魔狼は学び舎にて   作:(´鋼`)

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8話

 狼は勇敢である。そんなことが書かれた本があるが、正しくその通りだと思う。

 

 

 狼の雄は自分の子供をとても愛している。家族に対する接し方が、完璧イクメンならぬ“イク狼”である。

 

 

 そんな狼であるが、一概に大きいとは言えない体に反して自分より2倍以上ある牛でさえも狩る。

 

 

 さらに多数の野犬に追われながらも自身の後ろを崖で遮り奇襲を防ぎながらも1匹ずつ確実に倒していったという話もある。

 

 

 そして狼は自分より倍以上の体重の獲物を速度を出しつつ運ぶことが出来る。実際の目撃例もあるのだ。

 

 

 そんな狼だが動物本来の速度はそこまで出ていない。精々35〜6kmが限界である。しかしスタミナが多く獲物の体力を削りきり獲物を捕らえる。それが狼の狩りである。

 

 

 そんな狼も神話や民族伝承の中で語られる事もある。日本では“大神”として、たたえ崇める場所もある。主に鹿や猪などの野生動物が野菜を食べる被害を防いだ事から守り神としての存在を得た。

 

 

 しかし海外の狼で有名な話といえば、【フェンリル】である。このフェンリルは元から巨大であったという訳ではない。元は普通の狼と寸分違わぬ大きさであったが、食事を摂るにつれて巨大になっていった。

 

 

 フェンリルは凶暴性もあった事からアースガルズの神々を恐れさせた。そんな中、フェンリルの凶暴性に向かいながら餌をあげた神が居る。【テュール】と呼ばれる神である。

 

 

 そのテュールとフェンリルの関係は切っても切れないものになっていく。フェンリルの凶暴性に見かねた神々が鉄鎖で動きを封じようと試みたが、意図も容易く切れた。

 

 

 そんな状態に危機を感じた神々はドワーフに6つの材料を使った魔法の糸【グレイプニール】を作らせ、テュールに頼んでフェンリルを縛り付ける様に命令した。

 

 

 テュールは巧みな言葉遣いで片腕を食われながらも、フェンリルを縛り付けることに成功した。

 

 

 だがその糸もフィンブルの冬の後に起きたラグナロクによって解かれ、フェンリルは自由を手に入れる。そして神々と敵対した。フェンリルはラグナロクでオーディーンを飲み込んだが、オーディーンの息子であるヴィーザルによって倒された。

 

 

 

 

 

 

 

 そして、このアリーナでの【フェンリル】と謎のIS。機体の大きさは謎のISが勝っているが、このフェンリルは神話のフェンリルをモチーフとし狼の性能とチーターの尻尾の性能を合わせた機体。

 

 

 通称の狼よりも若干大きめである180cmの体長に対し、謎のISは190を優に超える大きさである。だが勇は負ける気が全くもってない。

 

 

 勇はフェンリルを信頼し、フェンリルもまた勇を信頼している。それに伴った実力があるから、その信頼に値する付き合いの長さがあるから。

 

 

 そして何より……

 

 

 

「『お前らはブラフを踏んだ。礎になれよ、女権共』」

 

 

 

 静かに歩み出す勇。厄災の名を持つ機体が単なる土人形の名を持つ機体に、負ける想定は無い。

 

 

 

「お、おい勇!何近付いてんだ!?」

 

 

「そうよ!アンタ何やってんのよ!?ソイツいきなりアンタにぶっ放してきた奴よ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「『だからどうした?』」

 

 

「「ッ!?」」

 

 

 

 こんな事は前にもあった。一夏は最初に戦った時を思い出すが、その時と明らかに違う箇所があった。

 

 

 鈴も感じていた。普通なら感じる筈も、分かる筈も無い。それを感じさせるものを勇は、フェンリルは放出していた。

 

 

 【冷たさ】があった。

 

 

 

「『あぁ、漸くだ。漸く実を結んだ。剣の冬が、漸く始まった

 

 

 

 

 

 

 

 

 感謝してるぜ、クソッタレ共』」

 

 

 

 四つ足のスラスターにエネルギーを溜め、一気に射出させる。ISの操作技術の1つである【瞬時加速(イグニッション・ブースト)】と呼ばれる技術である。

 

