人間としての竜児の力でも。

 ウルトラマンとしての竜児の力でも。

 彼女ら全員に、まともな高校生活を送らせることすらできない。

 

 でも神様ならそれもできる。できるのだ。

 以前、竜児は自分の一つの命ほとんどと引き換えにして、33回満開の園子を完治させようとしたが、自分一人分の命では足りずに治し切ることができなかった。

 だが、神様になれば。

 今度こそ失敗することなく、最後まで完全に治し切ることができるだろう。

 

「……私達がそんなこと望んでないよ~、って言ったら、止まってくれる~?」

 

「園ちゃん」

 

「……分かってる。ドラクマ君のことだもん。……分かってるよ、だから!」

 

 槍が光の壁を打つ。

 されど、壁は微塵の揺らぎもしない。

 

 勇者達の多くは、竜児が神にならなければならない理由を抱えている。

 

 今まで何気なく流していたものが。

 日常の中に埋没させてきたものが。

 全て再出し、彼と彼女らの首を絞めていく。

 

 神樹、勇者、人々。この世界には今、竜児が神様になる理由が多すぎた。

 

「私達のために……私達のせいで、こんな選択を……?」

 

「誰のためでもない! 誰のせいでもない!

 僕がそう生きると決めたから! そうして生きていくと誓ったからだ!」

 

 竜児の決意は揺らがない。

 彼の主張には強固な『自分』があった。

 神樹が生きれば竜児が死に、竜児が生きれば神樹が死ぬ。

 竜児が神様にならなければ救えないものがこの世界にはいくつもあり、彼が神様にならない限り天の神との戦いに終わりは来ない。

 延々と、戦いの地獄は続くだろう。

 

「リュウさんが犠牲になって得た平和に、何の価値があるの!」

 

「東郷さん……平和は、それだけで、価値があるんだ。だって誰も死なないんだから」

 

 光の弾丸が壁を撃つが、壁は全く揺らがない。

 

「もっとしたいことだってあるでしょう!

 リュウさんだって、未来に生きたいはずよ!」

 

「……このくらいの歳で死んだ勇者だって、いっぱいいるよ」

 

「そういうことを言ってるんじゃないっ!」

 

 東郷は声を張り上げ、ペンダントを―――GE(グッドエンド)ED(エンディング)の証を、そこに込められた皆の誓いと約束を見せつける。

 胸抉られるような痛みが、竜児の胸中に走った。

 

「これは、バッドエンド以外の何物でもないと言っているのよ!」

 

「……違う!」

 

 言葉に胸抉られる。

 

「短命だった勇者の死をバッドエンドだなんて誰にも言わせない!

 全部の結末が何かの結末に繋がって、未来に繋がって……

 どの喪失も、どの死も、無駄じゃなかったはずだ!

 全ての勇者の結末が、無駄じゃなかったはずだ!

 僕がこれからすることも、確かな意味がある! 幸福を生み出す意味が!」

 

「あなたはそれで平気なの!?」

 

「平気だ!」

 

「私達との約束破って平気なのかと聞いてるの!」

 

「―――」

 

「約束を破るのが苦しいのに、なんで約束を破ろうとしているの!」

 

 言葉に胸抉られる。

 

「これが……これがグッドエンドなんだ!」

 

「心にも無いようなことを言わないで!」

 

「これが僕の本音だ!」

 

「本音が心の全てじゃないと、あなたは知ってるはずよ!」

 

 言葉に胸抉られる。

 

「子供を犠牲にしないと幸せになれない世界なら……滅びたって仕方ないわっ……!」

 

「仕方なくなんてない! 仕方ないわけが、あるかッ!」

 

 個人の幸せを世界より優先する少女。

 個人の幸せを世界より優先し、その上で世界の滅びを絶対に認めない少年。

 

「この世界で、幸せになって生きていてよ、東郷さん!」

 

「なれるわけ……なれるわけないでしょう!?」

 

 まるで、リバースメビウスの時の――まだ二人が記憶を失い何も思い出していなかった時の――二人の会話の"角度"を変えた焼き直し。

 

■■■■■■■■

 

「神樹様が、あなたの正体を知っていなかったわけがない!

