うどんげごはん   作:よっしゅん

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リクエスト4です


半熟玉子のお粥

 

 

 

 

 

「お姉えええさあああああん! 大変なんだよぉ、助けておくれええええ!」

 

(何事!?)

 

 庭で洗濯物を干していたら、以前鬼神さんによって開通した地底に続く穴から、猫耳少女が奇声を上げながら飛び出してきた。

 

「お願いだよ! お姉さんしか頼れないんだ!」

 

『いや、というかどちら様で?』

 

 生憎だが、猫耳を生やした知り合いは一人だけしかいない。

 しかしまてよ……この波長何処かで。

 

「あれ、あたいのことお忘れ? あ、この姿では初めましてだったかなお姉さん」

 

 ……思い出した、確かお燐と言う名の猫妖怪だ。

 以前会った時はずっと猫形態だったので、一瞬気付かなかった。

 

「どうだい、人型のあたいもキュートだろう? ……って、そうじゃくて大変なんだよ!」

 

『どうどう落ち着いて、何が大変なの?』

 

 テンションは元から高い妖怪だが、些か様子がおかしかった。

 

「えっと、どこから話せば良いのかな!? 兎に角あたいと一緒に来て、道すがら訳を話すからさ!」

 

『あ、ちょっと、洗濯物がまだ……!』

 

 しかしお燐ちゃんにグイグイと引っ張られ、文字通り地の底へ引きずり込まれた。

 

 

 

 

(いつのまにか整備されてるし、この穴)

 

 鬼神さんがこの穴を開けて以来、鬼神さんは必ずこの穴から遊びに来るようになった。

 そして穴の中を自分は詳しく見た事がなかったので知らなかったが、中は木材を使用されて舗装されているし、灯りもともっていて普通にちょっとしたトンネルになっていた。

 一体誰がこんな事を……

 

「いやー便利だねこの通り道、この前鬼達が徹夜で作業してたから気になって覗いてみたらなんと、お姉さんの家に繋がってるときた。お陰で直ぐにお姉さんの所に来れたよ」

 

『あぁ、成る程……』

 

 多分鬼神さんが他の鬼達に命じて作らせたのだろう。

 というか大丈夫なのだろうか。

 トンネルのせいで地盤が緩んで崩壊とかしないよねこれ……

 

『それでお燐ちゃん、そろそろ訳を……』

 

「あぁそうだった! 単刀直入いうとね、あたいのご主人様を助けて欲しいんだ」

 

 ご主人様……それはこの前話していた覚り妖怪の主人の事だろう。

 確かこいしちゃんの姉妖怪だったか。

 

「名前は『古明地さとり』。あたいの唯一無二のご主人なんだ……」

 

『ふむ、それで助けて欲しいというのは?』

 

 何か只事ではないかとが起きたのは、お燐ちゃんの様子からして明らかだろう。

 しかし何が起こったのかある程度知っておかねば、対策の立てようがない。

 

「そ、それがね……部屋に行ったらさとり様が……『倒れてたの』」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 お燐ちゃんの証言はこうだ。

 朝、主人の部屋に行くと、いつもはノックの音に反応する主人の声がなく、気になって部屋に入った。

 すると主人は、予想に反して部屋の中にいたそうだ。

 ……白目を向いて、床に倒れ伏している主人が。

 そして何度も呼び掛けても、揺さぶっても、ビンタしても目を覚まさないので、とりあえず自分を頼って来たらしい。

 

「さとり様! お医者さんつれてきましたよ!」

 

『別に私は医者じゃないんだけど……』

 

 どちらかというと医者は師匠だろう。

 しかしまぁ、頼られたからには持ちうる全てを使って助けるつもりだ。

 そんな事を思いながら、お燐ちゃんの案内で地底の立派な屋敷の中へ入り、例の主人の部屋へと乗り込んだ。

 するとそこには……

 

「うっ、うっ……さとり様ぁ。死んじゃったよー!」

 

 何やら大きな黒翼を持つ少女と、沢山のありとあらゆる種類の動物達が、白布を顔に被せられてベッドに寝かされている人型を取り囲んで涙を流しているという、何とも声を掛けにくい状況だった。

 

『……流石に死者蘇生は、無理かなぁ』

 

