時に拳を、時には花を   作:ルシエド

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 呼称ギミックみたいなのが好きです。読み返すと気付いたりするやつ

 では、ラスト行きます


GEED:日々の未来

 結城友奈は、過去の戦いを振り返る。

 もう六年も前のことになってしまった。

 友奈も既に大学二年生。

 性格はほとんど変わっていないが、容姿で見ればぐっと大人っぽくなっていた。

 

 懐かしき日々。

 今になって振り返ってみると、分かる。

 勇気と絆で乗り越えてきた数々の戦い。

 途中にキングジョーに叩き込まれた『愛』の力。

 そして、最後の戦い。クリスマスイヴに降臨した暗黒の皇帝と、物語を勝手に締めくくろうとした神様(りゅうじ)と、全てを覆した勇者達。

 

 勇気があって、愛が加わって、覆せないと言われた運命を時間さえも引っくり返して―――幸福のために奇跡を起こしてみせた。

 

 それは間違いなく、『愛と勇気の英雄譚』だった。

 

「ふぅ」

 

 自室で一人、友奈はゴロゴロしていた。

 今日は大学に行ってもすることがない。

 一人で買い物に行くか、友達と遊びに行くか。

 はてさてどうしよう、と悩んでしまう。

 

「うーん」

 

 携帯を弄ろうとして、寝返りを打って、友奈はカチャリと音を鳴らした『GEEDの証』に目をやった。友奈の寝返りでチェーンが音を鳴らしたらしい。

 GE(グッドエンド)ED(エンディング)はやって来た。

 誓いの通りに。

 皆で約束した通りに。

 EDの後も、人生は続いていく。

 ゲームの勇者が魔王を倒してEDを迎えた後も、世界の各地を冒険していけるのと同じように。

 

 勇者であった皆は今でも、この銀細工を大切に持っている。

 友奈はGEEDの証を見つめ、目の前でゆらゆらと揺らし、なんとも言えない感情を味わった。

 ベッドの上にぽふりと銀細工が落ち、寝っ転がる友奈は指先で銀細工をなぞる。

 

「ん」

 

 この銀細工は一人一人の勇者に合わせて個性を持たされ作られたもの。

 けれど、それでも皆に贈られたものであることに変わりはない。

 その点、友奈がこれを普段入れている小物袋は、友奈が「落として傷付けそうになっちゃった」と言った時、竜児が「じゃあ入れる袋でも作っておくよ」と作ったものだ。

 GEEDの証を入れるこの小物袋だけは、他の誰にも作っていない。

 友奈のためだけに竜児が作った、一つだけのものだ。

 

「えへへ」

 

 友奈がふにゃっとして、のんびりとテレビをつける。

 

 そして、友奈は。

 

 ウルトラマンの仮面を付けた竜児がクイズ番組の決勝戦に出ているのを見た。

 

「ウルトラ仮面1号さんです!

 予選では多くの専門的難問を全問正解という圧倒的強さを見せつけました!」

 

「どうも。全力を尽くします」

 

「そしてサポーターのウルトラ仮面2号さんです!」

 

「2号です~。いぇーい、わっしー、ミノさん、見てる~?」

 

 ぶふぅっ、と友奈は思いっきり吹き出した。

 

 真面目そうなウルトラ仮面と、のんびりしてるウルトラ仮面。

 仮面を付けていようが、その下に誰の顔があるかなんていうのは明白だった。

 

「3号。このクイズ三人で挑むものだから君がいないと始まらないよ」

「3号さん、皆待ってるよ~」

 

「う、うっさい! 少し黙れ!」

 

 増えたぁー! と友奈は叫んだ。

 夏凛ちゃんだー!? と少し遅れて気が付いた。

 ……なんで!? と更に遅れて、クイズ番組に仮面を付けた三人が出ていることに驚いた。

 

 堂々としている竜児。

 楽しそうな園子。

 無理矢理引っ張られてきたらしき夏凜。

 クイズ番組の優勝賞金100万円を狙って集まり、ギラギラした目をしている決勝戦参加者達の中で、明らかにその三人は浮いていた。

 司会進行の女性が竜児の口元にマイクを向ける。

 

「その仮面の下は本物のウルトラマンだという噂ですが」

 

「事実無根です」

 

「その仮面を付けた人がその身一つで火事の中から子供を助けたという噂が」

 

「事実無根です」

 

「顔バレは怖いですか」

 

「まあ怖いですね」

 

「賞金の使い道は決まっていますか?」

 

「僕の貯金と合わせてトラクターを買おうと思ってます」

 

「……んん?」

 

「大橋町で老人が集まって四国外の農地開拓しようって動きがあるんですよ。

 定年後の老人集めて何かしようって。

 お爺ちゃんお婆ちゃんも"自分にできる何かを"って考えてるんです。

 素敵じゃないですか。かっこいいじゃないですか。

 なのでトラクターを一つ買って、支援に送ってあげたいなと思ったんです」

 

「……あなたは本当に変わりませんねえ」

 

「は? 僕は匿名の存在で、ここにいる皆さんの誰とも初対面なんですけど?」

 

「はい、そうですね。そうですそうです。では、始めましょう!」

 

 追求せぬ優しさがあった。

 

 神樹の恵みが絶えた世界では、誰もが頑張らなければならない。

 四国の生産地面積で、生産者の人数で、四国の四百万人の人間を食わせることはできるのか? 食糧のほとんどを神樹が作っていたのに、その代わりができるのか?

 無理だ。

 なので初期は竜児や大赦が本気で頑張った。

 竜児が特訓の果てに麦の成長を早める技を習得していなければ、大赦の技術開発がなければ、どこかで餓死者が出ていただろう。

 

 そんなこともあったので、老人達ですら奮起して、皆のためになることをしようとしてくれているらしい。

 四国外の農地開拓と都市開発、使える技術や機械の残骸などの回収など、四国外ですることはそれこそ山のようにあるのだ。

 四国の外に出れば食糧を作れるあてなど、いくらでもある。

 竜児はそれを手助けしようとしていた。

 

 かくして、賞金狙いの者共の戦いが始まる。

 他のクイズ番組参加者もギラギラした目で賞金を狙いつつも、"本物のウルトラマン"とクイズで勝負し接戦を演じる。

 接戦の果てに、竜児達は……というか一人で知識無双をしていた竜児が、優勝賞金をもぎ取っていた。

 

 その間に友奈は外行きの服に着替え終わる。

 何やってんの、と思いながら、友奈は家を飛び出し駆け出した。

 そして家を出たところで、ぼたもちを持ち謎の機械端末を操作している東郷と顔を合わせた。

 

「あら、どうしたの友奈ちゃん」

 

「かくかくしかじか!」

 

 東郷に簡単に先程見たものを説明し、ビックリして会いに行こうとする友奈に、東郷は首を傾げて「ああ」と何かに気付き、苦笑する。

 

「生放送じゃないのに今から撮影場所に行くの?」

 

 友奈はずっこけた。

 

 妥当なツッコミであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 東郷の言った通り、本日竜児は撮影なんてしていない。

 友奈がずっこけて、「そうだよ! 何考えてるの私!?」と自分で自分にツッコミを入れている頃、竜児は園子の小説宅を訪れ、園子の小説のネタになりそうな知識を彼女に語っていた。

 ネタ出しに困っていた園子は、嬉しそうにうんうんと頷いていた。

 

「ありがとね、ドラクマ君~」

 

「いいってことさ。いつでも呼んでくれていいよ」

 

 園子はここ数年ですっかり売れっ子小説家になっていた。

 それこそ、実家にもまだ部屋があるのに、寝泊まりできる仕事部屋をマンションの一室に借りても余裕なくらい、稼げるレベルに。

 園子は大学に通いつつ、ペンネームで爆売れする小説を連続して出し、神樹の加護が失われた世界で皆に数々の娯楽を提供してくれていた。

 娯楽は人の心を支える。

 名作家の存在は、人々の心に余裕を持たせる。

 園子の小説は、少女同士が絡むタイプの小説と、いわゆる"愛と勇気が勝つ物語"の評価が特に高かった。

 

 その中でも愛と勇気が勝つ物語の主人公に据えられた、男主人公の評価が高い。

 女性作家特有の妙に男らしさの無い男主人公でもなく、熱く、賢く、強く、かつ弱さを持ち、成長していく主人公が大衆に好かれる人気キャラとなっていた。

 "元ネタかモデルいるんですか?"とちょくちょく聞かれるほどの人気キャラだ。

 その質問に、園子ははいともいいえとも答えたことはない。

 

 最高にかっこいい男を書こうとして、自分の中の理想観を反映させつつ、きっちり理想通りのキャラに仕上げられる園子は、本当に稀代の小説書きである。

 

「ドラクマ君の知恵袋は小説のネタ相談には最高だと、前から思ってました!

