新米風紀委員の活動日誌   作:椋風花

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招かれざる客

 

 黒曜ランドに来るのは、これで三回目である。

 相変わらずの廃墟ながらも少し見栄えがよくなったように感じるのは、二回目の訪問が未来でのものだったからだろう。

 これがもう十年経つと、窓という窓からガラスがなくなり、壁が朽ち果て、そこら中が蜘蛛の巣だらけになるのだ。現在、未来、現在の順で同じ場所を訪れるのも不思議なものである。

 

 千種に促されて部屋のドアを開けた利奈は、その内装を見て動きを止めた。これまでに通された部屋とは、かなり趣が異なっていたからだ。

 部屋の広さは半分以下だというのに、家具が多い。衣装の掛かったハンガーラックにベッド、小型の冷蔵庫なんかも置かれている。ソファに座る骸のくつろいだ様子から、ここが彼の生活空間であることが察せられた。

 

(……ここ、骸さんの部屋!?)

 

 思わず後ろに下がりそうになるが、それは真後ろに立つ千種に阻まれた。そうなると前に進むしかなくて、ドアが外側から閉められる。さすがに鍵まではかけられなかったが、千種の立ち去る足音は聞こえなかった。

 嵌められたと脳が警告を鳴らすなか、ソファに座っていた骸が、ゆっくりと腰を上げた。

 

「待ってましたよ。さあ、どうぞこちらへ」

 

 胡散臭さを感じさせる笑みを浮かべながら骸が手招く。室内に犬の姿はないし、あの様子だと千種も入っては来ないだろう。着替えのために自室に向かったクロームが来てくれるのを期待したいが、望みは薄そうだ。

 

(骸さんの部屋に二人きり……罠の匂いしかしない……)

 

 今すぐ逃げ出したいけれど、ドアの外には千種がいる。たとえいなかったとしても、だれにも捕まらずに敷地内から脱出するのは不可能だろう。ここは、黒曜ランドの最奥だ。

 

「いつまでそこに立っているつもりですか。ソファでもベッドでも、好きなところに座ってください」

「し、失礼します……」

 

 骸の態度はいつもと変わらない。丁寧に招かれてしまえば逆らうわけにもいかず、利奈はおずおずと歩を進めた。ソファでもベッドでもと言われたものの、ソファの中央には骸が座っているので、選択肢は実質ひとつである。だからソファを通り過ぎようとしたものの、骸はわざとらしく息を吐き出した。

 

「おやおや、異性の部屋に来て真っ先に向かうのがベッドとは。これは先が思いやられる」

「っ、はあ!?」

 

 くるりと振り返ると、骸はにこりときれいな愛想笑いを浮かべた。

 

「いえ、僕の個人的な感想ですから、どうぞご自由に。日本の女性は奥ゆかしいと聞いていたので、少し驚いていただけです」

「違っ、……だって!」

 

(ベッド座っていいって言ったの骸さんじゃん!?)

 

 言外に非常識だと罵られている。反論しようとした利奈は、骸の瞳が楽しそうに輝いているのに気付いて鼻白んだ。

 

(この人、最初からからかって遊ぶつもりだったんだ……!)

 

 骸は三人掛けソファの真ん中に座っている。ソファを選べばわざわざ骸の隣を選んだことになるし、ベッドに座ればはしたないと窘められる。かといって立ち尽くしていればいつまで立っているのかと咎められるだろうし、どこにも逃げ場がない。

 

(どうしようもない、全部外れ! 私、なにか骸さん怒らせることした!? ――してたや)

 

 リング争奪戦で大きな借りを作っていたのを思い出し、若干気が削がれる。

 恭弥を助けるのに協力してもらったのに戻る機会を失って巻き込まれたり、骸からの通信にしばらく出なかったり、爆弾を友達のために使ったりと好き放題やってしまった記憶があった。その意趣返しならば、骸のこの意地悪にも合点がいく。

 

(でも私だって頑張ったし……。リング渡し忘れてなかったら、あんなことにはならなかったけど……だからって、ねえ)

 

 呼び出しに応えてわざわざここまでやってきたのに、この仕打ちである。そう思うとだんだん腹が立ってきて、利奈は意を決して口を開いた。

 

「失礼します」

 

 許可を待たず、利奈はソファに腰を沈めた。ベッドに座るのが非常識と言うのなら、ソファに座るしかないだろう。でも、ただ隣に座るだけだと骸にしてやられたままになるので、あえて利奈は骸に密着した。肩どころか、足までぴったりとくっつける。

 

(だれか来たらすごく怒られそうだけど、どうせだれも来ないし……でもやっぱり近すぎたかなってわわわわわっ!?)

