時に拳を、時には花を   作:ルシエド

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第四殺一章:バラージの青い石

 竜児達の二年三組は今日も平和である。

 夏がクソ暑いこと、校舎の空調が全体的に調子悪いことを除けば、特に血なまぐさいことが起こりそうな気配も無かった。

 バカっぽいことが起こりそうな気配はあったが。

 

「その昔、左乳首と右乳首の間の距離を測るTシャツがあったことをご存知だろうか」

 

「おい誰かこのヒルカワを吊るせ」

 

 実在します。

 服の上に黒い点と決まった長さの線が引いてあり、左右の乳首に黒点を合わせてシャツを購入すると、シャツの上の黒線と数字が乳首間の距離を表示しているように見えるというユニークTシャツだ。

 乳首間距離測定専用のユニークツールであると言えよう。

 ヒルカワは夏服の前を空け、ヒロトと竜児に下に着ていたシャツを見せつけた。

 シャツには乳首間距離が記載されている。

 

「オープン!」

 

「オープンじゃないが」

 

 どうしてクラスメイトの、それも男子の乳首間距離を知らねばならないのか。

 決定的に嬉しくない。

 

「女子の場合はこれどうなんだろうな。

 乳首の直線距離で測るのか。谷間の曲線も込みで見ないといけないのか」

 

「知らねっす」

 

「けっ、俺達の遊びの誘いを最近断り気味じゃねーかリュウさん。

 そんなご身分で言えたタチかよ。友達やめちまうぜ。スネちまうぜ」

 

「世界一嫌なスネ夫くんになりそうだなぁ……」

 

 ヒルカワの台詞を翻訳すると、こうだ。

 最近一緒に遊んでなくて寂しいぜ!

 このシャツ面白いだろ! 笑え!

 女子にばっか構ってないで男の俺達とも馬鹿やろーぜ!

 である。

 翻訳には、ちょっとしたコツがいるのだ。

 

 そんな竜児の制服を、冷ややかな表情の夏凜が掴んで引っ張る。

 

「ちょっとリュージ、さっさと行くわよ。馬鹿に構ってるだけ無駄でしょ」

 

 ヒルカワが眉をピクリと動かす。

 鞄から山のように乳首間距離測定シャツを取り出し、ヒルカワは夏凜に雪崩の如く投げ込んだ。

 

「おい三好、お前ならどのシャツがサイズぴったりなんだ!?」

 

 シャツを見て、ヒルカワを見て、発言の意図を理解して、夏凜の顔が真っ赤に染まる。

 目にも留まらぬ右ジャブがヒルカワの顔面に突き刺さった。

 

「あ、あああああああんたねえっ!」

 

「どうどう夏凜。落ち着いて夏凜。ナイスパンチ夏凜」

 

「離せリュージ! ここでこいつを……討つッ!」

 

「いいぞやれやれー」

「やっちまえ三好さーん!」

「明日から出席番号が一つ少なくなりそう」

「ぶっ殺せー!」

 

「無責任な煽りは檻の中の夏凜が興奮するのでお控え下さーい!」

 

 一発で気絶したヒルカワに追撃しようとする夏凜を、竜児が背後から羽交い締めにする。

 こんなでも自制心があり、からかわれても滅多に手を出さない夏凜に手を出させるとは、ヒルカワのナチュラル煽り力は凄まじい。

 

「ステイ、夏凜ステイ、ステイ」

 

「前々から思ってたのよ。この友人関係はリュージの教育に悪いわ!」

 

「僕の教育を気にしてくれるのは嬉しいけど気にする義務ないからね夏凜には!」

 

「あんたの人間関係と周辺関係をいい感じに精算してあげる……!」

 

「いけない! 夏凜のツインテールが怒髪天を衝いてる! 怪我人が出るぞ!」

 

 夏凜がぎゃーぎゃー騒ぎ、竜児が羽交い締めにしている内に、ヒルカワは気絶から復帰した。

 

「ううむ、いと痛し。

 つか前から思ってたんだけど、リュウさんと三好って付き合ってる系?」

 

「いや、僕らはそういうのじゃないけど」

「何? 媚び売ってんの? ズレてんのよあんた」

 

「三好、俺と付き合ってみない?」

 

「「 !? 」」

 

 クラスの中に精神的な電流が走った。

 

「正気!? あんたさっきあたしに何したか覚えてる!?」

「へいへい夏凜その拳を収めるんだ。ヒルカワ君正気かよ」

 

「でも、世の中にはマゾの女っているし……

 いじられたり責められたりで気持ちよくなってるっていう砂粒ほどの可能性に賭けた」

 

「微粒子レベルも存在しないわよそんな可能性!」

「素粒子レベルで存在してないと僕は思います」

 

「可能性に賭けるのは悪いことか? 大切なのは諦めないことだぜ」

 

「こいつ……!」

「文字だけ見れば真っ当っぽいことを……!」

 

 仮にも告白だというのに、クラスの中に広がったのは甘酸っぱい空気ではない。

 ギャグの空気であった。

 

「つか何? ヒルカワ、あんた私のこと好きだったの?