 相方には最高だよね~、相棒なら頼れるよね~、と、前から思ってました!」

 

「前からって……いつから?」

 

「……生まれる前から?」

 

「いくらなんでも遡り過ぎじゃないかな!」

 

「前世から愛してるぜベイベー、とかみたいな台詞はロマンがあるよね~」

 

「それベイベーいる?」

 

 竜児は"こういうので何かある?"と聞けば、"それならこういうのがあるよ"と答えてくれる、今や四国でも指折りの知恵袋である。

 園子の小説執筆にも大いに貢献してくれていた。

 知識の塊な竜児と知識を活かして物語を作る才人である園子は、私生活でも最高の相性で、仕事で見ても最高の相性というとんでもないコンビであった。

 が。

 

「でもなんでもかんでもいいとこ探しするから編集さんには向いてないよね~」

 

「……そこはやっぱり手伝えないんだよなあ」

 

「残念だよね~」

 

 作品というのは作家と編集が作るものであるが、竜児に編集の才能は無い。

 いつでもどこでも、彼が肯定するものはとても多く、厳しい目であまり見ないからだ。

 竜児が編集もできるような人間だったなら、園子と竜児が一緒に居る時間はもっと多かったりしたかもしれない。

 園子は、その辺りをいつも残念に思っている。

 

「でも、ドラクマ君が手伝ってくれるとテンション上がってくるぜ~!」

 

「はいはい。あ、ご飯三食分作り置きしといたから、お腹空いたら食べるんだよ?」

 

「はーい」

 

 竜児は冷蔵庫の中に健康バランスを考えた――かつ園子の好物を考えた――料理を詰め込んで、冷凍庫には手作りアイスも置いていく。

 小説執筆に励む園子を置いて部屋を出ていく竜児だが、そこでばったり園子の編集をやっている女性と顔を合わせてしまった。

 

「あ」

 

「あ」

 

「どうも、いつもうちの園ちゃんがお世話になってます」

 

「いえいえ、こちらも乃木先生にはお世話になっていまして……」

 

 竜児と編集の女性はちょっと会話し、編集さんは竜児が冷蔵庫に料理を置いていくという話を聞いて、竜児の献身に呆れてるのか感心してるのかよく分からない表情をした。

 

「熊谷さん、通い妻か何かですか?」

 

「僕男なんですけど」

 

「乃木さんと熊谷さんで妻が二人なら百合ですかね……」

 

「あの、編集さん? 編集さんの頭の具合は大丈夫ですか? 不安になるんですが」

 

「……すみません、小説売れ過ぎで忙しすぎで頭が変になってたようで」

 

「疲れが取れやすくなるご飯作り置きしておきました。

 編集さんの分も念の為に取り分けておいたので、後で食べてください」

 

「……通い妻ぁ」

 

 頭が疲れている編集を置いて、竜児はその場を去って行った。

 

 

 

 

 

 一つ。

 六年前のあの頃の竜児では、どうやっても解決できなかった問題があった。

 六年後のこの時代では、既に解決されている問題があった。

 竜児がバイトしていた勇者達愛用のうどん屋の主であり、万博人(バン・ヒロト)の両親である彼らとの……悲劇から生まれた、確執だ。

 竜児があの日勇者の皆に"(ゆる)し"を与えられるまで、自分を許せなかった理由の一つ。プリズマーバルンガによるヒロトの間接殺害からずっと、続いていた歪み。

 

 

 

■■■■■■■■

 

「! 君は……」

 

「お……お悔やみ、申し上げます……」

 

 

 

「ひ、ヒロト君のことで、話したくて。

 自分、これからは毎日バイトに来ます!

 お二人はちょっとくらい休んでても大丈夫です! 辛いことがあったんですから!

 その穴埋めは自分がします! お二人を僕が支えます!

 僕はヒロト君の友達で! ここのお店にはお世話になって! だから、だから!」

 

「もう二度と、この店には来ないでくれ」

 

「―――え?」

 

 

 

「君は、息子の親友だった。息子は君を親友だと思っていた」

 

「私達も、君を信用していたわ。もう一人の息子のようにも、思っていたかもしれない」

 

「俺達の店で、君はよく働いてくれた。君は俺達の自慢の従業員だった」

 

「頑張り屋で、真面目で……私達も、ヒロトも、あなたを信頼していたわ」

 

「だけど、君は、息子と一緒に居る想い出が多すぎる」

 

「君がいると……私達は、何度も、ヒロトのことを思い出してしまう」

 

「―――」

 

 

 

「ごめんなさい。僕が無神経でした」

 

「……謝らなくちゃならねえのは俺達だ。君は何も悪くねえのに」

 

「いいえ、それは違います。

 お二人の愛する息子を殺したのは、きっと僕です」

 

「それは違う!」

 

「店長。辛いことを思い出させてしまって、ごめんなさい。

 大切な家族を奪ってしまってごめんなさい。

 今までずっと……お世話になりました。もう二度と、この敷居は跨がないと誓います」

 

■■■■■■■■

 

「もう来ない、というのは撤回します。僕はここに、しばらく来ません」

 

「いつか大人になったら、また来ます。

 僕だけが知っていて、お二人が知らない彼の姿を、僕の口でお二人に伝えるために」

 

「僕が大人になって……

 お二人の心の傷が、癒えた頃になったら……

 ヒロト君の代わりに、またバイトとして、この店のお手伝いに来てもいいですか?」

 

 

 

「……ばっかやろう。

 うちの息子は不真面目で、ダメダメで、君みたいに店を手伝ってくれたことなんてねえよ」

 

■■■■■■■■

 

『またいつか』

 

■■■■■■■■

 

 

 

 六年。

 長い時間で、短い時間だ。

 愛する息子が死んだことで、二人が店を閉じたこともあった。

 竜児と共に――ウルトラマンと共に――光となり、一緒に戦ったこともあった。

 竜児との確執が続いた日々もあった。

 だが、それももう終わっている。

 

「かけうどんあがり!」

 

「ありがとうございます! 持ってきます!」

 

 ヒロトの父がうどんを作り、竜児がそれをお客さんの前に運んでいく。

 和解まで年単位の時間がかかった。

 互いが互いの顔を見ても辛いことを思い出さないようになるまで年単位の時間がかかった。

 ヒロトの楽しい想い出を語り合えるようになるまで、年単位の時間がかかった。

 

「よう、どうだ、竜児君。"感覚"は掴めてきたか?」

 

「すみません、定期的に短い時間とはいえシフト入れさせてもらって」

 

「構わねえさ。息子の永遠の親友の頼みだ」

 

「あはは」

 

 竜児はこのうどん屋で、学ぶべきことがあった。

 人の倍は働く勢いで、竜児はテキパキ働いていたが、その途中で店の中で見覚えのあるものを見る。

 

「って、夏凜?」

 

「うわ気付くの早! 驚かせてやろうと思って気配も音も消してたんだけど……」

 

「夏凜が外で着る普段着は大体覚えちゃったというか、まあ。新しいの買いなよ」

 

「ぐっ……女として、それだけは男のあんたに言われたくなかった」

 

 竜児はぼんやりと服のシルエットで見切ったらしい。

 夏凜が服に気を使っていないかと言えばノー、なのだが。

 付き合いが長くて頻繁に会う女の子のファッションくらいなら覚えておくのが、竜児というやつであった。

 店員が仕事中にあまり話していてもいけない。

 竜児はすぐ仕事に戻ろうとするが、それをヒロトの父が手で制した。

 

「竜児君、少し抜けてていいぞ」

 

「……いいんですか?」

 

「構わんよ」

 

 粋な親父さんである。

 竜児は店のエプロンを脱いで、三角巾などを外し、夏凜のテーブル向かいの席に座った。

 

「ねえ、この服そんなに目立つ?」

 

「特に目立つかっていうとそうでもないとは思うよ。可愛いけど」

 

「そうよね、可愛いけど目立つってわけじゃないわよね」

 

「よく似合ってるよ。だから僕は覚えてたんだけど」

 

「……ああもうっ! 今度服買いに行くから付き合いなさい」

 

「ん、分かった。駅から一緒に行く?」

 

「それは……んー、現地待ち合わせにしましょ、たまには」

 

 夏凜の前にうどんが運ばれて来るまで、二人は楽しく談笑する。

 夏凜は大赦で仕事しつつ大学生ライフをしていた。

 本人は大学に行く気は無かったらしいが、竜児の勧めでそうする気になったそうだ。

 相変わらず竜児とあーだこーだやってる時間が長いが、大学で出来た友達の影響か、夏凜らしさを残したままどんどん大人の女性らしさを身に着け始めている。

 

