新米風紀委員の活動日誌   作:椋風花

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知らないほうがいい真実もある

 川平不動産までの道筋は、歩きながらでも滞りなく作成できた。

 十年前時点での裏道や脇道の情報はだいたい頭に入っていたので、そのなかから人目に付きにくく、なおかつ上空からの目視が困難な道を選べばいいだけである。よくやっていたことなので、造作もない。

 

(風紀委員の仕事だから――じゃなくて、変なのに捕まらないように覚えるしかなかったってのが、すごく悲しいんだけど)

 

 本来ならば、わざわざ記憶する必要のない情報だ。しかし、いつなんどき襲われても不思議でなかった利奈にとっては、最優先で詰め込むべき情報だった。

 逃げ道や逃げ込める施設を頭に叩き込んでいなかったら、夏休みの拉致件数は数倍にまで跳ね上がっていただろう。恭弥は人の恨みを買い過ぎである。

 

 この地域は十年のうちにそこまで手を加えられていないようで、記憶と記録の通りに道は続いていた。

 地下商店街の開発に力を入れていたぶん、ほかの地域はほとんど変わりなかったようだ。

 

 一瞬たりとも逡巡せずに歩く利奈に、ユニは遅まきながら、ほかの人よりも多少は詳しいと言った利奈の言葉の本意を悟る。

 並盛中学校の風紀委員にとって、並盛町は庭どころか自室なのだ。

 

「この道を抜けたら川平不動産がある場所に出るよ」

 

 すっかり遠慮が抜けた口調で利奈が伝えると、道中ずっと気を張っていたユニが、少しだけ肩の力を抜いた。

 地下のアジトですら、あんなにあっさりと侵略されたのだ。敵に見つかってしまうのではと、不安を抱えても無理はない。

 

「もう、おじさまたちは到着しているでしょうか」

「たぶんね。爆発あったところのほうが近いし、ちょっと遠回りしてきたから」

 

 最短ルートを辿っていれば、半分の時間で到着できていただろう。

 しかしそうなると爆発のあった廃工場近くを通ることになるので、大きく迂回するルートを選んだ。急がば回れ。近道を選んで敵と遭遇したら目も当てられない。

 

 道の角から、そっと通りを覗きこむ。

 人で賑わう通りに真六弔花の姿はなく、日常そのものの風景が広がっている。

 初めて実物を見た川平不動産も、ヒビの入った窓をテープで補修していたりとだいぶガタがきているものの、潰れずに営業していた。

 

「……あのお店、おかしいですね」

 

 違和感を口にしたのはユニだった。

 利奈も目の前の光景に違和感があったものの、ユニとは違うものに注目していたので聞き返す。

 

「おかしいって?」

 

 築何十年も経っているのだろうから、ボロボロになっていてもおかしくはない。

 ああなる前に改築するべきではとも思うけれど、建て替えるどころか、窓を換える余裕もなかったのだろう。営業しているのが不思議なくらいだ。

 しかしユニは店の古さではなく、店としての不自然さに着目していた。

 

「お店の扉が開きっぱなしです。あれでは、扉に貼られている紙が読めません」

「あ……!」

 

 言われてみれば確かにそうだ。あれでは客が貼り紙を読めなくなる。

 ついでに、遠目に見ている不動産屋が営業中だとわかった理由にも合点がいった。閉まっている店なら、入り口を全開にしたりはしないだろう。

 

「罠、かな?」

 

 とりあえず路地に身を引いた。人目を引かないよう、壁に寄りかかって雑談を装う。

 

「まだなんとも……。ただ、沢田さんたちがいらっしゃるのなら、店の扉を開けたままにはしないと思います」

「だよね……」

 

 綱吉たちがいてもいなくても不自然な状態だ。不気味ともいえる。

 そして利奈にもひとつ、引っかかっている点があった。

 

「ねえ、私も変だなって思ってることあるんだけどさ。

 ここの道、こんなに人が多いわけないんだよね。商店街はあっち曲がったところだし、この辺、そんなにお店ないし」

 

 閑散としてしかるべき場所に、理由もなく多くの人が存在している。

 扉の不自然さを指摘されなければ、不思議に思っても口には出さなかっただろう。

 

「……ひょっとしたら、幻術の類なのかもしれません」

「幻術……ってことは、あの仮面被った人の罠?」

「可能性はあります。ただ、どうして私たちの行き先がわかったのか――」

 

 二人がこの現象についての考察を始めたそのとき、川平不動産のある方角から怒号が上がった。

 

「待ちやがれバーロー!」

「っ!?」

 

 ザクロの声に二人は身をすくめた。

 通行人たちの視線がそちらに向かい、利奈はユニとともに逃げ出そうとしたが――

 

(逆方向?)