 知っていて……知った上で、使っていたんだ!

 大赦ですらそうだったかもしれない。

 あなたはもともと少ない命を、この世界を守るために、使い潰されるために!

 この世界に……こんな終わってしまっている世界に……招き入れられたのかもしれないのよ!」

 

「それじゃ、まるで……あなたは……

 利用価値があるから結界の中で受け入れられてて……

 戦って死ぬために、この世界で生きることを、許されてたみたいじゃない……!」

 

「そんな世界!

 生贄がいないと維持できないこんな世界!

 頑張った人達が報われず、犠牲にされ続ける世界!

 そんなものに、存在する価値があるなんて、私には思えない!」

 

「なのに、何故止めるの熊谷君!」

 

■■■■■■■■

 

「分かんないよ!

 希望なんて無い!

 僕には何もできない!

 可能性なんて何も無い!

 何すりゃいいのかも分からない!

 もう全部終わりだよ! 世界も、何もかも!

 こんなにも辛い思いをするくらいなら、死んだほうがマシだった!」

 

「だけど!

 皆に、笑っていて、ほしいんだよ……生きていてほしいんだよ……!」

 

「東郷さんに、生きていてほしいんだ!

 東郷さんが生きていられる世界が在ってほしいんだ!

 東郷さんは過去にいっぱい辛いことがあったから!

 それがどうでもよくなるくらい、未来でいっぱい幸せになってほしいんだ!」

 

「だから、お願いだから、軽挙妄動は控えて……取り返しのつかないことはしないで」

 

「何していいか分かんないけど、何するべきか分かんないけど……

 何か、何かして、東郷さんが笑っていける未来を見つけてくるから……!」

 

「お願いだからっ……東郷さんは、未来を諦めないで……!」

 

■■■■■■■■

 

 二人はずっと変わらない。

 互いが大好きで、互いのことを想っていて、互いのことを助けたくて、口喧嘩になると全然主張が噛み合わなくて、同じ方向を向いてるのに全然違う想いを持っていたりして。

 竜児は東郷の足が動くようにしたくて、東郷は竜児に生きていてほしくて。

 その人に、幸せになってほしいと祈っていて。

 

―――必ず、君を助ける。約束だ

 

―――なら私は、あなたを守る。約束よ

 

 二年前の約束を――竜児の方は記憶すら残っていないのに――二人共守ろうとしている。

 

「諦められるか……諦められるか! せめて、それは、この世界での皆の幸せだけは!」

 

 竜児の叫びが、光の壁を更に硬くした。

 それは竜児の強き意志の具現。

 固くなる前から、大満開でも突破不可能だった壁が更に硬くなり、東郷の銃撃では傷一つ付けることができなくなる。

 

「僕はどんな時も諦めず、不可能を可能にしてみせる!」

 

「その言葉を……私の好きなその言葉を、あなたがそんな風に使わないで!」

 

「皆が誰も割を喰わず、失ったものを取り戻して、笑顔な結末が欲しいんだ!」

 

「その『皆』の中に、あなたは居ないじゃない!」

 

「『皆の日々の未来』の中に、僕は居なくてもいい! そこに僕の未来はなくてもいいんだ!」

 

「―――っ」

 

「だから、頼むから……皆が揃ってるハッピーエンドであってくれ……!」

 

 言葉に胸抉られる。

 

「あなたが! ……あなたがっ!

