新米風紀委員の活動日誌   作:椋風花

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下味程度にオリジナル匣が出ています。


悲しみの在り処

 利奈の知っている風紀委員の吉田は、三班の班長であり、風紀委員でも指折りの武闘派だった。軍人を思わせる立ち振る舞いと修羅のオーラで、ついたあだ名が戦場の風紀委員。ちなみにつけたのは利奈で、広めたのも利奈である。

 千種と犬に襲撃されたときには膝を折り、歯を六本持っていかれたが、それ以来、彼が膝をついた場面は見たことがない。

 

「なんでここに……?」

 

 そんな彼は、十年を経てさらに貫禄を醸し出していた。

 完成形だと思っていた顔の造形が、さらに凶悪に進化できるとは思わず、見知っていたはずの利奈でさえ気付けなかったくらいだ。

 声が小さすぎて聞こえなかったのか、枕元にある利奈の眼前のかんざしを引き抜き、吉田は室内を見渡す。

 

「見張りはなしか。

 一晩待たされた礼をたっぷり返してやろうと思ったのによぉ……」

 

 そう言ってかんざしを持った手に力をこめ始めるので、利奈は慌てて声を上げた。

 

「それ、私のです……!」

「おっ、そうか、悪い。にしても硬いな、これ」

 

 見た目は華奢だが、あのヴァリアーが作った暗器だ。簡単に折れたりはしないだろう。それでも、岩のような拳に握りこまれると不安になる。

 

「さっさと並盛に戻るぞ。まずは手を出せ、厄介な鎖を外してやる」

 

 指示に従って指輪の付いた手を差し出す。

 昨日と違ってつぼみはまだ開いていないものの、雲桔梗の茎が数本伸びている。まじまじと見つめてみると、指輪の内側からは根がはみ出していた。抜こうとした瞬間に、この根が肌に刺さり、直に生命力を奪うのだろう。

 だから、吉田がその大きな指で指輪を摘んだ瞬間、利奈はビクリと肩を震わせた。

 

「あの、これ、無理に引き抜くと――」

「引き抜く? 女の指から指輪抜き取るなんざ、間男のやることだろうが」

 

 吉田の嵌めている指輪から赤い炎が上がる。

 

(赤はベルのミンクと同じ色だから、嵐属性で効果は――壊した!?)

 

 嵐の炎の特性を思い出す前に、吉田の指先が指輪を粉砕した。指輪の欠片が音速で八方に飛び、喉の奥で音が鳴る。

 指の骨も粉砕されたのではと手を引っ込めるが、指にあるのは指輪の跡だけだった。

 

(馬鹿力!? それともリングの力!? どっちでもいいけど!)

 

 匣兵器の雲桔梗を壊したのは嵐の特性、破壊の効果だろう。

 慄く利奈にはかまわずに、吉田は片腕で利奈の身体を抱き上げた。

 

「荷物はそこに置いてある電話だけか?」

「はい。ほかはなにも」

 

 腕章はちゃんとポケットに入っている。

 そのまま一階のロビーで従業員一同からの見送りを受け、表に停められていた車の後部座席へと乗せられる。広い後部座席と運転席にはそれぞれ見知らぬ財団職員が待機していて、吉田がドアを閉めるとすぐに車は発進した。

 

「初めまして、後方部隊の有馬です。早速ですが、治療をさせていただいてもよろしいでしょうか」

「治療……」

「はい。自分の能力で死ぬ気の炎を回復させます。これを握っていただいても?」

 

 手のひらにテニスボール大の鉄球を乗せられる。

 黄色い炎を帯びたそれはずっしりと重かったが、見覚えのある炎の色に、利奈は安堵を覚えた。

 

「晴の匣、晴鉄球です。持っているだけで、体内の死ぬ気の炎を増加させられます」

「便利ですね」

 

 グッと握りこんでいると、助手席の吉田がこちらに顔を向けた。

 

「本来は敵の匣兵器に投げつけて、相手の属性を狂わせる武器だ。相手の体に当てても炎の流れが崩れるし、わりと応用の利く道具だぞ」

「へえー」

 

(吉田さんが投げたらそれで勝負がつくのでは?)

