新米風紀委員の活動日誌   作:椋風花

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得ることなく喪ったもの

 

 

 

 宿泊するホテルへと向かう車のなかで、海上での出来事をクロッカンが淡々と報告する。

 とはいっても、めぼしい情報はほとんどない。島に入った綱吉たちとは依然連絡が取れないままだ。ディーノもスクアーロも、物足りなさそうな顔をしている。

 

(島が見つかってツナたちが入っていったってところで終わりじゃ、それだけかってなるか。骸さんが見た記憶は内緒だし)

 

 ファミリー外に公開する情報については、クロッカンと事前に打ち合わせしてある。初代の記憶は、ファミリー外には伝えない極秘事項として扱われるらしい。情報源が秘密裏に隠匿している骸であるというのも、その理由のひとつである。

 ちなみに骸はというと、仮釈放中という身分もなんのその、運転席のロマーリオと助手席で談笑していた。

 

(普通に盛り上がってる……。なんの話してんのかな)

 

 例によって骸は幻術で姿を変えている。今はボンゴレ日本支部の陸奥なる人物を名乗っているが、それを知っているのは利奈とクロッカンだけだ。うっかり正体を漏らすとしたら自分しかいないので、口走ってしまわないかと利奈は気が気でなかった。

 

「そういや、ヒバリはどうしてんだ? 船には乗ってないんだろ?」

 

 知ってて当たり前とばかりなディーノの言葉に、利奈はわずかに身体を強張らせた。

 島への同行を恭弥に拒否されたことを、ディーノには話していない。言っても話がこじれるだけだろう。

 

「……ちょっと今、連絡が取れなくて。たぶん、あっちはあっちで船かなんか手配してると思います」

「そうか。あいつのことだから、絶対に島には行くだろうけどな」

「そうですね」

 

 深く追求されずにすんでほっとした。今回ばかりは、恭弥の奔放さに救われたわけだ。

 冷戦状態にあることも、利奈から言い出さなければ気付かれずに済むだろう。どうせすぐに元の鞘に収まる――いや、収めなければならない。

 

(絶対になんとかしなくちゃ。このまま学校行ったら、みんなから袋叩きだろうし)

 

 恭弥は些細なことなら根に持たないが、仲間たちは礼節を重んじる。一方的に離反したと知られたら、どんな目に遭わされるかわからない。ある意味、恭弥よりも敵に回したくない人たちである。

 

「にしても、まさかここで白蘭の名前が出てきやがるとはな」

 

 行儀悪く組んだ足を揺らしながら、だれにでもなくスクアーロが呟いた。足が長すぎて、正面の利奈には靴底の模様まではっきりと読み取れる。リムジンだからいいけど、普通の車なら窮屈しそうだ。

 

「そいつにゃ記憶があって、見た目も同じなんだろ。なんで本人とは言い切れねえなんて煮え切らねえこと言うんだぁ?」

 

 その疑問を受け、クロッカンが口を開く。ユニから受け取った記憶を手掛かりに白蘭を捕らえたものの、その人物像にはひどく齟齬があったそうだ。

 見た目は瓜二つ。話し方や仕草も完全に一致。しかし、未来の白蘭にあった加虐性、残虐性は払拭されており、倫理観についてもまるで別人だと診断されたらしい。その人物を白蘭と確定するのは危険だと、懸念が湧き上がるほどに。

 

「替え玉か。あいつならやりかねねえ」

「そういや、未来でも白蘭に似たやつがいたな。GHOSTって言ったか」

 

(……GHOST? そんな人いたっけ)

 

 ディーノが出した名前に心当たりはない。しかし白蘭ならば、赤の他人どころか身内だって身代わりにできるだろう。親友だって殺そうとしていたし、彼の悪性は群を抜いている。

 

「つまりあれか? 山本の治療は、白蘭もどきの処遇を決めるためのテストも兼ねてるってことかぁ?」

「テスト?」

 

 そんな話、九代目からは聞いていない。利奈の反応を視界に入れつつ、スクアーロは続けた。

 

「未来の知識を自由に使えんのは白蘭だけだ。山本の治療のためにこの時代にない治療術を探し当てられんなら、その男を白蘭と認定してもいいだろう。それに、ボンゴレに協力的な姿勢を示せれば、そいつも自身の危険性のなさを周囲にアピールできる。どちらにも利益しかねえ取り引きだぁ」