 告白されてここまでときめかないシチュエーションとか初めてだわ……」

 

「いや、可愛けりゃ誰でもよかった。リュウさんに自慢したかっただけだから」

 

「夏凜、やれ。僕が解禁する」

「ええ。勇者部、ファイトー!」

 

 ヒルカワはまた窓から投げ捨てられるのであった。

 

 話の流れを見ているだけだったヒロトが、夏凜に語りかける。

 

「お疲れ様三好さん。

 でもさ、ヒルカワの言ってたことで一つだけ、ちょっと共感できたのもあったわ」

 

「は? なんかそれっぽいのあった?」

 

「三好さんとリュウさん付き合ってんじゃないのってあれ」

 

 ヒロトが問うて、竜児と夏凜は揃って否定する。

 

「「 いや、ないない 」」

 

 ハモった。

 

「僕らが付き合うとかなったら、『デートの時間が面倒臭い』とかにまずなる」

 

「あーそっか。私も勇者部の活動と鍛錬があるからそんなことに使ってる時間無いわ」

 

「僕も勉強とかバイトとか色々あるからなあ。ちょっと今は他のことに使える時間が……」

 

「見えたわね、未来に至る関係の道筋。破局は不可避だわ」

 

「グッバイ夏凜」

 

「さよならねリュージ……」

 

「基本のノリが凄いなこの二人」

 

 まあ付き合ってはないんだろう、とヒロトは思った。

 中学生なんて仲の良い男女がいれば「付き合ってるんだろー?」と無神経に首を突っ込み、その男女の間柄を崩壊させ、恋愛事にはなんだって興味を持って行く恋愛猿が基本である。

 そういう目から見ても、この二人に付き合ってる感はなかった。

 ヒルカワが窓から投げ捨てられてからほどなくして、教室に出て行ったはずのクラスメイトが戻って来る。

 

「たーすーけーてー、熊谷君! 夏凜ちゃん!」

 

 結城友奈であった。

 すわ何事か、と竜児と夏凜が身構えると、逃げ込んで来た友奈に少し遅れて東郷がクラスに入って来る。

 

「東郷さんが私の食事制限しようとするの!」

 

「最近の放課後の間食はちょっと油断しすぎよ、友奈ちゃん」

 

「もっとのびのびとした教育方針でお願いします!」

 

「駄目よ、友奈ちゃんのためにならないわ」

 

 竜児と夏凜の眉の形が、同時にハの字になった。

 夏凜が肘で竜児の脇を小突く。

 なんとかしなさい、と無言で言ってくる。

 竜児が肘で小突き返す。

 無茶言いなさる、と無言で返答した。

 

「東郷さん、ここでちょっと小話を」

 

「聞きましょう。偉大な日の本の国の話ですか?」

 

「ちゃいます」

 

「そうですか。続けて」

 

「『愛の南京錠』というのがありまして。

 その昔、イタリアで『君が欲しい』という恋愛小説が流行りました。

 それの影響で、

 "ミルヴィオ橋の街灯に南京錠をかけると永遠の愛が得られる"という流行ができました」

 

「ふむふむ」

 

「ところが2006年後半に始まったこの流行、2007年4月に終わってしまいました。

 永遠の愛を求めて、南京錠をかける人が多すぎたんです。

 愛の重さは、街灯でさえ支えられなかった。

 街灯は南京錠の重さで折れてしまい、その後VR街灯や代替鉄街灯などが建てられたのです」

 

「ほぅ」

 

「よいですか東郷さん、僕は思うのです、重い愛は相手の体に良くないと」

 

 美森は微笑む。

 愛は重いのが普通ではないかしら、と東郷は微笑みだけで語っていた。

 口は開かない。

 

「これも友達の愛の鞭だと思って受け取って?

 あ、そうだわ。熊谷君、ここ一週間で何を食べたか教えてくれないかしら」

 

「「 逆効果ぁー! 」」

 

 竜児と友奈は逃げ出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 竜児は図書室に逃げ込んでいった。

 図書室にはいつだか樹に仕事を押し付けていた一年生が居て、竜児が入って来るとビクッとし、頭を下げてきた。

 どうやら反省して、真面目にやっているらしい。

 竜児も頭を下げて、適当な本を本棚から一冊抜き取り読み始めた。

 

『大変だね』

 

(距離感がね……大赦もそろそろ、僕をこの任から外すことを考えてるんじゃないかな)

 

『え、本当に?』

 

(勇者と距離が遠ければ、バレにくい。

 勇者と距離が近ければ、手に入る情報の確度が増す。

 メリットとリスクの問題だね。

 あんまり勇者と親しくしすぎると、僕を外したがる大赦の人はいると思う)

 

『それはまた、難しい問題だ』

 

(東郷さんのアレは何か変な本でも読んだのかなあ。

 なんかそれっぽい気がする。あんまり距離は詰めないでほしい)

 

『でも君は、あの子と親しくなれること自体は、喜ばしいと思ってるんだよね』

 

(……)

 

『本当に大事な時は、その心に従うんだよ』

 

 何もかも、変わらずにはいられない。永遠なんてどこにもない。

 竜児は変わっていく。

 勇者もまた変わっていく。

 神樹の寿命も終わりが近付き、バーテックスは何百年も進化を続けている。

 永遠はなく、誰も彼もが変わっていく運命にあった。

 

『その本は何?』

 

(漫画日本書紀)

 

『漫画かぁ、僕もちょっとは読んだことあるよ』

 

(やっぱ日本の神話が基本だね。

 特に国譲りの流れとかは暗記しておきたいところだ)

 

 竜児は本をぺらぺらめくり、メビウスとだらだら語り出した。

 こういうメビウスとの益体もない会話も、竜児は結構好きだったりする。

 

(僕らは神様を祀って、神様と戦ってるから。

 神様の取り扱いを間違えないように予習しておかないと)

 

『そんなに大事な知識なのかな』

 

(ええと、ほら。

 メビウスが地球から離れて、二百年後に地球に来たとする。

 その頃に、地球人がウルトラマンの言葉を覚えてたら、嬉しく思わない?

 逆に地球人がウルトラマンのことをすっかり忘れていてしまったら、辛くない?)