 "私が友達を忘れてしまう結末"を、ハッピーエンドだなんて言わないで!」

 

 竜児と東郷の言葉は、互いが互いの胸を抉る言葉だった。

 

「じゃかぁしぃってのよ!」

 

 夏凜は一番最初に光の壁を切りつけ、今も壁を切りつけていた。

 されど切れる気配は全く無い。

 

「誰かが犠牲になるのが嫌って言いながら自分が犠牲になるとかノータリンなのかあんたは!」

 

「僕は犠牲になんかなってない」

 

「なってるわよこのバカ!」

 

「兄さんが言ってたろ。

 ……僕は、肉詰め。饅頭。

 『生贄の代わり』っていう運命も背負ってる。

 そうだったとしても、これも僕のあるべき運命だ」

 

「今! あんたの三人の兄に聞いたら全員その言葉否定するに決まってんでしょうが!」

 

「……」

 

「うちの兄貴も、コピーライトも、メビウスも!

 あんたに『生きろ』『幸せになれ』としか言わなそうなブラコンばっかじゃないの!」

 

 ストレートだ。

 分かりやすく、夏凜の言葉は竜児の主張をぶったぎっていく。

 

「あんたが犠牲になって得られる平和なんてクソくらえよ!

 そんなもの受け入れるくらいならババアになっても一生戦い続けてやるわ!」

 

 そんな切れ味ある夏凜の主張と、竜児の主張が切り結ぶ。

 夏凜の言い草は、とにかく聞いていて気持ちが良かった。

 鋭くて、さっぱりとしていて、粘着質なところがなく、熱い。

 竜児は、こういう夏凜が好きだった。

 できればずっと、一緒に居たかった。

 

「僕は、夏凜が戦いの中で死ぬ可能性があるのは、嫌だ」

 

 だから、お別れを言うしかないのだ。

 

「ヒルカワも、ヒロトも、戦いのせいで死んで……戦いが続く限り、続くんだ……!」

 

 竜児の意志は揺らがない。

 夏凜の叫びに怒りが乗る。

 

「私があんたより先には死なないって言葉、ちったぁ信じなさいよ!

 『死んじゃうかもしれない』程度の不安でバカやってんじゃないわよ唐変木!」

 

 刀が何度ぶつかっても、光の壁には傷も付かない。

 

「ウルトラマンは神ではないって、あんたは何度言われたと思ってんの!」

 

「だからこれから、神になるんだ! 全部助けられる神様に!」

 

「このバカ!」

 

「バカでいい! ……助けられないくらいなら、バカな神様でいい……!」

 

 ウルトラマンは神ではない。

 だが神のように崇める者も、神のように称える者も居る。

 神の如き、神に非ざる巨人。

 その領域から、神の領域まで、皆を助けられる者になれる領域まで、あと少し。

 そんな想いから竜児は高みに手を伸ばしている。

 

 人と触れ合えないくらいに高いところに行ってしまいそうな竜児を見ながら、銀は本気で双斧を光の壁に叩きつけた。

 やはり、ビクともしない。

 

「いーかげんにしろ! アタシも怒るぞ!」

 

「銀」

 

「聞いてりゃゴチャゴチャ理屈こねて……!

 理屈こねて自分を正当化しようとして、バカか!

 リュウさんが言ってることでな!

 『あ、これ正しいな』って思えるのはな! 大体シンプルな台詞なんだよ!」

 

「……銀。

 犠牲っていうのは、個人主義の人間が犠牲になるから胸が痛いんだ。

 死にたくない、幸せになりたい、大切な人を犠牲にしたくない。

 そういう主張を見たら犠牲にしたくないって思うのが、普通の人間だと思う。

 でも、僕なら。

 死際にも弱音は吐かないし、情けないことは言わないし、死にたくないと主張することもない」

 

 銀が思いっきり怒り、思いっきり斧を壁に叩きつけた。

 

「なめたこと言ってんじゃないぞ!

 アタシに分からないと思うな!

 リュウさんは他人を生贄に捧げることに絶対に納得できないけどっ!

