新米風紀委員の活動日誌   作:椋風花

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三章:仕組まれた舞台
パーティーの幕開け


______________

 

 

 継承式の舞台に選ばれたのは、広大な森を抱えた西洋の城だった。

 城と聞いたときからなんとなくの外観は想像していたものの、それを上回る規模の城が出てきたので、車の窓にべったりと張り付いてしまった。

 なにせ、小学校のお別れ遠足で行ったテーマパークのシンボルくらい豪華な城なのだ。芝生や植木はきれいに刈りこまれるし、庭園にはなんと湖まである。城の前では立食パーティー用の丸いテーブルが並んでいて、マフィアの面々がパーティーを楽しんでいた。そのほとんどが外国人である。

 

(海外の映画みたい……。舞踏会とか始まっちゃいそう)

 

 360度すべてがきらびやかで、ここが日本だと言うことを忘れてしまいそうになる。物語の世界に迷いこんだみたいだ。

 招待客の人相が悪かったり、そこらじゅうで銃が回収されていたり、頭上を飛び交うヘリコプターの音がやや物騒な気配を醸し出してはいるが、それを考慮しても夢みたいな空間である。

 

「にしても、まさか恭弥が自分から来るなんてな。迎えに行ったら、恭弥様はすでに発っておりますって言われちまって。俺の方が遅くなったぜ」

 

 快活に笑うのは、キャバッローネのボスであり、利奈にとっては恭弥の指導役であるディーノだ。ジャンパーを羽織ったラフな格好しか見たことがなかったけれど、今日はマフィアのボスらしく、スーツで決めている。ストライプ柄の黒シャツも似合っていた。

 

(うーん……今更だけどものすごいイケメン)

 

 普段は性格の気さくさでいいお兄ちゃんみたいな雰囲気なのに、今日は王子様と見間違うほどにまばゆかった。ほかのファミリーがいるからか、物腰からして別人である。

 ここにいる人たちのなかから王子を選べと言われたら、だれもが迷わずディーノを指さすだろう。匣動物も白馬だったし、マフィアのボスというよりは、白馬の王子様のような出で立ちだ。

 

 もちろんそんなディーノを女性が放っておくはずもなく、利奈の視界の端で、ドレスを着た女性たちが遠巻きにディーノを褒めそやしていた。

 視線の的であるディーノと対面している利奈は、彼女たちからすれば邪魔者、あるいは嫉妬の対象となりそうなものだが、不思議とそういった意識が利奈に向けられることはなかった。彼女たちの関心を引くのはディーノのみ。ドレスも着ていない十四歳の小娘は、彼女たちにとって敵でもないようだ。

 

「継承式はツナにとってもお前にとっても晴れ舞台だ。兄弟分と弟子の成長がこんなに早く見れるとは思ってなかったよ」

 

 ひそかに胸を撫でおろす利奈を知ってか知らずか、ディーノは恭弥にばかりかまっている。よほど恭弥が自主的に来たことが嬉しいのだろう。

 

「自主的に参加したってことは、少しはボンゴレに愛着持ってくれたって思っていいのか? 同盟マフィアとして、これからもよろしく頼むぜ」

「うるさい、黙って」

 

 うっとうしそうな顔で、にべもなくディーノをはねのける恭弥。普段ならなにかしらフォローに入る利奈も、今日ばかりは苦笑いを浮かべるにとどめた。

 

 ――どうやらディーノは、昨日の事件についてリボーンや綱吉からなにも聞かされていないらしい。

 未来でも共闘していたからついつい勘違いしてしまいそうになるけれど、彼は同盟ファミリーのボスであって、ボンゴレの関係者ではない。ボンゴレの機密についても知らされていないだろう。

 そして綱吉たちが話していないのなら、利奈が話すのも筋違いだ。なるべくいつものように振る舞って、武の件については悟らせないようにしなければならない。

 

「にしても、利奈も一緒に来たんだな。リボーンに招待されたのか?」

「いえ、ヒバリさんに頼んで。こんな機会めったにないですし……。ここまで豪華なイベントだったなんて思ってませんでした」

 

 伝統的な催しだから、もっと質素で厳かなものだと思っていたけれど、結婚式の披露宴のような絢爛さだ。

 みんなワインや泡の出るお酒を片手に、会話に花を咲かせている。三段重ねの銀皿の上に乗った軽食もさぞかし絶品なのだろう。でも、今はなにも食べられそうにない。

 

(式が始まるまで、あと一時間。……もしかしたら、式の前かも)

 

 いつ襲撃犯が現れるだろうかと、どうにもそわそわしてしまう。ディーノには式の空気に緊張していると思われているようで、肩の力を抜いていいと言われた。

 

「式のあいだ、利奈はどうするんだ? 式典にはさすがに出られないだろうし、一人じゃ退屈だろ。俺の部下と一緒にいるか?」

「え!?」

 