 

『それは……確かに』

 

(神様に礼儀を示すために必要なものくらいは、覚えておかないといけないのさ)

 

 "神婚"や"奉火祭"なども、使うかは分からないが手順だけ覚えておいて損は無い。

 知識はあって損は無いのだ。

 思わぬ知識が役に立つこともある。

 竜児はペラペラと漫画をめくって、日本の神話に時たま見られる、許しを請うている漫画の一ページを見て。

 

 何かが、頭の中でカチリとハマった。

 

「―――ヘラクレスだ」

 

 融合しているメビウスにも、竜児が何を思考したのかは分からない。

 が、あまりにも明確で強烈な感情の動きが、メビウスにまで"バーテックスに対する憤り"を伝えてしまっていた。

 

『どうかしたのかい?』

 

(次の敵次第で、面白い仮説が立てられるかもしれない)

 

 この仮説が実証されたなら、敵の傾向が読めるかもしれない。

 竜児の胸が高鳴った。

 人の叡智が、バーテックスの攻略に役立つ。

 それが嬉しい。

 それが楽しい。

 竜児はウキウキで、図書室の本をいくつか選んで借りようとして、受付に向かう。

 

「らっしゃーせー!」

 

 そして、いつの間にか受付の席を乗っ取っていた犬吠埼風を見て、ずっこけた。

 

 その掛け声は図書室で使う言葉じゃないでしょう、と言おうと思ったが、何かとんでもない超理論が飛んで来る気がしたので、やめた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 犬吠埼(いぬぼうざき)(ふう)

 難読漢字姉妹の姉。

 讃州中学勇者部の創設者にして、部長でもある。

 校内外問わず人助けの活動を行っていて、どこからの評価も高い勇者部であるが、それゆえに部長として――部の看板として――表に立つ彼女は、特に個人としての周囲評価が高い。

 

 勇者部の少女達の中で、彼女は異質な面を一つ持っている。

 それは、彼女が復讐者であるということだ。

 

 前世代の勇者達の戦い……『空海全壊の合戦』で締め括られた戦いにおいて、犬吠埼姉妹の両親は回復の見込みの無い昏睡状態に陥った。

 事実上の死体、と見られてもおかしくないほどに。

 それ以来、姉妹はずっと二人だけで過ごしてきた。

 

 風の最初の戦う理由は、『復讐』である。

 そのために勇者候補になった。

 そのために大赦の指示で讃州中学に転校もした。

 そのために勇者部を作り、勇者の資質を持つ少女を黙って部に集めた。

 そして、勇者に選ばれた。

 何も知らない部員の仲間達と一緒に、勇者になった。

 全ては、大好きだった両親を害したバーテックスに復讐するために。

 

 文字列だけで見れば、犬吠埼風の行動原理は冷たく無慈悲な復讐者である。

 だが、大赦に渡された書類に書かれた暗いバックボーンとは裏腹に、本人は極めて明るく前向きで、快活を絵に描いたような少女であった。

 

 だが、それも当然だろう。

 復讐心と優しさは別の独立した感情だ。

 優しい復讐者もいる。

 優しさから復讐を諦めてしまう者もいる。

 人助けを好む風の性根と、復讐を望む風の心は、どちらも彼女の内に存在するのだ。

 

 ただし、そういうタイプの人間はいつの時代も存在するが、いつの時代も優しい心と復讐心の板挟みにあう運命にある。

 

「やっ。今日は勇者部皆個別で行動しててね。

 あたしはそこでうちの妹が話してた面白い後輩の話を思い出したのよ。

 うちの樹が男の子のこと、それも先輩のこと話すなんて珍しかったから」

 

「それでわざわざ僕を探して図書室に?

 すみません、変に手間かけさせちゃったみたいで」

 

「詳しくは聞けなかったけど、樹の面倒を見てくれたみたいでありがとう。

 あたしが何か聞き出す前に解決しちゃったみたいだからね。

 懐中時計と鼠の話、聞いたわよ。不覚にもちょっといい話だなーなんて思っちゃった」

 

「恐縮です」

 

 一般人の視点から見れば、勇者部の顔は唯一の一年生である樹ではなく、運動万能の夏凜でもなく、勇者の概念の体現者である友奈でもなく、国防芸人の東郷でもなく、部長にしてリーダーである風となるだろう。

 あれだけのメンツを纏めている風のリーダーシップは推して知るべし。

 さっきまでクラスで濃い勇者三人と絡んでいた竜児からすれば、あのメンツをしっかりまとめ上げているというだけで驚嘆に値する。

 

 皆を引っ張る行動力があり、それなりに落ち着いて判断できる冷静さもある。

 仲間全体を見る視点の高さも、仲間に慕われる人望の厚さもある。

 愉快な人で落ち着きのない性格のようにも見えるが、唯一の三年生として、一線を引くべきところではちゃんと一線を引いている。

 やや暴走しがちな者が多い勇者部チームにおいて、勇気の突撃と冷静な様子見のバランスが取れるリーダーの存在は、決して軽いものではなかった。

 

「そういえば、犬吠埼先輩とこうして一対一でじっくり話すのは初めてでしょうか」

 

「そうねー。名前は覚えてた気がしたけど。評判の二年生の知恵袋、って」

 

「僕も評判の勇者部部長、という覚え方をしてました。あとは台風の擬人化とか」

 

「あの評価あたし気に入ってるけど、あんま流行らないのよね」

 

「実際会話しないと実感できないんですよ、台風の擬人化って」

 

 普段真面目なツラして時々爆発する東郷と違い、常時一定の激しさと自由気ままなテンションの高さがあるのが風だ。

 ハリケーンに美少女のツラを貼り付けてる、とか言う人間もいる。

 さもありなん。

 キラリ、と美少女ハリケーンの目が光った。

 

「あなたの秘密、私知ってるわよ」

 

(―――)

 

「隠し事があるでしょう。勇者部の誰も知らない、貴方と夏凜だけの秘密」

 

 バレた、と竜児は思った。

 風の眼光は鋭い。

 竜児と夏凜だけの秘密、それも風がこんなにも重大そうに語るといえば、それは竜児がウルトラマンであるということ以外にはありえない。

 

(驚いた。

 勉強面で特に優れていなくても、聡明な人だとは思っていたけど。

 まさか、こんなにもあっさりと、僕が大赦の人間だったことを気付かれていたなんて)

 

 判断力と洞察力を大赦にも評価されていた風だが、まさかここまでの領域に達していたとは、竜児は予想すらしていなかった。

 