 "自分は他人じゃないから"、他人よりは楽な気持ちで犠牲にできる人間なだけだっ!」

 

「―――っ」

 

「捧げやすい生贄、捧げてるだけだろッ! 弱虫のくせにっ!」

 

 竜児は、震えそうになった唇を噛んだ。

 

「はっ。僕は皆に合わせて、弱虫を演じてただけだよ。

 じゃなきゃ、あんな地獄みたいな戦いを突破できたわけないだろ」

 

 誰がその言葉を信じるのか。

 

「僕の心が苦しいとか、辛いとか、思ったことはない。

 僕の心は最初から最強だったんだよ。

 心が弱い人とはそこが違う。僕はこの行為に、一切の恐怖を抱いてない」

 

 誰がその言葉を信じるのか。

 

「やれるから、やる。それだけさ。

 淡々とやるべきことをやって、淡々と世界を救ってみせるよ」

 

 熊谷竜児は、稀代の嘘つきにはなれない。

 嘘が下手だからではない。

 彼の大きな嘘は、彼にとって大切な者にのみ使われる。

 その者の幸せを望むがゆえの嘘であるがために。

 そして彼の大切な者は皆、彼の心をよく分かっているからだ。

 

「嘘だ!」

「嘘つき!」

「嘘!」

「嘘です!」

「このドアホー!」

「嘘だよ!」

「このドヘタ嘘つき!」

 

 嘘つき、と、皆が声を揃えて言っていた。

 

 皆が力を合わせて光の壁を叩く。

 壁は全く揺らがない。

 この壁が、意志の強さそのものの壁であるのなら―――その壁を勇者の誰もが壊せていないことが、意味するものは。

 

「ああ! そうだよ! 僕は嘘つきだ!

 最悪の嘘つきだ! だから、今更嘘を一つ増やしたくらいで、心は痛まないんだ!」

 

 竜児の心は全く揺らいでいない。

 考え直す気配もない。

 ただ、胸が痛いだけだ。

 

「約束が……約束が、いっぱいあった。

 僕はそれを全部嘘にする。

 僕は……嘘つきだから……全部、嘘にする。

 誰も悪くない。悪いのは僕だけだ。嘘をついた僕だけだ」

 

 謝らなければならない嘘があった。

 

「嘘から始まったんだ。

 偶然を装って、出会ったりした。

 東郷さんと友奈と同じクラスになったのも、園ちゃんの秘密護衛ができる距離に近付いたのも」

 

 胸が痛む嘘があった。

 

「勇者の皆との出会いは、絶対、最初からどこかに、嘘や隠し事があった」

 

 罪悪感の源泉たる嘘があった。

 

「ずっと黙ってた大赦の指示とか、秘密とか、嘘がどこかに混じってて」

 

 大赦の人間である竜児と勇者・勇者候補の出会いに、隠し事が無かったわけもなく。

 

「嘘が混じってなかった出会いなんて、一つもなかった」

 

 リバースメビウスの時など、重ねてきた嘘が、隠してきた真実が、全て最悪な方向に噛み合った一例だったと言えるだろう。

 

「ごめん。全部、嘘と隠し事を混じえた始まりにしてごめんなさい」

 

 嘘を謝る。

 

「ごめんなさい。約束を……これから、全部嘘にしてしまう」

 

 嘘を謝る。

 

「死んでもきっと償えない最悪の罪だ。

 僕は嘘から始めて、嘘で終わらせようとする嘘つきだ。

 本当に……最低で最悪の、約束破りの嘘つき野郎だった……」

 

 嘘を謝る。

 

「僕は、ずっと最低だった。でも」

 

 されど。

 

「皆のおかげで、本当は人間でもウルトラマンでもなかった腐肉の塊が、ここまで来れたんだ」

 

 何よりも無価値で、捨てられた生ゴミから作られた腐肉の塊でしかなかったものが、ここまで来れた。

 ここから始められる。

 それが、竜児は何よりも嬉しい。

 

 たとえ、全てを失うとしても。

 全ての友と別れることになったとしても。

 孤独の中で死ぬとしても。

 それでも"余りある"と言い切れるほどに、彼は人生の中で多くのものを得ていた。

 

「ありがとう」

 

 竜児の感謝の言葉が、勇者達の心に切り傷を入れる。

 お礼を言われているのに、嬉しさを全く感じない。

 園子は数十の精霊を動員し、全力で何度目かも分からない攻撃を光の壁に叩き込む。

 光の壁が、少し揺れた。

 

「言わないで!」

 

 また叩く。また、少し揺れる。けれど少しの傷も付かない。

 

「そんなこと、言わないで!

