新米風紀委員の活動日誌   作:椋風花

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想定外を頬張って

 

 海外の城を思わせる、豪華絢爛な外装の最高級ホテル。

 そのホテル最上級のスイートルームで、真六弔花は白蘭への報告をおこなっていた。

 

 ユニの奪還は果たせず、デイジーとトリカブトは戦闘不能。芳しい成果を上げられていない彼らだったが、その表情に焦りはなかった。

 まったく前情報がないボンゴレ匣と、予想していなかったγ兄弟の助太刀。それらの障害によっていささか計画に狂いは生じたものの、依然、有利な状況には変わりがない。

 

 それに、進捗もある。トリカブトはユニを捕らえた際に、三日間取れることのない炎粉を付着させていた。

 ユニの居場所は特定可能となっており、どこに隠れようが必ず見つけ出せるようになっている。

 さらにミルフィオーレ側の残りメンバーは無傷なのに対して、ボンゴレメンバーは重傷者が多い。満足に動けない者がいては、ボンゴレお得意の連携プレイだって機能しなくなるだろう。

 あとは、いつ獲物を狩るかだ。

 

「さて、と」

 

 受話器を置いた白蘭が、絨毯に転がされている利奈へと目を向ける。

 雲桔梗によって生命力を削られているために、頬の色は白く、生気がない。

 

「そろそろ起こしてあげていいんじゃないかな。ずっと絨毯で眠らせるのもかわいそうだし」

 

 テーブルに積んだマシュマロに手を伸ばしながら白蘭が促すと、桔梗が利奈の肩を叩いた。

 指輪に仕込んだ雲桔梗は解除しているが、一時は瀕死状態まで追い込まれていただけあって、軽く揺すったくらいでは目覚めなかった。

 

「べつに寝かせといていーんじゃないですか? 起こして騒がれてもめんどくせーし」

「おやおや、女性に対しての気遣いは大切ですよ。どうせ、騒げるだけの体力も残ってませんから」

「桔梗の言う通り。ザクロは女性へのデリカシーってものがなさすぎるわ」

「へーへー」

 

 言い返すのもめんどくさいとばかりに、ザクロはブルーベルの指摘を受け流す。

 気のない態度にブルーベルがむーと頬を膨らませていると、ようやく利奈のまつ毛が揺れた。

 

「お目覚めですか?」

「……」

 

 あどけない顔でゆっくりと目を開ける利奈と、それを見下ろす桔梗の微笑。

 このシーンだけ切り取れば、まるで夢から覚めたお嬢様と、傍らに傅く執事のようだ。

 

 重いまぶたを数度動かして意識を覚醒させた利奈は、小さく口を開き――

 

「……はあ゛ー」

 

 徹夜続きの社会人と同じくらい疲労と苛立ちを滲ませたため息を吐き出した。

 

 その吐息には、絶望や恐怖、悲哀に焦燥といった感情は一切含まれていない。

 社会人時代を思い出させる利奈の態度に、桔梗はわずかながらに困惑した。

 

「……もし?」

「はい?」

 

 いっさい気負ってない声はふてぶてしさすら感じさせる。

 少なくとも、拉致された娘が出す声ではない。

 

「ああ、いえ。少々予想と違う反応だったので、事態が呑み込めていないのかと思いまして」

「……貴方たちに捕まったって以外、なにかあります?」

 

 腕に力を込めて起き上がろうとしているが、力が入らないようだ。

 声に疲労が滲んでいたのは、体力と気力が底をつきかけていたからもあるのだろう。

 

「無理に動かないほうがいいですよ。体内の炎をほとんど吸い取られているのですから」

「吸い取る……」

「チョイス戦でのターゲットマーカーを覚えていますか? あれと雲桔梗を複合した、特別製の指輪です。指輪自体はなんの変哲もない物ですが」

 

 左手中指の指輪が確認できたようで、その表情にわずかながら恐怖が宿る。幻騎士の最期を見ていたのならば、当然の反応だ。

 ようやく人質らしい表情を見せた利奈だったが、それでも体を起こそうとするのをやめなかった。

 

 彼女はわかっているのだろう。

 先ほどから桔梗が一切利奈に向き直ろうとせず、膝をつき続けていることの意味を。真六弔花が首を垂れる先に、必ず白蘭がいるであろうことを。

 だからこそ地に伏せているわけにはいかないと力を振り絞る利奈は、なるほど、確かに白蘭が目をつけるだけのことはあった。

 

「桔梗、手伝ってあげたら? だいぶお疲れみたいだし」

「びゃく、らん……っ!」

 

 憎き相手の声が最後の力を振り絞らせたのか、利奈はようやく上半身を起こし終えた。

 動いたせいか怒りのせいか、青白かった頬に赤みが戻っている。

 

「こんにちは、利奈ちゃん。さっきぶりだね」

 

 擬音をつけるなら、ニコニコといわんばかりの笑みを浮かべる白蘭。

 かたや利奈は般若の形相だったが、頭さえ下げれば土下座になる体勢では迫力に欠ける。

 

