新米風紀委員の活動日誌   作:椋風花

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古典芝居は流行らない

 

 

 閉じたまぶたは、二度と開かないはずだった。それなのに利奈は目を開けていた。

 暗くなったまぶたの裏に、小さな光が見えたのだ。痛みのあまり目が眩んだのかと思ったけれど、首はまだ胴体と繋がっていた。

 

(……死ぬ前って、動きがゆっくりになるんだっけ?)

 

 何度も死にそうな目に遭ったけれど、こんなことは初めてだ。

 初めての感覚に戸惑っていたら、今度こそ、目も眩むような光が辺りを包みこんだ。

 

「きゃあ!」

「くっ!」

 

 光――いや、死ぬ気の炎は綱吉の体から立ちのぼっていた。

 Dが構えを解いたので、利奈は体を起こしてその原因を探る。炎の奔流は綱吉どころか、利奈の身体まで覆っていた。熱くはないけれど、炎の密度に圧倒されてしまいそうだ。

 

(この炎、どこから出てるの!? リング?)

 

 綱吉の右手を見る。

 予想通り、大空のリングから炎が湧き上がっていた。赤と橙の炎が、渦を巻いている。

 

(赤って嵐でしょ? なんで――ううん、違う! これ、嵐じゃない!)

 

 大空の七属性だと赤は嵐属性だが、大地の七属性では赤は大地属性だ。

 利奈は綱吉の右手を取り、大空のリングを確認した。大空リングの下に、炎真の大地リングが嵌まっている。

 

(いつのまに……もしかして、さっきの?)

 

 先ほどまぶたの裏で感じた光は、大地のリングの光だったようだ。

 Dの目を盗んで炎真が投げつけたに違いない――と、リングがカブトムシの形状に変化してひとりでに飛んでくるという、ありえない衝撃映像を見逃した利奈はそう結論づけた。

 綱吉の右手が、利奈の手のなかで動く。

 

「ツナ!」

「……利奈……?」

 

 ぼんやりした様子の綱吉の焦点が、徐々に利奈に合っていく。

 いつのまにか体の上に乗っている利奈に戸惑いながらも、綱吉は握られていた右手に目をやった。ふたつのリングは、互いを尊重しあうように縦に並んでいる。

 

「ボンゴレとシモンの意志がひとつになったか」

 

 リボーンを見張る包帯男が、そう呟いた。こちらに背中を向けているが、包帯の隙間から不気味な瞳が覗いている。

 

「あれもまた鍵だ」

 

(鍵?)

 

「つーことは、あのリングも過去の記憶に関係があるんだな」

「左様だ」

 

 過去の記憶というと、今まで骸が見ていたジョットとシモンのやりとりのことだろうか。ならばみんなは、鍵となる物を集め続けていたのだろうか。

 

「再び過去の記憶へと、誘え」

 

 復讐者の言葉とともに、綱吉のリングから光が散った。

 蛍のような小さな光は、リングを持ったみんなの元へと飛んでいく。記憶を見られるのは守護者だけのようで、利奈とリボーン、それから復讐者に光は届かなかった。だから彼らがなにを見ているのか、過去になにがあったのかはわからない。

 ただ、ひとつだけ確信があった。ふたつのリングが合わさって初めて鍵になるというのなら、この形こそがリングの完成形なのだ。

 

「おのれジョットとコザァート! ふざけた真似を!」

 

 鎌を振り下ろしながらDが吠える。しかし、その叫びはもう届かない。そして振り下ろされた刃も、利奈たちの身体を貫きはしなかった。

 

「利奈、怪我は?」

「……え?」

 

 綱吉の問いかけに、利奈は惚けたように瞬きをした。

 

(あ、あれ? なんでツナが上にいるの?)

