波際に居る勇は、ゆっくりと海に入っていく。膝辺りまで浸かるとフェンリルが自立稼動状態になり勇に掴まろうとする。微笑ましく見る勇はしゃがみフェンリルは勇の背中に乗り移る。そこからゆっくりと勇は深い所まで泳ぐが、波が顔に当たったりして中々進めず四苦八苦している。
「あ、ヤバっ。サングラス」
『ヴぁう』
「あ、ありがと」
『ぅあぅあぅあぅあぅ!』
「……いや何で来たのさ?」
背負っていたフェンリルが落ちかけていたサングラスを取るが、何故かフェンリルは水に全身が浸かる事を断固拒否するのだ。完全に水嫌いの犬みたいだが一応ISである。仕方なく勇は浜に上がってフェンリルを降ろし、再度海に行こうとするがフェンリルが回り込んで制止させる。
そして勝手に量子格納域からボールを取り出して口に加えて遊べと懇願している。よく見れば口の中に入れていたサングラスが無いので、量子格納域に入れたと推測される。というワケで結局、勇はフェンリルとのボール遊びをする事となった。
しかし泳ぐ事を不満と思ってはいない。何故か寧ろ
周りを見ればバハムートに掴まって高速遊泳を楽しんでいるマドカ。
ビーチバレーを楽しんでいる生徒達。
パラソルの下でのんびりと過ごしているアルミラージとロック鳥。
ひと泳ぎしてきたのか水も滴るいい女となっているラウラ。
箒と絡んで鎮圧される束と、鎮圧に関わるクロエ。
楽しそうな光景、眩しい笑顔。思い思いに過ごす時間なのだが………………
「……………………?」
『ヴぁん!』
「おっと、ハイハイ」
何故だか知らないが、
時は少し過ぎて夜になった頃、食堂の場所には生徒達が大勢居るが……
「何故……何故ッ…………!?」
「あれ……勇は?」
そう、何時もの如く勇だけ居ない。そこに千冬の補足が入る。
「尾崎は安全上の為に特別に個室だと言った筈だが?」
「うぇ?…………あ、あぁそうだったわ。うん」
「護衛ならまだしも何故束もあそこ居るのかは未だ理解できんが」
山葵と赤身の刺身を醤油に付けて一緒に口に入れる。何処かしら疲れている様子を漂わせているのが見て取れるのだが、その原因の種になっている束はクシャミすらしてなさそうである。
「ぶえっくし!」
「ちょ、汚いです」
「酷くない!?」
「落ち着けお前ら、飯時に騒ぐな」
所変わって個室……というより家族単位が泊まる部屋で4人が食事を摂っていた。自らの立場もあった為そもそもこの部屋で食事をするのは決まった事だ。特に不満というものは無い。
ある意味騒いでいる束に冷静に非難する勇、特に変わった様子がないクロエとマドカという珍妙な組み合わせ。早めに食べ終わる勇と束は手を合わせて“ごちそうさま”と呟くと、束は食器類を飛び越え勇は入口付近まで避難する。計算内なのか食器類全てを飛び越えて座布団ごと畳を滑った束を無視し、勇は外に出る。
というより全員浴衣なのに、この2人は何故機敏に動けるのかが理解できない。そして束は他が見れば確実にアウトな姿をしていたという。
そして外に出た勇は来客用のサンダルを履いた状態で跳躍、旅館の屋根に飛び移りフェンリルを自立稼動状態にさせて夜空を眺める。
あまり街灯も見かけない道路によって、月の光や星々の輝きがよく視認できる。探せば1つ、2つ、3つという風に幾つもの輝きが浮かび夜空を彩る。美しくも儚く、然れどその存在は大きい。
「……ホント、綺麗だね」
フェンリルは興味は無さそうに勇の脚に頭を乗せて寝そべる。そんなフェンリルを見て少しだけ苦笑いし、頭を撫でる。その行為に嬉しくなって尻尾を振り、上目遣いで勇を見る。
空を見ていた勇であったが、ふとフェンリルを見るといつもの愛らしさに微笑み顔を撫で回す。
「…………っ」
『うぅ?』
「ん…………何でもないよ」
頭を抑える様子を見せる勇。フェンリルも心配そうにするが、特には伝えない。
━━━…………何だろ、ホントに……?
