なにもいい案が浮かばないまま、三時間目が終了してしまう。
あと一時間後に迫った処刑時間に震えていたら、さりげなく肩を叩かれた。
「相沢、ちょっと」
小声での呼びかけに応じて立ち上がる。
バツの悪そうな表情からすると、腕章が見つかったわけではなさそうだ。
武に従って廊下までついていくと、廊下の隅で綱吉と隼人が待ち構えていた。
「腕章がなくなったって聞いて。俺たちも探すの手伝うよ」
「十代目が協力してくださるんだ、感謝しろ!」
(……秘密にしてって言ったのに)
批判を込めて見上げると、武はすまんと手刀を切った。
どうやら、あの直球な聞き方でバレてしまったらしい。
「ヒバリさんにバレたらなんて、想像するだけでおっかないよね。
どのへんで落としたかわかる?」
「それが全然……。家に置き忘れたとかは、多分ないと思うんだけど」
「なんだよ、あてになんねえな」
返す言葉がない。
「まあまあ。とりあえず探してみようぜ。ひょっこり出てくるかもしれねえし」
「ありがとう。私はもう一回更衣室探してみようと思ってるんだけど」
「俺たちは教室を探すよ。見つかったら呼びに行く」
「どっちが見つけられるか勝負だ! 勝ったほうが十代目の右腕だからな!」
「ん? おお、頑張ろうな」
「またどさくさ紛れに獄寺君が張り合ってるー!」
教室を三人に任せて、利奈は更衣室で腕章を探した。
着替えている子にも落とし物がなかったが聞いてみたけれど、有益な情報は得られない。腕章がなければ風紀委員だとはわからないようで、いつものような注目は浴びなかった。
女子生徒の利奈は、学ランもリーゼントもない。腕章がなければ、ただの一生徒でしかないのだ。
(全然ダメダメってことだよね。……はあ)
休み時間ギリギリまで粘ったものの見つからず、すごすごと教室へと戻る。
こうなったら、腕章を見つけるまで風紀委員との接触を断つしかない。
(とりあえず昼休みは捨てなくちゃ。教室にいるの見つかったら終わりだし。
授業終わったあとなら人がいなくて探しやすいし、うん、放課後にまた探そう)
四時間目が終わると同時に、利奈は雲隠れするべく図書室へと向かった。
武にはちゃんと伝えておいたから、腕章が見つかったら知らせに来てくれるだろう。
三人に探させて自分だけ隠れるなんてズルいけれど、見つかったら一発でゲームオーバーなのだから、逃げるしかない。
(行けなくなったって連絡しとかなくちゃ)
司書の先生がいないのをいいことに、携帯電話の通話ボタンを押す。
『なんの用だ?』
相手に選んだのは竹澤だ。班のなかでもっとも騙し――もとい、話しやすい人柄である。
「ちょっと具合が悪くなっちゃって……」
必殺、仮病。体調不良を演出するために、声のトーンを数段落とす。
「だから、大木さんに昼休み行けなくなったって、伝えてもらえますか」
『なんで直接大木さんに電話せずに俺にかけた』
「うっ」
鋭い指摘に言葉に詰まる。
班長の大木は騙せそうにないと避けたのだが、言われてみればかなり不自然だ。
『それに、朝はピンピンしてただろ。それがなんで急に』
「いきなり! い、いきなりおなかが痛くなったんです。ア、アイタタタタタ……」
おなかを押さえながらうめき声をあげる。
昼休みが始まったばかりで、利奈のほかにだれもいないのが幸いだ。
『そこ、保健室か? やけに静かだが』
「え? あ、違います!」
竹澤の着眼点が鋭すぎる。
保健室にいるなんて言ってあとで調べられたら困るので、利奈は必死に頭を働かせた。
「トイレにいます。出られそうにないです。だから今日はそっちには行けないです」
さすがに、女子トイレに入ったりはしないだろう。
あとは司書の先生が現れる前にと早口でまくしたて、強引に押し切る形で通話を切った。
やはり、困ったときはごり押しに限る。
(はあー、駄目かと思った)
まさか、腕っぷしのほかに洞察力まで兼ね備えているとは。
電話だったからなんとか乗り切れたけれど、顔を合わせていたら、表情変化ですぐに嘘がバレてしまっていただろう。さすが並盛町最強の不良集団の一員、侮れない。
それに、問題自体はまったく解決していない。
今日一日ごまかせたとしても、明日にはさすがに会わざるを得なくなるだろう。今日中に腕章を見つけなくてはならない。
(更衣室にも教室にもなくて、だれに聞いても知らないって言われるし、もう探すとこないよね。
あとは新品の腕章をこっそり借りちゃうとか――)
それは無理だと首を振る。
新米の利奈は腕章の保管場所すら聞かされていないし、知っていたとしても成功する確率は極めて低い。
なくなったことが判明したら、第二の紛失事件が発生してしまう。
つまり、もう打つ手がない。
「お困りのようですな、お嬢さん」
利奈はびくっと体を震わせた。
まだだれも入ってきていないのに、どこからともなく声が降ってきたのだ。慌てて見回しても、人の姿はない。
「あっれ?」
「上ですぞ、ほら」
「上……? ヒッ――」
謎の声の指示に従って上を見上げた利奈は、悲鳴を飲み込みながら椅子を倒した。
本棚の上に、見知らぬ老婆が座っていたのだ。
いつから利奈を見下ろしていたのか、ベールの下の瞳は利奈の挙動をしっかりと捉えている。
(なにこの不審者!? 占い師!? なんでそんなとこに!?)
