時に拳を、時には花を   作:ルシエド

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第三殺二章:誓いのコンビネーション

 シルバーランス。

 この融合昇華体の素材になった二体の怪獣は、どちらも格別高い戦闘力を持っているというわけではない。

 だが、この状況においては相当に有効な組み合わせであった。

 

 メビウスも勇者も怠けさせ、戦闘力を激減or無力化してしまう、ヤメタランスの放射能。

 宇宙戦闘、空中戦闘もこなし、とにかく『人間を殺す』のが得意なシルバーブルーメの殺人志向スキル構成。

 とにかく厄介だ。

 現在の人間世界にとって、ここまで厄介な敵はそうそういない。

 強い敵というより、厄介な敵なのだ。

 

 更に、竜児の危惧した通りの展開にもなり始めていた。

 バーテックスは竜児の圧倒的修練不足を見抜き、その中でも最も修練が不足している『飛行能力』に目をつけた。

 シルバーランスが空戦仕様に調整されているのは、間違いなく偶然ではない。

 バーテックスは、メビウスの弱点を突きに来ているのだ。

 

 空を飛ばれて、メビウスが追えば竜児不利の空中戦。

 空を飛ばれて、後を追わなければ三分が経つ。

 敵の作戦の骨子はシンプルだが、それゆえに凶悪なまでに強力だった。

 

『もう一度、メビュームスラッシュを!』

 

「てやっ!」

 

 結界の穴から出て来た細い触腕に、竜児は何度目かも分からない光刃を飛ばす。

 先端を切られた触腕が結界の外に逃げ、竜児はメビウスから教わったドーム状バリアの技を応用し、結界の穴を応急処置で塞ぎ始めた。

 あくまで応急処置だが、2~3日は保つはずだ。

 

 見かけ的には結界の穴に光の膜を貼っているようだが、当人の感覚的には服の穴を縫って塞いでいる感覚である。

 

「これで全部かな?」

 

『いや、おそらくまだ増えるだろう。

 四国を包む結界が、完全に崩壊するまで、この小さな崩壊は続くと思う』

 

「……くっ、神樹様、お願いですから結界だけでも維持して下さいませ……」

 

 祈っても意味は無い。

 四国結界は今、崩壊の危機を迎えていた。

 結界の穴からシルバーランスが人間を食い尽くすか?

 竜児が延々と体力を消耗しながら結界応急処置で時間稼ぎを続けるか?

 世界の未来は、現状二つに一つしかない。

 

『でも、しょうがない部分もあるんじゃないかな。

 樹に100人神様がいれば、51人の神様が怠けたらもう動けなくなってしまうんだろう?』

 

「……あ、そうか」

 

『それなら、無理だよ。きっと』

 

 神樹のウルトラマン達が全力で耐性を発揮していたとしても、それでも所詮六体だ。

 日本の神話には怠け者の類もいる。

 土着の神の集合体が樹の形に融合した神樹は、群体なのだ。

 個人では怠けない人も、周りの皆が怠けていると怠けてしまうことがある。

 干渉対象を広く深く取るシルバーランスの能力は、神樹様にもよく効いていた。

 中で六体のウルトラマン達が頑張っていても、きっと意味は薄いのだろう。

 

「皆が飯を食うのまで怠けたらどうしよう。

 ゲームにハマって飯食うのサボって、餓死した人は西暦にも居たらしい。

 元から怠け者の人がこの能力喰らったらどうなるのか……うーん……」

 

『神樹が食料の供給を止めた今、食料が尽きることの心配をした方がいいんじゃないかな』

 

「食料もそうだけど、電気とか他のエネルギーもあっという間に尽きるよ。

 おそらく明日には危険域に到達してしまうと思う。

 今は機械的に自動で動いてくれてる所が、ギリギリ踏ん張ってくれてるけど」

 

 東郷に世界の管理業務とか振れるわけもない。

 竜児が一人で全部やっていても限界は目に見えている。

 何もかもがジリ貧だ。

 

『酸素が尽きるタイミングも、計算済みかい?』

 

「うーん、そっちは……

 結界に穴が空いて空気が出てるから、空気の総量が計算できない。

 植物の光合成量だって限度がある。

 それ以前に、神樹様がくださってる太陽の光だって、いつまで続くものか……」

 

『一刻も早く、シルバーランスを倒さないと』

 

「うん」

 

 それ以外に解決方法は無いだろう。

 シルバーランスさえ倒せれば、神樹の手により急速に放射能の除去をすることも可能かもしれない。手遅れになる前に倒さなければ。

 

「それにしても」

 

 竜児は四国結界に触れ、目を閉じ、神樹のことを想う。

 

「いなくなって初めて分かる、その人の大切さ。ってやつかな」

 

『結界の外は燃え盛る地獄だ。これだけの結界を、神樹は三百年も貼り続けていた』

 

「結界だけじゃなく、人が幸せに生きるために必要なものを沢山くれていた。

 普段からすっごく頑張ってた。

 ずっと、ずっと、僕らを助けてくれていたんだ。たぶん、何の得もないのに」

 

 竜児は手を叩き、頭を下げて、神樹へ祈りと感謝を捧げた。

 メビウスに感謝する時とどこか似た声色で、神樹に本気の感謝を送る。

 

「ありがとうございます、神樹様。

 世界を取り戻したら、お礼に今度は人間(ぼくたち)が神樹様を助けようと思います。

 僕らの世代で間に合わなくても、僕らの子供、僕らの孫がそうすると思います」

 

 いつかの未来に、助け合える隣人となることを、竜児は神樹に約束する。

 

「だから今はもうちょっとだけ、頑張ってください。僕らも一緒に頑張ります」

 

 だから今は一緒に頑張ろう、という呼びかけ。

 神を見上げる下からの声ではなく、同じ高さからの呼びかけは、怠けで機能を止めかけていた神樹の一部に、強く響いた。

 神樹の中の一部の者達を、強く呼び覚ました。

 

「……あれ、穴が空かなくなった?」

 

『神樹にも、諦めない心はまだ残ってるみたいだね』

 

 まだ動ける神々が、四国結界に穴を空けないよう全力を尽くしている。

 いずれ終わるかもしれない世界でも、今すぐに崩壊などさせてなるものか。そんな意志が神樹から伝わってくるかのようだ。

 竜児はもう結界の補修に動く必要はない。

 シルバーランスを迎撃する必要もない。

 神樹の中の気合いの入った神々、英霊、ウルトラマンが作ってくれた僅かな時間を、竜児が活かせるか。

 未来は、ここからの頑張りにかかっていた。

 

 

 

 

 

 おそらく時間のリミットは、良くて24時間。

 今はまだ朝だが、夜には問題が噴出し始めるだろう。

 明日の朝には多くのものが足りなくなり始めるはずだ。

 残された時間は多くない。

 

「よし、一刻も早くシルバーランスを倒す! それには……」

 

『奴の攻撃をどうかわし、強力な一撃を叩き込むかだね』

 

 シルバーランスの強みは怠けの強制、ずば抜けた飛行能力、触腕を伸ばしての中距離制圧攻撃である。

 機動力でメビウスを上回っているため、三分間逃げの一手が打てるというのも強みと言えば強みか。戦闘力の構成は、本当に厄介の一言に尽きる。

 

 最大の問題は、近距離・中距離・遠距離の全てで、メビウスが勝負を決めに行く手段がないというところにあった。

 

「ダメージを与えてない状態でメビュームシュート撃っても、当たらないだろうしなあ」

 

『リュウジ君の利き腕じゃないメビュームブレードでも、あの触腕は捌けない』

 

「光の盾張って接近して……ダメだ、あの強烈な触腕だと割られる」

 

『メビュームスラッシュを飛ばしても、おそらくまたひょいひょいとかわされるだろう』

 

「もっと、一定以上の威力があって、手数が多くて、僕にも使いやすいような技……」

 

 シルバーランスを倒すには、高速で飛翔する奴を止められるだけの遠距離攻撃と、触腕の中距離攻撃を全て切り落とす連続攻撃が必要だ。

 でなければ懐に入れない。

 ある程度のダメージを与え、封印の儀を行い、大技を当てるには、シルバーランスの懐に入って行かないと厳しい。

 

