その夜、早急に臨海学校は終わりを告げた。バスが到着した時は早朝という時間帯であったが、学園の生徒達は一刻も早く親元に帰りたいというのが
残念な事にIS学園から6名の自主退学生が出てしまう結果となった。しかし、むやみにその経緯を話してしまえば混乱が起こってしまうのは明らか。狙われた勇は国連加盟国に事のあらましを伝えた後、今回の事件で聞いたある言葉を口にすると全員驚愕に包まれる。
しかし未だに相手の戦力も分からない上に何処に拠点を置いているのかも判明していないのでは手の施しようがない。勇ならば自主退学すればIS学園に振りかかる火の粉を一身に受ける事が出来る。
だが勇は、相手の存在が今回の事件に気付いたことを悟られることは逆に悪手とも呼んで良いと考える。もしも相手の狙いが勇だとすればIS学園を狙う可能性も否定できない。外れていたとしても、結果的に混乱を巻き起こすのは変わらない。
ある意味苦渋の決断とも取れる。勇はIS学園に残る事を決めた代わりに、IS学園の警備体制を強化することを約束して学業に務めていく。その上で今回の事件に関与する人物に警戒しなければならない。
勇はIS学園の警備体制の強化を図る為にゴーレムの設置を轡木十蔵に許可を取り、提示していた編入の件を確認する。了承の証明も貰い先に編入計画の一部は進められていることを聞くが、一言二言だけ言って会社に戻って行った。
そして現在、勇は会社地下の研究所で雇っている亡国企業の面子を全員集めて対談している。今回の事件で判明した事実だけを伝える為に。
「このような形で緊急招集を掛けてしまい、申し訳ありません」
「……事件のことは聞いたがよ、伝えたいことって何だよ?」
勇は深呼吸を1度すると、表情を真剣なものにさせてその言葉を呟く。
「ハイル・ヒトラー」
『!?』
「今回の事件の主犯は消えてしまいましたが、消える際に
「……最悪。じゃあなにかしら?今度の敵は」
「ええ。ナチズムに染まった人間と考えて宜しいかと。そこで皆さんに聞きたい、その思想に染まった組織に
「「ある」」
「やはり……ですか。その組織について分かっている部分だけでも教えてくれませんか?」
最早隠す気すら見せない亡国企業の面子。スコールが言うには、その思想主義者の組織と何度か対面し戦ったことがあるらしい。マドカも思い当たる節があるそうだ。
曰く、その組織の名は【
そして、その組織の中で重宝されているのが【魔術】。この科学や工学が進んだ世の中で、殆ど目を向けられなくなった魔術に成通しているという。魔法ではなく魔術、何の特別な力も要らない魔術である。
魔術と魔法の違いと言えば、
勿論、急に魔術という不確定要素の塊を相手が使用していることを簡単に認められにくいのは事実。しかし昨日使用してきた“幻術”という幻を見せる力を勇はこの身で体験している。信用するに値するのだ。
そしてその組織の殆どが人間の範疇を超越しているという。その仕組みは
他にも魔術系統の被害にあった者は居るらしく、ある者は何も居ないのに吹き飛ばされたという被害や金縛りにあったなど様々。中には火傷、かまいたちにも……数えきれない程の被害に遭遇しオータム曰く“敵対はしたくない相手”だと。
そしてその組織の目的なのだが…………
「
「正確には
これこそ敵対したくない理由。目に付いた輩や他組織を片端から潰していく為、裏業界でも厄介極まりない扱いを受けているのだ。しかし対峙したどの組織の部隊も一方的な殲滅を受けている。
恐れ知らずの蛮勇どもが集う“狂った戦闘狂集団”。その組織が1枚噛んでいるこの事実に憤りすら覚える勇。態々戦いの為だけに他者を壊し巻き込む行為に、勇の心が痛む。
「……亡国企業の皆さん、僕は今
「だろーなぁ」
「やんなきゃ今までの金も苦労もパーだし、参加しなきゃ不味いでしょーね」
「私は個人的に屈辱を晴らしたいまでだ」
話は早かった。亡国企業は亡国企業なりのメリットとデメリットを天秤に掛けて、勇は勇の目的の為に戦いへと望む。やるべき事は残されているが、その組織を潰さなければならないとその心に誓う勇であった。
「束さん」
勇は多くの監視モニターが設置されている部屋に足を運ぶと、そこに居る篠ノ之束を呼ぶ。呼応した束は勇の方に笑顔で振り向く。
「な〜に、ユウ君?珍しいじゃん」
「……まぁ私的で話す事なんて殆どありませんからね」
「それは悲しいなぁ……およよよよ」
泣くフリを見せてケラケラと笑う束だが、勇の表情は依然と晴れないままであった。そんな束はそのままの表情で勇に問う。
「で、束さんに何か用かな?」
「あー……………………その、ですね」
「うん」