(この学校での、これまでの生活も終わりか……)

 

 諦めの表情を浮かべていた竜児が、"そうです。僕がウルトラマンです"と言う前に、ニタッと風が笑みを浮かべる。

 

「―――夏凜と、隠れて付き合ってるんでしょ?」

 

「えっ」

 

「え?」

 

「いや全然」

 

「またまたぁ」

 

「その目に眼帯付けてるのかってくらい節穴ですね。勘違いですよ」

 

「!?」

 

 あぶねえ。竜児はそう思考し、背に冷や汗をかいた。

 

(この色ボケクソハリケーンめ)

 

 勘違いで良かった、と風に対して思うべきか。

 何勘違いしてんだ、と自分に対して思うべきか。

 どちらにせよ、今の竜児は相当に危なかった。

 危うく宇宙一アホな理由で正体バレしたウルトラマンになるところであった。

 

「犬吠埼先輩、この手の勘違いは恋愛未経験者にありがちなアレなのでは……」

 

「はい? あたしモテモテだし。勇者部で一番恋愛経験豊富なのあたしよ?」

 

「え、そうなんですか。それは知らなかった……すみません、憶測で適当なことを」

 

「いいのよ。でも今後あたしのことは恋愛上級者として見ておきなさいね」

 

 風は二年生の時、勇者部としてチアの手伝いをしたことで、一人の男子に惚れられたことがあるという。アプローチをかけられた覚えもある。デートに誘われたこともあるそうだ。

 ……以上。

 それだけ。

 風の恋愛経験終わり。これだけである。

 こんなんだが、異性との恋愛話は一応暫定で風が勇者部トップなので、嘘はついていない。

 

 男の手を握ったこともないということと、勇者部一の恋愛経験豊富者(自称)ということは、矛盾しないのだ!

 

「そういえば樹はどう? 可愛かった?」

 

「そこで『何悩んでた』とか聞かないんですね犬吠埼パイセン」

 

「やだ、犬吠埼パイなんていやらしい……」

 

「話の腰を定期的に折らないでください」

 

「樹の悩みが解決してるのはもう知ってるから。

 そこをあなたに樹の知らないところで聞くのはうーん……なんかかっちょ悪くてネ?」

 

「はぁ」

 

「でも可愛いってのは思ったでしょ? 樹だし」

 

 夏凜の話が終わるやいなや、次は樹の話。

 夏凜の話は"関係の確認"という印象を受けたが、樹の話は話題を適度に変えつつ樹の話を引き出すような、なんというか、"探りを入れている"という印象を受ける。

 竜児は察した。

 

「……もしかして、僕が樹さんに色目使ってるとか思ってませんか」

 

「え!? い、いやそんなワケ無いアルよ?」

 

「……」

 

 キョドる風。

 竜児が夏凜と付き合ってないなら、もしや樹に! と思っていたらしい。

 ちょっと踏み込むと、『貴様ごときではうちの妹に相応しくない!』と言ってきそうな雰囲気があるくせに、探りを入れてくるのは普通に怖い。

 「もう付き合ってます」なんて嘘でも言ったら、「その覚悟を見極めてやる! 決闘よ!」と申し込んできそうな雰囲気すらあった。

 

「だって樹、可愛いじゃない」

 

「犬吠埼先輩も樹さんも可愛さならおんなじくらいじゃないですか。

 他の人と差をつけた色目使う意味ないです。

 僕が色目使ってたとしても、樹さんと犬吠埼先輩には同じくらい使ってますよ」

 

「え、や、やーねもう。お世辞言っちゃってもう」

 

「……」

 

 竜児は樹にも色目使ってないですよ、という意味合いで言ったのだが。

 

 "樹には男子が色目使って当然"と思ってるバカ姉なところに突っ込むべきか。

 そのせいで自分にも色目使われてると思ってる風の思考に突っ込み入れるべきか。

 恋愛経験豊富を名乗っておきながら、男子とちょっとそういう話になるとしどろもどろになっているところに突っ込むべきか。

 突っ込んでいたらキリがないので、竜児は沈黙を選んだ。

 

「ごめんね! 樹に良くしてくれた男子登場って聞いて、荒ぶっちゃったみたい!」

 

「僕は大したことしてないんですけどね、マジで」

 

「大事なのは熊谷君がどう思ってるかより、樹がどう思ったかよ」

 

「む」

 

「お姉ちゃんとしては、私のやるべきだったことやってくれてありがとうってわけでして」

 

 風はふっ、と寂しげな顔――映画の俳優が演じる寂しげな顔を風が真似しようとして真似しきれず結果的にコメディアンみたいになった顔――を浮かべた。

 

「そんなに気にしなくても。

 僕がなにかしなくても、犬吠埼先輩が察して解決してたかもですし」

 

「うーん、まあ、でも。

 苦しいって顔と声に出してもらわないと分かってやれない、ってのもどうかと思うしネ」

 

「人間エスパーじゃないんですから、その辺は仕方ないですよ」

 

「でもでも、妹の考えてることなら全部理解してやりたいわけよ。姉だから」

 

「じゃあ、いいんじゃないんですか」

 

「ん?」

 

「姉が理解を示そうとしてくれてるんです。

 肉親としてはこれほど嬉しいことないんじゃないですか?

