新米風紀委員の活動日誌   作:椋風花

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神には祈らない

 

 観覧席は、水を打ったように静まり返っていた。

 チョイスが始まった直後はスポーツ観戦のような盛り上がりを見せていたのに、その熱がすっかりと冷え切っていた。

 

 設置された複数のモニター画面に、味方の姿が映されている。

 標的の正一とスパナが乗っている基地ユニット。

 基地ユニット近くに待機して敵を待ち構える隼人。

 ビルを貫通させるほどの力でトリカブトの頭部を殴り飛ばして、標的を目指しバイクを走らせる綱吉。

 そして現在、幻騎士と呼ばれる剣士と戦い、リベンジを果たした武。

 

 ボンゴレ観覧席の視線は、すべて武が映る画面に向けられていた。

 戦闘があったのだから、視線が集中するのは当然だ。しかし、戦闘が終わったにもかかわらず、幻騎士が地に伏したにもかかわらず、だれ一人として、目を離そうとしなかった。

 

 ――チョイスの勝敗は、戦闘員の撃破人数ではなく、標的の炎が消えたかどうかで決まる。

 戦闘員の負傷具合あるいは生死は、勝ち負けに一切関わりがない。その負傷者が敵側の人間なら、なおさら目を向ける必要はなかった。

 しかしだれも目を逸らせない。逸らしたいと思っても、画面のなかの壮絶さがそれを許さなかった。

 

 鎧に身を包んだ幻騎士が、何事かを叫んでいる。

 敵の音声は観覧席に入ってこないので、幻騎士の言葉は武と同じくらいまでしか聞き取ることができない。ミルフィオーレのだれかと通信をしているようだが、その音声が聞こえないのでだれと話しているのかさえわからない。しかし、彼に異常が起きていることは明らかだった。

 

(なに!? どうなってるの!? なんで鎧から草が生えてるの!?)

 

 彼を傷つけ蝕んでいるのは、鎧のあいだから生えてきた無数の植物だった。

 炎を宿した植物は幻騎士の身体を養分に、驚異的な速さで成長して花を咲かせている。鎧の下の身体を想像すると、手の内側が震えた。

 

 断じて武の仕業ではない。

 武は幻騎士にトドメを刺さなかったし、こんな残虐なやり方で苦しめようとはしないだろう。それに、幻騎士のそばにいる武が、だれよりも驚愕している。

 

(このままじゃ……!)

 

 屠られた者の断末魔を、これまで飽きるほど聞いてきた。

 しかし、これは本物だ。本当の死に際にしか出ない声だ。

 植物は成長を止めず、とうとうそれぞれの炎が一体化するほどに増殖を遂げた。幻騎士の叫びがより一層大きくなり、そこでやっと観覧席の沈黙が解かれた。

 

「毒サソリ。なにか飲みたい」

 

 ディーノの声だ。

 そちらに目を向けると、顔面蒼白の京子とハルの視界を遮るようにして、ディーノがビアンキに声をかけていた。

 

(そうだ、二人がいたんだ!)

 

 利奈と違って、二人はこういうものにまるで耐性がない。いや、耐性があったとしても、見せるべきものではないだろう。

 ディーノの意図を察し、ビアンキは耳を塞ぐようにして二人の頭を引き寄せる。

 

「行きましょう。ほら、利奈も来なさい」

 

 歩き出したビアンキたちに、利奈は続けない。ついてきているものだと思っているのか、ビアンキは振り返らなかった。決定的瞬間が来る前に、早く二人を遠ざけたいのだろう。

 

(私は……)

 

 見たくない。でも、目を背けたくない。

 彼がどうしてこうなってるのか、このあとどうなるのか、一部始終を見届けなければという使命感が足を留める。見ればきっと苦しむことになるだろう。でも、逃げれば消えない後悔が残ってしまう。

 

(逃げちゃダメ。みんなが戦ってるんだから……私も戦わなくちゃ)

 

 覚悟を決めて、ビアンキたちに背を向ける。

 そうして悲惨な戦場を選んだ利奈を、しかし恭弥はたやすく蹴飛ばした。

 

「僕はコーヒー」

「え……?」

 

 画面に顔を戻す前に、ここに来て初めて恭弥に話しかけられた。

 

(僕はコーヒー? ……ヒバリさんが、コーヒー?)