『それなら、ライトニングスラッシャーはどうかな』

 

「……ライトニングスラッシャー?」

 

『メビュームシュートに似たエネルギーを、放たず手に留めるんだ。

 両手に留まったエネルギーは、両手の手刀を切れ味鋭い光の刃に変える。

 両手の手刀を使って、敵の攻撃や敵の体を切り裂く手刀二刀流の技なんだ』

 

「おお、良さそう。なんかかっこよくもありそう」

 

 ライトニングスラッシャーは、メビウスもあまり使わない技である。

 だが、メビウスではなく竜児が使うのであれば、ある程度相性がいいのではないだろうか、という推測があった。

 

『多分君は、手刀二刀流のこの技みたいな、カリンちゃんを真似できる技を使う方が強い』

 

「……あー、そういう基準か。なるほど……」

 

 竜児の中には、二刀流の巧みな戦闘スタイルのイメージが有る。

 手刀と日本刀の違いはあれど、身に添えるイメージとしては変わりない。

 そのイメージを殺さず、自分のものとして昇華し、自分のものとすればいいのだ。

 

『あとは、遠距離だけど』

 

「それに関しては僕に一つ考えがある。任せて」

 

『分かった。頼もしいね』

 

 メビウスは簡潔に、ライトニングスラッシャーの使い方を教える。

 エネルギーのスパーク、手刀の形にエネルギーを収束するやり方、手刀のエネルギーの扱い等、覚えることは多そうだった。

 

『忘れないで。僕の力は今、全て君の中にある。

 使えないのは君の心の問題だ。

 けれど君の心が新たな一歩を踏み出した時、新たな力は君の一部となるだろう』

 

「うん」

 

 竜児は学校に戻り始める。

 

(半端な技では奴を倒せない。

 マッハ10の速度の世界で、それより速い奴の触腕を全て捌く必要がある。

 生半可な覚悟と特訓でライトニングスラッシャーを使っても、おそらくは無意味)

 

 敵の触腕を見切る目、手刀を操る技を身に着け、ライトニングスラッシャーを習得する。

 そしてライトニングスラッシャーで触腕を削ぎ落とし、フィニッシュの一撃を決める。

 方針は決まった。

 あとは、残り24時間でどこまで技を高められるか。

 

(何度も戦いをやり直せるほどの余裕はもうこの世界にはない。次の戦いで仕留める!)

 

 特訓を効率良くこなせる巨人と融合した肉体だけが、頼りだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さて。

 ぼちぼち、竜児は自分の失態を挽回しないといけない。

 勇者各々がどう思っているかは知らないが、東郷と竜児が漢字いろはの話をしたその数日後に、メビウスが漢字いろはのウルトラサインを出したのはマズかった。

 

 勇者には、ウルトラマンは遥か遠くの宇宙から来た赤き巨人であると伝えられている。

 まず、ウルトラマンが人間かもしれないなんて疑いを持つことはないだろう。

 編纂され改竄される前の歴史を見ることができる大赦の人間以外は、そもそもの話人間がウルトラマンになれるという発想を持てない。

 この世界に、ウルトラマンなんてTV番組は存在しないのだ。

 

 そういう有利要素はあるが、それでも言い訳は難しい。

 

『どうするの?』

 

(助けてメビウス)

 

『……何も思いついてないの!?』

 

(いや、思いついてはいる。

 それっぽい言い訳もいっぱい用意してある。

 ただなんつーか、スジは通ってるけど説得力が足りないんだ)

 

『説得力……』

 

("ああそうだったのか"って自然に思えれば良いんだよ。

 それが真実でなくたっていい。納得したらその人にとっての真実になるんだから)

 

 せめて、今まともに動いている東郷くらいには、疑われないよう納得させる理屈をぶつけておかないといけない。

 竜児とメビウスがうんうん悩む。

 

『ううん、本当のことを言うなら"誠意をもって話そう"って言うんだけど……』

 

(メビウスは僕より嘘下手そうだもんね)

 

『ははは、確かに僕は嘘が下手だ。

 優しい嘘が人を救うことも知っているけど、どうしても苦手でね』

 

(いいんだよ。それは、僕が君を心から信じられるってことなんだから)

 

 竜児は優しく微笑んだ。

 少年は気付いているだろうか。

 メビウスと融合したあの日から、時を経る度に徐々に、自分の心が柔らかくなっていることを。心が暖かくなっていることを。心が優しくなっていることを。

 

 メビウスと融合してから以前以上に嘘が下手になっている自覚を持てていない竜児では、いつまでも気付けないかもしれない。

 

(ぬ、東郷さんがいる)

 

 東郷が昇降口前でじっと待っていた。

 思考が走る。危ないからあまり出歩かないでほしかったな、いやあそこにいるのは既に何かを感づいているのでは、僕を待ち伏せしてたんだろうか、と様々に。

 

「神樹様から話は聞いたわ」

 

「―――!?」

 

 熊谷君の思考、緊急停止。

 

「何故か、部室で眠くなってしまって……

 眠った私に、神樹様が全ての事情を説明して下さったの。辛かったでしょう?」

 

「あ、えと」

 

「聞けば涙、語るも涙の戦いのお話。

 まさか熊谷君が、あの恐ろしい怪物に脅されていたなんて」

 

「……ん?」

 

「不思議に思っていたけど、合点がいったわ。

 熊谷君だけが怠けていなかった理由。

 それは、貴方が怪獣に目をつけられていたからだったのね」

 

「……あ、はい、そうです」

 

『なんだろう、とても面白いことになっている気がする』

 

 メビウスの勘は至極正しい。

 

「まさか、貴方がウルトラマンに漢字を教えていただなんて……

 貴方の知識や鍛錬の結果が、ウルトラマンに反映されていただなんて……

 余裕ぶった怪獣がウルトラマンにハンデを与えていたなんて、知らなかった」

 

「あ、はい」

 

「怪獣は一時的にウルトラマンを強化する道具として貴方を利用した。

 一時的とはいえ、貴方はウルトラマンと繋がる怪獣のしもべとなった。

 だから貴方は、巨人に言葉を教え、鍛錬しようとしていたと、神樹様はおっしゃっていたわ」

 

「はい、そうです」

 

 神樹を疑うものなどいない。

 神樹はこの世界における神である。

 全て、竜児がメビウスに教えたことだ。

 

 神樹は露骨に大嘘をつくことで、竜児のフォローをしてくれたらしい。

 東郷がさっき寝てしまったという話を聞くに、竜児が結界壁の穴塞ぎをしながら神樹に感謝していた時に、東郷にお告げをしてくれたようだ。

 神樹がそう説明した以上、東郷が竜児をウルトラマンと疑うことは以後無いだろう。

 大赦はこういった神樹の意志表示を、巫女への神託と呼んでいる。

 

(……ああ、そういえば、東郷さんって巫女資質もあったんだっけ。

 勇者と巫女のダブル資質は極めて珍しいって書類にあったような。

 滅多に使われない能力だから、僕もすっかり忘れてた……)

 

 巫女。

 勇者。

 この二つは共に神樹に繋がる少女としての存在ではあるが、できることに根本的な違いがあり、違う形で神に人柱として捧げられる存在である。

 されどその両方の資質を持つ者は、類を見ないと言っていいレベルに希少な存在なのだ。

 

 東郷は特異な存在だが、この神託も相当に特異なものだった。

 ここまで露骨な神樹のお告げはそうそう例がない。

 しかも人間のために嘘をついてくれるなんて、大赦に想定すらされていないだろう。

 今が相当の緊急事態であるということの証のようなものだ。

 

 神樹の中の神か、英霊か、ウルトラマンか。誰が東郷に言ったのかも見当もつかない。

 

「神樹様はおっしゃったわ。

 熊谷君がこの試練を超えたなら、その怖い記憶を少し変えてくれると。

 記憶が消えるわけではないけれど、夢のように思えるようになるらしいの」

 

「……そ、そうなんだ。嬉しいなー、そうしてもらおう」

 

「ええ、それが一番。

 解放されてもう関わらないのが一番よ。

 怪獣のことなんて夢の話にしておいて、忘れてしまった方がいいわ。

 怖い記憶は……忘れたままにした方がいい、って気持ちは、少しだけ分かるもの」

 

