新米風紀委員の活動日誌   作:椋風花

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前回も長かった自覚がありますが、今回も詰め込みすぎて長いです。(当社比1.5倍)
これ以上削れませんでした。


外れた選択肢

 

 

 九代目との初会合を終えて元の船に戻る。

 外で控えていた二人に骸が端的に内容を説明したものの、後ろに立つ利奈のげっそりとした様子で、いろいろと察せたのだろう。千種から労りの眼差しを投げられた。と思ったら、骸も振り返った。

 

「そろそろ、クロームの身体について話しておかなければなりませんね」

 

 クローム本人がいないから話してもらえないかと思っていたけれど、ちゃんと説明するつもりはあったらしい。利奈はすぐさま席に着いた。

 

 ――クロームは、交通事故で片目と内臓を失っていた。

 事故に遭ったのは十月。利奈がクロームと出会ったのは九月だったから、それからすぐのことである。

 脱走中の暇つぶしで骸が意識を外に彷徨わせていたところ、瀕死のクロームの意識に触れたらしい。つまり、二人は夢のなかで再会を果たしたわけである。そこだけ聞けばロマンチックだが、そのときの状況が状況なので、ときめきはしなかった。

 

「精神世界で僕を自覚的に知覚するには、幻術の素質が必要なんです。それに、彼女にはなにか近しいものを感じました」

「近しいもの?」

「ええ。そもそも契約なしで身体を操るには、それなりの相性が必要ですから。その点では、僕とクロームは相性抜群で」

「似てますもんね、見た目も」

「……それはクロームが合わせてるだけ」

 

 そんなこんなで、自分の手足になる人間を欲していた骸は、彼女を仲間に引き入れることを決めた。その対価として、クロームの内臓を骸が幻術で補っているというところから、ようやく今回の話が始まる。

 ――つまり、骸の幻術が阻害されている今、クロームは内臓を失っているのだ。

 

「内臓? ……内臓!? めちゃくちゃヤバいじゃないですか!」

 

 意味を理解した利奈は声を張り上げた。すぐにでも島に行くべきだと息巻くが、たったいま九代目と話がついたばかりだと言われて撃沈する。そして恨みがましく骸を睨めつけた。

 

「……こうなるってわかってて教えなかったでしょ」

「クフフ。議論を感情論で引っかき回されてはたまりませんから」

「クウッ!」

 

 話はそれで終わったが、討伐初日の出来事はそこで終わらなかった。

 夕方、骸に異変が起こったのである。なんでも、頭のなかに突然知らない映像が流れ込んできたそうだ。それも、初代ボンゴレと初代シモンの出会いのシーンだという。

 

「念のため、あちらにも伝えておきましょう。白昼夢にしてはやけに鮮明だ」

 

 報告というよりは、事実確認の手段だったように思える。骸の思惑通り、無線を受けた九代目守護者はすぐさま資料を漁った。

 伝えた初代ボンゴレのジョット、そしてジョットの右腕であるGの外見情報は見事一致しており、初代シモンの名前についても、あの私信に書いてあった名前と一致していたそうだ。

 そこでようやく船上での一日目は終わりを告げたが、二日目は予想だにしないほど早かった。

 

 

__

 

 

「起きなさい」

 

 ――不機嫌をあらわにした骸に叩き起こされた朝。日はまだ昇り切っていなかった。

 寝室は男女で分けられていたが、それがどうしたと言わんばかりの態度に圧倒されて身体を起こす。なんでも、また頭に映像が流れ込んできたらしい。

 叩き起こされたのはもちろん利奈だけではなく、昼間の船室に入ると、二人が眠そうな顔をしていた。

 

(八つ当たりだ、これ)

 

 さいわい利奈は早起きには慣れていたが、三人はそうでもなかったらしい。犬の目は垂れているし、千種の顔は死人のようだし、骸はただただ血圧が低そうにイラついていた。朝も夜も平日も休日もない生活を、黒曜ランドで過ごしてきた報いだろう。

 

 海の上には遮蔽物がないので、太陽光がサンサンと室内に降り注ぐ。朝焼けはとうに終わりを告げ、もうすっかり気持ちのよい青空だ。それなのに、三人のやつれ具合は徹夜明けのようだった。寝室に分かれてからも、しばらく寝ずにいたのかもしれない。

