地獄歌:序曲 第1節
翌日、この日は全員外でISの装備運用などを行うのだが……少しだけ変わっている所があるにはある。勇のISである。
「『【スレイプニル】装着完了、同調の不備は無し。SE運用効率52%上昇確認、追加スラスター異常なし……これより試験運転を開始する』」
「AIサポートシステムにも異常なしっと……頑張ってよ〜!」
「『わーったから今は離れろ。今は平気なんだしよ』」
そして追加装甲である黄色がかった白の装甲に両肘、両膝裏の4箇所にスラスターが追加され計8つのスラスターが装備されている。
「勇、その姿なんだよ!?」
「『ん、あぁこれか。ワケあり【
「ISって……進化すんのか?」
「『そりゃお前、生物が生き残ったのは進化したからだしな。何事も新たな状態にならなきゃ生き残れないってモンだわな』」
「へぇ〜……」
「『んじゃ行ってくるわ』」
8つのスラスターからエネルギー粒子が放出されていき、少しだけ浮かんだ後ものの1秒で空高く飛んでいった。束が向かって行った勇を見上げながら担当の千冬に近付き話していく。
「……おい束、尾崎はさっき何て言った?」
「行ってくるって」
「その前だ」
「進化の話」
「その前」
「第2形態移行?」
「いつ【形態移行】したんだ尾崎は!?」
「もうとっくの昔に〜」
おちゃらけて話す束を他所に頭痛が起こる千冬、そんな事が起きていると露も知らずに亜音速の速さで移動している勇。
━━━━亜音速飛行に異常は見られず……っと。スレイプニルには特に異常も無し。後は【スリヴァルディ】の調整も欲しいからな……後で誰かに頼むか。
━━━━……しっかし記憶の一部が抜け落ちるって、どういうこった?普通有り得ねぇんだが。
━━━━……駄目だ分からん。それと…………
飛行中に勇は自分の手をチラと見る。僅かながら震えの方が確認されていた。亜音速という領域内に居るとはいえ、微妙な震えだけは分かる。
急制動、亜音速状態を維持させた方向転換、海面ギリギリの飛行を1通り終えた後SEと機体確認。SE消費量の方は誤差0.5%以内に留まり、機体損傷は問題なし。しかしなるべく誤差を0.1%以内に抑えたいと考えている。
データ収集は1通り取り終えたので、そのまま亜音速飛行で砂浜に戻って行く。空中でパッケージをパージさせ形を整えさせていく。
それは馬。足の無い馬であるが、側面に2つの翼と下方に舵が取り付けられた8つのスラスターがあるパッケージ。これこそ明石重工が開発した特殊パッケージ【スレイプニル】の機能である。
通常の状態で着地する。少しだけ砂埃が舞うがお構い無し、フェンリルを解除させて自立稼働状態にさせた後にパッケージのスレイプニルが降りてくる。
「おっかえり〜!スレイプニルの調子どうだった〜?」
「……素直に受け入れて良いのか、悪いのか」
「ユウ君は素直になろうよ〜」
何処か諦めた様子を見せ溜息をつく勇は、引っ付いてくる束を他所にスレイプニルの確認をしていく。
【スレイプニル】北欧神話に伝わる主神オーディーンの愛馬。8つの足を持った駿馬として伝えられている。雌馬に化けたロキとスヴァジルファリの間に産まれた子である。
このスレイプニルの特徴はその8つの足に
そして既存のISのSEと同調させる事で重量をなるべく軽くさせている。さらにエネルギー効率を上げさせて消費量を少なくさせている。
「フェンリル、少し休む?」
スレイプニルの確認を終えた後、フェンリルに尋ねるが首を横に振って応える。“そっか”とだけ言うと勇はフェンリルを装着すると少し辺りを見渡しマドカを見つけると、そちらに向かう。
「『悪いM、スリヴァルディの試験運転を頼みたい。漸く完成しやがったからよ』」
「ふむ、了解した」
