息を弾ませながら屋上へと出た利奈の耳に、聞き慣れた綱吉の叫び声が響いた。
「転校生がマフィアー!?」
(えっ)
驚いて足を止めるが、すでに身体は屋上に出てしまっていた。
たちまち注目の的となり、利奈は身を竦める。
「おお! 相沢ではないか!」
「よう、おはよ」
「お、おはよう……」
人気がないだろうと思っていた屋上には、思っていたよりも人が集まっていた。
その半分は知り合いで、残りの半分は利奈にはまったく見覚えのない生徒たち――つまり、至門生だ。
声をかけてくれた了平と武に助けられながらも、向けられる視線に居心地のなさを覚える。
(し、視線が痛い……!)
問題の恭弥と女子生徒はすでに柵の向こうからこちら側に戻っており、恭弥にいたってはなんで来たのと言わんばかりの顔をしている。ぜひとも、数分前の行動を思い返してほしい。
利奈の登場で場の空気が一瞬乱れたものの、ハッとしたように綱吉がリボーンに向き直る。
「いや、それより、転校生がマフィアってどういうこと!? それって、全員!?」
「ああ、そうみたいだぞ」
そういえば、ここ集まった並中生はボンゴレファミリーの面々だけだ。
恭弥が暴れている現場にわざわざやってくる人もいないだろうけれど、立会人として一人くらい風紀委員がいると思っていた。邪魔だからと恭弥が下がらせていたのかもしれない。
(いやいや、そんなことより転校生がマフィアってなに!? 転校生全員がマフィア!? どゆこと!?)
この場に集まっている転校生は、一人を除いて、ただものではないオーラを放っていた。
とくに、竹刀を持った長身の男は、そのリーゼントも相まって、風紀委員と遜色ない迫力を醸し出している。
至門生一同は口を閉ざしていたが、リボーンが超弱小ファミリーだと煽り出すと、一番冷静そうな見た目の眼鏡の男がたちまち激昂した。
「結局! はっきりと弱小と言ってくれたな赤ん坊! 我々は継承式に招待されたから、わざわざこの学校を選んだのだぞ!」
見た目と中身が乖離しているタイプの人だった。
作戦参謀のような顔をしているのに、拳を握る仕草は格闘技をやっている人の動きだ。
「弱小じゃねえ、超弱小っつったんだ」
「結局っ……!」
そしてリボーンは教え子以外にも容赦がなかった。
(継承式ってなんだろ)
聞き慣れない単語が気になって、しれっと武の横に並ぶ。転校生がマフィアだというのを聞いてしまったのだから、いまさら退席する必要もないだろう。
武も聞き馴染みがない言葉だったようで、女子生徒が話し終えるのを待ってから、話に割り入った。
「なあ、さっきから少し気になってたんだけどさ――」
「継承式ってどういうことっすか、十代目! まさか、まさかあの!?」
抑えきれなくなったのか、隼人がさらに割り込んでくる。
右腕を名乗る隼人ですら初耳らしく、衝撃でなのか感激でなのか、わなわなと体を震わせていた。
一方、綱吉としては知られたくない事柄だったようで、あたふたと頭の上で手を振る。
「なんでもない! なんでもないから! ほら、いつものあれっていうか、リボーンのたわごと、みたいな……!」
「寝言は寝て言え」
「ガフッ!」
気の毒に、リボーンにあごを蹴り飛ばされて綱吉が地面に大の字になった。コンクリートの熱さに悲鳴を上げて立ち上がるが、リボーンはすでに説明を始めていた。
「継承式っつーのは、ツナが正式にボンゴレ十代目ボスになる、空前絶後の式典だ。本来ならまだまだ先だったんだが、白蘭との戦いを知った九代目から功績が認められて、時期が早まったんだぞ」
「おおー!」
珍しく隼人が率先して手を叩くので、利奈もどさくさ紛れに拍手に参加した。
隼人はともかく、武と了平も綱吉がマフィアのボスになることに異議はないらしい。
「いやいやいや、判断早まりすぎだって! それに俺はOKしてないし!」