 食欲がないのか、それとも朝は食べない主義なのか。骸と千種はコーヒーだけをすすっていた。利奈と犬はそれぞれ、用意された食事をきれいさっぱり平らげる。犬だけ顔色が戻った。

 

 今回骸が見た映像は、ボンゴレファミリーの前身である自警団が創設されたさいの一場面だ。初代シモンもその場にいたらしい。

 昨日と同じよう守護者に伝えたら、直接九代目の前で詳細を語ることになった。ボンゴレの結成に初代シモンが関わっていたかもしれないとなると、一聴する価値はあると判断したのだろう。夢で片付けられてもいいくらいだったので、九代目の懐の広さには感心する。

 

 昨日と同様に二人で船室に入る。今回は守護者が勢揃いしていて、重要度が窺えた。

 

「さっそくだが、お前が見たものについて、詳しく話してもらいたい」

 

 守護者の一人、ガナッシュがパソコンを構えている。彼が記録係のようだ。

 骸が見たボンゴレ結成の場面は、歴史に残る感動的な名シーン――というわけにはいかなかった。骸が見たのは破壊された店。倒れ伏す男。泣きわめく子供たち。無法者に逆らった者がどうなるかを如実に語る光景だった。

 彼らを襲ったのは、マフィアですらないならず者たち。ゆえに秩序も美徳もなく、理不尽に暴力の限りを尽くす。生まれ住んだ町を愛していた初代ボンゴレ――ジョットは、町を守るために自警団を創設する。だが、それは自発的にではなかった。

 

「シモンがⅠ世に自警団を……?」

 

 タイピングの手を止めてガナッシュが声を漏らす。

 ジョットに自警団を結成するように勧めたのはシモンだった。ただし、シモンがジョットに自警団の話を持ち出したところで映像が終わったので、その後どういった経緯で結成したかまではわからない。

 睡眠を妨害されたうえに気になるところで終わったから、あんなにも骸は不機嫌だったわけだ。

 

「ふむ……。ボンゴレとシモンには、思っていたよりも遙かに深い結びつきがあったようじゃな」

 

 九代目がうなる。シモンに関する記録はすべて抹消されているとはいえ、こうなるとひとつ、根本的な疑問が生まれた。

 

「……本当に、裏切りなんてあったんでしょうか」

 

 昨日よりは場が殺伐としていなかったので、おずおずと利奈も意見も口に出した。

 地主から嫌がらせを受けている家族に食料を渡し、町民を殺した輩どもに憤り、そしてシモンから自警団のリーダーにふさわしいと認められたジョットが、そのシモンとファミリーを裏切るとは、どうしても思えない。現在のシモンファミリーが語った極悪非道な人物像とは、あまりにもかけ離れすぎている。

 

「僕からはなんとも言えません。マフィアはマフィアですから。

 ただ、その後のボンゴレの系譜を考えれば、あり得ない話でもないと思いますが」

「いや、それは違うよ」

 

 九代目が弱々しく訂正を入れる。

 

「ボンゴレが今のような態勢になったのはⅡ世からじゃ。初代は無益な争いを好まず、あくまで大切な人たちを守るために拳を振るっておった」

 

 自嘲めいたものが感じられるのは、己を顧みてのことだろう。

 九代目は初代の方針を好ましく思っているようだが、世界最大勢力のマフィアともなると、トップの意志をそのまま反映させるのは難しい。因習を変えるには、なにかきっかけが必要なのだ。

 

(……だから、ツナを十代目に選ぼうとしたのかな)

 

 仲間を守るためだけに拳を振るう綱吉は、初代の行動論理と似通う点が多い。たとえそれが綱吉の弱気な性格からきているものであっても、そんな綱吉を守護者は慕い、支えている。――少なくとも、過半数は。

 だからこそ、シモンファミリーと断絶する理由になったジョットの裏切りは違和感があった。

 

(でもシモンファミリーでは裏切りがあったって伝わってるし……うーん、なんなんだろう)

 