 予想外の提案に声が出る。

 

「あ、えと……いろいろその辺見て回りたいから、大丈夫です。ほら、城のなか歩く機会なんてめったにないですし……!」

「そうか? まあ、そんなに来る機会もないか」

 

 ディーノが城を仰ぎ見る横で、ふうと胸を撫で下ろす。これから襲撃に備えるのに、ディーノの部下といたら身動きが取りづらくなってしまう。危ないところだった。

 

「おっ、あそこにいるの、ツナたちだな」

 

 人混みのなかに綱吉たちの姿が見えた。人だかりでよく見えないけれど、綱吉はだれかと話している最中のようだ。

 

「ディーノさん、お先にどうぞ。私たちはあとで合流します」

「悪いな、ちょっと行ってくる」

 

 軽やかにディーノが去って行く。すると集まっていた視線もディーノとともに移り、令嬢たちが感嘆のため息をつく。意識していないつもりでも意識していたようで、姿勢を緩めると背中が痛くなっていた。

 

「沢田君たち、来ましたね」

「そうだね」

「……あの山本君は、本人じゃないですよね」

 

 綱吉の横に武が立っているが、それが本人でないことは一目瞭然だった。たとえ武に意識が戻っていたとしても、あんなふうに平然と立っていられるわけがない。恭弥も一目で見抜いたようで、気のない視線を向けている。

 

「君の友達の仕業でしょ。遠目に見たら本物と遜色ないけど」

「……はい、本物そっくりです」

 

 あの武は、クロームが作った幻覚だ。欠席扱いにはしなかったらしい。

 

「犯人を見つけるためでしょうか」

「だろうね。あれで炙り出せるとは思わないけど、不意をつくことくらいはできるかも」

 

 重傷を負わせた相手がなんともないような顔で式に出席していれば、犯人も怪訝に思うだろう。あるいは、彼らなりの宣戦布告なのかもしれない。

 

(ここにいると、みんな怪しく見えちゃうな……。全員、犯罪者なんだし)

 

 式の出席者の大半がなんらかの犯罪を犯しているのだから、人相や雰囲気では犯人を当てられそうにない。銃を撃ったことのない人のほうが珍しいくらいだろう。

 中国の民族衣装のような服を着た巨漢二人に目を引かれたりもしたけれど、ほとんどの男性はみんなスーツを着ている。見分けがつきづらいのも厄介だった。

 

「ヒバリさん、そろそろ時間です」

 

 ピンク色の腕時計を確認してから恭弥に声をかける。式まではまだ時間があるが、式の段取りなどを確認しておいた方がいいだろう。

 

 周囲を見渡すものの、近くに綱吉たちの姿はない。さっきはスクアーロの声が聞こえたから場所がわかりやすかったけれど、いつのまにかどこかに移動していたようだ。城のなかに入ってしまったのかもしれない。

 

「どこ行ったんだろ。探してみますか?」

 

 呼びかけると恭弥が一方向を指さした。しかし、綱吉たちの姿はない。それでも恭弥が歩き出すので、利奈はその後ろに続いた。

 

 どこもかしこも人が密集しているけれど、恭弥が通ろうとすれば自然と道は開いた。ボンゴレ守護者の顔はすでに知れ渡っているのだろう。おかげでだれとも衝突せずにすんだ。

 恭弥は相手がだれだろうが咬みつくし、因縁をつけられれば相手も黙ってはいないだろう。恭弥が式をぶち壊してしまっては本末転倒である。

 

「ヒバリさん!」

 

 恭弥が顔を出すと、みんな驚いた顔で動きを止めた。無理もない、恭弥が率先して集まりに出てくることなんてめったにないのだから。

 しかし彼らの驚く理由が恭弥だけではなかったのを、自分に向けられた同じような視線で初めて気がついた。そういえば、式に来ることを彼らに伝えていなかった。

 

「利奈も来たんだ」

「うん。やっぱり気になるから……」

「お前なんかに心配されなくても問題はねえよ」

「獄寺!」

 

 憎まれ口を叩く隼人を了平がいさめる。いつもならここで武が会話に参加するのだが、武は動かない。代わりにクロームが、落ち着かなさそうな顔で利奈を見る。

 

「山本君のことは知ってるよ。知ってるっていうか、わかったって感じだけど」

「あ……ごめん。俺たちと九代目以外にはだれにも言ってないんだ」

 

 申し訳なさそうに綱吉が謝る。

 

「いいって。でもすごいねクローム。全然見分けつかないよ」

「そう……?」

 

 利奈には幻術の才覚がまるでなかったものの、フランから見抜き方の基礎らしきものは教わっている。高度な幻術だと術士でも見破るのは困難だそうだが、簡単な幻術くらいなら、コツを知っていれば術士でなくても破れるのだ。

