新米風紀委員の活動日誌   作:椋風花

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ひったくり集団の殲滅

 祭りの本部テントに戻ると、そこにはたくさんの貢ぎ物を前に鎮座する恭弥の姿があった。恐々としている周囲の人たちと相まって、邪神が祀られているようにしか見えない。

 

「おはようございます」

「……」

 

 挨拶をするが、返事はまばたきひとつである。ひょっとしたら、今の今まで惰眠をむさぼっていたのかもしれない。

 

「飲み物、もらいますね」

 

 一応断りを入れて、恭弥の前に並べられていた缶飲料を手に取った。

 お茶よりもジュースが飲みたかったけれど、奪い合いになるのを考慮してか、同じ緑茶でそろえられていた。ひんやりと冷たい手触りが気持ちよくて、つい頬に当ててしまう。

 

 昨日も――そう、昨日も恭弥はショバ代の回収作業に参加していた。

 わざわざ委員長が出てくる必要はなさそうなものだが、恭弥自らも活動資金の調達に回っている。おそらく、拒否された際、非合法的に屋台を破壊できるのが目当てなのだろう。

 群れを嫌っているわりに祭りは許容するのだから、彼のいう群れの基準は難しい。恭弥がいるとお供え物が目に見えて増えるので、利奈としてはうれしいところではあるが。

 

「朝はどうだった?」

 

 綿あめの袋を開けていたら、ようやく恭弥が声をかけてきた。

 ほかの風紀委員はだれ一人戻ってきていないので、まだ見回りをしているのだろう。被害者や目撃者に聞き込みをしているのかもしれない。

 

「なにもありませんでしたよ。どの屋台も設置終わってましたし、問題ありません」

 

 唯一変わっている点といえば、同級生が働いていたことくらいだろう。

 町内会長から許可を得ていたのだから、わざわざ恭弥に話す必要はない。なので、大口を開けて綿あめにかぶりついた。甘いものばかり食べていると口がだるくなるので、次に食べるものも着々と品定めしていく。

 

「出るんですかね、ひったくり。昨日あったばかりだから、屋台の人たちも警戒してると思うんですけど」

「来るよ」

 

 やけにきっぱりと恭弥は言い切る。

 

「ああいう手合いは、一度うまくいったら、失敗するまで繰り返すから。今日はそれも楽しみだね」

「泥棒を捕まえるのが、ですか?」

「捕まえて咬み殺すのが」

 

 ですよねと利奈は心の中で呟いた。

 念のために、携帯電話の短縮ダイヤルの順番を確認しておく。一番が病院で、二番が警察だ。襲撃されたときには一番しか使わないけれど、今回は窃盗事件でもあるので、捕まえたら警察に引き渡さなければならなくなる。

 

「本当に楽しみだよ。カモがネギしょってやってくるんだから」

「……んん?」

 

 微笑みすら浮かべている恭弥に、引っかかりを覚える。カモはひったくり犯で、ネギは――

 

「あの、ひったくり捕まえたら、そのお金って――」

「もちろん、活動資金として風紀委員が頂くに決まってるじゃない」

「……」

 

 横暴を通り越して、もはや王の暴挙である。

 どうせなにを言っても無駄だろうから、利奈は一般人としての倫理観ごと、苦いお茶を一気に飲み干した。

 

 

 

 二日目ということもあって、回収作業は順調に進められた。

 晴天で客入りもいいからか、ショバ代を出す店主の顔は明るい。必要経費として割り切ってくれているのだろう。

 そして、昨日ひったくりにあった屋台はわかりやすい。文句は言わないが、顔がしょげている。

 

「次で最後だな」

「はい。あそこのイカ焼きで最後です」

 

 昨日は率先してお金を回収していた利奈だが、今日は班のメンバーの後ろに付き従い、なるべく目立たないように行動していた。前に出ると屋台の食べ物に目がいってしまうからとか、そんなくだらない理由ではない。店主のためである。

 

(だれだって、自分の子供みたいなのに、お金持ってかれたくないよね……)

 

 並盛町において、風紀委員の権力は絶大だ。ゆえに、執行する側である利奈たちは疑いもせずにその権力を振りかざすのだが、ごくまれに反発されることもある。

 従うべきだと頭ではわかっていても、実際に自分に牙が向けば、争いたくなる人もいるのだろう。その結果どうなるかなんて、考えもせずに。

 

 昨日もそうだった。利奈を見て風紀委員を侮った店主は、ショバ代の支払いを拒否して屋台を失った。あの時の、祭りの雰囲気が一瞬にして台無しになった情景を、利奈ははっきりと思い出せる。

