現在、勇はフェンリルを自立させた状態で織斑千冬と楯無と共に生徒指導室に居た。フェンリルの方は勇の膝を枕代わりとしており寝そべっているが、人間の方はかなり空気が緊迫している様子である。
「……さて、勇君。もう分かってると思うけど」
「フェンリルのことですよね。知ってますよ」
「なら……何故提出された機体情報に無かった?」
「混乱を避ける……といっても一時的な物にしようと考えてましたので、あくまで予想通りですが」
「……ISの自立思考、走行。こんなISがある事を知られたら貴方危ういわよ?」
「その点は既に抜かり無く。フェンリルの可愛さに虜となった人達経由で口外しない様に伝えました」
「いや可愛いけどねぇ……」
『わふっ?』
起きたフェンリルが耳をピコピコと動かすと、今度は伸びをしてソファから降りると生徒指導室を周り始めた。
「……おい尾崎、何とか止まる事はできんのか?」
「可能ではありますが……やると拗ねて展開しなくなっちゃうんですよね」
「完全にわんちゃんじゃない」
『わんっ!』
今度は勇側の肘置きに前足を乗せて立ち上がり、尻尾を振って何かを訴えている。当の勇は少しなだめると制服の内側から何やら平べったい物を取り出した。
それを指で弾くと一瞬で球形に変わった物を、フェンリルに見せつつ軽く投げるとボールを取りに行った。最早ISでは無く完全にペットである。因みにフェンリルはボールで遊んでいる。
「…………んっんぅ!兎も角、尾崎の機体に関しては明石重工から事情を聞く。口止めや情報改ざんをやって置くが、あまりその状態を見せるのは控えろ」
「了解しました。フェンリル、おいで」
『ウゥ〜』
「ごめんごめん。暫くしたらお家帰れるから、それまで待ってて」
『クゥ〜ン…………』
「織斑先生!もの凄く可哀想に見えてきます!」
「こうも犬っぽいのも考え物だな」
尻尾を下げて悲しそうな声を挙げるフェンリルは、勇の言葉で抵抗はあったものの待機状態へと戻った。それらが終わると勇も部屋へと戻って行き、楯無は何か思い出したかの様に勇を追いかけた。
残された千冬は背もたれに倒れながら思案していた。
「…………退職したら、犬を買うか?」
この元世界最強も、犬の可愛さに毒された様であった。
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「……成程、僕の身柄を保護するのも含めて生徒会に入って下さいと」
「そっ。その子にとっても貴方にとっても、悪い話では無いのだけれど?」
「因みに役職は?」
「副会長に就いてもらうわ」
「ふむ………………」
部屋に入るなり何故か生徒会への勧誘をされる勇は、かなりの役職に着きある程度の保護を受けられるという条件を差し出されながらも少しだけ悩んでいた。
やがて考えが纏まったのか、勇はそれを承諾した。
「そうですね……デメリットを考えても少し時間が削れる程度、此方にも問題は無いですね」
「そう。なら」
「副会長の役職を勤めさせて頂きます」
「そんなに堅苦しくなくても良いから。……あと
簪ちゃんのこと、ありがとうね」
「……そうですか。所で仲直りは?」
「仲直りはしたけど、簪ちゃんに怒られちゃった」
何となく想像は付いていたのか、少し呆れた様子でため息をつく勇。しかし何処と無く笑みを浮かべていたと見えたのは錯覚とは言い難いであろう。
「じゃあ早速仕事よ勇君!」
「早いですねぇ……いや、もう遅い時間帯じゃないですか?」
「大丈夫大丈夫、簡単なことだから」
“はて”と首を傾げて疑問を浮かべている勇を他所に、楯無は勝ち誇った顔をしながら何故か90度直角にお辞儀をする。僅か0.6秒であった。
「フェンリルちゃんをモフらせて!」
「えぇ…………」
千冬に言われた言葉を思い出しつつ必死に懇願している楯無を見るに耐えかねたのか、フェンリルを起動して楯無にモフらせた。
だが急にやられた事でフェンリルも怒ったのか、耳元で搭載されている高周波振動砲を放つと離れた。そして勇の後ろに隠れて唸っていた。勇は頭を撫でると先程見せた特殊なボールを投げると飛びついて遊んでいた。
そこに何故かセシリアが来たのだが、フェンリルがボールを見せて遊べと意思表示していたのだそう。快く承諾してくれたが。
