新米風紀委員の活動日誌   作:椋風花

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骸視点なのでちょっと毛色が違います。


逆転の発想

 ボンゴレファミリーがシモンファミリー討伐に向けて腰を上げたその頃。六道骸はその長い肢体をソファに沈ませていた。

 

 閉ざしたまぶたにはなにも映らず、目を開けたところで見えるのはくすんだ天井のみ。ひたすらの無音は仲間の不在を告げるだけで、得られるものはなにひとつない。かろうじて使えるのは頭くらいだったが、現状それすらも役立ちそうになかった。

 

(情報が少なすぎる……)

 

 昨日の山本武襲撃事件を受けて、今日はクロームとの精神リンクを機能させていた。つまり、継承式でクロームが経験した出来事は骸も見聞きしている。しかしそれは、あくまでもクローム自身が記憶したものに限ってだ。

 

 シモンファミリーが襲撃事件の黒幕であること。そしてその原因となった事件や背景については把握できたものの、そこから先の情報は骸の元には届いていない。クロームの意識が遮断してしまったからだ。

 クロームの知覚を通したものしか知ることができないので、クロームが気絶してからの出来事は、一切不明となっている。

 

(クロームにかけている幻術が解けた様子はないので、命に別状はなさそうですが……自由に動けないのはやはり厄介だ)

 

 ボンゴレとの契約で、骸は黒曜ランドから外に出ることと、他人への精神干渉を禁止されている。

 脱獄者を黙認するにあたっての復讐者からの譲歩案なのだろうが、どちらにせよ、身動きが取れなくなっている点については変わりなかった。

 平素ならば仲間を自身に見立ててしれっと外に出るところではあるものの、この緊急時にそんなことをすれば、すぐさま見咎められて監獄へと逆戻りになるだろう。身代わりは平常時のみに使える手段だったのだ。

 

(せめて、ボンゴレ陣営が現在どうなっているのかくらいは知っておきたかったですね。利奈とのリンクが使えればよかったのですが)

 

 気絶したクロームの代わりに利奈の視界を使おうとしたものの、リンクは繋がらなかった。つまり、利奈とのリンクが何者かによって切られた、あるいは、利奈が死亡したということである。

 

(ああ、でも、彼女が未来に行ってしまったときにもリンクは繋がらなかったか。となると、また未来に飛んだという可能性も捨てられは……いやまさか)

 

 未来での記憶を鑑みるに、再び未来に飛ばされた可能性は限りなくゼロに近いだろう。となると、状況からみて死亡した可能性は否定できないが、そもそも彼女が継承式に参加しているかどうかも定かではない。

 

 最後にリンクが確認できたのは、リング争奪戦の最終日だったか。

 となると、未来の世界で術士にリンクを解除された可能性もある。未来で愚弟子とも接触していたというし、あの子供ならば嫌がらせをかねて契約を解きかねない。いや、解いただろう。

 

 ゆえに打つ手なしと判断し、千種と犬を情報収集に向かわせた。

 ボンゴレの継承式という一大イベントでの大惨事だ。どのマフィアでも話題になっているに違いない。

 だから千種と犬が戻ってくるまでは、この廃墟という牢獄に閉じ込められたままでいよう――と思ったのだが。

 

 六道骸は当惑した。

 

「こんにちは。入り口で呼んでもだれも来なかったから、勝手に入りました」

 

 リンクが切れ、安否の明らかでなかった利奈が、口元に華やかな笑みを浮かべながらやってきたのだ。

 

 怒っている。とてつもなく怒っている。きらきらときらめく瞳の中に、憤怒の炎が燃えている。その対象が自分でないことはかろうじて察せたが、とにかく利奈は激怒していた。

 

(……前に同じ目を見たことがありますね。雲雀恭弥と一戦交えたとき以来か)

 

 一戦といっても、いきなり襲いかかってきた恭弥をモップであしらうだけの、他愛ないおふざけだったが。

 

 刺激しないようにソファを勧めると、制服の裾を押さえながら利奈が着席する。そして間髪入れずに口を開いた。

 

「取引しましょう」

 

 一分一秒でも惜しいと言いたげな態度である。

 前置きが一切ないところからいって、継承式絡みであることはまず間違いない。

 

「継承式のこと、骸さんがどこまで知ってるか聞いていいですか? それから骸さんが知らないことを話します。順番に、全部」

「どこまで、と言われても」

 

 前のめりな利奈から身を引くように、ソファの背もたれに両腕を投げ出す。

 

 取引を迫る人間のペースに、わざわざ合わせてやる義理はないのだ。カードゲームで最初に手札をさらす人間はいない。

 