 東郷は自覚なく、記憶に関して話す時に複雑な表情をした。

 

「熊谷君の善意だったのね、ウルトラマンの漢字のいろはは。

 ウルトラマンはこれまで一度も話さなかった。

 いいえ、話せなかったのね。通じる文字と言葉がなかったから。

 それが、熊谷君に教わった漢字で話してくれた。

 よく考えれば、ウルトラマンがそこまで話もしなかった理由を想像すべきだったのに」

 

「そっすね」

 

「熊谷君が全てを夢のように忘れてしまっても、私はこの感謝を覚えているからね」

 

「あ、うん、ありがとう」

 

 どうせ神樹は記憶消しとかしない。

 竜児に相応の演技を求めるだけだ。

 そのせいかとてつもなく反応に困る。

 ただでさえ竜児にとって、"東郷を騙してクラスメイトヅラして傍にいる"という行為の積み重ねは胸が痛いというのに。

 しかも、神樹は――

 

「神樹様はおっしゃられたわ。『あの普通の少年の修行の手助けをすべし』」

 

「え゛っ」

 

「貴方の鍛錬成果は巨人に反映される。

 ならば私が一日で、貴方を立派な大和男子に鍛え上げて差し上げましょう!」

 

 ――竜児にとって、とても余計な神託まで下していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 神樹は考えた。

 未熟なウルトラマンを鍛え、勇者と共闘させ、敵を討つにはどうするべきか?

 神樹は神々が集まり樹となったものに、西暦終焉期の戦いで死んだウルトラマンや勇者の英霊なども混ざっている。

 デフォルトで人とウルトラマンの融合体と同じ属性を持つ神だ。

 

 よって神樹の判断は、竜児の鍛錬に美森を協力させるというものだった。

 現在、怠けていない人類は二人しかいない。

 シルバーランスの怠け強制力がとんでもなく強力だからだ。

 一人で特訓するよりも、協力者がいた方が効率は遥かに良いだろう。

 更には特訓に参加させることで、現在動ける唯一の勇者と、唯一のウルトラマンの動きを、高度に連携させようとする狙いもあった。

 

「東郷さん、これを二階から落としてくれる?」

 

「これは……バケツいっぱいの小石?」

 

「僕は多くの敵の攻撃を手刀で弾く技を求められてまして。

 手刀でこれだけの石を全て弾けてようやく及第点って感じなんだ」

 

「ほほう……」

 

「後で、石は上からだけじゃなく横からも飛ばさないとなぁ」

 

 東郷が校舎の二階から、外で地面に立っている竜児の頭上に石をぶちまける。

 石の雨。

 まさにそれ以外の何の表現も相応しくない、石の雨だ。

 バケツいっぱいに詰め込まれた小石の雨に、竜児は手刀を叩きつけた。

 

「あいたっ」

 

 小石に当たった手刀が痛んで、ふっと手を引く。

 そして無数の小石が落下し、竜児の全身を打ち据えた。

 

「あだだだだだっ!」

 

 明日になっても痕や痛みが消えてなさそうな小石ダメージ。

 竜児はウルトラマンと融合しているお陰で比較的早くダメージが抜けるのだろうが、それでも痛いものは痛かった。

 

『肩に余計な力が入っていたよ。

 ライトニングスラッシャーの強みは、両の手の手刀が強力な武器になることだ。

 肩と肘はとことん柔軟に、手首は鋭く、指先で直線と曲線を交互に描いてみるのもいい』

 

(手刀な分だけ二刀より楽なはずなのに、夏凜はどうしてあんなヌルヌル動かせるんだ)

 

『練習してきたに決まってるじゃないか。

 君はずっと勉強して沢山知識を身に着けてきたんだろう?

 同じ時間を、夏凜ちゃんはずっと剣に注ぎ込んできたんだよ。

 だったら、夏凜ちゃんにできることがあっさりと君にできるわけもない』

 

(……ぐうの音も出ない)

 

『そういえば最近ウルトラ戦士の若手に広まっている言葉があったな。

 "百年も生きられない命でも、長い目で見よう"

 "タロウ教官が自爆一回で減らす寿命くらいの間は、見守ってあげよう"

 "気長に成長を待とう"

 っていうの。光の国でもこれは好き嫌いが分かれていたけどね』

 

(タロウ教官? え、その人は自爆でどのくらい寿命減ってんの?)

 

『二十年』

 

(長い! 多い! 感覚おかしいよウルトラマン!)

 

 二十年剣を振れと申すか。

 いや、確かにそれだけの時間を費やせば、竜児でも夏凜は超えられるだろうが。

 流石は万年単位を生きるウルトラマン。

 千年くらいの鍛錬は苦にしないウルトラマンもいるのかもしれない。

 

「あでででででっ!」

 

 何度も東郷に石を投下してもらうが、竜児の技術では5、6個石を手刀で弾くのが精一杯で、残りの石は全部竜児に当たってしまう。

 

(この程度を処理できないようじゃ、シルバーランスの触腕ラッシュとか防げないのに!)

 

 シルバーランスの厄介なところは、メビウスより腕力の強い触腕を何十本も備えているという点にある。

 だからこそ、切断技が選ばれたのだ。

 触腕を切って捨ててしまえば、触腕と力勝負なんてしなくて済む。

 ゆえにこの程度の小石は処理できないといけないのだが……中々に難しい。

 

(時間がなあ。あと22時間くらいで、この技をものにできるのか、僕は)

 

 二階の東郷に渡していた小石のバケツが尽きたので、竜児は小石でボコボコにされた情けない顔でバケツに石を拾っていく。

 東郷の車椅子が小石を踏んでしまったら大変だ。

 小石を人の足ならともかく、車輪が踏んでしまうのはちょっと怖い。

 東郷を監視する大赦の仕事を始めたその日から、竜児は地味に学校敷地内で小石を見かけるたびに、小石を拾って捨てることを意識して習慣付けていた。

 

 東郷は竜児に近寄ろうとして、「小石踏んだら危ないから」と手で制されて、ちょっと離れた場所から石を拾う彼に話しかける。

 

「熊谷君には、何かが足りないのかもしれないわ」

 

「東郷さんにはそれが分かると?」

 

 何かが足りないという単純な話であるのなら、その足りないものを見つけられれば、そこを補って解決する話になってくれるのだ。

 

「それが見えてこないのは余計な体力が残っているのが原因、かもしれないわね」

 

「よ、余計な体力?」

 

「体を動かし、動かし、余分な力が抜けた極致の到達点……

 素人が体から余計な力を抜くには、古典だけれどそれしかないと思うの」

 

「と、言いますと」

 

「倉庫に大赦が先週、密かに運び込んだものがあるわ。

 運び込まれた理由は……いえ、これは知らなくてもいいことね」

 

 東郷に導かれるままに、竜児は車椅子を押して学校の倉庫に足を踏み入れた。

 大赦が何かを運び入れていた? 竜児には何も聞かされていない。妙な話だ。

 倉庫の中には、確かに大赦の製造品らしい車のようなものがあった。

 車? と竜児が思ったのも束の間。

 東郷がそれに乗り込み、ガチョンガチョンと細部が変わると、勇者システムを開発した大赦脅威のメカニズムが降臨した。

 

 

 

「―――ジープ型車椅子だとッ!?」

 

 

 

 竜児が何故か逃げる。

 東郷がジープ型車椅子で何故かその後を追う。

 ジープ型車椅子は、ちょっと公道で走ってはいけない形状をしていた。

 

(おかしい! あれは僕が小学校の時に組み上げた理論技術!

 でも実装した覚えとかないぞ! 没ネタだ! 誰だ勝手に拾って実装したやつ!)

 

 あのジープ型車椅子の細部の設計には見覚えがあった。

 だが作った覚えはなかった。

 竜児の逃げられない過去が摩訶不思議な形で追いかけてくる。物理的にも。

 

「走って! 走らなければ轢かれると思いなさい!」

 

「冗談じゃねえ! 冗談じゃない! 冗談じゃないです!」

 

「走って、走って、限界を超えたその先で! ジープの突撃を避ける特訓よ!」

 

「この古い根性論は旧世紀の昭和に古い日本と一緒に死んだはずなのにぃー!」

 

「足に疲労が溜まっても大丈夫!