━━━何か
そうなると頭が響くように痛い。
━━━何がそうさせているんだ?
━━━……冷静に考えれば
何かを思い出したくないから?
━━━僕自身の脳が、そうさせているのか?
━━━でも……確か…………
「あれ…………?」
『ぅあう?』
突然頭を掻きむしり始める勇。次第に挙動不審になっていき、その場に立ち上がって海を見渡す。
「あれ?……あれ?…………あれ……?!
何で……?無いの……?
何で…………?あれ…………?!
何で……
あんなに大切だった……
勇はその場にへたりこみ、何も考えられない様な表情で首を横に振る。異常と察知したフェンリルは勇をグレイプニールで掴み、屋根から降りると玄関に向かって吠える。
『うぉん!ぉん!わぅーん!』
先に扉を開けたのは自立稼動状態のバハムート、そしてロック鳥とアルミラージが駆けつけていた。
「一体どうs……勇!?」
マドカが勇に駆け寄り、様子を見る。珍しく涙を流している勇の絶望した表情に戸惑ってしまう。
「「勇!」」
「ユウ君、駆けつけて来たぜーィ!」
「空気を読めッ!馬鹿者!」
「あでっ!」
さらに駆けつけて来たシャルロットとラウラ、束と千冬が勇の元に駆け寄る。後から来たセシリアや一夏、箒までもが勇の今の状態を見て驚愕する。
千冬が勇に近付き肩を揺する。
「尾崎どうした?一体何があった?」
「まさかここに……ユウ君を泣かせた奴が……?」
「少し黙ってろ束!」
「思い……出せない…………」
一斉に視線が勇に集まる。その勇はゆっくりと両手を頭に持っていき髪を掴む。
「家族のことが…………
「ッ!?」
刹那という言葉が合うほどの速度で勇に近付いた束は、勇の顔に手を添えこちらに向けさせ目を見る。
「……ちーちゃん、ちょっとユウ君を休ませるから」
「束……?」
「マドっち、行くよ」
「だから渾名は……あぁ、もう良い。
フェンリルが待機状態に戻り、束が勇を運ぶ。
束が勇を運んでから1時間弱が経過した頃、勇は漸く落ち着きを取り戻した。まだ軽い震えと動悸だけはあったものの、質疑応答ぐらいはできる様になった。酷い状態では過呼吸になり酸素の過剰摂取で死にそうになっていた。
今のところフェンリルが傍に居て、序でに束が左手を握ってくれている事で平静を保ち続けている。今の部屋には護衛としてマドカとクロエが入口付近に居る。
今の勇は完全に怯えた小動物。技術者や
と、そんな中で部屋の扉が開かれる音が聞こえた。複数の足音が響き、小さな足音と羽ばたきの音が聞こえてくる。
「……御三方、お揃いで」
いつもの3人、セシリアとシャルロットとラウラに加えてアルミラージとロック鳥の2機であった。だが心
「来てくれるっては、知ってたよ」
「…………あの、勇さん。何が……あったんですの?」
ゆっくりと目を閉じて深呼吸するが、その話題を出した途端に震えが大きくなっていく。そして徐々に呼吸までもままならなくなるのだが、フェンリルが少しだけフォローを入れる。
『ぅおーん』
「ッ!…………ありがと、フェンリル」
『あぉーん』
「ユウ君、束さんが話しても良いかな?」
「…………ごめんなさい。お願いします」
「謝らなくて良いよ。あ、手は握ったままで良いから少し寝てたらどう?」
「…………すいません」
フェンリルがグレイプニールで襖から布団を出し、束の近くに設置すると勇はそこで横になって目を閉じる。フェンリルは繋がれたままの勇の腕に頭を置いて傍で寝る。
暫くして勇が規則正しい寝息を立て始めると、束が3人に向かい合って話し始める。
「さて……ユウ君の状態、といっても体には何もない訳さ」
「……あの時言ってた、家族のことか?」