 

(懐かしいな。みっつのパイナップルでどれが本物か当てたりしたっけ。最初のうちはわかんなくて輪切りにしたりしてたけど)

 

 幻術は五感に作用するものなので、対象に接触すればするほど見抜きやすくなる。ようは、対象への理解が鍵となるのだ。

 そして、目の前に立っている武にはまるで違和感を感じなかった。言動の不自然さも、体調が悪いのだと言われたら信じてしまうだろう。事前にわかっていても幻術だとは思えないくらい、クロームの幻術は完璧だった。

 

「あのバイパー……いや、マーモンが褒めてたんだ。ちっとは自信持っていいぞ」

 

 リボーンにも太鼓判を押され、クロームがはにかむ。

 

「なんにせよ、これで守護者は揃ったな! ヒバリがいれば心強い!」

「おい、まさかお前も式に参加するとか言うんじゃねえだろうな?」

 

 隼人に睨めつけられるが、参加する資格がないことくらいわかっている。

 しかしそれはそれとして、隼人の態度には腹が立ったので、ギュムリと足を踏みつける。即座に隼人が足を払った。

 

「なにしやがんだテメエ!」

「あ、ごめん。よく聞こえなかったから近づこうとしたんだけど間違えて踏んじゃった」

「こんの――」

「わーわーわー! 獄寺君、行こ! またあとでね」

 

 詰め寄ろうとする隼人の背中をぐいぐいと綱吉が押していく。恭弥はとっくに姿を消していた。

 

 ここでようやく一人になった利奈は、なにげないふうをよそおいながら、ぐるりと辺りを見渡した。

 式の主役が準備に向かったからか、腕時計に目を落とす人が多い。グラスを置いて城へと向かう人もいる。パーティー終盤の空気が漂っていた。

 

(私に近づこうとする人もいないし……やっぱりだめだったか)

 

 一人になった今が絶好の狙いときのはずだが、襲撃犯の気配はない。怪しい人物が現れたら人目の少ないところにおびき寄せる予定だったのだが、どうやら空振りに終わりそうだ。

 

(次、次。切り替えよう。式には入れないけど、外の見回りくらいはできる。それに、ここで変な動きをする人がいたらヒバリさんに報告しなきゃなんだし。うん、頑張ろう)

 

 グッと右拳を作る利奈だったが、直後、背筋にひやりと寒気が走った。

 

(えっ)

 

 それが慣れ親しんだ殺気だと気付く前に、視界の両端から腕を伸ばされる。その手が首に食い込む寸前、利奈はその場にしゃがみこんだ。

 本来ならすぐに回避が反撃に移るのだが、利奈は空手のままその場で上を見上げた。

 

 こんな人が多い場所で獲物に襲いかかるプロがいるはずがない。向けられた刺すような殺気に覚えもあった。それと、借り物のスーツを不用意に汚せないという想いが、次の行動を封じた。

 結果、利奈の選択は正解だった。

 

「やっぱりベルか!」

「シシッ。よう、ミル」

 

 前髪に阻まれ、視線は合わなかった。首を絞めようとした姿勢のまま歯を見せるベルに、体育座りのまま利奈は頬杖をついた。

 ミルというのは、マーモンが即興で考えた利奈の仮名である。どこでどうなったのか、未来では凄腕の情報屋という扱いになっているらしい。なぜベルがその名前を出したのかはわからない。からかいの一環なのかもしれない。

 

「なにやってるんだい、ベル」

「あ、マーモン」

 

 かがんだ利奈の頭の上でマーモンが浮いている。その頭上でも不思議な模様のついた輪っかが浮いていて、マーモンを天使のように見せていた。

 

「あの記憶が正しいなら、これくらい簡単に躱せると思って。ちょっと実験」

「……ああ、そういえばそんなこと言ってたね。確かに、今の動きは只者じゃなかった」

「だろ? 実験成功!」

 

 語尾に音符マークでもつきそうな声音ではしゃぐベルをあきれ顔で見上げていたら、眼前に手を差し伸べられた。その指先があまりにも洗練されたものだったので、利奈は警戒も忘れて手に手を重ねる。するとするりと身体が引き上げられた。

 

「……あ、ありがとう」

 

 しゃがむ原因を作ったのはベルなのに、お礼を言わずにはいられなかった。圧倒されてる利奈に気をよくしたのか、ベルの口角がさらに上がる。

 

「だって俺、王子だし」

 

 発言を強調するように王冠型のティアラが光る。バックに城をそびえ立たせているのもあって、今日ばかりは本当に王子様のように見えた。

 

(王子様は後ろからいきなり首絞めようとかしないけど)

 

 ベルのことだ、避けていなかったら本気で首を絞めていたに違いない。今更ながらぞわりと肌が粟立ち、利奈は自分の首をそっと撫でた。

 

 

 

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