 

 その小さな体型から繰り出される高速の頭突きが、ISの右足の装甲と駆動部をひしゃげさせる。そのISからは駆動部の潤滑剤であるグリス、配線や擬似骨格のフレームなどが飛び出していく。

 

 

 バランスが崩れたISは姿勢制御システムを発動させてフライトさせるが、右へと直角に曲がった勇はスティンガーミサイルを5発放つ。その内の1つが左膝の駆動部に当たり負傷させる。

 

 

 

「鈴、あれ……何だ?」

 

 

「……機械?まさかあのISが無人だっていうの!?」

 

 

『織斑!凰!尾崎!聞こえるな!?』

 

 

「ち、千冬姉!あのIS全部機械だ!人なんて居ない!」

 

 

『その話は後だ!上空からまたコアナンバー不明の機体が来る!一刻も早く逃げろ!』

 

 

「ねぇ勇!聞いたでしょ、早く!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「『ぐおおおおおおおおおおおおお(うるせぇえええええええええええええ)!』」

 

 

「がっ!」「ぐうっ!」『くっ!』

 

 

 

 勇はフェンリルの特殊武装であるロアーを瞬時加速による素早さを利用し、ISの後ろに回り込んだあとに放つ。かなりの出力を出したため3人にもISにも与えられる被害も大きいのは明白である。

 

 

 その証拠として、一夏と鈴の機体にも影響は与えた。

 

 

 

「ッ!ハイパーセンサーが!」

 

 

「…………ッ!ダメ、通信機能も作動してない!」

 

 

 

 そんな状態になろうが勇はどうでも良い、気にも止めていない。ISの首関節部位に噛みつき顎の力を強めていく。

 

 

 ISが右手に持つアサルトライフルを左手に持ち替えてフェンリルを撃ち抜こうとするが、それに気付かない勇ではない。左足のクローで肩関節部位を破壊し切り離す。中から配線や擬似骨格が丸見えになる。

 

 

 勇は一旦浮かび、ISを落とす。体勢を立て直し加速させて再度首関節部位に噛み付く。さらに加速させて地面に衝突させ機能停止にさせると、背中の装甲を食い破りある物を口に咥える。

 

 

 

 

 

 

 ISコアであった。

 

 

 決して大きくない口に咥えられたコアが何処と無く玩具を咥えた犬にも見えなくは無い。そんな事は露知らず、勇は地面にISコアを置いた。

 

 

 その直後、瞬時に真上に向けてロアーを放つ。すると真上から小型ミサイルと思わしき物体が降ってくるが、ロアーによって威力が減衰し軌道が逸れフェンリルの正面近くに落ちる。

 

 

 

「『ッ!ぐおっ!』」

 

 

 

 爆風により機体重量が軽いため、意図も容易く吹き飛ばされる。かなりの距離を飛ばされ、倒れる。

 

 

 

「「勇ッ!」」

 

 

 

 そして今度はもう1機現れる。同タイプの機体であると分かると、一夏が雪片弍型を構えた。

 

 

 

「ちょっと一夏!アンタSEの残量ほとんど残って無い筈でしょ!?アンタの単一能力(ワンオフ)の性質を、アンタが知らない訳ないでしょ!」

 

 

「それでもだ!それでもアイツが……勇がやられて黙っていられる程、俺は器用じゃない!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時は遡り、ISの起動訓練2日目の時であった。

 

 

 

「『おい一夏、お前少しはフェイントとか回り込むとか使える様になったかと思えば俺のフェイントに引っ掛かりやがる。どうなってんだよお前?』」

 

 

「いやそもそも2日しか経ってねぇのに成長してるだろ!これでも結構考えてるんだぞ!」

 

 

「『普段使ってねぇ脳みそ使ってな』」

「酷いッ!」

 

 

 

 一夏が倒れ伏せ、勇が呆れた感じで対応する。セシリアと箒が見ている中その一夏の姿は成長を感じるな程度の考えであった。

 

 

 座っている状態で右前足を使って首辺りを擦る。ため息をついて話し始めた。

 

 

 

「『そういやお前……俺の見つけた欠点覚えてるか?』」

 

 