マドカもバハムートを装着し勇と束とクロエが離れた場所へと向かう。幾つかの足音が聞こえるので振り返ってみれば何人かが着いてきていた。
少し面倒そうな表情を浮かべながらも場所を移してバハムートと対峙する。既にパッケージインストールの方は完了されておりフェンリルは【スリヴァルディ】を装着させる。
【スリヴァルディ】霜の巨人の1人で、その名は『
このスリヴァルディはスレイプニルと同じようにSEと同調させて使用効率を良くしている。そしてスリヴァルディにSEを流し込む事で、その分威力を上昇させる優れもの。
そしてフェンリルとバハムートの模擬戦が始まるのだが、当の2人は少しヒートアップし徐々に本気になりつつあった。漸く終わった頃にはダウンしていた。
「『えっぐ……パワーじゃ負けるかぁ…………やっぱバハムートはスゲェや』」
「『貴様……1発殴って1.2割削った者の言い草か?』」
「はい2人共、IS解除して」
フェンリルとバハムートがISを解除して2人とも休憩に入る。少しだけスッキリしたような表情なのは目の錯覚ではない。
つつがなく終わった授業の後、勇は1人窓の外から景色を眺めていた。敢えて灯りをつけずに夜空に浮かぶ月の明るさだけであった。フェンリルも同じように月を見ていた。
「……フェンリル、僕さ…………疲れちゃった」
『ぅわぅ?』
「……何で記憶が無くなっちゃうんだ?こんな日に……」
勇の精神はとっくに疲弊していた。家族との思い出だけは失いたくなかった故に、家族との些細な思い出も覚えていたが為にこの事実に納得もいかず受け入れられなかったからだ。
そんな思いを胸に抱かせたまま、勇は立ち上がり扉の方に振り向いた。
扉が
「─────ッ!?」
突然火が見えた事で勇は尻もちを付いた。ただ火を見て驚くということは勇では有り得ない。ならば何故か?
「……………………
勇にとって、燃える事は即ち
「……………
「来ないで!」
勇は右手から冷気を発生させ、燃えている扉に向けて右手を出す。扉を凍らせ火も消える…………事は無かった。
その逆、火の勢いは治まる事を知らなかった。
「止めて……来ないで…………」
フラッシュバックされるのは、あの時のトラウマ。
「止めて……!奪わないで…………!」
何度も凍らせるが、火は進行していく。
「お願い…………お願いだから……もう…………!」
突如、勇の体に何かがぶつかり左に飛ばされる。
「がっ!?」
『きゃうん!』
ぶつかった何かはフェンリルであったが、体全体でぶつかる事はまず無い。そして先程のフェンリルの鳴き声もある。壁を突き抜けて別室に飛ばされた勇は瓦礫が舞う中、フェンリルの苦しそうな表情を見る。
「ッ!?フェンリル、しっかり!」
「やっぱ待ってらんないわぁ」
瓦礫が舞う中、勇は瓦礫を踏み付ける音の方を向く。女の声だ。そしてこの声には聞き覚えがある。
「貴女……まさかッ!」
「あらあら、声で分かっちゃうかしら?……まぁどうでも良いけど」
破壊音を聞きつけて千冬を先頭に束が駆け付ける。
「どうした!?一体何が…………ッ!?」
「ユウ君!」
「ッ!待って!止まれ!」
「はいそこまで」
突如勇の首に刃物が突き付けられる。しかしその刃渡りが異様に大きく、柄の部分も長い。
まるで大鎌。首に当てられた刃は勇の命を握っている事を意味している様に、先程の女性の声で2人は止まる。そして、千冬も勇も驚愕する。
「「女将……!」」
「せーかい&だーいせーいこーう!」
大鎌を持っていたのは、この花月荘の女将。その目はあの時見せていた優しげな目ではなく、異常者特有の目であった。
そして迫り来る大鎌に対し、咄嗟に凍結させて氷の篭手を作っていた腕で首を守り壁から部屋を突き抜けて廊下に出る。
「がふぁッ!」
「ユウ君!」
「尾崎!」
