白蘭の守護者にちょっかいをかけられたが、気を取り直してルーレット結果を確認する。
両陣営のシンボルの下に並ぶ八つのマークのうち、七つのマークはそれぞれ天候を現しており、すなわち、対応する属性を示していた。わかりやすいのは雲と雷と雨で、あとは消去法で当て嵌められる。
そして最後のひとつ。白い四角はそれ以外、つまり無属性を示していた。
ボンゴレは大空・雨・嵐が一人ずつで、無属性が二人。
ミルフィオーレは晴と雲が一人ずつで、霧が二人。
綱吉・武・隼人・正一・スパナ対、デイジー・桔梗・トリカブト・猿。
ボンゴレの参加戦士は正一が決めた。
リングを持っていないから無属性として数えてほしいという、若干無理のある正一の提案は特別に認められ、技術者仲間のスパナ、それとボンゴレの守護者でチームが組まれた。
綱吉を飛び越えての指示だったので隼人は待ったをかけたが、リボーンが正一に賛同し、他ならぬ綱吉もそれを受け入れたので、それで決定となった。
ちなみに、了平や恭弥も戦いに参加できないことに異を唱えたりしたが、周囲に宥められてなんとか落ち着いてくれた。
戦闘狂の恭弥はいつも通りだから置いておいて、不参加メンバーだってこの日のために修業に励んでいたのだから、文句を言いたくなる気持ちはわかる。
――これから始めるチョイスというゲームは、正一と白蘭が作った戦争ゲームである。
戦場・兵士・本陣を決めて戦闘を行い、勝者が敗者の所有物から欲しいものを選んで奪う。名前の通り、様々なものを選ぶゲームだ。
戦闘ルールはいくつがあるそうだが、今回選ばれたのは、もっとも単純で勝敗のわかりやすいターゲットルール。
ランダムに選ばれた相手チームの標的――今回ならボンゴレはデイジー、ミルフィオーレは正一を倒せば勝利となる。
厳密に定められた制限時間はないが、時間無制限というわけでもない。
標的に選ばれた人は炎を灯すターゲットマーカを胸につけられるのだが、それはつけた人の死ぬ気の炎を使って燃え上がるのだ。
死ぬ気の炎は生命エネルギーなので、時間が経てば経つほど生命力が削られていく。
そして、どんな理由であろうが、その炎が先に消えたチームが負けだ。
「お久しぶりです」
審判役として呼ばれた二人組は、利奈の知っている顔だった。メローネ基地で正一の後ろに控えていたあの女性たちだったのだ。
ミルフィオーレチェルベッロ機関の人間であると名乗っていたが、チェルベッロはリング争奪戦でも審判を務めていたはずだ。綱吉たちも反応していたし、間違いないだろう。
淡々と必要事項を述べていく彼女たちに促され、綱吉たちは基地ユニットへ、利奈たちは観覧席へと向かった。
観覧席はそれぞれの陣営に分かれていて、カメラ映像と審判の声、そして味方からの音声が流れるようになっている。
みんなが立ったままモニターを見ようとしているなかで、利奈はなんとなく椅子に座りこんだ。
正一が最後に言った言葉と、その決死の表情が気になって仕方なかったのだ。
(白蘭がああなったのは入江さんのせいって……どういう意味なんだろう)
抽象的過ぎてなにも推察できないけれど、正一が命を懸けてでもこの戦いに勝利しようとしている気迫は伝わってきた。
それだけに、今から始まる戦いに不安を感じてしまうのだ。
「どうしたぁ」
わだかまりを抱いていたら、隣に立ったスクアーロに声をかけられた。
神社集合時にスクアーロはいなかったのだが、彼はリボーンとともに、ひっそりと基地ユニットの中に潜んでいたのだ。
ヴァリアーの部隊長が本気を出して気配を遮断していたのだから、軽く指導を受けた程度の利奈が察知できるはずもなく。ほかの人と同様に度肝を抜かれた。
「ちょっと気になることがあって」
「言ってみろ」
スクアーロにしては珍しい小声で問われ、利奈はさりげなく辺りを窺った。
みんなはモニターに集中しているし、会話をだれかに聞かれる心配はないだろう。
「入江さんなんですけど。最後に言ってた言葉がどうしても気になって」
「なにか言ってたかぁ?」
スクアーロの問いに利奈はしばし押し黙り――
「……白蘭さんをこんなにしちゃったのは僕なんだ。僕が逃げるわけにはいかない」
――日本語は一文字違うだけで意味合いが大きく異なっていく。人に伝えるときは、一言一句違わずに伝えなければならない。
本当は言い方も模倣しなければならないところだけれど、人目を引くからやめておいた。
記憶を反芻しながら声に替えた言葉に、スクアーロは興味深そうに頭をひねった。
「それは確かに引っかかるな。あいつは白蘭の右腕だったと聞くが、それが関係してるのかもしれねえ」
「はい。でも、だったら入江さんがこちら側につくのはおかしいですよね?