 

 唐突過ぎて意味を理解できずにいると、機嫌を損ねたように恭弥が目を細めた。

 

「コーヒー」

 

 催促されて、やっと恭弥がコーヒーを飲みたがっているという当たり前の結論に辿り着く。

 

「は、はい! かしこまりました!」

 

 恭弥に命令されたら、コーヒーを用意する以外の選択肢はすべて消える。

 すぐさまビアンキたちを追い始めた利奈の耳に、幻騎士の叫び声が届いた。

 

『白蘭様が俺を殺すはずがない! ――! 図ったな!』

 

 通信相手の名前が聞こえたが、それを聞かなくても、すぐに植物を仕掛けた犯人まで辿りつけていただろう。いや、もう辿りついていた。幻騎士の身体に根を張っていた植物の名前を、利奈は知っていたのだから。

 まっすぐに伸びた茎から咲く、一輪の花。星形のその花は、雲属性と同じ紫色だった。

 

『残念だったな、桔梗! 白蘭様は必ずまた俺を救ってくださる! この幻騎士こそが――』

 

 彼は死ぬだろう。間違いなく。白蘭なんて男を、神として崇めてしまったのだから。

 気まぐれで人を助け、人を陥れ、人を壊す。それも神の本質の一部だ。だけど。

 

(白蘭は神なんかじゃない! 絶対、神様なんかじゃない!)

 

 あれは人間だ。自分本位で残虐で、新世界なんてもののために世界を踏みつぶそうとする、比類なき悪党だ。

 盲目な被害者の断末魔を背にしながら、利奈は唇を噛みしめた。

 

__

 

 観覧席はビル内にあり、ワンフロアすべてが自由に使えるようになっている。

 ビアンキたちのあとを追いかけて給湯室に入ると、利奈の姿を見て、ビアンキがわかりやすく肩の力を抜いた。

 

「よかった、迷ったのかと思ったわ」

 

 安堵の言葉に罪悪感が芽生える。

 ビアンキからすれば、利奈も京子たちと同様に保護するべき子供なのだろう。

 

「ヒバリさんとちょっと話してて……コーヒーを頼まれました」

「そう。なら、お湯は大目に沸かしておくわね」

 

 そう言ってビアンキはヤカンに水を入れ始めた。ちょろちょろと流れる水はか細く、時間を稼ごうとしているのがありありとわかった。

 見たところ給湯室にモニターはないし、ここにいる限り、戦況を気にしないで済むだろう。音を遮るドアもないけれど、向こうの音はここまでは届かない。

 

「冷蔵庫、飲み物いっぱい入ってるみたいですよ」

 

 冷蔵庫を開けるハルの声音が、いつもよりも大人しかった。あんな映像を見せられたのだから、無理もない。

 京子もうつむきがちになっているし、そんな二人に触発されて、イーピンも黙り込んでいた。居心地の悪い静寂が場を覆っている。そんな空気に気付かないふりをして、利奈も冷蔵庫を覗きこんだ。

 

「ほんとだ、たくさんあるね。二人はなに飲むの?」

「そうですね……ちょっと温かいものが飲みたいです」

「私も。お茶にしようかな」

 

 二人とも顔が白い。震えているのも寒さのせいではないはずだ。二人はもう、あの部屋に戻らないほうがいいだろう。

 

(私はちゃんと戻らなきゃ。ヒバリさんにコーヒー頼まれてるし、白蘭の仲間がどんな戦い方するのか、見ておかないと)

 

 お茶とコーヒー、紅茶は何種類か用意されている。

 コーヒーは粉で紅茶はティーバッグだったけれど、日本茶は何種類か茶葉が用意されていた。

 

「玉露にしない? すごく高いやつだし、せっかくだからこれにしようよ」

「うん、そうしよっか」

「はい、ハルもそれで構いません」

「……じゃ、開けるね」

 

 湯呑みを用意する二人にいつもの明るさはまるでない。食器の音だけがやたら大きく聞こえる。

 

「うちね、お母さんがお茶あんまり飲まないから、ジュースとか麦茶ばっかりなんだ。夏はいいんだけど、冬は寒いでしょ? だから冬になるとココア買うの」

 

 諦めずに利奈は会話を試みる。

 手がわずかに震えてしまうけれど、机の下に隠して、なんでもないように言葉を紡ぐ。

 

「でもココアって、ちゃんと混ぜないと最後に残るんだよね。薄いなーって思って足したら固まりになってたりして。コーンスープだとその固まり食べちゃうし」

 