 

 風を切る音が遠ざかっていくので、動きを止めた。ドクドクと鳴る心臓の音がうるさくて――

 

「もう大丈夫だよ」

「きゃっ」

「ひゃあああああ!」

 

 見知らぬ人物にひょっこりと覗きこまれ、絶叫した。

 

 

__

 

 

「いやー、まさか出合い頭に悲鳴をあげられるとは思いませんでしたよ。

 それなりにちゃんとした身なりのつもりだったんですけどねえ」

 

 着物を着た丸眼鏡の見知らぬ男性――改め、川平不動産店主の言葉に、利奈は肩を縮めた。

 

(ううっ、申し訳ない……)

 

 彼に連れられて不動産屋に入ったら、アジトで離ればなれになったスクアーロ以外のみんなが揃っていた。

 大人数で突然訪れたにもかかわらず、すぐさま店に匿ってくれたらしい。そのうえ追ってきたザクロを追い払ったそうで、いわばみんなの命の恩人だ。

 事情を知らなかったとはいえ悲鳴をあげ、そのうえミルフィオーレの人間ではと武器を構えてしまった負い目があり、利奈はひたすら恐縮した。

 

「わかるぞ。こいつうさんくせーよな」

「えっ」

「んなっ! おい、リボーン! 失礼だぞ!」

 

 綱吉が窘めるが、リボーンは険しい目を川平に向けている。

 

(まあ、見た目はちょっと変わってるっていうか……中身もだいぶ変わってそうな感じするけど)

 

 新たな隠れ家を探すにあたり、一同は、ハルの知り合いのおばあさんがやっているこの不動産屋を頼りにきた。しかし、おばあさんは三年前にすでに他界していて、息子である、通称、川平のおじさんが出迎えた、という流れらしい。

 ――つまり、なにも知らず、全員と初対面であるにもかかわらず、彼らを丸ごと受けいれた、ということになるのだが。

 

(リボーン君の言う通り、かなりうさんくさいかも。……あと、なんでずっとラーメン持ってんだろ)

 

 複数人の疑いの視線を浴びながらも平然と立っているあたり、よほど動じない人物なのか、それともなにか裏があるのか。

 どちらにしろ、ミルフィオーレの重要人物であるザクロを追い払ったのだから、ミルフィオーレ関係者ではないのだろう。

 ユニを捕まえるために泳がせただけなら、今頃みんな殺されている。

 

「そういえば娘さん、ポケットに入れてるそれだけど」

「は、はい」

 

 上着のポケットから覗く腕章を指差され、利奈は背筋を伸ばした。

 

「それと同じものを腕につけた学ランの子を見たよ。君の友達?」

「え」

 

 そんな人物、並盛町には一人しかいない。

 並中生みんながそう思ったなかで、綱吉が口を開いた。

 

「それってヒバリさん!? ディーノさんと並中に落ちた真六弔花を倒しに行ったんです!」

「そうなのかい? 彼らの力を侮ってなければいいんだが……」

 

 その言葉で綱吉はディーノに通信を試み始めたが、川平に向く疑念の眼差しは先ほどより強くなっていた。

 

(……なんで今ので通じたの)

 

 並中に落ちたという表現も、真六弔花というおよそ耳馴染みのない言葉にも、川平は疑問を挟まなかった。こちらの事情を把握したうえで、真六弔花が複数人の組織であることもわかっているうえで、彼は真六弔花の力を危惧した。

 危機的状態に陥っていなければ、素性を問い詰めるべき怪しさだろう。

 利奈でもそう思うのだから、警戒心の強いメンバーは皆同じことを考えているに違いない。

 

「なんか、大変なことになっちゃったね」

 

 近くにいる京子に声をかける。

 京子も襲撃のせいで着替え損ねたようで、スカートが利奈とお揃いだ。

 

「ほんとだね。でも、無事でよかった。

 アジトが爆発したとき、二人ともいなかったからすごく心配してたの。そしたらユニちゃんが出てきて――」

「そうです! 利奈さんがピューってユニさんを連れてって、びっくりしちゃいました! また会えて本当によかったです!」

 

 京子は心から安堵しているし、ハルは少し涙目になっている。

 利奈も立場が逆になっていたら、同じような反応をしただろう。

 

「私も会えてよかったよ。二人っきりになったときはもう駄目かと思ったもん。……本気で」

 

 今になって考えると、相当追い詰められていたのだろう。ユニの前でみっともなく泣いてしまったのが恥ずかしい。

 ちらりと横目で窺うと、ユニは淡く微笑む。

 

「私もそう思いました。ですが、利奈さんが頑張ってくださったおかげでここまで来れたんです。改めてお礼を言わせてください」

「俺も礼を言わなきゃなんねーな。助かったぞ、利奈」

「え、えっと……!」

 