 

 ご名答とクロッカンが答え、利奈は目を見張った。

 言われてみれば一挙両得だが、そんな打算が裏にあったなんて。前もって言われていなかったのは、利奈の白蘭に対する感情を慮ってか、あるいは、騒がれると厄介だと思われたのか。どちらにせよ、会合で盛大に取り乱した利奈の落ち度である。悔しいが、しかたがない。

 

 白蘭の能力はマーレリングがなければさほど脅威ではないそうで、治療が成功すれば、白蘭に対する処置は緩くなるらしい。とはいえ、無罪放免にはならないだろうとクロッカンは付け足した。

 利奈としては永久に監獄にでも閉じ込めてほしいところだが、武の命には変えられない。使えるものは敵でも使え、だ。

 

 あれやこれや話しているうちに滞在先のホテルに到着した。

 部屋割りはディーノとロマーリオ、骸改め陸奥とクロッカンがペアで、利奈とスクアーロは一人で二人部屋を使う運びとなった。

 とはいえ陸奥は利奈の護衛係なので、つねに利奈と行動をともにしなければならない。みんなの面前でクロッカンが念を押す。これから武の状態を確認しに病院へ向かうので、牽制がしたかったのだろう。

 

(無理矢理私が連れて行かれたらそれで終わりだしね。骸さんはやりかねないし)

 

 交流のある利奈でさえそう思うのだ。本来ならば片時だって目を離したくないだろう。自分との契約を盾にされていると思うと、なんだか複雑である。

 

 廊下でみんなと別れて、自分に割り振られた部屋で荷物を解く。

 数日の滞在と聞かされているから、荷物はほとんど船に置いてきた。真っ先に携帯電話を充電器に挿して、車内でもらったお菓子をテーブルの上に乗せる。ついでにリモコンを取ってテレビをつけてみた。

 

「――原材料の大幅な値上げに伴い、来月から輸入食品が軒並み値上げに――」

 

 見たことのある夕方のニュースだ。どこにいてもテレビをつければまったく同じ番組が流れるけれど、家に帰ってきたみたいな気分になる。

 興味のない国際ニュースをぼんやりと眺めていたら、聞き覚えのない着信音が部屋に鳴り響いた。つい自分の携帯電話を手に取るけれど、着信は来ていない。

 

(あ、部屋の電話か)

 

 ベッドの横にある電話が光っている。テレビを消してから受話器を取った。

 

『陸奥です』

 

 耳馴染みのない硬い声だ。他人として接しなければいけないから、あえて骸の本来の声質から遠い声を使っているのだろう。

 

『今、一人ですか?』

「はい」

 

 この階に部屋があるのは利奈とクロッカン、骸ペアだけだ。急な予約だから同じ階に四部屋空きがないのは仕方ないけれど、スクアーロはホテルのグレードに不満そうにしていた。並盛町付近にそんな豪華なホテル、あるはずがない。むしろ、リムジンで乗りつけた利奈たちのほうが異質だ。通行人たちがそろってこちらを見ていたので間違いない。

 

『これから部屋に窺いますので、鍵を開けておいてください。少々話が』

「話? はい、わかりました」

 

 改まった言い方に疑問を抱きながらも、利奈は受話器を置いた。

 骸の部屋はすぐとなりなので、ドアを開けたと同時に骸も部屋から出てきた。さりげなく周囲に目を配る骸に、利奈は首をかしげる。

 

「どうしたんですか、いったい」

「またシモンの記憶を見ました」

「え!」

 

 つかつかと部屋に入る骸の後ろに続きながら利奈は声を上げた。

 

「今ですか?」

「いえ、車内で。運転役を引き受けなくて正解でしたね」

「じゃあクロッカンさんにはもう?」

「いいえ」

 

 骸が部屋にあるふたつのベッドを見比べる。片方はさきほど電話を取るときに手をついたのでしわが寄っており、骸は反対のベッドに腰掛けた。それに合わせて利奈も空いたベッドに座る。なるほど、スクアーロが不満を抱くだけあってベッドの質はよくない。

 

「これからの話は他言無用でお願いします。ボンゴレの耳に入れない方がいい内容だったので」

 