 

 飴細工のように砕け散った指輪が脳裏に浮かび、利奈は口元を引き結んだ愛想笑いを浮かべた。

 鉄球の効果は絶大なようで、じわじわと体が温まっていく。

 

「ところで、どうやってここが? ずっと見張ってたんですよね?」

 

 白蘭たちがいなくなってすぐに部屋に入ってきたところから見て、ホテル周辺でタイミングを見計らっていたことは明らかだ。

 いったいどうやって、生身で空を飛ぶ白蘭たちを追跡したのだろう。

 

「そんなもん、あいつらの目撃情報で方角を推定して、そっち方面のホテルに片っ端から連絡入れさせればすぐだろうが」

「……え?」

 

 理解できない利奈のために、有馬が吉田の言葉を補足する。

 

「空を飛ぶ人間はほかにいないですからね。SNSなどのツールで目星をつけて、あとはそちら方面のホテルに彼らの情報を伝え、一致する人物が宿泊していないか尋ねるだけです。

 グレードの高いホテルから声をかけたおかげで、かなり早い段階で特定できましたよ」

「……待ってください」

 

 わかりやすく噛み砕いてくれたおかげで詳細は理解できたものの、そのまま飲み込むわけにもいかず、利奈は待ったをかけた。

 

「ホテルに問い合わせって……そんな簡単にできるものなんですか?」

「もちろん。風紀財団の名前を使えば」

「……そう、ですか」

 

 どうやら十年後の風紀財団は、並盛町どころか日本全国に名をとどろかせているらしい。

 全国に財団支部があるのは知っていたが、表社会の業界を動かせるまでに名が浸透しているとは思わなかった。守秘義務はいったいどうなっているのだろう。

 そのおかげで命が尽きる前に助け出されたのだけれど、こうも権力を見せつけられるとたじろいでしまう。

 

「とりあえず休んどけ。並盛町まで三時間はかかるぞ」

「三時間!?」

 

 そんなに離れた場所まで連れてこられたのだろうか。

 運転席のカーナビで県名を確認した利奈は、眉間に皺を寄せて窓の外に目をやった。空はやや明るくなってきたものの、太陽の気配はない。

 速度規定も障害物もなしで飛べる彼らなら、あっというまに並盛町まで戻れるのだろう。車で飛行機を追いかけるようなものだ。

 

(三時間って……そんなの、全部終わっちゃうよ)

 

 行ったって役に立たないことはわかっている。でも、みんなが死闘を繰り広げているのに、ただ車に乗っているだけなんて、耐えられない。

 だからと言って騒いでどうにかなるものではないので、利奈は思考を切り替えるべく、吉田に目を向けた。

 

「ヒバリさんは昨日からどうしていたんですか? こっちに戻って、すぐに別行動になって」

「ヒバリさん? ヒバリさんなら、昨日は真六弔花を一人拘束したあと、ボンゴレのアジトに向かったぞ」

「アジト? なんでまた」

「ディーノさんの付き添いだよ。ヴァリアーの幹部が敵と交戦して負傷してるからって、救助しに行ったんだ。ヒバリさんは並盛町の被害を確認するためだったろうけどな」

「なるほど」

 

 地下とはいえ、ボンゴレアジトも並盛町の建造物である。

 同じ地下には風紀財団アジトも地下商店街もあるし、被害状況を調べるのは当然だろう。

 

「財団アジトはなにも異常はなかったそうだがな。だが、地下も地上もミルフィオーレにしっちゃかめっちゃかにされちゃあ、理事長もおかんむりだろう。今日は荒れるな」

「うわあ……」

 

 地下の破壊、工場地帯の爆発、民家の破壊、学校での戦闘。それと、チョイス直前の白蘭の顔によるレーザー発射と、チョイスでのお預け。荒れない理由がひとつもない。

 

「相沢さん、いろいろと思うところはあるでしょうが、今は休まれるべきだと思います。

 並盛町に着いたら起こしますので」

「でも寝てなんて……」

「いいからさっさと寝ろ! そんな顔でヒバリさんの前に出るつもりか?」

「え、そんなにひどいんですか!?」

 

 サイドミラーを見ようと体を浮かせたら、そっと有馬に肩を押し戻された。

 

「吉田さんが言葉を使っているうちに寝たほうがいいですよ。次は頭突きで無理やり意識を刈られます」

「寝ます! おやすみなさい!」

 

 そうして利奈は、ヘリコプターで迎えに来た草壁に綱吉が勝ったと知らされるまで、ぐっすりと眠り込んだ。

 

 

__

 

 

 眠っているあいだにすべてが終わってしまうというのも、あっけないものである。

 いつだってもたらされるのは結果だけだ。渦中にいたはずなのに、最後はいつも蚊帳の外にいる。

 

(見たくないものを見なくてすんだって考えるのは……無理だよ)

 

 結末は、白蘭の消失によるハッピーエンドだった。

 これで白蘭の野望は阻止できたし、ようやく過去に戻ることができる。でも、その代償はあまりにも大きすぎた。

 落ち着いたはずの涙腺がまた痛んで、利奈は唇を噛みしめながら空を見上げた。

 