 うどんが運ばれて来た頃、また新たに一人竜児の知り合いがやって来た。

 

「あ、竜児さん」

 

「ん? ……おお、鉄男君。また背が伸びたんじゃないか?」

 

「へへっ、分かります? もう中学生ですからね!」

 

「昔、鉄男君と出会った頃の僕が、今の鉄男君くらいの歳だったなあ」

 

 三ノ輪鉄男。

 銀の弟である。

 竜児を最初の出会いでヒーローであると見て、ヤプールの一件で少し疎遠になりかけたが問題なく関係は修復され、以後も良好な関係が続いている少年だった。

 鉄男が竜児の右隣、すなわち竜児と同じく夏凜の向かいにあたる席に座る。

 

「最近三ノ輪家(うち)来ないっすね。

 また末っ子の金太郎と遊んでやってくださいよ。まだ八歳なんですから」

 

「あの時の赤ん坊が、本当に大きくなったもんだ。感動だよ」

 

「竜児さん毎年俺らの身長伸びたりすんの褒めますよねー。

 あ、うちの姉ちゃんどうですか。竜児さんと何かあったりしました?」

 

「この前食べられる宇宙怪獣一緒に狩ったね」

 

「そうじゃなくてー! 色っぽい話ー!」

 

 鉄男がテーブルを揺らし、竜児が呆れた目をした。

 

「うちの姉ちゃんと付き合いましょうよー、竜児兄ちゃんー」

 

「駄目」

 

「軽い気持ちでいいじゃん。

 軽い気持ちで恋人になって、可愛い恋人出来て、その後に愛が芽生えれば……」

 

「駄目です」

 

「なんでですかー」

 

「僕はそういう軽い気持ちで銀と付き合う奴が居たら本気で怒る男だからだよ」

 

「……俺はっすねー、俺なりに一番姉ちゃんを大事にしてる男を選んでるつもりなんすよ」

 

「銀の伴侶を決めるのは君じゃない。

 僕でもない。

 無理矢理決めようとするなら、神様だって僕がぶっ飛ばす。

 選ぶのは銀だ。銀の未来は銀が決める。だから、こういうのは駄目なんだよ、鉄男君」

 

「この人の愛が一人に向けられる一途なやつだったらよかったのにっ……!」

 

 鉄男が見た昔の熊谷竜児は、ここまでではなかったのに。

 鉄男視点、六年前から竜児はしっかりとした『自分』を持っている。

 情に訴えても、この辺の竜児の認識は全く揺らぎそうにない。

 だから鉄男は"これ"を義理でもいいから兄にしたいと画策しているのだった。

 今のところ、全部空振りに終わっているが。

 

「あ、竜児……と、三好さん」

 

「って、楠さん?」

 

「ここで会うとは思わなかったけど、ちょうど良かったわ。これ確認してくれない?」

 

 そこに現れたのは楠芽吹。

 勇者になれなかった元防人で、今は大赦でそれなりの位置にいる女性だ。

 大学に行っている夏凜と違い、大赦の方に専念しているためか、夏凜よりも出世スピードは遥かに早い。

 夏凜の上司に一回なったことで、心の中でも何か決着がついたようだ。

 

 芽吹が竜児の左隣、すなわち竜児と同じく夏凜の向かいにあたる席に座る。

 

「これ、スペシウム弾頭弾の実地試験報告書だけど。

 これでよかったかしら?

 過去の報告書を参考にしたけど、このタイプの報告書は先例が無いから……」

 

「楠さんは何やらせても優秀で助かってるよ」

 

「信頼するのはいいけど、私も間違えるってこと忘れないで」

 

「……うん、いいと思う。これからはこれが先例になるんじゃないかな」

 

「え゛っ」

 

「慣例ってそういうもんだよ」

 

 続いてやって来た竜児の小学校時代のクラスメイトに、中学校時代のクラスメイト。

 

「おっすリュウさん!」

 

「偶然ー! ダチと飯食いに来てたんか?」

 

「あ、二人共久しぶり。何ヶ月ぶりだろう?」

 

 二人の友人は竜児の右斜め後ろ、左斜め後ろから竜児にじゃれつく。

 

 そして竜児の向かいの席にて、夏凜に軽く頭を下げ、夏凜の右隣に安芸が座った。

 

「少しいい? 竜児君、次の都市開発計画なんだけど……あら、大人気ね。楠さんまで」

 

「安芸先生、こんにちはです」

 

 通路から声を駆けてくる者もいて。

 

「おや竜児君じゃないか。うちの娘とはどうかね最近」

 

「あ、友奈のお父さん。お昼休みですか」

 

 竜児と全く面識のない子供まで突っ込んできた。

 

「あ、ウルトラマンだー!」

 

 店の中が、楽しい空気になってきた。

 

 そんな中、湿気た顔をした夏凜が竜児を見ながらうどんをすする。

 鉄男が、苦笑して夏凜に語りかけた。

 

「……そんな露骨に『ほっとかれて寂しい』みたいな顔しなくても」

 

「してないわよ!」

 

 竜児は正式には大赦の所属で、芽吹も夏凜も大赦の所属、安芸も三十代半ばで独身ながらも大赦の中で結構偉い人になっていた。婚期を犠牲にして得た地位と言い換えてもいい。

 秘密主義の大赦が、こんなにもおっぴろげに人前で色んなことを話している。

 それはここにいる者達の個性もあるが、大赦という組織が、今までとは違うものになろうとしていることを意味していた。

 

 竜児や芽吹等、新たに大赦に吹き込まれた風が。

 皆で一つとなり、一つの光として共に戦った記憶が。

 子供への罪悪感から、あの結末を選んだサコミズの最後が。

 

 大赦という組織を、大きく変え始めていた。

 

 

 

 

 

 夏凜は怒って帰った。

 二人で話せると思っていたら、構ってもらえなくて拗ねたのだ。

 竜児はちょっと落ち込んだ。

 夏凜が怒るかもと思いつつ、話しかけてくる皆を蔑ろにできなかったために、予想通りに夏凜を怒らせてしまったからだ。

 

 竜児は携帯のアプリで「ごめん」と送る。

 すぐに「なんで謝ってんの?こっちは別に怒ってないわよ」と返信が返ってくる。

 明らかに怒っていた。

 「お詫びに今日晩飯うちで食べる?」と送る。

 すぐに「行く」と返ってきた。

 「ごめんね」と送る。

 「怒ってないわよ」と返ってきた。

 今度は明らかに怒っていない。

 これらの細かな文章から夏凜の機嫌を察するスキルは、竜児がこの十六年で身に着けた特殊スキルであった。

 もう人生の3/4を一緒に進んでいるというのだから物凄い。

 

 竜児は深く息を吐き、ライブに向かった。

 

「ウルトライブ!」

 

 そう、犬吠埼樹のライブである!

 

 白熱!

 熱狂!

 声援!

 終了……

 

 さんざんっぱら楽しみ、歌手になった樹の勇姿を楽しんでから、存分にライブ後の喪失感も堪能し、竜児は楽屋裏に回った。

 

「よー兄ちゃん、こっちは楽屋裏ですぜ」

 

「おい」

 

「ここを通りたきゃ『樹ちゃん世界一可愛いー!』って叫ばないと」

 

「あの」

 

「さあ!」

「さあさあ!」

 

「銀、風さん、これ何のコント?」

 

 楽屋裏に回ろうとした竜児に絡んできたのは、明らかにおふざけモードの銀と風であった。

 もう風は竜児の学校の先輩ではないので、呼称も風さんになっていたりする。

 ふざけている二人の後ろから、樹が飛び出してきた。

 

「やめてー! なんで私の居ないところで私で遊ぶの二人共!」

 

「樹」

「あ、樹」

「樹さん、ライブ最高だったよ」

 

「あ、どうもです、竜児さん……ってそうじゃなくて!」

 

 銀は大赦勤め。

 わんぱくだった頃とは生活スタイルが変わったからか、髪は縛っていないがセミロングまで伸ばして、"女性社会人"らしくなった。

 大人っぽくはなったが、こうして竜児達とふざけたりするので、根本の部分はそこまで変わっていないのかもしれない。

 ただ、間違いなく落ち着きは出ていた。

 

 風は大学三年生。

 竜児という最強の卒論自動完成ユニットと会う機会が日々増えており、料理の腕は完全に竜児が追いつけない領域にまで到達した。

 最近はショートヘアにはまっている様子で、髪飾りをあしらったショートヘアがよく似合っていた。

 活動的な印象が収まった銀とは対照的に、こちらは快活で何でもぶつかっていく活動的な女子大生感が出ている。

 中学時代以上に、アクティブな印象を強く受ける風体だった。

 

