新米風紀委員の活動日誌   作:椋風花

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瞬く星の光

 

 相沢さんと別れた僕は、民宿に帰るアーデルハイトとも別れて一人になった。

 なんとなく、そのまま帰る気にはなれなかったのだ。アーデルハイトはなにか言いたげだったけれど、なにも言わずに帰って行った。まっすぐ伸びた背筋とキビキビと揺れるポニーテールがアーデルハイトらしい。僕といえば、いつもみたいに首を丸めて、行き先も決めずに足を動かしている。

 

(……ツナ君に似ている、か)

 

 相沢さんに言われた言葉を思い出した。

 アーデルハイトはひどく怒ったけれど、相沢さんはきっと、褒め言葉のつもりで口にしていたのだろう。あのときの相沢さんの表情は、とても柔らかかった。

 つまり、相沢さんにとって、ツナ君はいい人なのだ。僕も、彼がただの同級生だったら、ボンゴレじゃなかったら、同じように思っていたかもしれない。昨日助けてくれた姿だけで判断するのなら、だけど。

 

(違うのかな。僕の見たツナ君と、僕たちの知っているボンゴレは)

 

 わかっている。たとえツナ君がどんな性格であろうと、復讐することに変わりがないことは。初代ボンゴレが犯した罪は世代がいくら変わろうが、いやむしろ、世代を変えて繁栄するごとに深く刻まれていく。ボンゴレファミリーの繁栄が、シモンファミリーの衰退を意味するのだから。

 僕たちが受けてきた苦しみを、風化させるわけにはいかないのだから。

 

 あてどもなく歩いていたら、いつのまにか神社の裏手についていた。木の合間を縫う風に、日なたでは感じなかった肌寒さを感じる。今年は暖冬らしいけど、それでも冬は近づいているみたいだ。

 神社の表に回ろうと木の葉を踏みしめていたら、先客の声が聞こえた。

 

「あーーー! マフィアのボスとか絶対いやだーーー!」

 

(……ツナ君だ)

 

 声色を思い出す必要すらない特徴的な願いに、僕はちょっと感動してしまう。神社で願い事を叫ぶ人なんて、初めて見た。声だけだから、まだ見てはいないけれど。

 神社の角を回ってツナ君のいる方へと向かう。賽銭箱の前に立っていると思ったけれど、ツナ君は神社に背を向けていた。どうも、神様にお願いをしていたわけじゃなくて、心の声を叫んでいただけみたいだ。そしてその叫びは続く。

 

「だいたい、なんで俺がそんなの引き受けなきゃいけないのさ! 俺は普通に生きていられればいいのに!」

 

 心の底からいやなのが伝わってくる嘆きだった。叫ぶのにいっぱいいっぱいみたいで、ツナ君は後ろにいる僕には気付かない。

 

「マフィアなんてお断りだよ! 俺はただ、京子ちゃんと幸せな家庭さえ築ければいいのに! マフィアのボスになんてなったら、絶対京子ちゃんと結婚できないじゃないかーーー!」

 

 そろそろ声をかけた方がいいかもしれない。このままだと、ツナ君の願望を全部盗み聞きしてしまいそうだ。

 

「ほんと、どうすればいいんだろう! あー、継承式とかやりたくない! 行きたくなーい!」

「いやなら、逃げちゃえば」

 

 ツナ君の背中がビクンと跳ねた。驚いて振り返った顔が徐々に赤く染まっていくのを、僕はなんともいえない気持ちで見ていた。

 

「い、今の聞いてた?」

「……うん」

 

 どこから、という問いをツナ君は口にしようとして、やめた。賢明な判断だと思う。僕も言いふらすつもりはないし、そもそも京子という子がどの子なのかもわからない。僕の知っている女の子は、さっきの相沢さんだけだ。名前は聞いていなかったから、あの子がその京子さんだったりする可能性もあるけれど。

 

「えっと……その……き、奇遇だね、こんなところで」

 

 気まずさを隠すようにツナ君が話題を変えた。

 

「ちょっと、寄り道したくなって。……さっき、相沢さんに会ったんだ」

「相沢さん? 風紀委員の?」

 