白蘭に世界征服を持ちかけるような人なら、こんなふうに命懸けで止めたりなんてしないでしょうし」
話しているうちに三分が経過して、布に覆われていたボンゴレの基地ユニットがあらわになった。
真上から見た基地ユニットはまっ平らで、紙に書かれた八角形と違いがない。側面も同じようなもので、きわめてシンプルだ。
カメラはフィールドしか映さないから、内部の様子は音声でしか確認できそうにない。
(あっ、開いた)
基地ユニットの壁が動いて、綱吉と守護者二人がバイクで飛び出した。
彼らがバイクの講習を受けていたことを知らないハルと京子は、バイクにまたがって三方向に散る三人に、感嘆の声を上げている。
正一とスパナは基地ユニットから指示を出すようだ。
「あのユニット、動かないんですかね?」
「いや、あの形なら動くだろぉ。
この地形なら、下手に動き回るよりもじっとしてたほうがリスクは低い」
「そっか。そうですね、動いてたら沢田君たちが守りに入れないですし」
遮蔽物の多いフィールドは、姿を隠して息を潜ませるのに持ってこいの地形である。
しかしその利点は敵にも働く。長期戦になれば、不利なのはこちらだろう。
敵側の大将は、顔色ひとつ変えずに炎を燃やしていたのだから。
(入江さんもそれはわかってるはず。やっぱり、入江さんはこの戦い――)
以前、利奈は正一に問うた。白蘭を殺す覚悟はあるかと。
彼は答えた。僕に白蘭は殺せないと。友人を殺す手伝いはできたとしても、友人をその手にかけることはできないと。
「あいつらみたいに甘っちょろいやつだな」
でも、利奈は思うのだ。
友達は殺せなくても、自分を殺すことはできるのではないのだろうかと。
友人のために自分が死ぬ覚悟は、あるのではないかと。
(沢田君たちがなにも言わなかったから、私もなにも言えなかったけど。
……ううん。もし本当に入江さんが死ぬ気だったとしても、私が止めたりしちゃいけないんだ)
「……入江さんが死ぬ気で戦うなら、私は応援しなくちゃいけないですよね。
私だって、白蘭殺すためなら同じことするんですから」
「あ?」
「沢田君たちはきっとそんなつもりないんだろうけど、私は入江さんと同じで、白蘭殺すためなら、なんだって――」
「あ゛あ!?」
スクアーロが声を荒げ、数人の視線がこちらに向いた。
しかしそのタイミングで綱吉がトリカブトと交戦を始めたため、こちらに近づいてくる人はいなかった。
「そいつは聞き捨てならねえぞぉ! お前、俺たちのところでなにを習ったぁ!」
「え? あの、テレビ……」
交戦が始まったにもかかわらず、スクアーロは利奈を上からねめつけた。利奈が控えめに話題を変えようとしても、お構いなしだ。
鬼教官を思わせる立ち姿に、利奈は言われたわけでもないのに背筋を伸ばした。
「ヴァリアーでなにを習ったか言ってみろぉ!」
「な、なにを? えっと、暗殺とか、武器の使い方とか……」
「ほかにはぁ!」
「ほか!? うーんと、ピッキング、盗聴器の取り付け方、銃の安全装置の外し方、あとは……」
「侵入して、ターゲットを殺した! 次はぁ!」
「次、は……逃走?」
そう答えると、スクアーロはちゃんとわかってんじゃねえかと鼻を鳴らした。
利奈はなにがなんだかわからずに首をひねる。
(全然わかんないんだけど? 逃げるのが正解ってこと?
