新米風紀委員の活動日誌   作:椋風花

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見えなくても見えるもの

 

 

 退院直後に馳せ参じた武を、九代目はマフィアのボスとして歓迎した。

 少し顔色が悪く見えたのは、気のせいではないのだろう。綱吉たちが島に向かってから、かれこれ三日も経っているのだ。そのあいだ、無線が復活することも彼らが戻ってくることもなく、島は不気味な沈黙を貫いている。気を休める余裕など、なかったに違いない。

 

 一方、利奈は状況が変わっていなかったことにホッとしていた。

 万が一、綱吉たちが敗北していたら、炎真たちはすぐさまこの船を沈めていただろう。皮肉にも、現状が維持されていることが、いまだ綱吉たちが負けていない証になるのである。

 そう思っていたのは利奈だけではなかったようで、水平線の先に船が見えたときは、構成員たちの多くが安堵の表情を浮かべていた。

 

 利奈は武とともに、甲板の先で島を見つめていた。

 船から見える島はほとんどが山だ。への字に曲線を描いてから、逆U字形の岩場を横に置いたような地形である。岩場部分はかなり高さがあって、登れば島が一望できそうだった。念のために目をこらすが、人影は見当たらない。

 

 正面から冷たい風が吹きつけ、利奈は目を細めながら顔を逸らす。

 視線の先で、利奈の髪と同じように武のネックレスが揺れていた。柴犬と日本刀がモチーフになっているシルバーアクセサリー。ついさきほど完成した、武のボンゴレギアである。

 

(よかった、炎注ぎ込んでもなんともなくて)

 

 ボンゴレギアの生成には大量の炎エネルギーが必要だったので、病み上がりの武には負担が大きいと思っていたが、それは杞憂だった。注ぎ込んでいる最中は大幅に炎を消費したものの、ボンゴレギアの完成とともに、注がれた炎は武の身体へと戻っていったのだ。おかげですぐに綱吉たちを助けに行けると、武は笑っていた。

 

 横に立つ武の表情は凜と澄んでいる。焦りや不安の気配は一切なく、その瞳は前だけを見据えている。視線を外そうとした利奈だったが、それより先に武と目が合った。ギシリと首が固まる。

 

「なんか、すごいとこまで来ちまったな、俺たち」

「うん」

 

 絶海の孤島を前にしたら、そんな感想も出てくるだろう。利奈も軽く相づちを打つ。

 

(なんか、いつも通りって感じもしちゃうけど)

 

 今までだって、人の都合で散々翻弄されてきた。いい加減慣れっこといいたいところだが、今回は少し事情が違う。それぞれみんな、自分の意志でここまで来た。いつも場に流されてばかりの綱吉でさえ。

 

「私はここまでだけど、山本君はこれからだね。応援くらいしかできなくてごめんね」

 

 引け目を感じつつ笑いかけるが、武は笑い返さなかった。それどころか真剣な瞳で見つめ返してくるので、利奈は笑みを消した。

 

「さっき聞いた。倒れてた俺を最初に見つけたの、相沢だって」

「……そっか」

「ああ」

 

 島に寄せる波の音が、黙りこんだ二人の間を埋める。

 

「ありがとな、助けてくれて」

「ううん。助けたのは笹川先輩だよ。お礼なら先輩に言わなくちゃ」

 

 声が平坦になりそうになるのを抑え、島へと目を逸らす。ボートの準備はどれくらいかかるのだろうか。

 

「でも病院からここまで一緒に来てくれたし、継承式にも参加してくれたんだろ?」

「そうだけどさ。みんなについてっただけだから、お礼言われるのはちょっと恥ずかしいっていうか、なんていうか。そうだ、継承式でね――」

「自分のせいだって、思ってんのか?」

 

 とにかく話題を変えなければと思ったが、武はそれを許さなかった。うっかり武に顔を向けてしまうけれど、それでは図星をつかれたと白状しているようなものだ。なにも言えずに黙りこむ。

 

「お前のせいじゃねーよ。相沢は信じてくれたんだろ? 薫を」

「違う」

 

 否定の言葉はすぐに口をついた。

 

「違うよ。私は、ただ……言い忘れただけで……」

 

 武が言わなかったのならば信頼だが、利奈が言わなかったらそれは油断だ。ただたんに、利奈が迂闊だっただけ。たった一言伝えておけばよかったことを言わなかったせいで、取り返しのつかない事態を招いてしまった。しかし事実を正しく伝えたところで、武は納得しないだろう。――利奈だって、逆の立場ならそうなる。

 

「スクアーロだって言ってただろ? 油断してた俺が悪いって。お前が自分のせいだって言うなら、俺も俺のせいでこうなったって言うぜ?」

「……それはズルいよ」

 

 そんなことを言い出せば武を襲った薫が、いやいや、シモンファミリーに手を出したボンゴレファミリーがと、遠い過去まで遡らなければならなくなる。――初代ボンゴレが本当にあんなことをしたのかは、まだ明らかになってはいないけれど。

 分が悪くなったことを悟り、利奈は大きく首を振った。

 

「やめよう、こんな話! だって、もうどうだっていいじゃない。私が悪くたって悪くなくたって、もう関係ない」

「関係あるぜ」

「なんで」

 

 睨むようにして見上げたが、眼差しは優しいままだった。それどころか、武はニカッと歯を見せて笑う。学校にいるときのように、打ち解けた表情で。

 

「だって俺、これから薫に会いに行くんだぜ。お前がしょげてたら、俺が薫をぶん殴らなきゃいけなくなるだろ?」

「……え?」

 

 脈絡のない言葉に、一瞬、利奈の頭が空っぽになった。

 

(山本君が水野君をぶん殴る? 私のために? ……うん?)

