新米風紀委員の活動日誌   作:椋風花

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縒りを戻す

 

 

 奇襲を仕掛けた意趣返しのように、トンファーから伸びた鎖が恭弥を襲う。恭弥はそれを後ろに跳躍して躱したが、やはり動揺が尾を引いたのだろう――わずかに回避が遅れた。頬に一筋、赤い線ができる。

 匣動物のロールが威嚇の声を上げるが、化け物じみた唸り声がそれをかき消した。涼しく笑うDの前に現れる、棘のついた丸い物体。

 

「……なにあれ?」

「えっ、知らないの!? あれ、ヒバリさんの匣だよ?」

「あれが!?」

 

 そういえば、恭弥が匣兵器で戦っているところを見たことがない。匣があんな形態に変わるなんて初めて知った。よくよく見れば、Dの腕には恭弥と同じ、ボンゴレギアのブレスレットが嵌まっている。

 

「問題は、なぜDがあれを使えるかです。あのボンゴレギアの属性は雲。Dに使えるはずがない」

「あの人の属性って――」

「霧ですよ。ほら、このとおり」

 

 問いに答えたのはD本人であった。まさか話しかけてくると思っていなかったので利奈はギョッとしたが、Dは軽やかに髪をかき上げて耳を見せた。そこには、クロームがつけているものとまったく同じイヤリングがつけられている。あれが霧のボンゴレギアなのだろう。

 

「で、でもなんで? なんであの人がボンゴレギア持ってるの? だって、ボンゴレギアってボンゴレリングからできたものなんでしょ?」

 

 匣やリングはある程度増産可能なものだと未来で教わっている。しかしボンゴレギアは、精製度Aクラスのボンゴレリングに匣動物、それから初代ボンゴレであるジョットの血を注いだ、唯一無二の一点物である。Dに用意できるはずがないのだ。

 利奈の疑問に、それ以前の問題だとリボーンが首を振る。

 

「そもそも、あの数の属性を一人で使い分けられるわけがねえ」

「ええ。なかにはふたつかみっつ、属性を兼ね備えている人間もいます。ですが、あれだけまんべんなく使いこなせる人間はいません」

「大空属性なら、全部使えたんじゃなかったでしたっけ」

「それは開匣が可能ってだけだ。自由自在に使いこなせるわけじゃねえ」

 

 なるほど、大空属性も万能ではないらしい。しかしそれなら、Dが雲のボンゴレギアを使いこなすのは不可能ということになる。ならば残る可能性は――

 

「幻術。偽物だね」

 

 そう判断した恭弥が、展開した自身のギアをDへと放つ。そして自らも、増殖する球体のひとつを足場にして高く飛び上がった。Dも球体を放って迎え撃つが、恭弥はぶつかりあうギアのあいだを巧みにすり抜け、Dの胸元へと辿り着く。

 咄嗟にDはトンファーで防御しようとしたが、トンファーの扱いにおいて、恭弥の右に出るものはいない。防御する両腕を左のトンファー一本で押さえつけられ、がら空きの胴体に重い一撃が叩きこまれた。Dは声すら出せずに後方へと吹っ飛ばされる。

 

 追撃を加えるべく着地点に向かう恭弥だったが、そこで異変が起きた。恭弥が地面に着地した瞬間、その身体が深く地面に沈みこんだのだ。

 

「ヒバリさん!?」

「SHITT・P!の底なし沼だ!」

「底なし沼!?」

「やべえな、ありゃあすぐには出られねえぞ」

 

 反動をつけようと強く踏みこんだせいで、胸元まで沼に沈んでしまっている。異変を察して武器は掲げていたようだが、あの状態でトンファーは振るえないだろう。そこにすかさず重量級の球体が落とされていく。

 

「ヒバリさん!」

 

 今から助けに行ったところで間に合うわけがない。針が突き刺さる数秒後の未来に利奈は悲鳴を上げ――

 

「うるさい」

 

 それをすっぱりと切り捨て、恭弥はトンファーから伸ばした鎖を上空へと放り投げた。今度はただの鎖ではない。先端に輪っかがついていた。

 

(あれは……手錠?)

 

 放物線を描いた手錠は、輪投げの輪のように球体上部の針に引っかかった。恭弥の意図を汲んだロールがすぐさま急上昇し、底なし沼から恭弥を引っ張り上げる。そして恭弥の抜けた穴を埋めるかのように、Dのボンゴレギアが沼を押し潰した。まさに間一髪である。

 

「すごい、あの人……! 匣兵器を使いこなしてる!」

「し、心臓止まるかと思った……」

 

 炎真は感嘆しているが、今のは生きた心地がしなかった。身動きの取れないあの状態なら、針が刺さらなくても底なし沼に全身を沈められていただろう。いくら恭弥といえど、窒息すれば命を落とす。

 

