新米風紀委員の活動日誌   作:椋風花

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五章:終幕に喝采はなく
劇的な登場を


 

 天空から落とされた雷撃にも似た一撃で、聖堂は一瞬にしてクレーターとなった。隼人と武が防御壁を展開していなければ床さえ残らず、そこに聖堂があったことをだれ一人証明できなくなっていただろう。そもそも、目撃者すら残らなかったかもしれない。

 

「おい、あそこ!」

 

 隼人の声で全員の視線が揃う。

 クレーターの中心部、その上空で黒い炎が揺れている。数十メートルは距離があるというのに、その炎圧は彼らに畏怖の念を抱かせた。空間にできた裂け目は、彼らの目前で徐々に広がっていく。

 

「ねえ、なにか落ちてる」

「んん?」

 

 炎真の言葉に綱吉が目をこらす。炎からなにかが零れ、地面に散らばっていた。

 

「紙? カード? なんだろう」

「ありゃあ――」

「トランプ」

 

 ここから模様など見えるはずがないのに、骸はやけにきっぱりと言い切った。言われてみれば、回りながら落ちる物体には裏表が存在していた。それでも、絵柄までは読み取れない。

 炎から降り注ぐトランプが、際限なく地面へと降り積もっていく。先ほどの聖堂を破壊した攻撃もあって、だれも近寄る気にはなれなかった。

 これからなにが起こるのか、固唾を呑む彼らの前でトランプは山と積もり――そこに、少女が落とされた。

 

「きゃん!」

 

 尻餅をついた少女が、犬のような悲鳴を上げた。上空から落とされたものの、トランプの山がクッションとなって衝撃を和らげた。それを見てランボが目を輝かせる。

 

「手品だー!」

 

 なるほど、確かに手品だ。なにもないはずの空間からトランプやら人やらが出現しているのだから、ランボの感想は的を射ている。しかしランボ以外は、だれ一人として目の前の光景を現実のものとして受け入れられなかった。

 

「な、なんで……?」

 

 クロームだけがひどく狼狽している。骸とDが戦っていたあのとき、クロームは意識を保っていなかった。だから、あのときDが見せた幻覚を知らないのだ。

 

「なんで利奈がここにいるの……!?」

 

 アレは偽物だとだれかが口を開くより先に。

 

「ヌ  フ    フ」

 

 不気味な笑い声が場を満たす。

 トランプの山が不自然に盛り上がり、姿勢を崩した利奈が山を滑り落ちそうになった。しかし、トランプの山から突き出た手が、地べたに落とされかけた利奈の腕を掴んで留める。

 

 Dが、トランプの山から姿を現した。手慣れた仕草で利奈を立たせ、事態についていけていない綱吉たちに微笑みかける。それはまるで、奇術に驚く観客に笑いかける手品師のようで。

 

「余興はお楽しみいただけましたか?」

「……D・スペード」

 

 地に落ちたトランプが一斉に舞い上がった。その中心で、Dは大見得を切るように両手を広げる。

 

「さあ、始めましょう。君たちの世代の終焉を」

 

 

――

 

 

(なんか私もこの人の味方みたいになってない? これ)

 

 知らぬ間に手品の助手に仕立てあげられてしまった利奈は、みんなの眼差しを浴びながら他人事のようにそう考えた。

 向けられる視線は疑いに満ちている。当たり前だ、なんの脈絡もなく、ここにいないはずの利奈が顔を出したのだから。自分だって、同じ立場ならば幻覚と思っただろう。ところが悲しいことに、これが現実である。

 

「残念ながら、あれは幻術ではありません。本物の相沢利奈です」

 

(ほら、骸さんだって――あれ? 骸さんどこ?)

 

 骸の声がしたが、周囲に骸の姿はない。そもそも骸の身体はDが乗っ取っているわけで、そうなると骸はだれかに憑依するしかない。しかし骸が憑依しているとおぼしき人が見当たらなかった。

 

「なんだって!? 本物の相沢さん!?」

「そんな――って、ん? なんで骸が利奈のこと知ってんの!?」

 

 思ったとおり、あちら側は大混乱だ。骸と接点があることを今までひた隠しにしていたせいで、いらないいざこざが生まれている。利奈が船に乗っていることを把握している武ですら、あの場に骸がいたことは知らないのだ。知っていれば、すぐに答えが出せただろうに。

 

「ヌフフ、手品は大成功のようだ。……いささか騒ぎすぎな気もしますが。ゲストが豪華すぎましたかね?」

 

 嫌味を言われても困る。目立たないよう隠れていたのを、わざわざ引っ張り出してきたのはDなのだから。

 

「――僕と彼女の関係はともかく、あそこにいるのは本物の利奈。それから、僕の身体を手に入れて何倍にも力を増したDです。全員が全力を出しても相手になるかどうか……」

「そんな……」

 

(……あれ?)