 体力を使い果たしても、腕に疲労はないからさっきの特訓は問題なくできるはずだわ!」

 

 『神樹様に直接与えられたお役目』が、東郷の責任感と鋼鉄の意志を暴走させている。

 とはいえ理性は完全にぶっ飛んでいるわけでもないので、大怪我することはないだろう。東郷もそのくらいのブレーキはついている。

 ついているはずだ。

 きっと。

 多分。

 視野の狭まった状態での東郷の暴走が、とんでもないやらかしに繋がりかねないという現実は、この際無視する。

 

「復唱! 至誠(しせい)(もと)()かりしか!」

 

「し、至誠に悖る勿かりしか!」

 

言行(げんこう)()づる()かりしか!」

 

「言行に恥づる勿かりしか!」

 

「気力に()くる()かりしか!」

 

「気力に缺くる勿かりしか!」

 

「努力に(うら)()かりしか!」

 

「努力に憾み勿かりしか!」

 

「不精に(わた)()かりしか!」

 

「不精に亘る勿かりしか!」

 

 東郷は旧大日本帝国海軍の五つの訓戒を、何度も竜児に復唱させる。

 真心に反することはなかったか?

 言葉と行いに恥ずかしいところはなかったか?

 気力が欠けてはいなかったか?

 努力不足ではなかったか?

 不精になってはいなかったか?

 

 自省せよ、自戒せよ。

 東郷は竜児を走らせながら、五つの訓戒を常に竜児に繰り返させる。

 声を出しながら走る訓練はとてつもなくハードで、体力作りや体いじめの方法としては、最適解の一つでもあった。

 迫るジープが竜児を必死に走らせ、必死に叫ばせる。

 

 これで出来上がるのはウルトラマンに出来上がった技を渡してくれる一般人ではなく、東郷の趣味が過剰に反映された日本男児であると思われるが、彼女はその辺分かっているのだろうか。

 

『ミモリちゃんは僕の兄さん達と気が合いそうだ』

 

(どうなってんだウルトラマン! 頭おかしいんじゃないのか!? うわーんっ!)

 

 竜児の肉体は人間にはありえないほどの速さでの回復と再生を繰り返し、回復したそばから体はいじめられ、余分な体力は狙い通りゴリゴリと削られていく。

 

『元の体力が少ないからか。

 僕とリュウジ君が融合していて、回復力が桁違いに上がっているからか。

 基礎体力だけは目に見えて上がってきているみたいだよ。雀の涙だけど』

 

(雀の涙っ……!)

 

 明日には目に見えて体力が上がっていることだろうが、メビウスのようなウルトラマン、夏凜のような本職と比べれば、伸び代は雀の涙だろう。

 それでも、元の体力が低い分効果は劇的なはずだ。

 

「ぜぇっ、ぜぇっ、ぜぇっ、ぜぇっ、ぜぇっ……」

 

「辛いなら、ここでやめましょうか?」

 

「……がんばる」

 

「いい気合い。神樹様が手伝えと言った理由が、よく分かるわ」

 

 竜児はヘトヘトな状態で、足が震えている状態で、先の特訓を再開する。

 今度は横から、東郷がバケツの中の石をぶち撒けてくれた。

 

(さっきより、落とせた石の数が増えたのは、偶然なのか)

 

 横方向から飛んで来る小石を、シルバーランスの触腕に見立てて手刀で落とす。

 10、20、と叩き落されていく小石。

 さっき試した時と比較して、2~4倍の数の小石を落とすことができていた。

 

 ジープマラソンのお陰で余計な力、余計な体力が抜けてくれたからだろう。

 "余計に体を動かしている余裕がない"という本能的な思考が、竜児の動きから無駄を省いていった。疲れた体でも使える、余分の無い動きを身に着けていった。

 幾多の小石が落とされる。

 けれども、竜児の目標とするラインにはまだ届いていない。

 

(ここに、壁があって、越えられない……!)

 

 また落とせずに、いくつもの石が竜児の額にぶつかった。

 痛みをこらえる竜児の姿を見て、東郷は躊躇う。

 護国思想に支えられているとはいえ、これ以上の痛みを彼に与えていいのか? と、東郷は迷ってしまった。

 

「もう一回お願い、東郷さん!」

 

 だが、本気で頑張っている男の子に、そう言葉をかけるのは、逆に失礼であると思えた。

 

「くぅっ」

 

 大日本帝国海軍を思わせる過酷な訓練。

 大日本帝国陸軍を思わせる悲惨な修練。

 その果てに、竜児はとうとう膝をついてしまう。

 心は負けていないのに、体が先に屈してしまったのだ。

 

 竜児の心は負けたくないと叫んでいるのに、体がついていっていない。

 それを見た東郷は、"もう休んでもいい"ではなく、"ここで負けてほしくない"と思った。

 世界を、この国を守るために頑張っている竜児の心に、愛国の輝きを見たからだ。

 

「立ちなさい! 立って! 貴方は"戦艦武蔵の最期"を知っているはずよ!」

 

「―――!」

 

 1944年10月24日、シブヤン海にて戦艦武蔵は戦没した。

 武蔵を沈めるまでに米軍達が叩き込んだ攻撃、実に魚雷20本、爆弾17発、至近弾20発以上。

 沈んだ船でありながら、不沈艦の偉名を欲しいままにしたという。

 そう、何度痛めつけられても、戦艦武蔵は踏ん張ったのだ。

 

 東郷が同年代に戦艦武蔵の話をすると、「あ、戦艦好きなんだ」「いや詳しすぎて引くわ」「女の子の趣味としてはちょっとどうなんだろう」「また愛国ですか」と多種多様な反応が返って来るものの、武蔵についての知識語りが返って来ることはない。

 だが、竜児は違う。

 竜児なら、武蔵の最期と言えば応えてくれる。

 こんな短い言葉でも、正しく意味を汲み取ってくれる。

 

 「戦艦武蔵の最期」と言えば、「辛くても諦めるな」という意味で通じる、それが大和魂だ。

 竜児は立ち上がり、また石の雨に向かっていく。

 

「ぐああああっ!」

 

 弾ける石の数がまた増えたが、また多くの石が竜児に当たってしまう。

 壁をあと少しで越えられそうなのに、越えられない。

 竜児は意志の力で立ち上がるも、あまりにも情けない自分に涙した。

 頑張っているのに、結果が出ない。

 時間がないのに、成果が出せない。

 東郷に手伝ってもらっても、進歩していけない自分が悔しい。

 自分への情けなさで、小さな雫が目から溢れた。

 

 そんな竜児を、東郷が叱咤する。

 

「その顔は何! その目は何!? その涙は何!

 貴方の涙で、奴が倒せるの!? この世界を救えるの!?」

 

「―――っ!」

 

「貴方は、ウルトラマンの技の礎となり、世界を救うのよ!」

 

 その叱咤が、残り少ない時間で奇跡の体得をしようとしている竜児の心に、熱いモチベーションを注ぎ込んでくれた。

 まだやれる。

 まだ頑張れる。

 

「頑張ります、東郷さん!」

 

「よろしい! それでこそ、国防を担う大和男子が一翼!」

 

 特訓が始まってから、既に三時間が経過していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 修行は夕暮れ時にまで続いた。

 

「復唱!

