それから幾ばくかの時が経ち、現在勇は対談……ではなく珍しく武道場に足を運び体を動かしていた。あれから一夏も成長を続けており、今では独自に作戦を編み出すまでとなっている。
先日、勇と一夏が模擬戦をしたがグレイプニールが絡み付いた雪片弍型を手放して接近戦をしかけたり。珍しく地面を蹴って砂埃を起こさせ視界を封じたりと、それまで見せなかった
ただ、それでも勇が破られる事は無かった。多少SEの消費が増えたり、装甲の交換が増えたりしたがそれでも差は思う様に縮まっていない。
しかし勇も一夏の成長ぶりに多少危機感を覚えつつあった。だからこそ少し
【劈掛掌】という武術を知っているだろうか。中国武術の1つで別名【劈掛拳】と呼ばれることがあるが、主な攻撃法は“掌打”である。腰を支点にして上体を左右に振り両手を振り回す様にして連続的に攻撃することを特徴に持つ。
だが
だが勇の身体能力を考えてほしい。現に織斑千冬と本気で2時間走り続けて疲弊したが、逆を言えば
現に勇が腕を振るう度、風切り音が聞こえる。達人の域に達しさえすれば出来なくもないが、勇は達人でも何でもない。知識のある
漸く風切り音が聞こえなくなると荒れた呼吸をする勇。どうやら体力の殆どを使い果たしたらしく、挙句の果てには腕に切り傷が生まれ血が流れる始末。体が耐えきれていないのだ。
そんな勇が動いている間だけ
余談だが涼もうとした勇が少し服をはだけさせると、周囲の女子生徒が鍛えられた肉体を見て悶絶していたという。
そんな中、1人勇の監視を続ける者が居た。しかし調べようとしても実態はおろか、どうやっても秘密には辿り着けない。分かっている事があるとすれば、柄木夫妻の養子である事とISコア開発者であること。
そして先程の動きも見ていた。楯無は同時に確信する。
あれは人間の動きでは無いと。
『ヴわぅ、ヴぁふっ』
「痛ててっ……あー、久々」
フェンリルがグレイプニールで器用に包帯を勇の腕に巻き付けている。血は拭き取り、多少染みるが水で洗い流した後でだが。
一旦フェンリルが巻くのを止めると、包帯に
少しキツめに締められる。包帯は制服で隠せば良いだけなので問題は無いが、どうしてもチラチラと見える。オマケに微量ながら血が包帯に染みていく上に、地味に痛みを感じる勇。
「……何時もごめんね、フェンリル」
『うぅ?』
可愛らしく首を傾げて問うフェンリル。優しくフェンリルの頭を撫でる勇は、とても優しい……それこそ勇を知る者達にとっては、この笑顔は見た事ないほど美しいものと言える笑顔を向ける。
「……6年前に僕とお前が初めて出会った頃から、ずっと迷惑かけてきた。それでも一緒に居てくれた。
だから……フェンリルには沢山苦労させてしまった。
こんな不甲斐ない僕で、ごめんね」
『……主よ、流石に言わせて貰う。
私は迷惑と思った事は無い。それが主の進むべき道ならば、私は主の矛にも盾にもなる。
不甲斐ない……それだけは主の言葉から聞きとうない。
主のお傍に居れば、私は幸せ者だ』
「……ホント、主人泣かせの
『あぁ……私自身とても誇らしく思う』
フェンリルの前にだけ見せる涙。他人には見られない様に、抱き寄せて首元の毛で隠す様にする。今ここに居るのはISコア開発者ではなく、ましてや常識を越えた化け物でもない。
家族思いの優しい
そして勇は食堂に向かう。今回は珍しくフェンリルを自立稼働状態にさせてだ。その途中、一夏と遭遇する。
「お、勇じゃん」
「あぁ、一夏君。君も夕食に?」
「そりゃな。訓練の後は腹が減って仕方なくて……」
「分かりますよ、それ」
歩みを止めて談笑していた際、一夏は勇の何かに気付いた。