 だって何打ち明けても、何相談しても、理解してくれる姉なんですから」

 

 こういう姉を見ていると、兄弟が欲しくなってくるのが竜児の悲しいサガである。

 ウルトラ兄弟みたいな兄弟が欲しい、みたいな余計な欲望も最近は増えた。

 姉妹に対し心底羨ましそうにしている竜児の言葉を受け、風は納得した様子を見せる。

 

「そっかー。そういう考えもアリか」

 

「妹の全部を知る気はなくても、できれば全部に理解を示す気はある。

 そういう身内が居てくれるなら、必要なことは全部いつか話してくれますよ」

 

 なるほどなるほど、と風は頷く。

 そして首を傾げる。

 このノリ、どっかで見たことがあるような? と、風は不思議な既視感を覚えていた。

 

「……あれ? なんか君、前にどっかで会わなかったっけ」

 

「同じ学校ですから。勇者部の活動で何回か顔合わせたじゃないですか」

 

「いや、そういうのじゃなくて……もっと何かこう、ふわっとした感じに」

 

「それで僕が何か思い出せたらエスパーじゃないでしょうか」

 

「エスパーになぁれっ」

 

「急に可愛らしい声を出してきた!?」

 

 エスパーにはなれませんでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《 カイザードビシ 》

《 ガーゴルゴン 》

《 フュージョンライズ! 》

 

《 ドビシゴルゴン 》

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 エスパーになれれば、敵の襲撃も予想できるのに。

 まあそこはなれないので仕方ない。

 新たなる怪獣型バーテックスの襲来に、勇者と巨人は力を合わせて戦っていた。

 

 四体目のバーテックスは虫の女王。

 ウルトラマンと同サイズでありながら、その醜悪な姿は西暦の映画エイリアンを思わせ、気持ちの悪い虫を二足歩行生物へと無理矢理寄せたような、生理的嫌悪感があった。

 虫が苦手な東郷はたいそう嫌な顔をしている。

 竜児は左手にメビュームブレードを発生させ、ドビシゴルゴンへと唐竹割りに振り下ろした。

 

(切り裂け!)

 

 縦一直線の斬撃を、ドビシゴルゴンは甲殻で覆われた両腕で受ける。

 僅かに光の剣が食い込んだところで、飛び込んだ友奈がメビウスブレスの側面を殴った。

 

「勇者っ、パーンチ!」

 

 殴られた分押し込まれ、二人分の力が怪獣を両断する。

 光の剣に切り分けられた怪獣の体は左右に分かれ、真っ二つになった。

 

「やったか!」

 

 そして、真っ二つになった体が、体積1/2の二体の怪獣に変化した。

 

「分裂した!?」

 

 二体の怪獣はウルトラマンを挟み撃ちにして襲いかかる。

 そこに夏凜が飛び込み、二体の怪獣の眼球を深く深く切り裂いた。

 

「見たか! 私の超ファインプレー!」

 

 悶える怪獣。

 巨人はメビウスブレスに手を添え、引き出した光を両の手の手刀に纏った。

 

「『 ライトニングスラッシャーッ!! 』」

 

 二刀流の連続斬撃。

 二つの手刀が二つの敵を真っ二つにする。

 

「やったか!?」

 

 そして、敵は四体に増えた。

 

「げっ」

 

 怪獣は光線を吐き出し、メビウスはバック転でそれを回避する。

 怪獣四体は一斉にメビウスへと襲いかかろうとして、四体になって1/4になった体格で、樹が張り巡らせた糸に足を引っ掛けた。

 ブービートラップにどこか似た、視認しづらいが強靭な糸。

 それに足を引っ掛けて転んだ怪獣達は、笑えるくらい隙だらけだった。

 

「今です!」

 

 樹の作ってくれた隙に、メビウスは∞の字の光を描く。

 

「『 メビュームシュートッ!! 』」

 

 そして、必殺光線で横一文字になぎ払い、四体の怪獣はまとめて焼き払われた。

 巨人と勇者のコンビネーションも、中々に板についてきたようだ。

 誰かが隙を見せればカバーし、誰かのチャンスにはサポートし、攻防共に巧みな連携ができるようになってきている。

 

「やったか」

 

 舞い上がる噴煙。

 光線の余波が怪獣達の死体を隠す。

 これで倒せていたならば、楽な話で終わったのだが。

 煙の中から、無数の光線とエイリアンの口のような触手が飛んで来た。

 

「危ない!」

 

 巨人を狙ったそれを、東郷の狙撃と風の大剣が叩き落とす。

 煙の中から、八体の分裂怪獣が現れた。

 

「何こいつら、攻撃しても数減らない上、分裂して……」

 

「風先輩、今レーダーで敵の位置と総数を確認し……ま……えっ……?」

 

 東郷はレーダーを見て、目を見開いた。

 レーダー内の敵の数が加速度的に増えていく。

 8体。16体。32体。64体。128体。256体。512体。1024体。2048体。

 4000体を超えたところで、勇者システムのレーダー機能がオーバーロードを起こし、敵の総数は数えられなくなった。

 

「う、わ」

 

 勇者と巨人が、揃って絶句する。

 誰にも数は測れていないが、敵総数5万5千体。

 ドビシゴルゴンの体重はガーゴルゴンと同じ5万5千トンであるため、一体ごとの体重が1トンに達する2mの敵が実に5万5千体。

 目眩がするような、勇者よりも大きい小型怪獣の群れだった。

 

「散開中止! 皆集まって!」

 

 これはマズい。

 そう思って皆に陣形を組ませた風が、大赦から伝えられていた注意事項を思い出す。

 『神樹にバーテックスが一体でも触れた時、神樹は折れ、世界は終わる』。

 風の顔色が、さあっと青くなった。

 

 5万5千の怪獣が散る。

 散って、各々が神樹を目指し走り始めた。

 

「―――止めろぉぉぉぉぉぉッ!!」

 

 津波。

 小型怪獣の津波だ。

 地平線の全てを埋め尽くして余りあるかもしれない、そう思えるほどの怪獣の波濤。

 樹海を傷付ける意志は見せていないのに、樹海の全てが怪獣の波に飲み込まれていく。

 

「こいつ、神樹様への攻撃特化型よ! 全部潰してっ!」

 

 巨人も勇者も、それを迎撃しようとした。

 だが願いは叶わない。

 小型怪獣にも身長で負ける勇者達は、怪獣の津波に飲み込まれてしまった。

 

「きゃっ!」

 

