新米風紀委員の活動日誌   作:椋風花

117 / 186
午後のお茶会

 

 ミルフィオーレに関する事後処理があらかた片付いたところで、利奈は単身、海を渡った。

 タクシーで行き先を告げると、運転手が勢いよく振り返った。

 見るからに平々凡々な日本人女性が、超一流ホテルの名前を出したのだから無理もない。

 

「そこのホテルで現地の知り合いと待ち合わせしてるんです。一階にお洒落なラウンジがあるんですよね」

「ああ、それでかい」

 

 運転手が納得した顔で笑う。

 

「観光するんだったら、ちょっとくらい贅沢しといたほうがいいさな。いくら国内最高峰のホテルっつったって、コーヒー一杯で目玉が飛び出る額を取られるわけじゃなし。満喫しておいで」

「ありがとう」

 

 人のよさそうなタクシー運転手の言葉に、利奈もまた人好きのする笑みを浮かべて頷いた。

 お茶をする相手がそのホテルの宿泊客であるということは、おくびにも出さないで。

 

(ちょうどこっちで会合があってよかった。私用でヴァリアー幹部全員を呼び出すなんてできないもの)

 

 飲み会でも話が上がっていたが、メローネ基地から奪還された利奈は、綱吉たちがメローネ基地戦での勝利を収めるまで、ヴァリアー邸にて匿われていたらしい。

 暗殺部隊が人質奪還の任務を受けたのも意外だが、そのあとの面倒まで引き受けてくれていたなんて、さらに驚きだった。ボンゴレ直々の依頼とはいえ、世話をする義理などなかっただろうに。

 

「依頼人の沢田綱吉は死んだと聞かされていたからな。ミルフィオーレ内部での軋轢を助長させるためにも、お前の生死は秘匿させてもらった」

「そうですか。まさか連れ去ったのがヴァリアーだなんて、だれも想像しなかったでしょうね。ましてや、ヴァリアー邸で匿われているなんて」

 

 十年前の利奈からしても予想外だったろう。敵マフィアから助け出されたと思ったら、殺人集団に放り込まれたのだ。

 

 それに関しては本当に申し訳なかったと、すでに綱吉から謝罪も頂いている。

 綱吉の算段では、早々にアジトに送り返されて、十年前から来たほかのみんなとともにアジトで待機させる予定だったらしい。

 十年前から来たメンバーも、ヴァリアーからの通信で初めて利奈がこちらの世界にいることを知らされ、安否を心配したそうだ。

 どうでもいいけれど、加害者と被害者、両方の記憶を持っている綱吉は、気持ちの整理が大変そうだった。

 

 それにしても、まさかレヴィが歓談に応じてくれるとは思ってもみなかった。駄目元で誘ってみるものだ。

 華奢なコーヒーカップはレヴィの体躯とはまるで合っていないが、そのチグハグさがなんだかかわいらしかった。強面集団に囲まれて青春時代を過ごしてきたので、レヴィの風貌には安心感すら覚えてくる。

 

「今日は、休みだったのか?」

 

 レヴィの目線が少し下がった。

 今日の利奈はいつものスーツ姿ではない。白いジャケットとレモンイエローのスカートは、このホテルのラウンジの落ち着いた色彩とは違うが、外の町並みにはよく馴染む。

 

「ええ、休暇を取っています。

 ちょうどヴァリアーの皆さんがこのホテルに宿泊されていると聞いたので、みなさんに挨拶をしておこうかと。お世話になりましたし」

「それは殊勝な心掛けだな」

 

 正確には、ヴァリアーが揃って屋敷を出たこの機会を狙って有給休暇を取ったのだが、それをわざわざ伝える必要はないだろう。ミルフィオーレの件で個人的に訪ねに来ただけなのに、裏があるのではと勘ぐられるのも厄介だ。

 仕事以外の話はまるでしないレヴィが、珍しく雑談に付き合ってくれているというのに。

 

 コーヒーに口をつけた利奈は、その苦さに眉をしかめそうになった。

 

(そうだった、砂糖入れてないんだった……)

 

 砂糖を入れ忘れたのではない。砂糖を入れなかったのを忘れていたのだ。

 このあとはディーノの屋敷に泊まる予定なので、振る舞われるであろうご馳走に備えて、カロリーを控えなければならない。ブラックコーヒーには脂質の吸収を抑える効果があるとテレビが取り上げていたので、こういう日にはブラックコーヒーを飲むようにしている。

 しかし、いいところのコーヒーだけあって味が濃い。甘いケーキがあればちょうどいいのだが、それでは本末転倒だ。

 