 敵地で孤軍奮闘していたシモンファミリーを見殺しにした点については、誤解が生まれる可能性は高い。増援のために部隊が送られていたとしても、敵に阻まれてしまえば無意味である。

 

「もしくは、その任務自体をもみ消そうとした勢力があったという考え方もあります。初代ボンゴレも、抗争時に組織すべてに目を配ることは難しかったでしょうし。

 ……まあ、貴方たちの願望通りに初代がシモンを裏切ってなかったと仮定した場合ですが」

 

 骸は是が非でもボンゴレに好意的な見方をしたくないようだ。

 九代目の後ろの守護者たちも、ああでもないこうでもないと意見を交わしている。

 

「……いずれにせよ、我々も我々にできることをせねばな」

 

 重々しく呟いて、九代目が目を上げた。まっすぐに見つめられ、利奈は息を呑む。

 

「君たち――十代目一派には伏せておったが、じつは山本君の治療に、ある人物をあてておっての」

「山本君の?」

 

 突拍子もなく武の名前が出てきたので、利奈はオウム返しで名前を繰り返した。

 

 武の病状については、出発前に改めて事実を聞かされている。

 なんとか一命は取り留めたものの、意識が戻るかどうかはわからないし、たとえ意識を取り戻したところで、元の生活には戻れないそうだ。

 

(でも、ボンゴレが治療するってことは――)

 

「山本君、治せるんですか!?」

 

 立ち上がりそうになるのをなんとか自制しつつ、前のめりに拳を握りしめる。

 これまでもボンゴレは、様々な技術を用いて綱吉をサポートしてきた。もしかしたら、武も救えるのかもしれない。

 降って湧いた希望に縋ろうとする利奈に、骸が息を吐いた。

 

「利奈。冷静に考えなさい。沢田綱吉たちに伏せていたならば、なにかしら懸念があるはずです」

「あ……」

 

 骸の言う通りである。たちまち勢いを失う利奈に、九代目は困ったように眉を下げた。

 

「すまないね」

「あ、いえ、ごめんなさい! 私が勝手に期待しちゃっただけで――じゃなくて、その……」

 

 焦りのあまり、敬語が崩れた。恥じ入りながら頭を落とす。

 

「いや、今のはわしが悪い。綱吉君たちにも下手に希望をもたせんために伏せておったが――言わずにいたのは、その手段そのものが彼らに悪い影響を与えかねんかったじゃ」

 

(悪い影響?)

 

 どう説明したものかと思案するように、九代目の手が机の上で動く。組んだ指は節くれだっていて、祖父を思い起こさせた。

 

「……君たちにも、未来の記憶は備わっているね?」

「え。あ、はい」

「まあ、貴方たちと同等くらいには」

 

 利奈は実際に未来へと飛ばされた経験があるし、骸にはユニから与えられた記憶がある。

 ただし、ユニからの記憶は戦闘にまつわるものだけだし、利奈の経験は戦闘とは関係ない場面が多い。ユニの記憶が複数のカメラを繋ぎ合わせて編集した映画とするならば、利奈の記憶はそのうちの一台に残っている未編集の映像記録だ。それも、肝心な場面では使われていないカメラの。

 

(チョイス前まで全然みんなと一緒にいなかったから、あんまり自信ないな。……わかんなかったら、あとで骸さんに聞こ)

 

 しかし、心配は杞憂であった。

 

「幻騎士――という男を知っているかね」

「……!」

 

 聞き覚えのある名前だった。拳を握りしめる利奈のとなりで骸が頷く。

 

「ミルフィオーレの人間ですね。あの時代に最強と謳われていた剣士。ジッリョネロファミリー所属であったにもかかわらずユニを裏切り、白蘭に忠誠を誓った」

 

 読み上げるように人物プロフィールを述べたのは、利奈に配慮してのことだろう。九代目もそれを感じ取ったらしく、利奈に話を振った。

 

「君は知っていたかい?」

「はい、覚えてます……」

 

 ――忘れるわけがない。幻騎士は、利奈が唯一死の間際を見た人物なのだ。

 直前にビアンキたちの機転で部屋を出されたものの、蔦に命を吸われていく様や断末魔の悲鳴は、今でもまざまざと思い出せる。それに、利奈には忘れられない理由がもうひとつあった。