「欠点………………欠点?」

 

 

「『ハァ……お前、調子に乗ると性格が表れるつったよな?この意味分かるか?』」

 

 

「性格…………?」

 

 

「『…………ここまで成るか普通?ハァ……お前の性格、正義感が強く貫き通す。曲がった事が大の苦手、クソ鈍感で自己中のクソ不器用。これがお前の性格だ』」

 

 

「ボロクソに言われた!かーなーりボロクソに言われた!つーか俺鈍感なのか!?」

 

 

「『気付いたのかよ今更』」

 

 

 

 勇もセシリアも箒も呆れた表情を浮かべ、ため息をつく。勇は倒れ伏している一夏に近付き、右前足を出して頭の上に置いた。

 

 

 

「むぐっ」

 

 

「『兎に角、お前は調子に乗ると直ぐに性格が出て隙ができる。かなり分かり易くな。だが人の性格なんて早々変えられるモンじゃねぇ、だからよ……お前はその性格を隠せ。戦う時だけだ』」

 

 

ふぁんふぇ(なんで)?」

 

 

「『人は隠すことで自分の弱点を晒されない様にする。

 これは生物が自然界の中でも、ごく自然に行われる行為だ。

 お前にはそれが無いから、それを身につけろって話だ』」

 

 

 

 その前足を退けると、一夏から離れて両後ろ足で地面を蹴る。

 

 

 

「『ほら一夏、さっさとやるぞ』」

 

 

「……難しいや」

 

 

「『あっ?』」

 

 

「あぁいや、勇が言ってた性格を隠す話。難しいなってさ」

 

 

「『そりゃお前難しい奴も居れば、心の奥底で望んでそうなった奴だって居るわ』」

 

 

「……いや、尚更俺は難しいなってさ」

 

 

 

 一夏は立ち上がりながら言い続ける。

 

 

 

「確かに勇の言う通りの性格かもしれない。

 誰かを助けたくて勝手に体が動いた、なんて今までにあった。

 誰かを見捨てるのができなくて、誰かが傷付くのが嫌だから。

 隠すってのは難しいなってさ」

 

 

「『……じゃあ序でに言っとく。

 

 

 

 

 

 その正義感でお前自身を傷つけるな。大切な奴等が泣く羽目になるぞ』」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺は誰かが傷つけられるのが大嫌いなんだ!勇が性格を隠せって言ってたけど、俺にはできない!大切なものを守りたいと思って、何が悪いんだ!」

 

 

「一夏……アンタ…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 ホンットに馬鹿ね。呆れた」

 

 

 

 そんな言葉とは裏腹に、一夏の横で青龍刀を装備する鈴。

 

 

 

「けどやっぱり、一夏(アンタ)一夏(アンタ)ね。

 

 協力してあげるから、アンタの単一能力で仕留めなさい。

 

 確実に、1発でね」

 

 

「おうっ!」

 

 

「そういや、作戦とかあんの?ここで無いとか言ったら馬鹿としか言い様が無いわよ」

 

 

「大丈夫だ!そこは考えがある!」

 

 

「ハイパーセンサーとか使えないけど、平気なの?」

 

 

「そこは何とか…………いや、違うわ

 

 

 

 

 やらなきゃ、俺じゃない!」

 

 

「……特訓の成果は、どうやら一夏の馬鹿をさらに加速させただけの様ね」

「失礼だな!」

 

 

「けど……その考えは、私だって同じよ!」

 

 

 

 背中を向けている無人機。無人機の前には勇が居て、狙われている。勇はISを着たまま倒れて動いていない。

 

 

 一夏は鈴に作戦の趣旨を伝えたあと、作戦通りの位置に着く。鈴は衝撃砲─【龍砲】─を構え、一夏はスラスターにエネルギーを蓄積させる。

 

 

 カウントダウンが始まる。

 

 

 5。無人機が勇にライフルを向ける

 

 

 4。一夏のスラスターに十分な量のエネルギーが貯まる

 

 

 3。鈴の龍砲を使用し、そこに瞬時加速を加えた一夏が無人機に迫る

 

 

 2。かなり近付いた所で、単一能力の【零落白夜】を発動させる

 

 