 

 突然顔を覗き込まれ、利奈の脳内から言葉が弾け飛んだ。

 

「ああ、失礼。未来での記憶に十年後の貴方の顔があったので、見比べてみようかと」

 

 やはり素直に負けを認めればよかった。話す骸の吐息が顔に当たり、利奈はギュッと口をつぐむ。頭の中では白旗がはためいていた。

 

「ふむ……顔立ちはそこまで変わっていませんが、やはり化粧のあるなしでずいぶん変わりますね」

「ソウデスカ……」

 

 至近距離でまじまじと観察され、片言になる。

 まつげの一本一本どころか顔の産毛まで見える距離なのに、骸は一ミリたりとも動揺していない。自分に自信があるのだろう。

 利奈は飛び退きたいのを我慢しながら、左手でソファを握りしめた。

 

「……そ、そういえば骸さんの右目って変わってますよね」

 

 利奈の問いに、骸は瞬きをした。

 

「これですか」

 

 間近にある骸の右目は、赤色なうえに瞳孔がない。代わりに漢数字の六の文字が書かれていて、人工的なものであることは明らかだった。赤いだけでも珍しいけれど、左目が青っぽいのでより一層目立っている。

 初めて会ったときから気にはなっていたものの、義眼となると事情がありそうなので、今まで一度も話題に出したことがない。二人きりの今ならばと、思い切って尋ねてみたわけだ。

 

(失礼だったかな)

 

 骸の表情はいつもと変わらずに涼しげで、なにを考えているかはわからない。それでも青みがかった左目が利奈を捉えたので、利奈は背筋を伸ばした。

 

「……特別に教えてあげましょう。これは、僕が前世で六道輪廻したさいに――待ちなさい」

「ひぐっ」

 

 すかさず顔を逸らしたら、険のある声とともに頬を摘ままれた。力を込めて引っ張られたので、あえなく骸に睨みつけられる。

 

「質問しておいて顔を背けるとはどういう了見です……? 貴方も六道を廻りたいので……?」

「ごめんなさいごめんなさい、痛いです放してください!」

 

 わりと強く摘ままれているうえに爪まで立てられ、利奈は情けなく眉を下げながら骸の左腕を叩いた。端から見ればキス一歩手前の光景だが、甘い雰囲気は一切漂っていない。むしろ殺気が肌を刺していた。

 

(だってこのタイミングで冗談言うなんて思わないじゃん! こっちは真剣だったのに!)

 

 義眼になった理由に前世の話を持ち出されたら、だれだってからかわれたと思うだろう。引いた反応をしなかっただけましなはずなのに、骸は指の力を緩めない。

 

「ごーめーんーなーさーい-! 謝るから! 放してー!」

「ほんとに謝意があるのですかね。……真面目に話そうとした僕が愚かだったか」

 

 ぱっと指を離され、利奈は顔を反対側に背けながら頬を手で覆った。痛みのせいでじんじんと熱が集まっている。

 

(ほっぺたもってかれるかと思った……いったあ……)

 

 からかわれたうえに頬まで引っ張られて散々だ。でも、それほど話したくない理由があるのならば、無遠慮に聞いたこっちが悪かったのだろう。

 そう結論づけて利奈は向き直ったが、そう思われることすら不快なのか、骸の眉はまだピクピクと引きつっていた。しかしもう手を出すつもりはないようで、両腕は組まれている。

 

「話を本筋に戻します。未来の話を聞かせなさい」

 

 もはや暴君の有様で骸が顎をしゃくった。目の話なんてしなければよかったなと思いながらも、利奈は粛々と頭を下げる。

 

「未来の話ってどれ話せばいいんですか。全部話してたら明日になっちゃいますよ」

「そうですね。十年後の僕やクロームが知らない情報、あるいは貴方だけが知っている情報、などでしょうか」

「私だけか知ってる情報? そんなのあるかな……」

「ありますよ。貴方はいろいろな組織を渡り歩いていますし、わりと有益な情報源になると期待しています」

 

(だったらもうちょっと優しく扱ってほしい……)

 

 未だ熱を持つ頬をなぞると、爪の跡で指が引っかかった。

 

 骸の着眼点はあながち間違っていないだろう。

 ボンゴレアジトに飛ばされた次の日にミルフィオーレに連れ去られ、監禁されていたところをヴァリアーに保護され、ボンゴレアジトに戻ったと思ったら真六弔花にアジトを爆破され、なんやかんやの末にまたもや拉致された利奈に匹敵する人間は、この世界にはいないだろう。ほかのみんなに比べると、めまぐるしいことこの上ない。

 

「わかりました、答えられることなら答えますよ。風紀財団関連以外ならですけど」

「おや、ボンゴレやヴァリアーの情報は売るんですか?」

「……命は惜しいので」

 

