時に拳を、時には花を   作:ルシエド

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 さあ、『ハナコトバ』です。この瞬間に、この運命に、あの曲を

 ―――目覚めよ、宇宙最強の絆!


エピローグ:明日の勇者へ

■■■■■■■■

 

「忘れてはダメですわ、友奈ちゃん。この宇宙で最強のものは、(ラブ)なのですよ」

 

「尊いものなら他にいくらでもありましょう。

 信頼。助け合い。絆。友情。献身。自己犠牲。

 世にはばかるものなら他にいくらでもあるわ。

 権力。支配。恐怖。兵器。武力。腕力。

 だけどそのどれもが、(ラブ)に敵うことはないの」

 

「だから覚えておきなさい。あなたは(LOVE)で全てを救える子よ」

 

■■■■■■■■

 

 キングジョーが友奈にだけそう言った"理由"は、相応にあった。

 サコミズがウルティメイトブレスの所有者に友奈を選んだ理由程度には、相応にあった。

 

 自分を殺した竜児の心の、言葉にならない声を、友奈は聞いた。

 

(リュウくんが、ずっと胸に抱えていた秘密)

 

 熊谷竜児は、ずっと苦悩していたのだ。

 助けられなかった誰か。

 過去で運命を変えなかったことで救えなかった誰か。

 寿命を迎える神樹様。

 自分の才能が足りないばかりに、何年もかけなければ補えないような満開の代償に。

 

 誰の中にも光と闇はある。

 竜児はただ、頑張った人も神も報われてほしくて、優しい人が笑える世界であってほしかった。

 彼の中にある善意と好意も、光の面を見れば不屈の心の力となるし、闇の面を見れば今回のような過剰に隙のない自己犠牲へ転じる。

 だからこそ、人は他人が必要なのだ。

 誰だって、いつかどこかで間違えるから。

 隣の誰かに、「君は間違っている」と言ってもらわなければならないのだ。

 

(声を)

 

 友奈が手を伸ばす。

 記憶が消えていく。

 竜児の記憶消去は本当に念入りで隙が無く、勇者という不可能を可能にする存在を封殺するためか、徹底して逆転の芽を摘むように出来ていた。

 消えた記憶は戻らない。

 この変化と喪失は本当に不可逆だ。

 他の勇者達も手を伸ばしていたが、一人、また一人と記憶を失っていき、気を失っていく。

 

 竜児の干渉は記憶を失わせるだけだ。

 気を失わせる効果はない。

 なのに気を失っているのは、失われた記憶が、彼女らの中でとても……とても大きく、重いものだったからだろう。

 

(声を、かけないと)

 

 声をかけようとして、かけようとした言葉を忘れて、誰に声をかけようとしたのかを忘れて、何もかも忘れて。

 忘れてしまったことすら忘れて、最初から何もなかったかのような心の状態になってしまう。

 

(行ってしまう……誰が? 何が?)

 

 銀も、風も、樹も、東郷も、園子も、夏凜も、友奈も、竜児のことを忘れて。

 また明日から、新しい日常が始まる。

 平和で、戦いはなく、幸福があり、希望に溢れていて、友達と楽しいことばっかりしていていい日常が、やって来る。

 

 なのに。

 勇者の誰もが、死ぬ気でこの記憶喪失という『最悪』を跳ね除けようとしていた。

 その想いをよく理解している竜児の術式が、勇者達の想いを丹念に折っていく。

 

 今や立っているのは結城友奈一人のみ。

 友奈が勇者の中で、最後まで気を失わなかったのは。

 明日から始まる優しい日常の誘惑に乗らなかったのは。

 きっと友奈が、他の勇者と同じように"忘れたくない"と強く想い、かつ他の勇者よりも遥かに高い勇者適正値を持っていたからだろう。

 

 友奈の足が動き出す。

 記憶はほとんど失われているはずなのに、光の壁の向こうの、熊谷竜児の痩せ細った細い背中がとても、とても……気になって仕方がなかった。

 忘れていたのに、独りの竜児の背中が、放っておけなくて仕方なかった。

 

(走り出せば)

 

 追う。

 けれど追いつけない。

 手を伸ばしても背中は遠く、掴めない。

 

 光の壁が消えていく。

 時間を止めていた光の結界が消えていく。

 友奈の行く手を阻む壁は消えたのに、空に飛んで行く竜児には追いつけない。

 

 思い切り助走をつけて、思い切り加速をつけて、友奈は跳んだ。

 もうなんで追いかけているかも分からない。

 何を追いかけているのかも分からない。

 それでも、必死に追って、必死に跳んで、手を伸ばして……それでも、友奈の手は届かない。

 

(―――君に、追いつくかな)

 

 届かなかった友奈が落ちて行く。

 友奈の瞳から涙が溢れる。

 何故自分が泣いているのか、涙の意味さえ、今の友奈には分からなかった。

 

 届かなかった手があった。

 "もっと大きな手だったら"と友奈が思うと、更に大きな涙が溢れてきた。

 何故、と友奈が思うも、もう記憶は残っていない。

 頭から記憶が失われたのに、友奈のその手は、『自分の手よりも少し大きくて、触れると少しドキリとした少年の手』のことを、まだ覚えていたから。

 "もっと大きな手だったら"と友奈がまた想い、もっと大きな涙がとめどなく溢れる。

 

 落ちていく。

 少年は神通力で再生した月に到達し、友奈は地球の大地に落ちていく。

 そんな友奈の胸の前に、光の花がぱあっと咲いた。

 突如空中に生えたのは、美しく鮮やかな青と紫の小さな花。

 

「『竜胆』……?」

 

 押し花好きの友奈は、その花の種類を即答できた。

 竜胆の花言葉は『正義』。『誠実』。『悲しんでいるあなたを愛する』。

 

 この花言葉に、三好の人間はどんな願いも込めることができた。

 正義の味方になれと願うことも。

 絶対に約束を破らない誠実な人間になれと願うこともできた。

 だが、三好春信はそう願わなかった。

 友奈は終ぞ知り得なかったことではあるが、三好春信はこう願っていた。

 

―――君には、悲しみの運命の中にある人達を、愛してくれる人になってほしかった

 

 そう、春信は、竜児が正義の味方になることを望んだのではない。

 悲しむ誰かの味方になれる人間になってほしかったのだ。

 『悪』ではなく、『悲しみ』を倒す人間に、なってほしいと願いを込めた。

 

 友奈は知っている。

 彼の本当の名を。竜胆の花言葉を、知っている。

 知っていたけど―――忘れてしまった。

 なのに、叫んだ。だから、叫んだ。

 光で出来た竜胆の花を掴んで叫んだ。

 

「……あなたが!

 悲しんでいる誰かの味方になるなら!

 私が……私達が!

 誰かの味方をしながら、悲しんでいるあなたの味方になる! ずっと、ずっと!」

 

 悲しむ誰かの味方の、味方。

 叫ぶ言葉は奇跡の塊。

 記憶を失った少女が言えるはずもなかった言葉。

 "諦めない"という想いの凝縮。

 結城友奈が奇跡を起こし、神樹の光が友奈を包んだ。

 

 友奈は一瞬で、神樹の内側に招かれていた。

 神樹の内部の、時空を超越した空間。

 ここでは時間も空間も現実とは異なり、竜児がここで七人御先の精霊を使う名も無き英霊に特訓されたこともある。

 

 光の世界。

 立ち並ぶ無数の人影の一つ一つが神様であることが、頭ではなく心で理解できた。

 そんな中、神々の背後に立つ七体の巨人の中央に立つ、銀色の巨人が友奈に向けて手を差し伸べた。その姿は神聖で、荘厳で、放つ光は清浄で。

 地球の土着の神々と、ウルトラマンが居るその空間で、その銀色の巨人だけが、『ウルトラマンの神様』だった。

 

「神様……?」

 

 全ての者達が竜児の記憶を失わされた、この一瞬。

 エンペラ星人が打倒されてから、時間の止められた結界の中で別れの言葉が告げられ、竜児が神様になって全てを終わらせるまでの、この30秒足らずの一時。

 その時の()に、神樹は一つの決断を下した。

 

 神樹の力が――樹海化で時を止め、各時代を繋ぐことすら可能な時へ干渉する神通力が――過去と未来を一本の糸で繋げる。

 結果、未来から一つの声が届いた。

 それは未来の方向から飛んで来た、『数百年後の竜児が想うかもしれない言葉』だった。

 言葉にならない、彼の声だった。

 

―――ああ、寂しいな。ここは……暗くて、寒いから……

 

 その声が。

 過去と未来が繋がったこの空間が。

 友奈に、失われた記憶を取り戻させた。

 今ここにいる友奈が、過去の友奈の頭の中から、竜児の記憶を引っ張り出していた。

 

「……思い、出した」

 

 花降る寂寞(せきばく)の中、大切なものを失ったことを、思い出した。

 

 けれど、まだ手遅れではない。何故なら勇者が、まだ諦めていないからだ。

 

「……私は……私の、友達を! 助けるんだ!」

 

 神々が頷く。

 巨人達がゆっくりと頷く。

 そして、ウルトラマンの神が頷く。

 

 神樹の皆の力が過去と未来を繋いだ空間の中で、友奈の心が『絆』を引き寄せる。

 あるべきものが、あるべき場所へ飛ぶ。

 相応しくない者の手を離れ、相応しき者の手首に嵌まる。

 友奈の左手にて銀の光、蒼き光、そして虹色の光が輝き、左手に銀の腕輪が現れた。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()が、そこにあった。

 

 今、友奈は走り出す。

 遠くの宇宙(そら)へ飛んで行ってしまった友の下へ。

 神樹の中から飛び出し、動き出した時の中と空を走り、友を追いかける。

 

(リュウくんが神様になっても、遠くに行っても……追いかけて、必ず追いつく!)

