新米風紀委員の活動日誌   作:椋風花

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幾多の記憶から

 襲撃は内部から行われた。

 スパナたちがアジトに戻ろうとしたそのわずかな隙に、トリカブトの侵入を許してしまったのだ。ランボに化けたトリカブトは、だれにも警戒されずにユニに近づけた。

 

「ユニ!」

 

 綱吉の叫び声が聞こえた。入り口を固めに行った守護者の声も聞こえた。

 そのどれもが、砕けるガラス戸の音に掻き消された。

 

 体を起こすと見えたのは粉々になったガラス戸、倒れた守護者たち、店の入り口に空けられた大穴。そして、その先の空に――。

 

(桔梗にブルーベル!?)

 

 トリカブトの前に立ちはだかるようにして飛ぶ二人に、目を見開く。

 

 飛び散ったガラスはすべて店の内側に向かっていた。

 トリカブトの脱出するタイミングを見計らって、外から破壊したのだろう。予期せぬ方角から奇襲を受けた三人は、なすすべもなく倒れ伏していた。

 

(真六弔花が三人――どうして!?)

 

 これで、真六弔花すべてがボンゴレに接触を果たしたことになる。

 なぜこの場所を突き止めることができたのか――そう考えたとき、今だ姿を現さない白蘭が頭をよぎった。

 

(まさか、ほかの世界の自分からここの状況を!?)

 

 ありえない話ではない。

 すべての世界を網羅できるのなら、ハルの知り合いがいるこの不動産だって――

 

(そんな、そんなことまで!?)

 

 ボンゴレ関係者といえど、ハルは一般人だ。そんな彼女の情報まですべて手に入れられるというのなら――それこそ、神の所業である。

 

 衝撃を受けて固まっていたら、ブルーベルが匣を開匣した。

 雨属性の炎を帯びた巻き貝が、防御陣形すら取れていないこちら陣営に襲いかかる。

 

「ぐっ……!」

 

 攻撃を察し、隼人が体を反転させる。間一髪、SISTEMA C.A.Iが展開し、なんとか直撃は免れた。

 ただし、シールドで守れるのは人だけだ。崩れる家屋と衝撃波の影響を受け、だれもが立っていられなくなる。

 

「ぐぴゃああ!」

「ひいいっ! ベリーハードですー!」

「こっちに来て! 立ち上がらないで、そのまま店の奥に!」

「はいですぅ! ランボちゃん、こっちに!」

 

 ランボを腕に抱いたハルが、こちらへと這ってくる。京子は倒れている了平を気にしていたが、再度呼びかけて避難を促した。

 

(このままじゃユニが……!)

 

 初手で戦力を削られ防戦一方のボンゴレに比べ、ユニを捕らえた真六弔花は、攻撃の勢いそのままにトリカブトを逃がせば済む。圧倒的にこちらが不利な状況だ。

 遠ざかるトリカブトをただ見ていることしかできずにいたら、その影が大きく揺らいだ。いや、どこからともなく現れたふたつの黒い塊が、トリカブトの身体を貫いた。

 トリカブトの姿が眩み、ユニの身体が支えを失う。しかし、ユニに落下などさせぬとばかりに、新たな人物がユニの身体を支えた。

 

「なっ、あれは!」

 

 どうしてここにと、声が漏れる。

 だが、納得の人物だった。ジッリョネロファミリーボスであるユニの窮地を救うのは、同じジッリョネロファミリーの人間の使命だ。

 

「γ……?」

 

 上半身を起こすのもやっとの隼人が、息も絶え絶えに呟く。

 

 元ミルフィオーレファミリーブラックスペル、第三アフェランドラ隊隊長γ。

 γとユニを守るようにして立つ、兄弟分の太猿と野猿。

 構図は先ほどの真六弔かと同じだが、その気迫は真六弔花をも凌駕していた。メローネ基地にいたときとはまるで別人だ。

 

 ――ただ、相手が悪かった。

 野猿と太猿渾身の一撃をトリカブトは難なく躱し、さらには通り抜けざまに二人に一太刀を浴びせる。ユニが二人の名前を叫んだ。

 γの匣兵器、黒狐すらも歯牙にかけず、あとはリングそのものに頼るしかないγを屠るべく一直線に進んだトリカブトは、次の瞬間、顎に強烈な一撃を受けて弾き飛ばされた。

 

「どこを見ている」

 

 その声でハッとした。

 先ほどまで猛攻に怯えていた少年の姿がない。 

 

(速い……!)