 苦しいこともあるだろう。

 言い度いこともあるだろう。

 不満なこともあるだろう。

 腹の立つこともあるだろう。

 泣き度いこともあるだろう。

 これらをじっとこらえてゆくのが、男の修行である!」

 

「苦しいこともあるだろう。

 言い度いこともあるだろう。

 不満なこともあるだろう。

 腹の立つこともあるだろう。

 泣き度いこともあるだろう。

 これらをじっとこらえてゆくのが、男の修行である!」

 

「これ、私はお友達あまり居ないから、一度言ってみたかったの」

 

「言いたかっただけかよ!」

 

「いいえ、言いたかっただけではないわ。これは立派な男の修行なのだから!」

 

 太陽が沈みきるまで、もうそんなに時間もない。

 竜児は結局、朝から日が沈むまでの時間にずっと、休みも取らずに特訓に打ち込んだ。

 もう何時間石にボコボコにされているかも分からない。

 

 竜児はこんなにも長い間特訓に付き合ってくれた東郷に感謝を。

 東郷はこんなにも長い間特訓に打ち込んでいる竜児に敬意を。

 それぞれ、密かに胸の中に抱いていた。

 

「熊谷君は、まだやる気満々ね」

 

「体はもう限界だけどね。でも、心だけはどんなに無茶をしても壊れないから」

 

 竜児は小石を叩きすぎてボロボロになった指先に、テーピングを始めた。

 

「貴方は、銃弾のような益荒男(ますらお)ね」

 

「銃弾……?」

 

「心が熱く、硬い。

 熱い火薬の爆発、それを制御する機構、どこまでも真っ直ぐに飛んで行く銃弾。

 銃弾が敵を砕いても、銃弾の方は砕けない。

 熱さがあって、それを理性で制御できて、どこまでも真っ直ぐな男でよろしい」

 

「え、いや、そんな」

 

「貴方の鋼の強さは、日本男児の名に相応しいわ」

 

 東郷の竜児に対する理解は、広くはないが深いものになった。

 夏凜ほど広い理解でも深い理解でもないが、それでも彼女は彼の一面を理解する。

 頑固で、心に決めたことを揺らがさず、心の根底に熱いものを持つ。

 それはある意味、東郷の心根に通ずるものがあった。

 特訓を通して、東郷と竜児の間には、不思議な共感が生まれつつあったのである。

 

 竜児は指のテーピングを終えて立ち上がる。

 東郷はその手を見て、少し目を見開いた。

 何故そこまで固める必要が? と思ってしまうほどに、ガチガチに固められていたのだ。

 少年の両手は、テーピングで手刀の形にガッチリ固められている。

 この状態で転べば、最悪骨を折りかねない。

 

「もう手は要らない。僕は二つの手を捨てて、二つの刃を得た」

 

「その身を刀とする覚悟、というわけね」

 

 絶対にライトニングスラッシャーを体得するという決意。

 今の自分に手刀以外の手は要らない、という意志表示。

 不退転の覚悟の現れであった。

 

「熊谷君。貴方は大日本帝国海軍・坂井三郎の逸話を再現することを目指しましょう」

 

「坂井三郎……伝説の15対1……」

 

 二人の間に余計な説明は要らない。

 坂井三郎と言えば十分に通じるのである。

 

 坂井三郎と言えば、大戦時の日本の戦闘機パイロットだ。

 撃墜され、右目の視力を失い左目も極端に視力が低下し、半身に痺れまでもが残ってしまい、軍を辞めろとまで宣告された。

 が、なんやかんや軍に残って硫黄島の空戦に参加し、15機の敵戦闘機に包囲されたが、その包囲攻撃を突破して生き残ったと伝えられている。

 そう、坂井三郎は、絶望的な包囲攻撃を突破して生き残った男なのだ。

 

 この逸話に関しては諸説あるが、それは一旦置いておこう。

 東郷が竜児に求めているものはただ一つ。

 15の敵に囲まれようと生き残る、護国思想の強さだ。

 それを今ここで見せろと、東郷美森は言っているのだ。

 

 ちょうど、時刻は夕暮れ時。

 飛んで来る小石も、坂井三郎の目のように見えにくくなっている。

 目に頼れないこの時刻にこそ、竜児が最後の壁を超えるためのきっかけがあった。

 

 この夕暮れ時にこそ、竜児は未だ越えられていないその壁を、越えなければならないのだ。

 

「僕に、国防を体現しろと?」

 

「貴方ならできるわ。きっと」

 

 竜児が構える。

 こんなに薄暗くては、もう目だけには頼れない。

 耳を、肌を、第六感を、総動員して石の位置を察知しなければ、叩き落とすことなど不可能。

 

「愛国ッ!」

 

 そして、東郷が叫び小石の詰まったバケツをぶちまける。

 何度目かも分からない、横方向へと降り注ぐ石の雨。

 右の手刀が振るわれる。

 左の手刀が振るわれる。

 二つの手刀が流麗に動く。

 

 東郷が繰り返した無茶振りと、竜児の脳内でメビウスが繰り返した指導の言葉が、今この瞬間、竜児の中で噛み合った。

 石の全ては手刀に落とされ、竜児の体に当たったものは一つもない。

 少年少女の特訓は、ここに一つの完成を見た。

 

 

 

「―――体現したわね。国防を」

 

 

 

 東郷が満足げに頷き、感嘆の声を漏らす。

 竜児はウルトラマンとしての感覚と、自分の意識を完全に同調させ、動いた。

 それは、竜児がウルトラマンの肉体を完全に操作するために必要な、第一歩であった。

 

「……ふぅ」

 

 疲れ果て、その場に座り込んでしまった竜児の横に、東郷の車椅子が歩み寄る。

 東郷は優しく微笑んで、頑張った竜児の頭を撫でてやった。

 泥と汗と小石の欠片で、汚れに汚れた竜児の髪を、東郷は"男の子だなあ"と思いながら優しく撫でる。

 

「よく頑張りました」

 

「と……東郷師匠……!」

 

「貴方のその努力、その意志。私が必ず未来に繋げてみせる」

 

 今、ただ一人残っている勇者として。東郷は凛と美しい表情を浮かべた。

 東郷はこの修業結果がウルトラマンの方に転送されている、と思っている。

 神樹にそう説明されたからだ。

 だから、竜児の戦いはここで終わりだと思っている。

 

 彼女は勇者だ。

 今、ただ一人だけ戦える状態にある勇者だ。

 だからこそ、"竜児の頑張りを未来と勝利に繋げられる勇者"は今自分しかいないと考えている。

 東郷は奮起していた。

 ここから先、頑張るべきは自分だと考えていた。

 

 これまでも、今日も、これからも。

 東郷は竜児と一緒に戦って行くのだが、当人がそれを知ることはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 よく頑張りました、という一言は、竜児の心にクリーンヒットしていた。

 

(じーんと来る)

 

 頑張って頑張って、最後に成功して、そういう風に褒められるとちょっとクラっと来る。

 誰だってそうだ。

 男の子と女の子ならなおさらそうである。

 ただ、竜児はその言葉に、彼だけの感情を抱いていた。

 

(でもそれは、東郷さんにも言われるべき言葉だったはずなんだ)

 

 聞いた話によると、東郷が記憶を喪失している勇者として活動していた時期のことは、何も無かったということになっているそうだ。

 大赦が家族にすら口止めして、総掛かりの口裏合わせをしているそうだ。

 だから誰も、東郷が鷲尾だった頃の話をしない。

 してくれない。

 彼女が前世代の勇者だった頃の頑張りに、「よく頑張りました」と言ってくれていない。

 

 それどころか、大赦は記憶喪失につけ込み東郷を今の戦場に放り込んだ。

 戦いを終えた鷲尾須美に、大赦は「よく頑張りました」ではなく、「これからももっと頑張ってくれ」という対応をした。

 「よく頑張りました」は東郷にこそ必要なのだと、竜児は考える。

 だから彼女の褒め言葉に、竜児は申し訳ない気持ちを感じてしまっていた。

 

『君は頑張っている。今日も頑張った。

 他人と比べて自分を卑下しても、きっといいことはないよ』

 

 メビウスは竜児に、もっと自分の頑張りを認めてあげていいんじゃないか、と暗に言う。

 

(僕が大赦の命で見張っていた間、彼女は全然弱さを見せなかった。

 苦しさを理由に他人にすがりつかなかった。

 車椅子になって、相当苦しかったろうに。

 他人と努力量を比べるのはどうかってのは僕も思うけど、僕はまだ努力が足らない気がする)

 

 いーやまだ足りない、と竜児は更に頑張る気配を見せている。

 

『君がスペースビーストを研究してまで、記憶を操作する技術を求めるわけだ』

 

 メビウスが内側で呆れた声を出す。

 竜児のこの感情を言葉で説明することは難しいだろうが、これだけは言える。

 東郷は、竜児が頑張る理由になってくれる人の一人なのだ。

 その関係性が友人でなく、仲間でないとしても、そこは変わらない。

 

 竜児は東郷から離れ、校舎内を見回る。

 学生達もちゃんと自分で帰れるなら、何も言うことはない。

 だが帰宅を怠けるようなら話は別だ。

 自力で帰宅できない人間は、竜児が家まで運んでいくしかないだろう。

 