(大丈夫。京子たちに比べたら大したことないはずだし。私が頑張らなくちゃ)

 

「あれってめんどくさいよね。スプーンに張りついちゃったりしてさ。それにほら、……あれ、なんだっけ。そうだ、ココア。ココアって牛乳で入れると美味しいのに、お母さん、牛乳がもったいないっていうし。それにさ」

 

 気負えば気負うほど口が空回りしていく。一人で喋り続けるのは滑稽だったけれど、一度口を閉じてしまったら、きっともう開けない。

 場をつなごうと精一杯口を動かしていたら、ハルの腕の中のランボが、もぞりと動いた。

 

「んー……」

「あっ! ランボちゃん、起きましたか!?」

「あれぇ……オバケは……?」

 

 きょろきょろと辺りを見渡すランボは、ここに来てからをずっと寝て過ごしていた。

 一度は目を覚ましたのだが、それが運悪くトリカブトの頭部が幻術で飛んでるところだったので、すぐさま気を失ってしまったのだ。そのおかげで幻騎士の姿を見ずにすんだのだから、ある意味運がよかったのかもしれない。

 寝ぼけ眼のランボに、京子が優しく微笑みかける。

 

「もういないよ。ランボ君、喉乾いてない? 飲み物あるよ」

「ランボさん、ジュースが飲みたい……」

「うん、じゃあジュースにしよっか。たくさんあるけど、どれがいいかな?」

「うんとねー、ランボさんねー、どれにしよっかなー?」

 

 だんだんと目が覚めてきたのか、ランボの声が大きくなっていく。

 それに合わせて二人に笑顔が戻り、ランボと一緒にキャッキャとジュースを探し始めた。

 

「利奈」

 

 小声に反応すると、ビアンキにそっと肩を抱かれた。

 

「無理に頑張らなくていいのよ。貴方が気負う必要はないんだから」

「……はい」

 

(駄目じゃん! 私、全然駄目じゃん!)

 

 結局、ビアンキに気を遣わせてしまった。

 ランボが起きなければ、延々と一人で空回り続けていただろう。しっかりしなければと気負っていたのがとてつもなく恥ずかしい。恥ずかしすぎて顔が熱い。

 

「そんな顔しないで。二人に笑ってほしかったんでしょう? なら、貴方も笑わなくちゃ」

 

 嫣然とした笑みで促され、ぎこちなく口角を上げる。すると、肩を抱いていた手に背中を軽く叩かれた。

 

「リボーンの好きなエスプレッソを淹れたかったんだけど、専用の道具はないみたいね」

「エスプレッソ……?」

 

 聞き馴染みのない言葉なので繰り返すと、ハルがこちらに顔を向けた。

 

「すっごく苦いコーヒーのことです! リボーンちゃん、エスプレッソが大好きなんですよ」

「赤ちゃんなのに……?」

「すごく大人だよね。お店に一人で買いに行っちゃうくらい大好きなんだよ」

 

 それは店員もさぞ困惑したことだろう。

 コーヒーに年齢制限はないけれど、赤ん坊が一人でお店に入ってきたら、迷子が入ってきたと思うはずだ。

 

(もうリボーン君がただの赤ちゃんだとは思ってないけど……そういえば、リボーン君って匣持ってるのかな。ビアンキさんがいるんだし聞いてみたい、けど……)

 

 せっかくチョイスを忘れて団欒しているのに、わざわざ話を巻き戻すわけにはいかない。

 二人に目をやると、二人はランボとイーピンの飲み物を用意していた。

 イーピンはウーロン茶で、ランボはリンゴジュースだ。ランボのことだからぶどうジュースを選ぶと思っていたのだけれど、今日はリンゴジュースの気分らしい。

 今ならこっそり聞いても大丈夫だろうと、ビアンキの横に並ぶ。

 

「あの……リボーン君って匣持ってるんですか?」

「持ってないわ。リボーンは銃だけで一流の殺し屋だもの」

 

 コーヒーのいい匂いが漂ってくる。砂糖とミルクを淹れないと一口だって呑めやしないけれど、匂いだけならこのままでも好ましい。

 

「ビアンキさんは匣持ってるんですよね?」

「ええ」

「属性聞いてもいいですか?」

「嵐よ」

 