 すんでのところで難を逃れた恭弥は、足を前後に振って反動をつけると、これまた勢いよくDへと飛び出した。

 Dはすでに起き上がっていたが、身を守るための盾はすでに恭弥の背後にある。同じ手は二度と食らわぬとばかりに、恭弥はそろえた両足をそのままDの胴体に押し込んだ。破壊力抜群のドロップキックである。

 衝撃でDの身体が地面に跳ねるが、すかさずその足めがけて手錠を投げる。

 

「もう逃がさない」

 

 トンファーの先端から大きな棘が飛び出した。恭弥が腕を後ろに引くと同時に、なにが起きるかを察してクロームが強く目をつむる。利奈も思わず顔を背けそうになったが、かろうじて思いとどまった。直後、Dの背中から鮮血が噴き上がる。

 

(駄目だ、あれじゃ致命傷にならない)

 

 さほど抵抗なく貫通したところを見ると、骨には当たらなかったようだ。内臓は破裂したかもしれないが、息の根を止めるには足りていない。いや、そもそも幻術で偽装されている可能性が高い。出血量が少なすぎる。

 利奈が抱く程度の疑問など、もちろん恭弥も承知の上だろう。即座に追撃を仕掛けようとしたが――

 

「もうけっこう。これでフルチャージです」

 

 一切ダメージを感じられない声でDが言った、その瞬間。Dの腕から炎が燃え上がった。炎の色は――黄色。

 

「活性の晴!」

 

 その炎を利奈はよく知っている。ルッスーリアの属性と同じ、晴の炎だ。

 晴の炎の効果は「活性」で、傷などを癒やす効果がある。だから腹にあいた大穴を治すための力かと思いきや、Dは右の拳を固めた。

 

 恭弥はDにかけた手錠ごとトンファーを手放すが、Dは恭弥と距離を詰めることなく、そして距離を取ることすら許さず、その拳を振り抜いた。圧縮された炎が一直線に放たれ、爆風は背後の森までも吹き飛ばした。その威力はすさまじく、射程範囲外にいた利奈たちですら、砂塵にさらされる。

 

(なにこれ、なんであんな炎が一気に……!)

 

 Dが拳を握ったとき、その腕に炎は灯っていなかったはずだ。それなのにDが拳を振り抜いた瞬間、途方もない炎圧が、光線のように放たれた。あれもボンゴレギアの能力なのだろうか。

 

「いた! ヒバリさん!」

 

 砂粒に苛まれながらも、綱吉がいち早く恭弥を見つけ出した。暴風に吹き飛ばされてはいるが、怪我をしている様子はない。あの距離なら、直撃を躱してもダメージを食らいそうなものだが、さすが恭弥だ。

 

「まさか。計算のうちですよ」

「あっ」

 

 吹き飛ぶ恭弥の進行方向めがけてDがトランプを投げる。空中、しかも背後に仕掛けられたトラップに、恭弥は為す術もなく飲み込まれた。恭弥に合わせて巨大化したトランプは、恭弥を回収するとともに元の大きさに縮み、Dの手元へと戻った。

 

「うそ……ヒバリさんが」

 

 思わず声に出すと、クロームに案ずるような眼差しを送られた。

 四人に続き、恭弥までも異空間に飲み込まれてしまうとは。これで残るは、リングを持っていない利奈を除いて四人――いや、人でなくなっている骸を除くと三人である。数の優位性がどんどん失われている。

 

「ヌフフ、心配しなくても彼は無事ですよ。観客席に移っていただいただけです。これ以上は時間の無駄ですから」

「それ、どういう意味?」

 

 腹に空洞をあけたまま平然と話すDに、利奈はすかさず噛みついた。そのうえDに向かって一歩踏み出しさえしたが、血相を変えた綱吉に行く手を塞がれる。

 

「利奈、落ち着いて! 危ないから!」

「だって!」

 

 爆風に吹き飛ばされてはいたが、恭弥はほとんど無傷だった。それを幻術で強制退場させておきながら時間の無駄とは、いったいなんの了見だ。あれだけ多くの能力を使っておきながら、ろくにダメージも与えられなかったくせに。

 

「僕も彼女に同意見です。貴方は雲雀恭弥の実力を知らない。彼は追い詰められてからが本番ですよ」

 

 一度は敵として戦った骸も利奈と意見をそろえた。だがそれは、恭弥当人にとってはきわめて不快な弁護だったろう。自分は恭弥を追い詰めたと公言しているにほかならないのだから。

 

 実際、Dに飛ばされた異空間の中で、トンファーを折らんばかりに握りしめる恭弥がいた。しかし、術を仕掛けたDですら異空間の様子を窺い知ることはできず、いなすように首をひねるだけだった。

 

「どちらにせよ、彼は私に勝てませんよ。使えるボンゴレギアの数が違う」

「たくさん武器を持ってるほうが勝つわけじゃない!」

 

