新米風紀委員の活動日誌   作:椋風花

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伝統と変容

 

 シモンファミリーが完全に姿を消したあと、九代目の守護者たちにより、ディーノたちを足止めしているガラスの撤去が始まった。同時に、負傷した綱吉たちのもとへボンゴレの構成員たちが集う。

 足を強く握っていた恭弥の手が離れ、利奈は跪いたままゆっくりと身体を反転させた。構成員が立ち上がろうとする恭弥を手伝おうとしたが、恭弥は自力で立ち上がった。

 

「恭弥! 大丈夫か!」

「寄らないで」

 

 ガラスの檻から解放されたディーノが恭弥の身を案じるが、恭弥はにべもなくはねのける。

 

「平気だよ――プライド以外はね」

 

 そこで恭弥の目が、しゃがみこんだままの利奈を捉える。

 きっと、とてもひどい顔をしていたのだろう。忌々しいものでも見たかのように顔を逸らされ、利奈はスーツの袖で涙を拭った。立ち上がる気にはなれなかった。

 

 

__

 

 

 怪我の治療と待機のために部屋を移る。

 恭弥が群れを嫌うのをだれかが助言してくれていたようで、案内されたのは綱吉たちのとなりの部屋だった。用意された客間はヴァリアー邸を思い起こす華美な内装で、こんなときでなければ隅から隅まで見回していただろう。ディーノは九代目ファミリーと行動をともにしている。ヴァリアーもそうだ。

 

「ヒバリさん、まず怪我の治療を」

 

 構成員から預かった治療道具を手に、窓際へと向かう恭弥を呼び止める。無表情に振り返った恭弥をソファへと誘導し、利奈はタオルを水で濡らした。

 

「失礼します」

 

 一言断りを入れてから顔についた血を拭い、消毒液をしみこませた綿で傷口を消毒する。

 ここに来るまでのあいだに身体をかばう様子はなかったから、手足に不具合はないのだろう。手当てする箇所は少ないに越したことはないけれど、恭弥の顔を間近で見続けなければならないのは苦痛だった。浅い本心が見透かされそうになる。

 

 頬にできた傷の治療中は一切表情を動かさなかった恭弥だが、額の傷に触れたときにはわずかに顔をしかめた。

 ほかのみんなと頭を打ち付けたときにできた傷だ。頭の怪我は出血していないほうが危険なので、皮膚が切れていたのは不幸中の幸いだろう。包帯を巻くべきか迷ったが、傷口が小さく、前髪で隠せる位置だったのでほかの傷同様、テープを貼るだけにとどめた。

 

「ほかに怪我はありますか?」

「ない」

 

 すぐさま立ち上がる恭弥。部屋を出る様子はないので利奈は道具を片付けようとしたが、刺さる視線に気がついて顔を上げた。

 

「……なにか?」

 

 若干身構える。

 

「……自分の怪我もどうにかしたら」

「え? ……ああ」

 

 恭弥の視線が手元に注がれ、利奈は自分の手を裏返した。転んだときに瓦礫に手をついてしまったせいで、両手のひらに無数の擦り傷ができてしまっている。

 さっきと同じように消毒液の染みた綿で叩くと、じわりとした痛みのなかに、ピリリと鋭い痛みが走った。

 

(膝もちょっと痛いけど、ここで足まくるわけにもいかないか。あとでちゃんと消毒しとこう)

 

 ズボンを履いてきていてよかった。スカートだったら間違いなく膝をすりむいていたし、なにより、転んださいにとんでもない格好になっていただろう。

 

 自分の手当も終わらせて、さりげなく横目で恭弥の様子を窺う。窓辺で外の景色を眺めているが、内心でははらわたが煮えくりかえっているに違いない。

 拳を交えるどころか、近づくことすら許されずに地にねじ伏せられたのだ。本人も言っていたけれど、プライドがズタズタになっているだろう。本来なら、周りになにを言われようが、すぐさまシモンファミリーのあとを追っていたはずだ。

 

 ――シモンファミリーが去った直後は、失ったものの多さにみんなが焦燥と絶望を感じていた。

 ボンゴレの至宝であるボンゴレリングは砕かれ、霧の守護者のクロームはさらわれた。さらにはシモンファミリーを追跡していた九代目の守護者、コヨーテ・ヌガーが尾行に気付かれて返り討ちに遭っている。討伐を引き継ごうとしたスクアーロたちヴァリアーは有益なリングと匣を所持しておらず、未承認。事態は完全に膠着してしまったのである。

 

 なかでも、九代目の悲嘆は尋常ではなかった。

 ボンゴレのボスとして【罪】を継承していたというのに、【罪】について研究をしてこなかったこと。シモンファミリーとボンゴレファミリーの関係を知らないまま、継承式に招待してしまったこと。そしてその結果に起こった事象のすべての責任を背負い、死んでも償いきれないとすら言葉を漏らした。ボンゴレの頂点に座する男の懺悔に、その場にいたボンゴレの構成員たちは一斉に青ざめた。