 そして樹は、小柄ながらも美人になった。

 風が動の美人なら、樹は静の美人。

 樹の髪型はさらりと伸ばしたロングヘアになっていたが、竜児は彼女が髪を伸ばした理由が、姉のような勇気を持てる人になりたい、という願いから来るものだということを知っていた。

 長い髪は以前の姉の真似。

 風が逆に以前の樹のように短い髪にしているあたりに、姉妹の強い愛と絆が感じられる。

 樹は一番分かりやすく大人への成長を遂げていた。

 胸と身長は特に大きくなっていない。

 

 樹が卒業後専門学校に行く前からずっと応援していた竜児だが、歌手として成功を続ける樹を見ているのは、なんだか感慨深いものがあった。

 

「ちょっと少年、樹がきゃわいいのは分かってるけど、あたしの方も見てくれないと寂しいぞぉ」

 

「見てますよ、風さんも。前髪切りました?」

 

「むっ……ひと目で見抜くとは」

 

「毎回やってんでしょうがこれ!」

 

 毎回恒例となっていた、"女の子のちょっとの違いに気付け"チェック。

 この流れで何故風が得意げな顔をするのか、竜児にはまるで分からなかった。

 銀が風の方を見て苦笑して、ペットボトルのスポーツドリンクを飲み始める。

 

「僕は風さんの女子力はちゃんと高いと思いますよ、はい。

 勇者の中で一番奥さんとか母親とか似合う人になってると思います」

 

「ほほぅ、悪い気はしないわね……」

 

「ちなみに二番目は?」

 

「銀」

 

「ぶっー!?」

 

 そして、竜児の発言に吹き出した。

 銀の正面にいた樹にかかりそうになるが、竜児が樹を体で庇って事なきを得た。

 

「りゅ、竜児さん!?」

 

「あー平気平気」

 

「ご、ごめん……ってリュウさんが変なこと言うのが悪いんだぞ!?」

 

「言ってないんだ変なことなんて……僕は事実を言っただけなんだ……」

 

「いや……いやいやないだろそれは! 他にも二番目に相応なのいるだろ!」

 

「何言ってるんだ銀」

 

「……ん?」

 

「二番目で満足するなよ! 一番を目指せよ! ……君の夢を、思い出せ!」

 

「……んんっ、んんんんんんっ!」

 

「君の夢はお嫁さんだろ! 君なら勇者の中で一番にだってなれる!」

 

「やめろ! やめて! やめてくださいリュウさん!」

 

「いや、世界で一番のお嫁さんにだってなれる!」

 

「うーん竜児君、樹のライブで上がったテンションのままここ来たわね。樹のせいよ」

「え、私のせい!?」

 

 中学生時代から六年。

 

 もう結婚してもおかしくない歳になったことで、竜児と銀のこの手の掛け合いは年々面白いことになっていった。

 

 

 

 

 

 ライブに行ったら、最後に竜児は墓参り。

 もうそろそろ夕方になりそうだ、という時刻に墓参りをしていった。

 まずは歴代勇者達を祀る墓が立ち並ぶ場所へ。

 

「師匠」

 

 手を合わせて、かつての勇者達に思いを馳せる。

 英霊とは、神樹の中に循環する何か。

 神のような明確な形も持たず、姿も声も定かではなかった。

 神樹の倒壊でそれらも全て消滅したのだろう。

 竜児に力を貸してくれた西暦の勇者達も、もう輪廻の輪に乗っているはずだ。

 

「ありがとうございました」

 

 当然ながら、ギラルーグの時竜児の師になってくれた彼女は応えない。

 彼女はもうここにはいない。

 どこにもいない。

 だが、それでいいのだろう。

 墓参りで死者の言葉を求める人間などいない。

 墓参りとは何かを得るためにするものではない。

 

 死者を悼み。

 死者を想い。

 死者に祈る。

 虚無を想うようなそれを繰り返し、ここにはいない誰かのための行為を行う。

 それが全てだ。

 

 竜児は西暦勇者達の墓を後にして、その後、空に向かって祈る。

 あの中に、竜児の師匠の名前はないかもしれないから。

 いや、竜児はあそこに師の名前が無いことを、これまでの日々の中で半ば確信していた。

 だから空に向かって祈る。

 天国に、彼女の魂が行ったことを願って。

 

「さて、次は」

 

 続いて、ヒロトとヒルカワの墓参りだ。

 一通りの手順を終え、墓をそれなりに綺麗にしていく。

 竜児は死者を忘れない。

 かつて死んだ先人も。

 守れなかった友達も。

 そして、生者にできる死者との向き合い方は、これが最も正解に近い。

 

「リュウ」

 

「あ、東郷さん」

 

「これもお供えしてあげて」

 

 東郷の得意技はお菓子作り。

 竜児は東郷がここに居る理由も聞いていなかったし、何故竜児の居場所を特定できたのかを疑問にも思わなかったし、彼女がぼたもちを持っていた理由を不審に思うこともなかったが、ありがたく受け取り、墓前に捧げた。

 

「ありがとう」

 

 日本では古来より、お彼岸にぼたもちやおはぎを供えることで『先祖への感謝』『家族の健勝』を祈り願う習慣がある。

 春彼岸はぼたもち、秋彼岸はおはぎ。なので今の季節ならぼたもちだろう。

 まあ今はお彼岸でもなんでもないのだが、おはぎを供えるということに宿る意味は変わるまい。

 

 竜児はぼたもちを供え、東郷を見た。

 元勇者の中では、おそらく友奈と東郷が一番近い成長の仕方をしていた。

 中学時代のイメージをそのままに、年齢を重ね、大学生になったのが友奈と東郷だ。

 小学生時代から「頑張ればギリ大学生いける」と言われるほどしっかり者で発育の良かった東郷だが、実際に大学生になった彼女は凄い。

 

 黒く長く綺麗な髪や、抜群のスタイルの良さ、時折見せる美しい微笑み。

 男の目を引く要素がこれでもかと詰め込まれている。

 可愛らしい友奈と並んで、(全く知らない初対面の人に)よく告白されるのが彼女の悩みのタネである。

 そういうのが嫌ならば竜児に頼んで彼氏役でもしてもらい、虫除けでもすればいいだろうに、そういうことをしないのが彼女らしさでもあった。

 

「これで終わり。行こう、東郷さん」

 

「ええ」

 

 少し遠回りして、二人は歩く。

 一度は動かなくなった自分の足で、その人の隣を歩く。

 かつては二人揃って車椅子であっただなんて、嘘のようだ。

 

 それにしても、律儀で真面目過ぎる二人である。

 どこか似ていて、どこか似ていないから、こんな風に性格が合うのだろうか?

 二人は記憶を失っても何かを胸に残すくらいに、とことん約束を守ろうとする真面目で真っ直ぐな者達だった。

 

■■■■■■■■

 

「この道も、その内綿雪が降って来るわ」

 

「雪は溶けて春が来る。春風の中、花が踊る季節が来る。

 梅雨が来て、夏に雨が降って、夕立が私達の傘を鳴らして……

 秋になれば街路樹が赤く染まって、また冬が来て、季節が一周りして……」

 

「生きていれば……生きていれば、それも見られるから。また一緒にここを歩けるから」

 

 

「うん、また来年も、二人でここに来よう」

 

■■■■■■■■

 

 竜児を延命する目的で、東郷が見つけた医者のところに行って、その帰り道に二人が交わした何気ない約束。

 二人はこの六年間、ずっとその約束を守っていた。

 

 春が来て、一緒に歩き。

 夏が来て、話して歩き。

 秋が来て、街角を歩き。

 冬が来て、笑って歩いた。

 

 馬鹿みたいに真面目で、律儀で、堅物で、気にしいで。

 追い込まれると本当に何をするか分からないくせに、間違いなく手を伸ばして誰かを救えるヒーローで。友奈の大切な友達で。

 この二人は、ずっとずっと似てるようで似てない二人。

 

「これが幸せっていうのかしら」

 

「うん。だけど、大体の場合、人を幸せにするのはまた別の人だから」

 

 きっと、平和な世界だけに生きて、平和だけしか知らない人には分からないだろう。

 平和な世界を、友達と並んで歩くだけで、幸せを感じられる彼らの気持ちは。

 そこに幸せを感じられるのは、それが奇跡であると知っている心があるから。

 

「今の僕を幸せにしてるのは、東郷さんだよ」

 

 竜児が微笑む。

 

「なら、今の私を幸せにしているのはあなただわ、リュウ」

 