「勇、何か悲しい事でもあったか?」
「え?……あぁ、これですか。ご心配なく、少し目に異物が入った時のものですから」
「……そうか?」
「ええ。でも、なぜ悲しいと?」
「えっ……あー、うん。まぁ…………勘、かな?」
「勘……ですか」
「いやさ、勇最近忙しいじゃん。何か色んな国の首相とかと話してるし、辛い事でもあったのかな〜……ってさ」
「……ふふっ、面白いですね。一夏君」
勇は多少微笑みながら、けれど雰囲気に哀愁を漂わせながら一夏に言った。
「知ってますか、一夏君。
辛くても涙が出ない、そんな事ってあるんですよ。
若しくは、涙を流す暇も無いって所です。
多分今の僕は、そんな感じなんでしょうね」
その勇の言葉で、一夏は自身とは程遠い何処かに勇は居るのだと感じたのであった。
そして……運命の時は訪れてしまった。
報酬は時代が変わること。代償は……
食事中、フェンリルが連絡が入っている事を知らせ勇はホログラムを展開させる。周りに響かない様にワイヤレスイヤホンを着けると画面を展開させる。
〔ご機嫌如何かしら?
「ッ……!」
目の前にあるのは、唐木ともう1人。
唐木のこめかみにISのアサルトライフルの銃身を向けているもう1人の人物。
勇は席を立ち上がり離れると、険しい表情と怒りの声色で尋ねる。
「珍しいですね……貴女の様な方が明石重工に来てらっしゃるとは。
右手に力が入り、少しずつ
「して、何故この様な真似を?」
〔…………何故って?それは自分がよ〜く知ってるんじゃなくて?〕
しかし勇は問いに応えない。その代わり背中に氷が這い、徐々に体温が奪われていく。怒りを表した氷が自分を蝕んでいく、勇はこれを“怒りに呑み込まれるな”という自身への戒めにしている。表面上を取り繕い、相手から応えが来るのを待つ。
この不自然な間に苛立ちを覚えた倉持の社長は、勇に知らしめる様に声を張り上げて言った。
〔……全てアンタが起こした悲劇よ!クソガキ!
アンタがコアの秘密を暴かなければ!
アンタが、男が使えるコアを開発しなければ!
アンタの存在が!全ての悲劇の原因なのよ!
アンタが作らなければ、私達の時代が続いた!
アンタのせいで!私達が苦しむことさえ無かった!
何時までも!永遠に!私達の時代だったのよ!
それをアンタは崩壊させようとしているのよ!
そんな事が何故分からない!?〕
「…………で、僕はどうすれば?」
〔何……?〕
ふざけているのか、とそう叫びたかった。しかしここで本来の目的を見失えば女尊男卑の時代が、彼女らにとってより良い時代が戻らなくなる。
こちらには人質が居る。勇の目的は知らないが、利益の為の犠牲を出せば確実に非難される。その考えを持った言動であった。
〔今すぐ……今すぐこちらに来なさい。話はそれからよ〕
ホログラムが閉じると勇の体に這っていた氷は水蒸気となって消えた。勇とフェンリルは真剣な表情で外へと向かう。前回の事で篠ノ之束から織斑千冬の電話番号を教えて貰った勇は、走りながら電話を掛ける。
〔はい織斑〕
「すみません織斑先生、尾崎です」
〔!?……尾崎、何故私の〕
「その話は後で。すみませんが急用で外出します」
〔……聞くが、それは明石重工の事か?〕
「ええ、ホログラムではなく直接。外部に情報が漏れれば不味い案件でして」
〔それで、本当はどうなんだ?〕
「ッ!?」
勇は歩みを止める。なぜ気付いたのか。今の勇には理解するのに数瞬掛かるが、それより先に織斑千冬がその疑問に応えた。
〔私とて教師だ、お前の授業態度や性格を多少は見ているつもりだ。お前がそんな声を出すのは滅多に無いからな〕