 

 しかし絶望の詰まった箱にも、一粒の希望が残されていた。それが恭弥がここに残っている理由であり、ボンゴレにとって最後の切り札――ボンゴレリングのバージョンアップである。

 

 シモンリングは初代シモンの血を浴びたことで力を増幅させた。それと同じように、ボンゴレリングに初代ボンゴレの血を浴びせれば、こちらも力を強化させることができるらしいのだ。

 その情報をもたらしたのは、継承式に遅れて訪れたタルボ――ボンゴレ専属の彫金師である。すでに高齢である九代目からじじ様と呼ばれる盲目の老爺は、ボンゴレリングの新たなる可能性を示唆した。

 ただし、バージョンアップが成功する確率は五分五分。失敗すれば二度と使えなくなるとのことだったが、ほかに手立てのなかった綱吉は、一も二もなくバージョンアップを依頼した。

 

 そんなわけで、ボンゴレリングが修復されているあいだ、傷ついた身体を休ませるべくみんなで部屋を移ったわけだが――

 

(なんか、気まずいな)

 

 恭弥と二人きりでいることに、利奈はとんでもない居心地の悪さを感じていた。

 べつに、機嫌の悪い恭弥といるのが面倒なわけではない。慣れている。問題は恭弥ではなく、自分にあるのだ。

 

 ――あのとき。炎真たちを追いかけようとしたのを恭弥によって阻まれたとき。あのときに噴き出した感情の整理が、いまだついていないのである。

 

 恭弥の判断は正しかった。あのまま追いかけていれば、コヨーテと同じように返り討ちに遭っていただろう。頭ではそうわかっているけれど、利奈の感情は恭弥の行いを否定するのだ。どうしてあのまま行かせてくれなかったのかと。

 

(……どうしようもないな、私)

 

 理不尽な感情論で詰め寄ってしまいそうな自分がいやになる。

 おそらく恭弥は、利奈の抱える葛藤などすべて見抜いていることだろう。それがさらに利奈の自己嫌悪を加速させ、その場の空気を最悪なものへと変えていった。

 

 そんな殺伐とした空気が永遠に続くかと思われたが。ノックの音とともに、ボンゴレ構成員――いや、九代目の守護者が室内に入ってきた。

 

「失礼します。ボンゴレリングを持って参りました」

 

 入り口で一礼し、まっすぐに恭弥の元へと歩んでいく。利奈もその後ろに続いたが、守護者の持つその物体に目を瞬いた。

 

「……それ、ボンゴレリングですか?」

 

 トカゲのタトゥーを頬に彫った彼が手にしているのは、岩石のような銀色の塊。とうてい指輪には見えなかった。

 

「こちらはバージョンアップ手前の状態のボンゴレリングです。

 こちらに生命エネルギーを流しこんで炎を灯していただければ、ボンゴレリングが生まれ変わるとタルボ様がおっしゃってました。ですが――」

 

 そこでわずかに顔を曇らせる。

 

「チャンスは一度きり。炎が弱いとリングは応えず、その魂を永遠に失うそうです。ですので、持ちうる最高火力をこちらに注いでください」

「永遠に……」

 

 優れたリングには魂が宿るとタルボは言っていた。つまり、失敗はリングの死を意味する。そしてそれは、素材に使われたアニマルリングも例外ではないだろう。

 アニマルリングにはそれぞれ、未来の世界で相棒になった匣動物が入っている。その動物たちの命もかかっているということだ。

 

 しかしリングの原石を掴んだ恭弥は、躊躇することなくすぐさま炎を灯した。岩石のようなリングから、まるで火山が噴火したみたいに紫色の炎が噴き上がる。

 

「なっ――これほどの!?」

 

 ほとばしる炎圧に、九代目の守護者が驚愕した。恭弥の出した炎の量は、彼の予測をはるかに上回っているらしい。

 素人の利奈でも成功すると確信するほどに、燃えさかる炎は力強かった。

 

「あっ!」

 

 圧倒的な炎圧を受け、原石にヒビが入った。その隙間から本体が姿を現し、指輪のはずなのに指ではなく、恭弥の左腕へと巻きついていく。

 

(指輪じゃない! ブレスレットだ!)

