新米風紀委員の活動日誌   作:椋風花

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最弱の盾、薄氷の姫

 利奈がユニを連れて逃げ込んだ先は、風紀財団のアジトでも風紀財団本社ビルでも並盛中学校でもなく、金融会社の会議室だった。

 すべての世界線の出来事を把握できる白蘭でも、風紀財団の息すらかかっていない金融会社など、思い至りようもないだろう。

 未来の利奈はともかく、過去の利奈ですら初めてこのビルに入ったのだから。

 

「簡単に通してもらえましたね……」

 

 信じられないという顔でユニが呟く。

 ユニが驚くのも無理はない。利奈だって、一年前だったら同じように驚いていただろう。

 

(風紀財団の――っていうか、風紀委員のおかげだよね)

 

 真っ昼間に子供二人が息を切らしながら入ってきたので、事務員たちは最初、怪訝な顔をしていた。

 しかしそこで風紀委員の腕章を見せ、風紀委員の人にここで待っていろと指示を受けたと伝えたら、一同撥ね上がって利奈たちを会議室へと案内してくれた。

 自分の腕章を風紀委員から預かった物という設定にしたところは、我ながら機転が利いている。この時代にも女子風紀委員はいたけれど、顔が割れていたら偽物扱いされてしまう。

 

「体調はどう?」

「おかげさまでなんともありません。この非7³線対策カバーも、7³線を防いでくれています」

 

 ユニがおしゃぶりのぶらさがっている胸元を押さえる。

 おしゃぶりには、着替える前にジャンニーニから渡された透明のカバーが被せられている。そのカバーが、アルコバレーノである彼女たちを7³線という有害光線から守ってくれるそうだ。

 リボーンはアジトから外に出なかったのはそのせいだと、今さらながらに納得した。同時に、そんな殺人光線を照射する白蘭の卑劣さに憤ったが、それよりも先に、利奈には憤ってることがあった。

 

「……ユニ」

 

 呼び捨てにするかどうか迷って、さん付けをやめた。

 今ここに二人でいるあいだくらいは、ボスとかそういうのを勘定に入れないで話をしてもいいだろう。幸か不幸か、利奈の頭を殴ってでも止める人はいない。

 

「さっきのこと、なんだけど。

 なんであんなことしたの? ……じゃなくて、あんなこと、もうしないで」

 

 ユニが戸惑いの表情を浮かべる。

 

 ユニが捨て身の行動に出たとき、利奈はもう少しのところでユニを引き戻しに飛び出してしまうところだった。ユニの行動は、断じて利奈が合意したものではない。

 

 あのとき、ザクロたちのやり取りに耳を澄ましているうちに、ユニは部屋から出てきてしまった。戻ってこない利奈に痺れを切らしたのだろう。

 そしてユニを出さなければ皆殺しにするとザクロの宣言を聞き、ユニは姿を現そうとした。 

 もちろん利奈は止めたが、ユニの策があるという言葉を信じて、そのまま送り出したのだ。その結果があれだ。

 

「みんなに攻撃したら死ぬって、そんなやり方……。そんなに簡単に命懸けたりしないで」

 

 ユニはアルコバレーノのボスだ。ジッリョネロファミリーのボスだ、みんなの切り札だ。

 でも、そんなことはどうでもいい。自分よりも幼い女の子が、人のために命を投げ出そうとした事実がとても恐ろしかった。躊躇いなく炎の前に飛び出したユニが、ひどく恐ろしかったのだ。

 

「ユニは特別なんでしょ? ユニが死んだらみんな困るんだよ。

 みんな、ユニを守ろうと……ユニを守らなくちゃって思ってたのに、死のうとなんてしないで」

 

 あのときユニは、本気で命を懸けていた。あのままザクロに捕まりそうになったら、言葉通り炎に身を投げていただろう。手を伸ばせば利奈でも届く場所で。

 今さらながら震えが出てきて椅子に座りこんだ利奈を、ユニは静かに見つめる。優しい瞳で。

 

「……私が白蘭に捕まってしまったら、すべてが終わってしまうんです」

「でも、ユニが死んじゃっても終わりだよ」

「……貴方たちは生き残れます」

 

 首を振る。

 生き残ったところで、ユニを手に入れ損ねた白蘭が、この世界を完膚なきまでに滅ぼすだろう。そうなれば、この世界どころかすべての世界が終わってしまう。

 

「それに……大空のアルコバレーノは短命の定めなんです。人はだれでも、生まれたときから死に向かって――」

「そういうのいい!」

 

 大声でユニの言葉を断ち切る。

 華奢な体で、優しい顔で、これ以上そんな悲しいことを言ってほしくない。

 

