かたや、初代ボンゴレファミリー守護者にして、安寧の終わりをもたらさんとする者。かたや、次世代を担うファミリーのボスとして、破滅の始まりを防がんとする者。過去と未来。闇と光。絶望と希望が相対する。
「しかし、いいのですか? 古里炎真」
Dは薄笑いを浮かべていた。骸の顔で笑ってはいるが、その表情はやはり骸当人のものとはまるで違う。年を取っているぶん、話し方も老獪であった。
「知ってのとおり、沢田綱吉は沢田家光の息子ですよ? 許してしまっていいのですか?」
獲物をいたぶる猫のようにDは炎真に揺さぶりをかける。
「本当に、いいのですか? 自分の家族を惨殺した男の息子を受け入れて」
その言葉に目を剥いたのは、事情を知らない利奈とクロームの二人だけだった。
(ツナのお父さんが、炎真君の家族を殺した……!?)
継承式では、そんな話は出てこなかった。つまり、この島にいるあいだに告げられたのだろう。友達の親が家族を殺したと聞いて――そして、自分の親が友達の家族を殺したと聞かされたときの心情は、如何ばかりか。
「それはジュリーに憑依したお前が作ったデタラメだ。僕とツナ君を敵対させるためについたウソだ」
「おやおやおや。では、いったいだれにお前の家族は殺されたのですか? 両親と妹が殺された現場にはお前もいたのでしょう。犯人の姿を見ていたのではないのですか?」
「……それは」
「ほら、覚えているでしょう。その男の顔は? そこにいる沢田綱吉に似てはいませんでしたか?」
畳みかけるDに、綱吉が不安そうな眼差しを炎真に向けた。こんな話を聞かされて、平静を保てるはずがない。そして炎真も、デタラメだと言い切ってはいるが根拠はないのか、黙り込んでしまった。
「あの男は揺さぶりをかけるのがうまいですね」
骸が呟く。
「骸さんはなにか知ってるんですか?」
「残念ながら、僕の計画に益のない情報までは。ただ、アルコバレーノの表情を見る限り、まったくのホラ話ではないようです」
そうは言うけれど、リボーンはいつもと同じ無表情だ。否定できないなにかがあるのか、否定できるなにかがないのか、口は閉ざしたままである。
(ティモッテオさんからなにか聞ければいいんだけど、通信機は使えないし――って、あれ?)
現ボンゴレファミリー九代目ボスに思いを馳せたところで、ふと利奈の頭に、なにかひらめきのようなものがよぎった。しかしそれを捕まえるよりも前に、炎真が重い口を開く。
「確かに、僕の記憶には立ち去る犯人の後ろ姿がある。……お前に見せられたツナ君のお父さんの写真と、まったくの別人だったと言い切ることは、出来ない」
一言一言区切るように炎真は続ける。その話し方には葛藤が見えたが、それは疑いからくるものではなかった。
「でも、たとえ、もし万が一にツナ君のお父さんが僕の家族を殺したんだとしても。僕は、もうツナ君を憎まない。だってツナ君は、僕にずっと手を差し伸べてくれてたから。ツナ君は裏切らなかった。こんな僕を見捨てないで、命がけで助けに来てくれた。僕を誇りだって言ってくれた」
そう、裏切ったのはD・スペードただ一人だ。ジョットを裏切ってシモンファミリーを破滅させただけでは飽き足らず、現代においてまで炎真たちをそそのかし、こんな大事件を引き起させた。
(……そういえば、Dとティモッテオさんが船で話してたとき――なんだっけ、すごく重要そうなこと言ってなかったっけ?)