 東郷が微笑む。

 

 竜児も、東郷も、人間も。

 これからの未来は、自分の足で歩んでいかなければならない。

 だからこそ、これから先の未来に待つ幸せを、噛み締める権利を持っている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 竜児にとっては色んなことをした一日であったが、園子からすれば小説を書いていただけの一日だった。

 園子はレンタルビデオショップで――園子の感性基準で――楽しげな映画をわんさか借り、竜児の家に遊びに行こうとしていた。

 ついでに暖かい晩御飯を奢ってもらおうという魂胆である。

 レンタル映画と晩御飯でWin-Winの関係。

 

「よし!」

 

 と、思って竜児が借りている――大赦管理下の――マンションの一室に向かった園子だが、そこで手慣れた様子で"自分の鍵で"竜児の家の鍵を開ける夏凜の姿を見た。

 ドアが閉まる前に、鍵なんて持っていない園子が割り込む。

 

「ストーップ!」

 

「何よ何!? って、園子じゃない」

 

「いらっしゃい夏凜……って何故園ちゃんも」

 

「ドラクマ君! にぼっしーがこの家の鍵を持ってたんだよ!」

 

「そりゃにぼっしーには僕が合鍵渡してたから」

 

「!?」

 

 園子の妄想力が一瞬で加速し、"同棲!"という脳内の叫びがとてつもないインスピレーションを呼び、理性が妄想に追いつく前に妄想がいやらしい領域に到達した。

 顔を赤くしてあわあわしている園子をよそに、ドアの鍵がガチャリと回りそうになり、もう開いていることに気付いた友奈が入って来た。

 

「お邪魔します! あ、リュウくん! あのクイズ番組のことなんだけど!」

 

 ちょっと後。ドアの鍵がガチャリと回りそうになり、もう開いていることに気付いた東郷が入って来た。

 

「リュウ、いる? ぼたもちがまだいっぱい残ってるのだけれど……」

 

 ちょっと後。ドアの鍵がガチャリと回りそうになり、もう開いていることに気付いた風と銀と樹が入って来た。

 

「ライブ後の打ち上げだー! 行くわよ銀、樹!」

 

「今日のライブは客席から見てても大成功だったぞー! やるな樹!」

 

「すみませんすみません! 竜児さん、もうこの二人ちょっとお酒入ってます!」

 

 夏凜が合鍵で入った時は頭が沸騰しているんじゃないかとばかりにあわあわしていた園子だが、続々見知った顔が合鍵で入って来ると、顔の熱が急速に冷めていく。

 

「一人が持ってると仰天するけど、皆が持ってると逆に安心するね~」

 

「そ、園ちゃんが突然落ち着いた! 急速冷却器付き湯沸かし器が如きテンション!」

 

 全員持ってる。

 何故?

 と思う園子をよそに、皆が竜児の家の居間に入って行った。

 

「……なんで私だけ合鍵持ってなかったの~?」

 

「え……欲しいって言われなかったから」

 

「がーん!」

 

「……ほ、ほら、園ちゃん専用の合鍵だよー? サンチョキーホルダー付きだよー?」

 

「わーい!」

 

 竜児が園子にやろうと思っていたコンビニのおまけで即席の園子オンリー合鍵を渡すと、園子の機嫌はすぐさまマックスになった。

 なのに、園子は上機嫌なまま首を傾げる。

 

「……欲しいって言った人にすぐ合鍵渡すのって防犯上どうなんだろう?」

 

「僕からすれば合鍵なんて些事だよ」

 

 竜児が作っていた食事を友奈と東郷が盛り付け、風と樹が何故か掃除をしていて、夏凜と銀がテーブルを拭いていた。

 

「自宅が皆の溜まり場になってることに比べれば」

 

「確かに~」

 

 竜児は中学時代から割と皆を自宅に招いていた。

 それは竜児が本質的に寂しがり屋だからである。

 今の部屋は竜児が何年か前に引っ越した一室だが、とても広く、竜児が皆を呼んでだべり場に使っている内に、こんなことになっていた。

 別々の高校に進んだり、別々の大学に進んだり、就職したりしてしまった皆が集まる場所。

 

 概念的な話をすると、竜児の家は。

 "二代目勇者部部室"のような場所になっていた。

 竜児が迷惑がるどころか、むしろ喜んでいるのが中々に面白い。

 何故ここが溜まり場になったか、という会話になると、こうなる。

 

「え、だって駅近いし」

 

「コンビニ近いから」

 

「大赦ここから近いもの」

 

「大学まで電車一本っていいよね」

 

「自宅から一番近い友達の家がここで……」

 

「まあそういう場所選んで部屋借りたからね僕」

 

 駅が近いのも、バス停が近いのも、大赦が近いのも、引越し先を選んでいた時の竜児の計算の賜物だ。

 が、誰かの家が近かったり大学が近かったりしたのは偶然である。

 奇跡によって成立した溜まり場であった。

 

「むむっ」

 

 皆が各々何かをやっている、そんな中。

 

 名探偵乃木園子は、名推理を進めていた。

 

 

 

「―――私、分かっちゃった」

 

 

 

 はっ、と夏凜が何かを思い出す。

 だっ、と園子が走り出す。

 夏凜が追うがもう遅い。

 園子は体に散華の不調がなければ、運動も勉強も短期間でなんでもござれになれる天才の中の天才、本物の中の本物である。

 距離次第では、夏凜は追いつけない。

 

 そして園子は、洗面所から二本の歯ブラシが入った歯ブラシ立てを持ってきた。

 

「はーいこれどういうことかな~!?」

 

「その嗅覚マジでどっから来んのよ!」

 

「ドラクマ君の家に、ドラクマ君の歯ブラシともう一つ! これは一体~!」

 

「夏凜が台風で僕の家に泊まってった時のやつだよ」

 

「……本当? 本当かな~? 嘘だったら槍千本飲ますよ~」

 

「地味に僕に破壊力満開の一撃!」

 

 夏凜が身構え、皆に戦慄走る。

 大学生相当の歳になっても、こやつらは何をやっているのか。

 ……あるいは、成人してもなお、昔からの友達の前では、子供の頃と似たような振る舞いをしてしまうのかもしれないけれど。

 

「園ちゃん妄想豊かなのはいいけど、常に皆が入り浸ってるここで"そういうの"は無いでしょ」

 

「……確かに!」

 

「夏凜と僕の間にはそういう色気のあること起こってないよ、本当に」

 

「なーんだ~……」

 

 まあ最初から何も起こってないだろうと、皆分かっていた。

 夏凜の性格ならともかく、竜児の性格を考えれば"そういう変化"はすぐ周知されるだろう、と考えていたからだ。

 

 夏凜がほっとする。

 園子が歯ブラシ立てをテーブルに置く。

 銀が歯ブラシを掴む。

 そして、竜児と夏凜の使用済み歯ブラシの毛を、思いっきり混ぜ合わせ、絡め合わせた。

 

「なにやってんのぉぉぉぉっ!!」

 

「ん、ああいや、夏凜の面白い反応が見られるかなって」

 

「あんたそれ、それ、そっ、そぉっ……もう使えないじゃないのそれ!」

 

「やっべ予想以上に面白い反応出て来た」

 

 ちょっと酒が入っている風と銀が心底楽しそうに笑った。

 男女の使用済み歯ブラシの毛を濃厚に絡み合わせるという妙にフェチズム的な羞恥心を煽る行動に、酒飲みどもよりも顔を赤くした夏凜が掴みかかり、風と銀がまた笑う。

 二人はもう20歳を超えている。

 大学生だが、もう大人だ。

 お酒だって飲める。

 お酒を飲んで友達と絡むことが許されている。

 

 それは、少女の歳で死ぬことが半ば運命付けられていた勇者達にとって、運命を越えたという一つの証明だった。

 お酒を飲んで笑っている姿は、あまりかっこよくは見えないけれど。

 銀と夏凜がやんややんやとベッドに倒れたのを横目に見て、風は竜児の方に絡みに行く。

 

「自宅が公的な集会所みたくなってるのに、よく平気よねえ」

 

「慣れましたよ、慣れです。今ではこれも楽しいなあと」

 

「ふっふっふ、そんなこと言って、ベッドの下にエッチな本とか入れてんじゃないの?」

 

「あはは、僕が皆に見られて恥ずかしいものなんてあるわけないじゃないですか」

 

「……凄い大人に育ってしまった気がする」

 

 風の酔いがちょっと覚めた。

 何故竜児はシラフで酔っ払ったようなことを言っているのだろうか。

 実際、何を見られても恥ずかしがらない、というほどのものでもないのかもしれないが、竜児が主観でそう思っているということが既にとんでもなかった。

 一番の恥はもう皆に見られたじゃん! の感覚なのだろうか。

 