 ユニは、死んだ。

 みんなが過去に戻るためにはアルコバレーノたちを生き返らせる必要があり、そのために生命の炎を燃やしたのだと、涙で顔を濡らしたハルと京子に伝えられた。

 そのときの利奈の心情は、きっとだれにもわからなかっただろう。

 絶対に守ると決めた人が、自分たちのためにその命を投げ出したのだ。しかも利奈は、死に目にすら立ち会えなかった。

 あまりにも残酷な事実に叫び出したくなる衝動を、利奈は二人とともに泣き声を上げてごまかすしかなかった。

 

(ユニは幸せだったって、リボーン君は言ってたけど。ずっと幸せでいてほしかったよ……)

 

 利奈は知らない。最後の最後、ユニは心から愛する人とともに生涯を終えたのだということを。

 だが、たとえ知ったところで、胸の痛みが消えることはなかっただろう。死んでしまえば、人はそこで終わりなのだから。

 

 澄み渡った青空が、なんだかひどく憎らしかった。大空はどこまでも広く、どこまでも遠い。ユニは大空の先に旅立ってしまった。

 睨むように空を見つめていたら、懐かしい声が利奈を呼んだ。

 

「そんなところでなにしてるんだい」

 

 顔を下げた拍子に涙がこぼれた。拭うとかえって目を引くので、利奈はそのままへにゃりと口元を緩める。

 

「スペルビさんを待ってるの。ここで待ってたら――」

「う゛おっ!?」

 

 上空から、声とともにスクアーロが落ちてきた。

 着地とともに、重力に逆らっていた長髪がスクアーロの身体に叩きつけられ、鞭のような音が出る。

 

「相変わらず派手な登場だね」

 

 マーモンの皮肉にスクアーロが鼻を鳴らす。

 

「お前らが勝手にいただけだろぉが。こんなとこでなにやってんだ」

「あ、ベルが、ここにいたらスペルビさんが降ってくるだろうからって」

「ベルに行動パターンを読み切られてるじゃないか。どうせ崖の上で、ボンゴレの守護者とでも話してたんだろ」

「う゛っ」

 

 まさにその通りだ。

 別れの挨拶をしに行ったらスクアーロが不在だったのだが、ここで待機していればかっこつけたスクアーロが落ちてくるに違いないと、ベルに助言をもらったのだ。

 崖上で話が終わるのを待っていたら、ここまで追いかけなければならなかっただろう。感謝したいところだけど、泣き顔を散々笑われたので、素直にありがたいと思えない。

 

「過去に戻る前に、お礼を言っておきたくて。今まで、大変お世話になりました」

 

 ひょっとしたら、未来で一番世話になった人たちかもしれない。保護してもらったうえに、暗殺技術の基礎をみっちりと教示してもらったのだ。

 ヴァリアー邸に行っていなければ、なにも変わらないまま元の世界に戻っていただろう。

 

「本当にありがとうございました。スペルビさんのおかげで、強くなる決心ができました」

「礼はいらねえ。俺たちは任務を遂行したまでで、生き方を選んだのはお前だ」

「でも、スペルビさんに強く言われなかったら、私、覚悟は決めてなかったと思います。

 だから、スペルビさんのおかげです」

 

 胸を張ってそう言い切るが、なぜかスクアーロは渋い表情を浮かべていた。

 事情を知らないマーモンは、利奈とスクアーロの表情を見比べ、怪訝そうに首を傾げている。

 

「僕がいないあいだになにがあったんだい?」

「聞くなぁ……」

「あっ、マーモンはずっと任務中だったから一回も会ってないね。会えてよかったよ」

 

 一ヶ月近くヴァリアー邸にいたというのに、マーモンは一度も屋敷に帰ってこなかった。

 それだけ、ミルフィオーレとの抗争が長引いていたのだろう。ほかの守護者はみんな揃っていたのに、マーモンだけ長期任務から帰ってこれないというのも気の毒な話だ。

 

「全然知らなかったけど、マーモンって見た目変わってないんだね。幻術かなにか?」

「……説明するの面倒だからそれでいいよ。君の能天気さも相変わらずみたいだけど」

「えー」

 

 相変わらずマーモンは手厳しい。抗議の声を上げながらも、利奈は笑みを浮かべていた。

 しかしそんな利奈の顔を、ふとスクアーロが凝視した。

 

「ん? お前どうした、泣いてたのか?」

「えっ」

 

 ピシリと身体が硬直する。頬に残った涙の痕を、目ざとく見つけられてしまったようだ。

 顔を覗きこむスクアーロに、マーモンがため息をついた。

 