 

 ボンゴレリングの原石は、その姿をブレスレットへと変えていった。

 時計に似た形のブレスレットだ。文字盤に当たる部分には紫色の石がはまっていて、それを保護するよう、アルファベットの刻まれた装飾がバツ印形にクロスしている。手の甲側にはロールのモチーフ、胴体側には二連の鎖――いや、手錠のモチーフ。左右にはハリネズミをイメージしてか、無数の棘が生えていた。これで殴られたら、間違いなく痛いだろう。

 

「これ――って、成功ですか?」

 

 これまでのリングとかけ離れてしまった進化に、利奈はこわごわと守護者を見上げた。

 ボンゴレファミリーで代々受け継がれてきた指輪なのに、これでは完全に恭弥専用だ。もしほかのみんなのリングが指輪の形のままだったとしたら、恭弥だけおおいに浮いてしまう。

 守護者もこれは予想外だったのか、うっすらと困惑をみせた。

 

「タルボ様から形状変化についてはお伺いしていませんが――リングが自ら姿を変えたのなら、成功と言えるでしょう」

 

 恭弥も手首を裏返してブレスレットの形状を確認している。わずかに目元を緩めたのは、ロールに向けての合図だろう。

 

(あっちは大丈夫かな。ツナはさっき力を使ったばかりだけど)

 

 綱吉だけは死ぬ気の炎を消費している。しかし、心配は杞憂だった。

 

「ヒバリさん?」

 

 件の綱吉によってドアが開かれた。綱吉たちの後ろに九代目も控えていて、守護者がわずかに背筋を伸ばした。

 

「よかった、ヒバリさんも成功していたんですね!」

「なに当たり前のことを言ってるの?」

「ケッ」

 

 恭弥の態度に隼人が顎を突き出す。

 恭弥もということは、三人とも見事にバージョンアップに成功したようだ。

 

「ヒバリはブレスレットか! やはり皆、形状は変わるようだな!」

 

(先輩たちも変わったんだ! よかった……!)

 

 どうやら、取り返しのつかない事態にはなっていなかったようだ。安心すると、彼らのリングがどうなったのかも知りたくなる。

 

「先輩は? あ、その腕の!」

「ああ、バングルだ。極限にイカしているだろう!」

 

 筋肉を自慢するかのように了平が拳を上げ、腕に力を込める。バングル自体は細身だが、恭弥のブレスレットと同じデザインの装飾の下に、了平のカンガルーとボクシンググローブのモチーフが施されていた。やはり、一人一人に合わせたデザインに変形しているらしい。ちなみに隼人のリングはバックルに変化していた。

 

「あれ、獄寺君の匣って瓜っていう猫じゃなかったっけ。えっと……虎?」

「豹だバーカ」

「うっさいな。で、ツナのリングは――あ」

「え?」

 

 変なところで言葉を切った利奈に、綱吉が目を瞬く。利奈はわずかに目を泳がせた。

 

「その……ボンゴレ十代目のリングは?」

「いやいやいやいや! 普通に呼んでくれていいから! なんで急にそんな呼び方!?」

「だって……」

 

 頭から抜けかけていたものの、ここにはボンゴレファミリーの九代目ボスがいるのだ。迂闊に不興を買ったらあとが怖い。

 そんな利奈の怯えが伝わったのか、九代目は優しく笑みを浮かべた。

 

「そういえば挨拶がまだだったね。わしはボンゴレⅨ世。こっちは晴の守護者、ニー・ブラウJrじゃ」

「ニー・ブラウJrです。以後、お見知りおきを」

「あ、いえ、こちらこそ。私は……沢田君のクラスメイトの。相沢利奈です」

 

 きっちり45度、頭を下げる。マフィアのボス直々に自己紹介を受ける機会などそうそうないだろう――と思ったところで、関わったすべてのマフィアボスから自己紹介を受けていたことを思い出し、目が遠くなった。思えば遠くに来たものである。

 

「そうかそうか。いや、うちのツっ君がいつもお世話になりまして」

「んな!?」

「!?」

 

 隼人とニーが驚愕の表情を浮かべた。綱吉が赤面しているところを見ると、この呼び方は初めてではないようだ。とはいえ会場では綱吉君と呼んでいたし、これは利奈の緊張をほぐそうとしての茶目っ気だろう。なかなかにユーモアのある御仁だ。

 

「そうだ、俺のリングも見てよ! ほら!」

「わあ」

 

 ごまかすように綱吉が拳を突き出してくるので、同級生のよしみでツッ君呼びについては触れないであげた。九代目は愉快そうに笑っているし、ニーは驚きを紛らわせるように咳払いしている。

 

 綱吉のリングは指輪のままだったが、かわりに中指と小指でふたつの指輪が繋がれた形になっていて、中指の指輪は指の第三関節をすっぽりと覆っていた。上部には牙を剥いたライオンが彫られているが、かわいらしい造形なのでまったく怖くない。

 

「九代目!」

 

 まじまじとリングを観察していたら、勢いよくドアが開かれた。現れた九代目の守護者は、九代目の返事を待たずにみなが望んでいる情報をもたらした。

 

「シモンファミリーの潜伏先に目星がつきました!」

 

 

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