新米風紀委員の活動日誌   作:椋風花

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後者であってほしかった

 だれもいない昇降口へと戻り、一人静かに靴を履き替える。危うく、自分が校則違反で取り締まられてしまうところだった。

 教室の後ろ側のドアでホームルームが終わるのを待ってから、何食わぬ顔で教室に入る。

 

(やっぱりジロジロ見られるよね……)

 

 行方不明となっていた同級生が、数日ぶりに登校してきたのだ。興味を引かないわけがない。

 集まる視線をできるだけ気に留めないようにして席に着いたら、固い物でこつんと頭をつつかれた。

 

「ちょっと。荷物人に押し付けて走ってくなんてひどいんじゃない?」

 

 振り返ると、ジト目の花が手に持ったノートを横に振っていた。

 走るのに邪魔だからと花に押しつけた鞄は、利奈の机の上に鎮座している。

 

「ごめんごめん、慌ててて」

「あれ見たらそりゃ驚くけどさ。で、なんだったの、あれ」

 

 そう言いながら、花はノートを利奈のバッグの上に乗せた。

 休んでいるあいだのノートを写させてくれるようだ。

 

「あー、私が行ったときには終わってたんだよね。転校生がヒバリさんに勝負を挑んだらしいんだけどさ」

「じゃあ、あんたは見てないの? 転校生がなんかバク宙しながら蹴り上げたやつ。すごい歓声上がったんだけど」

「なにそれ!?」

 

 利奈が数段飛ばしで階段を走っているあいだに、熾烈な戦いを繰り広げていたらしい。

 さらに補足すると転校生は両手に持った武器を振るい、恭弥はそれをすべて避けて躱したそうだ。見たいか見たくないかでいえば、見ておきたかった戦いである。

 

「あんたのとこの委員長が転校生を屋上に吹っ飛ばしたから、私も最後までは見てないのよね。生徒指導が教室に入れってうるさくて」

「あ、そっちにも行ったんだ。屋上にも来たよ、先生」

 

 やってくるのがやけに遅かったと思いきや、下でたむろっていた生徒を先に指導していたらしい。この学校にしては珍しく、教育熱心な先生だ。

 そして見てはいないものの、勝負の結末は当人の口から聞かされている。

 

(よく止められたな、ツナ)

 

 利奈も戦いを止めようとした一人とはいえ、戦闘状態に入った恭弥を止めるのは至難の業だ。それこそ、一戦交える気概で制さなければならない。

 

「戻って早々大変そうだけど、ほどほどにしときなさいよ。

 そのノート、明日までに返してくれればいいから」

「うん、ありがとね」

 

 予鈴が鳴って、みんな次々に席へと戻っていく。

 教科書を机に押し込んだ利奈は、ここでようやく転校生の存在に気がついた。

 

(ん、んんんんんん!?)

 

 復帰後、初めての授業。

 置いていかれないように全神経を集中させなければいけないその一手目で、利奈の関心は廊下側の席へと吸い寄せられた。

 手に持っていたシャーペンが滑り落ちて、コロコロと机を転がる。そして、花が登校中にいっていた言葉を思い出した。

 

(見たらわかるって……これ!?)

 

 転校生は、かなり、いやものすごく奇天烈な恰好をしていた。

 前髪を残してつるりと剃り上げられた頭部。室内では意味をなさないであろう、大きなサングラス。至門中学校の制服ですらないと一目でわかる、ぴっちりと体のラインに沿った星柄のつなぎ。

 そして極めつけは、なんのために持ってきたのかわからない、浮き輪のような円状のなにかがふたつ。彼女は交差させたその輪っかの真ん中で椅子に座っているが、隣合った席の生徒は、やたら大きく間隔を空けて座っている。

 

(いやいや。……いやいやいや)

 

 上から下までもう一度確認して、利奈は無言で首を振った。

 

 至門生だから、並中の制服を着る必要はない。それでも、彼女の着こなしはどう見ても一発退場の代物だった。

 百歩譲って髪型とサングラスが許されたとして私服はアウトだし、浮き輪に関しては私物の持ち込みに当たるだろう。そもそも、なんのための道具なのかまるで見当がつかない。

 

(これいいの!? 気にしてるの私だけ!?)

 

 そんなわけがない。

 先生は彼女を視界に入れないようにわざと視線を外しているし、後ろのほうの生徒は、ときおり視線を彼女に向けている。

 それでもだれも言及しないのは、これが彼女が現れてから二日目の出来事だからだろう。昨日はきっと、もっとわかりやすく混乱していたに違いない。

 

(この人が最後の転校生? 屋上にいなかったよね?)