 樹は怪獣を何体も切り裂いたが、何十体も仕留め損ない、何百体という怪獣の突撃によって地面に転ばされてしまう。

 一体が倒れた樹の両腕を押さえる。

 一体が倒れた樹の両足を押さえる。

 そしてもう一体が、よだれを垂らした大きな口で、樹の喉を醜悪に食い破ろうとした。

 

(え、嘘、やだ)

 

 精霊の力を強引に押しやり、気色の悪い口を伸ばして、樹の喉に迫る怪獣の口。

 

「や、やだっ! こないでぇ!」

 

 その敵の全てを、間一髪で間に合ったメビウスが握り潰した。

 メビウスは樹を拾い上げ、半泣きの樹がメビウスの指にすがりつく。

 

「あ、ありがとうっ!」

 

 メビウスは頷く。

 他の四人も拾い上げ、飛んで後方に下がったまでは良かったが、そこで怪獣達が気持ちの悪い目を一斉にメビウスへと向けた。

 巨人は手で少女達を守り、自身も屈んだが、怪獣が目から放った光線が目に当たってしまう。

 

(ぐっ、うっ、右目が石化した……!?)

 

『リュウジ君!』

 

 顔を抑えて膝をつく巨人。

 巨人の守りがなくなった少女達にまで、怪獣達はその眼を向けた。

 怪獣の眼が石化させる光を放ち、勇者達を精霊が守る。

 精霊の守りは石化の光をなんとか遮断してくれていた。

 

「石化させちゃう能力!? 牛鬼、お願い頑張って!」

 

 この小型怪獣の一体一体に、石化の魔眼が備わっている。

 ……勇者に精霊が付いていなければどうなっていたことか。ゾッとする話だ。

 この怪獣の固有能力は、分裂と石化。

 巨人と勇者の混成チームは、それを思い知らされていた。

 

 メビウスがメビュームスラッシュを放つ。

 敵怪獣が何体も弾け飛ぶ。

 だが、数は減らない。

 

(ダメだ! 僕らの技じゃ、大味過ぎる!)

 

『敵が小さすぎて、多すぎるんだ。しかも僕らを狙っていない……!』

 

 竜児は過去にメビウスとの会話で自分が言ったことを思い出す。

 

―――僕が天の神なら、ウイルスサイズのバーテックスをまず作るね。

―――次にコガネムシくらいのサイズで鉄を食いちぎれるバーテックスを量産する

―――極論だけど、大きくて殴りやすいってのは長所であると同時に弱点だから。

―――一説によれば人間はマンモスを狩り尽くしたらしいけど、ゴキブリは根絶不可でしょ?

 

 竜児が過去に、メビウスに言ったことだ。

 過去の少年の発言は、回り回って少年の下に帰って来た。

 それも、最悪の形で。

 小さくて、多くて、強い。このサイズ差は絶望的だ。

 

「封印の儀すれば、どっかに弱点の御霊出るでしょ!」

 

 巨人が足で敵を踏み潰し、勇者が必死に数を減らす中、夏凜が一人で驚異的な速度の封印の儀を執り行う。

 

「封印の儀、完了! ……なんで出ないのよ! 御霊!」

 

「決まってんでしょ! この中のどれか一体に出てるのよ! それを探すしかないってこと!」

 

「な……何体いると思ってんのよ!」

 

 けれど、それも無駄で。

 御霊が出ても、どこに御霊があるのかすら分からない。

 この津波のどこに御霊を見つけられる?

 どうやって御霊が出ている個体を見つける?

 これは、無理だ。

 

『夏凜、樹さんにこういう形状の作らせて!』

 

(どういうの? テレパシーで説明されても、形状だと説明失敗するかもしれないわ)

 

『大丈夫。口で説明できる。そんな難しい構造じゃない』

 

 竜児は必死に戦いながら、テレパシーで夏凜に指示を送る。

 

「樹、こういうのできる?」

 

「や、やってみます! 木霊(こだま)!」

 

 そして夏凜の指示を受け、樹が精霊と共に動き始めた。

 精霊が常識を超えた存在であり、その力を借りられるとはいえ、ウルトラマンの残り活動時間でどこまで出来るだろうか。

 怪獣の津波は、相も変わらず神樹に向かって突き進む。

 そんな中、健全な足をただ一人持たない東郷が、立ち回りをミスしてしまった。

 

「あっ」

 

 銃を盾として構える東郷。

 襲いかかる無数の怪獣。

 メビウスが東郷を助けるべく手を伸ばすと、東郷に噛み付こうとしていた怪獣がウルトラマンの指先へ噛み付いた。

 巨人の指先がぐじゅぐじゅと、小型怪獣の口に噛み砕かれていく。

 

(うううううう、痛い、痛い、痛い!)

 

『頑張って!』

 

 噛み砕きながら口をどんどん深くに押し込み、指の中深くまで噛み砕いてやろうとする怪獣を、巨人が掴んで握り潰す。

 人の爪と肉の間にカミキリムシが入って来て、そこの柔らかい肉をグジュグジュ噛み千切りに来たと例えれば、きっとその痛みが一番近いだろう。

 

「いぎッ」

 

 東郷を助けたと同時に、地面から跳ねてきた小型怪獣が右脇腹に噛み付いてくる。

 左の太腿に噛み付いてくる。

 巨人の強靭な皮膚を食いちぎり、ドビシ達はウルトラマンの皮膚の下に入って来た。

 

「『 ライトニングスラッシャー! 』」

 

 東郷を安全な場所まで運んで、竜児は東郷との特訓で身につけた技を発動。

 腹の中を動き回ろうとするドビシと、足の中を動き回ろうとするドビシを、皮膚ごと手刀で刺し貫く。

 切り裂かれた傷口から、切り潰された小型怪獣の死体がポロリと落ちた。

 

「ウルトラマン!」

 

 東郷の悲鳴が上がる。

 勇者達が助けようとするが、間に合わない。

 ドビシの津波が、明確な殺意をもってメビウスに群がった。

 