「私はユニに死んでほしくないの! だれにも死んでほしくないの! ユニが死ぬの怖くなくても、私は死んじゃうのが怖いの!」

 

 身勝手なのは知っている。命を懸けてまでみんなを救おうとしたユニの献身は、感謝できなかったとしても否定するものではない。

 

(わかってるよ、ユニだって死にたいわけじゃないって。みんなのために必死だったって……でも、あんなの)

 

 今さらユニの行動を咎めたってなにも変わらない。これからのことを考えなければいけない。

 それなのに、あと少しで燃え尽きてしまったかもしれない目の前の少女に、なにか言わずにはいられなかった。炎に焼かれた未来の自分が頭をよぎったせいかもしれない。

 

(私が、しっかりしなくちゃいけないのに……!)

 

 二人きりだ。どうしようもないくらい二人きりだ。

 利奈が声高に叫んだところで、利奈にユニを守る術はない。利奈がユニを守ろうとするなら、それこそユニと同じように命を盾にするしかないだろう。ユニの命よりもずっと軽くて弱い、役に立たない命を散らすしか。

 そんな人間が命の大切さを説いたところで、結局自分が命を投げ出したくないから八つ当たりしているだけなのだと、見抜かれてしまう。

 人のために命を差し出そうとしたユニを叱る資格なんて、命ひとつ差し出せない利奈には到底なかったのだ。それが悔しくて、情けなくて――

 

「利奈さん、泣かないで。わかってますから」

 

 泣きたくなかった。無力さを噛みしめたくなんてなかった。とてつもなく惨めだった。

 俯いて涙を拭おうとするユニから逃れるだけで、精いっぱいだ。ユニの手が頬を撫でる。

 

「大丈夫、もう怖がることはありません。ここまで、ありがとうございました」

 

 お礼の言葉は過去形だった。ユニは逃走劇を終わらせようとしている。

 ユニと一緒にいなければ、利奈の身の安全は保障されるだろう。代わりに、利奈の心から誇りがなくなってしまうけれど。

 

「やだ……一緒にいる」

「もういいんです。こうやって外に逃がしてくださっただけで。私と一緒にいたら、貴方まで危険な目に遭ってしまいます」

 

 駄々をこねる子供を諭すようにユニが言葉を重ねる。

 これではどちらが年上だかわからない。

 

「私では貴方を守れません。離れたほうがお互いのためなんです」

「……守る?」

 

 そこで利奈は、大きな食い違いがあることに気が付いた。

 利奈がユニを守るつもりでいたのと同じように、ユニも利奈を守ろうとしていたのだ。

 まだ会って数時間しか経っていない利奈を、守るべきもののひとつに数えている。ユニを助けると決めた、綱吉のように。

 

(ユニも……だれかに死んでほしくないんだ)

 

 死ぬのが怖くないわけじゃない。自分が死ぬよりも、自分の周りで人が死ぬ方がずっとつらいだけなんだ。

 優しい彼女は、自分の部下の命よりも世界を優先して、その世界よりも目の前の他人を優先してしまう。

 

(そういえば、チョイスに行く前にリボーン君が言ってたっけ。ボンゴレマフィアは、もともと住民を守る自警団だったって)

 

 だれかを脅かすのではなく、だれかを守るための組織。

 確かに、綱吉はいつもなにかを守るために戦っている。きっとユニも、そうなのだろう。

 

「……ユニは、沢田君に似てるね」

「え……?」

 

 顔を上げると、滲んだ世界にユニの顔が広がった。大きな瞳のなかに、情けない顔をした自分が映っている。

 

「沢田君も、みんなのために戦ってるの。……本当は戦いたくないのにね」

 

 目元に残った涙を手の甲で拭う。

 ユニがだれかのために命を掛けてしまうのなら、そうならないようにするのが利奈の役目だ。

 盾にしかなれないのなら、剣になれる人のところまでユニを守り切ればいい。一度しか使えない盾ならば、使われないですむように策を弄すればいい。

 ここは無人島ではなく、並盛町なのだ。

 

「一緒に行こう。私も迷子のときに風紀委員長に付き添ってもらったことがあるの。

 それに私――」

 

 利奈は初めてにっこりと笑う。

 

「この町のことなら、ほかの人よりちょっと詳しいよ?」

 

 知っている人にしか伝わらない冗談に、ユニは不思議そうに眼を瞬いた。

 

 二人には選択肢がみっつあった。

 基地で別れた綱吉たちと合流するか、恭弥とディーノがいる並盛中学校に向かうか、風紀財団に助けを求めるかの選択肢が。

 

「沢田さんたちと合流しましょう」

 