 竜児は学校内を見回り、そこまで重症な者が居ないのを確認して、少しほっとして―――ふらふらとしている、夏凜を見つけた。

 

「夏凜」

 

「ふわぁあ」

 

 暇な時間があれば鍛錬をしているような夏凜が、ただ怠けて時間を無為に使っているのが、何も頑張ろうとしていないのが、見ているだけで心苦しい。

 

「君は、ずっと優秀な兄と比べられてて……それで」

 

 天才の兄、三好春信が居て。

 その兄と比べられてきた努力の妹、三好夏凜が居て。

 二人をずっと前から見守ってきた、熊谷竜児が居て。

 竜児が今の夏凜を見て抱いてしまう想いは、彼だけが感じるものだろう。

 

「勇者として頑張って、兄と比べられない自分になるんだろ? 凄い夏凜になるんだろ?」

 

 努力家を怠けさせるということは、努力家の価値を否定するということでもある。

 

「……春信さんも、僕も、そんな夏凜を……」

 

 竜児は、続く言葉をぐっとこらえて、誓うように彼女に言った。

 

「ちょっと待ってて。頑張り屋の君を、必ず取り戻してくる」

 

「別にいいのに」

 

 竜児は夏凜を家に帰した。

 自分も帰ろうとしたところで、竜児は友奈を見て複雑な表情をしている東郷を見つける。

 自分も夏凜の前でああいう顔をしていたのかな、と竜児は自分を省みる。

 

「何も頑張らないで怠けてるだけの姿なんて見たくない友達がいると、辛いね」

 

「……ええ。本当に……本当に、辛い」

 

 強制された怠けというのは、それ単体ではギャグのようにしか見えないが、実際は人格と尊厳の陵辱に近いのかもしれない。

 頑張り屋に対して効果が発動しているなら、なおさらに。

 竜児の内と、東郷の内で、ふつふつと戦意が沸き立つのが目に見えるようだった。

 

「家まで送るよ」

 

 竜児と東郷の間には、特訓によって育まれた共感があった。

 友人に対する想いという点でも、二人の間には共感がある。

 その共感が、東郷に対し最近まで踏み込むことをしなかった竜児に、彼女を家まで送ることを提案させていた。

 

「では、エスコートのお手並み拝見ということで」

 

 ふふっ、と笑う東郷。

 友奈を連れて帰路につく東郷を、竜児はちゃんと家までエスコートした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 竜児は帰って、すぐに寝た。

 特訓で消耗した体力を急速に回復するためである。

 その判断は正しかったが、運の悪いことに、バーテックスが襲撃に選んだ時間はその日の深夜の十二時だった。

 

『リュウジ君! 起きて! 敵襲だ!』

 

 竜児の睡眠時間は五時間といったところか。

 熟睡には足りないが、休息には十分過ぎる。

 竜児は完全に回復した状態で、メビウスブレスを擦ろうとして……敵が襲って来ているのに、樹海化の兆候が全く現れていないことに気が付いた。

 

「え? 樹海化が、起きてない?」

 

『樹海化の気配はないみたいだ。でも、シルバーランスは結界を突破しかけてる』

 

「……本調子はまだまだ遠そうだね、神樹様」

 

 少年の手に汗が滲む。

 どうやら今回は、樹海化抜きで街を守りながら戦わなければならないらしい。

 シルバーブルーメの融合体に対して人の街を守る防衛戦など、一部のウルトラマンが身構えてしまいそうな案件であった。

 

「いや、でも、この時間に戦いが始まるなら運が良い。

 シルバーランスの力のせいで、皆怠けに怠けてる。

 この時間なら、市街地での戦闘を避ければ誰にも気付かれずに戦闘を終わらせられそうだ」

 

『そういえば、街に光がほとんど見えないね』

 

「……電気がもう足りなくなってきてるんだよ」

 

 深夜の十二時、しかも電灯が電気不足でほとんど点いていないのならば、シルバーランスの襲撃自体を隠し通すことも可能なはずだ。

 光の無い闇夜の下に、竜児は一人で駆け出して行く。

 メビウスとの融合で強化された目は、闇夜の中でもよく見えていた。

 

『戦う前に、一つ約束してほしい』

 

「何を?」

 

『シルバーブルーメに、人を誰も殺させないこと。

 ウルトラマンの仲間を、もう誰も殺させないこと』

 

 わざわざシルバーブルーメを名指しして、メビウスは竜児に頼み込んだ。

 かつてシルバーブルーメに大切な人を根こそぎ奪われたウルトラマンレオの弟として、メビウスにも何か譲れない想いがあるようだ。

 竜児はその想いを汲み取った。

 

「分かった。約束する」

 

『ありがとう』

 

 誰も死なせない。例え、相手がシルバーブルーメであったとしても。

 

「『 見せてやる、僕らの勇気を! 』」

 

 炎のように吹き上がる光に包まれて、少年は巨人の姿へと変わった。

 

「『 メビウーーース!! 』」

 

 風のように空を駆け、街に一直線に突っ込んで来るシルバーランス。

 光のように空を飛び、シルバーランスに飛び蹴りをかまそうとするメビウス。

 二人は街の上で激突し、飛び蹴りを触腕で防いだシルバーランスは、海上まで吹っ飛ばされた。吹っ飛ばされはしたものの、シルバーランス自体に傷は全く付いていない。

 街を守るように、海沿いの大通りにてメビウスは立つ。

 

(本当に樹海化が無い。流石に無理か、今の神樹様じゃ)

 

 突如、伸びる一本の触腕。

 それは人を殺す意志。

 突然、メビウスが飛ばす一つの光刃。

 それは、人を守る意志。

 ガンマンの抜き撃ちのようにいきなり放たれた両者の攻撃は、空中で衝突して相殺された。

 数秒、両者は海岸線を挟んで睨み合う。

 

 その数秒で、背の高い建物の上に東郷が落ちて――跳んで――来る。

 勇者の装備の一部であるリボンを使い、巧みにここまで登って来たようだ。

 足の動く勇者と違って、ここまで登るには相応の苦労があったことが窺える。

 

「ウルトラマンメビウス……」

 

 竜児は愛国のウルトラサインを見せた。

 東郷のみがさらりと読める感じの文字列。

 "僕の手に乗ってほしい"。

 "そこから敵を撃ってほしい"。

 そういった意図が、手の上のウルトラサインから伝わった。

 

「乗って、撃つ? ……分かったわ。私が貴方の砲台になればいいのね?」

 

 巨人が差し出した手の上に、東郷が寝そべる。

 巨人は彼女の体を優しく握り締め、体の自由度を保ちつつ、腰辺りを固定する。

 

「行きましょう。この美しき国を守るために!」

 

 東郷アーマーアクティブ、と言うべきか。

 メビウスアーマーアクティブ、と言うべきか。

 とにもかくにも。仲間を装備品として扱う、対シルバーランスフォーメーションが、海上の戦場に向かい飛翔した。

 

 

 

 

 

 巨人と、円盤生物の鹿が飛翔した。

 

 海から跳ねた水飛沫が、東郷の頬に当たる。

 触腕に当たり跳ねた東郷の銃弾が、シルバーランスの頬に当たる。

 着弾の衝撃が、シルバーランスの頬を浅く欠けさせた。

 

「メビウス、もう少し速度を上げても大丈夫よ。この相対速度なら、まだ当てられる」

 

 巨人は海面に触れるか触れないか、という位置取りで海上を滑るように飛ぶ。

 抱えた東郷を落とさないように、抱えた東郷を揺らさないように、シルバーランスの触腕と溶解液をキレのある飛行で回避する。

 

『いい腕だ。こうして近くで見ると、ジョージさんを思い出すよ』

 

(昔の仲間?)

