新米風紀委員の活動日誌   作:椋風花

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優しさはときに仇となる

 

 広い空間にただ二人並んで座って、時が過ぎていくのを無音で数える。本来ならば苦手に感じる静寂も、今は心地よかった。炎真も沈黙は苦痛ではないようで、身じろぎひとつせずにジッとしている。

 

(なんか不思議。さっきまで、あんなに苦しかったのに)

 

 泣けるだけ泣いて、感情を言葉とともに吐き出したからか、胸のなかはとても穏やかになっていた。

 事態はなにひとつ好転していない。だからといって、後ろを振り返っていたってなにも変わらない。炎真の言ったとおり、過去はなかったことにできないし、変えることもできないのだから。

 

 チラリと炎真の表情を窺う。赤みがかった瞳は軽く伏せられ、口元はへの字に曲がっている。こんな状況だからかいつもより雰囲気が固い。

 愚痴を言ったときは困惑させるだけだと思っていたけれど、炎真は強い口調ではっきりと利奈の甘えを切り捨てた。慰めの言葉も一切口にしていない。それでもこうしてそばにいてくれるのは、炎真の優しさだろう。

 

(山本君のところ、行かなくていいのかな。行ったら迷惑になるみたいなこと言ってたけど……)

 

 それが本心なのか建前なのかはわからないけれど、行きたがっていないことはなんとなくわかる。

 綱吉が襲撃されてからこうなることをあらかじめ予測していたのか、ほかのシモンファミリーと同じく動揺は少なそうだ――と思っていたら、唐突に炎真の肩が跳ねた。その理由を炎真の肩越しに見つけ、利奈は立ち上がる。

 

「ヒバリさん!」

 

 どうやら電話を受けた恭弥自身が迎えに来てくれたようだ。着替えの制服が入っているであろう紙袋をぶら下げ、利奈が来るのを半眼で待っている。利奈が腰を上げると、つられたように炎真も立ち上がった。

 

「じゃ、僕はこれで」

「え、あ、炎真君――」

 

 恭弥が怖いのか、炎真はそそくさと逃げていく。距離を取るようにして壁伝いに出て行った炎真を恭弥は一瞥する。

 

「彼は?」

「あ、はい。心配して一緒にいてくれたみたいで。ほんとにみんなに会わないで帰っちゃった……」

「ふうん。はい、これ」

 

 興味はあまりなかったようで、気のない返事とともに紙袋を渡される。中身はやはり新しい制服だった。

 

「ありがとうございます、助かりました。血だらけの制服なんて持って帰れないですし」

「君くらいだよ、僕におつかいを頼むのは。そのうえ、家まで送れって?」

「う゛っ」

 

 ジト目で睨めつけられ、息を呑む。言われてみれば、恭弥に雑用を押しつけた形になっている。

 

「あの……私、だれかについていてほしいって言っただけで。まさかヒバリさんがそのまま来るとは思ってなくて……」

「あの時間、学校にほかにだれがいた? ちなみに草壁は現場の見張りをしていたけど」

「あ……」

 

 つまり、あのタイミングで頼めば必然的に恭弥がやらなければならなくなる、と言いたいらしい。班長たちに知られたらまたもや鉄拳制裁を食らうだろう失態だ。

 

「まあ、生徒の容態も確認しておきたかったら、そのついでだけど。君は山本武の容態については?」

「いえ、まだ。手術中でしたし――もしかして、終わりました!?」

 

 今更になって、恭弥の歩いてきた方向が入り口からではなく、院内からであることに気がついた。

 一度ロビーを通り過ぎたか、あるいは違う入り口から入ってきたのだろう。恭弥ならばどこから入ってもお咎めなしだ。

 

「ううん、まだ一時間はかかるって。手術が成功したところで――」

 

 そこで恭弥は言葉を切った。固唾を呑む利奈と目を合わせ、そして逸らす。

 

「――意識が戻るまではなんとも言えない。学校復帰までは時間がかかるだろうね」

「そうですか……」

 