 ユニの決断は早かった。

 綱吉のグループは唯一居場所がはっきりしていないけれど、合流できたら一番頼りになるグループだろう。

 

「行き先に真六弔花が現れた場合、ボンゴレ匣でなければ対処はほぼ不可能だと思います。

 ボンゴレアジトですら見つかってしまったのですから、ほかのアジトに逃げ込んでも被害が増えてしまうだけだと……」

「そっか。……そうだった」

 

 単純な武力勝負でなら風紀財団に敵はいないけれど、アジト全体を吹き飛ばせるような反則技を持つ真六弔花が相手では話が別だ。

 それに、恭弥のグループはその真六弔花と戦っている真っ最中である。連れて行くことにメリットがない。

 

(ヒバリさんがユニを守ってくれるかどうかもわからないしな……。

 真六弔花は倒してくれるだろうけど、ユニが攫われないように庇ってくれるかは……ちょっと微妙かも)

 

 恭弥が守るのは並盛町の風紀だけだ。ユニの保護までは請け負ってくれそうにない。

 

「沢田さんたちとは連絡が取れそうですか……?」

「うん、たぶん。風紀財団とボンゴレファミリーで繋がってるはずだから、これでなんとかなるはず」

 

 イヤホン型の黒い通信機を耳に装着する。ボンゴレアジトと風紀財団アジトをつなぐ扉を行き来していたときに使っていたものだ。

 一度ジャンニーニと回線をつなげてもらったこともあるので、その要領で綱吉たちにつなげてもらえばいい。

 出てきた職員にそうお願いすると、なにも聞き返さずに職員は通信機の周波数を切り替えた。

 

「えと、沢田君、聞こえる?」

『相沢さん!?』

 

 すぐさま綱吉の返事が返ってきた。

 親指と人差し指で丸を作ってユニに見せると、ユニはほっとした顔で肩を下ろした。

 

『今どこ!? 無事!? ユニは!?』

「無事だよ。ユニも一緒だし、今は建物に避難してるところ」

『よかった……! そうだ、さっきはユニを助けてくれてありが――ぐふぁ!?』

『時間ねーんだ、代われ』

 

 音声しか入ってこないけれど、綱吉がリボーンに足を蹴られたらしいことはわかった。でなければ、土が滑る音なんて聞こえないだろう。

 

『――利奈、五丁目の川平不動産を知ってるか?』

「うん。十年前にもあったよ」

 

 個人経営の不動産屋で、使い道の多い空き家をいくつか扱っていると過去に聞かされていた。

 なにかあった際にはそこの物件を使うという話も出ていたけれど、そのなにかというのがどういったものなのかは詮索していない。聞いても、口外できない秘密が増えるだけだ。

 

『今から俺たちはそこに向かう。だからお前らは安全を確保するまで――』

「ひっ!」

 

 通信機越しに爆音が鳴り響いた。間延びしたノイズが走る。

 耳元での不意打ちに身をすくめていたら、窓に目をやったユニが利奈の肩を揺さぶった。

 

「利奈さん! 外が!」

 

 カーテンの隙間から煙が見える。

 勢いよくカーテンを開けると、工場地帯から次々と煙が上がっていた。

 

「なにあれ……」

 

 工場地帯と言っても廃工場の集まりなので、人的被害は出ていないだろう。

 そういえば、出口のひとつがあそこに通じていたはずだ。

 

「地下でなにかが起こっているのでしょうか。それとも、ほかの真六弔花が?」

「わからない……真六弔花のせいなのは間違いないと思うけれど」

 

 通信機越しに聞こえた爆発音の大きさからして、綱吉たちはあそこの出口から出てきたのだろう。

 爆発と言えばザクロだが、彼はまだスクアーロと戦っているはずだ。

 いくらなんでもこんなに早く決着がつくとは思えないが、さっきの衝撃のせいか通信は切れてしまった。

 

「どうしよう……。リボーン君は川平不動産ってところに行こうとしていたみたいだけど」

「でしたら、私たちもそちらに向かいましょう。おじさまが頼りにされるのでしたら、安全な場所のはずです」

「……そう、だね」

 

 おじさま呼びに違和感しかないけれど、そんなことを気にしている場合ではないだろう。

 

 騒然としている金融会社の人たちに礼を言って外に出る。

 ふと利奈は、ユニの大きな帽子に注目した。

 

「その帽子、重くない? 持ってあげようか?」

「いえ、軽い素材でできているので大丈夫です」

「そう? 狭い道通ってくから気を付けてね」

「はい!」

 

 お互いに目を配っていた二人は、そのおかげで空に飛び上がるザクロの姿を目視せずにすんだ。

 

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