 

『ああ。その銃口を僕は頼りにして、信じていたんだ』

 

(なら僕も、この銃口を頼りにして、信じてるのかもしれないね)

 

 上下左右前後、あらゆる方向に飛び回る縦横無尽の立体空中機動戦。

 メビウスが東郷に気を遣い、東郷は与えられた状況から最善の射撃を撃ち放つ。

 東郷からすれば精密射撃でもなんでもない、されど間違いなく精密射撃である銃弾が大気を切り裂いていった。

 

 メビウスに迫る触腕の一本が、狙撃弾の一つに弾かれ軌道を逸れる。

 数十本の触腕の合間を抜けて、シルバーランスの額を狙撃弾が撃ち抜く。

 "敵の動きを先読みしての偏差射撃"が児戯に見えるほどの巧緻の極みだ。

 十発撃って一発がシルバーランスの体に当たる、くらいの命中率ではあるが、ハイペースで引き金を引く東郷の攻撃は十分にダメージを通している。

 

(やっぱり、遠距離攻撃なら僕が撃つより彼女が撃つ方が正確だ。

 切断力や破壊力なら僕でも彼女の上を行けるが、それだけでしかない)

 

 東郷はシルバーランスの顔面を執拗に撃ち続ける。

 今また、銃弾の一つがシルバーランスの眼球を撃ち抜いた。

 身体強度がさほど高くないシルバーランスの、特に柔らかい眼球だ。怪獣が悲鳴を上げる。

 バーテックスの傷はあっという間に再生するが、眼球であれば再生完了までおそらく二十秒はかかるだろう。

 

 二人はそうと意識しないままに、心を合わせる。

 少年と少女が心を合わせる。

 竜児と美森が心を合わせる。

 ウルトラマンと勇者が心を合わせる。

 大事な友達を怠け者にされた怒りと、それを抑える冷静さを、ズレなく合わせる。

 息を合わせて、攻め立てていく。

 

(このまま、奴を倒しきれる位置まで追い込む!)

 

 シルバーランスは四国の東、四国の西、四国の上空と様々な場所を飛び回る。

 メビウスはシルバーランスから四国を守りつつ、シルバーランスを追い立てていく。

 怪獣は人を殺すために。

 巨人は人を守るために。

 ただ、飛び回る。

 街に光はなく、街に人影はない。

 怪獣と巨人の勇者の戦いを見ている一般人は、誰も居なかった。

 

 そんな中、夜空の下で引き金を引く東郷美森は、巨人の手の中で人知れず息を飲む。

 

「―――」

 

 綺麗だった。

 文明の光がない夜の景色も。

 夜空の星光も。

 闇夜に輝くウルトラマンの残光も。

 全てが綺麗で、美しくて、その宙空を飛んでいる自分が、同じく綺麗なものであるかのように感じられた。

 

(なんでだろう。私、ワクワクしてる)

 

 空高く飛ぶ。

 風よりも速く、流星のように空を舞う。

 どんな対価を払おうとも、東郷の勇者の力では再現できないほどに、速く空を飛ぶ。

 避けて、飛び、海面スレスレを飛び抜けて、空の天井近くまで飛び上がる、その繰り返し。

 

 少女の胸は高鳴る。

 もっともっと高く(TAKE ME HIGHER)と、ウルトラマンに贅沢なお願いをしてしまいそうなくらいの興奮と、抑えきれない胸の熱。

 少女の体を固定してくれるウルトラマンの優しい手と、空を高速で舞う豪快さが、東郷の胸中に初めての感覚をかき立てていた。

 

(こんなにも高い空を。

 ウルトラマンに抱えられて、空気を切り裂いて飛ぶ。

 私が、光になったかのよう……まるで、赤と銀色の流星みたいに)

 

 夜空を切り裂く、巨人と勇者の光の流星。

 

(今は、自分の足が動かないことも、装備を足代わりにしていることも、忘れてしまいそう)

 

 東郷美森に、地を自由に駆けさせてくれる足はない。

 けれども今は、空を自由に翔けさせてくれる翼があった。

 ウルトラマンが、彼女の翼になってくれていた。

 

(素敵)

 

 勇者システムは、勇者の精神状態に直結している。

 東郷の精神状態は少なからず彼女の射撃能力に影響を出し、その能力を引き上げていた。

 四国の人々を狙うシルバーランスは、徐々に四国の人々を狙う余裕を失い、巨人と勇者の猛攻に防戦一方となっていく。

 

(よし、いい感じに誘導できた。

 あとは東郷さんを守る球形バリアを作って、それから……)

 

 ライトニングスラッシャーを叩き込む、と思考したその瞬間。

 シルバーランスが、吠えた。

 半透明の全身、鹿の体、クラゲの頭、垂れた触腕の全てを震わせ、吠えた。

 

 四国全体に向けられていた怠け放射能の能力が、一点に収束されて巨人と勇者を襲う。

 特殊放射能の効果を特殊放射線として一本に束ねて発射する、一種のガンマ線バーストにも似た攻撃だった。

 ぐらり、と巨人と東郷の体が揺れる。

 

(うっ)

 

「あっ」

 

 巨人の怠け耐性、精霊三つ分の護りを貫通して、二人を怠けの力が襲う。

 一瞬でやる気が萎え、戦意が消え、二人の心が強引に怠けさせられ始めた。

 

『気をしっかり持つんだ!』

 

 メビウスの声で、竜児の方は踏み留まる。

 だが数秒、数秒間の隙を見せてしまった。

 その数秒で、東郷を手元から叩き落されてしまう。

 

「きゃっ!?」

 

 叩かれた衝撃で東郷の意識は半ば飛び、前後不覚に陥った東郷の足を触腕が掴んで、下方向に投げ飛ばした。

 ここは四国の上空。

 投げ落とす場所を選べば、東郷の体を突き刺す金属製の建物なんて、いくらでもある。

 精霊が勇者を守ろうとしても、シルバーランスの触腕の腕力を考えれば、東郷の落下死及び即死は確実だ。

 シルバーランスは、東郷を触腕で握り潰さず投げ落とした。

 

 追わなくていいのか、とウルトラマンに言っているかのように。

 

(―――しまった!)

 

『罠だ! でも追うんだ! それ以外に道はない!』

 

 竜児が投げ落とされた東郷を追う。

 そして、シルバーランスは東郷と竜児の間に割って入る。

 東郷を追いたいという焦りと、目の前のシルバーランスへの対応で、巨人の思考は一種のパニックに陥ってしまった。

 シルバーランスの狙い通りに、行動の選択を迷ってしまった。

 

 敵をちゃんと倒してから追う? 間に合わない、東郷が死ぬ。

 敵を無視して東郷を追う? 無理だ、触腕の間はくぐり抜けられない。

 邪魔する敵を倒すことと、東郷を助けること。

 二つの行動目標を両立する方法は一つしかなくて、竜児はパニックに落った思考を深呼吸で沈静化させ、自分の中にある思考を一本化する。

 

 撃つしかない。今ここで、あの特訓を経て完成した、ライトニングスラッシャーを。

 

『リュウジ君、ライトニングスラッシャーは―――』

 

 敵に突っ込む竜児の目は、落ちる東郷だけを見ていた。

 シルバーランスも予想していなかったことだろう。

 メビウスも予想していなかったことだろう。

 竜児は集中した。

 たった一つのものだけを見て、たった一つのことに集中し、たった一つに全てを懸けた。

 

 竜児にはもはや、眼前のシルバーランスすら眼中にない。

 メビウスのアドバイスすら眼中にない。

 全集中力を一点に集め、東郷と特訓した一日の感覚を体に蘇らせる。

 

 前回の戦いで竜児をタコ殴りにした触腕数十本が、一斉に巨人に群がった。

 巨人の視界を埋め尽くすほどの数。

 巨人の腕に力で勝てるほどの腕力。

 速度を落として一本一本丁寧に切り捨てるんだ、と心の中でメビウスが叫ぶ。

 

「邪魔だッ!」

 

 対し竜児は―――減速を一切しなかった。

 

 メビウスブレスを擦り上げ、両の手に光を纏って光の手刀を構築する。

 減速無し、最高速度で触腕の群れに突っ込んで行く。

 自殺行為だ。

 また触腕にタコ殴りにされ、今度は殴殺されてしまうのか?

