医務室内でシャリシャリと林檎の皮を剥く音が聞こえる。その音だけで、他は何も聞こえない。
いや聞こえる音はある。その医務室内に居る人の呼吸音だけだが。林檎を剥いている勇は器用に兎の形を作り、両横で怪我をしている2人に差し出す。
「御二方、どうぞ」
「サンキュー」
「ありがとうございます、勇さん」
「もし宜しければ食べさせましょうか?怪我をしておられるし」
「いや良いわよ」
「ッ!是非!」
驚く鈴を他所に勇も微笑みながらセシリアの方に向き、林檎を持って口元に持って行く。
「痛むなら言ってくださいね。もう少し細かく切りますなら」
「だ、大丈夫ですwa…………ッう……!」
「ほら言わんこっちゃない」
そう言った鈴は少しだけ咀嚼して林檎を味わう。勇はセシリアに出している林檎を器用に手の上で細かく切り、小さめのサイズにさせる。
その後で医務室の扉が開かれる。勇は誰かが来ているのは何となく知っていたが、匂いは薬品のものに紛れて誰かは分からなかった。3人の視線が集まる中、やって来たのは織斑千冬とシャルル、一夏の3人であった。
「織斑先生、連絡の方は」
「既に手配済みだ。これで暫くは何も起きまい」
「なら大丈夫そうですね。心置き無くロック鳥の調整も可能ですし」
「……お前には色々と聞きたい事が山程あるんだがな」
「今からしても構いませんよ、そのお尋ね事」
織斑千冬が医務室内の適当な椅子を持ち、勇の前にまで運ぶと座って問いた。一夏とシャルルは、ただ見ているだけであった。
「どうやって束と知り合った?」
刹那、空気が凍りつめた様なものになった。勇は少しだけ微笑むと口を開く。
「何、雨の日に偶然お会いしただけですよ。あとは……
ちょっとだけ論しただけです」
「!?」
「嘘っ!?」
「はっ!?」
「ほっ!?」
「なっ!?」
「単にそれだけ……それだけですよ。織斑先生」
千冬は頭を抱え頭痛を覚えそうになる。あの人の意見を何時も聞かず自分勝手に動き一蹴する篠ノ之束が、このコア開発者という少年の言葉を聞いたのだ。
それだけでも凄いを通り越して神業だというのに、男女共用型ISコアを従来の数より遥かに多い2000個を作り上げる人智を越えた偉業を成し遂げる勇という存在が何なのか逆に知りたくなくなりそうな千冬が居た。
その勇は何かを思い出したかの様に声を出すと、千冬に向かい合う。
「そういえばですが、今アリーナは使えますか?」
「……ん、あぁすまん。私闘や模擬戦以外なら話は別だ」
「ありがとうございます。それならシャルルさん、今からアリーナのピットに向かって下さい。最適化の方を済ませましょう」
「あ……う、うん。分かっ」
「織斑君、デュノア君、勇君!」
突如医務室にやって来る女子生徒達だったが、生憎今は織斑千冬が医務室内に居たため全員睨まれて萎縮する。当の千冬は椅子から立ち上がり、来た生徒に威圧を掛ける。
「お前ら……病人が居るのに大声を出す奴が何処に居る?ん?」
『すいませんでした!』
「ふむ……何故集まって来たのでしょうか?」
「あぁ、言ってなかったな。今回のトーナメントがタッグマッチになったんだ。襲撃事件による対策だ」
「……恐らく、早い者勝ち?」
「そうだな。ペアは早い者勝ち、残った者はランダムに決められる」
少し勇は思案した後、にやりと口角を上げて何か決めた様な表情を作るも先にセシリアに切っておいた林檎を口に運ぶ。
「セシリアさん、はい。あーん」
「あ、あのっ!勇さん……!」
「「「「キャーーーー!」」」」
「お前ら……しつこいぞ」
その場は織斑千冬によって沈められたが、色々と噂されそうなのは間違いなさそうである。しかし当の勇本人は露知らずと言った表情であった。
〔最適化まで5……4……3……2……1……終了しましたね〕
「そ、それは良いんだけどさ……」
〔何か問題でも?〕
「た、体勢が…………」
〔大丈夫ですよ、僕四つん這いですから〕
「物凄く達観してる!」
言い忘れていたがαタイプISに搭乗する場合、そのISの形に合わせて操縦者の体勢も変わらなければならない。とどのつまり、人間が動物に
