新米風紀委員の活動日誌   作:椋風花

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二章:波乱の幕開け
その目に映るのは


 シモンファミリー最後の守護者とは、思わぬ機会に、思わぬ場所で出会うことになった。

 呼びかけに応じて見上げてくる眼鏡越しの瞳は小さく、利奈の姿を捉えても大きくなることはなかった。

 

(まさか、こんなところで)

 

 室内なのに帽子を脱がず、中学生なのに顎髭を生やしている。そして突然後ろから声をかけられたのにもかかわらず、彼は笑顔で利奈を受け入れた。

 

 ――彼がなにかを呟いている。この距離なら呟くというよりは喋ると言うべきなのだろうが、届かないとわかっていて口にしているのなら、呟くで合っているはずだ。実際、目の前にいるのに利奈には声音すら測れない。

 

 どんよりとした空気のなか、甲高い音ばかりが支配している空間で、利奈はあさっての方角を指さした。そして声を張る。

 自分の声すらろくに聞こえない状態では、声を張ったところで効果はない。案の定、声は彼には届かなかったようで、耳に手を当て、聞こえないと露骨にアピールされた。

 その仕草に若干苛立った利奈は、足を踏みならしながらもう一度あさっての方向――外に通じる自動ドアを指さした。

 

「いいから! 出て! 話は! 外で!」

 

 周囲のけだるい視線には一切目を向けず、利奈は至門生の腕を掴んだ。初対面、それも上級生の腕を掴むなんて普段なら絶対にやらないけれど、今は緊急事態である。中学生がこんなところにいるだけで大問題なのだから。

 

「ちょっと待って! 今、確変中だから! これ終わるまで待って!」

「待ちません! 中学生がパチンコやっちゃだめなんですよ! ほら、離す!」

 

 最後の至門生がいた店は、こともあろうにパチンコ屋だった。もちろん利奈は初めて店内に入ったし、制服を着ているのもあって一刻も早く外に出たくてたまらない。

 男は台のレバーを握っていたが、利奈が強く引くと、観念したように台から手を放した。通りすがりの店員は驚き顔で凝視している。

 

「あ、ちょっとスタッフさん! すぐ戻るからその台取っといて!」

「戻りません! 片付けお願いします! 私、風紀委員です!」

「直ちに片付けます!」

「あー!」

 

 未練がましく叫ぶのを無視し、利奈はうるさい店内から至門生を引きずり出した。たばこのにおいが染みついた閉鎖空間から抜け出した開放感からか、軽やかな空気が胸に心地よい。一呼吸深々と息を入れ替えた利奈は、振り返って至門生を下から睨めつけた。

 

 ――事の発端は、八百屋での密告である。

 放課後に母におつかいを頼まれた利奈は、夕飯で使われるであろう白菜を買いに八百屋に寄り、八百屋のおばさんからこう切り出されたのだ。

 

「なんか、角のパチンコ屋に学生が出入りしているみたいでねえ」

 

 聞けば、制服姿の男子がパチンコ屋に入るところをこの店の常連客が目撃し、それを世間話として八百屋の店先で話していたのを、おばさんが聞き留めたらしい。利奈は委員会活動時以外でも風紀委員の腕章をしているため、こうした通報が入ることもある。

 

「素行の悪い子もそりゃあいるだろうけど、なんでもその子、このあたりでは見かけない制服を着てたって言うじゃない。ちょうど並盛中学校で震災に巻き込まれた生徒の受け入れしてるって聞いたし、伝えておこうかって」

「……制服の特徴って話してました?」

「してたねえ。でも、ボタンのない学ランだったってしか」

「ありがとうございます、対処します」

 

 至門中学校の制服と唯一姿を見たことがない至門生の存在を思い描きながら、利奈は白菜をひっさげてパチンコ屋へと向かった。

 ――そんなわけで、想定通りに至門生を発見した利奈は、白菜の入ったビニール袋を後ろ手に持ちながら、尋問を開始した。

 