 

 それは、世界を救い平和と幸福をもたらした光の終わりを否定する疾走。

 通常の流星をひっくり返した、地球より放たれ、宇宙へと飛び上がっていく逆転の流星。

 左手に銀の腕輪を嵌め、右手に神樹が繋いでくれた糸――過去と未来を繋ぐ時の糸――を握り、地球を飛び出し、なお走る。

 

『進め』

 

 神々が、友奈を激励する。

 

『進め』

 

 巨人が、友奈を激励する。

 

『進め、結城友奈!』

 

 神樹が、友奈を激励する。

 

 そして、勇者・結城友奈は、全ての運命を突破して、月で大樹となった竜児に追いついた。

 

「待った!」

 

 花咲くような一瞬(ひととき)の声。

 結城友奈は勇者である。

 その想いは、力は、報われるべき者に報われた結末をもたらすために。

 

「ゆ……友奈!?」

 

 驚愕する大樹の竜児の前で、過去と未来を繋いだ神樹の糸と、友奈のウルティメイトブレスが一つになり、強く輝いた。

 太陽よりも強く輝いているのに、月も地球も照らすくらいに大きな光なのに、何故か直接目にしても目を焼くことのない、優しい光。

 

「なんだ、この光っ……!?」

 

 本来の使い手である竜児ですら、発させたことのない光。

 それがウルティメイトブレスより放たれ、月の全てを包み込んでいく。

 いや、地球すらも飲み込んでいく。

 このブレスレットは、『友を想う竜児の心』が集まった物であり、同時に『竜児を想う友の心』が集まった物でもある。

 ならばそれを、友奈が竜児以上に使いこなせていたとして、何の不思議があろうものか。

 

「このバッドエンドを―――切り裂く光だっ!」

 

 輝く星が空を回っていく(シャイニングスタードライブ)

 勇者の放つ星の光が、宇宙の中心になっていく。

 友奈の手に嵌められたウルティメイトブレスが輝き、『結城友奈の心』というどんなものよりも奇跡を起こし得る武器が煌めき、光が弾け―――

 

 

 

 ―――()()()()()()()()

 

 

 

「―――え?」

 

 大切な人を救うためなら、結城友奈は"時間だって"巻き戻してみせる。

 時の中を遡り、花降る寂寞(せきばく)の中を突っ切って、花散るその前にまで戻る。

 独りになってしまった神様に、"独りなんかじゃない"と、その想いを届けに行くために。

 

 神樹が持つ能力、空間の四国結界、時間の樹海化、すなわち時空を操作する力。

 神樹の内部でなら、全ての時代の勇者を会話させることすら可能な時空を繋げる力。

 竜児が"属性"が合わなかったがために発現こそしなかったが、その時空能力はウルティメイトブレスにも潜在的に備わっている。

 エンペラ星人が倒された直後にまで、宇宙の時間は巻き戻されていた。

 

 なのに、皆巻き戻される前の時間の記憶があった。

 竜児が神通力で直した月がそこにあった。

 犬吠埼姉妹の両親等、オールエンドのせいで目覚めていなかった者達も、目覚めたまま。

 竜児が治した東郷の足、銀の目、園子の体も治ったままだった。

 神樹の寿命も、癒やされた後の状態である。

 竜児の体も見かけこそ人間のままだが、その体は腐肉となって死んだ後、儀式によって神となったそれだった。いまだ神のままである。

 

 なのに、誰も竜児のことを忘れていない。

 宇宙の誰も地球や竜児のことを忘れていない。

 記憶に一切の欠落がない。

 神様になった竜児が治したものはそのまま、記憶は消滅前、そういった形に……完全でないにせよ、時間が巻き戻っている。

 

 不可逆の死と破壊ですら巻き戻してしまうような、時間の逆転と逆行。

 運命を引っくり返すのが間に合わないなら、時間を引っくり返せばいい。

 結城友奈とウルティメイトブレスが起こした、輝ける奇跡であった。

 

「勇者は諦めない! 私は諦めない! いつだって、どこだって、『幸せ』を諦めない!」

 

 この奇跡を、このとんでもなさを、一言でメタ的に言うのなら。

 

 『主役の一人が、許せない最終回を丸ごと無かったことにした』としか言いようが無い。

 

 輝きが全てをゼロに戻した(シャイニング・ゼロ)

 

「だ……だけど!」

 

 竜児は冷静さを失いながらも再び飛翔し、樹に変わり、世界を平和にする記憶操作を行おうとする。

 止めようとする友奈だが、またしてもあの光の壁が立ちはだかる。

 少し揺れることはあっても、壊れることも折れることも無くなることもない光の壁。

 友奈では越えられず、一度は竜児の目的を達成させてしまった壁。

 

 友奈が構えた左手が、銀と虹に輝く。

 輝いた、次の瞬間。友奈の左手と、ウルティメイトブレスが一体化していた。

 自由に動く銀の拳、拳に入った細い金のライン、そして輝ける虹の光。

 銀色に染まった己が拳に友奈は驚くこともなく、その拳を叩きつけた。

 

「勇者っ、パーンチ!」

 

 運命を引っくり返す、銀色の拳。―――銀色の流星。

 

 銀色の流星が、たった一撃で光の壁に小さなヒビを入れた。

 

「っ!」

 

 竜児は焦った。光の壁にヒビが入ったことに。

 友奈も焦った。ヒビしか入らなかったことに。

 竜児はすぐにでも飛び立てる。

 友奈が拳を叩きつけていられる時間など、せいぜいあと一撃分だ。

 あと一撃では、この壁は壊せない。

 竜児を止めるのが間に合わない。

 この強度。どれほど強固な意志で、この光の壁を構築しているというのか。

 

「友奈ちゃん!」

 

 その時、友奈の耳に届く東郷の声。そして六人分の足音。

 一撃で倒せないことが、なんだというのか。

 結城友奈は、ひとりじゃない。

 

「勇者部っ! ファイトーッ!!」

 

 時間の巻き戻しによって、皆が竜児の記憶を取り戻していた。

 皆が、止めるべきそれを認識していた。

 風が号令をかけ、強い心が、友奈と六人を強く強く踏み込ませる。

 その想いに、勇者システムと、神樹の力と、ウルティメイトブレスが応えた。

 

 ありえぬ具象が起こり、皆の左手が銀に光り、七人の想いを七色の虹の光が繋げてくれた。

 

 明言されていたはずだ。

 ゲンティウスの力はゲンティウスではない誰かを、この世界という舞台の主役へと変える力。

 『皆まとめて主人公にしてしまう力』だと。

 ゆえに、勇者七人全てが主人公である。

 主人公は意志を貫く。

 主人公は最後に勝つ。

 そして、悲しみと寂しさにまみれた誰かを救い、最後に笑顔で終わるのだ。

 

「なっ―――」

 

 『七人全員』が、『友奈の左手と同じ』、『運命に反逆する銀拳』をその左手に備えていた。

 

 七つ同時に放たれる、銀色の流星。

 

「「「「「「「 勇者ッ! 」」」」」」」

 

 虹の光の軌跡を描いて、銀の拳が壁にぶつかる。

 

「「「「「「「 パーンチッ!! 」」」」」」」

 

 そして、竜児に逃げる間も与えず、その光の壁を粉砕した。

 誰か一人に全てを任せ、全てを託し、全てを乗せるのではない。勇者全員で打ち込む拳。

 竜児の硬き意志の壁さえ抜けて、その向こうへ。

 

「……っ」

 

 だが、竜児もさるもの。その瞬間に最適な対応策を導き出していた。

 安直に直上に飛び上がっても、跳び上がってきた勇者に捕まるのがオチだ。

 なればこそ、後ろに飛ぶ。

 後ろに飛んで、勇者達から距離を取り、それから月に向けて飛べばいい。

 勇者達から、逃げるように飛べばいい。

 

「逃がすかーっ!」

 

 逃げる竜児に、夏凜が飛びついた。

 彼女は勇者の中で最速。この距離ならば足が活きる。

 今この場にいる勇者の中で、短距離瞬発力であれば、竜児までの短い距離を少ない時間で駆け抜ける力であれば、三好夏凜こそが最強だった。

 

「今日は……今日ばかりは!」

 

 勇者の皆が同時にスタートを切れるこの状況で、逃げる竜児に夏凜は誰よりも速く追いついて、抱きつき抱きしめる。

 "逃げる者を捕まえる鉄則"に従い、夏凜は竜児の足に抱きつき捕まえていた。

 竜児では、夏凜の拘束を技巧で振りほどくことなどできない。

 

「勇者で一番足が速くて、あんたより喧嘩が強い自分が、世界で一番好きになれそうよ!」

 

「夏凜っ……!」

 

 そして夏凜が抱きつき止めた一瞬で、友奈が跳ぶ。

 銀の左拳を振り上げ、友奈は竜児に迫る。

 

「勇者の勇気は! 誰かをいじめるために全力を出すものじゃない!