 怪獣に覆い尽くされる巨人。

 バリボリ、グチャグチャ、ブチブチと鳴り響く嫌な音。

 ドビシゴルゴンの群れはメビウスの全身を覆い尽くし、全身を噛み砕いていた。

 

「ぐ、あ、あ゛ッ゛、ああああッ!!」

 

 竜児は引き剥がそうとするが、数が多すぎる。

 激痛だけが積み重なって、どうしようもない状況が続いてしまう。

 

「ウルトラマンを……食ってる……!?」

 

 思わず目を逸らしたくなるような光景に、勇者は唇を震わせた。

 

『リュウジ君! 全身に光を巡らせて、全身で光をスパークさせて―――』

 

 メビウスが全身から光を放つ名も無き技を教えて対応させようとするが、その行動を予測していたらしいドビシゴルゴンは、噛みつきもほどほどにしてメビウスから離れる。

 そして噛み付いていた無数の個体で一斉に、メビウスに石化光線をぶち当てた。

 

「―――ッ!!」

 

 左目を残した顔全体、胴体の三割、片足、右腕が石化してしまう。

 一体一体の石化光線はウルトラマンの全身を一発で石化させるほどのものではなかったが、数を集めることで恐るべき脅威となっていた。

 そして、残る左目を噛み潰そうと、ドビシの一体が飛びかかってくる。

 

(舐めんなこんにゃろう!!)

 

 そう簡単に諦めるか! と意地を見せる竜児の頭突きが、飛んで来たドビシを真っ向から叩き潰した。

 ここはなんとか切り抜けたが、マズい。

 片腕が石化してしまったせいで、メビュームスラッシュも、ライトニングスラッシャーも、メビュームシュートも使えない。

 更には、カラータイマーまで点滅を始めてしまった。

 

(あと、一分……!)

 

 どうすれば。

 どうすればいい。

 一体の敵を足止めしても、その間に千の敵が前に進む。

 十体の敵を倒しても、その間に万の敵が神樹に迫る。

 一体でも通してしまえば、最悪神樹様が折れてしまうというのに。

 ドビシの一体一体は勇者がタイマンで勝利できる程度の強さであるだけに、数の暴力の恐ろしさが極まっていた。

 

「で、出来ました!」

 

 だが、希望はまだある。

 精霊の助力を得た樹は、なんと一分で竜児の期待に応えてくれていた。

 樹が作ってくれたものを、巨人の手が掴み取る。

 

(ありがとう、樹さん!)

 

 そして、投げた。

 勇者の力の全て、精霊の力の全てを注いで作ったそれは、超巨大な『投網』。

 大量の魚や虫を捕らえるために使われる投網の、小型怪獣捕獲バージョンだった。

 

『そうか! リュウジ君、君は―――』

 

「メビウス! あんたまさかそれ―――」

 

 神樹に向かって突き進む怪獣達へ、メビウスが投網を投げる。

 それは怪獣達の筋力を考えればほんの数秒で千切られてしまう強度でしかなかったが、数秒間でも怪獣の群れが一箇所に集まってくれるなら、竜児にはそれで十分だった。

 投網で一箇所に集めた怪獣に、メビウスが抱きつく。

 

「『 メビュームダイナマイトッ!! 』」

 

 そして、自爆した。

 

 耳をつんざく轟音に、大気を震わせる大爆発。

 攻撃を食らうたび分裂し、しまいにはこんなにも細かく多くなってしまった分裂怪獣。

 ならば、死体が残らないほどまでに跡形もなく粉砕すれば、爆焔の熱で焼き尽くしてしまえば―――竜児はそう考え、実行に移したのであった。

 

 

 

 

 

 巨人の派手な自爆攻撃に、風は感嘆の声を漏らす。

 

「くぅ、また派手な爆発ね。こんだけしなきゃ倒せない敵だなんて……」

 

 対し夏凜は、絶望を噛みしめる顔をしていた。

 

「風、あんた今の見てなかったの?」

 

「え?」

 

「全然死んでないわよ。メビウスの自爆は完全に予測されてて、対応されていた」

 

 夏凜の声に応じるように、メビュームダイナマイトの爆煙の中から、無数のドビシゴルゴンが這って出て来る。

 

「あいつら、メビウスが自爆する前に一斉に石化光線を撃ったのよ。

 メビウスの全身は石になって、敵に抱きついてる前面部分は特に硬くされて……

 メビウスの自爆は、硬化したメビウス肉体前面を軽く粉砕した。

 前面は砕けただけだから怪獣へのダメージは半減してしまったわ。

 爆発力のほとんどは、軽く硬化しただけのメビウスの背面を爆砕するのに使われてしまった」

 

 それは、メビウスの自爆技を知っていたとしか思えない動きだった。

 全身を石化し、かつ前面を硬く、背面を硬くしなかった。

 それによって、メビュームダイナマイトの威力をウルトラマンの背面に流した。

 網で一纏めにされ、メビウスに抱きしめられていた状態からの対応としては、この上ないほどに完璧な対応だった。

 

 それでも大ダメージを与えられたのは、流石は樹海で強化されたメビウスといったところか。

 メビュームダイナマイトはドビシゴルゴンの群れに大ダメージを与えた。

 大ダメージを与えただけだった。

 本当なら、これで倒せていたはずだったのに。

 

「メビウスが前に、別のやつに自爆技を使ったからだわ。

 個々の怪獣型バーテックスがウルトラマンを研究して、学習して、対策してるのよ!」

 

 夏凜が叫び、歯ぎしりする。

 バーテックスには知能がある。

 知能があるということは、学習するということだ。

 竜児が学習を繰り返し、その知識を使って、戦いや人間関係で上手くやれる自分を作っていったのと同じように。

 人と、同じように。

 

 そして、メビウスは自爆したものの、自爆後の再生は一向に始まっていなかった。

 

「もしかして、自爆の途中にも石化させられたせいで、再生できないんじゃ……」

 

「―――」

 