 

 ――利奈は気付いていなかったが、彼女はちゃんと屋上にいた。

 それなのになぜ、こんなにも目を引く彼女の存在を見逃していたのかというと、それは彼女が、屋上のフェンスの上を飛行していたからにほかならない。

 屋上敷地内にいる転校生たちに注目していたために、規格外の場所にいた彼女はすっかり見過ごしてしまっていたのだ。こうやって授業を受けている最中に、天井まで確認しないのと同じ原理である。

 

 なんにせよ、花の言ったとおり、行方不明だった利奈が霞むほどの存在感だ。ありがたいと言えばありがたいけれど、これでは授業どころではない。

 先生の言葉は耳に入らず、黒板の内容をノートに書き写すので精一杯だった。

 

(つ、疲れたあ……)

 

 授業終わりに、疲れがドッとやってきた。

 問題の転校生は、浮き輪のような付属品を弾ませながら教室外から出て行った。いなくなった机までもが注目の的だ。

 

「だから言ったでしょ。とにかくすごいって」

 

 利奈の新鮮な反応が面白いのか、花はニヤニヤとした笑みを浮かべている。

 

「びっくりした。なにあれ」

「でしょう? わけわかんない信号出すし、言ってることもよくわかんないし、変人このうえないわよね。まさに規格外だわ」

「授業、全然頭に入んなかった……」

 

 これは由々しき事態である。

 早く授業に追いつかないといけないのに、授業にまるで集中できない。あんな授業妨害な生徒が転校してきていたなんて、予想外だった。

 

「てかさ、あんた風紀委員じゃん。注意しなくていいの?」

「え?」

「そうだよ。相沢さん、なんとかしてくれない?」

 

 花の言葉を皮切りに、たちまち複数の生徒に囲まれる。

 どうやら、最初から聞き耳を立てられていたようだ。

 

「先生もビビって声かけないし、話しかけても無反応だしさ。

 風紀委員だったら当然あれはほっとけないでしょ」

「えー……」

 

 転入生とはいえ、彼女は並中生になったわけではない。転校は一時的な処置で、地震が収まれば元の学校に戻ることが決まっている。

 それに、あの格好が至門中学校の校則で許されているのならば、着こなしに口を出すことはできないだろう。ましてや利奈は、至門生の扱いについての指示を、まだ委員会で仰いでいないのである。

 

「いくら地震でこっち来たからってさ。あの格好は風紀乱してるって」

「俺、後ろの席なんだけどシットのあれが邪魔で黒板ほとんど見えないし」

「相沢さん、風紀員として注意してくれないかなあ。戻ってきたばかりで悪いんだけど」

 

 ――昔、これと同じ場面があったような気がする。

 結局みんな、面倒なことは全部他人に押しつけたがるのだ。

 

 どうしたものかと思っていたら、人垣を押しのけて隼人が現れた。

 

「おい、あいつには関わるな」

「うわ、獄寺だ!」

「きゃあ、獄寺君だ!」

 

 男女できれいに分かれる反応を横目に、隼人が机に両手をつく。

 怯む理由もないのでただただ視線を受け止めるが、いつぞやを思い出す顔ぶれである。

 

「お前は知らないだろうが、あいつは危険だ。とてもお前の手に負えるやつじゃねえ」

 

 その声がやけに真に迫っていて、利奈は身を乗り出した。

 

「獄寺君、あの人のこと知ってるの?」

「ああ」

 

 これは意外な繋がりである。いや、綱吉の右腕を自負する隼人としては、害をなすかもしれない怪しい転校生は放っておけないか。

 隼人は周りにいる生徒たちを一睨みで散らしたが、聞き耳を立てられているのに気付いて舌打ちをした。

 

「出るぞ。ここだと人が多い」

「う、うん」

 

 隼人にしては珍しく、ちゃんと情報を共有してくれるらしい。

 次の授業まであと数分なので、できれば簡潔にまとめていただきたいところだ。

 

「私、まだあの人の名前も知らないんだけど」

「SHITT・P!」

「……シットピー?」

「綴りは知らねえ。いや、もしかしたら地球の文字じゃねえのかもしれねえな……。

 暗号の可能性もあるし、調べてみる必要があるか」

 

 聞き間違いかと思ったけれど、SHITT・P!というのが彼女の名前だったようだ。

 あの見た目なら普通の名前の方が浮いてしまうけれど、それにしても変わった名前である。

「で、SHITT・P!さんは知り合いなの?」

「いや、俺も詳しい事情は知らねえ。

 ただ、あいつはとにかくやべえ。人に擬態していても、俺の目は誤魔化せねえぜ」

「ぎたい?」

「ああ、あれは間違いなく擬態だ……!」

 