「また会えてうれしいよ。チョイスだと全然話せなかったからさ」

「……っ」

「君も話したいって思ってたんでしょ? じゃなきゃ、あんな熱視線で見つめたりなんてしないよね。ね、利奈ちゃん?」

 

 雲桔梗の影響がなかったら、後先考えずにそのまま飛びかかっていただろう。

 そう思わせるほど絨毯に指を食いこませながら、射殺さんとばかりに白蘭を睨みつけている。額には汗が浮かんでいた。

 

「白蘭様、この様子だとすぐに体力が底を尽きるかと」

「そう? 残念だなあ、せっかくお話しできるチャンスだったのに」

 

 白蘭が摘んだマシュマロを口に入れた。

 四つん這いでいるのすら限界に近いようで、利奈は肩で息をし始めている。このままでは本当に死にかねない。

 

「この娘の処遇はどうしますか?」

 

 利奈の身体に手を差し入れ、そのまま姿勢を反転させる。

 苦もなく持ち上がった体は、抵抗することなくあっさりと腕に収まった。

 

「処遇ってやだなあ、利奈ちゃんはお客様だよ。丁重にもてなしてあげて」

「失礼。では、お部屋に案内しましょうか」

 

 胡乱げに見つめる利奈に微笑みを返すと、より一層目を細められた。

 

 

__

 

 

 どうやら、未来に来て二回目の拉致及び軟禁らしい。

 同じ組織に二度続けて捕まったのは初めてだと、どうでもいい情報がぼんやりと頭に浮かぶ。

 そもそも、だいたいの組織は一度目の時点で壊滅的な損害を被るために、二度目を決行しようとは思わないのだ。

 

(ここ、どこだろ。ホテルみたいだけど、並盛町じゃなさそう……)

 

 並盛町にこんな高級ホテルはない。

 ベッドから頭も上げられない状態だが、見上げる天井がすでに一流ホテルのそれだった。

 広いベッドも沈み込んでしまいたくなるような心地よさだし、すっぽりと頭を支える枕も、普通の物とは一味も二味も違う。

 あのヴァリアーの屋敷よりもランクが上だと言えば、どれほどすごいことなのかわかるだろうか。

 軟禁場所が自宅よりも豪華なのは若干引っかかるものがあるが、とにかく高級ホテルである。

 

(どこも縛られてない……見張りもいない……)

 

 ホテルならば部屋の外にも見張りはいないだろうし、隣のベッドのわきには内線電話もある。

 すぐにでも風紀財団に連絡を取りたいのはやまやまだったが――

 

(動けない……。身体が全然動かない)

 

 指に嵌められた指輪に、選択肢を根こそぎ奪われていた。

 

(体中のエネルギーを吸い取る、だったけ。これなら、縛られてたほうがまだマシじゃない……)

 

 指輪を外せば効果は切れるのだろうが、もちろん指輪は外せない。

 無理やり外そうとすれば、雲桔梗の根が体に食い込み、幻騎士と同じ最期を遂げると脅されている。幻騎士の最期を見たわけではないが、桔梗の口ぶりからして、相当むごい物であったことは間違いない。

 

(脱出は諦めるしかないか……)

 

 身体に引っ張られて、思考すらもおぼつかない。

 それでも、白蘭たちの目的について考えたり、倦怠感に抗おうとしてみたり、綱吉たちの動向に思いを馳せたり、ふかふかの布団で微睡んだりしていたら、ドアが開く音が聞こえた。

 わずかに聞こえる衣擦れの足音に、息を殺して目を閉じる。

 

「ちょっとー。起きてるー?」

 

 声だけでだれだかわかった。真六弔花に女は一人だけである。

 枕元までやってきたブルーベルは、利奈の顔を覗きこむと、小さく息をついた。

 

「なんだ、起きてんじゃない」

 

 確信を持った声に、利奈は寝たふりをやめて顔を上げた。

 

「……なに」

「起きて。ご飯食べに行くのよ」

 

 なにを言っているのだろうと眉を寄せる。

 人質を外に連れ出そうとする態度もそうだが、攫われたうえに体力を奪われている利奈に、食欲などあるわけがなかった。

 

「ほら、早く。……あ、そっか、雲桔梗で動けないんだっけ。仕方ないわねー」

 

 布団がめくられ、ブルーベルに手を握られる。

 ブルーベルの手から上がった青い炎が、利奈の左手を包み込んだ。

 

(熱っ、くは、ないけど。なんか変な感じ……)

 

 ブルーベルの手の温かさしか感じない。温度のない炎というのも不思議なものだ。

 

「鎮静の雨の炎で、桔梗の雲桔梗を相殺したわ。こうやって手を握っているあいだは大丈夫よ」

 

 つまり、手を離せば即座に雲桔梗の餌食である。

 

(でも、ちょっと楽になってきたかも)

 

 奪われた生命力が戻されたわけではないけれど、じわじわと蝕まれるような不快感はなくなった。

 ゆっくりと体を起こし、乱れた服を整える。窓の外はもう真っ暗だ。

 

「ご飯って、どこで食べるの?」

「下のレストランよ。ブルーベルがわざわざ連れてってあげるんだから、ありがたく思いなさい!」

 