 

 桔梗とブルーベルがあちらに意識を削がれて攻撃を止めた隙に、超化した綱吉があそこまで飛んでいったのだ。そばにいたボンゴレ陣営ですら気付けない速度で。

 

(これなら……!)

 

 形勢逆転に胸を高鳴らせる。

 

 しかし、その判断はいささか早計だった。

 ユニたちに気を取られるあまり、だれもが足元を見過ごしていたのだ。

 事態を動かしたのは、遠くから砂塵を巻き上げて現れた一匹の――

 

(匣兵器!? じゃなくて、人!?)

 

 チーターを思わせる見事な四つ足走行で男が走ってきた。

 足が止まってようやく顔が認識できるようになったところで、隼人がギョッとしたように身を引いた。

 

「城島!? おまっ、なんでここに!?」

「利奈は! 利奈はどこら!」

 

 隼人の呼びかけを無視し、男が叫ぶ。

 

(あ……)

 

 ネコ科動物特有の細められた瞳孔がこちらに向き、そして、()()()()()

 そこで男が利奈を探しているのだとわかり――()()は初めて、襲撃があってから利奈が一言も声を発してないことに気がついた。

 

「ハハン、ようやく登場ですか。しかし、遅かったですね」

 

 男の正体を知っているらしい桔梗が嘲笑う。

 

「彼女なら、とうに私の手のなかですよ」

 

 ――花が咲いていた。紫の花が、少女の手元を美しく、そして禍々しく飾っていた。

 眠り姫のように横たわる利奈の指から、数本の花が伸びている。紫色の炎がゆらゆらと揺らめいている。その花は、幻騎士の身体を食い破ったものと同一のものだった。

 

「クソっ!」

「やめておいた方がいいですよ」

 

 駆け寄ろうとする男を桔梗が声で制する。

 

「その雲桔梗は彼女の指のリング――この場合は指輪と呼ぶべきでしょうか。指輪に植えつけられています。

 無理に外そうとしたら、彼女の指ごと千切れますよ」

「そんな!」

 

 京子が悲鳴をあげる。

 桔梗の言う通り、桔梗の花の根元は中指に嵌められた指輪につながっていた。外そうと近づけば、桔梗は躊躇いなくその根を利奈の手に這わせるだろう。今でさえ、気を失うほど生命力を吸われているというのに。

 

(なんで!? なんで彼女がリングを!?)

 

 利奈は死ぬ気の炎を扱えない。

 だから彼女がリングをつける必要なんてないし、そもそもいつの間に彼女のリングに――

 

(違う。彼女のリングに種を植えたんじゃない。彼女の手に、指輪を取り付けたんだ。

 でも、いったいどうやって! アジトで離ればなれになったあとにか? いや、それならそんなまどろっこしいことせずにユニを――)

 

 そこまで思考を巡らせたところで、正一は愕然とした。

 正一は、その目でその場面を見ていたのだ。

 

『自己紹介が遅れました。私は桔梗。真六弔花のリーダーを務めています。

 以後、お見知りおきを』

『あ、ちょっと……!』

 

(あのとき……!)

 

 二人の手元までは見ていなかったが、利奈は明らかに狼狽していた。ただ握手されただけなら、あんな反応はしないだろう。指を絡めて動揺させ、そのどさくさに幻術をかけた不可視の指輪を嵌めたに違いない。

 

(なんてことだ! もっと警戒しておくべきだった!)