(擬態ってなんだろう。獄寺君、やたら楽しそうだけど)

 

 さっきから話し方がハキハキしているし、態度もなんだか高揚しているように思える。

 いつもと違う雰囲気に戸惑っていると、不意に隼人が顔を近づけてきた。キラキラとした瞳はまんまるで、宝物を手に入れた子供のような輝きを放っていた。

 

「いいか、ほかのやつには絶対に言うなよ。やつは――UMAだ」

「ゆうま?」

「馬鹿! 言うなって!」

 

 慌てた顔で隼人がキョロキョロと辺りを伺うが、意味がわかっていない利奈はただただ首をひねった。マフィアで使われている隠語かなにかだろうか。

 だれにも聞かれていないことを確認してから、隼人は再び利奈に向き直った。今度は一転して真剣な目つきである。

 

「長年培ってきた俺の勘がそう言っている。

 シモンファミリーに所属してんのは、人間に混ざるための手段のひとつだろう。くそっ、先を越された!」

 

(だんだん話がわかんなくなってきたな……)

 

 本気で悔しがる隼人には悪いが、擬態あたりから話の流れがわからなくなってきている。かといって、今更意味を尋ねるわけにもいかないだろう。怒って話をやめてしまうかもしれない。

 

「それにしてもあいつら、どうやってUMAを捕まえたんだ? 

 ……いや、もしかしたら地球を征服するためにあいつが洗脳を――」

 

(……地球征服?)

 

 もはや独り言になっている隼人の呟きを耳にして、UMAについてのある推察が立った。

 

「……もしかして、ユーマって宇宙人のことなの?」

 

 利奈の問いに、隼人はぐるりと首を回した。あまりの勢いに髪がうなる。

 

「お前、そんなことも知らなかったのか!?」

「だって宇宙人が英語でなんていうか知らないし」

「宇宙人はエイリアンだろうが! ったく、いいか、UMAってのはだな――」

 

 そこでチャイムが鳴ったけれど、隼人は意に介さずに説明を続けた。

 

「UMAっつうのは未確認動物の総称だ」

「総称って?」

「チッ、全部ひっくるめた呼び方って意味だ! 覚えとけ!

 で、未確認動物ってのは、存在が噂されているもののまだ存在が立証されてない未知の生物。ツチノコとかビックフットとかくらいならお前でもわかるだろ」

「ツチノコは知ってる! じゃあ宇宙人もUMA?」

「そうだ。んで、話を戻すが、俺はSHITT・P!は地底人だと睨んでいる」

「……なんで?」

「いちいちうるせーなあ、お前は! 俺の長年の勘と最近の勘がそう告げてんだよ!」

「勘なんだ……」

 

 一気に説得力がなくなったが、本人は真剣そのものだ。

 UMAを語る隼人の目は綱吉を語るときの目と同じで、つまり、盲目状態だった。

 

「じゃあSHITT・P!さん本人が言ったわけじゃないんだね?」

「当たり前だろうが!

 いいか、間違っても直接本人に聞くんじゃねえぞ! 地底に引きずり込まれるからな!」

「あ、うん……」

 

 この様子だと、SHITT・P!本人とはまだ会話したこともないのだろう。

 憶測に憶測を重ねて、もう取り返しのつかないところまで妄想を育んでいる。

 

(なんで勘だけで人を地底人って決めつけられるんだろう。獄寺君って、ときどきものすごく残念だよね)

 

 未来に行くというSFを体験したせいで目覚めてしまったのか、あるいは元からこういった趣味があったのか。柄の悪い人の純情な一面は、本来ならばギャップとして魅力を放つはずなのだが、利奈にはいい方に作用しなかった。

 しかし、それを口に出したりはしない。利奈だって、たまには空気を読むのである。

 

「とにかく、なにかあったら俺に言え。

 いくらUMAでも、人間に危害を加えるつもりなら黙ってられねえからな」

「そうだねわかったよありがとう」

 

 感謝の言葉を口にする利奈の表情には、一切感情が含まれていない愛想笑いが浮かんでいた。

 しかし隼人がそれを見破ることはなく、二人は真逆の温度で教室へと戻った。

 

 ――余談だが、隼人が決めつけたことによってかえってSHITT・P!の神秘性が薄まり、次の授業から利奈は勉強に専念できるようになった。

 

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