 拒んだところで、憑依能力のある骸が相手では勝ち目がない。また記憶を弄ばれるくらいなら、自らの意思で暴露してしまった方がマシだろう。

 観念していると、骸はいつもの笑い声を上げた。

 

「そこまで覚悟を決めなくても、世間話程度に捉えてもらってかまいませんよ。……貴方とは、今後も長い付き合いになりそうですから」

「あはは……」

 

 その一瞬。骸の笑みは仲間内に見せる親しげなものへと変わっていたのだが、目を伏せた利奈はそれに気付かなかった。むしろ、付け足された言葉にかえって危機感を募らせたが、骸は誤解を解かずにそのまま表情を戻した。

 

 未来での出来事については、未来でも現在でもいろいろな人に説明しているので、時系列順にすらすらと話すことができる。とはいえ、白蘭関連の話になると感情がこみあげて詰まりがちになったが、骸はその話を広げようとはしなかった。骸の得たい情報ではなかったようだ。

 

「――あとは、こっちに戻ったら行方不明者扱いになっていたってことぐらいですかね。とりあえず、そんな感じです」

「それはクロームからも聞いています。……なるほど、ふむ」

 

 得た情報を咀嚼するためか、骸は口元に手を当てて黙り込む。そのあいだにと、利奈は冷蔵庫から出された炭酸水で喉を潤した。シュワシュワとした炭酸に甘さを期待してしまうけれど、これはこれで悪くない。

 

「なにか役に立ちそうですか?」

「ええ、もちろん。貴方がフランと接触している点など、とくに」

「やっぱり、フランが気になります?」

 

 未来では骸の弟子として――ではなく、ヴァリアーの幹部としてのフランばかり見てきたけれど、彼に幻術を教えたのが骸ならば、フランと出会ったのは骸が先だったのだろう。この時代のフランはまだ十歳にもなっていないだろうけど、早いうちから修行を積ませておけば、もっと強い術士に成長するに違いない。未来の情報を最大限活かしたいのなら、フラン獲得は最優先事項となる。

 

「フランにも未来の記憶は届いているはずですから、親しくしていた貴方の存在は大きなアドバンデージです。さすがに僕たちとの出会いの記憶はないでしょうし」

「そうなんですか。……あっ、じゃあ骸さんも?」

「ミルフィオーレとの戦いの記憶はありますが、それ以上は。十年分の記憶を詰め込んだら、脳が壊れかねないと判断したのでしょう」

「未来と今でめっちゃくちゃになりそうですもんね」

「犬などは、混乱のあまり部屋中を駆け回っていましたよ」

「犬みたい……」

 

 名前に使われている漢字に違わない犬らしい犬を想像して、生暖かい気持ちになる。

 

「とはいえ、僕はここから出られませんし、獲得までは時間がかかりそうです。今のうちにM.Mにも声をかけておかねば」

「あっ、M.Mは知ってたんですね」

 

 M.Mは彼らと同世代だったから、すでに知り合いであってもおかしくはない。ただ、今まで一度も名前や姿が出たことがなかったから、まだ仲間にはなっていないのだと勝手に思いこんでいた。

 骸も骸で利奈の反応を訝しんだが、すぐに合点がいった表情になった。

 

「貴方は知りませんでしたね。彼女は並中襲撃時にも僕たちを手伝ってくれたんですよ」

「そうなんですか?」

「ええ、彼女も僕たちと同じ脱獄囚ですから」

「……へー」

 

 さらりと言われたけれど、彼女もこの時代から犯罪者であるらしい。相変わらず、反応に困る経歴だ。

 

「ちなみにM.Mって今どうしてるんです? ここに来たりもしてるんですか?」

「いえ、今のところは一度も。彼女、傷心中ですから」

「えっ!? ……骸さん、振ったんですか!?」

「グフッ!」

 

 驚きのあまり大声を出すと、骸が吹き出した。

 

「プッ、アハ、クハハハハハ!」

「え、ええ……?」

 

 歯を見せて笑う骸に利奈は困惑する。その笑い方から的外れなことを言ったのだとわかったけれど、あまりにも骸が笑うので、だんだん恥ずかしくなってくる。

 

「だ、だってそう思うじゃないですか! 傷心ってそういう意味じゃ? え、違いましたっけ。テレビで聞いたことあるんですけど……あれ?」

 

 言い募ろうとしたものの、自信がなくて尻つぼみになっていく。未来のM.Mが骸に好意を抱いていたのでそちらに結びつけてしまったが、傷心という言葉にそんな意味は含まれていなかったのだろうか。

 

「いえ、そんな意味もありますよ。でもまさか、いきなりそんなことを言われるとは思ってなくて、不意打ちで……クフッ、クハハハ!」

「笑わないでくださいよ! もう!」

「クフ、失礼。……ええっと、なんでしたっけ? 彼女はボンゴレの人間に毒を食べさせられましてね。あまりにもショックだったようで、それで距離を置いているんです」

 

 目元ににじむ涙を拭きながら骸が答えた。思う存分笑われたせいで、返す言葉が出てこない。

 

(うわ-、私の勘違い……。毒、毒かあ……毒使う人なんていたっけ?)