「でも未来だと――あっ、ごめん」
十年後の世界では十代目になっていたでしょうと言いかけたものの、至門生たちがいたので口を噤む。彼らがマフィアなら未来の騒動を知っているのかもしれないけれど、そうでなかった場合、だいぶ頭のおかしい発言になる。
初対面での印象が電波になるのは避けておきたい。
(学校の屋上でマフィアがどうこう話してんのも、充分おかしいけどね。だれかに聞かれたらどうするんだろう)
ちらりと屋上の入り口に目をやってみる。
外ではあんなに騒ぎになっていたのに野次馬が一人もわかないあたり、恭弥の恐怖政治は功を奏しているようだ。だれだって好奇心に殺されたくはないだろう。
継承式は七日後、ここ日本で行われるらしい。
恭弥がわずかに反応したが、世界中の強豪マフィアが参加する大規模な式典と聞いて、身を引いた。並盛町で行うのなら黙ってはいないということだったのだろう。
利奈としても、物騒という言葉では片付けられない人たちが町内に集合する事態は、御免被りたかった。
(正式にボスになったら、全世界のボンゴレファミリーが全員、ツナの部下になるんだ……すごいな)
まさに裏社会の支配者が決まる式だから、招待されていないファミリーたちからも注目が集まっていることだろう。ひょっとしたら、これを機にますます命を狙われる可能性だってある。ボスになりたくないのなら、全力で逃げなければならないイベントだ。
「こらー! お前たち、こんなところでいったいなにをやっとるかー!」
ようやく屋上に人が現れたと思ったら、生徒指導の先生だった。
恭弥以外の生徒が多いからか、竹刀片手に強い口調で教室に戻るように促してくる。もうホームルームが始まる時間だった。
「ヒバリさん!」
続々とみんなが階段を降りていくのを見送りながら、やっと恭弥に声をかける。
暗黙の了解で、先生は利奈と恭弥には声をかけなかった。
「さっきのなんだったんですか? なんで転校生と睨み合いなんか」
リボーンたちの話でうやむやになりかけていたけれど、どうやら継承式と先ほどの戦いはまったくもって無関係だったらしい。
「睨み合いじゃない。風紀の取り締まりだよ。沢田綱吉に邪魔されたけど」
不快そうに眉をひそめながら、恭弥が制服を見下ろした。
よく見たら、ワイシャツのボタンがひとつなくなっている。
「え。まさか、あそこで戦ったんですか?」
「最悪。新しいシャツ用意しといて」
「はい。……じゃなくて。あんなところで戦ったんですか!?」
立っているだけでも危険な場所で、いったいなにをやっているのだろう。
それに、シャツのボタンを外されたということは、相手の攻撃が恭弥に届いていたということになる。
非難の目を無視して恭弥が階段を降りていくので、利奈も後ろに続いた。
「あの人、三年生ですか?」
「鈴木アーデルハイト。至門中学校三年生、粛清委員長」
すらすらと女子生徒の情報が開示された。外国人なのかハーフなのか、名前が英語だ。
外国の血が入っているのなら、中学生とは思えないあの体型にも納得がいく。そして、見た目にはダメージがなさそうだったところからして、彼女も相当に強いのだろう。
(粛清委員長……あ。あの粛清って書いてあった横断幕、粛清委員って意味だったんだ)
屋上での二人が衝撃的過ぎて頭から抜けていたけれど、あれは恭弥に対する宣戦布告だったようだ。
「粛清委員って初めて聞くんですけど、どんな委員会でしょう」
「さあ。でも、言葉通り生徒を粛清する委員なんじゃない?」
遅刻した生徒とすれ違う。彼はギョッとした顔で恭弥を見て、それから大きく迂回するように距離を開けて去っていった。
(生徒を粛正する委員会と、風紀を取り締まる風紀委員会……うーん)
「……活動内容、被ってません?」
素朴な疑問を投げかけると、恭弥は辿りついた応接室のドアを中指の背で軽く叩いた。