 ほかのことでは役に立てないからと張り切って、努力が見事に裏目に出たのだ。利奈は大いにショックを受けた。

 だから今日こそは、無事に仕事を終わらせたい。そう意気込んでいたのだが――

 

(結局、逆らう人は逆らうんだよなあ)

 

 ほかの班で、またもや支払い拒否があったらしい。利奈相手ならばともかく、ほかの風紀委員を相手に歯向かったその勇気は、称賛に値する。値しうるが――壊された屋台は元には戻らない。世の無常さにため息しか出ない。

 

「はい、これで回収全部です。お疲れさまでした」

 

 表に赤チェックを入れて見せるが、ちらりと一瞥されるだけである。

 

 今日は担当場所で犠牲者を出さずにすんだ。お祭り会場のそこかしこで屋台が破壊されていては、観光客も楽しめないだろう。一台壊されていれば、二台三台と続いても同じだろうけれども。

 

「終わったー。今日って、すぐには中学校に戻りませんよね。ひったくり警戒するって言ってましたし。夜までここにいるんですよね」

「ああ。それがどうした」

「花火、見られますよね?」

「だろうな」

「やった!」

 

 腕に持つファイルを高々と上に掲げる。

 

 祭りの醍醐味、夏の風物詩、打ち上げ花火である。

 夏に入ってからずっと委員会活動しかしてこなかった利奈にとって、花火は重要な思い出材料だ。

 八月中旬に転校前の友達と遊ぶ約束をしているので、せめて学校の人と花火を見たくらいのエピソードは披露したい。委員会活動の大半は、他言無用の灰色な思い出である。

 

(さすがにそこは見栄張りたいよね。友達がいないってだけでも悲惨なんだから……!)

 

 友達ができなかったのはひとえに自分の行いのせいだが、それは黒歴史として闇に葬り去りたい。

 

 神輿が担がれる時間だからか、屋台の周辺は人が少なくなっている。昨日は神輿を見られなかったけれど、回収の終わった今なら、見に行けるかもしれない。

 

「ちょっと神輿見てきてもいいですか?」

「あ?」

「ちょっとだけ! すぐ戻りますから」

「お前……。せめてそのファイルを持ってったあとにしろよ。どうせそんな早くには終わんねえんだし」

「……はーい。ファイルくらい別に――」

 

 そのとき、小学生が走ってきた。大きく振るった腕がぶつかりそうで慌てて避けるが、男の子は振り返りもせずに走り去っていく。手に持っている荷物が重たいのか、少し走り方が乱れていた。

 

「あっぶな。人混みでぶつかったら危ないのに」

 

 文句を言う利奈を、またもや一人の少年が抜き去る。

 今度は中学生で、走り方は必死だが、さっきの小学生よりもずっと足が遅い。そして、見覚えのある背格好だった。

 

「ん? 沢田君?」

 

 綱吉には今日初めて会うけれど、名前は武たちとの会話で出ていた。確か、借金返済のために、チョコバナナを売っていたはずだ。

 振り返って屋台を確認するが、屋台は無人で、武たちの姿もない。視線を戻すが、綱吉は走っていったきり、戻ってこない。あの先にあるのは神社だけだ。

 

「え、どういうこと?」

「あの屋台、無人だな。管理者は」

「あ、えっと、町内会長ですけど――走ってた沢田君たちが店番してるはずなんですよね」

「チッ、不用心なやつらだ。あれじゃ売り上げ盗まれても文句言えねえぞ」

「ですよね。なんであんな慌てて走って――」

 

 利奈の脳裏に、先ほどの光景がフラッシュバックする。

 綱吉の必死な形相。だれかを追いかけているようなまなざし。直前に利奈の横をすり抜けた小学生。その腕に抱かれていた荷物――あれは、小型の金庫ではなかったか?

 

「あー!」

 

 すべてがつながった利奈は、勢いよく大木の腕を掴み、ぐいぐいと引っ張った。

 

「あれ! 今のがひったくり犯ですよ! ど、どうします!? 警察呼びます? それともヒバリさん? どうすればいいですか、大木さん!」

「落ち着け」

 

 ビシリと腕をはたかれる。

 

「竹澤、すぐに本部に戻ってほかの連中にも伝えてこい。相沢はヒバリさんに連絡。おそらく神社だ」

「はい」

「わ、わかりました!」

 

 すぐさま携帯電話を取り出して、短縮ダイヤルの三番を押す。もちろん、恭弥の携帯番号だ。

 

 ――そこから先は早かった。

 

 ひったくりは複数人での犯行だったらしい。そのうえ、最初から恭弥をおびき寄せるつもりだったのか、人数と武器までそろえて待ち構えていた。祭りで見張りをしていた風紀委員が邪魔だったのだろう。

