うどんげごはん   作:よっしゅん

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リクエスト4です


オムライス

 

 

 

 

 

「あら、貴女は確か……」

 

『おや、そういう貴女こそ確か……』

 

 彼女との出会いは人里の商店だった。

 互いに買い物用の籠を手に、視線を交わす。

 

「永遠亭の兎さん?」

 

『紅魔館のメイドさん?』

 

 最初はお互いの名前すらろくに把握していなかった。

 

「貴女も……買い出しかしら?」

 

『えぇ、今日はお野菜が安いのでまとめ買いでもしようかと』

 

 しかし不思議と彼女との会話は弾んでいく。

 

「それでね、お嬢様ったら嫌いな野菜を『味付けがイマイチだ』とか言って残そうとするの。酷いと思わない?」

 

『そうですね、うちの姫様も似たようなことを最近してくるんですけど、困ったものですよね』

 

 それは出会う回数を重ねる度に、段々と強くなっていく。

 気が付けば、ちょっとした悩みを愚痴れる程、彼女とは仲良くなった。

 

「昨日またお嬢様に言われたわ。『咲夜、お前今年分の有休がまだ残ってるぞ。たまには仕事のことなぞ忘れて羽を伸ばせ』って」

 

『良いことを言う主人じゃないですか。それのどこが悩みなので? というか有休制度あるんだ』

 

「お嬢様は形から入るお方なので……何故か紅魔館の従業員全員、妖精メイドまで有休があります。悩みというのは、有休を使わなくてはならないということです」

 

 私の言葉に首をかしげる彼女。

 流石に言葉足らずだっただろうか。

 

「えっと……つまりですね、『休み』と言われても、何をしていれば良いのか分からないというか……」

 

『……あぁ、成る程』

 

 どうやら理解してくれたようだ。

 

「……今までの私の有休はですね、大体自室のベッドで横になっているか、パチュリー様の本を借りて読むかなんですけど……其の場凌ぎの暇つぶしにしかなりませんし、落ち着かないんです。こんな事してるなら仕事でもしたら良いのではないかって」

 

 多分、私という人間には『趣味』というものが無いのだと思う。

 だから休みの時に何時も暇を持て余し、仕事という唯一の役割に逃げようとするのだ。

 

「だから何度もお嬢様に休みなんていりませんって……言ってるんですけど、聞き入れてくださらなくて」

 

『ふむ、それはマズイかもしれない。良い咲夜ちゃん、人間は適度に息抜きをしないと、長生きできない生き物なんだよ。そのままだと、早死にしちゃうかもよ?』

 

 死ぬ……

 その言葉に少しだけ恐怖を感じる。

 私は人間で、愛すべき主人は吸血鬼。

 必然的に共にいられる時間は限られるし、出来るだけ一緒に生きられる時間を増やしたい。

 

「けど、どうしたら……」

 

『大丈夫、私に良い考えがある』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お嬢様、有休の件ですが、さっそく明日から使わせてはもらえないでしょうか」

 

「ん? あ、あぁ構わんぞ。しかし珍しいな咲夜、お前から休みをくれなどと言うのはこれが初めてではないか? そろそろ毎度のことのように、私から休めと命令しなくてはいけない頃合いかと思っていたところだ」

 

 夕食が終わり、食後のデザートを楽しむ我が主人にそう告げた。

 

「えぇ、そろそろ主人の手を煩わせるのもどうかと思っていましたので、たまには自分からと……それと、休みをもらうにあたって、紅魔館の外に出てもよろしいですか?」

 

「別にそれくらい構わん。お前の休みはお前の好きなように使え、咲夜」

 

「ありがとうございます、お嬢様」

 

 許可はもらった。

 後は準備をしなくては。

 

 

 

 

「……ふぅむ、あの咲夜が自ら休みを……何かあるな。どれ、少し運命を覗き見して…………いや、やめておくか。それは無粋な行いだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 身嗜みは整えた。

 荷物は持った。

 忘れ物もなし。

 仕事の引き継ぎも終わらせてある。

 後は出発するだけだ。

 

「おや、咲夜さん。おはようございます。こんな朝早くからどうしたので……なんですその荷物は、もしかして家出? 家出ですか!?」

 

「違うわよおバカ。少し出掛けてくるだけよ……戻るのは明日になるから、あなたはしっかり見張ってなさいよ」

 

「それは勿論ですが……な、何だかよくわかりませんが、気を付けて行ってください」

 

「えぇ、行ってくるわ」

 

 門番と一言二言交わしつつ、地を駆け出し空を飛ぶ。

 下の湖には、妖精が何匹か戯れている姿が。

 そして地平線からは、太陽の光が漏れ始めていた。

 少し肌寒さを感じつつも、目的地へ向かう。

 

 そして十分程、空の旅は一度終わる。

 降り立つのは、迷いの竹林。

 

「……あれね」

 

 竹林の入り口であろう場所に一つの人影が。

 あれが彼女の言っていた案内人だろう。

 