「まず、なんの話をしに来たのかを話してください。こちらも暇ではありませんので」

「クロームが攫われました」

「……ほう」

 

 ――初手で切り札を選ぶとは。もしこの場にディーラーがいたならば、眉をひそめていただろう。

 

 定石は通用しないと判断し、骸はゆるりと諸手を挙げる。

 

「僕が知っているのは、クロームが気絶するところまでです。そこまでの視界はクロームと共有してました」

「わかりました」

 

 利奈が淡々と事件のあらましを語り始める。ここに来るまでに話を整えてきたようで、質問を挟まなくとも事態はすんなりと理解できた。

 シモンが去った直後までは絶望しかない展開だったが、砕かれたボンゴレリングが強化成功され、シモンの潜伏先も特定できているのならば、打つ手は残っている。

 

「それで、骸さんにはその島まで来てほしいんです。私と一緒に」

「……なるほど」

 

 ようするに、クローム奪還という点で利害の一致する骸に協力を仰ぎに来たらしい。

 自分を強調する物言いは利奈らしくなかったが、その理由にはある程度見当がついていた。利奈の制服の着こなしがいつもと違っていたからだ。

 

(いつもつけている腕章がない。――単独行動か)

 

 そもそも恭弥の意志が介入しているのならば、間違ってもここに訪れたりはしないはずだ。

 ただでさえ他者の介入を拒む彼が、遺恨を残している自分に協力を求めるはずがない。仮に利奈の独断だったとしても、到底受け入れられはしないだろう。

 

(となると、ますます組む意味がありませんね)

 

 利奈はクロームの親友に当たる人物であり、骸自身もそれなりに親しくはしている。が、ビジネスに私情を持ちこむつもりはなかった。取引相手として認めるには、いささか器量が足りていない。組むことに、なにも利点が感じられないのだ。

 

(たとえ僕が乗り気であろうとも、この場所から動くことは許されていませんが。契約を反故にするのはリスクが高すぎる)

 

 クロームの身は案じているが、救出しにいこうとして自身が牢獄につながれてしまっては本末転倒だ。

 すでにボンゴレが総力をあげてシモン討伐の準備をしていると聞かされた今、骸が焦る必要はない。お人好しの沢田綱吉のことだ、クローム奪還を最優先にして動いてくれるだろう。

 馬鹿正直に話していなければある程度は話を引っ張れただろうに、ご丁寧にすべて包み隠さず情報を明かすとは。真正面の利奈を見据える。

 緊張している様子がないのは、クロームの危機だから断るはずがないと高をくくっているのか、あるいは、駄目で元々と思っているからか。

 

(さて、どうしたものか。ボンゴレの動向を探れる立場の人間を引き入れられるのは悪くない。今の話も、前金くらいにはなるか)

 

 ボンゴレ内部、しかも守護者会議の内容を入手できる存在と考えれば、それなりの価値が見出せる。このまま追い返すには少々惜しい人材だ。

 

「事情はわかりました。ですが貴方も知ってのとおり、僕はここから動けません」

「ボンゴレとの契約ですよね」

「ええ。これでも一応、逃走中の脱獄者ですから」

 

 妥協案として、犬と千種を貸し出す手がある。

 そうすれば島の状況がつねに把握できるし、利奈も護衛を得られる。お互いに損はない。

 

 さっそくその形に話を持っていこうと口を開いた骸だったが、先手を打ったのは利奈だった。

 持っていた学生鞄を机の上に置き、立ち上がる。

 

「それについてはちゃんと考えてきました。これを見てください」

 

 そう言いながら利奈は鞄のファスナーを引いた。慎重な手つきで、タオルに包まれた手のひら大の物体を取り出す。

 

「これは報酬っていうか、島に行くのに必要だと思って貰ってきたんですけど。どうぞ」

「……? なんですか、これは」

 

 タオルに包まれていた物体は、ひどく珍妙な形をしていた。

 金属――いや、鉱石か。飛び出た無数の棘は、恭弥の匣動物であるハリネズミを思い出させる。骸の反応が鈍いのが面白いのか、利奈は満足げに胸を張る。

 

「これがさっき言ったボンゴレギアの原石です。ティモッテオさんから頂きました」

「これが?」

 

(いや、それよりも今、ティモッテオと……!?)

