新米風紀委員の活動日誌   作:椋風花

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幕引きはあまりにも不穏な色を帯びて

 

「む、骸ー!?」

 

 基地ユニット内に避難を終えていた利奈は、綱吉のその叫びで外に顔を出した。

 

(うわ、なにあれ!)

 

 立ちのぼる水柱にたじろいだものの、その手前にある骸の姿に気付いて身を乗り出す。

 十年前と入れ替わってないことは、背中で揺れる髪の毛を見れば一目瞭然だった。さすがに正一も、廃墟に入りこんで十年バズーカを打ちこむことはできなかったらしい。

 

 骸は白蘭と対峙していた。

 なにか話をしているようだが、水の轟音しか聞こえない。どっちにしろこの距離では聞き取るのは不可能に近いだろうが。

 

(でも、なんで骸さんがここに? クロームの幻覚……ってわけでもなさそうだし)

 

 クロームは綱吉の隣にいるけれど、戦闘態勢には入っていない。

 それに、綱吉の驚きようからして、そこにいるのは間違いなく骸本人なのだろう。

 

(スペルビさんみたいにどこかに潜んでたか、ほかの人に化けてたとか? でもだれも減ってないし……あーもう、いろいろありすぎてわけわかんなくなってきた!)

 

 事態は一刻も留まっていない。

 チョイスの再戦を断られたあのときに少女が現れてから、二転三転し続けている。

 

「あの、外でなにが?」

 

 食い入るように外を見ていたら、その少女に声を掛けられた。

 彼女も外の様子が気になるのだろうが、白蘭が彼女を狙っている以上、一番奥にいてもらわなければならない。

 

 ――少女の名前は、ユニ。

 ミルフィオーレファミリーブラックスペルのボスにして、大空のアルコバレーノ。

 スパナによればブラックスペルの前身であるジッリョネロファミリーのボスであり、リボーンによれば、アルコバレーノのボスでもあるらしい。

 肩書きの多い彼女がおしゃぶりに光を灯してから、彼の執着は7³からユニへと移行した。

 

(だからこうやって、チョイスとか7³とかもろもろ放り出して逃げようとしてるわけなんだけど――私たちよりも年下の女の子狙うとか、めちゃくちゃ気持ち悪いよね)

 

 狙っているのは少女ではなく、少女の持つなにかしらの能力だろう。

 わかってはいるけれど、一度抱いてしまった印象はぬぐえない。まさか、地に落ちていた好感度が地面を叩き割ってさらに落ちていくとは、思ってもみなかった。

 

(だって、この子の仲間人質にして戻って来いって言ったり、逃げたら世界の果てまで追いかけるとか――うん、やっぱない。気持ち悪い)

 

 そもそも、無理やり劇薬を投与しただの、操り人形にしただの、口利けぬ体にしただの、これでもかというほど際どい証言が飛び出していた。

 思春期真っただなかの女子としては、マフィアとして犯した数々の犯罪より、こちらのほうがよっぽど重大で重罪な案件だ。

 

 ――だから、仕方ないだろう。

 白蘭に対する憎悪より嫌悪が勝り、殺意よりも忌避感が勝り、自分のためでなく少女のために殺しておきたいと思ってしまっても。

 そしてその感情の表れとして、心からの軽蔑を込めた悪態をついてしまっても。

 

(だってニタアって笑ったんだもん、この子見て。無理無理! 生理的に無理! あー、思い出しただけでゾッとする!)

 

 ――呟いたのは「キッモ」の一言だけだったが、だれも話していないときに口に出してしまったせいで、わりと多くの視線が集まった。

 白蘭も一瞬真顔になった気がするが、こちらに目を向けはしなかったので、捨て置くことにしたのだろう。ユニも反応せずに話を続けてくれたから、なかったことになっているはずだ。

 

 とにかく、そんなこともあって、ユニは基地ユニット内に匿われている。

 同性の京子やハルも、ユニをあの男から守らなければならないと決心して、二人でユニの左右を守っていた。不安に満ちていたはずの二人の目が強い意志を宿していて、女の団結の強さを再認識する。