 知るか、とばかりに竜児は更に加速して、流星の如く突貫していく。

 

 切り捨てる。

 突き抜ける。

 切り捨てる。

 突き抜ける。

 落ち行く東郷と、東郷を助ける過程で邪魔になるものだけを見て、一直線に東郷の下へ。

 

 横から見れば、巨人がただすれ違ったように見えただろう。

 地上から見れば、数十本の触腕が全て切り裂かれたのが見えただろう。

 上から見れば、巨人が東郷しか眼中になかったのが分かっただろう。

 

 "東郷を助けるのに邪魔だ"という強烈な意志をぶつけられ、シルバーランスは触腕の全てを切り捨てられ、すれ違いざまに切り刻まれる。

 そして巨人は、地表ギリギリの位置で優しく東郷をキャッチした。

 

「あ……あっっぶねっ! あの勢いで落ちたら、どうなることかと……!」

 

『ナイスキャッチだ!』

 

 優しく、東郷を地上に降ろす。

 

「……メビウス」

 

 東郷が呟き、巨人はゆっくりと頷いた。

 巨人の後方少し離れた場所の、広い開発予定地に切り刻まれたシルバーランスが落ちる。

 何もない裸の地面、開発予定ゆえの空白の土地で、切り刻まれたシルバーランスが蠢いていた。

 

(封印の儀を……私一人で)

 

 ここから東郷は封印の儀をしなければならない。

 いつも皆でしている封印の儀を、一人でしなければならない。

 でなければこの敵は倒せないからだ。

 勇者はもう、東郷一人しか残っていないからだ。

 

 少しの不安が首をもたげた。

 なんかもういいかなやらなくて、と東郷の思考が怠け始める。

 さっきの怠け攻撃の影響が残っていることに気が付き、東郷は慌てて首を振る。

 気弱になったらそこで終わりよ、と思ったその瞬間。

 

「東郷さん!」

 

 頼りになる声が聞こえて、頼りになる仲間達の姿が見えた。

 

「皆!」

 

 やる気がなさそうな顔をして、それでも駆けつけてくれた仲間達が居た。

 

「ああ、面倒臭い、面倒臭い……でも、仲間を見捨てられるわけないでしょーが!」

 

 風には、生来持つ活動的な心、能動的で熱さを秘める精神性、部長として皆を率いる責任感があった。

 

「やる気しないよ、遊んでたいよ……でもきっと、何もしなかったら、後で苦しいよ」

 

 仲間を見捨てて何もしなければ、きっと後で後悔する。

 そんな恐怖が、後悔はしたくないという気持ちが、樹を突き動かす。

 

「んぎぎ……あー、さっさと終わらせて、さっさと帰るわ! ダルい!」

 

 "本当に素直じゃない"子だ。

 "素直に怠けたい"だろうに。

 "本当は素直になりたい"のだろうに。

 竜児と学校でした会話のせいで、夏凜は素直になれなくなってしまっていた。

 

「どんなに気が乗らなくたって、友達の大ピンチを助けないなんて、そんなの! 絶対無理!」

 

 そして友奈は、勇者に最も必要な資質を見せる。

 その姿は、創作物語の勇者が時に語るような、『私は死にたくないけど世界のために死ななくちゃいけないのなら、私は死ぬ』という主張にどこか似ていた。

 やりたくない、したくない、だから避けたい。

 でもやる。やってのけてしまう。それが勇者だ。

 

 東郷を含め、勇者は全員が戦える状態ではない。

 今にも寝っ転がりそうな状態だ。

 だが、各々が心に残っていた最後の力を振り絞り、雑巾を叫びながら絞るような気持ちで、最後のやる気を全力で絞り出していた。

 絞り出した気力は、この封印の儀一回で全て尽きるだろう。

 あと一回、最後の一回、一度きりの封印の儀である。

 

 シルバーランスが立ち上がり、裸の地面を喰らい始めた。

 食らった地面で体を急速に拡大し、100にも届こうかという触腕を形成、開発予定地から四方八方の街へと向けて触腕を伸ばす。

 せめて最後に虐殺を、と言わんばかりに。

 

「『 ライトニングスラッシャーッ!! 』」

 

 やらせるものかと、巨人は飛んだ。

 数千の斬撃が、数千回に渡り触腕を切り捨てていく。

 夜空の背景が、触腕の断片と光の残光に彩られていく。

 シルバーランスを囲む手刀斬撃の結界が、全ての触腕を切り捨てていった。

 

 かくして、怪獣の御霊(カラータイマー)が露出する。

 

(神樹様のメタフィールドがないと、やっぱ技一つとっても火力が出ないな)

 

『でも、これなら行けるはずだ。決めよう!』

 

「ああ! 僕らの光で!」

 

「『 メビューム――― 』」

 

 シルバーランスはあがく。悪あがきして、虐殺を行おうとする。

 またしても怠け放射能を一点集中し、メビウスへとぶつけてきたのだ。

 巨人の中の人間部分、竜児の部分が怠けて、光線発射を途中で止めてしまう。

 怠けて、寝っ転がりたくなってきた竜児の目と、地上の東郷の目が合う。

 心が震えた。

 

(―――僕はいつもこの子を見張って、この子が間違えないように見張っているくせに―――)

 

 いつも見張っていた。

 大赦には、不穏な動きがあれば処理せよと命ぜられていた。

 散華の秘密を知り暴走した場合、彼女は始末される未来も想定されていた。

 大赦は、東郷美森が間違えることを、許さなかった。

 竜児は、その手先となっていた。

 なのに、ここで怠けてしまったら。

 

(―――僕はこの子に見られている今に、情けなく怠ける自分を見せるのか―――?)

 

 東郷に間違った行動を許さないのに、自分は間違った行動をしてしまう、そんな最低で卑怯な人間になってしまう。

 それだけは、駄目だった。

 そんな自分は、許せなかった。

 歯を食いしばり、竜児は十字の腕から必殺を放つ。

 

「『 ―――シュートッ!! 』」

 

 光線は怪獣のカラータイマーを撃ち抜いて、建物の合間を抜けて、地平線の彼方へ。

 水平線の上を通り過ぎ、怪獣が消滅するのに合わせて消えていく。

 破壊された三つ目の御霊が、消え行く光の粒子となって、街の中へと降り注いでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日、朝。

 

 神樹は竜児の記憶は事後にいい感じに処理する、ということを東郷に説明していた。

 おかげで竜児がウルトラマンとして怪しまれることは、今後ないだろうと考えられる。

 が。

 東郷視点、どのくらい夢になっているのか、どのくらい記憶が整理されているのか、という塩梅はまるで分かっていなかった。

 

 全部忘れているのか、全部夢だと思っているのか、現実の特訓だと覚えてはいてもウルトラマンや怪獣を現実のものだと認識できていないのか。

 竜児の記憶状態を、東郷はまるで想像できていなかった。

 なので、朝に廊下で竜児と出会ってしまった時、東郷はどう接したものか困ってしまう。

 

「おはよう、結城さん、東郷さん」

 

「おはよう、熊谷君」

 

「おはようございます、熊谷君」

 

 困ってしまって、会話を友奈に全て任せようかとさえ思ってしまった。

 

 そんな東郷の方を、竜児が見る。

 東郷が身構えた。

 何を言われるのか。どこまで記憶が残っているのか。

 想像を巡らせる東郷の前で―――竜児は、大日本帝国海軍を思わせる敬礼をした。

 

「―――」

 

 反射的に、東郷も敬礼を返す。

 愛国の敬礼。

 それが通じるのなら、記憶がどうなっていたとしても些事だと、そう思えたのだ。

 きっと彼は、私が信頼して車椅子を任せられる彼のままだと、東郷は思った。

 

 竜児と友奈&東郷はすれ違い、少女二人はクラスに向かう。

 

「よく頑張りました」

 

 竜児とすれ違った直後、東郷の背後で誰かがそう言った。

 東郷はその言葉が自分に向けられた気がして、振り返る。

 振り返っても、車椅子を押す友奈以外には誰もいなかった。

 

 万感の思いが込められた『よく頑張りました』であった気もしたけれど、それを言った誰かの顔が見えなくて、東郷はよく分からない心持ちになる。

 でも、悪い気持ちはしなかった。

 その『よく頑張りました』には、いたわるような響きがあったから。

 

 

 




友奈「……あっ」(抱っこされて運ばれたことを今思い出した友奈ちゃんUC)


 三体撃破。鷲尾なら半分(三話)終了、一期なら五話の一斉攻撃が始まった辺りです

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