 痛みを沢山背負うために一杯出すものでも!

 自分から進んで不幸になるために振り絞るものでもなくて!」

 

「くっ!」

 

 跳び上がってきた友奈に、振り上げられたその手に、竜児は殴られると思って身構えて。

 

「―――自分の、他人の、幸せのために頑張って出すものなんだよ?」

 

 友奈は、その手を。拳ではなく、開いた手として突き出した。

 

「―――」

 

 夏凜と一緒に、友奈も突き出した手で竜児を抱きしめる。

 少年の首に伝わる少女の暖かさが、竜児の決意を揺らがせた。

 

 友奈にとって、勇気とは。

 孤独を受け入れるための道具ではない。

 望んで絶望の中に身を浸す一歩のための道具ではない。

 幸せを諦めるために使う道具ではない。

 独りになるために勇気を出した竜児は、どうしようもないくらいに間違っていた。

 

「っ」

 

 竜児がこのまま飛び上がっても、竜児を抱きしめる二人は振り落とせないだろう。

 竜児は二人を振り落とせるだけの加速を得るべく、両手に光と力を溜める。

 二人を振り落とす速度を得るため、両手をブースターにするつもりなのだろう。

 神に成った竜児は、巨人形態でなく人間形態でも小器用で多芸だ。

 

 だが、その両手に風と樹が飛びついて来た。

 

「!?」

 

 竜児は慌てて手に溜めた光と力を霧散させた。

 手に溜めた力が大きかったがために、そのままだと姉妹を傷付けてしまいかねないからだ。

 "傷付けたくない"という想いが、致命的な隙になる。

 その隙に、姉妹が両腕に抱きつき、竜児の新たな技の展開を封じた。

 

「あなたはもう、自分を許していいのよ!」

 

 風が叫ぶ。

 

「私……私、まだ! 夢を持てるようになった先輩が、どんな夢を持てたかも聞いてないです!」

 

 樹が叫ぶ。

 

 心揺れる竜児の左側から、銀が抱きしめた。

 

「苦しいかもだけど、危険かもだけど、全員一緒に生きる道と可能性、探そうな」

 

 唇が震えて泣きそうになっている竜児を、竜児の幸せを守ろうとする東郷が、足の機能を友達に治してもらった東郷が、右側から抱きしめた。

 

「あなたはちゃんと約束を守ってくれたから……今度は私に、約束を守らせて」

 

 そして少年の背中から、園子が抱きしめた。

 

 その目は開かれ、不死鳥の勇者の光を見たのを最後に何も見えていなかった目は、竜児の背中をしかと見ていた。

 

「私、知ってるよ~。

 皆の幸せがドラクマ君のしあわせ。

 だからね。ドラクマ君のしあわせが、皆のしあわせなんだよ」

 

「―――」

 

 時に拳を、時には花を。

 拳と花が、竜児を救う。

 拳と花が、竜児の心を敗北させる。

 神様にまでなって目的を達成しようとした少年の目的を打倒して、敗北させる。

 抱きしめて気持ちを伝えるという、宇宙最強の攻撃で。

 

 秘密を抱えて、神になって、細い背中を見せて去って行った少年は。

 花降る寂寞を越え、花散る前にまで逆行した勇者と、彼女らの想いに敗北した。

 過去と未来を結いつけた神樹の糸は切れ、一度到達した未来への道は途切れる。

 そしてまた、未来が不確定の世界が戻って来た。

 

 が、ちょっと抱きつきすぎだ。一人に七人が抱きついているのはちょっと多い。

 バランスを崩して、皆一斉に倒れて、地面にぶつかりそうになってしまう。

 そんな竜児達を――中学生八人分の体重を――メビウスの赤い手が受け止める。

 倒れても抱きしめる手を離さない勇者達を見て、メビウスは小さく笑い声を漏らした。

 

 顔は動いていない。

 巨人の表情筋は動かない。

 なのに、微笑んでいるように見えた。

 

『おかえり、リュウジ』

 

 そして()()()()()()()()が起こり、メビウスの手の上で、竜児と勇者を絢爛な光が包み込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 竜児が、『変わった』。

 

 勇者は何も変わっていないが、竜児は信じられないとばかりに自分の手をじっと見つめる。

 

「神様じゃなくなった……人間になってる……寿命のせいで起こってた体の不調が無い……?」

 

「え?」

 

「リュージが神じゃなくなった、って、どういうこと……?」

 

「……じゃあ、竜児君、もうやらかせないってこと? やったわ樹! なんかやったわ!」

 

「やったねお姉ちゃん! よく分かんないけど!」

 

 一体何が起こったのか。

 竜児も勇者も分からない。

 メビウスは活動エネルギーを極限まで抑え――地球上でウルトラマンが地球人と会話している時に時々やると噂の技術――地に膝を下ろす。

 説明を求める姿勢になっているあたり、メビウスにもまるで分かっていないようだ。

 そこに、空から女性を抱えた人間サイズのメカが落ちて来る。

 

「颯爽登場、銀河を翔ける鉄塊の美女!」

 

「き……キングジョーおばさん! と、安芸先生?」

 

 落ちて来たのはキングジョー。

 抱えられていたのは安芸。

 なのだが、安芸は凄まじく消耗していた。

 身体的にというより、精神的に。

 

「この人が……この人がもうね……」

 

「安芸先生、どうしたんですか、見たこともないくらい疲れた顔をして」

 

「……結果オーライだったからいいのよ。いいけど……話していて、対応していて、疲れたわ」

 

「おーほっほっほ!」

 

 キングジョーが笑っている。めっちゃ上機嫌だ。

 何かやったな、とラブリービームを食らった覚えのある全員が確信に至った。

 安芸が説明し、竜児が皆を代表して安芸の正面に立ち説明を聞く。

 

「あなたが人間に戻った現象は、『神婚』よ」

 

「神婚、って……」

 

「人と神が結婚するという神話の種の一つ。

 世界各国に類似種が存在し、日本にもいくつか例があるわ。

 神と結婚した娘の子孫ならば、その一族は人でありながら神の血族である。

 ゆえに往々にして、"この人の一族は神の一族である"という権威付けに使われたわ」

 

「それは、僕も知ってますが」

 

「あなた達は、七人の勇者と一人の神様として結婚したのよ」

 

「―――!?」

 

「そして神婚の術式に従い、勇者全員が『神の一族』に取り込まれようとして……

 ここからは綱引きをイメージして。

 神になった竜児君が神の側に皆を引っ張り込もうとしたの。

 でも、綱引きで七対一じゃ絶対に勝てないでしょう? 竜児君が引き負けたのよ」

 

「―――!?」

 

「あなたは一度神になり。

 複数の人間に『神婚』で引っ張られた。

 『人の一族』に引っ張り込まれたの。そして、人間になったのよ」

 

「―――!?」

 

「ウルトラマンに変身できる……ただの健康な人間に」

 

 『現人神』。

 現人神とは、人の世に人の姿で現れた神を表す言葉だ。

 先程までの竜児は、まさにこれだった。

 が、天皇がそうであるように、日本の神話体系において()()()()()()()()()()()()()()()()

 日本に住まう人間のほとんどは、神話を参考にするならば神の子孫なのだ。

 

 国譲りは三百年前に終わった。

 国造り、国産み、神産みも今終わった。

 そして日本の神話において、"降臨した神の子孫は人と成る"。

 神が人と成り、人の時代がやって来て、それでようやく神話は終わるのだ。

 

 神話は、なぞられた。

 

「―――そんな、無茶苦茶なことが。あるんですか、安芸先生」

 

「このキングジョーさんが、勝手に、本当になんとなくで、勘で儀式の術式を起動して……」

 

「えええ……?」

 

「神樹様がノッて、その術式がここでちゃんと起動するよう、少し補助をして」

 

「えええ……?」

 

「『神婚』したのよ、あなた達」

 

「えええ……」

 

 一対七の結婚したから君人間になったよ、と言われて何と言えばいいのか。

 君達結婚したんだよ、と言われて何と言えばいいのか。

 まあ法的な結婚でもなんでもないのでただの儀式じゃん、と言えばまさにそうなのだが。

 竜児と勇者達の間に、言語で形容し難い雰囲気が広がっていく。

 

 今男女で目を合わせると緊張が走りそうで怖い。

 なので、竜児と勇者達は一斉にキングジョーを見た。

 何考えてんだこいつ、と言わんばかりの皆の目線に、キングジョーは頭部を分離してガッシャーンと落とした。

 "普段頭を下げる姿勢よりずっと低くまで頭を下げますわ!"と言わんばかりの謝罪である。

 

「申し訳ありません。軽率な行動でしたわ。ただちょっと結婚が見たくて……」

 

「―――」

「―――」

「―――」

「―――」

「―――」

「―――」

「―――」

「―――」

 

 その瞬間、全ての勇者が絶句した。

 

 竜児の自殺に至る理性的な思考に。

 勇者の奇跡に至る感情的な勇気に。

 何も考えてないフルメタル性癖おばさんの無思慮な行動が加わって、この奇跡と、何もかもが救われた結末が来たわけだが。

 三番目がどう考えても場違いである。

 

「信じらんねー、アタシ結婚とかまだいやだぞ……

 あ、いや、リュウさんと結婚するのが嫌ってわけじゃなくて!?