いやいや、それじゃマフィアというか人として情けなすぎるし……)
潜入し、標的を仕留める。その続きを促されたということは、そこが一番大事な部分ということなのだろうか。
そこから先は自分で考えなければいけないようで、無言の圧に利奈は必死に思考を巡らせた。
モニターには首だけで浮いているトリカブトが映っているが、今はそれどころではない。
(どういうこと? 逃げ方? 逃走経路の確保の仕方とか気配の隠し方も教わったけど、それがなにか……あっ)
遅まきながら気付いた利奈に、ようやくスクアーロは圧を解いた。
暗殺は殺して終わりではない。標的を殺したら、速やかにその場から離れなければならない。
ほかの敵に捕まったら、今度は自分が殺されてしまうのだから。
「標的を殺して終わりなら簡単だ。身体に爆弾巻きつけて敵陣に飛び込めばいい。
だが、俺たちプロの暗殺者はそんな真似は死んでもしねえ。
殺されずに戻れなけりゃ、ただの鉄砲玉だ。そんなもん、ヴァリアーにはいらねえ」
ヴァリアー邸で教わった殺し方はどれも、非力で才能のない利奈でもできるやり方ばかりだった。
そして、そのなかにはひとつだって、相打ちで終わるようなものはなかった。
「お前の覚悟は知ってる。お前の覚悟は、怒りは、自分の命がどうなってもいいみてーな、そんなカスなもんじゃなかったはずだ。それはお前が一番よく知ってるだろぉが」
そうだった。正一と同じだなんて、よくそんなことが言えたものだ。利奈の抱いている怒りは、憎しみは、正一とはまるで違う。
かつての友を憂う正一の想いに比べれば、利奈の想いなんて、どこまでも身勝手で、単純なものだ。
(私は白蘭を殺したい。この世界がとか、大人の私がとか、そういうの全部関係なくて。
私が殺したいって思ってるのは、白蘭が嫌いだから。白蘭がどうしようもなく、ムカつくからだ)
存在が。声が。態度が。彼に関する事象すべてが。
だからこそ、あんな人を殺すためにわざわざ命を投げ出すなんて、考えられない。
「そうだ、それだ。だいぶいい目つきになってきたじゃねえか」
頭の上に手が置かれる。
スクアーロは利き手が義手になってるから、熱を持つこの手は右手だ。
頭を掴んだまま、スクアーロは身を屈めて利奈の耳元で囁いた。挑発的な、楽しそうな声で。
「お前は死ぬ気になるな。殺す気で殺れぇ」
最後ににやりと笑い、利奈の前髪を乱雑に撫でる。
そしてモニターに目をやったスクアーロは、あともうひとつ、とさらに言葉を付け足した。
「あのカスが死ぬつもりで戦っていようがいなかろうが、どっちみち関係ねぇ。
こいつらはみんな、揃いも揃って生温いやつばかりだからなぁ!」
トリカブトが展開した無数の蛇が、全方向から綱吉を串刺しにする。
いや、綱吉には一本も刺さっていない。長さが均等な蛇の棒は、どれひとつ綱吉を貫通していない。
「簡単に死ぬようなやつも、簡単に死なせるやつもいねえ。
すべて守り抜くつもりでいやがるんだ、こいつらは」
いつの間にか利奈は立ち上がっていた。
画面中央に映る黒い塊が動いて、翻った。
「……沢田君」
翻ったのはマントだった。黒いマントを羽織った綱吉は、無傷のままそこにいた。
マントの裾から広がる炎は、すべてを包み込む温かなオレンジ色だった。