 樹の想像に、勇者が揃って背筋をゾクりとさせる。

 このままメビウスが再生しなかったら、まさか、本当に、と。

 

「……奴らを倒せば、ウルトラマンの石化も解けるはず。

 石化が解ければ再生はまた始まるはず。

 きっとそうよ。そう簡単に、あいつがくたばるわけ……くたばるわけないわ」

 

「夏凜、落ち着きなさい。怖い顔してるわよ」

 

「……そんな顔してないわよ!」

 

「夏凜だけじゃなくて皆も落ち着きなさい。

 あたしも冷静とは言えないけど、勝手に突撃して死んだら許さないわ!」

 

 夏凜だけに見えているものがあり、夏凜だけが抱いている恐怖があった。

 風は暴れる心を抑えつけ、浮足立って焦り始めた勇者達に釘を差す。

 友奈は現状を噛み砕くと、慌ててその辺りに落ちていた小石を――メビウスだったものを――拾い集め始めた。

 

「じゃ、じゃあまずメビウスの破片拾い集めて一箇所に集めないと!」

 

「友奈ちゃん、そんな壊れた石膏像の修理をするみたいな……」

 

 少々マズい。

 石化され、自爆し、粉砕した後戻れないというのなら、それは死だ。

 ウルトラマンの死が、勇者達の中に少なくない動揺を生んでしまっている。

 このまま戦って、神樹を守りきれるとは思えない。

 

 そんな勇者の状態を……バーテックスは、全く気にしていなかった。

 ドビシゴルゴンは、ウルトラマンの行動を先読みして予測していたが、勇者の思考と状態を読み取ろうとはしていなかった。

 有り体に言えば、舐めていたのだ。

 甘く見ている。勇者は過小評価されている。

 

 ドビシゴルゴンはメビュームダイナマイトで死にかけた個体を吸収し、一回り大きくなった状態で撤退していく。

 まるで、"ウルトラマンを倒したなら撤退してもいいだろう"とでも言っているかのように。

 "脅威はウルトラマンだけ"とでも言っているかのように。

 "この戦果で十分"とでも言っているかのように。

 

 ドビシゴルゴンは最後のメビュームダイナマイトで食らったダメージを癒やしてから、ゆっくりと神樹を折ろうとしていた。

 自分がゆっくり時間をかけても、もう人間側に逆転の手は無いと考えていた。

 だから時間をかけてもいいと考えていた。

 他のバーテックスと比べても、ドビシゴルゴンは慢心の気が強く見える。

 

 怪我を癒やして、ドビシの群れをしっかり備えて、神樹と結界が崩壊したタイミングで、ドビシゴルゴンの群れが四国の人間を食い尽くす。

 それが、この怪獣の書いたシナリオだ。

 

「! 樹海化が解ける……」

 

「怪獣が撤退したからかな……あ、メビウスの欠片、急いで拾い集めないと!」

 

 樹海化が解ける中、友奈はメビウスの破片を拾い集めようとするが、間に合わず樹海化が解けてしまった。

 樹海と一緒に、メビウスの欠片も消えてしまう。

 

「ああ、一個も拾ってあげられなかった……どうしよう……」

 

「私達が拾っても、どうにかしてあげられたかは分からないわ、友奈ちゃん。

 ……そう、私達でどうにかできるかも分からない。石になって砕けてしまったなんて……」

 

 樹は泣きそうだ。巨人を本気で心配している。

 友奈はうんうん頭を抱えている。勉強が苦手でも、メビウスを必死に助けようとしている。

 東郷は顎に手を当てている。思案するその表情は険しい。

 夏凜は触れたら切れそうな、刃のような様子を見せていた。

 怒っているのか、心配しているのか、顔が怖くて何を考えているのかも分からない。

 

「今考えても、あたし達には分かんないわよ。

 あたし達がどうにかできるかできないか、なんてね。

 だからあたし、一番綺麗なメビウスの欠片、一個持ってきちゃった」

 

「えっ」

「えっ」

「えっ」

「えっ」

 

 そんな四人が、カラータイマーの破片を持った風を見て、ぎょっとしていた。

 

 カラータイマーの欠片は何故か青く、風の手の中でキラキラと輝いていた。

 

 

 




コスモプラックの輝石(メビウス)

●融合捕喰女王 ドビシゴルゴン

・破滅魔虫 カイザードビシ
 聖書に語られるイナゴの群れ、魔王アバドンを思わせるイナゴの集合体怪獣。
 小型怪獣ドビシの集合体であり、地球を覆い尽くし光が届かない状態にするほどの総数を誇っている。
 小さなドビシで地球を覆い、合体して巨大なカイザードビシとなり、地表を攻撃で更地にしていくことができる。
 電波を吸収し、人間の通信機器を無効化する能力も持つ。
 地球を覆いながらカイザードビシを地上で暴れさせる天文学的な数の暴力を見せ、星を超えるスケールの大きさを見せつけた。

・石化魔獣 ガーゴルゴン
 星を渡り、高い戦力を保有した文明ですら一方的に滅ぼしてきた、石化の眼を持つ怪獣。
 その眼から石化光線を発射し、これに当てられた者は生物非生物問わず石化し、エネルギーの全てをガーゴルゴンに奪われてしまう。
 時速三万キロ前後とも言われる大陸間弾道ミサイルを防衛隊が世界各地から発射し、ミサイルによる包囲攻撃を行ったものの、ガーゴルゴンに全て眼で落とされたというシーンも存在する。
 眼を潰されてもすぐに戻るタフな再生能力も持つ。
 怪獣ながら地球基準での『イケメン男子な人間』を好む性質を持ち、ガーゴルゴンが過去に地球の古代文明を滅ぼした時の話が、女怪物ゴルゴンの伝承へと変化したと言われる。

 皇帝(カイザー)から女王になりましたー

※ウルトラマンX最終回構想において、無数のガーゴルゴンが地球に襲来し、地球の人間や怪獣を片っ端から石化させていくという展開があった

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