 

 いまだに骸らしき人物の姿は見えないが、骸と話している綱吉の顔は上を向いていた。その先には匣アニマルと思われる真っ白なフクロウがいて――

 

「でも骸様、あれは骸様の身体で……」

「そんなことにこだわっている場合ではないのです。情に流されて少しでも手を緩めれば、すべてを失ってしまう。わかってますね? 沢田綱吉」

「……ああ、わかった」

 

(うええええ!? あのフクロウが骸さん!? 動物にもなれるの!?)

 

 もはやなんでもありである。身体を乗っ取られての苦肉の策だろうが、まさかフクロウに憑依するなんて。利奈の動揺をよそに、彼らは決心した表情でDに向き直る。

 

「では、そろそろはじめま」

 

 Dがトランプを手に持った。

 

「しょうか?」

 

 Dの姿が消えた。

 利奈からすれば消滅だが、綱吉たちからしたら出現だろう。なぜならば、Dが一瞬にして彼らの中心に移動したからだ。

 

「えっ――」

「逃げろ!」

 

 防御も退避も許されない刹那に、武がクロームを押し出すのが見えた。しかし次の瞬間に爆発が起き、彼らの姿は黒い炎に飲み込まれる。 

 

「みんな!」

 

 すかさず駆け寄ろうとする利奈の肩を、何者かの腕が掴む。またもやDが瞬間移動したのかと目の前の爆発も相まって硬直するが、利奈の耳を打ったのは聞き慣れた声だった。

 

「少しは学習しなよ」

 

 恭弥だ。一人だけ少し離れた場所にいたので、爆発の影響を受けなかったらしい。なんの策もなく飛び出そうとした利奈に、呆れ半分、諦め半分の目をしている。そして、なぜか改造した学ランを着用していた。ロングコートのような丈の長さだ。

 

(って、今はそんなことどうでもよくて! みんなは!?)

 

 間を置いたおかげで爆発の煙はなくなっていた。段差の下に突き落とされる形になったクロームのそばに、綱吉と炎真も一緒に倒れている。しかし、段差の上にも下にも、どこにも武や隼人の姿が見当たらない。

 

「余興はまだまだ続きますよ。出現の次は消失。安心してください、彼らは無事ですから」

「ジュリーたちをどうした! どこへやった!」

 

 炎真が吠えた。継承式で綱吉に激昂したときよりも強い語気に、利奈は面食らう。綱吉とともにいるということは、もう和解は済んでいるのだろうか。

 

「ヌッフフ。手品の種を尋ねられましても」

「大方、どこかの異空間へでも飛ばしたんだろう。利奈を出したときと同じ炎を使ったな」

 

 遙か上空の骸が、風に煽られながらも手品のネタを分析する。フクロウだから飛んで爆発を回避できたものの、爆風に巻き上げられてしまっていたようだ。

 

「おやおや、手品の種明かしは御法度ですよ。とはいえ、二回同じトリックを使っては見破られても仕方ありませんね」

 

 つまり、瞬間移動の能力を使ってジュリーやランボも違う場所に転送したらしい。戦わずして戦力を削りとったというわけだ。

 

「ご心配なく。彼らには席についていただいただけです。ボンゴレ十代目候補討伐物語の観覧席にね。できれば沢田綱吉以外全員を送りたかったですが、まあ、いいでしょう。

 運がよかったですね、貴方たちは。なんたって、かぶりつきの特等席で沢田綱吉の最期を観ることができるのですから!」

 

 高らかにDが謳いあげたところで、聞くに堪えないとばかりに後頭部めがけて鎖が飛んだ。もちろん、恭弥の仕業である。

 

「口上は終わった? なら、あとは敵役らしく無残に骸を晒しなよ」

「む」

「……ヌフフ」

 

 飛んできたふたつの鎖を、Dは上半身の動きのみで躱し切った。そしてヌラリと髪をなびかせながら振り返る。その手に持っているのは、数枚のトランプ。さきほどの爆発に使われたものだろうか。殺気を飛ばす恭弥に、Dは懐かしむような眼差しを送る。

 

「まったく、十代目候補の守護者はだれもかれもが初代に生き写しだ。まるで昔に戻ったようですよ」

「戦う前から走馬灯を見ているのかい? 辞世の句を詠むならさっさとしたら」

「……ヌフフ、本当にまったくもって」「面白い」

「ひゃあ!?」

 

 Dの両足に大きな目玉が出現した。そのうえ、横腹にできた口が言葉を発するものだから、利奈は悲鳴を上げて恭弥の背中に隠れた。

 

(なにあれなにあれなにあれ! キッモ!)