「さて、じゃあそろそろメインのうどん仕上げるから。

 皆もじゃれてないで席についておいてね。夏凜、銀、君らのことだよ」

 

 竜児が舵取りして、皆を席に座らせ、友奈や東郷が盛り付けてくれた前菜の横に、メインディッシュのうどんを並べる。

 

「どうぞ、『濃厚豆乳担々うどん』です」

 

 それは、今は亡き故はなまるうどんの魂を受け継ぐ者だった。

 

 真っ白な豆乳スープ。

 その上にかけられた、中華の風を感じさせる真っ赤な四川風ソース。

 白いスープが水で、赤いソースが油のように分離していて、白の上に浮かぶ赤が面白い。

 

 豆乳スープはしっかりとした味わいと旨味で、このままご飯にかけても美味しそうだ。

 和風ダシに近い仕上げられ方をしており、うどんに絡むのに最適な味付けがされている。

 赤いソースはピリリとした辛さに、辛さの奥に潜む旨さが確かに感じられる。

 豆乳のまろやかさが赤ソースの辛さを緩和し、スープの量を多く・ソースの量を少なくしてレンゲで掬って飲めば、好みの辛さでこの味わいを楽しむこともできるだろう。

 

 ここに加わる、トッピングの鶏ひき肉と高菜とネギ。

 ネギは十分なアクセントになっている普通のネギだが、肉と高菜の辛味はやや強い。

 そのまま食べても美味しく、豆乳スープと絡めればまろやかになり食べやすい。

 "辛い野菜"と、"甘辛い肉"。

 スープのトッピングの相性は、相当によく考えられていると言わざるを得ない。

 

 ここに加わるうどんはまさに最高である。

 豆乳スープとうどんだけで食べても、正味1000円うどんクラスの美味さはあるだろう。

 だがただひたすらに美味いうどんに、自分の感覚である程度調整できる辛味が絡むことで、このうどんはまろやかさと辛味という二つの相反する武器を備えていた。

 

「……うまい!」

 

 勇者部からの評価は、軒並みこう。事実上の最高評価であると言っていいだろう。

 

「えー、前から僕が言おうと思っていたことがあります」

 

「何?」

 

「僕の目標は、ウルトラマンが要らない世界にすることだ」

 

 うどんを食べ終わった勇者達が、姿勢を正した。

 

「世界がちゃんと平和になったら、僕は自分のうどん屋を開きたいと思ってる」

 

「リュウ君の、うどんのお店?」

 

「暖簾分けしてもらって、バンさんのあのお店の名前を継ぎたい。

 そこを僕のお店にしたいんだ。

 バンさんにはもう許可を貰って、今は修行をつけてもらってる」

 

「バンさんって……リュウが前から何度もバイトをしていたあのお店ね」

 

「僕の友達が継ぐはずだったあの店の名前を、僕が継ぐ。僕の友達の代わりに」

 

「……リュージ、あんた。友達って……バンヒロトの……」

 

「いつかくたばるまで、ずっと皆を、美味しい食べ物で笑顔にし続けたいんだ」

 

「リュウさんらしい台詞だな。皆を食べ物で笑顔に、か」

 

「僕が作ったうどんを食べてる皆の笑顔が、僕に『これ』を決めさせてくれた」

 

「……あたし達の、笑顔?」

 

「人の命がかかってもいないのに、こんなにも強く、

 『これをしたい』

 『これするべきだ』

 って二つの気持ちが重なって、大きくなったことはない」

 

「……じゃあ、それが、ドラクマ君の」

 

「だからこれが、きっと……僕の『夢』なんだ」

 

「竜児さんの、夢……」

 

 正義というのは、とてもあやふやなものだ。

 戦争ならば、両方の国が正義であることもままある。

 その時代では正義だったものが、後の時代に正義ではないと否定されることもある。

 正義とは流動するもの。

 勝者こそが正義という、極論に近い正論すら存在してしまっている。

 

 ならば、究極の正義とは何か。

 究極の正義とは、その正義を否定する理屈が最も少ないもの。

 しからば究極の正義の一つは、既に竜児の中にある。

 

 それは、誰かに美味しいうどんを食べさせることだ。

 お腹が空いた誰かにうどんを食べさせ、お腹いっぱいにして笑顔にさせてあげることだ。

 別にうどんじゃなくてもいい。

 飢えという敵を倒せる正義であるのなら、どんな食べ物でもいいだろう。

 

 この正義は、誰も傷付けない。

 誰からも何も奪わない。

 ただ、与え、幸せにし、満足させるだけの正義だ。

 "誰かに美味しいごはんを食べさせる"という優しい究極の正義こそが、竜児の夢となった。

 

 樹が、『竜児の夢』を聞き、その手を取って夢を応援する姿勢を見せる。

 

「竜児さん! 私っ、応援します! 今度は私がっ!

 竜児さんの性格からしてもう十分下準備はしたんでしょうけど、開店はいつですか!」

 

「僕側の準備は出来てるけど、あとは情勢次第だね。

 天の神がしばらく大人しくしてくれるって確証が出来てからかな」

 

 竜児はとっくにうどん専門店を開けるだけの腕を持っている。

 後は、世界さえ平和になってくれれば、というところだけが問題だ。

 夏凜がふむ、と顎に手を当て、声を上げる。

 

「100点!」

 

 夏凜がうどんに100点の評価を下し、他の者達も夏凜の意図を汲み取った。

 

「100点!」

「100点!」

「100点!」

「100点!」

「100点!」

 

「皆……」

 

 "この味ならお店開けるよ"といった褒め言葉のように直接的でない、なのにストレートなうどんの味への褒め言葉。

 皆が次々に褒め、竜児が感動し、風の番が来て――

 

「おかわり」

 

「「「「「「 !? 」」」」」」

 

 ――特に流れに乗らなかった。

 

「いやーおかわりが欲しくなる美味しさだわ。だから、ネ?」

 

 頬を掻く風の差し出したお椀を受け取って、竜児が笑顔で頷く。

 

「お腹いっぱいになるまで、食べてください」

 

 夏凜が作った流れに皆乗ったと思ったら、今度は風の作った流れに乗り始めた。

 

「あ、じゃあ私も!」

 

「アタシもくれ!」

 

「私もちょうだい」

 

「はいはい」

 

 竜児がもう一度うどんを作っていると、台所に友奈がひょっこり入ってくる。

 

「私もお手伝いするよ」

 

「皆はどうしてる?」

 

「園子ちゃんの持ってきた映画見てるよ」

 

「へー、なんて映画?」

 

「『殺したいほどアイ・ラブ・ユー』だって」

 

「タイトルの味付け濃いな!」

 

 竜児がうどんとスープとソースを作り、友奈が高菜とひき肉とネギを仕上げる。

 友奈に高菜を任せるという渾身の激ウマギャグを竜児は仕込んでいたのだが、友奈が全く気付かずスルーしてしまったので、しょぼんとした顔をしていた。

 居間の方から笑い声が聞こえてきて、友奈がそちらに気を引かれ、ザクっと指を包丁で切ってしまった。

 

「あたっ」

 

 友奈の手から流れる血に、竜児の顔色がさっと青くなる。

 

「ちょっ、大丈夫?」

 

「うう、痛い……結構泣きそう……」

 

「―――」

 

 泣きそうになっていた友奈を、竜児が驚いた顔で見る。

 一瞬驚いたが、竜児はてきぱきと友奈の傷口を水洗いし、止血し、包帯を巻いた。

 

「よし、これで大丈夫」

 

「ありがとう、リュウくん。……消毒液は染みたけど」

 

「そこはまあ、我慢しようね」

 

 六年前、友奈がまだ勇者だった頃。

 友奈には、どんなにボロボロになっても立ち上がる強さがあった。

 体に穴が空いても歯を食いしばるだけで前に進み続けるような、勇者を体現したような、心で痛みに耐える強さがあった。

 だから今、包丁で指を切った痛みだけで泣きそうな顔を見せた友奈に、竜児は驚いた。

 そして、驚きだけではなく。安心と、嬉しさも感じていた。

 

「友奈はさ、痛みを我慢して"大丈夫"って言ってる友達を見て不安になったことはある?」

 

「前のリュウくんを見てた時はいつもそうだったけど……?」

 

「……気のせいじゃないかな」

 

「気のせいじゃないよ!」

 

「僕の中ではこれ友奈のイメージなのに」

 

「私の中ではリュウくんのイメージだよ」

 