 

 頭で反芻してみるけれど、やっぱり意味がわからない。利奈自身は薫になにもされていないし、殴るなら自分の恨みを乗せるのが妥当だ。武の口振りでは、利奈の件がなければ薫を殴る理由はないと言っているようなものである。

 

「……なんで私が理由になるの?」

「そりゃそうだろ。友達なんだから」

 

 当たり前のように武は言う。

 

「いくらダチでも、ほかのダチ悲しませたら許せねえし、そこはきっちりしとかなきゃな。利奈が自分のせいだって苦しんでんなら、俺が代わりに薫に怒るべきだろ? 利奈は島に行けねえんだし」

「うぅん?」

 

 その理由はおかしい。と言いたいところだが、理に適っていると言えなくもない。ようは敵討ちのようなものだ。しかしそれにしては、武があっけらかんとしているので、なんだか毒気が抜けてしまう。

 

(なんかよくわかんなくなってきちゃった。わりとシリアスな話してたと思うんだけど……あれぇ?)

 

 利奈自身もよく場の空気を壊すと言われるが、武はさらに輪をかけている。そして困るのは、なんとなくそれでいいかと思わせてしまうところである。

 

(あー、だから言いたくなかったのに! 山本君、いつもこうなんだもん!)

 

 単なるクラスメイトだったときでさえ、利奈がなくした腕章を一生懸命探してくれた人だ。友達が苦しんでいると知ったら、全力で力になろうとするだろう。あんなに悩んであんなに苦しんだのに、武の言葉ひとつで簡単に許せてしまいそうになるのが悔しかった。

 

「……やっぱり、水野君は友達?」

 

 その問いは想定していたよりもずっと軽い調子で口をついた。もっと緊迫した、覚悟を問うような口調で尋ねる予定だったのに。武のせいで台無しだ。

 しょうがないなと苦笑する利奈の心情に気付いているのかいないのか、武は朗らかに答える。

 

「ああ、ダチだぜ」

「……そっか。やっぱそうだよね」 

 

 武に重傷を負わせたのは薫だ。そこにどんな理由や信念があろうが、彼のやったことは騙し討ちと裏切りである。しかし、武が薫を許すのならば、もう利奈に反論する余地はなかった。

 被害者は武であり、利奈はただの発見者なのだ。目撃者にすらなれなかったくせに、どの面下げて文句を言おうというのか。――なんて言ったら、武は怒るだろうけれど。

 

「ご歓談中、失礼します」

 

 音もなく構成員が現れた。話に区切りがつくのを待っていただろうタイミングに、利奈はついついジト目で凝視してしまう。

 

「船の準備が整いました。……本当に、宿泊道具は不要ですか?」

「ああ、かさばるからな」

 

 綱吉たちに一刻も早く追いつく必要があるからと、武は宿泊用具を断っていた。三日も前に出発した綱吉たちを追いかけるのには身軽なほうがいいだろうけれど、食料すら持っていかないというのはやり過ぎに思える。

 

「心配すんなって。スクアーロに修行つけてもらったときもそんなだったし、サバイバルの知識もけっこう教わってるからさ」

 

(スペルビさんが入ると説得力がすごい)

 

 利奈を鍛えたスクアーロは、敵である武に対してもその面倒見の良さを発揮したようだ。スクアーロに教わったのならば心配はいらないだろう。むしろ、スクアーロにしごかれないぶん、楽かもしれない。

 

「では、こちらだけでもお持ちください。リングの炎に反応する探知機です」

「探知機?」

「妨害されているのは電波と幻術だけのようなので。これならば島でも使えるかと」

「へえ、そんなのもあるんだな」

 

 興味津々な武につられ、利奈も手のひら大の機械を覗き込んだ。

 現在地を示す赤い矢印の正面にひとつ、それから矢印の反対側にいくつかの丸印が点灯している。

 

「画面に出ているのは山本様のリングと、九代目勢力が所持しているリングです。まだ開発が始まって間もないので、1㎞程度しか反応はしませんが」

「便利……! これがあれば、ツナたちもすぐに見つかるんじゃないかな」

「だな! よかった、山を駆けずり回らずに済むぜ」

「ね!」

 

 島にいる綱吉たちを闇雲に追いかけるのは骨が折れるだろうが、これが使えれば最短距離を辿れるだろう。もしかしたら、今日中に合流できるかもしれない。

 

「それと最後にこれを」

 

 構成員が白いタオルに包まれたなにかをリュックの中から取り出す。タオルがめくられて中身があらわになると、利奈と武は声をそろえた。

 