「うん。多分そこの英国人はユウ君の家族のこと、社長さんから知ってるんじゃない?」
「え、ええ。とても……悲惨であったのは」
「家族……あの時の…………」
「そこの仏人も知ってたの?」
「は、はい。家族が居ないって……勇だけ残ってしまったって…………」
「うん。その家族さ、ユウ君が
それが
「だけ……?」
「うん」
「…………記憶が曖昧なのは、まだ。でもその記憶だけ全部なくなってるって……」
「おかしいさ。とても」
慈しむ様子で勇の頭を撫でる束。この安らかな寝顔を見ていると年相応か、それ以下の少年に思えてくる。少しだけ擽ったそうにしている素振りを見せるが、もう一方の手で束の左手を掴むと少しだけ束は照れる。
「可愛いよね、ユウ君」
「……今まで見せた事が無いからか、とても可愛らしく見える。これが……噂に聞くギャップ萌えとやらか!」
「ラウラ……同感」
「右に同じく」
「さて話を戻すけども」
「束、入るぞ」
千冬の入室。態々来ていたこの面子に特に反応は示さず、束との目線を合わせて話していく。
「束、尾崎の件だが……」
「ちょうど話そうと思ってたとこ。さて……話すけども、まずユウ君の記憶の異常。家族の記憶《だけ》何も覚えていない、でも家族が居たってのは覚えてる。これだけで考えると」
「人為的なものか?」
「って考えられるんだけど…………まだ分かんないとこもあってさ」
「ほぉ……?お前でも分からん事があるなんてな」
「いやだってさ。ユウ君の脳波とかここ周辺で記憶に関わる周波数とか調べたけどさぁ……なーんにも」
両手を挙げて参った様子を見せる束。両手が挙げた事で掴まれている勇の両手も一緒に上がったので物珍しそうな様子で束を見る。
「何?ちーちゃん」
「いや…………変わったんだなとな」
「そりゃね」
口角を上げて“にししっ”と笑いながら束は掴んでいる勇の手を振って答える。少しだけ微笑むが、すぐに話を戻す。
「……話を戻すが、人為的なものだとすればだ。この旅館の中か、外部の者か」
「外部だと難しいし、内部だと……生徒?それか……従業員?まぁ
「引き続き調べる事は?」
「ユウ君も一緒に帰らなきゃいけないけどね。流石にこんな状態だと不味いし」
ホログラムを起動させて唐木社長と連絡を取ろうとするが、かなりザッピングが酷い。
「…………あらら、これだと逃がしたくないらしいね。向こうは」
「束、どうした?」
「ジャミング。これだと携帯繋がらないし……固定電話はある?」
「女将に言えば貸してもらえる筈だ」
「ん。それじゃあ……そこの3人」
3人が束の方に注目する。
「ユウ君のこと、ちょっとだけお願いね?」
にこやかに、しかし離れる手の温もりに抵抗を覚えつつも部屋から出ていく。
部屋を離れた途端セシリアとシャルロットが勇の寝顔を見る。ゴクリと唾を飲み込むのだが、空いている手の方を見ると布団の中にモゾモゾと入っているラウラが。
「ちょっとラウラ!何やってんの!?抜け駆けしないで!」
「そうですわ!それに何と羨ましい……!」
「ふんっ!早い者勝ちに決まっているだろう!」
「お前ら、私が居ることを忘れてないよな?」
束は固定電話を借りようと玄関窓口まで向かう。
そこまで来たのは良かった。電話は……無い。
「……きな臭いなぁ」
さぁ、戦争序曲の始まりだ。
殺し殺されあおうじゃないか、諸君。
虫けらは虫けららしく、無様に死んでいきなぁ!
有象無象の区別無く、私の弾頭は赦しはしない。
こっちは暴れられんならどーだって良いんだよ。
私が越えたいのは……貴女だけだ。
貴方というサンプルを列挙しなければならない。
化け物は僕だけで構わない。
次回 新章【Sing a hell】