 また、友奈がその身を張って戦いの最前線に出ることがあれば、友奈はまたその心を鋼にしてしまうだろう。

 また、多少の切り傷では泣き言も言わず"大丈夫"と言う子に戻ってしまうだろう。

 けれど、今はそうではない。

 

「友奈がこの六年で弱くなれて、よかった」

 

 小さな痛みで涙をこぼしそうになる"普通"を友奈が取り戻したことが、竜児は嬉しいのだ。

 

「痛いことを痛いと言えるようになること。

 痛いことを大丈夫だと言わなくて済むようになること。

 ちょっとの痛さで涙が出てしまう弱さを、取り戻したこと。それはとても素敵なことだ」

 

 まだそれは、竜児の手の中には取り戻されていない。

 けれど竜児は、友奈のそれを心底喜んでいる。

 友奈はむず痒さと好感の両方を感じ、竜児に笑いかけた。

 

「違うよ」

 

 竜児は誰かの中の強さを見つけて、それを褒める。

 そして誰かの弱さにもまた、価値を付ける。

 彼は基本的にいいとこ探しの人間だ。

 だから……彼のその在り方が救う者も、彼の言葉に自信や勇気を貰う者も、少なくない。

 

「それを素敵だって思えるリュウくんが、素敵なんだよ」

 

 竜児が微笑み、友奈が微笑んだ。

 

「ならそれを素敵だと思える友奈が」

 

「ループさせる気!?」

 

 うどんは問題なく完成し、皆お腹いっぱいになったらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、朝がやって来る。

 

「我が名はヤプール! 人間とウルトラマンへの怨念で、今! 復活したぞっ!」

 

 徹夜で映画を見ながら寝落ちしていた竜児達を起こしたのは、最悪の目覚ましアラームの叫び声だった。

 

「うっ、ヤプール……! あれ、夏凜、前に倒したのいつだっけ」

 

「ええと、あいつが復活したのは五年前と四年前と三年前だから……三年ぶりね」

 

「空間ごと凍結させて消滅させたのに……」

 

 悪魔は再び蘇った。カプセルからの自我復活もカウントすれば三年ぶり六度目。

 

「三年前って、アレですよね。

 熊谷先輩とお姉ちゃんがお互いに愛の告白したと勘違いした時の」

 

「「 あ゛ああああああっ!! 」」

 

「トラウマで転げ回ってる……」

 

「まあそりゃアレは一生もんの恥だもの。風もリュージも一生気にするわよ」

 

 樹のせいで風と竜児が転げ回る。

 

「それなら樹だって、三年前の海の時!

 誰も居ない海岸で、竜児君の前で樹の水着が―――」

 

「「 あ゛ああああああっ!! 」」

 

「トラウマで転げ回ってる……」

 

「まあそりゃアレは一生もんの恥だもの。樹もリュージも……二回やんなくていいのよ!」

 

 風のせいで樹と竜児が転げ回る。

 

 しかしいつまでもこんなことはしていられない。

 

「先に行く! 皆も気を付けて!」

 

 竜児がシャツとジーパンという簡素な格好で家を飛び出した。

 街の住民の避難は早い。

 もう神樹は居ない。

 もう樹海化はない。

 住民はこの六年間、ずっと天の神の攻撃から逃げる日々を繰り返してきた。

 

 怯え、恐慌し、逃げるのではない。

 ウルトラマン達が戦いやすいよう、戦いの場を空けるために果敢に逃げるのだ。

 ゆえに名も無き彼らの逃走は、逃げているのに戦っているようですらあった。

 

「!」

 

 そんな中、幼い子供が転んでしまうのが竜児の目に見えた。

 竜児が駆け寄ると、子供は痛そうな声を漏らして足首を押さえている。

 その子供を、竜児は見捨てない。

 

「君、大丈夫? 足を捻ったのか……ほら、僕の背中に乗って」

 

「だいじょうぶ!」

 

「え?」

 

 だが、その救いの手を、幼い子供は自分の意志で跳ね除けた。

 

「ウルトラマンのできることを、がんばって!

 ぼくは、ぼくにできること、がんばるからっ!」

 

「―――」

 

 6~7歳くらいの子供が、泣きそうな顔で、痛みに耐えながら、頑張って頑張って、竜児にそう言っていた。

 

「―――うん、分かった」

 

 友奈が小さな痛みに泣きそうになったことに嬉しさを覚えることもあれば、こうして小さな痛みに「大丈夫」と言う子供に輝くものを見出すこともある。

 人間とは本当に不思議な生き物だ。

 これを一言で語ることなど、できようはずもない。

 

「竜児兄ちゃん!」

 

「! 鉄男君!?」

 

「この子は任せろ兄ちゃん。俺もやれることをやるよ」

 

 ウルトラマンの助けを要らないと跳ね除け、応援を返した幼い子供。

 ウルトラマンの代わりに、その幼い子供を助ける中学生の少年。

 竜児は思う。

 "ウルトラマンが要らなくなる日"は、そんなに遠くないんじゃないかと。

 幼い子供を背負って避難する鉄男の背中に、竜児は未来を見た。

 

(彼らは自分にできることをした。僕も、自分にできることを)

 

 地面を踏みしめる足。竜児の左手に現れるは、ウルティメイトブレス。

 竜児の全身から光が放たれ、放たれた光が無数の青い花弁の形に固まった。

 その花の全てを燃やし尽くすように、光の炎の柱が屹立した。

 

「―――ゲンティウス」

 

 静かに、己が名を呼ぶ竜児。

 そして眼前に突き出したウルティメイトブレスが輝く。

 光の柱に重なるようにして、青き光の巨人が街中へと現れた。

 

「来たか、ウルトラマンゲンティウス! 積年の恨み、ここで晴らしてくれる!」

 

 ヤプールが放つは、蝿の怪獣(ベゼルブ)

 ヤプールの怨念が実体化させた、ベゼルブなる怪獣。

 『宇宙悪魔』というヤプールに似た呼称を持つ、ベゼルブというハエの怪獣を、ヤプールの怨念が外見とパワーのみ再現した醜悪な蝿の群れであった。

 

 

 

 

 

 ベゼルブは2m、10m、50mの三タイプに分かれる蝿の怪獣。

 本来は恐るべき特殊能力を持つが、ヤプールの怨念で実体化したこれはそれを持たない。

 だがその数が多いがために、かなりの脅威となっていた。

 50m級の全てと10m級の多くはゲンティウスが受け持っている。

 そして残りは、大赦等が元締めである治安維持組織が受け持っていた。

 

「む、無理だ! 怪獣に私達じゃ……」

 

 だが、劣勢。

 10m級はおろか、2m級ですら慣れていない者には驚異。

 怪獣が押し込む街の中……狙撃銃の狙撃弾が、十数体の2m級と、数体の10m級を、あっという間に片付けてしまった。

 

「火星でリュウが採取した、貴重なスペシウムを使ったスペシウム弾頭弾よ」

 

 十字路の向こうから狙撃をしたその女の名を、防衛担当の人間の内何人かは知っていた。

 

「でゅ……デューク東郷!」

 

「それはコードネームよ。ただの東郷と呼びなさい」

 

 デューク東郷……一体何者なんだ……?

 

 その横で、デューク東郷に接近する2m級ベゼルブを鉄製の看板でぶん殴り、倒れた怪獣に拳銃弾を何発かぶち込み、沈黙させていた。

 

「し……シルバーバレット!」

 

「なんでアタシはそんなコードネーム付けられてんだろうな……」

 

 シルバーバレット……一体何輪銀なんだ……?