「………………」
あぁそうか。と勇は気付いた。今の勇は誰から見ても、声を聞いても怒っている様に見えるし聞こえる。怒りに少しだけ呑まれつつあったのだ。
「ご心配なく。僕は何時も通りですから」
それだけ応えると勇は電話を切り、電源を切る。そして早く外に向かって行く。勇はグツグツと煮え滾る怒りを心中に抑えていた。
外に出た勇とフェンリルはモノレール乗り場に向かって走り出す。が、それを阻む様に更識楯無が相対する。勇とフェンリルは歩みを止めて目の前の
「珍しいですね楯無さん。こんな夜分遅くに」
「それはこっちのセリフよ、態々夜中に出かける意味が分からないもの。こっちの事情を考えてくれなきゃ」
「すみませんが直で話がしたいとの連絡がありましてね。ホログラムでも機密情報を守りきれない事もありましてね」
では。と一言入れて楯無の横を通り過ぎようとしたが、それに合わせて楯無も移動し邪魔をする。フェンリルは唸り警戒態勢を取り、勇も勇で警戒をしていく。
「……通させてはくれませんか」
「私も連れていくなら結構だけど」
「お断りさせて頂きます」
「じゃあ無理ね」
勇は後ろに跳躍し、フェンリルを待機状態にさせる。何も無い左手から
「これは……ッ!」
今度は空中に氷を作り出し、足場を作る。向かう先にはIS学園のモノレール乗り場であった。氷を滑っていた事で楯無との距離は離れたが、それでも人の出せる速度とISの出せる速度では話にならず最終的には勇は楯無に捕えられた。
「さーて、観念しなさいよ。幾ら貴方とはいえ、勝手な行動が過ぎるわよ」
「僕からすれば、貴女も同類なんですけどね。首を突っ込むマスコミと」
「心外ね。私のは守る為に突っ込んでるだけだし」
「そうですか…………
さて、もう
「えっ……?」
楯無はISを動かそうと試みる、だがビクともしないのだ。腕も、脚も、首も、手も、挙句の果てに奥の手も。氷で作られた足場から1歩も動けない。
「なん……で…………?」
「【
ま、
勇はフェンリルを自立稼働状態にさせ、掴まれている自分の制服の右袖の一部をクローによって切らせる。解放された勇は、一旦空中に氷の足場を作り楯無と対面する。
「貴女の奥の手である技も水、ならば凍らせれば分子間の動きは強制されて発生させるのは容易ではない。
まぁ凍らせたのは
「SEを……!?」
「まぁこうも氷を作ってしまったので、僕が隠す意味も無くなりましたね」
勇が霧の淑女の頭装甲を掴み、フェンリルが楯無の足場に加え先程の氷のドームを消し待機状態に戻る。
勇は真剣な表情に変わった。その目からは人間が感じる殺気を放ちながら言った。
「僕の
勇は軽く拳を握り楯無の鳩尾を殴りつける。そもそもSEが凍結されている為そのまま拳のダメージは楯無に通った。
「がふっ!」
「ご安心を、殺す気は毛頭ありませんから。
精々動きを止める程度で良いので」
勇はフェンリルに乗り、楯無を掴んだまま降りる。地面に足を着けさせるが、楯無は勇の右袖を掴んだままの状態で降ろされ身動きが取れない。
フェンリルが残った氷を消し楯無を置いたままモノレール乗り場まで向かった。
【凍結】
フェンリルの持つ単一能力。文字通り凍結させる事ができ、応用で氷などを作る事ができる能力。
その汎用性は幅広く、エネルギーから空気中の水蒸気まで凍結させる事が可能。また冷気だけを作ったり、勇自身が使えたりできる。
例)凍結可能なエネルギー
・運動エネルギー
・電気エネルギー
・ある程度の熱エネルギー
・弾性エネルギー
・音エネルギー
・静止エネルギー
・自由エネルギー
次回『モトニンゲン』