 胸を張るブルーベルに、一抹の不安がよぎった。

 ほかの人に言われて呼びに来ただけなら、ここまで自慢げにはしないだろう。

 

「え、二人だけ?」

「そうよ」

「二人……」

「みんなルームサービス頼むんだって。

 白蘭はご飯食べられないって言うし、お客様に食事を提供してあげてくださいって桔梗に頼まれたから。私の食事に付き合わせてあげる」

 

 ようするに、人質の食事と自分の食事を一緒くたにしてしまおうという魂胆らしい。

 一人で最高級ホテルのレストランに行くのも気乗りしなかったのだろう。

 利奈の腕を取って、ブルーベルは上機嫌に歩き始める。

 

(ホテルのレストランで食事――って前にもあったな)

 

 あのときはアフタヌーンティーで、今回はディナー。

 一流ホテルでのディナーとなると、周囲から浮かないように服装に気を配らなければならない。その点、今の利奈はボンゴレファミリーの正装を身に纏っているから、ドレスコードに引っかかったりはしないだろう。

 むしろ、黒マント姿のブルーベルが服装を気にするべきなのだが、まったく気にならないようだ。

 

「ついた!」

「わあ……」

 

 目の前に、テレビのなかでしか見たことのない光景が広がっていた。

 食事はビュッフェスタイルのようで、高級感あふれる店内には、高級感あふれる食事が並んでいる。

 料理を皿に取る人たちはみんなドレスかジャケットを着ているし、食べ放題なのにコックが肉を一枚一枚切り分けているし、ウエイターは立ち姿からして優雅で洗練されていた。

 選ばれた者しか立ち入れない空間に回れ右をしたくなるが、ブルーベルに手を引かれては進むしか道がない。

 

「ねえ、ここ、子供だけで入っていいの?」

「私、子供じゃないもの。立派なレディーよ、レディー」

 

 立派なレディーは自慢げに胸を張ったりしないし、マント姿で食事を取ったりはしない。

 

「脱いだほうがいいんじゃない、そのマント。下、なに着てるの?」

「着てないわよ」

「……ん?」

「なにも着てないったら。泳ぐのに邪魔だもん」

 

(裸にマント……!?)

 

 男ならアウト――いや、女でもアウトだ。

 ついマントの上から体をじろじろ見てしまうけれど、それもそれで変態くさいので、利奈はぎこちなく目線を外した。

 とりあえず、レディーはマントをワンピースにはしない。

 

「そ、そうだ。食べるとき手はどうするの? つないだままじゃ食べられないでしょ」

「にゅっ。そっか、そうね。全然考えてなかった」

 

 どうやら行き当たりばったりな性格をしているらしい。

 真六弔花のなかでは親しみを覚えるけれど、白蘭の部下なので好感度は上がらない。

 

 顎に手を当ててうむむと唸ったブルーベルは、名案を思いついたとばかりに、利奈の手を両手で握りしめた。

 

「そうだ、こうすればいいんだ! えい!」

「ひやあああ!」

 

 指輪を嵌めた左手が炎に包まれ、利奈はうっかり大声を上げてしまった。

 向けられた視線に羞恥心が込み上げ、縮こまる。

 

「もう、急になに?」

「ふふん、見てなさい。ほらっ!」

 

 ブルーベルがパッと両手を離す。

 すぐに指輪の雲桔梗が効力を発揮するかと思いきや、指輪は一切利奈の生命力を奪わなかった。思わずしげしげと指輪を眺めてしまう。

 

「ブルーベルの炎をあんたの全身に巡らせて、桔梗の炎を抑えつけてあげたの。最初からこうすればよかった!

 ほら、指輪の炎も紫から青に変わってるでしょ?」

 

 指輪の表面はうっすらと青く染まっている。

 雲属性の炎は紫色で雨属性の炎が青色だから、利奈の身体に炎を送り込んで、指輪に触れ続けなくても侵食を防げるようにしたのだろう。

 

「さあ、ご飯食べよっと。あっ、あのカレー美味しそう!」

 

 言うが早いか、ブルーベルが飛び出した。

 利奈は指輪とブルーベルと出口を見比べ、逡巡する。

 

(逃げるなら今……だけど……)

 

 逃げたところで、逃げこむ先がない。

 ブルーベルの炎の効果がいつまでもつかもわからないし、逃げたのが知られたら、周りの人々に危害が及ぶ可能性もある。

 そしてなにより、ようやく感じるようになった空腹に、違う意味で倒れそうだった。

 

(だって昼からなにも食べてないし、なにも飲んでない……)

 

 よりによって一流ホテルのビュッフェ。

 名前のわからない野菜がたくさん入っている野菜サラダに、ふんわりと膨らんだ黄金色のオムレツ。シェフが一枚一枚切り分けているローストビーフに、料理名はわからないけれどとにかくお洒落な一品料理の数々。そして極めつけは、宝石と見紛うケーキたち。

 それらに背を向け、一縷の望みにかけて外に飛び出す力は、利奈にはなかった。

 

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