 お別れなんて……言わないで! 嘘つきに、ならないで!」

 

 園子の叫びに、竜児は寂しそうに微笑む。

 

「園ちゃんの体、ちゃんと治したかったんだ。

 元通りの陽気で不思議な、楽しい小説を書ける園ちゃんの体に。

 園ちゃんの小説、僕は大好きだったから。

 目がちゃんと見える園ちゃんに……夢を追える園ちゃんに、戻してあげたかった」

 

「……あ」

 

 ウルトラマンの竜児では、命を使い切るつもりで満開の代償を補おうとしても、補えなくて。

 目や内臓の修復は不完全な状態で、園子はとても生き辛そうで。

 でも、きっと、神様になれば。

 そんな想いが伝わってゆく。

 ずっとずっと、竜児の中に秘められていた、後悔の一つ。

 

「ごめん。僕の力不足でちゃんと治せなくて。……ああ、二年越しに、やっと言えた」

 

「―――」

 

 園子の手が震え、唇が震えた。

 

「ずっと謝れてなくてごめんね。

 でも、謝ったら園ちゃんは絶対気にすると思ってたから。

 ……僕の記憶が消えると分かってから、こんなこと言うのは、卑怯かな」

 

「―――っ」

 

「今度こそ、ちゃんと神様になって、その体を治してみせる」

 

 何かが切れる、音がした。

 

「あああああああああっ!!!」

 

 園子の中で、何かが切れた。

 裂帛の決意と怒涛の攻めが、光の壁を何度も叩く。

 けれど、傷一つすらも付くことはない。

 

 園子が全力の槍を叩き込み、同時に友奈が全力の拳を叩き込む。

 光の壁が、大きく揺れた。

 傷は一つも付いていない。

 

「リュウくんはもっと、その運命を恨んでよかったんだ!

 その未来から逃げてもよかったんだ!

 今からでも遅くないよ! 考え直して、リュウくんは今からでも―――」

 

 殴る。壊れない。

 

「僕は恨まないよ。だって、素敵な人生だったんだから」

 

 殴る。壊れない。

 

「僕は逃げられないよ。逃げたら失われるものが大きすぎる」

 

 殴る。壊れない。

 

「もう遅いよ。だってもう決めたから。僕は皆が大好きだから。もう決めたことなんだ」

 

 殴る。壊れない。だから、助けられない。

 

「なんでっ……!」

 

「運命を呪わせたいなら、そいつに優しくしちゃダメでしょ、友奈」

 

「―――」

 

「優しくされたら幸せになっちゃうじゃないか。

 それなら運命を呪うことなんてない。

 君は……とっても優しかったよ、友奈。

 友奈と一緒に戦って、わいわいやって、楽しく話せた運命を、恨めるわけないよ」

 

 自分の死を前にしてここまで()()()()()人間というものを、友奈は初めて見た。

 

 揺らがない。硬い。だからこそ、この壁も、竜児の意志も、何の変化も起こさないのだ。

 

「幸福は運命じゃなくて、心が決めるものだ。僕の幸福は僕が決める」

 

 勇者達は変わらず光の壁を砕こうとし、その強固さに刃が立たず、壁の向こうに叫ぶようにして呼びかけ続ける。

 だが、声は途中から届かなくなった。

 

「声が、届いてない……!?」

 

 光の壁が、声を通さなくなったのだ。

 夏凜は誰よりも先に、それが意味する事実を察する。

 

「今更に声遮断とか、ホンっとバカよ!」

 

