「鈴仙、れいせーん!」
自分を呼ぶ姫様の声が突然聞こえた。
『はいはい、なんですか?』
「お菓子がきれちゃってるわよ、一つも無いんだけど」
『え、おかしいですね。ちゃんとこの前買い足して……』
……いや、思い出した。
確かに自分はお菓子の備蓄用を買い足した、しかしここ最近永遠亭は妙に来客が多くなっている……特に天魔さんや鬼神さん。
それで菓子類をお出しする頻度が増した為、必然的に備蓄の減りも早くなるというわけだ。
そして気が付けば、備蓄は跡形も無く消え去った、つまりそういうことだ。
『……ちょうど今から人里に行くつもりだったので、何か買ってきますよ』
何か自分で作るのもありだが、実は自分はあまり菓子類は得意ではない。
それならば、人里の菓子屋で買った方が楽だし美味しい。
「本当? じゃあそうね……私あれ食べたい、この前妹紅と食べに行った団子屋のみたらし団子」
ふむ、みたらし団子か……確かに人里のある団子屋さんのみたらし団子は絶品だ。
姫様が食べたがるのも無理はない。
「あ、どうせなら、今度からお月見用のお団子は団子屋さんのを買わない?」
『む、確かにお団子屋さんのものの方が美味しいかもしれませんが、折角イナバ達が一生懸命につくったお団子だって負けてないですよ』
「ふふ、冗談よ冗談。じゃあ気を付けて行ってきてね」
はい、行ってきますね姫様。
いつもの仕事を終わらせ、早速例のお団子屋さんへと向かう。
今の時間帯なら多少は空いてるはずだし、早い所買って帰ろう。
(……あれ、何か騒がしい?)
団子屋さんが見えてきたというところで、店の中から何やら騒めき声がするのに気が付いた。
何事かと思い、少し駆け足で店に近づく。
『すいません、何かあったんですか?』
「あ、薬屋さん。実は……」
店の前にいた人にそう訊ねてみると、その人は視線を店の中へと向けた。
そこには、団子屋の店主が床に座り込んで、右腕を押さえながら何かに悶えている姿があった。
それを店に客として来ていたであろう人々が、心配そうに見ている。
「実はさっき店主が、客に団子を出そうとして足を滑らせたらしくてね。派手に転んだうえ、腕を机の角に思い切りぶつけちまったんだ」
成る程、それは一大事だ。
おそらく店主が悶えているのはその痛みによるものだろう。
そして、すぐさま店主に駆け寄った。
『大丈夫ですか?』
「く、薬屋さんか……情けねぇとこ見られちまったな……あいてて!」
痛みが激しいのだろう、必死に腕を押さえて堪えている姿は痛々しかった。
『すいません、痛いでしょうけど少し触らせてもらいます』
細心の注意を払って、店主の触診をする。
右腕以外には特に目立った外傷はない。
しかし右腕は素人目でも見てもわかるくらい、異常が起こっている。
大きく晴れ上がり、出血をしている。
触ると明らかに骨の形が崩れているのがわかる。
『これ完全に折れてますね』
「……くそぅ、やっぱりそうかい」
悔しそうに言う店主。
それもそうだろう、この団子屋の店主として、団子を作るための腕が片方とはいえ使えなくなってしまえば、それは営業問題に関わる。
『とりあえず応急処置しますね、そのまま力を抜いていてください』
こんな事もあろうかと、常に応急処置用の道具は持ち歩いている。
『今日は娘さんは居ないのですか?』
確かこの団子屋には店主の娘さんも一緒に働いていた筈なのだが、店内には見当たらない。
「あぁ……ちと体調を崩していてな、念の為今日は休ませてるんだ」
『そうですか、では今日のところは営業をお休みした方が良いですね』
店主は当然として、娘さんもダメなら当然お店は回らない。
どうやっても営業を続けるのは無理だろう。
「そうですよねぇ……というわけだみんな、すまないが今日のところはもう閉店だ」
店主がそう言うと、店の中にいたお客は渋々といった様子で帰っていく。
まぁ仕方のない事だ。
残念だが、姫様の頼まれごとも果たせそうにない。
『とりあえず応急処置はしときました、また明日来るので、必要なものはその時に持って来ますね。今日のところは安静に、あまりにも痛みが酷いようなら痛み止め飲んでくださいね』
「あぁ、本当にすまないな薬屋さん。若い頃からあんたの売る薬には助かってるよ。特に二日酔いに効くやつとかな」
さて、どうしたものかと考えながら店を立ち去ろうとする。
何か代わりの菓子を買わねばならないのだが、一体何を……
「たのもー! みたらし団子とやらを沢山我にくれ!」
……すると突然店の入り口が豪快に開かれ、そんな元気で威勢の良い注文が辺りに反響した。