 驚いた顔に羞恥の色はない。相沢さんは京子さんではないようだ。

 

「不良に絡まれてたら、助けてくれて」

「不良!? また絡まれたの? 大丈夫?」

 

 気遣わしげな視線が上から下へと向けられる。目の動き方が相沢さんと似ている。

 

「殴られたりする前に相沢さんが来たから。そしたら、みんな逃げてった」

「よかった……。

 相沢さんは風紀委員なんだ。学校の不良連中も風紀委員には勝てないから、すぐに逃げたんだと思う」

「ふうん……」

「あっでも、相沢さん以外の風紀委員はめちゃくちゃ怖いから気をつけて! とくにヒバリさんなんて、ちょっと機嫌損ねただけですぐに咬み殺されるからさ!」

「そうなんだ」

 

(……なんだ、結局一緒か)

 

 人は力を持つとすぐに使いたがる。

 自分より弱い者は力で蹂躙するくせに、自分より強い者からはすぐに逃げる。逃げられないほど弱い者は、ただただ淘汰されるしかない。僕たちはそうだった。

 今はマフィアの概念に怯えているツナ君だって、同じだろう。

 

(僕とツナ君は違う。ツナ君は強いんだ……)

 

 突如境内に現れた殺し屋を、ツナ君はたった一撃でやっつけてしまった。ボンゴレ十代目を継承するに恥じない実力を持っていた彼に、親近感を抱いた自分が馬鹿らしくなった。

 結局、不良にいじめられ続ける僕とツナ君とでは、生きる世界が違う。

 

『炎真君とツナ君が似てるなあって』

 

 ――屈託なく笑っていた相沢さんが、ボンゴレファミリーじゃなくて本当によかった。

 あのとき。ツナ君と似てるなって言われたとき。僕はほんのちょっと、うれしいって思ったんだ。

 

__

 

 

 週末の朝。遅刻者の取り締まり当番である利奈は、ほかの仲間たちとともに整列し、足早に通り抜ける生徒たちを見送っていた。

 遅刻者の取り締まりは登校時間を過ぎなければできないので、それまでは生徒たちの風紀チェックの時間にあてるのである。

 とはいえ、並盛中学校は校則が緩い。とくになにかするわけでもなく、仁王立ちして在校生を怯えさせるだけになっているのが現状だ。そして一人だけ格好の違う利奈は最後尾にいるため、命からがら通り抜けた在校生たちが、安堵の息をつくのを見守る係になっている。

 

(今日も暖かいな……ブレザー脱いどけばよかった)

 

 登校する生徒のほとんどはワイシャツかベストである。

 秋も終わりに近づいて寒くなってもいいはずなのに、ここのところ、ずっと気温は温暖だ。太陽が出ているから、仁王立ちしているとジリジリと肌が焼かれて汗をかきそうになる。

 

(至門生はSHITT・P!さん除いて、みんなブレザー着てたっけ。ハイネックだからすごく暑そう)

 

 数人しかいないとはいえ、見慣れない制服は並中生に混ざっていてもよく目立つ。

 これまでにアーデルハイトと眼鏡の上級生と炎真がここを通ったけれど、炎真以外はハイネックの上着のチャックをきっちり上まで閉めていた。

 ちなみにSHITT・P!は校門を通らずに壁を乗り越えて入ってきたが、仲間たちは微動だにしなかった。きっと、昨日も一昨日もそうだったのだろう。

 

(アーデルハイトさんが来たときはピリッてしたけど、なにもなくてよかった)

 

 アーデルハイトがやってきた瞬間が一番空気が張り詰めていた。なにしろ彼女は風紀委員の職務を乗っ取ろうとしているのだし、昨日風紀委員長と一戦交えたばかりである。

 それなのにしれっとした顔でここを通り抜けていったのだから、彼女もなかなかに強者だ。運悪く同じタイミングで通り抜けた生徒なんて、いわれない圧力で生気が抜けていたのに。

 

(……あ)

 