「……おぉ来たか、紅魔館のめいど。話は鈴仙ちゃんから聞いてるよ」

 

「えぇ、今日はよろしくお願いします。前に来た時はお嬢様の力があったから迷わなかったけど、私だけじゃきっと無理だろうから」

 

「あぁ、私もこの場所を把握するのにはそれなりに時間がかかったもんだ。気にすることはないさ……荷物持とうか?」

 

「あら、紳士的なのね」

 

 藤原妹紅、話によると不老不死の人間らしいが……

 

「なに、サービスだよ。とは言ってもこの案内もボランティアみたいなものだけど」

 

「そうですか、ではお願いしますね」

 

 ————その不老不死が少し羨ましい、なんて言ったらきっと傷付けてしまうだろう。

 私はもう、誰も傷付けたくない。

 本当は常に持ち歩いている獲物(ナイフ)も、この手から手放したいくらいだ。

 

「じゃあ行こうか……って、なんか顔色悪いが大丈夫か?」

 

「……えぇ、大丈夫です。気にしないで」

 

 深呼吸して息を整える。

 すると少しだけ気持ちが楽になった気がした。

 

「まぁ良いか、いざとなったら到着先に薬師がいる。体調の不調の一つや二つ、すぐに無くなるさ」

 

 そして彼女の案内のもと、竹林を進んでいく。

 しかし周りの景色は全く変化がなく、本当に進めているのか少し不安になる。

 

「そういえば、今日は何の用で永遠亭に?」

 

「あら、聞いてないの?」

 

「まぁな、聞く必要はないと思ってたんだが、気が変わったって奴だ」

 

「別に大したことじゃないわ。単に、友達の家に『お泊り』をしに行くだけよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 玄関の叩く音がした。

 どうやら来たようだ。

 

『いらっしゃい、咲夜ちゃん』

 

「えぇ、しばらくお世話になるわ」

 

 

 

 

 彼女……十六夜咲夜は休暇の過ごし方がわからないと言った。

 そんな彼女に何をしてあげたら良いのか。

 答えは至ってシンプルだ。

 休暇というものを、身を以て味わってもらえば良い。

 

『というわけで早速、人里にでも遊びに行こうか』

 

「突然ね」

 

 その為に、一泊二日で咲夜ちゃんには永遠亭にお泊まりをしてもらうことにした。

 半日だけでは教えることも教えきれないし、自分が紅魔館に出向くのも少し違うため、その決断をした。

 

『お昼までは人里で時間を潰して、午後からは幻想郷をあちこち回ってみよう。きっと何か面白いことがあるよ』

 

「大丈夫かしら……もしかしたら通りすがりの巫女に襲われるという可能性も」

 

『何でみんな霊夢ちゃんの事を通り魔みたいに扱うの?』

 

 実際に近くで見たことはないのだが、霊夢ちゃんの異変解決はいつもそんな感じらしい。

 ……いや、よく考えたら自分が異変起こした時も関係のない知り合いが何人か彼女の被害に遭っていたか。

 恐るべし博麗の巫女。

 

『さぁ、早く行こう。時間は有限だよ』

 

「わかったから、手を離して。子供じゃないんだから……」

 

 朝ごはんはしっかりと食べ、エネルギーは充電された筈だ。

 いざ行かん。

 

「…………」

 

「永琳、今貴女の顔すっごい嫉妬顔よ」

 

「……やっぱり若い子の方が良いのかしら」

 

「あ、自分が若くないって一応認めてるの……あだだだだだ! 頭蓋骨が砕けちゃうわ永琳! アイアンクローはやめて、マジでやめて!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『さて、楽しかった?』

 

「えぇまぁそれなりに。成る程、休暇ってただ遊ぶだけでも良いのね」

 

 それなりに濃い一日だったが、語るとなると長くなるので今は省くとしよう。

 今優先すべきは夕飯の支度だ。

 思っていたよりも帰宅するのが遅くなってしまったため、下準備の時間が足りなくなってしまった。

 

 台所に立ち、さてメニューはどうするかと考えていると、咲夜ちゃんがいつのまにか横に立っていた。

 

「手伝うわ」

 

『ん? いやいや、お客さんにそんな事はさせられないから別に大丈夫……』

 

「あら、私は休暇の過ごし方の一つとして、『友達とご飯を作る』というのをやってみたいだけなのですが……それでもダメですか?」

 

『……オネガイシマス』

 

 そんな事をそんな顔で言われては、了承するしかないではないか。

 

「メニューは? 決まってる?」

 

『ん、今日は咲夜ちゃんもいるし、たまには洋食系でもと……卵が結構沢山あるから、オムライスにしようかなって』

 

「良いわね、お嬢様もオムライス好きだから、私もよく作るわ」

 

 ならば決まりだ。

 