 あ、でも、結婚していいってほど何か想ってるってわけでもなくて!

 そんなの大人にならないと分かんないわけだし……

 いやてかこれ儀式なんだからアタシ達ノーカンでいいでしょノーカンで!」

 

 真っ先に"そういう声"を上げたのが銀だったことで、安芸は頭を抱えた。

 

「あなたがそれを言う? 三ノ輪(みのわ)でしょう、あなたは」

 

「……ん? え? 安芸先生、ちょっと意味が」

 

「日本書紀・古事記・神武記等に逸話を残し、『三輪の山の神』とされる大物主。

 この男神は、神婚の逸話をいくつも持っているわ。

 だから三輪の神と呼ばれたの。

 『三輪』というのはね、人間の女の子何人もと結婚した男神を指す代名詞でもあったのよ」

 

「……えっ」

 

「三ノ輪の名字の多くは三輪の名字が転じたものね」

 

「先生! アタシにゃ関係ないと思います!」

 

「運命信者になりそうだわ、私も……

 勇者の中に、希少な巫女特性持ちの東郷美森が混じっていた事による奇跡……

 巫女と勇者の両特性持ちという奇跡の超希少存在……

 神の花嫁役を果たすことが多い、巫女という役職が居たという運命……

 巨人の御姿乃木園子も加えれば、あの三人は最初から運命的に……? まさか……

 いや……この場合、皆が運命を作ったと言うべきなのかしらね。なんというか、もう」

 

 この所業は、運命に従ったというわけでもない。

 さりとて運命を引っくり返したとも言い難い。

 "運命を新たに創り出した"という表現こそが正しいだろう。

 

 キングジョーは予想外の八人神婚からの竜児救済という美しさに、心臓麻痺で倒れた。

 キングジョーに心臓は無い。

 

「溢れ出す愛の激情を胸に抱いて……

 揺るぎない勇者の愛の形……

 地球から見えた友奈ちゃんの月の光のように……ずっと……ラブフォーエバー」

 

「大変だ! ママが尊すぎて死んでる!」

「いかんかったんや! ラブの奇跡はいかんかったんや!」

「末永くお幸せに!」

 

 息子達が駆けつけて、キングジョーは蘇生される。

 特に死んでいたわけでもないが、蘇生によってキングジョーは生まれ変わる。

 過剰に注ぎ込まれた愛のテンションが、キングジョーを暴走させた。

 右手の指が友奈の頬をむにむにとつまむ。

 

「言いなさい! 顔が可愛くてごめんなさいと言いなさい!」

 

 左手の指が東郷の頬をむにむにとつまむ。

 

「言いなさい! 胸が大きくてごめんなさいと言いなさい!」

 

 突然生えてきた第三の腕(五秒前までそんな機能は無かった)が樹の頬をむにむにとつまむ。

 

「言いなさい! あざとくてごめんなさいと言いなさい!」

 

 そして愛の過剰摂取で、キングジョーはまた倒れた。分かりきっていたオチ。

 

「ラブフォーエバー……」

 

「ママがまた死んだ! 計画的殺人だ! でもママは人じゃない! 殺人不成立!」

「愛に罪は無い! 愛の奇跡に問われる罪などあるものか!」

「末永くお幸せに!」

 

 息子達がキングジョーを抱えてその辺に転がし始めた。

 

 はぁ、と怒涛の展開に皆がありったけの感情の混沌を溶かした溜め息を吐き出す。

 そんな中、疲れた様子から復帰した安芸が、竜児の肩に手を置いていた。

 

「あなたは全ての約束を嘘にして全ての者を欺いた。

 全てのバーテックスと天の神を倒した。

 そして……絶対に諦めない心を持つ、勇者に負けたのよ」

 

「安芸先生……」

 

「敗者の義務として、素直に幸せになりなさい。勇者に負けた魔王様」

 

 安芸は自分の中からも記憶を消そうとした竜児に向けて、この上ないほどにたっぷりと皮肉を込めて、そう言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 友奈はいいのかな、と思った。

 やってくれ、と竜児は言う。

 もう勇者達の変身は、とっくに全員分解除されていた。

 

「本当にいいの?」

 

「この反省を痛みで覚えておきたいし……それに、僕はそうされるだけのことをしたと思う」

 

 これは、けじめだ。

 迷惑をかけたことに対するけじめ。

 友奈はちょっと嫌そうにしていたが、これも竜児のためだと自分に言い聞かせ、竜児の頼みを実行した。

 

「行くよ!」

 

 友奈のパンチが、竜児の顔を殴る。

 竜児の顔が横に流れ、友奈が竜児を抱きしめた。

 頼んだのは殴ることだけだったのに。

 友奈は殴って、抱きしめる。

 

「ありがとう」

 

 友奈は感謝する。竜児がこれまで救ってくれたこと、守ってくれたことの全てに。

 

「でも、もうしないで。ずっとしないで。二度としないで」

 

 友奈は否定する。竜児が救うためにしたことを。

 

 そして、竜児の左手に銀色の腕輪を嵌めた。もう一度、想いを託す。

 

「一度目はヤプールのせいで。二度目は今日、リュウくんが変なこと考えたせいで」

 

 友奈が思いっきり自分の意志で竜児を殴る時が来たのは、今日で二度目。

 次があればそれが三度目になるだろうが、友奈はそれを強烈に拒絶する。

 

「三度目は、私絶対に嫌だよ」

 

「二度とやらないよ。約束する」

 

「四の五の言わずに、私はその約束信じることにしますっ」

 

 確かに交わされた、約束だった。

 

「……ああ、もう、駄目だな僕は。本当にすぐ、情に流される」

 

 座り込んだ竜児の殴られた頬を、樹が近場の水道で濡らしたハンカチで拭いた。

 冷たいハンカチと、優しい手付きが心地良い。

 

「それが、先輩が見つけた『自分』なんじゃないですか?」

 

「流されやすい自分が?」

 

「そうじゃないです。

 情に流されるってことは、自分の中の気持ちに正直になれたってことじゃないですか」

 

「……おお、そういう考え方もあるのか」

 

「他人の気持ちを考えながら、自分の気持ちで選択して生きる。それが熊谷先輩なんです」

 

 自分の気持ちを考えて、他人の気持ちを考えて、その上で選択する。

 それが竜児だ。

 もう、流されやすいなんて弱点は本当はない。

 それが竜児なのだ。

 竜児は悪の誘惑には絶対に負けず、自分の弱さで揺らぐことなく、けれど善の者達の気持ちを考えて、思い悩みながら前に進んでいく。

 そういう自分で、完成したのだ。

 

「先輩の中には、先輩が見つけた自分があるんです」

 

「今、樹さんが見つけてくれたから、僕もそれを見つけられたよ」

 

「えへへ」

 

 樹が微笑む。

 

「懐中時計を先に見つけてくれたのは、先輩です」

 

「え……ああ、何ヶ月も前の話を、覚えていてくれたんだね」

 

「今ここにある私は。胡蝶の夢で見失いかけていて、先輩が見つけてくれた、私なんです」

 

 とてもシンプルな、世界の理屈。

 恩を仇で返されることもあるだろう。

 それでも……誰かを助ける人間は、どこかで誰かに助けてもらえるのだ。

 微笑む樹が、いつも竜児を助けようとしてくれたように。

 

 竜児はそんな樹にも、戦いの無い星と世界に生きていてほしかった。

 

「戦いは……戦いは、続くんだ。

 神様じゃなくなった僕は、もう一度なぞりを終えてしまった僕じゃ、もう……」

 

 そんな竜児の脳天に、夏凜が思いっきりゲンコツを落とした。

 

「あ痛ァー!」

 

「やっと叱ってやれたわ、このバカ!」

 

「ゆ……友奈の拳より間違いなく強くて痛い拳!」

 

「ここはね、あんたも含めた人間の世界!

 だから全員で頑張って守っていかなくちゃならないのよ!

 これからは、きっとそうなる!