 

 だれかが毒を使っている場面を一度たりとも見たことがない。未来では匣が戦闘の主流になっていたので披露される機会がなかったのだろうが、毒物を用意しているとは物騒だ。

 

(マフィア関係で獄寺君かな。それかリボーン君が用意したのをツナが使ったとか……うーん、想像できない)

 

 戦いの現場に居合わせていないどころか、だれが戦ったのかすら知らない状態では推理のしようがない。綱吉たちに骸の話は聞けないし、骸たちに負け戦の詳細を尋ねるのは得策ではないだろう。聞き方次第では命が危うい。

 あれこれ考えているあいだ、骸は口元を押さえて黙り込んでいた。

 

「……骸さん、まだ笑ってません?」

「っ、いえ?」

「ごまかせてませんからね?」

 

 思いがけぬところにあった骸のツボに辟易しつつ、利奈は骸の笑いが収まるのを待った。五分は待った。

 

 

_______

 

 

 ノックが響き、会話に熱中していた利奈が顔を上げる。時間がきたかと骸も体をひねった。 ドアを開け、千種が顔を出す。

 

「骸様、そろそろ食事の準備が終わりますが」

「おや、もうそんな時間ですか」

 

 わかりやすいように時計に目をやると、利奈もそちらに顔を動かした。

 六時半になったら部屋に来るようにあらかじめ伝えておいたので、指示通りだ。

 

「じゃあ、私帰っても?」

 

 利奈がそわそわと体を動かす。訪問者は彼女なのにわざわざこちらの顔色を窺うあたり、自分の立場をよく理解しているといえた。

 

「よろしければご馳走しますよ」

 

 利奈の事情を慮って夕食前に退室の機会を与えたものの、食料は五人分用意させている。一応、客室の用意もしてあるので、彼女の希望次第では宿泊も可能だ。

 しかし利奈は遠慮がちに首を振った。

 

「遅くなったらお母さんが心配しちゃうので。ほら、私――」

「行方不明になったばかりでしたね」

 

 失踪騒ぎを起こしたばかりで外泊するのは気が引けるのだろう。想定内の答えである。

 欲しい情報はあらかた得られたので、引き留める必要もない。

 

「では、犬にバス停まで送らせましょう」

「ありがとうございます」

「利奈っ」

 

 息を切らせてクロームがやってきた。

 部屋に来させないよう千種に命じていたが、これくらいは許容範囲だろう。腕には紙袋を抱えている。

 

「これ、借りてた服……ありがとう」

「あー、忘れてた。また遊びに行こうね」

「うん。でも、ほんとに洗って返さなくていいの?」

「いいよそんなの。うちで洗濯するから」

 

 紙袋の受け渡しをする二人を、骸はじっと見つめる。

 

(……服の貸し借りをしていた?)

 

 友との語らいを覗き見するほど無粋ではなかったので、なにをしていたのかは把握していない。しかしどうやら、思っていたよりも満喫していたようだ。

 そのまま二人連れ立って出て行くかと思いきや、利奈は途中で足を止めた。

 

「そういえば骸さん、あの女の子の話はよかったんですか?」

「女の子? ……ああ、彼女ですか」

 

 思い出したような利奈の口ぶりに、骸は未来での記憶を反芻し、その少女の顔を思い出した。

 いや、頭の片隅にはずっと浮かんでいたのだろう。すぐに見つけ出せたのだから。

 

「話もなにも、あの娘は子供だったでしょう。十年前のこの世界ではまだ――」

「え、でも……」

 

 利奈はクロームにチラリと目をやり、そして再び骸を捉えた。

 十年経っても変わらなかった、まっすぐな瞳で。

 

「さっき、外で見かけましたよ。未来で会った真っ白な女の子」

 

 ――過去になったはずの少女が。未来にいたはずの少女が、今を侵蝕した。

 逃しはしないと言わんばかりに。

 

 

 




 これにて一章終了です。二章は原作があれなのでR15G回が出てきます。もちろんその際には前書きにて注意書しますので、ご安心を。

 改稿時に骸の右目のくだりでギャグが入ってしまい、シリアスシーンを全カットする運びとなりました。活動報告でその部分を公開していますので、よろしければご覧ください。


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