「何でぇ…………?」
「急にするからですよ。この子も意思はあるんですから」
『ウゥ〜』
「遊ばれますか?」
『ぅぶぁふッ!』
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この日はISの実演練習の日。全生徒がISスーツに着替えて待機しているが、一夏だけヘトヘトという様子であった。現在専用機持ちが3人揃って残りの生徒の前に並んでいる。
「先ず始めにISの展開から行う。素早く展開させろ、先ずは織斑!」
「お、おう……」
「返事は“はい”だ」
「はい……」
手甲を展開させるイメージを浮かべていくと、徐々にではあるが装甲が展開されていく。完全に展開されるまで2秒程であった。
「遅い。ISの展開は0.5秒までにしておけ」
「ま、まだ早くするのか…………」
「次、オルコット!」
「はい!」
ISの展開を行ったセシリア。だが銃口が勇の頬にめり込んでいた為、千冬はため息をついた。他の者は吹き出していた。
「……オルコット、展開は速かったがそのポージングを何とかしろ。尾崎の頬にめり込んでいる」
「えっ……い、勇さん!申し訳ございません!」
「あぁ、お気になさらず。離れたら良いだけですし」
横に2歩離れて行こうとしたが、先にセシリアの持っている【スターライトMark.Ⅲ】の銃口がセシリアの前に移動されると、歯がダメージを受けた。
「あ……痛い。ホントに痛かった」
「誠に申し訳ございません勇さん!」
「……尾崎、オルコット。早く終わらせろその漫才を」
「漫才じゃないんですけどね……さてと」
右頬を擦りながらフェンリルを即座に展開させると、勇の体は前に倒れて四つ足の状態となる。
「『これで良いだろ?はよさっさと次に行かせろ』」
「教師に対してその口ぶりは感心せんな、尾崎」
「『プロフ見て知ってんだろ?この口調は誰かれ構わずするんでな、治れんならとっくに治してらァ』」
「……まぁ良い。次に移るぞ」
今度は飛行、そして急降下を行う。一夏は急下降の際ギリギリ1cmの距離を残して着地した事から、あの辛そうな練習の成果が現れているのだと実感していた。
「『今日もやるからな。あとまだまだ改善の余地はある』」
「心抉るの止めてくれません?」
「ほぉ、少しは敬語を使うことを覚えたか織斑」
「………………社会の現実を嫌でも見せられれば少しは改善するさ、千冬姉」
「……お前何があった?あと織斑先生だ」
余談ではあるが、一夏はIS搭乗時の勇に今の社会の現実を嫌という程見せられたらしい。何時までも子供じゃ生きるの無理だよという純心だった一夏の心を少し汚す程度の事を勇は真顔でしていたという。尤も顔は見えはしなかったが。
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その日の夜、また外のベンチに腰掛けながらスマホで通話をしている勇の姿があった。
〔今日の午後16時に商談に応じてくれる予定よ。既に【ロック鳥】も用意してあるし、秘策もある。失敗は1割を切ってるわ〕
「そうですか……ですが慎重に物事を運んで下さい。まだ僕達の秘密を公にさせる事は」
〔そこは抜かりないわよ。……ところで話は変わるのだけれど〕
「何ですか?」
〔Tが調べたのだけれど……暫くしたらデュノアの御令嬢が来るそうよ。男装して〕
「……やはり強行手段にとりましたか」
〔そうとも限らないのよねぇ、これが〕
「…………それで?Tは何と?」
〔Tの判断では“娘を逃がした”という扱いが正しいわね、デュノアの社長。まぁ企業内の争いなんて、お子様にはドロドロし過ぎて見せられないモノよねぇ〕
「……少し予定を変更します。Sは商談を成立させると同時に、その御令嬢に【ロック鳥】を渡す様に仕向けて下さい。企業協定を世界に知らしめるために」
〔そちらの方が手っ取り早いと……分かったわ、そうする〕
「健闘を祈ります」
通話を終了するとベンチから立ち上がり寮へと戻っていく勇。その途中1人の女子学生とすれ違うが、両者共止まって何かを呟き始めた。
「女権の工作員の方は?」