床を勢いよく転がり玄関の扉にぶつかって漸く止まった。肺の中の空気が全て吐き出されるまでの威力であり、先程腕を守った氷の篭手が無残にも砕かれていた。この氷は元来フェンリルの単一能力である【凍結】が操縦者である勇にも使用可能となったものである。
故にこの氷の有り様は、あの威力が単一能力を破る程の威力を持っていたということ。その事を束は勇に駆け付けた際に知った。
「そんな……!凍結の氷が砕かれて…………!でも普通じゃ出せるわけが!」
「篠ノ之束ぇ……まさか私の独力だとでも思ったかしら?」
「なに……!不味いッ!」
「ッ!?ちーちゃん!」
大鎌を振るう女将の次の標的は織斑千冬であった。大鎌の峰が彼女を襲いかかるも防御姿勢として両腕を盾にし踏ん張る。
それでも廊下の壁まで飛ばされた千冬であり、腕は赤く腫れている。その様子を見て女将が舌打ちをする。
「チッ、かなり頑丈だねぇ……本当に人間か?」
「御生憎様、私は紛れもない人間だ」
「そうかいそうかい」
先程の騒ぎを駆けつけて来たマドカ、クロエ。そしてラウラ、セシリア、シャルロット、一夏、箒、鈴の6名も駆け付けた。
この惨劇に何が起きているのか未だ理解できていない8名であったが、大鎌を持った女将が姿を現すと全員が驚愕する。
「女将さん!?」
「貴様、一体何を!?」
「お子ちゃま共には関係無いし、答える義理なんてないわよッ!」
女将は大鎌を持ちながら一回転すると、辺りから強風が吹き荒れる。全員風で視界を閉じざるを得ないが、女将は隙が出来ている勇に大鎌を突き刺そうと振りかぶる。
『ヴぉん!』
「むおっ!?」
「フェンリルッ!」
それを阻止するが如くフェンリルがグレイプニールとスラスターによる加速を合わせて女将の背中に頭突きを与える。速度も相まって外まで飛んだ女将であったが空中で着ている服を脱ぎ捨てた。
事を知るために玄関を覗くが、女将が着ていた服が地面にパサりと落ちた事も気にせず砂浜に着地した音を拾いそちらを見やる。見れば、かなり動きやすそうな服を下に着ていた様だ。
勇が後を追うように外に飛び出し、それに続いてフェンリルが勇に装着される。後に続く様にマドカも外に飛び出しバハムートを装着して女将と対峙する。
「『貴様、ただの女将……とやらでは無いな。誰の差し金で来おったか白状してもらうぞ!』」
「怖い怖い。まさかデッカイのが来るなんてねぇ……そこのコア開発者のならまだ対策はあったんだがねぇ」
「『……って事は、俺の事を調べたみてぇだな。
「勘の良い奴だねぇ。“何処で”でも“何故知ってる”でもなく
女将が右手を突き出し上空に掲げる。
「アンタの過去さ!」
砂浜に手を付ける。すると女将の腕から文字の様なものが伝わり、この砂浜や花月荘にまで行き届く。赤黒く暗い空間が辺りを蝕んでいく。この出来事に何が起きているのか分からない勇を含めた全員が、この空間を見渡す。
「『ッ!?一体何が起きちゅう!?』」
「気持ち悪い……ッ」
「さぁて、私の【
「『にぃ……ちゃん…………?』」
「『!?』」
素の口調。小さい頃の口調。幼き頃の甘え方。勇は何を見ているのか、他の者は分からない。
「『おい勇!しっかりせんかえ!』」
「『兄ちゃん……!』」
涙が零れる。フェンリル越しに見えている物が、勇の心を惑わせる。
そんな勇の事を気にする事は無い様に、女将が大鎌を振るう。だがバハムートが触手2本と左手で大鎌を捉えて防ぐ。よく受け止めたというべきか、バハムートがこうしなければ止められていなかったか。
「アンタ……私のを喰らっても平気とは、どういう了見だい?」
「『わっちが知るわけなかろう!』」
マドカだけが効いてない。故にマドカは孤立無援の一騎打ちを開始する。
次回『地獄歌:序曲 第2節』