 

(……私も、ああなってたかもしれなかった)

 

 桔梗に拉致されたさい、まったく同じ雲桔梗を仕掛けられた。

 蒔かれた種は一粒だけだったとはいえ、絶えずあの光景がちらつくので、まったく生きた心地がしなかった。肉体的にもつねに瀕死状態みたいなものだったし、二度と受けたくない拷問である。

 

「君の説明通り、幻騎士はボスであるユニを裏切った。――遠征中に罹った流行病で命を落とすはずだったところを、白蘭に救われたときから」

「っ!」

 

 ゾワリと、背筋に寒気が走った。今さらながら未来の出来事を掘り起こされていることへの疑問が芽生え、そしてその解と思われる人物の名前が出てきて、即座に唇を噛みしめる。

 

(耐えろ……耐えなきゃ)

 

 ここはあの世界じゃない。脅かす者はもういない。――いや。

 

(いるの? ……ここにも、あの男が?)

 

 今は過去にも未来にも繋がっている。未来にあの男が存在するなら、今にだってあの男は存在するはずなのだ。今まで考えなかったのが不思議なくらいで、ドッと冷や汗が湧いてきた。指先が痙攣し始める。

 

 九代目たちは利奈の変化に気付かない。いや、変化には気付いていたが、慮りはしなかった。白蘭と敵対した人間なら、だれだって同じような反応をしただろうから。

 事実、骸も表情を歪ませていた。白蘭が平行世界の情報を使ってワクチンを入手したことを知っていたからだ。

 

「この世界の医療技術の粋を尽くしても、山本君を完治させるのは不可能じゃ。じゃが、平行世界の医療技術を試せるならばと、わしは望みをかけることにした。じゃから――」

 

 ――山本君の治療のため、白蘭を呼び寄せた。

 

 九代目がそう口にしたとき、利奈の意識は飛んでいた。でなければ、大声で叫んでいただろう。意識がなく無防備な武のもとに、白蘭を向かわせたというのだから。

 

(白蘭が存在する? 生きてる?)

 

 九代目の話が耳に入らなくなった。危険性についていろいろと話しているけれど、頭に入っていかない。そもそも、白蘭を知らない人たちの意見に意味はあるのだろうか。なんだか視界がぼんやりしてきて、九代目の口の動きも見えなくなってくる。

 

「利奈」

 

 骸の声が耳を、骸の手が利奈の肩を揺らした。

 ずれていた焦点が戻り、目を瞬く。九代目たちが知らない人のように見えて、利奈は狼狽えた。

 

「ごめんなさい、ちょっとボーっとしちゃって」

「驚かせてしまってすまない。しかし、この戦いに裏があるとすれば、グズグズしてはおれんからの。君にも助力を願いたい」

「は、はい。なんですか?」

 

 取り乱している場合じゃない。九代目だって、考え抜いたうえで最善を尽くしているのだ。あんな男でも、利用価値があるのなら利用しつくしてしまえばいいのだ。

 そう自分に言い聞かせる利奈だが、しかしそれは成功しなかった。人は、理論より感情を優先させてしまうものだから。

 

「君に依頼したいのは、山本君の経過観察。そして彼が回復した場合の同行じゃ。山本君にも初代の記憶はおそらく届いているが、知り合いから説明を受けたほうが理解しやすいじゃろう。それに――」

 

 ――もしくは、彼らは甘く見ていたのかもしれない。

 相沢利奈が抱いていた殺意の底を。あるいは、本人でさえも。

 

「未来で白蘭と顔を合わせた君ならば、白蘭が本物であるかも判別――」

「お断りします」

 

 その瞬間、九代目が目を見開き、守護者たちが懐に手を入れた。

 利奈が九代目の指令に逆らったからではない。利奈が殺気の炎を放ったからだ。メラメラと燃える青い炎は本人の視界さえも覆っていて、憎き仇敵の蜃気楼を脳裏に浮かび上がらせていた。

 

「私にはできません。だって……だって、私――絶対に……!」

 

 椅子が音を立てて倒れた。感情のコントロールが効かなくなって、口を噤む。続けたところで、白蘭への呪いの言葉しか出ないだろう。利奈は唇を前歯で噛みしめた。

 