「とりあえず、並盛中学校に集団転校してきた至門生ですよね?」

 

 念には念をとばかりに所属を確認すると、こんな状況にもかかわらず至門生はにっこりと微笑んだ。

 

「そ。俺、加藤ジュリー。見たところ君、後輩っぽいけど、俺のことはジュリーって呼んでいいからね。タメ口もオケ」

「はあ……。で、加藤さん」

 

 ジュリーの軽口を瞬時に流して、利奈は腰に両手を当てた。

 

「学校に一度も登校してないのはあとで問題にするとして。パチンコ屋に出入りしていた件について話したいのですが」

「あら? なんか怒ってる?」

「当たり前です。中学生がパチンコで遊ぶなんて!」

 

 しかも彼の場合、被災して他校に通っている立場だというのに、学校に通わずに遊びほうけているのだ。風紀委員でなくても眉をしかめるであろう素行の悪さである。

 

「あー、君そういうの気にしちゃう系? べつにだれかに迷惑掛かるわけでもないし、大目に見てよ、ね?」

「見ません! 風紀が乱れます。もうやめてください」

「いやいや、これでも生活掛かってるマジなやつなのよ。俺のじゃなくて、眼帯少女のだけど」

「……眼帯少女?」

 

 日常会話では出てこないだろう単語を聞き留めると、ジュリーは相好を崩した。

 

「そそ、しかもめちゃくちゃかわいいんだな-、これが。なのにいつ見ても麦チョコばっかり買っててさ。男としては、なんとかしなくちゃって思うでしょ? だから、パチンコでもらった景品差し入れてあげてんの。いわば、人助け? みたいなやつ」

「……んん?」

 

 聞き捨てならない単語を聞き取った利奈は、疑いの眼差しでジュリーを見上げた。そして、ためらいつつも疑問点を口にする。

 

「……なんで、その子の買い物内容全部把握してるんです?」

「やべ」

 

 失言に気付いたジュリーが凍りつくが、もう遅い。

 

(学校サボってパチンコしてるうえに、女の子のストーカー!? だめだこの人、私一人で対処できる人じゃない!)

 

 即座にそう判断して身を翻そうとした利奈だったが、やたら俊敏な動きで回りこんだジュリーに悲鳴を飲みこんだ。ストーカー被害者と変わりない反応をする利奈と怪訝な目を向ける通行人に弁明するかのように、ジュリーは両手を上げた。

 

「待った待った、タイム! 話をしよう! 頼むからアーデルハイトに報告はナシの方向で! なにか奢るから! お願い!」

「アー、デルハイト?」

 

 なぜここで彼女の名前が出るのかと面食らうものの、至門生にとっての雲雀恭弥が彼女だったことを思い出す。それとともにジュリーの焦りようから冷静さを取り戻し、身を庇うように両手を胸元に寄せながらも、利奈は聞く姿勢をつくった。ジュリーがあからさまに安堵した顔で手を下ろす。

 

「いやあ、参った! わかった、もうこのパチンコ屋には入らない。だから君も、俺のことをアーデルハイトにはチクらない。オッケー?」

「……それ、ほかのパチンコ店には行きますよね?」

「……気付いちゃったか」

 

 利奈の指摘に舌を出しながらも、ジュリーは余裕そうな表情で利奈を見下ろした。

 

「もともと、ここに来たの今日が初めてで、いつもは黒曜町の店使ってるんだよね。ちょっと目立ってきたからこっちに移ったんだけど、君みたいにかわいくて仕事熱心な子がいたとは思わなくてさ。逆ナンかと思ったのに残念」

 

 だから声をかけたときに笑顔だったらしい。あきれるくらいに軽薄な男だと好感度が下がりっぱなしだが、パチンコ屋に入り浸っている時点で好感度はゼロである。つまり、マイナス記録を連続更新中だ。

 

「あ、それとも逆ナンだったりする? だったら今からお茶しようか? カラオケでもいいよ」

「こっちからお断りします。もう、話を逸らさないでください!」

「あはは、怒った顔もかわいいねー」

 