二人が交わしていた言葉はそう多くない。
シモンのみんなをたぶらかしたとか、あんなのを十代目に選ぶなんて耄碌してるとか、悪口の応酬ばかりだった。ただそのなかにひとつ、耳馴染みのない単語を聞いたような――
「そこまで信頼しているのなら、もうなにを言っても無駄ですかね。ですが、沢田家光の犯行なのは間違いありませんよ、神に誓ってもいい。そもそも事の発端は――」
「血の洪水事件!」
名称を思い出した利奈の声が、Dの洗脳の言葉を遮る。全員の視線が一斉に集まったのにも怯まず、利奈はさらに声を張った。
「ティモッテオさんが言ってた! Dが言った話はデタラメだって! 血の洪水事件もその人が仕組んだことだって! その人も全部認めてた! だからきっと――」
――さて、ここで一度、D・スペードの立場になって利奈の発言を聞いてみてほしい。
Dは現ボンゴレファミリーを崩壊させるため、長年かけて様々な種を蒔いてきた。
そのうちのひとつがシモンファミリー跡取りの思考誘導だ。仲間のふりをして犯人の名を告げれば、炎真は面白いように綱吉を恨んだ。そして綱吉も、自身の体に流れる血を疑った。残念ながら、未熟な人間がよく口にする絆やら信頼とやらでご破算になってしまったが。
となれば種明かしの時間だと口を開いた瞬間、唐突に話をぶった切られたのだ。それも、守護者やアルコバレーノならまだしも、なんの役職も持っていない子供に。
そう、子供という者は厄介なものだ。理性より感情を優先させ、立場や責任をたやすく投げ捨てる。見ている手品の種を、ほかの人間の前で平気で明かす。そして、自分はすでに知っているのだと自慢げに胸を張るのだ。
ここでさらにDの感情に寄り添ってほしい。
そもそも、相沢利奈にこの舞台のチケットは渡していなかった。
船で人質として扱ったものの、危害は加えていないし、すぐに解放した。にもかかわらず、あちらが勝手に追いかけてきて、自分から窮地に陥ったのである。
島に連れてきてやったのは、非力な娘に対する温情だった。なにも力を持っていないくせに、健気にここまでやってきたことへの賞賛もあったかもしれない。それと、そこまでしたというのに、綱吉の命が無残に潰えたならば。その口から漏れる怨嗟は、きっと新しいボンゴレを彩る賛美歌になるだろうという期待。
だかしかし、現実はこれである。
神に誓いを立てていいとまでうそぶいたその直後に、すべて台無しにされたのである。ただの子供に。非力な娘に。駒にすらならなかった木偶に。Dの心情は、推し量ってあまりあるものだろう。
殺意を抱くのは無理もない。それを眼差しに込めるのも無理はない。斬りかかってもいいくらいだ。――いや、もうすでにDは斬りつけていた。全員が利奈に注目しているということは、だれもDに注意を払っていないということである。
山本武の武器、雨のボンゴレギア。
その斬撃は衝撃波を生み、無数の刃が利奈へと襲いかかった。
「なっ――」
「くっ――」
綱吉と炎真が気付いたときには、すでに刃は二人を出し抜いていた。自身に対する攻撃ならともかく、離れた他者への攻撃は察知しづらい。首を動かすので精一杯だった。
一方、凄腕のヒットマンであるリボーンには余裕があった。Dの初動は見逃したものの、距離があるぶん時間の猶予もあり、利奈に届く前に斬撃を撃ち消すこともできた。
しかし、リボーンは動かなかった。彼は凄腕のヒットマンであると同時に、次世代を担う若人を導く家庭教師でもあったからだ。衝撃波が利奈に迫る。
(これ、やばっ――)
注目を浴びる側だった利奈は、Dが抜刀してから振り抜くまでの一部始終が目視できた。しかし、圧倒的に反射速度が足りない。咄嗟に身体をひねって頭を腕で庇ったが、それも悪あがきにしかならなかっただろう。身を挺して守ってくれる、友人がいなければ。
「させない!」
紫色の炎が利奈の視界を覆い、衝突音が前方で響いた。思わず正面に目を戻すと、立ちはだかるようにしてクロームが槍を構えていた。目前に迫っていたはずの衝撃波は、いつのまにか霧散している。クロームの放出した防御壁が、雨の刃を蒸発させたのである。
綱吉と炎真は安堵の顔で息をつき、リボーンと骸は満足そうに目元を緩めた。そして利奈は、深く深く息を吸い、そして言葉とともに吐き出した。
「か、かっこいい……」
胸の高鳴りは恐怖のせいだけではないだろう。
追撃に備え、Dを見据え続けるクローム。その姿に囚われのお姫様の面影はまるではなく、民を守る誇り高き騎士の佇まいそのものであった。
不意打ちを防がれたDだが、さほど悔しげな様子も見せずに肩をすくめた。
