新米風紀委員の活動日誌   作:椋風花

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確かに同じだった

 

 

 復帰登校一日目は、序盤に転校生絡みの問題があったものの、ほかはつつがなく終わらせられた。

 大体の授業は黒板を写すか問題を解くかのどちらかだし、昨日一日を復習につぎ込んだおかげで、授業に置いて行かれたりもしなかった。

 委員会活動も退院直後であることを気遣われて休みになり、あとは家に帰るだけである。

 

(昼休みに草壁さんに呼び出されたときは、どうなるかと思ったけど)

 

 何かしらの叱責を受けるのではと怯えながら呼び出しに応じたものの、その心配は杞憂であった。ディーノやヴァリアーの面々と同じく、哲矢にも十年後の記憶が授けられていたのだ。

 

 本人の体験談によると、ちょうど利奈たちが戻ってきたタイミングで、未来の出来事が頭の中に流れ込んできたらしい。

 それだけならまだ白昼夢と片付けられていたかもしれない。でも、突如目の前に出現した恭弥が、未来に行っていたと口にしたら、もはや疑う余地はなかっただろう。

 同時に利奈失踪の原因にも合点がいった哲矢は、一人、事態の収拾に励んでくれたというわけである。

 

(委員会なくなったし、今日は早く帰って家でのんびりしよっと。

 黒曜ランドに行くのは明日にして――うるさいな、喧嘩?)

 

 聞こえてきた怒鳴り声に曲がり角を覗き込んだ利奈は、予想通りの光景に閉口した。

 並中生が三人、他校生を壁に追いやっている。

 

(あの制服は至門生か。囲んでるのは三年生――災害で引っ越してきた人を虐めるって、どういう神経してんだろ。恥ずかしくならないのかな)

 

 絡まれているのはSHITT・P!と同じく、2ーAの転入生だった。

 SHITT・P!が強烈すぎて存在感がもはや影よりも薄くなっているが、そうでなくても目立ちはしなかっただろう。教室内ではつねに俯きがちで、授業で当てられたときも、先生が根負けするまで無言を貫いていた。そのときから顔に大きな湿布を何枚も貼っていたのが気になったけれど、もしかしたら、昨日の転校初日からこうやって虐められていたのかもしれない。

 

「おいおい、先輩が優しく声かけてやってんのにシカトかよ」

「なんとか言ったらどうなんだ、ああ!?」

 

 三年生たちは近づく利奈には気付かない。

 ほかの通行人も足早に通り過ぎていくし、壁の方を向いているから視界の端にも入らないのだろう。

 壁と上級生に挟まれた転校生に逃げ場はなく、声を上げることも逃げ出すこともできずに、ただじっとその場で俯いていた。前髪で目元が隠れているけれど、唇は強く引き結ばれている。

 

(こういうときは先手必勝だよね)

 

 ブレザーの胸元に手を入れて、手探りで携帯電話のボタンを押す。すぐさま手を引っこ抜けば、最大音量で携帯電話が着信音を鳴らした。

 

「っ、なんだ!?」

 

 警告音にも等しい電話の音に、三人が弾かれたように顔を上げた。

 そんな三人には目を向けず、利奈はわざともたついた動作で携帯電話を取り出し、耳に当てる。

 

「はい! 相沢です!」

 

 もちろん電話はかかっていない。設定をいじって着信音を鳴らしただけだ。

 それでも利奈は電話口の相手にかしこまるかのように背筋を伸ばし、不良たちにも聞こえやすいようにと声を張った。

 

「お待たせしました、ヒバリさん!」

 

 その瞬間、面白いくらい三人の表情が変わった。

 並盛町最強の不良の名前に目を見開き、利奈の腕に巻かれた風紀委員の腕章に顔を青ざめさせる。捕食者から被食者に立場が逆転した彼らの真ん中で、ただ一人事態が把握できない転校生が顔を上げた。

 

「はい、今、手分けして巡回してるところです。異常は……そうですね」

 

 そこでようやく利奈は不良たちに目を向けた。

 彼らの表情を確認し、虎の衣がしっかりと作用していることを確認する。

 

「転校生が三年生に囲まれてて――はい、確認してみます」

 

 携帯電話を手に持ったまま、なんでもないような顔をして三年生たちに近づいていく。

 彼らにとっての脅威は、恭弥と繋がったままになっている携帯電話だろう。不良ならば、並盛町最強の不良である雲雀恭弥の恐さは骨身に染みているはずだ。

 

「……チッ、行こうぜ」

「ふん、女に助けられやがって」

 

 利奈が声をかける前に、彼らは退散した。転校生に嫌味をこぼすが、利奈とは目も合わせなかった。

 

(いくじなし。私相手に逃げ出すくせに)

 

 とはいえ、ここで骨のあるところを見せられたらお手上げだったから、よしとしておこう。利奈がヴァリアーで習った体術は暗殺術なので、不良を相手取るのには向いていないのだ。

 だれにも繋がっていない携帯電話をしまい、利奈は改めて転校生と顔を合わせた。

 

(すごい怪我……さっきの人にやられたのかな)