 わざとなのかそうでないのか問題を棚上げするジュリーに声を荒げるが、効果はないようでヘラヘラと笑っていた。こうなるとこちらだって弱点をちらつかせたくなる。

 

「……そういえば、アーデルハイトさんとは話したことないんですよね。貴方のことも含めて今度じっくり話を――」

「とりあえずなにか食べよっか! どこがいい? どこでもいいよ」

「おなかすいてないので。あっ、そこに自販機ありますよ。コーラも」

 

 すかさず小銭を取り出したジュリーを横目に、利奈は携帯電話を取りだして現在地をメール画面に打ち込んだ。宛先を班長にし、いつでも送信できる状態にしてから再びポケットに戻す。無断欠席にパチンコにストーカー。これ以上余罪が増えることがあれば、問答無用で班長を召喚するつもりだった。恭弥なら着信ひとつで呼び寄せられるが、こんなことでまで呼びだしたら、利奈まで屠られてしまうだろう。

 崖の一歩手前にいるとは露知らずに戻ってきたジュリーからコーラを受け取り、そのまま一口飲んで破顔する。学校帰りに飲み物を買うことなんてめったにないし、炭酸は喉に効く。人に奢ってもらったものだと思うと、美味しさもひとしおだ。

 

「いや、ぶっちゃけさ、ここで俺がなに言ったってそれ証明できるものないじゃん?

 もう二度とパチコンしませーんって言ったところで、君だって信用しないでしょ」

 

 利奈が緊張を緩めたことで開き直ったのか、ジュリーは軽口を叩きだす。言われてみれば、彼がどれだけ言いつくろったところで、利奈は一切信用できないだろう。

 

(人によると思うけどね。この人の場合はなに言っても疑わしいってだけで)

 

「だから見逃せってことですか? 言っときますけど、これは口止め料になりませんからね」

 

 コーラを見せつつ念を押す。風紀委員の取り締まりから逃れたいのなら、恭弥に直談判する以外に道はない。とはいえ、その道に先があるかといえば、おそらくノーだろう。足下に沈められて終わりである。利奈の言葉にジュリーは苦笑した。

 

「お堅いなー。あんまり仕事ばっかしてっと、アーデルハイトみたいに眉がつり上がっちまうぜ。力抜いて生きてこうよ」

「……アーデルハイトさんって何組でしたっけ。明日調べに――」

「ストップ! それもうナシ! はー、かわいい顔してほんと融通効かないなあ」

 

 そろそろ彼とのやりとりにも飽きてきたけれど、こうのらりくらりと躱されては埒があかない。アーデルハイトもジュリーに手を焼いていたに違いないと思いながら、ため息をつく。

「どうしてもやめる気はないんですね」

「だからかわいこちゃんの命が掛かってるんだって。どうしてもっていうなら俺のこと四六時中君が見張ってくれる? 俺チン的には大歓迎だけど!」

「絶対にいや」

 

 とうとう敬語が抜けた。なにが楽しくて、ストーカーのストーカーをしなければならないのか。

 

「だったらここはお互い妥協し合おうよ。俺はこのパチンコ屋――そうね、君たちの管轄内で悪さはしない。君はこの件には目をつぶって俺に電話番号を教える。ね、それで完璧」

「教えません! ……あ、口頭でいいならいいけど」

「あはは、それ絶対君の番号じゃないでしょ」

「だめか。でも、私の先輩の番号ですよ。いつもお世話になってる長髪の先輩」

「ん-、罠の匂いがプンプンするからパスで」

 

 さすがにここまで見え透いた罠には乗ってこないらしい。ちなみに世話になってる先輩はだいたい長髪なので、嘘はついていない。

 

「あっ! それと学校に来てない件ですけど」

「今度はそっち? ……んー、そろそろ行かないと本格的にやばい感じか。とりあえず、今度でかい式典に参加しなくちゃいけないから、それ終わるまでは待っててよ。木曜だから、しあさって以降?」

「式典……」

 

(それってツナの継承式のことだよね?)