 叫び、刀を叩きつける。

 

「じゃあ、それは! 私達の声で揺らぐかもしれない程度の決意ってことでしょうが!」

 

 壁越しで、音も通っていないはずなのに、夏凜が何を言っているのか手に取るように分かってしまって、竜児は思わず苦笑した。

 

「壁越しなのに、なあ」

 

 それも、ここまでだ。

 竜児は本当は、この時間が止まった光の空間を展開したその瞬間に、神様になることはできていた。準備は完了していたのだ。

 竜児はそういう準備が本当に周到な少年である。

 

 なのに、ずっと勇者と話していた。

 その理由は、考えるまでもないだろう。

 

 これが、最後だから。

 もう二度と、人間の友と話すことはないだろうから。

 名残惜しさと寂しさで、竜児は未練がましく"ここ"にしがみついていたのだ。

 それもここまで。

 もう、そろそろ行くべき時だ。

 

「『ブレイク・メモリーズ』、起動」

 

 種と、炎と、術式と、運命が。

 竜児を神に変えていく。

 身動き一つできない、人間の幸福を保証するだけの大樹の神様に変えていく。

 やがて、宇宙の全てから竜児の記憶が消え始めた。

 

「今、君達の中のその悲しみと苦しみを消す」

 

 記憶は消え、想いが溢れ、少女らの瞳から涙が溢れる。

 涙が流れ出て行って、記憶が流れ出て行ってしまう。

 

「その想いも、救いの手が消してくれるよ」

 

「違うよ……そんなの……救いなんかじゃないっ……!」

 

「その涙の意味が分からなくなれば、大丈夫。もう同じ理由で涙を流すことはない」

 

「そうじゃない! そうじゃ……うあっ……」

 

 竜児が二年前に失った記憶同様に、焼却で純粋なエネルギー転換された記憶は、どうあがいても決して戻ることはない。

 それは神樹の記憶剥奪プロセスとは全く違うものだからだ。

 今、竜児を忘れてしまった者は、永遠に竜児のことを思い出すことはない。

 

 少女は手を伸ばす。

 竜児を引き留めようと手を伸ばす。

 その最中にも記憶はどんどん消えていき、何を言いたかったのかさえ忘れてしまう。

 竜児の痩せ細った細い背中に手を伸ばすも、少女は何も声をかけられない。

 

「『散華』」

 

 そして、熊谷竜児の記憶消去は完了した。

 宇宙の全ての者の記憶から竜児の存在が消去され、抽出された記憶が花びらのように、空から竜児の下へと降って来る。

 花降る寂寞(せきばく)

 花びらのような形の記憶を竜児が吸い上げ、一気に燃焼し、今度は地球という星の記憶を宇宙全体から抹消する過程を始めた。

 

「いかない……で……」

 

 宇宙の全てから、熊谷竜児が存在したという痕跡が消失する。

 少女が気を失い、記憶を失い、"一緒に過ごした過去"を失う。

 竜児は、その声に静かに応えた。

 

「どこにもいかないよ。僕は月に行くから。この星の皆を、近くの星から見守っているから」

 

 神になった竜児が、勇者達が満開で捧げたものを完璧な形で戻す。

 オールエンドのせいで後遺症が残ってしまった犬吠埼姉妹の両親など、取り返しのつかないことになった人達を癒やしていく。

 神樹の命を癒やし、その寿命も解決する。

 街も、月も、神通力にて修復を完了させた。

 その他多くの物事を、神の力で解決していく。

 神にならなければ解決できなかった物事を片付け、天の神に地球のことを忘れさせ、そうしてようやく、竜児は地球の平和を確保した。

 

「やっと……理不尽な争いもなく、理不尽な悲しみもない、優しい世界が来てくれた」

 

 竜児は左手を見る。

 もうウルティメイトブレスはそこにはない。

 "繋いだ絆と想いが無くなったからだ"と思うと、吐き気がしそうなくらいに苦しくなった。

 もう、無い。

 どこにもないのだ。その絆は。

 