「指の1本位で上等だったぜ。あとは脅しゃぁ良い」
「なら、大丈夫そうですね」
「序にバッドニュースだ。
何モンかに“ゴーレム”を2機奪われた。警戒しとけ」
「……お休みなさい、
「精々いい夢を見とけよ、
その日の勇は内心荒れていたそうな。そしてそれを添い寝して宥めていたフェンリルの姿が楯無によって目撃されていたそうな。
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その翌日。この日の1組、いや他のクラスも少し喧騒としていた。
「ねぇねぇ、わんちゃんモフらせて〜!」
「ISなんですがそれは……あと名前フェンリルです」
「細かい事は気にしな〜い」
しかしこの2人にとって、その喧騒の話題というのはどうでも良い。というより生徒の中にもフェンリルの毛並みを楽しみたいと勇に懇願して来る生徒が居る為、対応に忙しいというのもあるのだろうが。
教室の扉が開かれたかと思い、そちらを見ると小柄な女子生徒が居た。その直後、勇が何かに気付いた。
「本音さん、席に戻って下さい。織斑先生が来ます」
「おー……分かった〜」
軽い足取りで自身の席に戻っていく本音を見つめながら、キレの良い音が鳴り響く。その場に居た小柄な女子生徒が頭を抑えて千冬を見たが、その姿を見た途端一夏に何か言い放った後自身の教室へと戻って行った。それからは滞り無く授業が行われた。
つつがなく授業も一段落ついた所で、勇は持参していた9のノートを持ちパラパラと捲りながら食堂へと向かっている。そんな勇の隣に立ち歩く者が居た。
「あ、あの勇さん」
「ふ〜む……ん?セシリアさん、如何されました?」
「いえ、私もお昼をご一緒にさせて頂いても宜しいかと……?」
「その程度なら別に構いませんよ」
「そ、そうですか……!と、所で勇さん。先程見ておられた物は?」
「あぁ……今朝やって来た中国代表候補生の『凰鈴音』さんの機体情報、戦術、武装、過去のデータを纏めたものを少々」
「そうですか。因みに、実力の方は勇さんから見てどう思われますか?」
「ええ、実力はまぁありますよ。しかし第三世代武装【衝撃砲】に頼り過ぎな点が否めないんですよね凰さん、見えないんだから敢えて土煙とか煙幕擬きを発生させれば勝率は上がるのに」
「そういえば……私の時にも勝率がどうこうと仰ってましたね」
「あの時は失礼しました。よく唐木さんから“君は善意で喋ってるつもりだろうけど、他の人が不愉快になる事をズバズバ言うから気を付けなさい”って言われてたんですが……どうにもこうにも」
「いえ!もう気にしてませんわ!その……唐木さんという方はどの様な方なのですか?」
「……僕が所属している明石重工の取締役で、僕の親代わりです」
「親代わり……」
「…………少しワケありで住まわせてもらってたんです。あの人、人望だけは特に厚くてこの御時世にもめげずに旦那さんや技術者達と頑張っているんですよ」
「……とても素敵な話ですわね。その御方」
「ええ。とても」
その会話が終わると同時に食堂へと到着する2人。それぞれ今日食べたい物を選んで仲良く食事をしていたそうな。
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「『へいへいへーい!そんなんじゃ当たんねぇぞ馬夏!』」
「ッ…………!」
怒りに呑み込まれそうになるも我慢している一夏であったが、やはり体は正直な様子。剣の軌道が丸分かりである。それを飄々とした様子で避ける勇の姿がアリーナで目撃されている。
「『鬼さんこちら!手の鳴る方へ!来ーたとしても避けるけどッ!』」
「ぐっ…………!」
「『なぁもう面倒いんだけど?お前伸び代ねぇなら止めちまえよ訓練』」
「だあああああ!低レベルの煽りがムカつくウウウウウ!」
「『我慢しろ我慢。こんな感じで揺さぶり掛けてくる奴も居るから対策に越した事はねぇと考えれねぇのかよ
「それ罵倒とかじゃ無くなってるよな!?何か最後の意味が分かんねぇし!」
「『こっから俺の番だぞー。1分逃げ切るか捌けよー』」
「ちょ!急に」
「『グレイプニール!』」
20秒弱は持ったのだが、敢なく捕まってしまった一夏の姿を箒とセシリアは見ていた。