「無理、してませんか。今」
少し詰まりそうな物言いで聞いてきたのは、たったそれだけ。この珍し気な言い方に束は勿論のこと食いつく。
「…………どーしたのさ、急に」
「いえ、その…………僕のせいで迷惑を掛けてしまって……申し訳なくて」
束の付けているウサ耳のカチューシャがズレる。なぜ勝手にズレたのかはさて置いて、とにかく束が呆然としているのは確かだ。いつもなら構うこと無く自分の作業に没頭していたりフェンリルの調整などに時間を割くからだ。
束は勇に近付いて頬をペタペタと触ったり額に手を付けたりしている。
「……何してるんですか」
「いや……だって…………えっ、あれ?」
「色々と失敬ですね」
勇は束の手を掴んでゆっくりと顔から離し、口を開く。束は勇の行動にただ呆然とするしかなかった。
「今回の件で随分とお世話になりましたし、その……お礼というか。なんというか」
「………………」
顔をそっぽ向きながら照れくさそうに話す勇に対し、束の中の何かが徐々に決壊しかけ始めていた。しかし勇はそんなことをお構い無しに喋っていく。
「僕が怖くて震えていた時、迷惑だったでしょうに……傍に居てくれてありがとうございます。ただ、それdむぐっ」
「ユウ君がデレたあああぁ!」
一部決壊して束が壊れる。まさか勇も束に抱きつかれて胸に顔を埋められるなどとは考えていなかったのか、困惑する。ただ今回は単なる困惑という訳では無いらしい。
束はそんな事は露知らず、勇の初めて見るデレに歓喜していた。そもそも細胞レベルで通常の人間よりも並々ならぬ力で勇を持ち上げる。勇はその状態が苦しいので束の肩を軽く叩くが、気付かない。
結果、満足するまで抱きつかれた為か少し酸欠気味になった勇であった。束も反省はしている様だが、直そうとする気などサラサラ無さそうだ。
「あぁ、もう……!」
「ごめんごめんって…………うへっ」
「……はぁ。
「何が言いづらいって?」
「……ホンットその地獄耳が欲しいですね。よく聞き取れそうです」
「残念だけどユウ君に移植するのはむり〜」
「……分かってますよ。全く」
「で、何が言いづらいって?」
「……………………」
「応えてくれなきゃ……イタズラするぞぉ〜」
両手をワキワキさせながら勇に徐々に迫っていく束、しかし勇は腕を組んだまま動く素振りすら見せないので不審に思うのは仕方がない。
両手の動きを止めて降ろし、勇に向かって喋る。
「ホントどうしたのユウ君、何か変だよ?」
「変……ですか。そうでしょうねぇ…………」
勇は一旦目を閉じると再度開き、表情を真剣なものにする。束は首を傾げていたが、勇が急に両手を掴んで前に出させたあと勇は話していく。
「幻術から目覚める直前、家族3人に言われたんです。
“みんな、僕自身の幸せを願っているって”
それが例え幻だとしても、都合良く処理された記憶だとしても……僕にはそれが
僕は囚われていたのかもしれない。昔の家族という枷に、幻覚に、呪いに。でもその言葉を聞かされた時、そのしがらみが解けた気がしたんです。
漸く、その決心が決心がつきました。
束さん、僕は……貴女と
どれ程の時間が経ったのだろうか。束が口をパクパクと開閉し、徐々に顔が紅潮していく。
「……ねぇ、ゆゆゆやゆユウ君。それって……もしかして?」
「ッ…………あぁもう!プロポーズですよ!プロポーズ!言わなきゃわかりませんか!?」
同じく勇の顔も赤く紅潮する。少し声量を上げて怒鳴りつけるような感じで伝えるが、そのことを聞いた途端束は涙目を浮かべて勢い任せに抱擁をする。
「むがっ!」
「やっとユウ君が言ってくれたー!」
「プハッ!……ま、まぁその…………貴女が僕に好意を向けているのは知ってましたし。僕も両親や兄から言われただけですから……ぼ、僕がそうしたかったからという訳じゃありませんから!勘違いしないで下さいよ!」
「うん!ユウ君がツンデレでそう言ってる事は分かったから!」
「だぁ違ぁう!」
口ではそう言っているが、右手に付けているフェンリルは知っている。勇は世間で言われるツンデレだと、そして勇自身がそうなりたかったが素直に伝えるのは束に陥落されたような気がして納得いかないということを。
しかし大事なことをお忘れでは無かろうか?勇は束の向けた好意を
「で、ですが他にも僕に好意を向けている方もいらっしゃいますから……束さんも僕みたいな輩に告白さre」
「あーそれ?ユウ君に内緒で政府に重婚のヤツ貰ったから万事オーケー!」
「…………はぁ?」
このことに呆れて何も言えない勇は、束のなすがままとなっていたとさ。
因みに狼は一夫一妻制である。
次回『地獄歌:間奏 1節』