 1。突然無人機が一夏の方へと向き、ライフルの持つ右腕で反撃しようとした。

 

 

 この時点で、一夏がダメージを受けてISが解除されるのは火をみるより明らかだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そう、反撃すればの話だが。

 

 

 突如動きを止める無人機。そのまま一夏が雪片弍型を振るい無人機に当てると、無人機は胸部装甲にダメージを負い活動を停止させた。

 

 

 エネルギーが無くなった事で、ISが解除される一夏。少し疲れが見えているが、勇のものに比べれば何て事は無いと言い聞かせている。

 

 

 

 

 

 

 

 

「『お前らなぁ……』」

 

 

「ッ!勇!?無事か!おい!」

 

 

「『うるせぇ騒ぐな。ISに搭乗者保護機能あるの忘れてたのかよ馬鹿』」

 

 

「……あぁ、無事だ。何時もの悪態つくIS纏った時の勇だわ」

 

 

「『ロアー食らわせるぞ』」

「やめろ!」

 

 

 

 フェンリルを待機状態にさせると、勇の姿が現れる。立とうとすると一夏が支えてくれたためか少しは楽な状態で歩きながら無人機に近付く。

 

 

 そしてフェンリルを呼び出すと、フェンリルは無人機の胸部装甲を噛み砕いて引っペ返し中のコアを取る。それを確認した勇は一夏の支えの元、最初に取ったISコアを手に取り帰還を果たした。

 

 

 

 

 

 

 

■■■■■■■■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

〔災難ね、貴方も〕

 

 

「えぇ、おかげで僕の単一能力がバレるかと思いましたよ。特にヒヤヒヤして、スリリングでしたよ」

 

 

 

 あのあと検査を受けて異常が確認されなかった勇は部屋に戻り普通に食事を摂って、外に出てベンチに腰掛けていた。

 

 

 だがフェンリルのロアーによる弊害が大き過ぎたため、反省文を10枚書かなければならない事があるのは変わりはしない。それが織斑千冬であるから。

 

 

 

「そういえば、デュノアの件はどうしました?連絡が遅かったじゃないですか」

 

 

〔少しゴタゴタしてね……あぁ大丈夫よ、彼女らには礎になってもらっただけだから〕

 

 

「では、【ロック鳥】は届くんですね」

 

 

〔ええ。宛先を貴方宛にしたけど、そちらの方がやりやすいわよね?〕

 

 

「……態々お気遣い感謝しますよ」

 

 

〔ふふっ、素直ね。あっ、それと……〕

 

 

「はい?」

 

 

〔ロック鳥、少しだけ実演しちゃったから整備させてから届けるわ。完全な状態で出さなきゃ、意味が無いんでしょ?〕

 

 

「……では、また後日」

 

 

〔おやすみなさい〕

 

 

 

 スマホの通信を切ると、また寮へと戻って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




───……本当に成功するよ、この作戦は。

───否定していた貴女が何を言いますか?

───だーかーらー!ごめんって!まさか、ここまで量産させるなんて思いもよらなかったし……

───3000……いえ2000程度で上等ですね。当初は3000を計画してましたが、それでは混乱を招きやすい。

───ちゃんと未来を考えて行動する……か。私もそれが出来てれば、こんな時代にならなかったんだろうな……

───失敗から学んだだけですよ。貴女の失敗を学び、それを糧にしただけです。

───皮肉な物だね。ISによって作られたこの時代が、ISによって滅ぼされるなんて。少なくとも私にとっては。

───………………







───ところで、その子にあるシステム。一体どうやって完成させたのかな?束さん、それが知りたいよ。

───企業秘密です。

───はははっ!面白いジョークかな?

───僕としては、さっさとこの邪魔な脂肪の塊を退けてほしいのですけど。

───うわっ!それ1番傷付くから〜!酷いよ〜!

───知りませんよ。さて……テストの時間だ

───【生体リンクシステム】の?

───ええ。

───……そっか、頑張ってね。

───…………何ですか貴女?変なもの食べたんじゃないんでしょうね?

───失礼だな!これでも毎日ご飯食べてるよ最近!

───全部私が買って来てるのを忘れないでくれましょうか!


 とある整備室での、厄災と兎の他愛も無い話





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