「スクアーロ。そういうのは気付いても指摘しないものだよ」

 

 つまり、マーモンも気付いていたらしい。

 ごまかそうと空元気を振りまいていたのが恥ずかしくなる。

 

「でもまあ、聞いちゃったからには仕方ない。

 せっかくだし話してみなよ。どうせすぐに戻っちゃうんだから、あとくされもないだろ」

 

 利奈が話すと信じて疑っていないのか、マーモンは利奈の肩に腰を落ち着かせた。

 スクアーロの無遠慮さを嗜めたわりには、ぐいぐいと距離を詰めてくる。

 

「ううん、大したことじゃないから……!」

 

 身を翻すけれど、マーモンは素直に振り落とされてはくれなかった。ただ座っているだけなのに、肩から全然離れない。

 

「向こうでなにかあったかぁ? それとも、白蘭が死ぬザマを見られなかったのが悔しかったのか?」

「そんなんで泣くわけないだろ。君はこの子をなんだと思ってるんだい」

「あ、アハハ……」

 

(それもけっこう気にしてたなんて言えない……)

 

 リボーンによると、最後はだいぶボコボコのけちょんけちょんになっていたそうだけど、この目で見届けられなかったのは大きな痛手だった。

 白蘭は跡形もなく消え去ったそうだけど、そうでなかったらちゃんと自分の目で遺体を見に行っていただろう。最後に見た、あの白蘭の笑顔を書き換えるために。

 

「ほんとに大したことじゃないと思うから……!」

 

 ヴァリアーは暗殺者集団だ。人を殺すのが当たり前で、仲間が死ぬのにも慣れている。

 そんな彼らから暗殺術を学んでいたのに、ユニが死んでしまったのが悲しくて泣いていたなんて、言えるわけがない。

 

(殺されたんじゃなくて、みんなのためにユニは死んで――死んだじゃなくて、犠牲――でもなくて。私たちのために、命をかけて頑張ってくれたんだから)

 

 それでも苦しいのは、ユニを好きになっていたからだろう。

 小さな体で重い責務を背負った彼女を助けたいと思った。守りたいと思った。でも、できなかった。それが悔しいから、不甲斐ないから、声を上げて泣き叫びたくなるのだ。

 

 またもやぐらつきそうになる涙腺を堪えようと、口元を引き結ぶ。

 それを見たマーモンが、そのへの字型の口元を、利奈と同じように引き結んだ。

 

「……僕じゃ、役に立てないかい?」

「うっ」

 

 固めた防壁を下からくぐり抜けてくるような戦法だった。

 フードで隠れているはずの眉がしょんぼりと落ちているのがわかるような声音に、利奈の良心が顔を出した。まさに、押してだめなら引いてみろ、マーモンの作戦勝ちである。

 

(これで言わなかったら人じゃない……!)

 

 利奈はたちまちすべてを暴露した。

 

「なるほど、そういうことか。ユニと接点があると思ってなかったから、想定外だったよ」

「隠す必要なかっただろうが。沢田とそっちの女連中も泣いてたぞ」

「……だって、ベルに笑われたし」

 

 ベルには泣いたあとの顔を散々からかわれた。泣き虫だのなんだの言いたい放題だったからつい怒ってしまったけれど、今思い返すと逆ギレだったかもしれない。

 

(理由聞かないでくれただけよかったけど……あれは優しさとかじゃなくて、普通に興味なかったからだろうし。ほんと、最後の最後にまったく)

 

 思い出すだけでむかついてくるけれど、あれはあれで、ベルらしいといえばベルらしかった。

 

「ベルは子供っぽいところがあるからね。

 べつに、悲しんでもいいと思うよ。僕もアルコバレーノとして、ユニの死に思うところはあるんだし」

「……でも、マーモンだったら泣かないでしょ」

「まあね。そういうタイプでもないし」

 

 しれっと言い切るマーモンに肩を落としそうになったけれど、マーモンが落ちてしまうのでこらえた。

 

「いいんじゃない? 君は泣くタイプ、僕は泣かないタイプ。泣く人間は心が弱いってわけでも、泣かない人間が心が強いってわけでもないんだから」

「うん……」

 

 マーモンの淡々とした言葉が、今は心強い。

 

「それに君はこれから過去に戻るんだから、こっちのことはそんなに引きずらなくていい。適度に割り切るのも大人のやり方さ」

「……」

「ム。今、赤ん坊のくせにって思っただろ」

「思ってないよ?」

 

 早すぎる否定は肯定を意味する。

 無言で肩から降りたマーモンは、無言のまま消えてしまった。

 

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