 ちょっとずつ飲んでいくしかないなとソーサーにカップを置いたところで、ふらふらと人影が近づいてきた。

 

「アレー。レヴィさん、こんなところでなにやってるんですー?」

 

 見覚えのない少年だった。しかし、レヴィに気安く声をかけたところをみるに、それなりに高い立場の人間だろう。

 少年はレヴィと利奈を交互に見やり、そして痛ましげに目を伏せる。

 

「レヴィさんがこんな明るいところで闇のオーラまき散らしてるうえに、人と一緒にいるのにも驚きですけど、その相手が女性ってところで、もう幻覚を疑って仕方のないミーがいますねー。若い女性をその極悪顔で脅迫したのか、それともその女性が美人局というやつなのか。どちらか答えだとしても、それがレヴィさんの幸せなら止めませんよー。そうでもないと、女性とお喋りなんて一生無理ですものね。どうかお幸せにですー」

 

(わあ、すごい……)

 

 一息に、一方的にレヴィに憐憫をかけた少年に、利奈は賛辞にも似た呆れを抱く。

 皮肉ではなく、思ったことをそのまま口に出しただけなのだろうが、歯に衣を着せぬどころか、思いっきり牙で急所に噛みついている。

 出合い頭に屠られたレヴィの額に青筋が浮き、ラウンジに殺気が振りまかれそうになったところで、利奈は立ち上がった。

 

「初めまして。私はボンゴレ雲の守護者の部下で、相沢と申します。紛らわしい格好ですみません。休暇中でして」

「まあ、そんなとこだろうとは思ってましたけど。……んん?」

 

 あっさりと自己紹介を流そうとした彼は、しかし、訝しむような目を利奈に向けた。

 

「雲の守護者の部下?」

「はい。お初にお目にかかります」

 

 間違いなく初対面だ。特徴的な喋り方と毒舌を抜きにしても、彼の顔にはまるで見覚えがない。だが、少年はなにかを探り当てるように利奈の顔を検分している。

 二人に挟まれたレヴィは、フンと高慢に鼻を鳴らした。

 

「紹介しよう。こいつはマーモン死亡時に霧の守護者となったフラン。

 そしてこっちは、雲雀恭弥の率いる風紀財団でヴァリアーとの交渉役を務めている相沢、利奈だ」

 

 わざとらしく区切られた名前を聞いた瞬間、フランが目を丸くして利奈を上から下まで見降ろした。興味ないものを見ていた瞳が、見るまに好奇心に彩られていく。

 

(マーモンの代理ってことは、この子も幹部なんだ。じゃあ、十年前の私を知って――)

 

「女性は化粧で化けるって言いますけど、これ、詐欺レベルじゃないですか? 本体要素消えてるんですけど」

「う、うん?」

 

 褒められているのか貶されているのか、わかりづらいところだ。いや、表情から察するに褒めてはいない。

 十年も経っているのだから、化粧もしていない中学生時代の顔を持ち出されても困る。

 

「正真正銘、お前の知っている相沢利奈の十年後だ。ミルフィオーレ戦での記憶は消失しているがな。まったく、これだからガキは」

「無駄に年取ってるだけのおっさんに言われたくないです」

「ムッ!? おっさ――おっさん……!?」

 

 怒りで震えるレヴィを、フランは完全に無視している。

 年功序列の世界でないとはいえ、ベルと同じく生意気な性格をしているらしい。

 

「なるほどー、つまりこの世界にいたはずの利奈ですか。つまりミーのことは?」

「……お初にお目にかかります」

 

 三度目の初めましてを口にすると、フランは不服そうに顔をしかめた。この反応はスパナと似ている。

 

「えっと……よかったら、ご一緒にいかがですか? コーヒー」

「……ミーはジュースを所望します」

 

 そう言って、フランはレヴィではなく利奈のとなりに腰を下ろした。

 レヴィが気迫だけでコーヒーカップを割りそうになっているが、気にかけないほうがいいだろう。なるべく自然にメニューを渡す。

 

「んー、オレンジジュースにしときます。ほかにも頼んでいいですか?」

「好きにしろ」

「じゃあ一番高いのにしましょー。このスタンドセットください」

「……」

 

 容赦なく数千円するアフタヌーンティーセットを頼むフラン。しかし、好きにしろと言った手前、レヴィに咎める権利はない。

 

