魔狼は学び舎にて   作:Haganed

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3話

 姉から聞いていた。たったそれだけだが、簪の心に空虚な溝を作らせるには充分だった。妹から見た姉は正に()()……同時に嫉妬する相手でもある。憧れが嫉妬へと変わり、劣等感を生み出す1つの悪循環と成り果てる。

 

 

 故に簪がとった行動は、勇に近付き…………

 

 

 

「これ、かe」

「まぁ嘘ですが」

 

 

 

 

 

「へっ?」

「ほっ?」

「いーさん意味が分からないよ〜?」

 

 

「いえ、だからさっきの発言が嘘でして……」

 

 

 

 いや紛らわしいなと考える2人、先程までの不穏な空気は一体何処へ行ったのやら。そんなことは知らない勇と呆気に取られている2人だったが、勇は急にコンピュータ前にまで歩き出し簪が座っていた椅子に腰掛ける。

 

 

 何をするのかと思う2人だったが、突如勇が口を開いた。ある程度驚きながらも2人は勇の声に耳を傾ける。

 

 

 

「僕が()()を貴女に渡したのは、どちらかと言えば早く終らせて本音さんみたく過ごして頂きたいからですね」

 

 

「わたし〜?」

 

 

「はい。簪さん、目の隈が酷いですし眠れていないのは分かりましたし。それに…………

 

 

 

 こんなに根を詰めたって、1人じゃ完成すらしませんよ。この機体は」

 

 

「ッ……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「昔僕にも兄が居ました。でも既にこの世に居ない。

 

 兄は物知りで、知りたがりで。真面目だったけど、何処かおっちょこちょいで……そして僕の自慢の兄でした。

 

 その時は僕も6つ、そんな兄が羨ましくて少し嫉妬してた時がありました。

 

 でも兄は、それ以上に僕を愛してくれました。僕の気なんて知らずに。

 

 でも……不思議と心地良かった。それだけは覚えてます」

 

 

 

 何が言いたい。そう思う簪が居た。

 そんな姉だったら。そう思う簪も居た。

 自分と重なってしまう勇が居た。

 でも違う境遇の勇が居た。

 

 

 

「人は千差満別。誰もその人の代わりには成れないし、成ることもできない。だから楯無さんも

 

 

 “貴女は貴女のままで居なさい”

 

 

 なんて事を口にした筈です。

 

 

 楯無さんの機体も、事実他の人の助けがあって出来たんですから」

 

 

 

 内心驚く簪、だが表面上は見せていない。だが驚いていた。

 自分よりも上の姉が、自分よりも出来の良い姉が、誰の助けも借りずに作り上げたと思っていた姉が。

 

 

 

「もしも、もしもです。1人で機体を完成させたとしましょう。それは素晴らしいことなのかも知れない。

 

 でもそれでは楯無さんはどうなるんでしょうか。

 

 それだと人に助けられた楯無さんは、貴女よりも劣っていることになる。

 

 けれど、協力して出来た物は何よりも美しいと僕は思います。

 

 助けがあって、支えがあって、そして完成させる方がよっぽど美しいと感じます。

 

 1人で作り上げた物は、何処か虚しく感じます」

 

 

 

 漸く椅子から立ち上がると勇は親指、中指、小指にはめていたリングを取り右手首の固定器具を取り外すと簪の元まで歩き、彼女の左手にそれを握らせる。

 

 

 

「この機体のデータ履歴、使用してもらって下さい。少しは役に立つと思いますから」

 

 

 

 勝手に預けて、勝手に去って行く。

 それは傍から見れば何をしているのか理解できない。

 その行動は異常だと唱える者が居る。

 それでも彼は信じて疑わない。

 助けになると思えば、それで良いのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「本音」

 

 

「何?かんちゃん」

 

 

「……機体の方、ちょっと手伝って」

 

 

「りょーかい!」

 

 

 

 勇が簪に渡し、簪が本音に渡した勇の専用機は直ぐにコンピュータの画面に履歴データを映し出していく。が、簪は少し不信感を覚え始めていた。

 

 

 

「───これ……何?」

 

 

「おー……初めて見るね〜」

 

 

「それもそうだけど……このIS

 

 

 

 

 

 これじゃまるで…………狼じゃない」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 代表決定戦当日、行われる対戦を見に訪れている学生は結構な数居る。アリーナ内の席が殆ど埋まっているのだから。そんな中ピットで待機している勇、一夏、一夏の付き添いである箒が居た。

 

 

 勇は16のノートに書かれてある内容の一部を読み返している。映像越しながらも戦闘データを集めていた勇のレポートである。戦術、弱点、地理……あらゆるデータを頭の中で構築して戦術を立てていく。

 

 

 一夏は気になったのか、勇に尋ねた。

 

 

 

「おい勇、何読んでんだ?」

 

 