「これで皆、笑顔になれる。幸せで、平和で、優しい明日が来る」

 

 竜児の全ては、運命的だった。

 彼が最後に運命の全てを受け入れるだけで、こんなにも綺麗に何もかもが嵌まった。

 世界は理想的な形に至り、世界には平和と希望が溢れている。

 この世界のこの先の未来は、きっと明るいことだろう。

 

「幸せになってね」

 

 そして竜児は、月まで飛翔し、月に根を張った。

 竜児の体は神樹に近いものになっていき、月から永遠に地球を守る守護者となった。

 冷たく孤独な宇宙の中でも、竜児であった大樹は絢爛に輝いている。

 

 

 

 

 

 少女達の希望は砕け、希望の欠片となった。

 

 

 

 

 

 『ジード』の兄弟を殺してきた、日々の最後に。

 

 最後の最後に。

 

 熊谷竜児/ウルトラマンゲンティウスは。

 

 自分の気持ちを―――自分を殺した。

 

 愛した兄弟をずっと殺してきた竜児の手は、とても手慣れた様子で、それを殺した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 正義の味方とは、悪から生まれる概念だ。

 何故ならば、正義が誰にも邪魔されず世の中に在れるなら、正義の味方をする必要なんてないからだ。

 

 正義の味方の存在は、正義に味方する誰かが居ないと正義が成立しないほどに、正義を脅かしている悪の存在を前提としている。

 善い者と。

 それを脅かす悪と。

 善を『守る』と決めた心強きもの。

 

 その三者が揃って初めて、正義の味方は成立する。

 ただしこれには欠陥がある。

 普通の人は単純な正義の味方、人々の為の勇者、というものに耐えられないのだ。

 そこに、必然の無理が発生してしまうがために。

 

 正義の味方は正義ではない。

 "正義の味方"は正義の味方をしてくれるが、正義は別に正義の味方の味方をする必要がない。

 悪も当然味方はしないし、善は大体味方してくれない。

 なので正義の味方はたびたび、強烈な孤独と孤立に晒される。

 これじゃ皆の生贄じゃないか、と時たま叫ぶ。

 まったくもってそのとおりだ。

 正義の味方は奉仕者である。

 人々や社会といったものに対する奉仕者である。

 そして、これはそっくりそのまま勇者システムの勇者に適用される。

 

 勇者という役目の存在価値と存在理由は、敵にある。

 敵がいるから勇者は崇められる。存在価値があるからだ。

 敵がいるから勇者は辞められない。存在理由があるからだ。

 辞めたくても辞められない。それが義務だから。そう縛りつけられているから。

 善を虐げる悪が、正義を潰そうとする悪が、優しさを殺す悪がまだそこに居る。だから辞められない。だからまだ終わらない。だからまだ戦わなければならない。

 勇者はバーテックスが襲来する限り、戦死と世代交代を繰り返しながら永遠に戦わなければならない。

 それが、地獄というものだ。

 

 ヒーロー作品を見て、「最終回なんて来なくていいのに」と言っている人は一定数いる。

 「また続編が来てほしい」と思う者も一定数いる。

 だが、よく考えてほしい。

 

 戦う作品で、最終回がなくいつまでも続いたらどうなるのだろうか?

 終わらない戦いの継続は、主人公の心をどう蝕んでいくのだろうか?