灰色がかかった髪に、白装束のような服装。
頭には烏帽子をかぶったその少女は、渾身の笑顔で店の入り口に仁王立ちしていた。
「……む? 人が全く居らぬが……もしや貸し切りというやつか? もしや我が来るのを見越して既に準備を!?」
『えっと、あの……?』
何やら変な勘違いをし始めている少女に話しかけてみる。
「む、そこな兎の格好を模した奇妙な娘、もしやこの団子屋の店員というやつか? ならば早く我にみたらし団子なるものをあるだけ持ってくるのだ! なに、金なら心配ない。ここ数ヶ月の間『太子様』からのお小遣いをずっと貯めてきたのだ」
『いや、そうじゃなくて……』
少女の変な勘違いは加速していく。
早い所止めなければ後々大変なことになりそうな予感がした。
というか話を聞こうとしないなこの少女。
「あっと、お嬢ちゃん? 俺はこの店の店主なんだが……悪いな、今日のところはもう店終いなんだ。また後日来てくれないか?」
「……はぇ?」
と、ここで店主からの助け舟。
事情を少女に説明してくれた。
しかしそれを聞いた少女は、変な声を出して固まってしまった。
「み、店終い……? ということはなんだ、今日はもうみたらし団子を食べれないという事か……?」
「そうなるな……本当にすまんな嬢ちゃん」
そして再起動した少女は、静かに膝から崩れ落ちた。
「そんなぁ……人里で美味いと評判のみたらし団子なるものを食すため、毎日毎日、大変な思いをしてお手伝いをしてお小遣いを稼ぎ、沢山食べられるように朝と昼の飯を抜いてきてお腹と背中がくっつきそうだというのに……食べれないだと」
『いや、ご飯はちゃんと食べなよ』
そして少女はすすり泣くように、静かに泣き出した。
その姿があまりにも可哀想で、悲壮感が溢れ出していた。
どうやら、余程ここのみたらし団子を楽しみにしていたらしい。
店主もその少女の様子に、困った表情をしている。
(……しょうがないか)
ここで見て見ぬ振りして帰るのは気が引けてしまった。
『店主さん、材料と調理場お借りしても?』
「え? なんでまた……いや、薬屋さんあんたもしかして」
『そのもしかして、ですよ』
先ずは、ボウルに作り置きしてあった団子粉を入れ、水を調整しながら少しずつ投入していく。
程よい弾力性が出るまでそれを手でこねていく。
これで団子はできた。
最も、簡単な自分の知っているレシピによる作り方なので、店主が作る本場のものとは違うだろうが、そこは仕方ない。
一応レシピはお店の企業秘密でもあるだろうし、自分がその秘伝のレシピを知る事は許されないだろう。
次に肝心のみたらし作りだ。
小鍋に醤油と砂糖をそれぞれ大さじ二回入れ、弱火で少し煮詰める。
そして水でといた片栗粉を入れ、火を止めよく混ぜ合わす。
こうしてできたみたらしを、団子にかけるのではなく、みたらしを団子で包んでいく。
包み終わった団子は、沸騰させた鍋の中に入れて茹でていく。
すると次第に団子が浮き上がってくるので、それをざるか何かにあげて完成だ。
『はい、みたらし団子お待ち』
「おぉ待ち侘びたぞ! では早速……ん? 娘よ、肝心のみたらしをかけ忘れているぞ」
『それはどうですかね、先ずは一口食べてみてください』
自分の言葉に、疑問を持ちながらも少女は団子を一つかじった。
「……ぬ、美味い! これはもしや団子の中にみたらしが入っているのか!?」
そして少女はそれっきり無言で団子を平らげていく。
「いやはや、みたらしって団子の中に入れるのもありなんだな。今度それ真似してもいいかい薬屋さん?」
『どうぞお好きに』
……この通り店主の代わりにみたらし団子を作って少女に出したわけだが、残念ながら自分の作るみたらし団子は少女の食べたかった本来のみたらし団子ではない。
しかしあの状況ではそれしか手がなかったわけなので、そこは妥協してほしいと思いながら作っていたのだが、想像以上に少女が美味しそうに食べてくれるので、何とも言えない気持ちになった。
「……ふぅ、ご馳走さま。大変美味であったぞ娘、この『物部布都』、今日食べたみたらし団子の味は一生忘れない事にした! では金はここに置いておくゆえ、我はこれにて失礼する!」
そうして少女は、『今度は太子様も誘おう!』と言いながら元気よく去って行った。
……さて、自分も帰るとするか。
「お帰りなさい鈴仙、お団子は買えた?」
『ただいまです姫様、えっと……私の手作りなら買えましたはい』
「え? 手作りを買ったってどういう事?」