性格、機体性能、戦術、弱点を考えたとしても……勝率は変わらずか。いやでもどうだろうか?近距離武器が無い訳じゃないから……あ、それでも0.5%しか上昇しないのか

 

 

「おーい!勇ー!?またですかー!?」

 

 

 

 完全に一夏を眼中にすら入っていない勇を見ていた箒は、苛立った様子で勇のノートを取り上げる。

 

 

 

「あっ……!」

 

 

「尾崎。お前一夏の呼びかけよりも、こんな前時代的な冊子に書いた内容の方が重要なのか!?」

 

 

「いや何をしてんだよ箒!?それ他人のだろ!返してやれよ」

 

 

「あ、良ければ使って構いませんよ。セシリア・オルコットさんについての情報やら何やら載ってますから」

 

 

「お前はお前で場違いなことを言うのかよ!」

 

 

 

 ペースはそのまま。どんな事をされても崩れそうに無い勇は、ノートに興味を持ってくれただけで嬉しいのだ。例えそれが罵言雑言を浴びせられる前であったとしても、特に気にしない。そんな心もない言葉を受けたとしても別段どうでも良く感じている。そんな性格をしている。

 

 

 そんな中、1人の足音が響いてくる。勇は聴覚と嗅覚で認識していたのか、その足音の正体の人物を答えた。

 

 

 

「織斑先生、どうされました?」

 

 

「えっ、千冬姉?」

 

 

「織斑先生だ」

 

 

 

 暗闇から綺麗に投げられる出席簿が、ちょうど一夏の頭に当たる。避けきれなかった一夏は頭の痛みを抑えて蹲った。そして明かりによって照らされた織斑千冬の姿が現れた。既に分かっていたことだと大して勇は驚きもしていない。

 

 

 織斑千冬は座り込んでいる勇を立ち上がるよう指示すると要件を伝える。

 

 

 

「すまない尾崎。まだ倉持技研から織斑の機体が届いていないのだ」

 

 

「先に行くと、それは別に気にしてませんよ。ねぇ?」

 

 

 

 そう言って勇は右手親指、中指、小指にはめているリングと手首に巻きついている器具によって装備されている自分のISの待機状態を見る。青い装甲の真ん中に輝く宝石の様なものが、キラリと光って答えたかの様に見える。

 

 

 

「そうか。だが気をつけろよ、相手は」

「イギリス代表候補生、腐っていても実力者なのは重々承知です」

 

 

 

 勇がISを展開する。出現した機体は全長180cm、今の勇より1回り大きい。ISに触れると勇は取り込まれる。念の為動きを確認しておき、終えると出撃準備に入る。

 

 

 

「『尾崎勇、【フェンリル】……行くぞ』」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 外に出れば、アリーナからは驚きの声が挙がる。現れた尾崎の姿に誰しも驚いている。唯一驚いていないのは楯無と簪、本音程度だと予想付ける勇。目の前のセシリア・オルコットは勇に尋ねた。

 

 

 

「貴方……正気ですの?その姿」

 

 

 

 

「『何とでも言いな、英国貴族風情が。それとも負けるのが怖いか?』」

 

 

 

 目の前に現れたISは今までに無い形をしていた。現在ISでは第三世代や第二世代が主な主流となっているが、勇のISは全身装甲(フルスキン)。第一世代に値する……筈だ。だが、そもそも()()()をしていない。

 

 

 地に着く足は4つ。低くなった姿勢の最後方には尻尾、頭部は人間の物ではない。極めつけは覆われている毛であった。その姿は正しく獣であった。そして勇の口調も変わっていた。

 

 

 

「あら、そのお姿ですから口調まで野蛮になってませんこと?」

 

 

「『少なくとも上から見下す馬鹿には、これで充分だ』」

 

 

「そうですか……。では最後に、今からここで降参を」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「『お前がやっとけ』」

 

 

 

 既に開始の合図は鳴っている。四つ足の踵部分にあるスラスターが歩行開始と同時に火を吹く。その駆け方は正しく獣であり、人間よりも素早く、そして人間よりも小さい体格から繰り出された頭突きは予想と反して威力があった。

 

 

 

 ━━━━━速いッ!ですが!

 

 

 

 セシリアも負けじとライフルで応戦するが、その小ささと小回りの効きやすさから掠りもしない。セシリアは空中へと逃れるが、フェンリルも空を駆ける。向かってくるレーザーをフェンリルは素早く斜めに移動することで避けて追いかけていく。

 

 

 

 

 

 

 

「『愚直過ぎるな。もっとフェイントを使いやがれ』」

 

 

「ッ!」

 

 

 

 フェンリルは避け、駆ける。

 

 

 

「ね、狙いが…………ッ!」

 

 

「『そりゃ当たり前だろ。馬鹿か』」

 

 

 

 フェンリルが追いつき、右前足のクローで切り裂く。

 

 

 

「くっ……!」

 

 

「『来ると分かってたぜぇ』」

 