 

 さらりと利奈が口にした名前は、現ボンゴレファミリーボスであるボンゴレⅨ世の本名であった。

 マフィア界では肩書きに重きが置かれているため、人々には九代目と呼ばれていたはずだ。守護者でもない利奈が名前を知る機会など、あるはずがない。

 

「すごい形ですよね。これに死ぬ気の炎を注ぐと形が変わるんです。

 失敗したらバージョンアップできなくなるらしいですが、ほかのみんなもできてたから、骸さんなら大丈夫だと!」

 

 骸の驚愕の理由が原石の形状にあると思っているようで、的外れなことを口にしながら利奈は着席する。

 相づちも打てずに骸はボンゴレギアを凝視する。

 

 ――いったいどんな手を使えば、構成員でもない人間がボンゴレの至宝を借り受けられるのか。

 思いついたところで、実践する人間はそういないだろう。いやそもそも、現ボンゴレと交渉のテーブルにつけたこと自体が奇跡なのだ。

 

 予想を超えてきた利奈の破天荒さに、ただただ驚嘆してしまいそうになる。次の獲物は自分だというのに。

 

(いや、これは素直に感服するしかないでしょう。条件を多少付け足されたとしてもおつりが出るくらいだ)

 

 忌々しいボンゴレに服従するつもりは毛頭ないが、取引の相手は利奈個人である。でなければ、利奈ではなくボンゴレ関係者がここに訪れているはずだ。

 

「取引に当たっての条件は?」

「私と同行すること、です。船で向かうんですけど、私がボンゴレの船に乗るので、骸さんにも同じ船に乗ってもらいます」

「なるほど。僕の行動範囲は君の目に届く範囲内。そして君の行動範囲はボンゴレの目に届くところ……ということですか」

「アハハ、そういうことです」

 

 利奈が困ったような笑みを浮かべた。

 彼女なりの配慮なのだろうが、実質ボンゴレの管理下に置かれることに変わりはなさそうだ。

 

「ところで、雲雀恭弥に許可は取っているのですか? 彼が気に入る提案には思えないのですが」

 

 だいたい察しはついているが、建前として彼女の上司の名前を出す。利奈の眉間にしわが寄った。

 

「ヒバリさん……は、今回別行動です。私、今は風紀委員じゃないんですよね」

 

 見てわかると思いますがと利奈が自身の腕を撫でる。

 継承式ではスーツだったのになぜ制服に着替えたのかとついでに尋ねると、親を言いくるめるための演出だったと答えられた。なんでも、ボンゴレの手を借りて長期外泊の許可を得たらしい。詳細が気になったが、今聞くべきことでもないので話を切り上げる。

 

(つまり、雲雀恭弥の手元から解放されたがために、自らの意志で行動できるようになったということか)

 

 恭弥の意志に従う立場だったならば、この選択肢は見つけられなかっただろう。恭弥は群れを厭い、助力を嫌う。

 しかしその恭弥から放たれたことで、今までなかった選択肢を作れるようになったのだ。

 

 思えば出会ってから今まで、利奈はずっと巻き込まれる立場の人間だった。攻めの才能を見せる機会がなかった。

 これが利奈の実力ならば、なるほど確かに雲雀恭弥の部下である。

 

「まあ、この件が終わったらまた風紀委員に戻りますけどね。辞めるの二回目ですし。

 今日は自分から辞めましたけど、また入りたいって言ったら認めてくれると思うんですよ。たぶん。頭下げれば。連日働けば。……ものすごく頑張れば」

 

 徐々に雲行きが怪しくなっているが、本人はさほど深刻に捉えていないようだ。

 そもそも、今回のマフィア戦争をなんだと思っているのだろう。あれだけのことがあったのに、当たり前のように終わったあとのことを考えている。骸が言えることでもないが、感覚が麻痺しているのではなかろうか。

 

「……驚きました」

 

 耳飾り――いや、これは髪飾りだった――を揺らし、利奈が首をかしげる。

 あどけない仕草だが、それを彼女の未熟さととることはもうできないだろう。計算だろうが天性だろうが、利奈はこちら側に足を踏み入れ、自ら交渉の席に座ったのだから。

 

「どうやら、今までずっと誤解をしていたようですね。僕は貴方を、雲雀恭弥のストッパーになりえる存在だと思っていた」

 

 しかし、そうではなかった。未来の記憶でもはっきりと否定されている。

 利奈を失っても恭弥は変わらなかった。歩みを止めることなく、かといって暴走するでもなく。自身の信念を貫き通していた。

 影響を与えるのはつねに恭弥であり、与えられるのが利奈。つまり、逆なのだ。

 

「本当は、雲雀恭弥が貴方のリミッターだったんですね」

「……」

 

 首を傾けた体勢のまま、利奈が笑みを浮かべる。

 髪の隙間から見上げてくるさまは、これまでもこれからも見たことがない妖しさを纏っていた。

 

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