(駄目だ、変なこと言っちゃう前に部屋を出なきゃ)

 

 思ったことをそのまま口走るのはいつものことだが、今回は会議の真っ最中なうえに、相手が相手である。まさか命までは取られないだろうと高をくくるには、相手の権威が強すぎた。

 

 無言のまま、深々と頭を下げる。非礼への詫びと退室の意思表示を込めたけれど、伝わったかどうかを確認できるほどの余裕がない。とにかく、ここから離れなければ。

 骸がなにか口にしていたけれど、横に首を振って会話を拒否した。

 

 

__

 

 

 利奈が去った直後の船室は、困惑と混乱に満ちていた。

 構えを解いた守護者たちはお互いに顔を見合わせ、そして最終的に視線の行き先を骸へと向けた。骸ならば、求める解を持っているだろうとばかりに。

 しかし骸は、彼らと同じような表情で船室の扉から目を外し、席に着き直すのだ。思いもよらぬことが起こったとばかりに。

 

「……どういうことかね」

 

 重々しく九代目が口を開く。その声に含まれているのは動揺よりも追求の色合いが多く、質問ではなく詰問であった。およそ同盟相手に使う口調ではなかったが、骸はそれどころではないとばかりに肩をすくめた。

 

「僕が聞きたいくらいです。あんな……まさか、彼女が」

「知らなかったのか?」

 

 ガナッシュが眉をつり上げる。

 書記を務める彼は守護者のなかで唯一武器に手を伸ばさなかったが、利奈の態度如何によっては躊躇いなく彼女を鎮圧していただろう。椅子に座るガナッシュは、守護者のなかでもっとも利奈に近い配置についていた。綱吉の友人に手を上げずに済んだ点では幸運である。

 

 ――さて、ここにいるボンゴレ一同は、ありとあらゆる修羅場を経験してきた。

 たとえ利奈が少女らしからぬ剥き出しの殺気を放ったところで、子猫の威嚇。殺気を向ける相手が九代目でないのなら、笑って許すことができていただろう。そんな彼らが一斉に銃を手に取るに至った理由。それこそが、骸に混乱を与えていた。

 

 骸も九代目一派も、利奈と白蘭の因縁のほとんどを理解していない。すべてを知っているのは当人らのみであり、推し量れる人間も手の指で収まる程度。

 骸ですら、利奈がここまでの拒絶反応を示すとは予想できていなかった。まさか、十年後の自分と同等の憎しみを抱いていたとは、思ってもいなかったのだ。まさか。まさか――死ぬ気の炎を放つほどの、殺意があったとは。

 

(雨属性の青の炎。まさか彼女が)

 

 青い炎は赤い炎よりも温度が高いというが、死ぬ気の炎の場合、温度と色は関係がない。

 比喩ではなく物理的に青い炎を噴き出したのだから、守護者たちが身構えたのは当然だ。利奈は戦闘員でなかったのだから、なおさら。

 

「おそらく、彼女自身もまだ気がついていません。頭に血が上っていたようですし」

「気付いてない? ……まあ、俺たちも未来の記憶がなければ生命エネルギーには気付かなかっただろうが。にしても……」

「ああ、リングなしで炎をあれだけ……いったい、どれほどの――」

 

 ――どれほどの殺意があれば、炎を身体にまとえるのか。それを利奈本人に確認するのは、あまりにも酷だろう。

 

(未来の利奈は指輪を持っていなかった。炎を出せなかった。……未来が、書き換わった)

 

 それが吉なのか凶なのかは、今後の彼女自身が決めていくのだろう。

 ただ少なくとも、今回は逃がすわけにはいかない。クロームの命もかかっているのだ。

 

「さて、話し合いを続けましょう」

 

 交渉に感情は不必要だ。椅子を蹴ったところでなにも変わらないのなら、場を掌握してしまえばいい。利奈があれでは、九代目たちも妥協するしかないだろう。せいぜい利用し、利用されればいい。

 それでも、今しがた噴き出した青が、記憶に焼きつけられた赤が、どうしても脳裏から消せなかった。

 

 

 

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