 

 両頬と鼻に湿布を貼っているけれど、貼っていない場所にも擦り傷や痣ができている。

 顔だけでこれなら、制服の下はもっと痣だらけなのかもしれない。あまりの痛ましさに勝手に顔が歪んでしまう。

 

「……まだ、なにもされてないよ」

 

 利奈の言わんとしていることが伝わったのか、ぎこちなく目線を逸らしながら彼は呟いた。

「そ、そう……?」

「これは、昨日までにやられたぶん」

「……」

 

 なんてことないように言われたけれど、それがかえって気を滅入らせた。

 痣のなかには治りかけているものもあって、最近のものだけではないことまでわかってしまう。

 

「その……お大事に」

「うん」

 

 気の利いた言葉が言えず、気まずい沈黙が落ちる。

 このままではいけないと、利奈は気持ちを奮い立たせた。

 

「えっと……よかったね、すぐいなくなって。たまたま先輩から電話がかかってきたところで」

「気を遣わなくていいよ。慣れてるし。

 それに、電話なんてかかってないんでしょ。なにも言わずに切ったから」

「え……あ、うん。じつはね」

 

 淡々と言い当てられてしまってはごまかしようがない。

 利奈はさっきからずっと気まずさを感じているけれど、転校生はそうでもないようで、平然としている。不良に囲まれていたときも、怯えて声が出せなかったのではなく、単に声を出しても無駄だからと黙っていたのかもしれない。綱吉とは違う方向で虐められやすいタイプだ。

 

「私、同じクラスの相沢。風紀委員だから、またなにかあったら言って」

 

 言われたところで対処できるとは限らないけれど、班員に周知することはできるだろう。放っておいたら、もっとひどい虐めに遭ってしまいそうだ。

 

「……僕は、古里炎真」

 

 風紀委員であるという発言を受けて、炎真の目が利奈の腕章に向けられる。

 

「……朝、屋上に来てた? ほかの人だったらごめん」

「ううん、私だよ。風紀委員、私しか女子生徒いないし」

 

 苦笑いの意味は彼には伝わらないだろう。並盛町の風紀委員は、あまりにも特殊すぎる。

 

「じゃあ、君もボンゴレファミリー?」

 

 仄暗い瞳が、警戒するように利奈を見上げた。

 縮こまるように背中を丸めているのに、臆している様子はまるでない。ちぐはぐな印象に戸惑いながらも、利奈は首を横に振った。

 

「私はマフィアじゃないよ。ヒバリさんが……あ。三年生――学ランで女の人と戦ってた人がヒバリさんなんだけど、ヒバリさんが風紀委員長で、それでえっと、……あれ?」

「アーデルと戦ってた人が君の先輩だったんだね」

「そう! で、ヒバリさんが雲の守護者? ツナの、えっと、沢田君……十代目?」

「ツナ君は知ってる。焦らないでゆっくりでいいよ」

 

 相手が転校生なので、どこまで知っているかわからないのがやっかいだ。

 だれがだれなのかを説明しようとすると、肝心の人間関係が宙に浮いたままになってしまう。

 雲雀恭弥の影響でボンゴレファミリーの内部事情に明るくなってしまったと説明するのに、相当な時間を費やしてしまった。

 

(でもボンゴレじゃないってわかってもらえたから、いっか。ほかのマフィアにボンゴレファミリーだって誤解されたら、大変なことになりそうだし)

 

 正体不明のボンゴレ関係者から、風紀委員に所属する同級生へと変わったおかげで、転校生――古里炎真からは、警戒の色が消えていた。安堵しているようにも見えるのは、ボンゴレに貸しを作らなくて済んだからだろうか。

 マフィアのルールはわからないけれど、屋上での様子を見る限り、そこまで友好的な関係でもないのだろう。

 

「炎真!」

 

 鋭い声が空を裂き、利奈ははねるようにして声の方へと上半身をひねる。

 

(うわっ、粛正委員の人だ……!)

 

 仁王立ちしたアーデルハイトがこちらを睨みつけている。

 上背があるので、立っているだけで迫力があった。

 

「アーデル」

 

 独り言のように炎真が名前を呼ぶが、彼女の耳には届いていないだろう。届いたところで、険を孕んだ眼差しが緩むとは思えなかったけれど。

 

(なんで私、睨みつけられてるの!?)

 

 あろうことか、氷のように凍てついた瞳は利奈を標的として定めていた。

 高いヒールを鳴らし、ポニーテールを揺らすアーデルハイトは、女王のような威厳を醸し出している。眼前に立たれた利奈は、炎真と同じように背を丸めた。

 

「炎真になんの用だ」

「……はい?」

「とぼけるな。お前の正体はわかっている」

 

 開口一番に詰問が始まり、利奈は混乱した。

 上から見下ろされるとより一層迫力があり、狩られる直前の小動物かなにかにでもなった気分だ。

 

(ひいい、女の子に絡まれるの怖い……!)