「ボンゴレギア!?」

 

 同じ言葉だが、発する意味合いは異なっていた。

 武はなぜここにこれがあるのかと問うているが、利奈はこのボンゴレギアの正体を知っている。本来ならクロームが受け取るはずだった、そして利奈が骸に渡した、霧のボンゴレギア原石である。

 

「そっか、クロームの」

「ええ。ここにあっても役に立ちませんし、貴方ならば必ずクローム様の元へ届けて頂けると」

 

 棘状の原石を再びタオルで包み、構成員は恭しく武へと差し出した。

 

「こちらは、山本様に託します」

 

 うまい言い方だと思った。武は九代目の判断だと思うだろうが、実際は本来の霧の守護者である骸の意志である。武も、まさか目の前の人物が骸だなんて夢にも思わないだろう。どうりで九代目守護者を差し置いて、わざわざ陸奥が来たわけである。

 

「山本、準備が整ったぞ」

 

 今度はちゃんとガナッシュが出発の知らせを持ってきた。受け取ったばかりのボンゴレギアを、武は懐にしまう。

 

「行ってらっしゃい、山本君」

 

 利奈は軽やかに手を振った。武はガッツポーズでそれに応え、走り出す。あのボンゴレギアは棘が鋭いから、転んだりなんかしたら身体に刺さってしまいそうだ。

 笑顔で武の背中に手を振り続けたが、武の姿が見えなくなってからその手で陸奥の腕を掴んだ。もちろん、逃がさないようにである。

 

「骸さんですよね、山本君に話したの」

「なんのことでしょう?」

 

 幻覚は解いていなかったが、表情はすでに実直そうな外面の陸奥とは異なっている。要するに、うさんくさい笑みだった。

 

「とぼけないでください。ほかにだれが私のこと話すんですか」

 

 普通の構成員は利奈の事情すら知らないし、九代目たちだって、これから島に向かう武にわざわざ話したりはしないだろう。武はさっきだれかに聞いたと言っていたので、容疑者はこの船にしかいない。

 

(まったく、余計なことするんだから)

 

 武にだけは絶対に知られたくなかった。だって武は、利奈の過ちを簡単に許してしまう。許されたくなかったから、知られないままでいたかったのに。

 骸だってそれはわかっていたはずだ。あの一件がなければ、利奈は恭弥に刃向かってまでここに来ていない。存在意義を潰されて、これからどんな気持ちでここにいろというのか。

 

(まったく……しかたないなあ)

 

 じっとりとした目で睨みつつも手を離す。すると骸がパチパチと目を瞬いた。

 

「意外ですね。貴方のことだから、もっと激昂すると思ってました」

 

 わかっているならやらないでほしい。しかし骸ならば、利奈がどんなに怒っても右から左に受け流せるだろう。言葉巧みに利奈を言いくるめることだってできたはずだ。白蘭に拒絶反応を示した利奈を、見事奮起させたときのように。

 

「怒ってはいますよ。でも――」

 

 利奈が問い詰めなかったのは、口で勝てないからではない。武の言葉を聞いているうちに、骸の心情まで理解してしまったからである。

 

 骸が武に暴露する行為に利点は一切存在しない。いや、利奈からの評価が下がることを考えれば――それを損害と数えるならば――不利益しかないだろう。それをわかっていて決行したのなら、それ相応の理由があるはずだ。その理由なんて――ひとつしか思い浮かばない。

 

(私だったら絶対やらない。――その人が、大切な人じゃない限り)

 

 つまり、そういうことである。

 損とか得とか利害を度外視して、骸は情を取ったのだ。ほかならない、利奈のために。

 それでも怒っていられるほど幼くはないので、利奈はにまにまと笑いながら、意味深に言葉を切った。

 

「……なんですか、その顔は。若干腹立つのですが」

「ふふふ。いいえぇ? なんでもないですけどー?」

 

 煽るように舌から顔を覗き込むと、心底不快そうに顔をしかめられた。どうやら骸自身はあまりピンときていないようだ。なおさらからかいたくなる。

 

「そうですかー、骸さんってそういうことしちゃうんですね。いやー、困ったなあ」

「まったく困ってなさそうですが」

 

 今回、骸はしきりに利奈を仲間であると口にしていた。仲間という名の下僕、あるいはビジネスライクな関係だと思っていたけれど、文字通りの意味だったということだ。なぜかはわからないけれど、それなりの信頼関係は築けていたようである。

 

(すごく意外だけど、骸さんいじるチャンスなんてもうないかもだし、もうちょっとからかっちゃお。うふふ、楽しい!)

 

 調子に乗ってきた利奈だったが、お楽しみというものは長く続かないものである。

 

「おいお二人さん、ちょっといいか!? こっちにヘリが飛んできてるんだが、あんたらの知っている奴か? 操縦席にリーゼントの男が乗ってるが、無線に返答がない!」

「知ってます私の先輩ですごめんなさい!」

「謝るまでの動きが早いですね」

 

 そういえば本来の仲間の存在を忘れていた。利奈はすぐさま背筋を伸ばすと、九代目に彼らの非礼を弁解するべく走り出した。

 

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