 先ずは固めに炊いたご飯を用意しておく。

 玉ねぎを微塵切り、鳥のモモ肉を賽の目に切っていく。

 フライパンにオリーブオイルを入れ、強火でモモ肉と玉ねぎを炒めていく。

 ある程度炒めたら、コンソメと塩胡椒、そしてケチャップを加える。

 ケチャップを全体に馴染ませたら、そこにご飯を加え、さらに馴染ませていく。

 これでライスは完成だ。

 

 次に玉子。

 出来るだけ半熟状に焼いていき、最後にフライパンの端で丸めるように集めていき、天地をひっくり返す。

 閉じ口を上に持っていけば、完璧だ。

 

「ソース、できたわよ」

 

『ありがとう。後は副菜を何品か……』

 

 何気にこうして誰かと一緒に料理をしたのは初めて……ではないが、二人でやるとこんなにも楽とは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夕飯をご馳走になった後、あっという間に消灯の時間になった。

 私の隣には、私と同じように布団で横になっている彼女の姿がボンヤリと。

 別々に寝ても良いと言われたが、たまには誰かと一緒に寝るのも悪くないと思い、遠慮しといた。

 その話をしていたら、何故か八意永琳に物凄い目力で睨まれたが、スルーした。

 

「……ねぇ、もう寝た?」

 

 何気なしにそう言ってみた。

 

「あ、寝てるなら寝てるで良いから。そもそも貴女喋らないから、大人しく私の独り言聞いてくれないかしら?」

 

 まだ眠気が来ないため、暇つぶしに今日の感想を口に出してみよう。

 

「……今日はありがとう。こんな私の為に付き合ってくれて、思っていたよりも楽しかったわ」

 

 脳裏に浮かぶのは今日の出来事。

 紅魔館の中では味わえないような刺激的な体験の数々だった。

 

「私ね、今までこうやって友達と遊んだりする事が無かったから、とても新鮮な体験だったわ」

 

 そして私の脳裏は気が付けば過去の記憶が浮かび始めていく。

 

 ————私は名前もない、ただの孤児だった。

 親の顔も名前も知らない。

 生きる意味も価値も分からない。

 そんな子供だった。

 

 だからだろう、俗に言う悪い大人達に私は利用された。

 いや、されるしかなかった。

 言われるがままにナイフを持ち、言われるがままにナイフを振り下ろす。

 簡単に言えば、使い捨ての殺し屋だったのだろう。

 そこには楽しみも、何もなかった。

 

 今思えばとても悍ましく、取り返しのつかない事をしていたと自覚できる。

 もはや身体的にも精神的にも擦り切れた私は、呆気なく捨てられた。

 そして気が付けば、レミリアお嬢様に拾われ、今はメイドとして生きている。

 

「……私ね、昔は悪い子どもだった。今は反省してるけど、時々夢で言われるの。私が殺してきた人間達に、『許さない』って」

 

 そして私は余計な事を口に出す。

 こんな事は言うつもりはなかったのだが、何故か出てしまった。

 

「私はそれを聞き続けることしかできなくて、ベッドの上で震えることしかできなくて……でも当たり前よね。これが報いってやつなんだから」

 

 私は毎日恐怖に震える。

 またあの夢を見るのではないかと、震える。

 

「————私って、このまま生きていて良いのかな」

 

 そしてそんな弱音が私を支配する。

 もう何度も自らの喉にナイフを突きつけた。

 しかしまだ生きたいという我儘な自分がいる。

 生にしがみつく自分がいる。

 本当にどうしようもない人間だ……

 

 嗚呼、やはり私は死ぬべきなのだろうか…………

 

 

 

 

「奇遇だな、私も昔取り返しのつかない事をしたんだ」

 

「え……?」

 

 声がした。

 初めて聞く声だった。

 

「死にたいなら死ねば良い。私はそれを止める資格なんてないからね……けどさ、迷うくらいなら迷い続ければ良いさ。この先どうすれば良いかなんて、今考えたって仕方ないことだ。あぁ、私もどれくらい悩んでいるかな。もう気が遠くなる程だったかな」

 

「……あなたは?」

 

 声は隣からする。

 必然的に、声の主は彼女ということになるが……何故か私は思わず誰かと訊ねてしまった。

 

「だからさ、焦らなくて良いんだよ。私は多分もうどうしようもないけど、咲夜ちゃんはまだチャンスがあると思うよ、うん…………もう寝る時間だ、お休み。今日はきっと良き夢が見られますように」

 

 その言葉に、私の意識は突然薄れ始めていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……おはよう、鈴仙」

 

『おはよう、咲夜ちゃん』

 

 眼が覚めると、着替えを始めている彼女が目に入った。

 

「……なんか、久しぶりによく寝れた気がするわ」

 

『それは良かった』

 

 ……なんだろう。

 寝る前に何かあったような気がするが、何も思いだせない。

 けど、ある気持ちは覚えている。

 だからちゃんと口に出しておこう。

 

「ねぇ……また泊まりに来ても良いかしら?」

 

『もちろん、いつでもどうぞ』

 

 嗚呼、休暇とはこんなにも素晴らしいものだったとは。

 

 

 

 


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