「と、ところで、マーモンがいないあいだ、貴方が霧の守護者を務めていたんですよね?」

「丁寧に喋らなくていいですよ。この前の貴方は遠慮なくタメ口でしたし、ミーのこれは処世術なので。イタリア語、お上手ですね」

「ありがとう……」

 

 敬語を使えばなにを言ってもいいものではないのだが、部外者の利奈が口を出すことでもないので、話を戻した。

 

「今の霧の守護者はどちらなんですか? 貴方がそのまま霧の守護者なの?」

「いえ、前任者にお返ししましたよ。ミーは欠員埋めるために、無理やり引っ張られただけでしたし」

「そもそも、こいつとマーモンでは比べるまでもない実力差があるからな」

「うっわ。幻術耐性もない変態雷親父にパワハラされました」

「俺は本当のことを言ったまでだ」

 

 ここにきてようやく一撃を返せたことがうれしいのか、レヴィがふんぞり返る。

 この世界で一番優れていたからこそアルコバレーノに選ばれたマーモンと比べるのは酷というものだが、ヴァリアーは実力主義だ。マーモンが復活したのなら、すぐさま守護者の席は返却されてしかるべきだろう。

 

「まあ、それでもミーは幹部のままらしいんですけどね。なにかしでかしたわけでもありませんし。それに――」

 

 一足先に運ばれたオレンジジュースの氷を鳴らしながら、フランは自身の頭をなでる。

 

「あの利点がなにひとつない帽子を外せたので、もうなんでもいいです」

「帽子?」

「似合っていたじゃないか」

「レヴィさんもそのひげ壊滅的にダサくて似合ってますよ」

 

 よほどひどい帽子だったのだろう。今のフランはなにも被っていないけれど、その帽子を思い出してか、レヴィがにやにやと笑っている。

 

「どんな帽子だったんですか?」

「思い出すのもいやですけど、究極にダサい帽子ですよ。前任者がつれてたペットモチーフのカエル帽。それもミーの顔よりも大きいやつを無理やり」

「うわあ……」

 

 それが許されるのは小学生低学年くらいまでだろう。

 そんなものを無理やり被らせるなんて、いったいどんな意地の悪い――

 

「用意したのはベルだったな」

「なるほど」

 

 一瞬で納得できた。彼ならそういう嫌がらせをするだろう。

 

「しかも脱いだら脱いだで、今度は背が低すぎて見えないネタで弄り始めましたからね。

 まったく、先輩のせいでミーまで性格悪くなったらどうするんですかねー」

「え?」

「なにか?」

 

 うっかり漏らした声を拾われ、利奈は慌てて視線を逸らした。ちょうど、頼んだケーキが運ばれてきたところだ。

 恭しく運ばれてきたそれは、宝石箱のような輝きを放っている。

 

「にしても、いちいち反応が新鮮で面白いですね。記憶がないというのは本当なようで」

 

 上段のケーキを手に取りながら、フランが呟く。

 勧められた利奈は定石どおりに下段のサンドイッチを皿に取って、レヴィに渡した。たぶん、ここの代金はすべてレヴィが払うことになるだろう。

 

「ってことは、黒曜ランドでミーと話したのも覚えてないんですよね? 師匠の話とか」

「覚えてないけど……黒曜ランド!?」

 

 イタリアでその施設名が出るとは思わず、声が大きくなる。

 そんな利奈の反応には構わず、フランは淡々と続けた。

 

「ミー、六道骸の弟子なんですよ。ヴァリアーに誘拐されちゃいましたけど」

「で、え、誘拐?」

 

 弟子発言にも誘拐発言にも食いつきながら、利奈はレヴィに視線を送った。それとなくレヴィの目が泳ぐ。

 

「……誘拐ではない、スカウトだ」

「縄でぐるぐる巻きにして連れ去るのがですか?」

「そこまでしないと人材確保できないんですか……?」

「違う! やったのはベルだ! 俺は知らん!」

 

 声を張れば張るほどレヴィの犯罪者指数が上がっていく。

 それはそれとして、もっと重要な発言があったのを思い出し、利奈はフランの顔を二度見した。

 

「……骸さんの弟子!?」

「理解までが遅かったですねー」

「骸さんの弟子なの!?」

「だからそう言ってるじゃないですかー。いつも師匠がお世話になっておりますー」

「ああ、いえ、こちらこそ……」

 

 ぺこりと頭を下げるもの、驚きが抜けない。骸に弟子がいたなんて初耳だった。

 

「秘密主義ですからね、師匠は。ミーも貴方の話は聞いてませんでしたよ、貴方を保護するまで。

 そのくせ、保護したらクロームの友人をお願いしますねなんて念押ししてくるんだから、勝手ですよね、あのパイナップル。あっ、間違えた。師匠」

 