「ふん、まあいいでしょう。ええ、はい。そのとおり。同盟ファミリーボスの自宅に銃弾を撃ち込んだのも、血の洪水事件も、古里炎真の家族を皆殺しにしたのも全部私です。炎真の父である古里真に容疑を被せ、沢田綱吉の父親が私情で断罪したように見せかけました。お前たちの言うとおり、すべて私が仕組んだ出来事です。はい、これで満足ですか?」
一息にDが真相を告げる。まるで話ついでの雑談のように。
「な、なんか雑……」
あまりに投げやりに真相を明かされたため、当事者の綱吉と炎真までもが反応に困っている。
(それに血の洪水事件って言われてもピンとこないんだけど。私、内容知らないし)
利奈は解説の機会を自分でふいにしたとは夢にも思っていなかった。突然の不意打ちの意味すらわかっていない。異空間でのため息は利奈には届かない。
「リボーン君はわかる?」
「だいたいはな。だが、はっきり言ってまともじゃねえぞ。今のボンゴレを壊すためだけに、自分が過去に壊滅させたシモンファミリーの後継者の家族を皆殺しにしたんだ。
それも、つい最近じゃねえ。何年も前から計画を進めて、このタイミングでぶつけてきやがった。だがな」
そしてリボーンは最も恐ろしい事実を告げた。
「――ツナがボンゴレボス候補に決まったのは、去年の春だ」
その瞬間、全員の背筋に冷たいものが走った。
綱吉がボス候補になったのは、ほかのボス候補が相次いで亡くなったからである。だから、ほかのボス候補が生きていれば綱吉に白羽の矢が立つことはなかったわけで――家光の犯行に見せかける意味など、その当時にはなかったはずなのだ。つまり、炎真の家族は、もしものための保険で殺されたのである。
「そ、そんな……ひどい」
クロームが真っ青になりながら口元を手で押さえる。利奈も同感だった。人を玩具の駒のように扱う人物には心当たりがいくつがあるが、ここまで人の命を虚仮にした人間は――いや、もう一人いた。が、しかし今はどうでもいい。
「おっと、それは少々買いかぶりすぎですよ」
やっと満足する反応を得られたのか、Dが口元を緩める。
「沢田家光を装ったのは、彼がCEDEFのボスだったからです。それに沢田綱吉がボス候補にならなければ、私もこんな性急なやり方でボンゴレを変革しようとは思いませんでした。
結果としては、うまく回りましたけどね。こうして完璧な体を手に入れ、自分自身の手でボンゴレを作り直せるようになった! いやあ、まさに神の恩恵! 僥倖というものです」
「ふざけるな!」
綱吉が叫ぶ。
「お前、人の命をなんだと思っている! いったい何人の人間を殺してきたんだ!」
「D! お前だけは許さない!」
二人が同時に飛んだ。オレンジ色の炎が、彗星の尾のように伸びていく。
「ヌフフ、だれも赦しを請うてなんかいませんよ」
「また地面が!」
山属性の効果でまたもや地形が変わった。今度は大地を盾にするつもりらしく、二人の行く手を阻むように地面が盛り上がる。
炎真はそれを避けるべく綱吉に拳を向けてたが、綱吉は突き出した拳を合わせはせずに、そのまま炎真の拳を握りこんだ。
「っ、ツナ君?」
「回避は駄目だ。このまま突っ込む!」
ぶつかる寸前、綱吉が空いている右手を突き出し、勢いそのままに土の壁を破壊した。
綱吉の選択は正しかった。
二人にはDの挙動が見えなくなっていたが、離れた場所からは、Dが刀を振るう姿がわずかに見えていた。二人が通過した壁の両側を、音速の刃が通り過ぎていく。もしもあそこで回避を選んでいたら、二人とも死角からの斬撃に斬りつけられていただろう。
「ふむ。やはり超直感は厄介ですね」
「骸さん、それ、敵側の台詞」
今も綱吉の味方ではないのだろうが、ぼそっと素で呟かれると反応に困る。
しかし実際の対戦相手であるDは突破された場合の策も考えていたようで、すかさずクロームと同じ、霧の防御壁を張った。
「その技は知っている!」
綱吉は壁を砕いた手を伸ばし続け、霧に手を入れた。するとどうだろう、霧は綱吉を阻むことなく受け入れる。大空属性の調和の力が、霧の壁を無力化したのだ。さっきは雨の刃を阻む頑強な盾だったのに、今はカーテンのようにするりと綱吉を受け入れた。エンジンの役割を果たしていた炎真と一緒に。
「いけ、炎真!」
綱吉は炎真の拳を両手で掴むと、ハンマー投げの要領でDへと投げ飛ばした。Dにはもう、それを防ぐ手立てがない。
炎真は敵を見据えた。歴代シモンファミリーの――家族の――仲間たちの――そして、友達の敵を。
「みんなの仇!」
振り抜いた炎真の握り拳は、深く深くDの顔にめり込んだ。