 

 幻術だとはわかっていても、生理的嫌悪はどうしようもない。綱吉たちもギョッとしているし、これには恭弥も嫌悪感を――

 

「いいね」

「うっそでしょ!?」

 

 むしろ楽しそうに微笑んだので、正気を疑った。あれを本当にいいと思ったのなら、今後の身の振り方を考えなければならない。

 

「さすが十代目候補の最強の守護者、これくらいでは動じませんか。その調子で、なにが起きても驚かないでくださいね」

 

 Dの足下で、小さな欠片が渦巻き始める。またもトランプかと身構えるが、緑色の欠片に表裏はない。

 

「っ、あれは紅葉の森属性の葉カッター! どうして!?」

 

 炎真の言葉で、それが無数の木の葉であるとわかった。そして名称から、葉の一枚一枚に殺傷能力があるということも。あんなものが飛んできたら、生身ではひとたまりもなさそうだ。

 

「利奈、さっさとどいて」

「はいっ」

 

 そばにいても邪魔にしかならないだろう。利奈は脱兎のごとく走りだし――そこでふと気付く。

 

「え、今、私のこと名前でーえええぇぇ!? なに!? 坂道!?」

 

 平らだった地面が急に下り坂になり、大きく身体が傾いだ。恭弥を中心に、地形が変化していたのだ。

 

「らうじの山属性まで! なんでDが二人の技を!」

「利奈! 早く!」

「クローム! ちょっとヤバい、転ぶ転ぶ転ぶ!」

 

 絶えず変形していく大地を、転がるように駆け抜ける。勢いがつきすぎた体は自身ではどうにもならず、腕を広げた綱吉に飛びこむことで停止させた。それでも勢いは殺しきれず、近くにいた炎真までも巻きこみ、三人で転倒した。クロームが恐々と上から覗きこむ。

 

「利奈、大丈夫?」

「う、うん、なんとか。あー、ごめんツナ、ありがとね」

 

 謝りながら立ち上がる。そして、ハッとしながらクロームに向き直った。

 

「クロームは!? クロームは大丈夫だったの!? なにかされなかった!?」

 

 事態が急転直下に進行しているせいで忘れていたけど、もともとは攫われたクロームを救出するためにここまで来たのだ。遅まきながら慌てるが、クロームはゆるゆると首を振った。

 

「私も大丈夫。骸様が、助けてくれたから」

「そっか……よかったあ」

 

 Dに負けて身体を乗っ取られた骸だが、クロームの救出には成功したようである。試合に負けて勝負に勝った、といったところか。

 一人勝手に納得していると、フクロウ姿の骸がおもむろに頭に留まった。

 

「痛っ! 骸さん、爪食いこんで痛い!」

「不愉快な思い違いをしているようなので、正そうかと。それより、貴方のボスはいいんですか?」

 

 利奈の背後では、すでに戦いが繰り広げられていた。

 辺り一面を岩壁に囲まれた恭弥に、鋭利な木の葉の群れが襲いかかる。しかし恭弥は岩壁を蹴って飛び上がり、死角を狙った刃の攻撃をことごとく躱していた。

 

「すごい! 葉カッターを全部躱してる!」

「それだけじゃねえぞ。ああやってギリギリまで引きつけながら避けることで、葉の枚数を減らしてるんだ」

 

 リボーンの解説どおり、避けられた葉カッターは岩壁に突き刺さってその数をみるみるうちに減らしていた。敵の作戦を見事に逆手に取っているのだ。

 

「にしても、なんでDが大地の七属性を使いこなせてんだ?」

「僕もなにがなんだか……。ジュリーの指輪を奪ってるんなら、砂漠属性を使えてもおかしくはないんだけど」

「あっ」

 

 リボーンと炎真のやりとりで、利奈はDの行動を思い出した。彼はここに来る前に、わざわざ一度、ある場所に寄り道をしていた。

 

「あのさ、ここに来る前に笹川先輩が閉じ込められてる場所にも行ったんだけど、それだったりしない?」

「え!? お兄さんに会ったの!?」

「会ったっていうか、見たっていうか……。先輩、変な機械に繋がれてたから」

「なるほどな、復讐者の牢獄でリングを集めてきていたってわけか」

「ご明察」

 

 Dがずらりと指輪を嵌めた両手を見せる。指輪からはうねうねと虫のような物体がうごめいていたが、さいわいにも利奈たちの目に留まることはなかった。

 

「ってことは、Dは今まで見てきた技が全部使えるってこと!? ヒバリさんはアーデルハイトの技しか知らないのに!」

「そうなの!?」

「関係ないよ」

 

 回避に専念していた恭弥が動きを変えた。岩肌を利用して岩壁の頂上まで跳ね上がり、そこから一気に跳躍する。狙いはもちろん丸腰のDである。葉カッターは後ろから恭弥を追うが、恭弥の攻撃を防ぐものはなにもない。

 落下速度の加わった恭弥の強烈な一撃は、しかしDに難なく受け止められた。

 

「え!?」

 

 ついにDが武器を初めて手に取った。しかしその武器は、利奈にとって深く馴染みのある武器であった。いつも端から見ているだけだった利奈でさえ驚いたのだから、恭弥の驚愕は計り知れない。

 

(なんで、ヒバリさんと同じ武器を――)

 

 恭弥の攻撃を防いだ武器。それは、恭弥が今使用しているものとまったく同じ形状のトンファーであった。

 




6.14 読み直して文が引っ掛かったので全体的に修正しました。

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