新米風紀委員の活動日誌   作:椋風花

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針仕事とケーキ

 

 みんなでケーキを食べに行く約束をした日曜日。

 予想通り制服姿でやってきたクロームを着せ替えていたら、京子から電話がかかってきた。

 

「運動場で野菜になる? え、どういうこと?」

 

 理解できずに漏らした言葉を聞き留め、クロームが振り返る。着たばかりのオーバーニットはサイズが合わなかったようで、袖口からは指先しか出ていない。小さく首を振ってみせると、クロームはニットを脱ぎ出した。

 京子と二言三言やりとりしてから電話を切る。

 

「どうかしたの?」

「なんかよくわかんないけど、学校の運動場に来てって。野菜を縫うとか言ってたけど、野菜って縫うものだっけ?」

「食べるものだと思う」

「だよね。……あ、ごめん、適当になんか着てていいよ。寒いでしょ」

 

 キャミソール姿のクロームにそう促し、次に着せる服を探す。身長はそんなに変わらないけれど、クロームが細身なのでどうも服が合わないのだ。利奈が持っている服が原色系ばかりなのも、理由のひとつではある。

 

(京子に行くって言っちゃったし、そろそろどれか選ばなくちゃ。クロームに似合いそうなの、なんかないかな)

 

 クロームに着替えを提案したのは、母の一言でハッとしたからだ。

 今日の朝、この前遊びに来た友達と家で待ち合わせをしていると伝えたら、ああ、あのおなか出した制服着てる子、と言われたのである。

 

(いつもあの格好だったから気にしなくなっちゃったけど、めちゃくちゃ目立つ格好だったよね。花に変な第一印象植え付けるところだった……)

 

 改造制服はクロームの趣味ではないらしいが、一人だけ制服なうえに攻めた改造を施していたら、あらぬ誤解を受けてしまうだろう。内気なわりに人目を気にしていないクロームだが、空気がぎこちなくなるのは避けたい。

 

「あ、これどうかな。私あんま着てないんだけど、クロームなら合うかも」

「わかった」

 

 裾のひらひらがかわいくて買ったものの、裾のひらひらがかわいすぎて着られなかった白のチェニックを渡す。頭の上からかぶると、黒曜中のスカートがすっぽり隠れた。

 

「似合うね。じゃあ短パンか長ズボン……短い方がかわいいから短パン! タイツ履く? ちょっと暑いかもしれないけど」

「だ、大丈夫」

 

 勢いに押されてか、クロームは面食らっている。深緑色の短パンを履いてスカートを床に落としたクロームを検分し、問題なしと利奈は大きく頷いた。

 利奈は赤い七分丈のトレーナーの下にブラウスの襟をのぞかせ、黒いキュロットを履いている。自分の支度はクロームが来る前に済ませておいたので、すぐに家を出ることができた。黒曜ランドにはそのまま行くので、クロームの制服は紙袋に入れて渡してある。初めて着る服が気になるようで、しきりに体を見下ろしている。

 

「着心地どう? サイズきつかったりしない?」

「大丈夫。……その髪飾り、未来でもしてたね」

 

 髪飾りがシャラリと揺れる。髪の長さが合わなくてつけるのを断念していた髪飾りだけど、耳の横で編みこんだ髪に挿したら、セミロングでもつけることができた。飾りの揺れる音が左耳につくけれど、そのうち慣れるだろう。

 

「前は自分でつけられたんだけど、髪編んだりとかしなきゃだからお母さんに頼まないとつけられないんだ。自分でできるように頑張って練習しなきゃ」

 

 四角いガラスを摘まんで笑う。

 未来であった出来事などを話しているうちに学校について、利奈はひとつ、深く納得した。京子たちは、たしかに運動場で野菜を縫っていた。

 

(運動場で野菜の着ぐるみを縫うってことかー!)

 

 トマト、長ネギ、タマネギ、ピーマン、その他諸々。色とりどりの野菜の着ぐるみが取り揃えられていた。これらを持ち込んだのはハルであり、聞けば、薫のあがり症を克服するため、みんなで野菜になりきる作戦を立てたらしい。

 

「納得できなくていいよ。俺もまだ納得できてないから」

 

 綱吉以外はハルの発想に疑問はないようで、楽しそうに野菜を繕っている。着ぐるみはどれもしばらくしまいこんでいたもので、ほつれや丈を直さねばならないそうだ。

 

「たくさんあるから京子ちゃんやビアンキさんたちも呼んだんですけど、約束の時間に間に合わなくなりそうなので利奈さんたちも呼んだんです」

「なるほどね」

「悪いな、遊びに行く予定あるって聞いてたのに頼っちまって」

 

 武も野菜を繕っている。野球部のユニフォームを着て裁縫をしているので、違和感が拭えない。

 

「いいよ。クロームの服選んでただけだから」

「そういえば今日はクロームちゃん私服だね」

「あっ……これ、利奈の服」

「そうなんですか!? お似合いだからクロームちゃんの服だと思ってました!」

「ふっふっふっ」

 