「ここを乗っ取ろうとしていたよ」
「……はい?」
「応接室。昨日、ここに乗り込んできたんだ。応接室を明け渡せって」
「ええ!? あっ、だからさっき戦ってたんですか!?」
「そう言ったじゃない。僕としては、勝手に屋上に入ってきたのにもむかついてるけど」
「他人事じゃないなそれ。……あっ、すみません」
初対面での記憶がよみがえり、思わず素で呟いていた。
今なら次から気をつけようで済むけれど、あのときは本当に恐かったのだ。人に襲われたことなどなかったのだから。
「でも、至門生ってあそこにいた人たちだけでしたよね。わざわざ並中で委員会なんてしなくても……」
「至門生はもう一人いるよ。あと、鈴木アーデルハイト以外は粛清委員じゃないし」
「え、一人で委員会やろうとしてるんですか!?」
なぜ、一人きりだというのに、わざわざ転校先で委員会活動をしようとするのか。そしてなぜ、並盛町で一番敵に回してはいけない人にわざわざ喧嘩を売ってきたのか。
委員会活動が同じだから目障りに感じたのかもしれないが、一人で挑みに来るのは無謀を通り越して狂気すら感じられる。
「彼女は本気だったよ。昨日、ご丁寧に誓約書まで持ってきてくれたし」
「誓約書?」
「応接室使用の権利を奪うためのね。委員会活動で使う部屋を決めるには、全委員会の同意が必要なんだけど、その誓約書をちゃんと持ってきたよ」
「全委員会の同意って――ほかの委員会の人がオッケー出したんですか!? ヒバリさん敵に回すことになるのに!?」
日頃からこちらに反感を抱いている緑化委員会や福祉委員会ならともかく、ほかの委員会は事なかれ主義の団体だったはずだ。粛清委員会に肩入れなどしたら、風紀委員を敵に回すことなどわかりきっているだろうに。
しかし事実は、利奈の想像とまったく逆のものであった。
「粛清委員に反抗したのは、緑化委員長と福祉委員長、それから選挙管理委員長かな。反抗した彼らは鈴木アーデルハイトの手で血祭りにあげられたよ。
証拠写真も見せられたし、なにより、誓約書の拇印が血で押されてたから」
「ヒッ」
まさに女版雲雀恭弥である。
いや、正規の手続きを強引に推し進める姿は、実直ゆえに恐ろしい。
(でも、ヒバリさんがもし至門中学校に転校とかしたら、同じことやってたかも……)
彼はどこにいようが風紀委員長である。並盛町を離れたところで、彼の行動理念は変わらないだろう。
至門中学校を傘下に引き入れ、第二の並盛中学校に作り直しかねない。
そう考えると、アーデルハイトの行動はまだ常識の範囲内でのものに思えるのだから、不思議なものだ。
「沢田君が邪魔したってことは、まだ決着ついてないんですよね。また挑みに来るんでしょうか」
そもそも綱吉は、どうやって恭弥とアーデルハイトを止めたのだろう。
あそこで下手に割って入ろうとするものなら、そのまま地面まで真っ逆さまである。それに、恭弥の不興を買っていたら、アーデルハイトの代わりに綱吉が咬み殺されていた。
危うく継承式前にボス候補がいなくなってしまうところだ。
「どうかな。赤ん坊が継承式の話を出してから、空気が変わったから。
それより、ずっと気になってたんだけど――」
恭弥の視線がずれ、利奈の足元に落とされる。
つられて目線を下げた利奈は、靴の爪先を見てギョッとした。
早く恭弥を止めなければと屋上へとひた走った利奈に、靴を履き替える余裕などなかった。
「君は、いつまで土足で校内を歩くつもりなの」
「今すぐ取り換えてきます!」
利奈は一目散に昇降口へと走り出した。
読み返してふと思ったんですけど、アーデルハイトはあの横断幕を一人で用意して一人で取り付けたのでしょうか。粛清委員仲間を呼びつけたのでしょうか。それとも、ファミリーの仲間に手伝ってもらったのでしょうか。
そしてどうやって持ち運んだのでしょうか……。