 

 外では依然、白蘭と骸が睨み合っていた。

 水柱を避けながら後ろに下がった白蘭に、骸は追撃を仕掛けない。代わりに振り返って、綱吉になんらかの伝言を残した。

 

「みんな! 装置に炎を!」

 

 綱吉の呼びかけで、みんなが一斉に炎を灯す。

 来たときと同様にその炎が転送装置に吸い込まれ、視界が白に染まった。

 

 ――そう、白へと。

 

 

_____

 

 

 超炎リング転送システムが消えるのを見送った白蘭は、ゆっくりと正面に目を向けた。

 本日二人目の招かれざる客は、うっすらと不敵な笑みを浮かべる。こちらと同じように。

 

 ボンゴレファミリーが消えて、人数差でいえばこちらが圧倒的に有利だ。

 いや、幻覚でできた作り物の一人や二人、部下の手を借りなくても早々に片をつけられるだろう。あくまで、相手に戦う意思があればの話だが。

 

「まさか君が、囮役を買って出るとはね。ボンゴレに肩入れするなんて、いったいどんな風の吹き回しかな?」

 

 大げさに肩をすくめてみせる。

 マフィアを憎んでいたはずの骸が、精神だけとはいえ、こうやって身を挺してまで彼らを庇ったのだ。気まぐれで済む話ではない。

 

「クフフ、ご冗談を。僕はボンゴレファミリーを助けたかったわけじゃありませんよ。

 大空のアルコバレーノさえ貴方に渡らなければ、それでいい」

「……ふーん」

 

 まるでこちらの魂胆を見抜いているかのような口ぶりだ。

 そういえば骸は、六道輪廻を巡り、輪廻転生を果たした人間であると自称していた。

 

(時間を稼ぐ気満々、か。厄介だな。この様子だと、ここがどこだかももうわかっちゃってるんだろうし)

 

 戦力を削ぐ、あるいはデータを集めるつもりなら、あのときと同様に、積極的に攻撃を仕掛けてきているだろう。しかし骸に動く気配は見られない。

 彼は待っているのだ。並盛町に戻った綱吉たちが、転送システムを破壊するのを。

 

 超炎リング転送システムはあの一台のみである。そしてここは、並盛町どころか、日本からも遠く離れた無人島だ。転送装置が使えなくなれば、彼らに何日かの猶予を与えてしまうことになる。

 転送装置を壊せという指示を出してはいなかったが、正一かユニが、装置の破壊を提案するだろう。ほんの少し前まで、二人ともミルフィオーレの上層部にいたのだから。

 

(味方が敵になるといろいろ大変だよね。まあ、全部うまくいきすぎちゃってもつまらないけどさ)

 

 しかし、彼らの抵抗が無意味であることを白蘭は知っている。

 いくら策を弄し、確率を上げようとしたって無駄なのだ。ゼロになにを掛けたって、けして変わりはしないのだから。

 

(とりあえず、骸君には悪いけどお引き取り願おうかな? あまり遊んでる時間もないし)

 

 招待状を持たずに入ってきた客なのだから、少しくらい乱暴に追い払ってもいいだろう。

 白蘭がわざわざ手を下さずとも、たったひとつの提言で、骸は手も足も出せなくなる。――すでに、種は蒔き終えているのだ。

 

「そういえば、骸君に謝らなきゃいけないことがあったんだ」

「おや、なんでしょう」

 

 素知らぬ顔の骸だが、その表情はすぐに変わるだろう。

 これは、彼がもっとも嫌うマフィアのやり方なのだから。

 

「君のお気に入りの子のことだよ。なんてったっけ、さっきここにいた――そうそう、利奈ちゃん」

 

 周囲を取り巻く音が消えた。

 張り詰めた空気のなかで、白蘭は屈託なく笑う。

 

「かわいい子だよね。僕のこと、じーっと見てて。メローネ基地でお話したことがあったの、覚えてたのかな」

 

 しかし利奈とは一度も目を合わせていない。

 人はそれを無関心と取るのかもしれないが、実際は逆だ。人から視線を受けているにもかかわらず意図的に受け流すには、同じくらい――あるいは、それ以上の注意が必要になるのだから。