 

 まさか戦いの前、それも戦闘員ではない人間に罠を仕掛けてくるなんて、思いもしなかった。

 チョイス戦後にこちらが逃げ出そうとした場合の、保険代わりにでも用意していたのだろう。

 リングではなくただの指輪なら、金属探知機にでもかけなければ発見できない。

 

「トリカブト、お願いします」

 

 桔梗の声で顔を上げる。

 マントを広げたトリカブトの胸に、匣が埋まっているのがかろうじて見えた。

 匣にリングが装着され、エネルギーが発散される。

 

「なんらあれ! 気持ち悪りーびょん!」

 

 トリカブトの背に翅が生えた。

 翅に描かれた禍々しい模様は、鳥に襲われないように擬態する蛾の眼状紋だった。

 

「終焉の時」

 

 景色が回り出す。水平であるはずの地面がつながり、ドーナツの穴のように空が閉じる。

 担架から滑り落ちそうになるのを慌てて腕で止めるけれど、浮遊感のせいで起き上がれなくなる。

 平衡感覚を失い、景色に振り回されるしかない正一たちのもとに、悠々と桔梗が現れた。

 

「失礼しますよ」

「っ、だめ!」

 

 クロームが焦ったように立ち上がるが、術師でも解くのは難しいのか、身体がよろけそうになっている。桔梗相手では、どうすることもできないだろう。

 桔梗はクロームに構うことなく、幻術にかかることすらできない利奈の身体を抱えた。

 

「相沢さん!」

「彼女は頂いていきますよ」

「てめえ!」

 

 城島という男が桔梗に飛びつこうとしたが、足に体重をかけられずに崩れ落ちた。

 

「伝令役ご苦労様です。貴方の主にはこう伝えてください。

 白蘭様がおっしゃったとおり、無粋な手出しをしなければこの娘の命は保障します。危害を加えないとまでは言えませんが」

「ふざけんなっ!」

 

 城島が獣の咆哮を上げたが、地面すら不確かな状態では、桔梗に牙を突き立てるどころか、距離を詰めることさえできやしない。

 そのまま飛び去ろうとする桔梗だったが、空に飛ぶ瞬間、大きく身を捻った。

 

「簡単に行かせると思うか?」

 

 フゥ太の頭上にいたリボーンの銃口から煙があがる。幻術空間でも、銃の軌道は変わらない。

 銃口を頭部に向けられながらも、桔梗は余裕の表情を崩さなかった。

 

「ハハン、その不安定な足場でも的確なショットを撃てるとは、さすがアルコバレーノ。

 ですが言ったでしょう、彼女はもう私の手中だと」

 

 桔梗の身体がふわりと浮いた。宙に浮く桔梗の身体は上下に揺れ、抱えられた利奈の腕がだらりと下に伸びる。

 

「……チッ」

 

 いくらリボーンが凄腕のガンマンでも、揺れるフゥ太の頭上から、一発で桔梗を仕留めるなんて芸当はできないだろう。ここで桔梗が匣を開匣すれば、女の子や子供たちが犠牲になる。

 頼みの綱の綱吉も、消えたトリカブトにγたちが襲われないよう、警戒するので精いっぱいである。

 結局、利奈が連れて行かれるのを、みすみす見逃すことしかできなかった。

 

「もう、手っ取り早く全部壊しちゃえばよかったのに」

「それはできませんよ。白蘭様のもとに連れて行かねばならないのですから」

「むー! なんでそんな女!」

「妬く必要はありませんよ、ブルーベル。六道骸に追跡させないための人質にすぎないんですから。

 あとはトリカブトがユニ様を確保するのを待つだけ――」

 

 しかし、さすがにそこまでの蛮行は許されなかった。

 クロームの開匣したボンゴレ匣、D・スペードの魔レンズによってトリカブトの姿は現され、綱吉のX BURNERにて焼き払われた。

 

 割れたカブトと事切れた僧を確認し、そのまま落とした桔梗は、腕の中でわずかに息をする娘を見下ろし、嘆息した。

 

「この娘を抱えていなければ手伝えたんですがね。思わぬ足手まといでした」

「だから落としちゃえばよかったのにー! 雨イルカに乗ったアルコバレーノ、ブルーベル一人で対処したんだから!」

「それは申し訳ないことをしましたね。お詫びに、ホテルでおいしいデザートでも用意しましょう」

「わーい!」

 

 そんな二人の会話も利奈の耳には届かない。

 徐々に冷たくなっていく身体に、桔梗はようやく指輪に仕掛けた雲桔梗を解いた。

 

「うっかり殺してしまうところでしたね」

 

 温度のないその声も、利奈の耳には届かなかった。

 仮に意識があっても、利奈の考えることはひとつだっただろう。

 

 ――数えることすらやめた拉致回数が、またひとつ増えてしまったと。

 

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