窓にべったりと張りつく利奈が、あまりに怯えた顔をしていたのだろう。
占い師風の老婆はふむと漏らすと、あろうことか利奈の身長よりも高い本棚からひょいと飛び降りた。
「危ない! ――ってあれ?」
着地点に老婆の姿はない。そのかわり、スーツを身にまとった赤ん坊がそこにはあった。
小さな指で帽子のツバを押して、利奈を見上げながら手を上げる。
「ちゃおっス」
「……ん、んん?」
老婆が消えて、赤ん坊が出てきた。まるで手品だけど、ここは学校の図書室で舞台上ではない。
混乱している利奈の前で、赤ん坊は利奈が使っていた一人用の机へと飛び乗った。身長からみてかなりの高さがあるはずなのに、赤ん坊はなんなく着地してしまう。もちろん、ワイヤーなどが仕込まれているわけではない。
(だれかの弟? 今日って授業参観あったっけ)
母親とはぐれて迷子になったのだろうか。
それなら職員室に連れて行って、呼び出しの放送をかけてもらわなくてはならない。
風紀委員らしくそう考えた利奈は、倒れた椅子を戻して、目線を合わせるべく座り直した。
「どうしたの? お名前言える?」
「俺はリボーンだ」
「リボーン?」
あだ名だろうか。幼いから本名がわからなくても仕方ない。もう少し話を聞いてみよう。
「リボーン君ね。お母さんがどこにいるかわかる?」
「ママンか? ママンなら、家で食器を洗ってる」
ママと言いたいのだろうか。年のわりに話し方がちゃんとしている。
でも、母親と一緒じゃないのは問題だ。
「あっ、もしかしてお父――パパと来た? お兄ちゃんかお姉ちゃんの名前言える?」
「一人で来た。それと、個人情報はトップシークレットだ。
ツナにも話したことねーからな」
「ツナ? ――ああ、沢田君のこと」
どうやら、綱吉の弟のようだ。
それにしては髪の色とか声とかが似ていないけれど、兄弟がわかると話が早い。外に出るのは危険だけど、赤子を放置するわけにはいかない。
「それと、早合点してるようだがオレは迷子じゃねーぞ。お前に会いに来たんだ」
「え?」
「お前が相沢だろ? ツナの命の恩人の」
そろそろ、うんざりしていたネタである。
「だから違うってば。――ああ、えっと、それは誤解っていうか、間違いだよ」
「獄寺がそう言ってたぞ」
「獄寺君……」
赤ん坊にまでそんな話をしていたのかと脱力する。それはどうでもいいのか、リボーンはペタンと机に座り込んだ。
「俺はツナの家庭教師だからな。生徒の恩人は覚えておくし、困ってるなら協力してやらねーこともない。」
「協力?」
「腕章が見つからねーんだろ」
――だから、なんで秘密を喋ってしまうのだろう。
利奈はうなだれるが、リボーンは協力すると言った。まさか、心当たりがあるのだろうか。
「腕章がどこにあるのかは知らねーが、見つかるまでの間、代わりになるものを用意することもできるぞ。
身分証明書の偽造なんかは、マフィアの十八番だからな」
「マフィア? 偽造?」
「ああ。その気になりゃ一日で作れる。俺としても、ヒバリの部下に貸しができるのは大歓迎だ」
「ヒバリさんのことも知ってるんだ……」
どうやら、ごっこ遊びに巻き込まれているらしい。今日の服装も、マフィアごっこのための衣装だとしたら納得だ。
「どうする? 腕章を用意してやろうか?」
「いいよ。どうせヒバリさんはわかっちゃうだろうし」
ほかの誰が気付かなくても、恭弥ならすぐに見分けられてしまうだろう。根拠はないけれど、そんな気がしている。
それに、風紀委員の誇りを偽造なんかしたら、風紀委員の資格がなくなってしまう。
「……やっぱり、素直に言うしかないか」
こんな子供にまで知られてしまっているのだ。これ以上問題を先延ばしにして、事態をややこしくするわけにはいかない。もうすでに竹澤を騙しているので、罪は重くなっているけれど。