 二人きりでいるときも陸奥として過ごすつもりのようで、やたら胸と足を広げて座っている。話し方は元のままだから、中身と外見の違いに混乱してしまいそうだ。

 

「今回の記憶はシモンファミリーしか出てきませんでした。ジョットからきた手紙を受け取っている場面です」

「手紙……」

「出だしは近況報告でした。そのあと肥大してしまった組織への懸念に続きましたが、重要なのは最後です。ジョットはシモンに戦への協力を要請していました」

「……それって」

「ええ。初代ボンゴレがシモンファミリーを囮役に任命したというなによりの証拠です。まあ、手紙には力を貸してほしいとまでしか書かれていなかったので、その後どういった作戦が提案されたのかはわかりませんが――」

「ジョットはなにも知らなかった……とは言えなくなりますね」

 

 話の重大さが飲み込めてきた。

 初代ボンゴレとして直々に手紙を出したのならば、シモンファミリーの動向は把握できていただろう。それでも敵勢のなかに孤立させてしまったのならば、作戦を立てたジョットにも落ち度が生まれる。

 

「だからみんなには内緒なんですね? 采配ミスが隠蔽されたかもしれないから」

「貴方もご存じのとおり、ボンゴレの連中は初代を神格化していますからね。初代たちの絆を信じると彼らが決めた今、この事実はノイズになるかもしれません。全体の士気を下げてもメリットはない」

 

 確かに、過去がどうであっても現状は変わらないし、無駄に不安材料を増やすのも得策でないだろう。骸の判断に異論はなかった。

 

「じゃあ、今日はなにも見なかったってことにするんですか? あとで困りません?」

 

 島のみんなと連絡が取れるようになったら、情報に齟齬が芽生えてしまう。あとから情報を隠していたことを知られたら、ボンゴレからの心証が悪くなる。

 

「では、前半部分だけ伝えましょうか。ボンゴレが弱音を吐いていたというのもやや士気を下げそうですが」

「かもですね。……手紙の内容ナシで、シモンの反応だけ伝えるとか」

「ああ、なるほど。……そういえば、文面は直接脳内に入りこみましたね。言語も最初から日本語でしたし」

「そうなんですか? あ、でもそうじゃないとツナたちはわからなそうだから……」

「日本人の彼らに配慮されていると。つまり、何者かの意志が介入している……ふむ」

 

 思案しながら骸が黙りこむ。島でのことは利奈にはさっぱりなので、ない知恵を絞ったりせずにテーブルのお菓子に手を伸ばす。個包装のグミはどれもまんまるで、大粒の飴によく似ていた。

 

 二人して無言でいたら、部屋のドアが幾分乱暴に叩かれた。すぐさま立ち上がろうとする利奈を骸が手で制す。

 

「自分が出ます。護衛を押しのけて出ようとしないでください」

「あっ、ごめんなさい、つい!」

 

 すっかり気を抜いてしまっていた。それぞれの役割を思い出し、浮かせた腰をおとなしく落とす。

 

(名前呼び間違えたりしないように気をつけなきゃ)

 

 陸奥に扮した骸の応対の声が聞こえる。ベッドからは部屋の入り口を見られないけれど、姿を見るまでもなく、訪問者の正体は判明した。スクアーロは声が大きすぎるのだ。遊びに来るのならディーノだと思っていたので、少し意外だ。

 

「利奈ぁ!」

 

 名前を呼ばれ、寝室から顔を出す。目が合ったスクアーロは、部屋に入ろうとしないまま、手のひらを上に向けて利奈を手招いた。

 

「外行くぞ、ついてこい」

「えっ」

 

 チラリと骸を窺うが、なにも聞かされていないようでわずかに肩を動かすだけだ。

 

「なにかあったんですか?」

「なにもねえから行くんだよ」

「うん?」

 

 いまいち状況がつかめない利奈を尻目に、スクアーロが鼻を鳴らす。

 

「こんな狭っ苦しいところでじっとしてられっかぁ。飯食いに行くからお前も付き合え」

「ああ、そういう」

 

 そういえば、スクアーロはこのホテルを気に入っていなかった。もっとも、海外の豪邸に住んでいるスクアーロに見合うホテルなど、並盛町付近にあるはずがない。あったとしても、採算が取れずに潰れてしまうだろう。