 皆で話し合って未来考えて、協力して変えていく未来を、あんたが一人で勝手に決めんな!」

 

 多くの人と出会い、多くの戦いをくぐり抜け、多くの悲劇を越え。

 三好夏凜もまた変わり、成長していった。

 勇者部の皆が、竜児との物語が成長させたのだ。

 竜児がいくら成長しても、どんなにでっかい人間になっても、夏凜は相変わらずかっこよく、竜児が間違えると夏凜が何か修正する関係は変わらない。

 

人間(わたしたち)の運命は、私達が決める!」

 

「―――」

 

 ああ。

 本当にかっこいいなあ、と。

 竜児は心底そう思った。

 

「な、なによその目」

 

「これ以上夏凜が頼りになるとこ見せたら、夏凜無しでは生きていけなくなるかも」

 

「あはは、面白いこと言うわね。そんなバカになりそうだったらまた叱ってやるわよ」

 

「だよねえ。絶対そうなる気がしないよ」

 

 これでいいのか、という想いは今も竜児の胸の中に渦巻いている。

 だけど、これでいいのよ、と胸を張っている夏凜を見ていると、その想いが減っていくのが実感できる。

 この完成型勇者は、完成しているくせに成長もするので、竜児が成長しても同じくらいの速度で肩を並べ続けてくれるのだ。

 

「あ、竜児君。今携帯で確認したけど、うちの親起きた上、問題も無いって」

 

「……そうですか。良かった」

 

 ここで風が気を遣ってくれたのもいい。

 竜児が露骨に安心し、罪悪感が肩から抜けるのが目に見えた。

 そんな竜児の頭を、風が撫でる。

 妹に対してそうするように。

 『弟』な竜児は、いつもと違う感じな風に、ちょっと照れて戸惑った。

 

「ふ、風先輩?」

 

「自分が許せなかったんでしょ。たとえ、私達や周りが許しても」

 

「―――」

 

 風は竜児を理解している。

 一部に関しては、他の勇者の何よりも。

 何故ならば、風は竜児と互いに対し共感を抱き、その上で竜児が文章化した気持ちの全てを紙という媒体で読んだ少女だからだ。

 風の想い出の中には、まだその文章の記憶が残っていた。

 

 

 

■■■■■■■■

 

 沢山死んでいる。

 勇者も、巫女も、他の戦った人達も、大勢が犠牲になって今のこの世界がある。

 僕らの代で世界を終わらせちゃいけない。

 過去の人達の戦いと犠牲を無駄にしちゃいけない。

 無意味な犠牲にしてはいけない。

 でも。

 それで僕らの行動は、正当化されるのだろうか。

 されない。

 されるわけがない。

 正しくないことを積み重ねて、罪を重ねて、犠牲を積み上げるしかない。

 

 犠牲になってくれ、と。

 生き残ってくれ、と。

 同じ人に対して同時に思ってしまう。

 全てを解決してくれる都合のいい神様が、どこからか湧いて来てくれないだろうか。

 

■■■■■■■■

 

 なら、答えは一つだ。

 僕は僕を許せない。

 

 『大赦』が「許しを得る」という意味の名の組織であるならば、僕はこの組織の一員に向いていないのかもしれない。それがなんだか悲しかった。

 

■■■■■■■■

 

 何も知らない彼女らの楽しそうな笑みを見ていると、泣きたくなる。

 

 もしも。

 誰も死なせず、何も失わず、終わりを迎えられたなら。

 僕はようやく、少しだけ自分を許せるかもしれない。

 

■■■■■■■■

 

 

 

 今でも風は、印象的だった文は全て覚えている。

 竜児は認められなかった。その犠牲を、地獄の継続を。

 竜児は許せなかった。守れなかった自分を、救えなかった自分を。

 全部解決するには、神様になるしかなかったのだ。

 

 それを知る風は、竜児が心の奥底で望んでいた言葉以上に、竜児の心を震わせる言葉を、選ぶことができた。

 

「もういいの。ここで全部終わったから。

 あなたはちゃんと守れたから。もうあなたは、自分を許していいのよ」

 

「―――風先輩」

 

「だから素直に、この『ありがとう』を受け入れて」

 

 ポロッ、と竜児の瞳から涙がこぼれ落ちる。

 竜児の中で、何かが一つ終わった。

 彼を幸運から遠ざけていた何かが終わった。

 

「リュウさん」

 

「……東郷さん」

 

 二年前に記憶を失った竜児は、嘘にまみれた自分で東郷を見張っていた。

 ただの一般人に偽装し、うどん屋にバイトしてまで放課後の彼女らを見張り、勇者部の活動も常に見張り。

 その全てを大赦に報告し、最悪の自分を嫌悪し、その上でその毎日を継続していた。

 記憶を失った竜児の全ては。

 東郷美森に嘘と隠し事で塗り固めた自分で接するところから、始まった。

 

 だからこそこれは、東郷の役目だ。

 あの日に嘘を始め、リバースメビウスの時に十分過ぎるほどの絶望と苦痛という報いを受け、もはやその罪は裁かれている、竜児を許してやれるのは。

 "この物語の始まり"に竜児が毒の針を向けていた、東郷美森以外には居ない。

 

「リュウに、嘘から始めた何かがあったとしても」

 

 竜児の知る鷲尾須美がいて。

 竜児の知る少し前の東郷美森がいて。

 竜児の知らない、成長を重ねてきた今この瞬間の東郷美森がいる。

 

 その全てが、竜児を許していた。

 その全てが、今この瞬間の東郷美森の中にいた。

 許すことで、彼が救われるのなら。

 彼にされた何だって許してあげられる気がして、東郷は微笑む。

 

「嘘を許すのが、友達よ。嘘をついた後も続けられるのが友達だって、私は思うわ」

 

「―――ぅ」

 

「私達に、あなたを許させて。あなたもちゃんと、自分を許して。リュウ」

 

 竜児の瞳から大粒になってきた涙がこぼれ落ちる。

 竜児の中で、何かが一つ終わった。

 彼を幸運から遠ざけていた何かが終わった。

 

 許せるのだろうか、竜児は。

 自分の全てを、許せるのだろうか。

 ずっと欲しかった兄弟を、血の繋がった兄弟を自分の手で殺してきたことさえも、許せるのだろうか。

 大好きになってしまった勇者を騙していた過去を、思い返してそれを許せるのだろうか。

 何もかもを、許せるのだろうか。

 彼の人生は、自分を許せない理由でいっぱいだった。

 

 そんな中、園子が。

 竜児のやったことが叩き込んだ悲しみと辛さと、竜児が帰って来た嬉しさと、今竜児が交わしていた会話に覚えた感情がまぜこぜになって、泣いている竜児に貰い泣きしてしまっていた。

 辛い時には、中々泣かないくせに。

 

「うええええええっ」

 

「え……えええええ!?」

 

「……ほら、行ってあげて」

 

 東郷に背を押され、竜児が園子に歩み寄る。

 竜児も結構泣いていて、園子も大泣きしていて、なんというか、最悪会話が成り立たなそうな気配がする。

 銀が見ていられず、割って入った。

 

「リュウさんさ。自分がアタシらに『二回目』やろうとしてたの、分かってる?」

 

「―――」

 

「二年前のリュウさんも、今のリュウさんも、本当さぁ……」

 

 竜児は二年前を想起する。

 燃えるあの場所で、もう一人の自分が記憶を捧げた瞬間を。

 あの後、他人扱いをする熊谷竜児に、記憶の消失が断絶させてしまった友情に、銀と園子はどんな感情を持ったのか。

 竜児も須美も記憶を失った結末に、残された二人は何を思ったのか。

 

 この台詞は、園子が泣いている今、銀にしか言うことができない台詞だった。

 

「ああ、もう! 責める気持ちより"良かった"って気持ちの方が大きいアタシのバカ……!」

 

 でも結局、銀は責めきれなくて。

 竜児が自己犠牲したことに怒る気持ちより、竜児が戻って来てくれたことが嬉しくて、厳しく叱りきれない。

 なんだかんだ、細かなところで夏凜と銀の違いというものは出るらしい。

 竜児は心底申し訳なさそうに、まだ泣いている頭を下げた。

 

「ごめん、銀……」

 

「反省してんならいいよ! アタシはほら、女の子らしくないじゃん?」

 

「いやそれはねえわ銀」

 

「は、話の腰を折るなよ!

 いや、だからさ、女の子らしく泣いてる子を泣き止ませてやってくれ、って話で」

 

 銀が竜児を園子の前に、背中を押して突き出していく。

 園子は泣きながら、涙で音が変になった声で、竜児に呼びかける。

 

「ドラクマ君は、自分で自分を許して、自分で自分を幸せにしてもいいんだよ~!!」

 

「―――」

 

 竜児の瞳の涙が止まって、竜児は園子の涙を拭いに動く。

 竜児の中で、何かが一つ終わった。

 彼を幸運から遠ざけていた何かが終わった。

 

「園ちゃんは、優しいね」

 

「ドラクマ君は誰にでもそういうこと言ってる~!」

 

「んっ、んんっ」

 

「オリジナリティがないと泣き止んであげない~!」

 

「そ……園ちゃんは可愛いね」

 

「ドラクマ君は誰にでもそういうこと言ってる~!」

 

 死んだはずのキングジョーがまた這い上がって来た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 綺麗に完成した巨大パズルをぶっ壊して、バラバラになったピースを積み上げて、お城を作るような無茶苦茶な所業。

 今回の勇者達の起こした奇跡は、まとめればそういうものになる。

 戦いは終わらない。

 天の神との決着がついたわけでもない。

 ラスボスと綺麗な決着をつけるエンディングは、竜児と引き換えに失われてしまった。

 

 綺麗な絵が完成するはずだったのに、危なっかしいがかっこいい城が完成したというこの結果。

 なんともまあ、ブサイクな幕切れもあったものだ。

 そして、戦いが終わった以上、キングジョーがここに長居する理由は多くない。

 

「わたくし達、そろそろ帰りますわ。竜児さん」

 

「えっ、また突然な」

 

「特売があるのを思い出しまして」

 

「特売……」

 

「またいずれ、思い立った吉日に来ますわ!