「さ、さとり様ぁぁぁぁぁぁ!?」

 

 サーッと顔を青くして、主人の亡骸に飛びつくお燐ちゃん。

 

「だからあたい言ったじゃないですか! 流石に三ヶ月徹夜は妖怪でもキツいって!」

 

『何それこわい』

 

 主にそれを実行する精神が。

 

「……ぐふっ」

 

 あ、今なんか聞こえた。

 多分お燐ちゃんの渾身の圧迫プレスにより、生じたものだ。

 というか待って、よく見たら生命反応は普通にしている。

 

『お燐ちゃんストップ、それ以上お燐ちゃんの腕がご主人の身体にめり込んだら色々とマズイから、トドメになっちゃうから』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「過労ね、というか大過労って言っていいくらい酷い状態よ。むしろこのまま逝った方が幸せだろうっていうくらいに」

 

 あの後、病人……病妖を抱えて師匠のところへ連れて行った。

 しばらくして、師匠からそんな宣告がされた。

 

「そ、そんなに酷いのかい……?」

 

「えぇ、普通の人間なら手遅れだったでしょうけど、妖怪なのが幸い……いえ、不幸にもって言うべきかしら」

 

 ふむ、人間で例えるなら、死ぬ程の苦痛なのに死ねないといったところか。

 妖怪なのに人間程しか力がない妖怪、それなのに人間のようには死ねない。

 それは結構な苦痛だろう。

 

「うぅ、ちゃんと休憩というか、寝ろって何回も言ったのに……さとり様のバカぁ」

 

「とりあえず暫くは安静にしとくことね……まぁ、こんな状態に自分からなるような奴に休めなんて言っても無駄でしょうけどね」

 

 何でも、古明地さとりは地底での仕事を全て一人で担っているらしい。

 彼女のペット達も、毎日仕事に明け暮れる主人の事を思って声を掛けたり、手伝おうとするのだが、肝心の主人がそれを拒否するらしい。

 どういう考えでそうしているのかは、本人しか知らないだろう。

 

「はぁ……こいし様が今のようになってから、さとり様も変わっちゃったなぁ」

 

 そう呟いて、しょんぼりとした顔で病室を出て行くお燐ちゃん。

 

(ふむ、やはり何か事情が……)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いつからだろう。

 自分を大切にしなくなったのは。

 いや、思い返すまでもなく、あれは昨日の事のように覚えている。

 たった一人の家族、妹がその心を閉ざしてしまった日からだ。

 

 仕方ないと言えば、仕方ないのかもしれない。

 ただ心が読めるというだけで、私達は常に迫害され続けてきた。

 私は何とか心の均衡を保っていられたが、妹の方はその優しさ故に、その心に大きな傷ができてしまった。

 そして間も無く、妹は『壊れた』。

 

 それ以来私は自分を責め続けた。

 この最悪の事態を免れる方法はあった筈だ。

 私の力不足で妹を壊してしまった。

 ——そうやって、意味のない罵倒を他でもない自分自身に向け続けた。

 

 何でそんな事をし続けたのかは自分でもわからない。

 もしかしたら、私も妹のように壊れてしまいたかったのかもしれない。

 そうすれば、楽になれる。

 妹と同じになれる。

 そんな事を心の何処かで考えていたのかもしれない。

 

 けれどダメだった。

 私の心はいつもギリギリの所で耐えてしまう。

 私は妹みたいにはなれなかった。

 

 嗚呼、私はなんてダメな姉なのだろうか。

 

 

 

 

「……はっ! もしかして寝ちゃったかしら!?」

 

 一気に意識が覚醒した。

 そして仕事中意識が消えた事をすぐに思い出す。

 

「えっと、何処まで終わらせたっけ……というか此処は何処?」

 

 冷静になって頭を動かすと、次第に周りの状況が入ってきた。

 明らかにここは自室ではないし、自身の家ですらない場所だ。

 意識を失っている間、何処かへ運び込まれたのだろうか。

 

『おや、目が覚めました?』

 

「え? ……え、誰ですか!? というかいつからそこに……」

 

 辺りを見回たそうと、首を回旋させると人影が見えた。

 その人影は、何とも奇妙な兎だった。

 