 

(言われてみれば、ヴァリアーの屋敷の一人部屋よりも狭いんだよね、この二人部屋。

 狭く感じるか、スクアーロさん背も高いし。うんうん、しかたない――って、駄目だ)

 

 納得しかけたところで、ホテルから出てはいけないというクロッカンの言いつけを思い出した。危うく二つ返事で破るところだった。

 

「私、クロッカンさんにホテルから出るなって言われてて」

「あ゛あ? んなもんべつに気にする必要ねえだろぉ。俺がついてんだ、文句は言わせねえ」

「いやあの、そうじゃなくて――」

 

 再度骸の顔を窺う。すると骸は強面ながら紳士的に微笑み――

 

「いいと思いますよ。自分も護衛としてお供いたしますし」

 

 これ幸いと、しれっとスクアーロに同調した。

 

(こっの卑怯者ぉ! スペルビさん利用して外に出るつもりだ!)

 

 大声で非難したいのを堪えながら、ギリリと睨みつける。見えないところで足を踏んづけてやろうかとも思ったけれど、靴を脱いでしまっているから威力はないだろう。すねを蹴るのは仕返しが恐い。

 

「ほらでも、なにがあるかわからないですし。もしかしたら山本君のことで連絡が来るかも……」

「跳ね馬がいんだろ。こんなホテルじゃ飯もたかがしれてるし、お前、イタリア料理気に入ってたよな。せっかくだ、好きな物奢ってやる」

「それは嬉しいんですけど! すごく嬉しいんですけど……!」

 

 やんわりと異を唱えたが、意味はなかった。こんな状況でなければすぐさま飛びついていただろう。スクアーロは善意で言ってくれているので、余計断りづらい。

 

(骸さん笑ってるし! ああもう腹立つ!)

 

 足下を見ずにスリッパを飛ばしたが、かすりもしなかった。

 

(駄目だ駄目だ、外に出ちゃったら絶対大変なことになる! わかる!

 こうなったら――)

 

「……私、今日絶対見なくちゃいけないテレビがあるんです」

「テレビだあ?」

「絶対に見たい番組があるんです!」

 

 利奈はキッと顔を上げた。目には目を、わがままにはわがままである。

 

「私の好きなアイドルが出るんです! 絶対に見逃せないんです! 今日はそれ見るって決めてるんで部屋からも出ません! 夜ご飯もいりません! なのでご飯は一人で行ってください!」

 

 まくしたてるように叫ぶと、スクアーロは気圧されたかのように身を引いた。その眼差しには、若干戸惑いが浮かんでいる。武の安否を気にしていたはずの人間がいきなりアイドルの話でごねだしたのだから、そんな反応にもなるだろう。それが狙いではあったものの、初めて向けられる視線に心が痛んだ。

 

「お、おお。なんか、悪かったな」

 

 不謹慎だと怒鳴られても文句は言えなかったが、スクアーロはあっさりと引き下がった。もとより下心の類いはなかったのだから、さぞかし困惑しているに違いない。

 

「いえ。これから準備があるんで、失礼します」

「おう……」

 

 スクアーロに頭を下げ、寝室へと戻る。そしてすぐさまベッドに潜り込むと、身もだえしながら枕を叩いた。

 

(うあああああん、スペルビさんに引かれた! 空気読まないアイドルオタクって思われた! うわーん!)

 

 スクアーロがケチをつけるだけあって、マットレスも枕も硬い。すっかり上流生活に毒されたわけだが、今はそれどころじゃなかった。スクアーロからほかのヴァリアーにこのことが伝わってしまったらと思うと、全身から熱が噴き出しそうになる。あの労るような瞳をみんなから向けられてしまったらと思うとたまらない。ベルにいたってはもう考えたくもない。

「クフフ、貴方にそんな趣味があったとは意外でした」

 

 スクアーロの対応を終えて戻ってきた骸が笑う。ベッドでのたうち回る利奈はさぞかし滑稽だろう。

 

「ああ、そういえば黒曜ランドにはテレビがありませんでしたからね。もしよければそのアイドルの名前を教えてもらっても?」

「知らない!」

 

 涙目ながら的確に投擲された枕を、骸は甘んじて顔で受け止めた。

 


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