 

 過去に上級生女子に囲まれたトラウマか、不良は平気でも、女性に睨まれると恐怖を感じてしまう。それがこんなに威圧感のある人なら、なおさらだ。

 

 狼狽える利奈を見て、アーデルハイトはますます殺気だった。不快そうな目で睨まれ、地味に心が傷ついていく。

 

「私ではなく炎真を狙うとは――なかなか卑劣な手に出る男のようだな。雲雀恭弥は」

「……へ?」

 

 どうしてここで恭弥の名前が出てくるのかと考え、ハッとする。

 利奈の左腕には、風紀委員を示す腕章が巻かれていた。

 彼女はこれを見て、利奈を敵だと判断したのだろう。粛正委員の彼女は、風紀委員に悪感情を抱いている。

 

(もしかして、私が炎真君になにかしたって誤解されてる!?)

 

 彼女は先ほどの一幕を見ていない。

 だから、壁に張り付いている炎真と前を塞ぐように立っている利奈を見て、風紀委員の利奈が至門生の炎真に絡んでいると錯覚を――利奈は、即座にかぶりを振った。

 

(私、そんなことしてるように見えた!? 見えるんだったら、立ち直れないんだけど!?)

 

 他の強面連中ならいざ知らず、どんな色眼鏡を通したらそんな考えができるのか。

 おっちょこちょいを通り越して失礼千万だが、それを口にするほどの勇気はなかった。ただ、目だけが異様に泳いでしまう。

 

「ふん、だんまりか。……まあいい、お前たちがその手を使うのなら私にも考えが――」

「違うよ、アーデル」

 

 やっと炎真がアーデルハイトを否定してくれた。

 助かったと思った反面、もっと早く訂正してほしかったとも思ってしまう。

 

「彼女は僕を助けてくれたんだ。さっきまで、柄の悪い人たちに絡まれてたから」

「……本当か?」

「うん。そうだ、お礼言ってなかったね。ありがとう」

 

 炎真の態度は、どちらが相手でも一切変わりがなかった。

 上級生相手なのに敬語を使っていないけれど、同じファミリーなのだから、おかしいことではないのかもしれない。

 アーデルハイトの高圧的な態度も、炎真を守るためのものなのだろう。炎真はただでさえ虐めの標的になりやすいと、さっき判明したばかりである。

 そう結論づけようとした利奈だったが、そう簡単に決着はつかなかった。

 

「炎真、油断しちゃだめ。その連中がその女に雇われていた可能性もあるでしょう」

「はい!?」

 

 失礼極まりない言葉に、利奈はついに声を発した。

 応接室を奪うために委員長たちを痛めつけた彼女ならではの発想だが、あんまりにもひどい言い草である。

 さすがに言い返そうとしたものの、先に口を開いたのは炎真だった。

 

「僕が不良に絡まれるのはいつものことだよ。僕を狙ったのなら、やり方が安直すぎる……と思う」

 

 言い切る自信はないのか、曖昧な語尾が付け足される。

 炎真にとっても利奈は知り合ったばかりの人物あり、完全に信用することはできないだろう。それでも庇おうとしてくれるところに優しさを感じた。

 

(炎真君、ツナに似てる……)

 

 委員会活動初日の出来事を思い出す。

 綱吉が風紀委員から利奈を庇おうとして、逆に利奈が風紀委員から綱吉を庇ったのが知り合うきっかけだった。それがなくてもいずれ守護者関連で知り合いになっただろうが、あれがなければ、隼人とはもっと険悪な仲になっていただろう。あのときは、隼人の変わり身の早さに驚いたものだ。

 

「……ふふ」

「どうかした?」

 

 懐かしさのあまり、こんな状況なのに笑ってしまった。

 アーデルハイトの鋭い視線を受け、慌てて弁明を始める。

 

「ごめん、ちょっと。炎真君とツナが似てるなあって」

「……ツナ君に?」

「うん。だって――」

「聞き捨てならないな」

 

 続く言葉はアーデルハイトの剣幕に飲み込まれた。

 

「言うに事欠いて炎真がボンゴレに似ているだと? 貴様、愚弄するのもいい加減に――」

「アーデル」

 

 激高しそうになるアーデルハイトを、炎真がたしなめた。

 名前を呼んだだけなのに、その声には初めて感じる棘があった。アーデルハイトが唇を噛んで顔を背ける。

 

「えっと……」

 

 どうやら失言をしてしまったようだが、なにが悪かったのかがわからない。

 ボンゴレファミリーのボスに似ているという発言が、どうして愚弄という言葉に繋がるのだろう。彼らは、敵対しているファミリーではないのに。

 うろたえる利奈に、炎真が口を開く。

 

「ごめんね。僕たち、弱小ファミリーで日陰者だったからさ。

 あんまりほかのファミリーにいい思い出がないんだ」

「あっ……ごめん」

「いいよ。君はマフィアじゃないんでしょ」

 

 その言葉は、まるでだれかに言い聞かせているみたいな口調だった。

 だれになにを言い聞かせているのかわからないまま、利奈は頷く。

 

 ――近い未来、利奈は深い絶望のなかで、その意味を理解する。

 そのときにはもう、大切なものはすべて、手の中から零れ落ちていた。

 

 

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