勇ならフェンリルに合わせて狼としての
操縦者はコックピットの中に居り、そこからは全面ホログラム映像で外が見える。簡単に言えばハイパーセンサーを利用した進化した鳥の目である。ピットから少しだけ飛び出し地面へと降り立つ。
「凄い……!高い……!」
〔そりゃフェンリルより体長が0.7m高いですし、両翼を広げた場合の幅も結構ありますし〕
「ね、ねぇ?飛ぶ場合って、どうするの?」
〔それでしたら、両ハンドルを横に倒せば両翼が広がってスラスターからエネルギーが噴射されて浮遊できますよ〕
「えっと、両ハンドルを横に……おわっ!?」
勇の言う通り両ハンドルを横に倒すと、ロック鳥の両翼が広がり浮遊しその状態を保っているロック鳥。
「ね、ねぇ勇!移動は!?」
〔右足のペダルを踏めば前進しますが、踏みすぎには注意して下さい。上昇にはハンドルを引いて、下降にはハンドルを押してください。曲がる時は両ハンドルを曲がりたい方向に移動させて下さい〕
「うん!」
その通りに右ペダルを踏むと両翼のスラスターから噴出され前進する。先ずは軽く踏み徐々に進んでいくロック鳥だが、シャルルも少しずつ深く踏み込みスピードが上昇する。
右に旋回し、左に旋回し、上昇や下降を繰り返し、意外にも稼働時間が20分前後であるもののロック鳥を自在に操作している。
「凄い!僕、鳥になってる!」
〔鳥に乗ってるんですけどね。続いて武装の方を確認します〕
「分かった!先ずは何!?」
〔ふふっ、ノッてますね。先ずはフェザーからですが右ハンドルにあるボタンを押せば両翼からランダムで射出されます。長押しすれば連続射出されますよ。因みに両翼合わせて3万枚、
ロック鳥の両翼から数枚ほどの【フェザー】が射出される。自動装填に瞬間的な隙間は生まれるが、狙うのは至難の技とも言えるだろう。両翼からフェザーが離れ、ブースターによる加速で速度を出しながら地面に突き刺さる。
他の武装の使用方法をある程度教えると、何故か教えてもないのに低空での水平飛行や急降下からの急上昇を行ったログ等が追加されていく。頭を掻きむしりながら勇は喜びの表情を浮かべていた。
「これは…………運が良いですねぇ!まさかの適合率です!上手く行けば
〔あ、勇。そろそろ終わるから〕
「了解しました。ではピットの方に」
シャルルはロック鳥をピットまで移動させると待機状態にさせて中から現れる。地面に降りる際にクラウチングスタートの構えの様になるのだが、そんな事を気にしてなさそうな笑顔をしていた。
〔あー、楽しかった!〕
「整備の方はSDモード時のロック鳥が教えてくれるので、ご自身でやって下さいね」
〔はーい〕
勇はフェンリルが映し出しているホログラム映像を消すと、ひと息ついて表情を変えてノートPCを取り出し起動させると1件だけメールが届いていた。確認すると待ってましたと言わんばかりに目を見開く勇であったが、続いてメールが1件着た。
その差出人の名前を見ると、両手を合わせてベッドに倒れる。そのまま直ぐに起き上がり表情を戻し、ノートPCを閉じて目的の場所に向かっていく。
話は変わるが、今回のトーナメントはタッグマッチ。既に決められているペアは勇が確認されているだけで、シャルルと一夏のペアが決まっている。性別を隠しているとはいえ、シャルルと一夏なら安全だろうと考えた他の女子生徒は勇とペアを組もうとしたが断られた。
今回の勇にはアテがあるのだ。経済的にも、今後開発されるαタイプISにとってもだ。
そして勇は、とある1室の前に立っている。特徴的な匂いが付いた人物を探り当てる程度は造作もない勇は、そのドアをノックし当人の名を呼ぶ。
「ラウラ・ボーデヴィッヒさん、貴女にお話があります」
「どういうつもりだ、貴様」
「どう……とは?」
「脅しを掛けた相手と、態々外に出て話がしたい等と」
「……あぁ、確かに不可解な点はありますね。僕が何を考えているか想像もつかない点が」