 なおも利奈は噛みついた。

 Dのボンゴレギアが偽物でないことは証明されてしまったが、だからといってDの勝利が決まっていたわけではない。

 

「ええ、それはそうです。勝敗を決めるのは武器の多さではない」

 

 寛容に頷きながらもDは続ける。

 

「ですが、それを扱う人間の能力値ですら、天と地ほどの埋めがたい差があったとしたら? それでも勝てると思いますか?」

「そんなの――」

「やってみなくてもわかりますよ」「君たちと私ではスペックが圧倒的に――違う」

 

 またもやDの胴体に唇が生まれた。さすがに二度目は怯まなかったが、大きな舌が胸を舐めると、そこにあったはずの大穴が消えた。――とはいえ、傷の場所が若干変わっていたり、穴から血が出てなかったりで、幻術であることは途中から丸わかりだったので支障はない。

 

「おのれ、人の身体で!」

 

 それはそれとして、身体を乗っ取られた骸が怒りの声を上げる。

 その心情は利奈にもわかる。自分がもし同じことをされたら、泣き叫びながら怒鳴りつけていただろう。あまりにも気持ち悪すぎる。

 

(骸さんも人の身体でいろいろしてた気もするけど……うん、今は置いとこう!)

 

 ――人の振り見て我が振り直せ。人間、自分が同じことをされて初めて気付くこともあるのである。

 

「さて、もう特別観客席に移りたい方はいませんね? そろそろ舞台を進めさせていただきましょうか」

 

 右手を大きく動かしながら、Dは優雅な礼の仕草を見せた。貴族のように優美に。あるいは、道化師のように仰々しく。

 

「さあさあ皆様お立ち会い。これより始まりますは、旧時代の終焉と新時代の幕開け。どうか最後まで、一部始終目を逸らさず、一言一句聞き逃さずにご覧ください。なんたって、この最高の舞台を後世に伝える語り部になるのは、ほかならぬ貴方がたなんですから!」

「ほざくなD」

 

 綱吉の纏う空気が変わった。

 ボンゴレギアがリングからガントレットになり、綱吉は強く拳を握る。

 

「お前の野望は俺が砕く」

「ヌフフ。いいですね、真打ちらしい台詞ですよ」

 

 Dの頭に黒い角が生えた。天を貫かんばかりに尖った角から、緑色の電気がバチバチと不穏な音を立てている。

 

「Dのやつ、雷と嵐のボンゴレギアを同時に発動しやがった」

「え……あっ、あれも?」

 

 角にばかり目がいってしまっていたけれど、リボーンの言うとおり、もうひとつボンゴレギアが発動していた。体中に巻かれた円筒に機関銃の弾丸を想像してしまったが、弾丸ではなくダイナマイトのようだ。銃を持っていない。

 

(ダイナマイトなら、獄寺君のボンゴレギアだよね。あれは中距離武器だから……ツナの接近妨害用だ)

 

 綱吉は拳で戦うスタイルなので、敵と距離を詰めなければ戦闘を始められない。ここはダメージを負う覚悟で突っ込むしかないが、綱吉は躊躇することなく一直線に飛んだ。

 

「ハハッ」

 

 恰好の的とばかりにDが無数のダイナマイトを投げつける。その軌道を読んで直撃を躱す綱吉だったが、爆風を浴びて苦悶の声を上げた。

 

「ボス! どうして!?」

「ダイナマイトに雷を仕込んでやがる。あれじゃ爆風を浴びるだけでダメージを食らうぞ」「え、じゃあ爆風も避けなきゃいけないの!? 無理じゃない!?」

 

 実際、綱吉は動きを止めてしまった。

 身体に電撃が走れば、身体は反射的に硬直してしまう。後ろ手に炎を放出しなければ前に飛べない綱吉にとっては、接近手段を完全に封じられたようなものである。さらに、隙だらけの綱吉に追撃を与えんとばかりにDが左手の指輪をかざしていて――

 

「っ、危ない!」

 

 炎真が飛んだ。重力を操れる炎真は、炎を放たなくても空を飛べるようだ。ゆえに、Dに気取られることなく距離を詰め、その顔めがけて跳び蹴りを放った。

 

「惜しい!」

 

 すんでで右腕にガードされてしまった。しかしDは距離を取るために構えをとき、そのあいだに炎真は綱吉と合流した。二人が、並んで立っている。

 

「……ねえ、リボーン君」

 

 二人の姿を見つめながら、リボーンに問いかける。

 

「もう、敵同士じゃないんだよね? もう、二人は――」

 

 そこから先は続けられなかった。

 

 だって、切り取られたのだ。引きちぎられたのだ。叫んでも戻ってきてはくれなかったのだ。確信を得たいのに確認するのが怖くなって、指先が震える。

 

 そんな利奈にリボーンは解を示さなかった。ただ一言、心配かけたな、とだけ呟いた。

 それだけで利奈は、泣きそうになりながら笑った。

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