 その時には竜児さんの孫が見られているといいのですけど!」

 

「勘弁してください……」

 

 次はいつ来るのだろう。

 十秒後か。十年後か。

 十日後から十年後といった感じの期間見積もりがされないのが、キングジョーという無敵のおばさんが最強に見られる所以であった。

 

「まっ、今回は皆さんの子供は見られませんでしたが。結婚は見れたので満足ですわ」

 

「こんな結婚で満足なんですか……」

 

「何をおっしゃいますの! この先五百年は見られませんわよこんな結婚!」

 

 ぱぁぁぁぁぁっ、とキングジョーの全身が愛の光に輝く。

 キングジョーの機体にそんな機能は特に付いていない。

 

「お忘れなく! 宇宙は広大!

 わたくしのようなお友達になれる者もたくさんおりますわ!

 それらと敵ではなく仲間になりたいのであれば、必要なのはまずは愛!」

 

「愛! ですね。大丈夫です、ちゃんと愛の大事さ、伝わってますよ!」

 

 竜児の元気な返答に、安芸は将来の不安を感じ、キングジョーはとても嬉しそうに頷いた。

 

 キングジョーとその息子が、飛び立っていく。

 

「この宇宙に、この地球から、偉大な愛が広がっていきますように! ラブフォーエバー!」

 

「ラブフォーエバー!」

「ラブフォーエバー!」

「ラブフォーエバー!」

 

「さようなら、キングジョーさん!

 タローさん! ジローさん! サブローさん! 本当にありがとうございました!」

 

 キングジョーとの別れ。

 

 そして、彼らに待つは、もう一つの別れ。

 

「え……」

 

 神樹が、枯れていく。

 

「な……なんで! 神樹様!」

 

 竜児が寿命問題を解決したというのに、何故。

 

「まさか……リュウくんを、助けるために?」

 

 神樹は過去と未来の自分を並列で使い、竜児がまだ手遅れになっていない過去から、未来に糸を結いつけた。

 そこから友奈は竜児の記憶を取り戻し、奇跡を起こして、その糸を手繰って時を巻き戻していった。

 だが、急激に無茶をしすぎたようだ。

 これは言うなれば、時間を超越した情報転送、無数の平行世界分岐の一本化と過去未来の連結、そして宇宙全ての存在に影響を及ぼすレベルの時間遡行である。

 宇宙全ての記憶を改変した竜児の力を初めから無かったことにするには、同じように宇宙全てに影響を及ぼすレベルの時空干渉が要されたのだ。

 

 その負担は、神樹を死に至らしめるには十分だった。

 逆に言えば、竜児が神樹を癒やしていなければこの逆転はありえなかったということであり。

 神樹が癒やされた命の全てを使い切ってでも、竜児を救おうとしたということでもあった。

 

「神樹、様?」

 

 神樹が枯れ、そこから光り輝く人影達が現れる。

 無数の神々。

 そして、神々の背後に立つ光の巨人。

 ガイア、アグル、ティガ、パワード、グレート、ネクサス。

 光の巨人達は成り行きを見守っていたメビウスに光を与え、赤くなっていたカラータイマーを青に戻した。

 だがそれだけで、光の巨人は微動だにせず、その後はずっと神々の行動を見守っていた。

 

「神樹様の神々と……ウルトラマン達……」

 

 呆然と呟く竜児の前に、神の一人が歩み寄る。

 何をされるのか、何を言われるのか、竜児が緊張して少し体を固くする。

 そんな竜児を見て、神様はくすりと笑った。

 くすりと笑った子供のような容姿の神様は、竜児に握手を求めた。

 

『どうか、息災で』

 

 竜児が少し驚いて、握手に応じる。

 すると神様の体は質量の無い光の砂となり、崩れ落ち、大地に溶けていった。

 もはや体を維持することもできないほどに摩耗していたのだろう。

 竜児を救うため、その命のほとんどを使い、一秒の休憩さえ許されない三百年間の地獄の摩耗がもたらした損傷がぶり返してしまった、その結果の必然だった。

 

 次に、豪腕の男らしい神様が竜児に握手を求めた。

 

『大和の国を頼んだ』

 

 握手をすると崩れ、大地に溶けていく。

 

 次に、お姫様のような神様が竜児に握手を求めた。

 

『幸せにね』

 

 握手をすると崩れ、大地に溶けていく。

 

 次に、樹のような肌をした神様が竜児に握手を求めた。

 

『辛い時は諦めて、少し休んでもいいんだぞ。休みは大事だ』

 

 握手をすると崩れ、大地に溶けていく。

 

 次に、酒を飲んでいる神が優しげな微笑みを浮かべ、竜児に握手を求めた。

 

『君の行き先に、光あれ』

 

 握手をすると崩れ、大地に溶けていく。

 

 次に、食物と稲をいくつも身に着けた神が、竜児に握手を求めた。

 

『誰も、頑張った神樹様が報われるべきって考えてないの、悲しすぎるだろ……か。

 嬉しかったよ。人の子がそんなことを言えるとも思っていなかった。その想いに、感謝する』

 

 握手をすると崩れ、大地に溶けていく。

 一人、また一人と、竜児と握手して、消えていく。

 単独で存在する神も、複数で一つで在る神も、荒ぶる神も、優しき神も、全部。

 消えていく神々が、大地の中に溶けていく。

 握手をしていた竜児には、分かっていた。

 これが、神様(かれら)との別れだと。

 

「三百年」

 

 止まっていた涙が、また溢れ出して来る。

 

「三百年、かかったんです。

 人間が、助けてくれてた、守ってくれてた神樹様に恩を返せるようになるまで、三百年。

 それが、こんな……ちょっとは恩を返せるようになったら、すぐに、こんな……!」

 

 そして、最後に残された神が、竜児に語りかける。

 その神の腰には、乃木若葉の愛刀と同じものが据えられていた。

 ならば、この神の名は決まりきっている。

 

『別れではない』

 

 語りは静かで。

 

『これからは未来永劫、傍に在る』

 

 穏やかで。

 

『神とは、人の目には見えない所から見守るものなのだ』

 

 とても、神らしくて。

 

『天の神より、其方らを守ったのはたった三百年。これより先の未来は、八百万(やおよろず)を越えよう』

 

 大国主が求めた握手に、竜児が応える。

 

『良き未来を。人の子らよ』

 

 神の別れに、握手などという習慣はない。

 人間と最後に握手をし、"人間が別れの時にするようなことを真似して"、最後の別れを行おうとした神々のそれは、『心意気』と呼ばれるものだった。

 

 最後の神の体が崩れ落ち、大地に解ける。

 これで、神の全ては死に至った。

 竜児の瞳から、涙が零れ落ちる。

 

「神様って言うから、僕も皆も半分くらいしか、理解できてなかったんだ」

 

 神様には人の心が、人間ほどにはよく分かっていなくて。

 

 人間にも、神様の心はきっとよく分かっていなくて。

 

 でも、きっと最後の瞬間には……人と神なりに、分かり合っていて。

 

「とっても大きな力を持ってて……

 意志や心を持ってただけで……

 人間から神様って呼ばれてるだけで、全知でも全能でもなかった……

 そんな、善意で僕らに優しくしてくれてた、僕らを守ってくれてた、ただの―――」

 

 "ただの"という言葉の先を、竜児は言わずにぐっとこらえた。

 

「―――だから、幸せになって、ほしかったのに……!」

 

 けれど、感情は吐き出された。

 

 そんな竜児の後頭部を、精霊が蹴る。

 

「このバカが!」

 

「あだっ!?」

 

 エンペラダークネスによる神樹の倒壊と共に多くの力を失い、それでも頑張り、消耗から休憩をして、神樹のめまぐるしい復活と終わりのせいで、今この瞬間までロクに喋ることも動くこともできずにいた、精霊コピーライトであった。

 その体のサイズは、今の竜児と変わらない。

 

「に、兄さん」

 

「ちゃんと顔を見ていたはずだろうが!