 選んだ服が褒められたので、得意になって胸を張る。未来で貰った服があればもっといいコーディネーションができたのだけど、それはないものねだりというものだろう。とはいえ、いつかどうにかしてあの服たちをこちらの世界に持ってきたいものである。

 

 右手に針、左手に布を持って作業を始める。長ネギの先端が大きく裂けていたので、それを元通りにしていくのが利奈の作業だ。

 

(……う、難しいかも)

 

 裁縫なんて家庭科の授業で雑巾を縫った程度だ。針が思ったところから出てこないし、縫い目はお世辞にもきれいとはいえない。それに引き換え、ハルはすいすいと針を動かしていた。針運びに迷いはなく、針がひとときたりとも止まらない。

 

「すごいね、どうやったらそんなになんの」

「ハルは慣れてますから! このお野菜たちも、学校のみんなで一針一針愛情をこめて縫ったんですよ!」

「……すごい」

 

 クロームも感心していた。利奈と同様、裁縫には縁がなかったようで、手つきが少し危なっかしい。

 

「練習すればうまくなりますよ! 着ぐるみ制作は趣味ですが、ほかにもお掃除や料理……花嫁修業は完璧です!」

「ちょっ、ハル!」

 

 ピトッと体を寄せられた綱吉がすかさず立ち上がった。弁明するように京子に向かって首を振っているが、ニコニコ笑っている京子にその意図は伝わっていないだろう。青いわねと言いたげにビアンキが肩をすくめる。

 

「そうね、ハルはいいお嫁さんになれると思うわ。花婿にはもったいないくらい」

「ありがとうございます! これからも頑張りますね!」

「やめろよビアンキ!」

 

 釘を刺しながらも綱吉はその場に座り直した。なんだかんだ言いながらもハルの好意を完全には拒めていないところが、この状況を作り出しているのだろう。このやりとりを初めて見るはずの薫と炎真、そしてらうじの反応を見てみるが、彼らは無関心を貫いていた。

 

(そういえば、炎真君とらうじ君はなんで来てるんだろう。水野君がいるから?)

 

 同じファミリーなら薫のあがり症も知っていただろう。克服を手伝うためにわざわざ来たのなら、ずいぶんと仲間思いな人たちだ。そのうえらうじは子供好きなようで、べったりくっつくランボと楽しそうにじゃれていた。

 

(水野君があがり症ってのにもびっくりしたな。無口な人だとは思ってたけど、恥ずかしがり屋だったなんて……)

 

 人前でボールが投げられないほどの極度の恥ずかしがり屋だというのなら、この前の朝に一人だけ立ち去ってしまったときの印象ががらりと変わる。関わり合いになりたくないから無言で立ち去ったのではなく、自己紹介が恥ずかしくて逃げ出してしまったのだろう。そう思うと途端にかわいらしい人のように思えるのだから、ギャップというものは恐ろしい。

 

「あれ? ……なあハル、着ぐるみってこれだけか?」

 

 綱吉が指を出して着ぐるみを数え出した。

 

「はい、そうですよ」

「……みっつ足りなくないか?」

 

 その言葉に全員が手を止め、着ぐるみと人数を数え始めた。薫本人と自前の着ぐるみがあるというリボーンの分を除けば、必要なのは十二着。しかしここにある野菜の着ぐるみは九着で、綱吉の言うとおり、三着足りない。

 

「はひー、本当です!」

「私たちがあとから来ちゃったからだね。私とクロームは投げるときどっか行ってるよ。いいよね?」

「うん」

「それでも一着足りなそうだな。チビたちは野菜被りたいだろうし、ほかに一人選ばねえと」

「じゃあ、僕も遠慮するよ。あんまり力になれてないし」

 

 武の言葉に炎真が手を上げた。謙遜にならないほど、炎真の手には絆創膏が貼られている。始終指先を針で刺しているので、手当の時間の方が長いくらいだろう。みんなもうまく反応できずにいるけれど、武だけが朗らかに悪いなっと声をあげた。

 ほつれの修繕を終わらせ、だれがどの野菜を着るかを決めて、その人に合わせて丈を直し、それからようやく薫のピッチングが始まった。

 

「――じゃあ、利奈はその水野って人がボール投げたとこ見てないの?」

 

 話を聞かされていた花に尋ねられ、利奈は緩く首を振った。

 

「野球の壁みたいなところで隠れてたんだけど、水野君がイメージできるようになってから私たちも見学したよ。ものすごく速いボール投げてた」

「そう。じゃあ、あがり症は克服したのね。よかったじゃない、着ぐるみ作戦が無駄にならないで」

「水野さんの球、すごかったんですよ! 最初に投げたのはどこかに行っちゃったみたいなんですけど、それ以外は全部山本さんのグローブに入りました!」

「花も来ればよかったのに。面白かったよ」

「いやよ。子供がたくさんいたんでしょ。お断り」

 

 つれなく言い放って花はコーヒーをすすった。

 メンバーを聞いて断られたと京子が言っていたけれど、花は子供が嫌いだったらしい。反対にハルは子供が大好きで、繕い物をしているあいだもニコニコと子供たちを見守っていた。将来、いいお母さんになれるだろう。だれのとは言わないけれど。