 また目を引く人がやってきた。しかし今度は至門生ですらない。

 スーツとネクタイに、革靴、中折れ帽まで全身を黒で統一させながらも、威圧感のないかわいらしい佇まい。周囲から暖かい視線を浴びながら、リボーンは悠然とした足取りで利奈の前までやってきた。

 

「チャオっす」

「チャオっす。……え、おはよう?」

 

 リボーンに合わせて返事したものの、戸惑ってしまった。リボーンがこっそり学校内に潜伏しているのは風紀委員公然の事実だけど、こんなに堂々とやってきたのは初めてだ。スカートを押さえながら、利奈はその場にしゃがみ込む。

 

「聞いたぞ。昨日、不良から炎真を助けたんだってな」

「助けたってほどじゃないけど……。そんなのだれに聞いたの?」

「本人からだ。あいつの口からお前の名が出た」

「あー。なりゆきでね、ちょうど絡まれてるとこ見かけたし」

 

 横目でそれとなく仲間を窺うが、だれ一人としてこちらに視線を向けていない。リボーンは恭弥のお気に入りだから、このまま話していても怒られなさそうだ。

 

「で、どうしたの? 沢田君は?」

「あいつはまだだ。お前に用があってな」

「私に?」

 

 未来関連の出来事が頭をよぎる。しかしリボーンは別のことを口にした。

 

「至門生の件だ。お前、あいつらについてどれだけ知ってる?」

「……至門生? 知ってるもなにも、昨日会ったばっかりだし……」

 

 顔と名前を知っている人が三人。顔を知っている人が三人。顔も知らない人が一人いるだけである。知っていることなんて、その辺を歩いている生徒とほとんど変わりないだろう。委員長の恭弥ならあるいは、至門中学校に通っていた頃の情報もそろえているかもしれないが、利奈は彼らのことをなにも知らない。

 

「なら、これから調べてみるつもりはねえか?」

「……うん?」

 

 どうして利奈が至門生を調べる必要があるのか。ボンゴレに所属しているのならともかく、利奈はただの一生徒である。

 

「風紀委員として、あいつらの言動には注意を払う必要があるだろ? 三年のアーデルハイトはヒバリに喧嘩売ってたしな」

「それはそうだけど……べつに調べるとかは必要ないし。まだ学校来てない三年生は気になるけど」

 

 ――そう、転校早々、初日からずっと学校に登校していない生徒がいるのだ。

 三年生の男子生徒で、アーデルハイトと同様、名前がカタカナだったことは認識している。彼もシモンファミリーの一員のはずなので、どんな人なのかについては少し興味があった。

 

「でもほかの人はみんな普通に学校に通ってるし、問題起こしてるわけじゃないし。……リボーン君が自分で調べればいいんじゃない?」

「それがそううまくはいかねーんだ。俺が相手じゃ警戒するだろうからな」

「……う、うん、そっか」

 

 つぶらな瞳で言われても説得力がないけれど、リボーンはこう見えてプロのマフィアである。シモンファミリーにも名が知れているのかもしれないと、利奈はそう納得づけた。

 

「そもそも俺は部外者だろ? 学校での様子を調査するのは難しい」

「それ言ったら、校門から普通に入ってきちゃだめだと思う。昨日、屋上にもいたじゃない」

「そうだったか?」

「わー、とぼけちゃうか」

 

 とぼけ方がじつに白々しい。それでも仕方ないなあですませてしまうのは、リボーンの愛嬌の良さがなせる技なのだろうか。

 

「おっ、さっそく来たぞ」

 

 楽しそうな声に顔を上げると、折よく至門生が二人も登校してきていた。

 どちらも長身なうえに大柄で、一人は横幅が普通の人の二倍以上はある。確か、どちらも同学年の生徒だったはずだ。

 

「チャオっす」

 

 リボーンが声をかけると、二人は無言で立ち止まった。まったく視界に入っていなかったようで、間を置いてから地面に目を向けた。

 

(二人とも大きい……大人と変わんない……)

 

 高身長が揃っている風紀委員より身長が高いうえに、自分がしゃがんでいるせいで首を目一杯傾けても顔が見えない。ゆっくりと立ち上がると、リボーンが三角形を描くようにみんなから距離を取った。リボーンも離れないと二人の顔が見えないのだろう。