 神一人一人の顔を! 誰か一人でも後悔していたか!?」

 

 竜児が息を飲む。

 

「全員笑顔で―――幸せそうだったろうが!」

 

 竜児が俯く。

 

 竜児は、頑張った神樹は報われるべきだと言った。幸せになるべきだと言った。

 ……その言葉だけで、十分だった。

 神樹の神々にとって、その言葉は十分過ぎる報酬だったのだ。

 "その言葉で三百年が報われた"と思った神々は、少なくなかった。

 

 竜児はヤプールとの戦いで夏凜に「あの刺された一瞬は、君と一緒に居た十年には勝らない」と言ったが、神々にとって、少年の言葉は三百年の苦労に勝るものだったのだ。

 全ての苦労が、最後に報われたのだから、ここで終わりでも悔いはない、と言わんばかりの潔い終わりの享受。

 神は、誰もが満足して行った。

 

「お前が救ったんだ、竜児。

 お前が数百年の戦いの最後に、あいつらに幸せをやったんだ。

 お前だけだったんだろう。『神樹も幸せになるべきだ』って叫んだのは」

 

 神の終わりが、神の幸せを願う祈りで飾られる。

 それが、神々は嬉しかった。

 

「お前は! 『君は幸せになるべきだ』って言ってもらえる嬉しさを、知ってるはずだ!」

 

「―――っ」

 

 竜児がぐっと、拳を握る。

 

「オレもお別れだ。分かるだろ?」

 

「……うん」

 

「しっかりやれよ」

 

 神樹の中でのみ、個のウルトラマンとして存在できるコピーライトという存在。

 ならば、神樹が枯れた今、コピーライトの命運は決まりきっている。

 他の精霊達と共に、コピーライトの体も消え始めていた。

 

「あっ……」

 

 精霊達の喪失に声を漏らし、精霊達と別れの挨拶をしている勇者達の合間で、竜児はコピーライトという兄と向かい合う。

 兄が、手を差し出し。

 弟が、その手を握った。

 

 兄は握られた手を見て、フッと笑って、竜児の体を抱き寄せる。抱きしめる。

 

「に、兄さん?」

 

 そして抱きしめた竜児に、"銀が弟に言っているような台詞"を吐いた。

 

「愛してるぜ、マイブラザー。お前が幸せに生きていけるなら、他には何も求めねえよ」

 

 コピーライトも、成長した。

 この短い月日に、成長した。

 そしてこの先の成長はない。

 彼に、この先は無い。この先の未来は、全部竜児に託したから。

 

「兄さんっ……!」

 

 コピーライトは竜児に背を向け、竜児の涙を見ないようにして、銀の前に行く。

 銀は"困ったやつだ"と言いたげな顔をしていた。

 兄が、手を差し出し。

 姉が、その手を握った。

 

「ああ、その、なんだ……お前は、良い姉だったよ。尊敬する」

 

 不器用な言葉に、銀がくすりと笑う。

 くすりと笑う銀の表情には、ほのかな悲しみと寂しさがあった。

 

「あんたも不器用で、間違うこともあったけど、良い兄だったよ」

 

「そうか」

 

 姉だからこそ、兄に言ってやれることもある。

 弟を持つ者だからこそ、宿ってくれる説得力というものがある。

 コピーライトは微笑んだ。

 

「ありがとう」

 

 コピーライトが、光になっていく。

 

 コピーライトの人生の最後の一時は、兄弟のために使われる一時ではなく、コピーライト自身のために使われる一時となった。

 

「今の言葉で……とても救われた」

 

 三ノ輪銀に、弟を正しく愛する姉に、コピーライトは最後に救済されていった。

 

 散る光、消える者。

 神樹と一体化していたウルトラマン達は、コピーライトに敬意を払い、コピーライト同様に人間達と同じサイズにまで縮小化し、勇者達の前に立った。

 いつも精霊として力を貸してくれていたウルトラマン達と、勇者達は手を握り合う。

 パワードが、握手をする樹に声をかけた。

 

『君は優しい。そして心の芯は誰よりも強い。

 私は、君こそが最も心の強い勇者であると考える』

 

「……私、が?」

 

『勇敢な者、力強き者、才能ある者。

 それらと比べれば、目には見えにくい強さだ。

 ……だが、君の歌と同じように、それは目には見えなくとも価値あるものなのだ』

 

 力強き巨人(パワード)が、樹に心からの言葉を贈る。

 

 グレートが、握手をする風に声をかけた。

 

『君は誰かを幸せにできる。

 その上で自分も幸せになれる。

 それが最も大切なことだ。

 私は、君こそが最も偉大な勇者であると考える』

 

「ちょっとー、褒め過ぎだってば」

 

『家族を大切に。友を大切に。仲間を大切に。そして、何よりも己を大切に』

 

 偉大な巨人(グレート)が、風に心からの言葉を贈る。

 

 アグルが、握手をする東郷に声をかけた。

 

『君の心は強く、されど勇者の中で飛び抜けて強くはない』

 

「……そうね。私は、勇者の中ではあまり心が強くない」

 

『だが、君はだからこそ素晴らしい勇者だった』

 

「え?」

 

『どこまでも君は人間らしく。

 人の弱さと脆さを知り。

 自分よりも強い心を持つ者に寄り添い。

 強い心を持つ者から、時に弱さを引き出してきた。

 君の心は誰よりも強くはないからこそ、心強き者の決意を揺らすことができる』

 

「……あ」

 

『繰り返そう。だからこそ君は、素晴らしい勇者だった』

 

 海のように懐の広い青き巨人(アグル)が、東郷に心からの言葉を贈る。

 

 ガイアが、握手をする友奈に声をかけた。

 

『君はいつも地に足をつけている』

 

「そう、かな?」

 

『何を守るべきか。

 何故守ろうとするのか。

 守ることで自分が何を得るのか。

 それを分かった上で、無償の人助けを行っていける君は、強い』

 

「……ウルトラマン」

 

『彼が間違った時は君が正した。

 君が間違った時も同じように、誰かが正すだろう。

 何も心配はしていない。だから安心して、人生を進むといい。真の勇者よ』

 

 大地の巨人(ガイア)が、友奈に心からの言葉を贈る。

 

 ティガが、握手をする夏凜に声をかけた。

 

『人は皆、自分自身の力で光になれる』

 

「身に沁みて分かったわ。この数ヶ月に何度も見たしね」

 

『僕らはとてもよいものを見た。綺麗なものを知った』

 

「ま、ざっとこんなもんよ」

 

『でも、難しいのは続けることだ』

 

「む」

 

『頑張って。君達は"これ"をずっと続けていかなければならないのだから』

 

 三身の巨人(ティガ)が、夏凜に心からの言葉を贈る。

 

 ネクサスが、握手をする園子に声をかけた。

 

「また力を使い果たしちゃったんだ~」

 

 ネクサスが頷く。

 

「応援してるよ! また、諦めない人のところに行くんでしょ~?」

 

 ネクサスが頷く。

 

「でも次の人は、私達みたいにスパルタじゃなく、少しは優しくしてあげてね~?」

 

 ネクサスが頷く。

 

 次にこの光の巨人(ネクサス)巨人の神(ノア)になるまでに、どのくらいの人が救われ、どのくらいの人がこの巨人のスパルタにしごかれるのか。

 園子にはちょっと分からなかった。

 けれど、宇宙に光に向かって歩き続ける諦めない者が居る限り、希望は残ることだろう。

 巨人の神は人間を苦しい試練の中に放り込むけれど、それはいつでも、大きなハッピーエンドを目指しているからだったから。

 

『天の神との交渉、和睦。

 それを君達が求めるのなら。

 私達が先に行き、可能性を作っておこう』

 

『今ならば、エンペラのせいで天の神も多くの力を失っているはず』

 

 巨人達は、竜児の策に理解を示していた。

 この巨人達の中には、三百年前に巨人として戦った人間達も、少し混じっている。

 武力と対話を用いれば、弱った天の神の一部を、今更に交渉のテーブルにつけることも可能かもしれない。

 かくして、ティガ、パワード、グレート、ネクサスは飛び立っていく。

 ガイアは大地に、アグルは大海に還っていく。

 地球から生まれたウルトラマンと、そうでないウルトラマンには、それぞれの帰るべき場所というものがあった。

 

『さらば、人間達。またいつか、どこかで会おう』

 

 神樹の神々は消え。

 神樹のウルトラマン達も消えた。

 コピーライトも消滅した。

 そして、最後の別れが来る。

 

『リュウジ、皆』

 

「メビウス……」

 

 メビウスもまた、人間と握手ができるサイズになっていた。

 

『僕はやっぱり、人間(きみたち)が好きだ。これまでも、これからも、ずっと』

 

「メビウス……僕らは、これでお別れなんだね」

 

『君達には、もう僕の力は必要ない。

 地球を守っていける人間の想いがある。

 地球を守っていける巨人の力がある。

 いつかの日には、人間だけの力で星を守っていけるだろう』

 

 神樹は消え、勇者の力もなくなり、天の神という脅威はそのままで。

 されど、竜児も勇者も誰も欠けてはいない。

 ならば何の心配も要らないと、メビウスは断言できる。

 

『君達の未来は、君達が守って、君達が選んでいけばいい』

 

 メビウスは、友奈に握手を求めた。

 その手が握られる。

 

『君は日常の中でも、戦いの中でも、頼れる子だった。元気でね』

 

「ありがとう、メビウス」

 

 メビウスは、東郷に握手を求めた。

 その手が握られる。

 

『君の想いは、人を助けるものだった。風邪を引かないようにね』

 

「ありがとう。メビウス」

 

『ところで最後まで愛国っていうのがよく分からなかったんだけど』

 

「んんっ」

 

 メビウスは、風に握手を求めた。

 その手が握られる。

 

『光を知り、闇を知り、輝く心を持つ君は。僕にとっても頼れる仲間だった。家族を大切にね』

 

「今までありがとう、メビウス」

 

 メビウスは、樹に握手を求めた。

 その手が握られる。

 

『どうか、覚えておいて欲しい。宇宙の彼方に、君の夢を応援する巨人がいることを』

 

「本当に、ありがとうございました。ウルトラマンメビウスさん」

 

 メビウスは、銀に握手を求めた。

 その手が握られる。

 

『家族を大切にしているのは分かる。

 他人を大切にしているのも分かる。

 仲間を大切にしているのも分かる。

 でも、人助けして学校に遅刻をしてしまうのはどうかと思うよ。君が損をしてるじゃないか』

 

「うっ」

 

『君は君らしく生きるといい。

 でも、それだけに終わらないように。君は、君自身の人生を生きるんだ』

 

「……ありがと、メビウス」

 

 メビウスは、園子に握手を求めた。

 その手が握られる。

 

『ソノコちゃんは、自分らしさを貫いていい。ありのままの君を、好きになってくれる皆がいる』

 

「ありがとね~、メビウス~!」

 

 メビウスは、夏凜に握手を求めた。

 その手が握られる。

 

『君とは、リュウジの次に長い付き合いになったね』

 

「……メビウス」

 

『僕はリュウジと一つだったから、一番よく知ってる。

 君が誰よりも多く、竜児に『安心』をくれるんだ。

 それは、日常の中で幸せになるためには、一番大切なものなんだよ』

 

「……じゃあ、最後だから言わせてもらうけど。

 メビウスが、一番ね! 多くのものをコイツにくれたのよ!