 あの様子では、内臓に損傷が出ているだろう。意識が戻ったところで、すぐに退院できるとは思えない。出血量を考えれば、命の危険だってあるのだ。

 

「それより早く着替えて。明日があるんだから」

「明日? 明日って――」

 

 利奈の問いに恭弥が首を動かす。その先には手術室があり、恭弥の雰囲気がひりついた。

 

「うちの生徒が、よりにもよって僕の並盛中学で手を出されたんだ。犯人は必ず咬み殺す」

 

 逆鱗に触れられた恭弥の声音は、今までにないほど怒りに満ちていた。

 

 

――

 

 

 餌役や囮役を筆頭として、委員会活動で恭弥と二人で歩く機会は多かったが、帰り道を送ってもらうのは初めてだった。上司と部下の関係性なので、当然といえば当然だ。

 ――いや、恭弥からすれば、これも委員会活動の一環なのかもしれない。利奈につられて襲撃犯が現れてくれれば、明日探す手間が省けるのだから。

 

 どちらにしろ、恭弥の隣を歩く機会なんてめったにない。いつもなら背中を追っている人物が横にいるのは落ち着かないけれど、家までの道のりを決めるのは利奈だ。もっとも、恭弥ならば利奈の自宅の位置を把握したうえで、最短距離を選べるのかもしれない。

 

「ヒバリさん、明日ってほんとに継承式あるんですか?」

「……どういう意味?」

 

 真意を測るように聞き返される。

 

「だって、山本君があんなことになったじゃないですか。ツナ――沢田君たちもつきっきりですし、式どころじゃ」

「僕は式の中止を聞いてないよ」

「そうですけど。でも、あれじゃ式開けないでしょうし」

「沢田たちが式に参加できる状態じゃないってこと?」

「んー、そうじゃなくて。なんていうか……」

 

 言いたいことが伝えられないのがもどかしい。なにかで例えようとしてもいい例えが出てこないので、結局そのまま口に出していく。

 

「継承式って、ボンゴレファミリーにとってすごく大事なイベントじゃないですか。ほかのマフィアの人たちも呼んで、新しいボスをアピールする。だから、全員揃ってないとできないと思って」

「ああ、守護者になにかあったとほかの連中に勘づかれるって?」

「それもありますけど。ええと、今のボスがいるじゃないですか。その人が反対したりしそうかなって。守護者が揃ってないなら式を開くのはふさわしくない、とか」

「それはないよ」

 

 利奈の考えを恭弥はあっさりと否定する。

 

「式の前日に中止なんて、内部でなにかあったって喧伝するようなものじゃないか」

「……あっ」

 

 言われてみれば確かにその通りだった。

 継承式は世代交代の晴れ舞台であり、ほかのマフィアたちへの宣伝だ。その式を土壇場で中止になんてしたら招待したマフィアから不評を買うだろうし、敵対組織に弱みを握られる可能性だってある。継承式には多くの利権が絡んでいるのだ。

 

「それに、守護者が一人欠けたくらいなんとかできるでしょ。六道骸だって、代役を立てているんだから」

「い、言われてみれば……」

 

 正式な霧の守護者は骸だが、彼は黒曜ランドから出ることを許されておらず、代わりにクロームが霧の守護者の役目を担っている。同じように武の代役を立てれば、ほかのマフィアに勘ぐられることなく継承式を執り行える。

 

(さすがヒバリさん、機転が早い)

 

 伊達に並盛の風紀を名乗っていない。

 

「なら、山本君の代わりにだれかを選んで式を開くんでしょうか」

「そうなるんじゃない? 犯人の目的が継承式なら、式に姿を現す可能性は高い。小動物たちにとっても狙い時だ」

「あ! そういえば、部室に手掛かりがあったって――んむ」

 

 声が大きくなっていたことに気付き、片手で口を塞ぐ。そのまま周囲を窺うが、恭弥は緩く首を振る。近くに人の気配はないようだ。

 

「赤ん坊が見つけていたね。血だまりのなかに、山本が指で書いたと思われる文字があった。ひらがなだったけど、あれは日本語じゃない」

「……日本語じゃないひらがな?」

 