 

「おはようございます……」

 

 物言いたげな視線に応えるように頭を下げる。一応屋上で出会ってはいるけれど、印象に残ってはいないだろう。リボーンもそう判断したようで、紹介を始めた。

 

「こいつは風紀委員の相沢利奈だ。ツナの守護者の部下で、俺たちマフィアのこともある程度は理解しているぞ」

「いや、あー、うん。ある程度っていうか、ちょっとだけなんだけど」

 

 恭弥の部下扱いはその方が説明が早いので受け入れるにしても、ボンゴレファミリーと関わりがあると思われてしまったら大事だ。やんわりと訂正を入れると、気にすることなくリボーンは頷いた。

 

「ま、あくまで俺たちの事情を知っている、くらいだな。ボンゴレの人間じゃねえが、ツナたちと同じクラスだ。風紀委員はなにかと事情通だし、関わりを持っていても損はねえぞ」

 

(あっ、さっそく取り入れさせようとしてる……)

 

 さりげなく引き合わせて仲を取り持とうとするとは、さすがボンゴレ十代目の家庭教師、抜け目がない。ここで利奈が否定したところで、謙遜にしかならないだろう。そこまで狙っているのならとんだ策士である。

 リボーンの紹介を受けて、恰幅のいい生徒がゆるりと利奈に視線を合わせ、手を差し出してきた。

 

「おいらは大山らうじ。よろしく」

「……あ、よろしく」

 

 変わった一人称に一瞬たじろいだものの、自身を王子とか呼ぶ人もいたなと気持ちを入れ替える。出された手に自分の手を重ねると、優しく握り返された。肉厚な手のひらは暖かくて思いのほか心地いい。

 もう一人とも挨拶をとそちらに顔を向けると、彼はふいっと目を逸らして、そのままズンズンと柄悪く歩き去ってしまった。

 

「え……」

「気にしなくていいよ。あいつ、ちょっととっつきづらいところあるから」

「はあ……」

 

 肩を突き出すような歩き方は、一昔前の不良のようだった。風紀委員の格好をさせたらまさしく昔のツッパリだろう。

 ほかの生徒たちを怯えさせながら遠ざかっていく背中を眺めていたら、物珍しげな視線をらうじに向けられた。

 

「君、薫が怖くないの?」

「怖い? ああ、顔が? 全然、だってほら」

 

 言外に仲間の風紀委員を示す。皆、彼と似たり寄ったりの風貌だ。

 

「そりゃあ、こんだけ強面に囲まれてりゃ慣れるだろうな」

「そうそう。それにえっと、薫君? 見た感じ、ちょっとおとなしそうな人だったから」

 

 終始無言ではあったものの敵意は向けられなかったし、人が話しているときはちゃんとその人の方を向いていた。最後に無言で立ち去った点だけは感じが悪かったけれど、人のよさそうならうじが助け船を出したくらいだから、根はいい人なのだろう。

 利奈の見立てはそこまで間違ってないようで、らうじの否定は入らなかった。

 

「おとなしそう、か。なるほどな。そういや、山本もあいつのことは気にかけてたか」

「なら、いい人だよ。山本君いい人だか――」

「いつまで無駄話するつもりだ相沢ぁ!」

「らっ!?」

 

 脳天に拳が振り下ろされ、視界に星が舞う。振り返ると、こめかみに筋を浮かべた近藤の姿があった。見逃すにも限度があったらしい。

 拳を眼前で握りしめたまま、近藤はらうじへも険を向けた。

 

「お前もさっさと教室に行け! 始業のチャイムが鳴るぞ」

「じゃあね、相沢さん」

「うん、また。リボーン君、も……」

 

 すでにリボーンの姿は影も形もなかった。部外者だから学校には入れないという建前を貫き通すつもりらしい。

 どことなく釈然としない気持ちを抱きつつ、利奈は委員会活動に戻った。そして欠席続きの三年生は、チャイムが鳴ってもやはり現れなかった。

 

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