 

 世界中のマフィアを呼び寄せる、空前絶後の式典。

 リボーンの言っていたことが本当なら、なによりも優先されるべき儀式なのだろう。しかし彼以外のシモンファミリーは全員学校に登校しているし、ジュリーが式典に向けてなにかの準備をしているようには思えない。かといって、ここでそれを指摘したところで彼が行動を改める可能性は低いだろうし、ボンゴレ関係者だと伝えることに利点が一切ない。むしろ、それを理由にぐいぐい詰め寄られそうだ。

 

「……わかりました。でも、報告の義務はありますので、貴方がここにいたことは先輩に伝えますよ」

「真面目だねえ。将来苦労しそう」

「言われなくても知ってます。……じゃあ」

 

 話はここまでとばかりにバッグを背負い直す。お使いで頼まれたものが冷蔵品でなくてよかった。頭をほんの少し下げて立ち去ろうとするが、ジュリーが呼び止める。

 

「ちょっと待って」

「はい? ……な、なんですか?」

 

 ジュリーが初めて真顔になったので、利奈は戸惑いながらも制止した。

 

「いや、ちょーっと気になってることがあってさ。君、悪い男に取り憑かれてるよ」

「へ!?」

 

 取り憑くという言葉に幽霊を連想し、利奈は意味もなく振り返った。当然、そんなもの見えるわけがない。

 

「な、なに言い出すんですか! 性格悪い!」

「嘘じゃなくてマジだから。けっこう執着強いのが取り憑いてるんだよ、そこに」

 

 そう言って額を指さされ、利奈は強く首を振った。もちろんなにも落ちてこない。切り揃えた髪が頬に当たるだけだ。

 

「んー、まあ、言っても信じてもらえないと思うけど、俺そういうのわかる質でさ。ぶっちゃけ、俺なんかよりよっぽど質の悪いストーカーに目ぇつけられるよ」

「ストーカー!?」

 

 美少女の買い物内容を把握して差し入れする男が言うのだから、よほどの相手なのだろう。ジュリーの真顔も相まって、利奈は身を震わせた。

 

「大丈夫、俺チン優しいから、君に憑いた悪いのはちゃんと取ってあげるよ。ほい、取った」

 

 ジュリーがパチンと指を鳴らしたその瞬間、利奈の脳内でなにかが外れた。視界が眩み、足下がふらつく。

 

(なに、これ……!?)

 

 ――音が聞こえる。さっき聴いた、パチンコ玉が溢れる音にも似た、無数の音の束が。ひとつひとつの音は小さいけれど、何千何万という音の粒子が絶えず響いて鼓膜を揺らしている。

 

「ちょ、どうした!?」

 

 ジュリーの声が遠い。音に飲み込まれてしまっている。

 

(そうだ、いつもそう。周りの音が聞こえづらくなって、耳を澄まさないと聞こえない……)

 

 思考が追いつかない。どこに立っているのかわからなくなりそうだ。目の前にいるのがジュリーであることすら信じられなくなりそうで、利奈は唇を動かす。

 

「私、は……」

「大丈夫!? 気持ち悪くなっちゃった!? それとも――」

 

 ジュリーの手が両肩を掴んだ。それがだれなのかも認識できないまま顔を上げた利奈の瞳に、男の顔が映る。

 

「なにか、思い出した?」

「……あ」

 

 ――そう、思い出したのだ。

 あの日の記憶を。なかったことにされた記憶を。初めて彼らに会ったときの記憶を。彼女の本当の名前を。

 

(……そうだ)

 

 あの日は、雨が降っていた。

 

「気分悪いなら家まで送ろっか? それともどっかで休む?」

 

 ジュリーの声は利奈には届かない。

 耳を覆い尽くしていた雨音がだんだん小さくなり、周囲が静まりかえっていく。まるで凪のようだと、利奈は親しい友人の顔を思い浮かべた。

 

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