こうなったら明日なんて待たずに、今日中に告白してしまおう。正直に謝って、許してもらえなかったら制裁を受けるし、見回り連チャンでも甘んじて引き受ける。なくした自分が悪いのだ。
「そうか。潔い奴は嫌いじゃねーぞ」
「ありがとう。でも、さすがに今すぐには言う勇気ないかな。放課後探して、どうしても見つからなかったら言いに行くよ」
「その必要はねーみてーだぞ」
リボーンが窓を開けた。風に押し上げられたカーテンがリボーンの体を隠したと思ったら、次の瞬間にはリボーンが消えていた。
「また!? え、リボーン君、どこに――」
姿を探そうと身をひねった利奈は、本棚からタイミングよく姿を現した恭弥に体を硬直させた。
(なんでこんなタイミングでここに!?)
昼休みは屋上か応接室、もしくは群れの殲滅に向かっているはずなのに。
恭弥は探るように視線を辺りに漂わせたが、目当てのものが見つからなかったのか、最後に利奈の顔に向けた。
「彼は?」
「はい!?」
利奈は勢いよくカーテンに左腕を突っ込んだ。
話しに行くとは決めたけれど、心の準備ができていない。
「赤ん坊、いたでしょ」
「あ、ああ、リボーン君。どこ行ったんでしょう、どっか行っちゃいました」
ダラダラと背中を嫌な汗が伝う。
最後に窓を開けていたけれど、まさか窓から飛び降りたわけではないだろう。念のために下を見るが、もちろんそんな恐ろしい展開にはなっていなかった。
「ヒバリさんは、なんでここに? 図書室に来るなんて珍しいですね」
恭弥の読書歴は知らないが、今はこの場をごまかすのが先決だ。
しかし利奈は蛇を出す達人だった。
「なんでここには僕の質問じゃない? 会議欠席してる委員が、どうしてこんなところにいるの」
「……!」
(終わった……)
委員会をサボったうえに、腕章をなくしているなんて知られたら、間違いなく咬み殺されてしまうだろう。
思えば短い人生だった。最後の一ヶ月が濃厚すぎて走馬灯に偏りが出ているけれど、あっという間の人生だった。
諦めたせいで震えも出ず、利奈は正面切って恭弥を見据えた。
「あの、ひとつ言わなくちゃいけないことがありまして……!」
「腕章のこと?」
覚悟を決めて切り出したのに、あっさりと話題を先回りされた。真っ暗になっていた視界が真っ白に染まる。
(まさかだれかが!? いやいや、さすがにないよね)
尋問されたのならともかく、わざわざ自分から密告する人はいないだろう。恭弥に話しかけること自体、ハードルが高いのだから。
あの三人も、協力してくれると言ったのだから、簡単には話さないだろう。
ではどうしてという利奈の疑問に、恭弥が指先で答えてみせる。
恭弥の人差し指は、カーテンに隠れている利奈の左腕を示していた。
「……あ」
腕はちゃんとカーテンで隠せている。しかし、梅雨時にしては珍しい快晴のために、薄地のカーテンからはっきりと腕の輪郭が浮き出ていた。長袖シャツのシルエットに、腕章の影はない。
わかりやすい答えと自分の浅はかさに脱力したくなるけれど、力を抜いている場合ではない。
恭弥から殺気の類は感じないが、場所柄を考慮して隠している可能性もある。人がいないとはいえ、ここは騒音厳禁の図書室だ。
外に出た途端、ガツンとやられるのは避けたい。
「その、いろいろと事情がありまして。どっかに置いてなくしたとか、家に忘れたとか、そういうんじゃなくて、事故というか事件というか、よくわかってないんですけど、とにかく私が落としたとかじゃないと思うんで、それはわかってほしいなというか、できれば痛くない方法で――」
「いいから来て」
「……はい」
言い訳を一刀両断され、死刑台に上がる囚人の面持ちで利奈は俯いた。