 余計なことはしないでと恭弥に言われたため、風紀委員は犯人たちを取り逃がさないように、神社一帯を取り囲んで恭弥の合図を待った。だれひとりとして、恭弥が負ける心配をしていない。

 

 ひったくり犯を追いかけてしまったために、不運にも綱吉が巻き込まれた。おまけに、綱吉を助けに武と隼人が追っていったので、彼らも参戦する羽目になった。止めたけれど聞かなかったのだ。

 彼らが混ざって爆発音が入るようになったが、花火でも持っていたのだろうか。

 利奈は一般客が巻き込まれないように階段の下で規制線を張っていたが、怒号や打撃音が絶え間なく響いていたので、ずっとヒヤヒヤした。

 

「で、どこに行っちゃったんです? その三人」

「自分たちの取り分を持って逃げていったよ。邪魔されたついでに咬み殺しておこうかと思ったのに、残念」

「ええ……」

 

 言いがかりにもほどがある。

 

 それにしても、五十人以上いたチンピラ連中を、よく四人で片付けたものである。綱吉は戦力にならないだろうから、実質三人だったのに。

 五十人と聞いて救急隊員が悲鳴を上げていたけれど、人数が多かった分、一人一人の傷は深くない。手当だけしてくれれば、あとは警察に引き渡すだけで済むだろう。

 

 ――そして、警察への通報と事情聴取。

 警察も風紀委員の配下に回っているので、事情聴取はさらりと表面をなぞるだけで終わった。個室に連れて行かれてもないし、奪ったお金の行方について聴取もされていない。あちらも心得ているのだろう。

 

 そんなこんなを終えて利奈が解放されたのは、日もどっぷり暮れた夜のことであった。

 当然、花火も終わっている。

 

「うそでしょ……。祭りの最後がこれ?」

 

 こんな血なまぐさい思い出、友達に話せるわけがない。

 がっくりと肩を落とした利奈は、むすっとした顔で星空を睨んだ。花火の音すら聞けていない。

 

「ひどい! こんなのってない! 花火見たかったー!」

「騒いだって仕方ないだろ」

 

 最後尾で叫んでいたら、竹澤にたしなめられる。

 

「そんなこと言ったって、初めての祭りがこれですよ? 神輿も見てないし、病院に連れて行かれるし、警察署で取り調べ受けるし。こんなひどい夏休みってあります?」

「お前、荒れすぎだろ」

 

 どうせこのあとの夏休みも、攫われたり襲われたり救急車呼んだり不良捕まえたりしかないのだ。今日くらい、夏休みらしいことがしたかった。

 

「携帯の履歴、救急車とパトカーばっかり! もっと違う履歴が欲しいです! 暴力団も却下で!」

「おい、静かにしろ」

「違う番号打ちたいです! もういっそみんなのでいいです、番号ください、番号」

 

 やけになって携帯電話を取り出すと、最前列を歩いていた恭弥が振り返った。

 

「そんなに電話したいの?」

「ひっ」

「だから言っただろうが……おとなしくしとけ」

 

 小声で言われ、こくこくと頷く。

 

 恭弥はそれを同意と取ったのか、数字を一音ずつ唱えて始めた。そうなると利奈は打つしかなくて、言われるがままに電話番号を入力する。最初の四桁からすると、このあたりの家の電話につながるはずだ。

 

「か、かけましたけど……」

「なら耳に当てて」

 

 これで恭弥の両親が出てきたら、なんて言えばいいのだろう。

 戦々恐々としながら電話を耳に押し当てると、威勢のいい声が耳元で響いた。

 

「はい毎度! 竹寿司です」

「……寿司屋さん?」

「はい?」

 

 番号を間違えただろうか。しかし、大木に予約だと耳打ちされ、利奈は電話を持ち直した。

 

「あ、あの、予約。予約って、入ってます?」

「予約? ……ああ、本日八時予約の風紀委員一行様で!」

 

(え、ほんとに予約入れてるの!?)

 

 恭弥を見るが、背中しか見えない。

 

「これから来られるんですか? 寿司ならもう準備できてますよ」

「は、はい。もうすぐ着きます」

「あいよ、お待ちしてます!」

 

 通話が切れ、利奈は目を輝かせながら先頭へと急いだ。

 横顔を覗き込むが、恭弥は一切利奈を見ようとしない。

 

「ひ、ヒバリさん。お寿司、お寿司ですか、今日」

「不満?」

「いえ――いいえ! やったお寿司! これからも委員会頑張ります! ありがとうございます」

 

 単純極まりなく利奈は大はしゃぎした。

 この寿司代はひったくり犯からかっぱらったお金から払われるのだろうが、もはやそんなことはどうでもよかった。利奈も、立派な風紀委員会の一員である。

 

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