 どうやらフランの毒舌は全方位に向いているものらしい。ここまでくると清々しいが、夜道にはくれぐれも気を付けてほしい。

 

(骸さんも弟子取ったりするんだ。今度会ったら詳しく聞いてみよっと)

 

 骸たちとは、白蘭を倒したその日に顔を合わせている。

 クロームは感極まって泣いてしまうし、M・Mは中学生の利奈が生意気だったと理不尽に怒っていたけれど、残りの三人の反応は淡白だった。

 

(そういえば、しつこく記憶が残ってないか聞かれたな。覚えてないのならいいんですって言われたけど、なんか契約でもしてたのかも。それも骸さんが不利なやつ)

 

 それについては問い詰めるだけ無駄だろうから、諦めるしかない。骸相手に舌戦で勝てるとは到底思えないからだ。

 

(やっぱ記憶ないって不利だなあ。これからは気を付けなきゃ……うわっ)

 

 目の前のレヴィが突然立ち上がった。

 巨体の圧に驚くが、その理由がホテルの階段を降りてエントランスへとやってきたので、利奈もつられて立ち上がった。レヴィはすぐさまボスの元へと馳せ参じに行く。

 

「おはようございます、ボス」

「……」

 

 気だるそうに酒の匂いを振りまきながら、XANXUSは歩を進める。

 その場に居合わせた人々が、一瞬にしてXANXUSのオーラに呑み込まれた。大富豪だろうが権力者であろうが、真の強者の前には道を譲ることしかできない。

 

「久しぶりですね、XANXUS」

 

 利奈が声をかけると、XANXUSが横目に視線を向けてきた。心の底から興味がなさそうな、うるさいハエを見るような目だ。しかしXANXUSは素手でハエを叩き潰す人間ではないので、追い払われない程度の距離で追従する。

 

「十年前の私がそちらの屋敷でお世話になっていたと窺いまして。貴方の慈悲に感謝しています」

「ハッ! クソ鮫どもが勝手にやったことだ。俺は知らねえ」

「ボス、お供を」

「いらねえ」

 

 それだけ言って、XANXUSは回転扉の奥へと進んでしまった。

 付き添いを断られてやや寂しげレヴィとテーブルに戻ると、信じられないものを見るような目でフランに凝視された。

 

「……ほんとに別人なんですね。ミーの知ってる利奈なら今ので死んでましたよ」

「どういうこと!?」

「そのままの意味ですよ。心臓なにでできてるんですか、貴方」

 

 XANXUSに声をかけたことを言っているのだろうか。

 確かにXANXUSは暴君だが、民間人しかいないこの空間で無体を働いたりはしないだろう。せいぜい、突き飛ばされる程度だ。

 

「言っただろう。こいつは風紀財団の交渉役だぞ」

「心臓が鋼でできてるとは聞いてません。いや、師匠と交流ある時点で察するべきでしたけど。これはなかなか混乱しますね」

「十年の差があるからな。いっそ、分けて考えたらどうだ」

「なるほどー」

 

(分ける?)

 

 利奈にはピンとこなかったが、フランにはレヴィの意図が正しく伝わったようだ。

 

「この利奈を姉、あのときの利奈を妹と思えばいいんですね。妹の方は不幸な事故で亡くなったことにしてしまえば完璧です」

「昔の私を殺すのはやめてほしいかな。死んでたのは私の方だし」

「あはは、面白いブラックジョークですねー」

 

 すっかり冷えたコーヒーを飲み終え、腕時計を見やる。

 二人の視線も利奈の腕時計に注がれたが、その視線は熱のないものだった。

 

「そろそろお暇させていただきます。今日はいろいろと――ご馳走様でした」

 

 習性で伝票を探してしまったが、伝票はレヴィの手に収まっていた。レヴィは鷹揚に頷く。

 

「気を付けて帰ってくださいね。ここで死んでミーに責任被せられても困りますし」

「はい、わかってます」

 

 せっかく戻ってきた命を、こんなところで失ったらバカみたいだ。二人も目覚めが悪いだろう。

 

「……別人、ですね」

「ああ、別人だ」

 

 お辞儀をして立ち去る利奈の背に注がれた二人の視線は、真新しい髪留めに向いていた。

 




昼間に一回投稿したのですが、ミスがあったので一度削除しました。
あのですね……XANXUSの登場シーン、すっぽぬけてたんですよ……。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。