 

「さっき思い出したんだけど、この時代のあの子、ちょっと前に殺されちゃったんだよね。

 ――ううん、わかってるよ。殺したのは僕の部下だ。でも僕が直接雇ったわけじゃないし、命令だって出していない。功を焦ったごろつきの仕業さ。君の大嫌いな、ろくでなしのマフィアのしわざ。かわいそうに、あんな火傷を負って」

 

 あれは本当に想定外の出来事だった。

 ボンゴレ守護者の部下一人殺したところでなんにもならないと思っていたし、骸が二人を殺さなくても、いずれ適当な餌をぶら下げて、死地に追いやっていただろう。

 意にそぐわない動きをする駒など、不必要なのだから。

 

「だけど、僕にはミルフィオーレファミリーのボスとしての責任がある。君に一言だけでも謝っておかなくちゃと思ってね。こんな機会、二度とないだろうから。

 ごめんね、君の大切な人を殺しちゃって」

「……」

 

 とうとう、二人の表情が揃わなくなった。どちらも歪んでいるが、どちらの方が狂っているかなんて、だれにもわからないだろう。

 骸のこんな表情が見られたのだから、死んだ彼らもそこそこ役に立ったと言える。

 

「……話はそれだけですか?」

 

 骸が槍を構えた。さすがに挑発に乗ったわけではないだろうが、切っ先から殺気が溢れている。

 しかし、もう勝負は終わっているのだ。その切っ先が白蘭に刺さることはない。

 

「まさか。ここからが本題だよ」

 

 転送装置はチェルベッロが呼び戻しているだろう。彼女たちは、こんな形での戦いの延期を望んではいない。彼女たちには彼女たちなりの筋書きがあるのだろうから。

 

「桔梗君は優秀でね。僕がわざわざ口に出さなくても、僕が望むことをしてくれるんだ」

 

 後方で桔梗が頭を下げる気配を感じた。それから、雲の炎が燃え上がる気配も。

 

「取引をしよう。君が僕たちに変なちょっかいを出さないでくれるなら、君が望まない展開を作らないであげる。本当は見るのを心待ちにしてたんだけど」

「……望まない展開、とは?」

 

 白蘭は今度こそ邪悪に微笑んだ。

 

「それはもちろん、骸君が見たくない展開だよ。……同じ子に、二度死んでほしくないでしょう?」

「っ、まさか!」

 

 そう、種は蒔き終えているのだ。

 盤上での勝負に気を取られていた彼らには。これからの脅威に備えている彼らでは。すでに植えつけられている芽には気付けない。

 

「早く戻ったほうがいいんじゃない? ああ、でも、今回はもっと悲惨な姿になるだろうから、見たくないならそれでいいけど」

「白蘭……!」

 

 骸は動揺を隠しもせず白蘭に歯を剥いた。本当に、こんな顔を拝めるのなら何回だって彼女を殺したのに。ここ以外の世界では、彼女が死ぬ確率はそこまで高くない。

 

「あれ?」

 

 一矢報いようと攻撃を仕掛けてくるかと思いきや、骸は一瞬で姿を消した。

 動揺した状態では勝ち目がないと踏んだのか、少しでも体力を温存したかったのか、それとも、一刻も早く例の少女を助けたかったのか。どれでもいいけれど、もう少しくらい楽しませてもらいたかったものだ。

 

 なんとなく物足りなさを感じていたら、空から桔梗たちが降りてきた。

 

「白蘭様、お怪我は!」

「ないない」

 

 結果としてはまんまと逃げおおせられたが、それも一時しのぎに過ぎない。すぐにユニは手中に戻り、白蘭は超時空の創造主になれるだろう。

 真六弔花にユニの特性を伝え、マシュマロを食べ終えた白蘭は、呼ばれるがままに転送装置へと向かった。

 

 ――すべてがなくなったそのときこそ、少女はその瞳に絶望を宿すのだろうか。絶望を突きつけても折れることなく、まっすぐにこちらを射抜き続けた彼女は。

 

 

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