現在、外にあるベンチで距離感はあるものの話をする2人の姿があった。開発者と軍人、時代を変える為に動いた男と国を守らんとする心を持った女が居る。傍から見れば異様な光景とも言えるだろう。
しかし勇本人はそんな事を露知らず、ノートPCを開いて話し始めた。
「つい先程、ドイツ政府とメールのやり取りをしましてね」
「ッなっ…………!?」
「ええ、貴女が危惧している事は勿論存じていますとも。
もしも貴女が僕の反感を買えば、自国にISが配備されない事もある。そうなれば貴女の立場は無くなってしまう。
だからこそ、チャンスを与えました」
疑問符を浮かべるラウラだが、先程のノートPCにある勇が出したメールの内容を見せると驚いた表情を見せた。
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差出人 尾崎勇
内容 Re.Re.Re.Re.Re.Re交渉
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・IS学園で行われるタッグトーナメントにて、『ラウラ・ボーデヴィッヒ』とタッグを組み出場する
・『ラウラ・ボーデヴィッヒ』をαタイプISの試験操縦者として契約する。尚、この2つに同意する場合はドイツ政府に契約金として約3190万ユーロを支払う
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「これに対し、ドイツ政府は承認。つまりは」
「国の意思……成程な、どう足掻こうとお前とタッグを組む事を仕組まれていたと?」
「さて、どうでしょう?」
にこやかな表情をラウラに向ける勇は、イタズラっ子の様な雰囲気を醸し出していた。そして勇はノートPCに再度向き合い、シャットダウンの手順を踏みながらトンデモ発言を出す。
「まぁ現在約3兆円近くが会社に投資されてますからね。4億程度、どうにでもなります」
「なっ……!?」
「このまま上昇すれば15兆は確実、これは僕の予測ですがね」
この時のラウラの心境は、勇の計算高さを思い知らされた事で頭が一杯であろうというものだ。今は勇と篠ノ之束の頭にしかISコアの製造方法は存在しないが、逆を言えば要望に沿って勇はISコアを製造し新たなISを作る事ができる意味を持つ。これがどれ程の経済効果を持つのか、普通に誰でも考えられるだろう。
シャットダウンを終えた勇はノートPCをフェンリルの量子格納域に入れると、ベンチから立ち上がりラウラと向かい合って手を差し出す。
「では、タッグマッチの方は宜しくお願いしますね?」
「……癪ではあるが、政府が絡んでいるとなれば話は別だ。だが私の目的は果たす」
「一夏君を叩き潰す。恐らくながら貴女の目的はそれですね?失礼なのは承知ですが、このままでは貴女は一夏君には勝てない」
「何……?」
その断言にラウラは眉をひそめて勇を睨みつける。しかし何処吹く風という勇は、淡々と述べていく。
「貴女、あのAICを過信してますよ。僕なら一瞬で弱点を4つ以上は思いつく」
「!?」
「例えば、あのAIC発動にはタイムラグが存在する。その前に先に囮として僕はミサイルを放ち貴女の背後を狙います。
またあのAICは一方向にしか発動できない為、向かってくるISがあったとしても僕は急激な方向転換で向きを変えて貴女のAICを受けずに攻撃できる。
他にも先に動きを態と自らを封じさせてフェンリルのミサイルで死角から狙うことも可能だ。
長々としましたが、僕は貴女より強いです。
そして、僕が手塩に掛けて育てた一夏君は貴女の弱点を少なからず1分内で1つは見つける。
訓練された一夏君を倒すには、僕の助言は確実に必要ですよ?」
「…………」
暫く思案したラウラは、勇を見上げる。
「……本当に勝てるんだな?お前と組めば」
「ええ。断言しましょう」
ラウラは勇の差し出された手を握り返す。
これで契約は成立された。
黒兎と厄災狼は手を組み、目的をそれぞれ果たす事を条件とした共闘を結ぶ。
しかし狼は優しく、時が経つにつれて捕食者と被食者との関係は別の形を作っていく。
次回『ノバサレルテ』