 

 

 ブルーティアーズのビットが展開されるが、先にフェンリルの尻尾から放たれた小型ミサイルによって破壊される。序でに出していないビットも破壊する

 

 

 

「なっ!?ビットが全て……!」

 

 

「『まだまだ行くぞ』」

 

 

 

 フェンリルの口が開いたと思うとセシリアが衝撃を受けながら離れた。

 

 

 

「今のは……一体…………!」

 

 

「『余所見は厳禁!』」

 

 

 

 6つのビットを破壊した小型ミサイルが尻尾から残りの6つが放たれる。セシリアは空中を旋回しながら避け続けていくが、追いかけるようにフェンリルが迫る。

 

 

 

「このっ……!小癪なッ!」

 

 

「『お得意のワルツすら踊れないからなぁ……!』」

 

 

 

 セシリアがアリーナのシールドバリアを背に立つ。フェンリルはセシリアを追いかける。ギリギリまで、ギリギリまでフェンリルを近付けさせる。

 

 

 

 ━━━今!

 

 

 フェンリルがかなり接近した所でセシリアは避ける。このままではフェンリルはバリアにぶつかる。スピードを落とせば格好の的である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 しかしフェンリルは直角に曲がった。

 

 

 

「なっ!?」

 

 

「『発想は良い、だが俺にはバレバレだったし対策もあった。(わざ)と乗ってやった事に気付かねぇのか?』」

 

 

 

 最高速度を出しながらも急激な旋回を可能とする動物が居る。

 

 【チーター】。猫科の動物で最速と言われるハンターは最高時速110〜120kmを維持しながら獲物を追う。その速度が注目されているが、特に注目すべきことは急激な旋回が可能という点にある。

 

 スピードを落とさずに急旋回することがチーターの強味と言えるのだ。この原理には尻尾が理解する為の要である。

 

 チーターは旋回する時、尻尾を回すことで舵の役目を担い方向転換をする。これによりスピードを落とさずして急激な旋回が可能なのだ。

 

 

 つまり先程のフェンリルの急激な旋回のメカニズムは、尻尾を回すことによって可能としているのだ。これこそ獣ならではの利点である。

 

 

 

「『終わりだな』」

 

 

 

 フェンリルがブルーティアーズを右前足で切り裂く。刹那、ブルーティアーズの動きがピクリとも動かなくなった。これが意味することは……落ちる。

 

 

 

「『グレイプニール!』」

 

 

 

 ブルーティアーズの落下が止まる。浮遊感がセシリアに伝わり、セシリアは上を見る。フェンリルの毛が下に伸びているのが分かった。当のフェンリルは毛に包まれた外装が剥き出しとなっている。

 

 フェンリルはゆっくりとブルーティアーズを降ろし毛を戻す。すると元の毛がフサフサとした狼の姿のISとなる。フェンリルは近くに降りてセシリアに近付く。

 

 

 

「『とりま終わりだ、SE残ってようがお前の機体も動かせねぇだろうしな』」

 

 

「そう……ですわね。私の完敗です」

 

 

 

 降参。セシリアが取った行動がそれであった。アリーナ内の殆どの生徒、果ては殆どの教師までも驚いていた。唯一驚いていないのは織斑千冬、更識楯無のみである。

 

 

 フェンリルの左足のクローがブルーティアーズに触れる。ブルーティアーズがスムーズに動ける様になる。既に勝敗が決した時点でセシリアの負けは決まっている為、潔く解除する。

 

 

 勇もフェンリルを解除する。右膝を地面に着けて現れたため実質跪いているが、まるで歴戦の猛者が姿を現した様な印象を受ける。

 

 

 

「あー疲れた。フェンリルもお疲れ」

 

 

 

 宝石が応える様に光る。自然光なのか、人工的なものなのかは今のところ定かでは無い。

 

 

 

「お強いのですね。貴方は」

 

 

 

 素直に賞賛すべきことだから。

 とてつもなく強かったから。

 悔いは無いと思えたから。セシリアはこう言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いいえ、逆ですよ」

 

 

 

 帰ってきたのは、違う反応。勇は笑顔のまま、言葉を続けていく。

 

 

 

「僕は弱い。人でなく、獣としてのISを使わなきゃ負けていた。

 

 僕は強さを求めた。でも強さを得るには人を捨てるしか無かった。

 

 そんな僕の強さは、人が弱さに負けた証です。

 

 

 そんなのよりも、貴女は何年も人であり続けた。

 

 僕は、そんな貴女が強いと思います。

 

 貴女の強さは、人が弱さと共に生きた証ですから」

 

 

 

 優しい口調で、然れど自分を堕とした者の教訓として彼女に伝えた。人は獣の強さを得るべきでは無い、人は人であるべき強さを得てくれと。遠回しに。

 

 

 その言葉には悲しみが滲み出ていたが、何処か空虚であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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