 ユニとリボーンに手放しで褒められるのは居心地が悪い。

 最初から最後までユニを助けられていたのならともかく、一度はユニの方から手を離されかけたのだ。意地で握り続けたけれど、称賛されるような振る舞いはできていない。

 だから、真正面から褒められるとなんだかいたたまれなかった。

 

「私は全然! 来る途中なにもなかったし、歩いてきただけだし」

「そんなことないですよ! あの物騒な人に捕まりそうだったユニちゃんを守ってたじゃないですか!」

「それは……!」

 

 ここにきてハルから援護射撃という名の追撃を受け、利奈はますます挙動不審に首を振った。このままでは、号泣したことまでみんなに暴露しなければならなくなる。

 

「あれはスペルビさんの命令だったから! 全部スペルビさんの手柄だよ!」

「スペルビさん?」

「……サメの人」

 

 京子が首を傾げると、クロームがひっそりと助け船を出す。みんなの勢いに呑まれてしまっているのか、クロームは部屋の隅でうずくまったままである。

 

(そういえば、みんなスクアーロさんって呼んでるっけ。……名前で呼んでるの私だけ? ほかはみんな名前呼びなのに)

 

ヴァリアーでもスペルビ呼びは反応が悪かった。

イタリア語でスクアーロはサメだから、イメージに合うそちらを通り名として使っているのかもしれない。

 

「あの……スクアーロさんはどうなったのでしょう。ザクロと戦ったあと」

 

 聞きづらそうにユニが尋ねるが、返ってきたのは沈黙だった。

 スクアーロは、ザクロの足止めのためにアジトに残っていた。それなのにザクロがユニを探して地上に出てきていたのだから、スクアーロがどうなったかなんてわかりきっている。

 

「……ん、スクアーロのことだから、きっとピンピンしてるだろうぜ」

 

 場を持ち直すように声を上げたのは武だった。

 チョイス戦に向けてスクアーロと修業をしていたので、スクアーロの実力については、このなかでだれよりも詳しいだろう。

 しかし、武以外の人は表情を曇らせていて、武の言葉の説得力を鈍らせる。工場地帯での爆発も、二人の戦闘で生じたものだったのだろう。

 

「ディーノさん、デイジーと戦ってるって」

 

 通信を終えた綱吉の言葉で、利奈はデイジーの姿をまぶたに描いた。

 京子たちに枯れた花を差し出した、不健康そうな顔色の男。チョイス戦での立ち回りは見ていないが、恭弥たちが遅れを取りそうな相手ではなかった。

 

「なんか、化け物みたいな格好してるって言ってたんだけど……」

 

 ――どんな見た目をしていようが、相手は真六弔花だ。油断してはいけない。

 利奈はすんなりと手のひらを返した。

 

 ここまでの状況を確認しながら、一行はディーノの報告を待つ。

 途中でランボが眠いとぐずったので寝かしつけ、武がスクアーロを探しにアジトに戻りたいと言い出したところで、ディーノからの連絡が入った。

 

「ヒバリさんがデイジーをやっつけたって!」

 

 その報告に歓声があがる。

 これで真六弔花はユニを探す手がかりを失った。対策を練る時間が得られるわけだ。

 潜伏場所をこれから探すなら少しは力添えができるかもしれないと気合を入れる利奈の耳元で、通信機が音を立てた。

 

『相沢』

「はいっ!」

「うお、なんだ!?」

 

 条件反射の利奈の返答に、了平がビクリと肩を揺らした。左耳を指差しながら、もう片方の手で拝むようにして驚かせたことを謝る。

 

『今どこ? 敵はいる?』

「川平不動産屋にいます。敵は――さっきザクロっていうガラの悪いのがいましたけど、今はいません」

『そう』

 

 声には物足りなさそうな響きがあった。

 いると答えたら、嬉々として咬み殺しに来ていただろう。その場合、周辺が更地になりかねない。

 

「私はどうすればいいですか? そっちに合流しますか?」

『いい。僕は壊れた校舎の被害確認とこの死にたがりの処分があるから、そっちは勝手にやって』

『ぼばっ!』

「……はい、了解です」

 

(……今、踏んだ? 蹴った?)

 

 わずかに聞こえる敵の悲鳴にドン引きしそうになりながらも、相槌を打つ。

 校舎の損壊具合によっては、デイジーに明日はない。白蘭の部下でなければ、ほんの少しくらいは同情していただろう。

 

「ヒバリさんはなんて?」

 

 期待するような綱吉の眼差しに、利奈は親指を立てた。

 

「……真六弔花は学校の片付けのついでになんとかしてくれるって!」

 

 嘘は言っていない。嘘は。

 なんとかというよりは、なんとでもという表現の方がふさわしかったというだけで。

 

 なんとなく察していそうなリボーン以外は利奈の言葉で無邪気に喜び、利奈は内心の冷や汗を隠すため、しばらく親指を立て続けた。

 

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