 最終回の訪れないヒーローアニメの主人公は、敵を全て倒しきれていないがために、永遠に休むことなく戦い続けなければならない。

 続編が来るたびに、優しい日常を生きるべき子供が、戦いの中に駆り出されなければならない。

 

 勇者とバーテックス、人類と天の神の関係は、まさしくこれだ。

 終わりのないマラソン。

 相手はどんどん足が速くなっていく。

 だから休みたいのに、どんどん苦しい思いをしながら加速していくしかない。

 平和と幸福を確立させるためには、この戦いを止める以外にない。

 無数の天の神の侵攻をどうにか止める以外にない。

 

 竜児は、それを成し遂げたのだ。

 

「ひとりぼっち、か」

 

 その代価として、竜児は身動きもできない大樹へと変化し、月にその根を張っていた。

 仕方ない。

 地球にこんな樹があったら流石に目立ちすぎる。問題も起きるだろう。

 竜児はひとりぼっちで月に腰を据え、頭上に輝く青い星を見上げた。

 

「とりあえずは一万年。一万年くらいは、一人で頑張ろう」

 

 寒い。

 暗い。

 音がない。

 何も無い月の表面は、ここで何週間か過ごすだけで精神に変調をきたしてしまいそうなものがあった。

 されど竜児は、気丈に揺らがぬ自我を保つ。

 

「僕はきっと……この日のために、生まれてきたんだ。

 悲しみと残酷に囚われた星に、かつてのような日々を取り戻させるために」

 

 竜児はこの結末に、自分の運命と、生まれた意味を見た。

 

「全ての悲しみを打ち倒し、何の悲しみも残さず、地上を去るために」

 

 地球では何の悲しみもなく、何も失っていないかのような顔で、今と未来を喜ぶ者達の歓声と喜びの声が上がっていた。

 もはや誰一人として、熊谷竜児のことを覚えている者は居ない。

 

「自由に生きるんだよ、皆」

 

 神樹は人を守る役目から開放され、竜児がそれを引き継いだ。

 地の神もこれからは自由に生きていけるだろう。

 竜児が全ての問題を解決したため、病人は起き上がり、命尽きかけていた神は元気いっぱいに起き上がっている。

 

「ここに、君達の幸せを願う神様がずっと居て、君達をずっと見守ってるから」

 

 皆の幸せが、自分の幸せ。―――竜児はそう思っている自分を、自覚している。

 

 ()()()()()()()()()()()。―――だからこれは、竜児のハッピーエンド。

 

「人生の中で何度も出会う恐ろしいものを、勇気で乗り越えて行ってくれ」

 

 少年は、人を見守る神になった。

 

「―――見ているよ。君達の勇気を」

 

 "見せてやる、僕らの勇気を!"と言うことも、もうないだろう。

 いや、もしかしたら、天の神以外の誰かと会話することすらないかもしれない。

 このまま役目を果たし、人を守り、いつの日か竜児という少年は樹の形のまま朽ちていく。

 それが、彼の選んだ運命だ。

 

「天の神様。

 早咲きの花も、遅咲きの花も、見守ってほしい。

 あなた達から見ればすぐに散ってしまう花だとしても。

 身の程を知らず咲き誇ってしまう花だとしても。見守ってほしい」

 

 竜児はどこか遠くの宇宙に座す、天の神に語りかける。

 その言葉は天の神の前で発した言葉でもないために、天の神には届いていない。

 それでも竜児は、言わずにはいられなかった。

 

「人の謝罪で四国を見逃してくれたあなた方が、無機質な悪意だけの存在だとは思えない」

 

 届かぬ言葉が、宇宙の闇に溶けていく。

 

「たとえ、あなたが人の根源的破滅を望む者だったとしても。

 話し合いましょう。

 僕らは何を間違えたか、何を傷付けてしまったのか。

 僕と、あなた達に、強さだけしかないなら話はここで終わります。でも……

 もしも、僕とあなた達の中に、分かり合おうとする優しさと、歩み寄る勇気があるのなら」

 

 憎い仇に、歩み寄る勇気。それもまた、勇者の資質。

 

「お願いします」

 

 竜児は天の神との戦いを最初に選び、天の神との対話を最後に選んだ。

 

 時に拳を、時には花を……竜児はその二つをもって、天の神と向き合うことを決めた。

 

 人を忘れた天の神を、人を受け入れられる神にすべく、語りかけるが彼の運命。

 

 かくして、彼の運命は、ここに在るべき終点を見た。

 

 

 




次回、エピローグ

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