 嵐というと、隼人と同じ属性だ。隼人はまだ敵と交戦していないから、彼の匣動物がどんなものかはわからない。綱吉がライオンで、武がツバメと秋田犬だから、そろそろ猫とか虎とかが出てきそうなところである。

 

「獄寺君と一緒ですね。姉弟だと一緒になるんですか?」

「……どうかしら。隼人はほかの属性の匣も開けられるから、一概には言えないわ」

 

 やや間のある返事を返しながら、ビアンキがフィルターを組み立てていく。

 ヤカンからはまだ音が鳴っていないし、だいぶお湯を入れたはずだから、もうしばらくかかるだろう。

 ランボたちに飲み物を渡した京子たちが横に並んだので、そこで会話を切り上げる。

 

(そういえば、嵐の属性ってどんな効果なんだろう。雨属性は鎮静だって山本君がさっき言ってたけど)

 

 匣の使えない利奈は、匣についての説明を一切受けていない。

 晴属性が活性化であることは治療で知ったけれど、それ以外はからきしだ。こんなふうに観戦する機会があるのなら、一通り聞いておけばよかった。

 

「……なにか聞こえなかった?」

 

 他愛ない話をしていたら、ビアンキがふと入り口の方に目を向けた。

 それで口を噤むと、確かに遠くから特徴的な怒鳴り声が聞こえてきた。

 

「スペルビさんですね、間違いなく」

 

 代表して給湯室から顔を出すと、怒鳴り声より遠くにスクアーロの姿があった。相変わらず、途方もない声量だ。

 

(どうしたんだろ、まさか試合が終わったとか――いやいや、まだお湯も沸いてないし)

 

 ちらりとヤカンに目をやった利奈は、ガスコンロの火がいつの間にか消えていたことに気付いて目を丸くした。弱火どころか、消火されている。

 

「はひっ!? コンロの火が消えちゃってますね」

「あら。いつのまにか消えてたみたい。どうりで沸かないわけね」

 

 そう言ってビアンキは白々しく炎を点けなおす。だれにも知られずにどうやって消したのかは不明だが、今はそれどころではない。

 

(待って、早すぎない!? 十分ちょっとで終わったの!?)

 

 時計を見て利奈は驚愕したが、それも今はどうでもいい。問題は、どちらが勝利したかである。

 すぐさまスクアーロの元へと走り出すが、見えてきたスクアーロの表情は、芳しいものではなかった。

 

(嘘でしょ! 二人も倒したのに!)

 

 残る敵はデイジーと桔梗だけだったはずだ。それなのに五人が負けてしまうなんて。

 

(違う、そんなのどうだっていい!)

 

 そこで利奈は、勝敗すらも二の次にした。

 負けたということは、標的である正一の炎が消えたことを意味する。つまり、正一の生命力がゼロ、もしくは少量しか残らないほどの重傷を負っている可能性があるのだ。

 

(入江さん……! 沢田君、山本君、獄寺君、スパナ!)

 

 基地を防衛していた隼人や、正一と一緒に基地ユニットのなかにいたスパナだって例外ではない。綱吉と武だって、敵と交戦したら傷つくだろう。

 永遠に続くように思えた長い廊下を走り抜けた利奈は、聞きたくない答えを聞くために口を開いた。

 

「どう、なりましたか……」

 

 口を開きかけたスクアーロだが、思い直したように利奈の背後に目を向けた。

 みんなの足音が重たく聞こえる。

 

「お前ら、すぐに出るぞ。応急処置が必要なやつが二人いる」

「っ……!」

 

 すぐさまスクアーロが先陣を切る。明言はされなかったものの、勝敗は明らかだ。

 

「行きましょう」

 

 背中を押され、歩き出す。ハルも京子も、ぎゅっと唇を引き結んでいた。

 

 とにかく進まなければならない。希望の炎が潰えていたとしても、その先に絶望しかなかったとしても。進み続ける限りは、未来はあるのだと信じて。

 




--ミルフィオーレ観覧席にて。


ザクロ「おらよ、飲み物持ってきてやったぞ」
ブルーベル「わーい! ……にゅ!?」
白蘭「どうしたの? ……ザクロ、もう一回作り直して」
ザクロ「……作る?」




 じつは前回更新時に、設定破綻で没になった今回の元案を活動報告にあげています。
 もうあとは未来編終わるまで転がり続けるだけなので、本編に組み込みたかったのですが……残念。
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