 人がいないとわかっていても、つい声を潜めてしまう。どこかの家から、子供のはしゃぎ声が聞こえてきた。

 

「僕には心当たりのない文字だった。でも、赤ん坊はなにかに勘づいたような顔をしていたから、彼らにとっては馴染みのある単語、あるいは符丁なんだろうね」

「符丁?」

「合い言葉」

「あー」

 

 ボンゴレの機密に関わる内容なら、内部事情に明るくない恭弥が見ても意味はわからないだろう。でもそれだと疑問が生じる。

 

(山本君はなんでその符丁知ってたんだろう。山本君はマフィアに詳しくなかったのに)

 

 隼人や骸ならわかる。でも、武はボンゴレファミリーの事情には詳しくなかったはずだ。その武がダイイングメッセージのように符丁を残したことに、少し引っかかる。

 

「もしかしたら、彼もその符丁の意味は知らなかったのかもしれないね。山本の性格上、符丁の意味を知っていたら、意味の方をそのまま書くだろうから」

「私もそう思います! ……山本君に聞ければいいのにな」

 

 継承式が明日でなかったら、意識が戻った武から詳細な話が聞けていただろう。しかし大手術を受けた武が、継承式前に目を覚ます可能性は低い。何日かあいだがあれば、意識が戻っていたかもしれないのに。

 

 暗がりを歩いているうちに、見慣れた家並みに辿り着いた。本当に襲撃されるとは思っていなかったけれど、なんだかほっとする。

 しかし、利奈にはもうひとつするべきことが残っていた。

 

「ヒバリさん。明日の継承式、私も連れていってもらえないでしょうか」

 

 恭弥が足を止めた。その顔に驚きがないところを見ると、ある程度予測はついていたようだ。

 

「明日犯人が現れるなら、私がいた方がいいと思うんです。もしかしたら式前に接触してくるかもしれませんし」

「……君は犯人を見てないんじゃなかったっけ」

「見てません。でも、それを犯人は知りません。だから口封じに来るかもしれないですし、私を見てなにか反応する可能性もあるんじゃないかって」

「つまり、囮になるってこと?」

 

 頷いた。

 

 守護者である恭弥の同行者としてなら、招待されていない利奈も会場に潜り込める。式の目玉として注目され続ける恭弥たちと違い、利奈ならば、だれにも気にされずに警戒に当たれるだろう。不審人物を見つけられる可能性もある。

 

「殊勝な心がけだね。僕はかまわないけど、君、スーツ持ってるの?」 

「へ!?」

 

 予想だにしない質問に利奈は面食らった。

 

(スーツ!? そっか、式だからちゃんとした服着てなきゃいけないんだ!)

 

 こんな基本的な質問をされるとは思っておらず、口ごもる。

 利奈の持つ服のなかで礼服に使えるのは今着ている制服くらいだが、制服姿でマフィアの式典に参加していいものなのだろうか。いや、恭弥がスーツを着るのなら、それに合わせた格好でなければ間違いなく浮いてしまう。

 

(でも今からスーツなんて用意できるわけ……朝一でお店行く!? ああでもお金……スーツって高いよね、お小遣いで足りる? 靴もいる? 式って何時から? 待って待って、準備する時間ある!?)

 

 頭のなかでめまぐるしく思考を動かしていたら、こらえきれないというように恭弥が失笑した。

 

「自分から言い出しておいて、考えてなかったのかい?」

 

 その一言で思考が茹で上がった。ボッと顔に火がのぼる。

 

「ぅ、えっと、あ、明日ちゃんと……頑張って用意します! だから――!」

「いいよ。それくらいこっちで用意してあげる。明日の朝、屋敷においで」

「……うぅ」

 

 嬉しい提案のはずなのに、恥ずかしさでいっぱいになって素直に頷けない。バカにされるよりも優しくされるほうがいたたまれなくなるなんて知らなかった。これなら罵られた方がマシだった。

 

「……お気遣い、痛み入ります」

 

 ようやくひねり出したお礼の言葉は、またもや失笑されるほど遺憾に満ちていた。

 

 

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