 

 押し込まれた戦線を押し返すべく、新たに二人の人間が突っ込んでいく。

 人外殺しのやり方と、人外を殺すのに必要な膂力を、その二人は知っていた。

 三好夏凜と楠芽吹。

 かつて勇者の座を争った二人が、走りながら他の人間が落とした儀礼系の刀を拾い、二者四刀にてベゼルブに斬りかかる。

 

 2m級は、あっという間に全員バラバラになった。

 

「うひぃ」

 

 大赦仮面の一人が仮面の下で変な声を漏らす。

 

 10m級の一体が彼女らに目をつけ、接近して来たため、芽吹が囮となって引き寄せて、夏凜が近場の建物から怪獣頭部に飛びつき、脳天を刀で串刺しにする。

 夏凜が飛び降りると同時、10m級のベゼルブは倒れた。

 

「怪獣だって切れば死ぬわよ」

 

「あ、はい、そうですね。お疲れ様です、三好様、楠様」

 

「まったく、大赦はいつまで経っても大変だわ」

 

 もう二人共、勇者でも防人でもない、ただの人間。

 されど二人とも同じ勇気ある者。

 しからば、二人揃って『勇者である』と呼んだところで何ら差し支えない。

 

 大赦所属とはいえ、本来なら戦闘担当に回されていない彼女らでも、有事にちょこっと手助けをしたりすることもある。

 例えば、最近あんまり全力で運動していなかったのに、ベゼルブのあまりの多さに出て来てしまった園子なども。

 

「うーん、今日はちっちゃいのが多いみたい……あたた、明日筋肉痛になりそう」

 

 2m級だけ狙って、拾った銃剣で突き刺し殺す。

 そんな単純な繰り返しでもちょっと筋肉痛になりそうになってしまった様子。

 大学生で小説家というのは、結構運動不足になりやすいようだ。

 

「この貧弱さ、さながら乃木きのこだぜ~……あっ」

 

 そんなことを言っていた園子が、空を見上げると。

 

「やっと来たね、"勇者さん"」

 

 そこを跳ぶ、小さな人影がいくつかあった。

 

 

 

 

 

 勇者とは、少女がなるもの。

 そういう定義が成されている。

 しからば友奈達は既に"かつて勇者であった者"であり、もしも次の勇者を探すなら、それが友奈達より若い者であるのは当然である。

 新たな世代の勇者達が、人を怪獣から守る絶対の防衛戦を構築した。

 

「次代の勇者、だと……!」

 

「お前が復活しない間に光の国も巻き込んだ大戦争があったり色々あったんだよ」

 

「なんだと!?」

 

 竜児が望んだ、天の神との和解もこの六年で随分と進んだ。

 パワード達が最後に約束してくれた協力、天の神がエンペラ具現化の際に負ってしまった大規模消耗など、いい条件が重なってくれた。

 天の神の何柱かは既に人間の味方に付いており、それらは天の神側から『造反神』と呼ばれている。神の間にはそういう用語があるらしい。

 

 人間に味方する天の神が出て来たということは、()()()使()()()()()()()()()()()()()()()ということだ。

 

 地球にはメビウスカプセルなど、未知の技術の塊もあり、光の国とも断絶しているというわけでもなかった。

 地の神の力を使った勇者システムから、天の神の力を使った勇者システムの開発まで六年。

 ここにまた、人は新たな転換点を迎えていた。

 

 熊谷竜児という神が勇者達に敗北してからの六年間で。

 ヤプールという悪魔が最後に消滅してからの三年間で。

 色んなものが変わっていった。

 多くの者達が変わっていった。

 時は流れる。

 これまでも、これからも。

 

 50m級のベゼルブ達をあっという間に片付けたゲンティウスが、怨念と復活によって過去最強にまで肉体を増強したヤプールに殴りかかる。

 ヤプールは腕で受け止めたが、あまりの威力に吹っ飛ばされてしまった。

 

「こ、この拳の重さ……貴様、まさか!」

 

 山桜の光の花が、一旦消える。

 ヤプールを吹っ飛ばした竜児の背後に光の花が咲き、巨大な大剣が10m級の多くを切り捨て、緑の糸が巧みに動いて2m級の多くを刺し貫いた。

 

「お……オキザリス……鳴子百合……おのれ!」

 

 この光の花に。

 この花の勇者達に。

 もう、ヤプールは何度負けたことだろうか。

 

「おのれぇ! いつもいつもウルトラマンの力を高めおって……忌々しい勇者どもめ!」

 

 ゲンティウスの蹴りで、ヤプールが吹っ飛ばされる。

 

 ヤプールはウルトラマン達を罵りながら、街をこっそり見渡し、人質にできそうな人間を探すという姑息な戦術を選んでいた。

 

「貴様らは何度我々の邪魔をすれば気が済むのだ、正義の味方どもがっ!」

 

「んー、私達が正義の味方かどうかってのは、分かんないけどね」

 

 そんなヤプールに、建物の屋上から夏凜が声をかける。

 街を壊すか人質を取ってやるかしてやろう、と考えていた姑息なヤプールの意識が、一般人のいる方向から引き剥がされた。

 

「竜胆の花言葉がああだから……まあその味方には、なるわよ」

 

「わけのわからんことを!」

 

 夏凜がヤプールに声をかけ、注意を引き、一般人と街を守り。

 そして夏凜の計算通り、夏凜に注意を引かれたヤプールを、跳んで来たゲンティウスが思いっきりぶん殴った。

 

「ぐああっ!」

 

「夏凜、危ないじゃないか!」

 

「だって気を引かないと街とか壊されるじゃない。今は気軽に直せないのよ、街とか」

 

「……それは、うん」

 

「それに、あんたが必ず助けるでしょ。知ってるのよ、そういうことは」

 

「十数年で口ばっか上手くなってくんだからもう」

 

 ウルトラマンと、殴られてふらついたヤプールが対峙する。

 

「貴様ぁ……ぬぅっ!?」

 

 ふらつくヤプールの眉間を、地上から東郷のスペシウム弾頭弾が撃ち抜いた。

 

「ヤプール。かっこいいだろ、人間の頑張りって」

 

「こんな豆鉄砲ごときでいきがるなっ!」

 

 もう一度放たれた、東郷のスペシウム弾頭弾。

 それがゲンティウスの展開した、想いを具現化させる、その者を主人公に押し上げる力の力場を通過する。

 数倍に高まった威力のスペシウムが、ヤプールの眉間を焼いて抉った。

 

「ぐああああっ!」

 

「何度でも来い。何度でも倒してやる。何度でも守ってやる。何からでも、どんな時でも」

 

 竜児の幸福と引き換えに、この世界の未来の平和は保証されず、あったはずの未来の幸福の多くは失われた。

 あの瞬間に終わっていた可能性が非常に高い戦いは、終わらなかった。

 彼らの戦いは、今日も続いている。

 

 けれど、勇者の誰も後悔はしていないだろう。

 誰も死なせず、皆で一緒に頑張って、人間の手で未来を掴む道を彼女らは選んだ。

 これは苦難の道ではあるが、光の道でもある。

 犠牲と生贄を否定する、神々の時代の終わりの際に、勇者達が選んだ道であった。

 

 竜児が叫ぶ。

 

「この、光り輝く星の皆が……光の星の戦士達が!

 何度でも、自分達の星を守る!

 いつの日か、この星の平和を取り戻す、その日まで!」

 

 この星の未来は、皆で守るのだ。もう、神様に祈って頼りきりになんてなりはしない。

 

 

 

「―――見せてやる、僕らの勇気を!」

 

 

 

 受け継がれるものこそ、人の本質。

 先人から未来の子らへ、受け継がれる。

 大人から子供へ、受け継がれる。

 昨日の勇者から、明日の勇者へ受け継がれる。

 力が、経験が、技術が、光が、受け継がれる。

 受け継がれる中で変化し、進化し、成長していく。

 

 人は自由だ。

 どこを目標にしても良い。

 どんな道筋を進んでも良い。

 どんな宝物を見つけても良い。

 どんな仲間と一緒に進んで行っても良い。

 そして、冒険の中で見つけた大切なものを、誰かに受け継がせることを許されている。

 

 その全てを、コピーライトは『命という名の冒険』と呼んだ。

 

 全ての命は、そんな冒険の途中なのだ。

 

 進めばいい。仲間を見つけて、道を見つけて、宝を見つけて。

 

 十三体目というゴールを越えても、天の神というゴールを越えても、きっと冒険は終わらない。

 

 EDの後も、冒険を続けられる勇者が存在するのと、同じように。

 

 彼ら彼女らの冒険は、まだ始まったばかりなのだから。

 

 

 




 歌手の樹ちゃんがウルトラマンの中にいるとか、これ本放送だったらギンガS最終回みたいに戦闘シーンに合わせて美少女が歌って逆転が始まるやつ……

 これにて完結です。お付き合い頂きありがとうございました。
 二ヶ月弱で約100万字書きました。もう二度としません。しにます。
 評価とかお気に入りとか感想とか嬉しかったです。あざす。
 本編はこれで終わりですがいつものように後書きも投下します。
 続編はやらないと思います。
 やるとしても劇場版かのわゆアナザーエンド編。やらないと思いますが。

 彼らの物語はこれにて終わり。
 人はいつか人として生き、巨人を必要としなくなり、大地に溶けた地の神々に見守られながら、天の神とギスりながらも"そこに生きることを許し合う関係"に落ち着くと思います。

【おまけ】
 小説にEDとか要らないとは思うんですが感想欄見てると余韻を曲で楽しめた方がいいのかな、なんて思ったので、余韻にどうぞ

■熊谷竜児という人間としてのED
・キボウノカケラ
http://www.nicovideo.jp/watch/sm31623173

■熊谷竜児というウルトラマンとしてのED
・心の絆
http://www.nicovideo.jp/watch/nm7614610
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