「え、何で『読めない』の……?」

 

 その雰囲気も奇妙だが、一番奇妙な点があった。

 覚り妖怪である私が、『読めない』のだ。

 この兎の少女からは、心の声が全く聞こえないのだ。

 

「……あ、そっか。これきっと人形か何かなのね。それにしても最近の人形はやけにリアルね」

 

 その気になれば虫の思考すら読める私が心を読めないとなれば、それは生物ではなく無機物という可能性が高い。

 だからきっと人形さんなのだろう。

 

『いえ、人形ではありませんが……』

 

「……ですよね」

 

 軽く現実逃避してしまったが、これは紛れもなく現実で、目の前の兎少女はちゃんと生きている。

 それくらい、余りにも驚いたのだ。

 というかメチャクチャ緊張する。

 

 基本的に私は話し下手な妖怪だ。

 だから先に相手の心を読んでから、話をするのが普通だった。

 しかしこうして心が読めない相手が目の前にいて、会話をするとなると私の緊張度はとうに限界を超えそうだ。

 今までも心が読めない相手と対峙した事は何度かあったが、その時は相手の表情だとか、仕草などを読み取って対応していたが、今回はそうはいかないようだ。

 なにせ喋らない、無表情、心読めないの三拍子だ。

 ハードルが高すぎる。

 

『気分はどうですか?』

 

「え、えっと……最高です?」

 

『嘘はいけませんよ』

 

「……すいませんでした」

 

 こんな感じで、目の前兎少女に話を聞くこと数分。

 ようやく状況を飲み込めた。

 

「そうでしたか……ペット達には心配をかけたようですね」

 

『えぇ、なので古明地さとりさん。暫く此処に入院しましょう』

 

「はい…………はい?」

 

 今入院という単語が目に入ったのだが。

 

「え、入院って……そんな訳にもいきませんよ。私には仕事が……というか此処病院なんですか?」

 

『違いますけど入院しましょう。仕事に関してなら、お燐ちゃんを筆頭に貴女のペット達が暫くやってくれると言ってましたよ』

 

「い、いやしかしですね」

 

 自分の仕事をペット達に押し付けるのは……少し嫌だ。

 唯一というわけではないが、自分ができる事を他者にやらせてしまったら、自身の存在意義がわからなくなるのだ……それがどうしようもなく怖い。

 

『大丈夫ですよ』

 

「へ?」

 

 彼女は、まるで『私の心』を見透かしたように言った。

 

『少なくとも、貴女の『家族』は他でもない貴女の事を必要としてますよ。それだけの理由では物足りないですか?』

 

「…………いえ、充分でしたね」

 

 不思議だ。

 彼女のたった一言で、私の心からスッと重りが抜けたように感じた。

 

『決まりですね。では早速お昼にしましょうか』

 

 そして彼女は側に置いてあったお盆を手に取って、私に手渡した。

 先程からいい匂いがしてるとは思っていたが、既に準備済みとは……

 

「これは……」

 

『一言で言うなら、お粥……ですね。半熟玉子やネギをふんだんに使った』

 

 成る程、病人には食べやすい代物だ。

 最近はロクにご飯を食べていなかったので、その匂いを嗅ぐだけで食欲は一気に爆発した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お世話になりました」

 

 結局あれから二週間ほど入院してしまった。

 しかしお陰様で、体調どころか肩こり腰痛など、その他諸々も良くなった。

 

「もーさとり様、二度と無茶はしないでくださいよ!」

 

「分かってるわよ、それよりありがとうねお燐。私がいない間に色々とやってもらって」

 

「えぇ、すごく頑張ったんですからね。今度からはもっともっとあたい達に頼っても良いんですから」

 

「……そうね、一人で頑張ってもまた余計な心配をかけちゃうだけだもの」

 

 今回の件で充分に身に染みた。

 正直な感想だが、ペット達がそこまで私の事を思ってくれているとは……心を読める私でも、どうやら読めない事もあるらしい。

 

「さ、早く帰りましょう! 実はですね、今珍しくこいし様が帰ってきてるんですよ!」

 

「こいしが……? そう、なら急ぎましょうか」

 

 久しぶりに、家族全員で過ごせそうだ。

 

 

 

 

 


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