 力、光、勇気、絆、ウルトラマンの生き方、何が間違いかっていう教訓!

 あんたはリュージの一番近くで……一番沢山のものをくれた、お兄さんなのよ」

 

『カリンちゃん』

 

「だから……できるかぎり悲しくない別れ方を、してあげて」

 

 そして、最後に。

 メビウスは、竜児に握手を求めた。

 その手が握られる。

 

「メビウス兄さん」

 

『言うべきことは、全て過去に言ってきたよ』

 

「……うん。ちゃんと、想い出の中にしまってる」

 

『なら、大丈夫だ。辛い時は僕の言葉を思い出して。

 君はこれからこの星を守る、たった一人のウルトラマンなんだから』

 

「うん」

 

『君は僕の助けがなくても、地球を守れるウルトラマンになった。一人前になったんだ』

 

 どの勇者よりも、長い握手。

 けれど彼らにとっては、信じられないくらい短くて、すぐに終わってしまった握手。

 お別れをしたくないという想いが、"もっと"と握手の時間を引き延ばそうとするが、そんな想いに従うことを、竜児もメビウスも許せない。

 だから、握手はここで終わりなのだ。

 

『それでも、本当にどうしようもなくなった、その時は……必ず、助けに来るから』

 

 メビウスが、約束をする。

 

「僕も、メビウスのピンチには必ず助けに行くよ」

 

 熊谷竜児が、約束をする。

 

 そしてメビウスは、地球の外へと飛び立っていった。

 

 地球の外から、地球という青い星と、そこに生きる人々を見下ろすメビウス。

 

「さらば竜児。さらば、素晴らしき人間達」

 

 別れの寂しさがあった。

 自分というウルトラマンを必要としなくなった成長を喜ぶ、嬉しさがあった。

 自分が居なくても大丈夫だという、信頼があった。

 だから、大丈夫なのだ。

 

「僕らウルトラマンはまた、君達から新しいことを教わった」

 

 メビウスは眉間あたりを"つい"指で押し上げる。

 そして、空振って、メビウスは自分の行為に笑ってしまった。

 ずっと一緒だったから、竜児が眼鏡をクイッとする癖が移ってしまったようだ。

 

 メビウスの中には、沢山のものが残っている。

 メビウスの中には、いくつもの変化が残されている。

 それが、この地球での日々を生きたという証。

 メビウスは竜児の真似をして、かけてもいない眼鏡をかける、そんな所作をした。

 

「デュワッ!」

 

 この星の子供達の未来に、願いをかけて。

 

 

 

「君達の日々の未来(ヒビノミライ)に、幸多からんことを」

 

 

 

 メビウスは、去り際に光で作った大きな花を宇宙に咲かせ、その後ろに(無限)の文字を光で作って、地上の彼らへのメッセージとする。

 これで伝わると、信じていた。

 そしてメビウスの考え通り、光の花と∞の文字は、何の誤解もなく地上の彼らにちゃんとメッセージを伝えてくれていた。

 これが、彼らだけに通じるウルトラサイン。

 

「君達の未来の可能性は、(無限大)なんだから」

 

 やがてメビウスは、この星から、この宇宙から、消えていった。

 

 灰は灰へ、塵は塵へ、光は光へ。

 

 光の巨人は、光の国へと帰って行った。

 

 

 

 

 

 竜児の目から、涙が溢れる。

 宇宙に咲いたメビウスの花は、ここからでもよく見えた。

 宇宙に咲いた花は竜胆。

 メビウスが何を伝えたいかなど、一目見れば理解できた。

 だから、泣いた。

 泣いてもメビウスが戻って来ないことは分かっているが、メビウスに戻って来てほしいなんて言うこともないが、それでも止めどなく涙が流れる。

 

 竜児にとって、メビウスは最初に出会った時からずっと、『世界で一番大きな男』だった。

 

 彼は世界で一番大きな手の平で竜児と握手してくれた。

 彼は世界で一番大きな足跡を竜児の心に残してくれた。

 彼は世界で一番大きな心を見せてくれた。

 だから、大丈夫。

 竜児の中には後悔も、未練も、後ろ髪を引かれるような想いもない。

 別れの悲しみは、死の悲しみとは違うもの。

 それは男をでっかくしてくれる悲しみで、子供が大人になる過程で得るべき悲しみなのだ。

 

「メビウス」

 

 絶対にデカい男になってやろう、と竜児は思った。

 

 メビウスよりもデカい男になってやろう、と竜児は思った。

 

 メビウスはそれを一番に喜んでくれる、と……竜児は、メビウスを想った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時は流れた。

 

 かつて讃州中学勇者部だった生徒達も、讃州中学勇者部の部室を訪れなくなって久しい。

 あれから何年が経っただろうか。

 そんな部室で、本棚からゴトッと本が落ちる。

 本棚がプレイヤーの上に落ち、リモコンの上に落ち、偶然誰も居ない部室で、かつての勇者部が文化祭で見せた演劇がテレビに再生され始めた。

 

 勇者部の出し物は演劇。

 演劇の題目は『明日の勇者へ』。

 勇者役は友奈。魔王役を風が演じる。

 総進行を東郷、演出を樹、機材の操作を夏凜が担当している。

 竜児はお手伝いで、かつこれの撮影者であり、画面には一切映っていなかった。

 

「結局世界はイヤなことだらけだろう!

 辛いことだらけだろう!

 お前も見て見ぬふりをして堕落してしまうがいい!」

 

 悪役たる、魔王()が声を上げる。

 

「嫌だ!」

 

 主役たる、勇者(友奈)が叫んで応じる。

 

「足掻くな! 現実の冷たさに凍えろっ!」

 

 現実はいつも冷たかった。

 

 演劇の中でも、現実の世界の中でも。

 

「そんなの気持ちの持ちようだ!

 大切だと思えば友達になれる!

 互いを想えば何倍でも強くなれる!

 無限に根性が湧いてくる!

 世界には嫌なことも、悲しいことも、自分だけではどうにもならないこともたくさんある!」

 

 友奈は本当に諦めず、仲間と支え合い、全員で一緒に進んでいく奇跡を掴んだ。

 勇者達は友奈と同じ考えで、同じ想いを持ち、同じ力で友奈と共に戦った。

 そして竜児は、全てを解決するために勇者ではなく神になろうとした。

 だから竜児は最後に勝ち、最後の後に負けた。

 そんな、現実の結末。

 

「だけど、大好きな人がいれば、挫けるわけがない!

 諦めるわけがない!

 大好きな人がいるのだから! 何度でも立ち上がる! だから!」

 

 熊谷竜児は勇者である。

 犬吠埼風は勇者である。

 犬吠埼樹は勇者である。

 三好夏凜は勇者である。

 三ノ輪銀は勇者である。

 乃木園子は勇者である。

 東郷美森は勇者である。

 結城友奈は勇者である。

 

「―――勇者は絶対、負けないんだ!」

 

 だから、負けない。

 

 もう、誰にも負けることはない。

 

 現実にも、魔王にも、天の神にも。

 

 だって、そうだろう。

 

 もう、この地球の勇者達は―――神様なんて、一度倒してしまっているのだから。

 

 友達の幸せのためなら、神様だって倒してしまった勇者達が、この星にはいるのだから。

 

 『勇者』が神様なんてものよりずっとずっと強いことを、熊谷竜児は知っている。

 

 

 




 皆知ってると思います。この作品の最後は『エピローグ』ではなく、『GEED』です
 エピローグの後も一話分続くんじゃ

 そして数話前に残り話数から展開予測されないよう、小賢しい後書きの工作しててすみません
 この作品は最初からの予定通り、原作ウルトラマンメビウスと同じ50話で終わります

 余談ですが一期十話の新聞にチラッと書いてある「この勇者たちなら、魔王を倒すのではなく、和解してしまえそうだ」という勇者部への賞賛が、凄い好きなんですよね自分

>終殺二章:希望の大地
>国造りは、神話において大国主が国を造った、三の輪の山などが絡む物語のこと。

 割と呼称散らしてましたが、こういうの散らしすぎて一部は忘れてる気がしますね

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