 花の飲むコーヒーの匂いが届き、利奈は鼻を鳴らした。すっかり嗅ぎ慣れた匂いである。テーブルに置かれたカップの水面は黒色で、店のかわいらしいランプの光をきれいに反射していた。

 

(あんな苦いの、よく飲めるなあ)

 

 顔色ひとつ変えずにブラックコーヒーを飲む花に、ちょっと憧れてしまう。コーヒーの匂いは美味しそうに感じるけれど、いざ飲んでみるとあの苦さは耐えられない。飲めないのにコーヒーを淹れる機会は多く、文句を言われたことはないけれど味に自信はない。今日だって、紅茶にめいっぱい砂糖を入れている。

 

「並中は転校生がいっぱいで楽しいですね! 緑中には転校生来てないんですよ。黒曜中はどうですか?」

「……たぶん、来てないと思う」

 

 花と挨拶したときはカチコチに固まっていたクロームだけど、みんなでケーキを選んでいるうちに落ち着いたみたいで、普段通りに振る舞えている。花があまり干渉していないのもよかったのだろうし、なにより美味しいケーキは悩みを帳消しにする。

 

「ほんとここのケーキ美味しい! こんなに美味しいケーキ屋さんがあったなんて知らなかった!」

 

 美味しくてうれしいし、なによりほっとした。ここ最近、最高級品のケーキやらご馳走やらを食べ過ぎて舌が肥えているので、美味しく感じられなかったらどうしようとヒヤヒヤしていたのだ。京子たちの言葉は大げさなものではなく、あまりの美味しさに頬と一緒に涙腺まで緩んでしまう。

 

「そうなんですよ! ハルはいつもハル感謝デーを心待ちにして生きてます!」

「ハル、感謝デー?」

「ああ、京子のやってるあれね」

 

 クロームの疑問に答える形で花が声を出す。

 

「一ヶ月に一回めいっぱい好きなだけケーキ食べるやつ。いつだったか、すごく太ったから控えるって言ってたけど」

「いいの! ちゃんと戻ったから!」

「う。ハルも一回だけ体重がデンジャラスになったことがあります……」

 

 二人のフォークがほぼ同時に止まった。そして皿の上のケーキに目を落とす。

 今日はみんなで分け合いすると決めていたので、一人ふたつずつ選んで十種類ケーキを選んでいる。それを半分にして五人で分けているから、よっつの味を楽しめるというわけだ。

 

「きょ、今日はふたつだけですから! 明日はちゃんとおやつ我慢しますし!」

「そうだよね! ふたつくらいなら大丈夫だよね、みんなと一緒だし」

 

 自分に言い聞かせるようにして二人はフォークを持ち直す。利奈もひっそりと、明日はお菓子を食べないようにしようと決意した。

 

「ねえ、利奈」

 

 ケーキも食べ終わり、食後の雑談に花を咲かせていたら、クロームがそわそわと利奈の背後に視線をずらした。利奈の後ろには、今まで食べていたケーキが飾られている商品棚がある。

 

「みんなにも、買って帰りたい」

「お土産ですか?」

 

 クロームの隣に座るハルがクロームの小さな声を聞き留め、そして残る二人もそれを聞いて会話を中断した。利奈たちがこのあと黒曜生たちに会いに行くことはみんな知っている。

 

「だったらクッキーもおすすめだよ。ここのクッキーはホロホロして美味しいの」

「フィナンシェとかマドレーヌもおすすめです。フィナンシェは味が何種類かあるので好きなもの選べますよ」

「……選ぶから、一緒にきて」

「わかった」

 

 財布を持って椅子を引く。

 先ほどはガラスの中しか見ていなかったけれど、棚の上には焼き菓子が飾ってあった。どれも籠のなかに入っていて、そこからひとつずつ選んで買えるようになっていた。

 

(今結構使っちゃったから、できればケーキ以外にしたいな)

 

 クロームも来月のお小遣いを前借りしてきたと言っていたし、あまりお金をかけずに手土産を選びたい。となると、京子とハルのおすすめ通り、焼き菓子を選ぶのが無難だろう。しかしクロームはガラス越しのチョコレートを見つめていた。

 

「……クローム、それはちょっとお高いんじゃない?」

 

 一粒単位で売られているチョコレートだ。一人一粒ならいいけれど、さすがにこんな小さいのひとつじゃ満足しないだろう。とはいえ、箱に入っているだとケーキを買うよりも高額になってしまう。

 

「でも、骸様はチョコレートが好きだから」

「それ買っちゃったらほかの買えないよ。クッキーにしない? チョコチップ入ってるのもあるよ」

 

 クッキーふたつを掲げると、クロームの目がこちらに向いた。その目はチョコチップクッキーを持った右手だけに向けられている。

 

「……チョコ」

「これともう一個選べばよくない? 抹茶とか胡麻とかいっぱいあるし。ね」

「うん、じゃあそうする」

 

 素直に近づいてきてくれたクロームにほっとしながら、左手に持っていたプレーン味を棚に戻す。相談して結局もう一回プレーンを手に取って、紙袋を受け取ったクロームの目は、キラキラと輝いていた。

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