 

 鎌を振り上げられて思わず目をつむってしまったけれど、いつのまにか視界が逆転していた。それどころか、綱吉に体を抱えられている。

 綱吉の眉間には、しわが寄っていた。いつのまにか戦闘モードに戻ったようだ。

 

「なんだと?!」

 

 Dが振り返ってこちらを見た。

 振り下ろした鎌の先は地面に突き刺さっていて、さっきまで二人はその場所にいたはずだった。それなのに、今はDの背後を取っている。考えられるのはひとつだ。

 

(一瞬でここまで飛んだの!? 鎌が振り下ろされたあの一瞬に!?)

 

 混乱しきりの利奈を地面に下ろし、綱吉が立ち上がる。そこでやっと、綱吉が全身の骨を砕かれていたことを思い出した。

 

「つ、ツナ? 身体、痛くないの?」

「大地の炎の、重力コーティングのおかげだ」

 

 重力コーティング。Dに砕かれた骨を、大地の重力で引き寄せて元通りに――いや、炎で強く引き合わせることで、さらに強固に形作らせたというのだ。

 

「別属性の炎を体内で使いこなすだと!? ……大空の調和か!」

 

 大空の炎は、すべての属性を操ることができる。それは大地の七属性にも当てはまったということか。

 骨が強化されたこともさることながら、綱吉の炎圧もまた著しく上がっていた。リングの数でいえば六対二だが、今の綱吉から吹き出ている炎圧は、Dに勝るとも劣らない。リングを奪っただけのDが足し算で力を増したのに対して、綱吉の炎圧はかけ算だ。元の力が強ければ強いほど、綱吉に軍配が上がる。

 

 さらに綱吉は大地の重力を使い、Dの体を引き寄せたうえで真下に殴りつけた。

 Dからすれば、一瞬で綱吉が目の前に現れたようなものだ。逃避も防御もできずに地面に叩きつけられ、そのまま全身が地面にめり込んだ。

 

(あれ、地面固かったらとんでもないことになってたんじゃ――)

 

 グロ映像を想像しつつ、利奈はおなかを押さえながら退避を始めた。

 

 綱吉が優勢なように見えるが、さすがにこれで終わりではないだろう。戦力差を覆された今のDならば、利奈を人質に取りかねない。それに綱吉の必殺技X BURNERは、背後にも炎を噴出する技だ。後ろにいるだけで、綱吉の足かせになってしまう。

 Dに蹴り上げられた脇腹が尋常でない痛みを訴えているけれど、我慢するしかない。

 

「骸さん!」

 

 いまだに骸が仰向けだったので、両手で拾い上げて胸に抱えた。白い羽はすっかり土で汚れてしまっている。

 

「貴方も無茶をしますね」

「だって……」

「まだ終わってねーぞ」

 

 リボーンの言葉通り、Dが穴から飛び出した。しかし、すぐさま綱吉に引き寄せられる。今度は邪魔になる利奈がいないので、綱吉の手が後ろにも伸びた。

 

「くっ……!」

 

 防御する間など、与えるわけがない。今度は超至近距離でX BURNERが放たれた。高密度の炎がDの体を蹂躙し、消し炭のように真っ黒に燃え上がった。

 

「やった!」

 

 勝ったとばかりに利奈は拳を握るが、腕のなかの骸が、静かに利奈を見上げた。

 

「僕の身体ですが」

「……あ」

「いや、まだだ。立て、D」

 

 綱吉は拳を解いていない。

 

「この程度で死ぬなら、この時代まで生き残れるはずがない」

 

(そうだ、さっきも騙されたんだった……!)

 

 まんまと騙されかけた利奈は、上げた拳をごまかすように仕込み針を手に取った。暗殺特化の針だけど、ないよりはマシだ。

 

「ばれ……たか……」

 

 消し炭が喋った。またもや巨大な舌が肢体を舐める。

 

「さすがに今回は全回復とはいかないようですね」

「ほんとだ! でも……なんか、すごく気持ち悪い……」

 

 とうとう回復が損傷に追いつかなくなったようだが、そのせいでグロさが増している。身体中に目と口が増えているし、服は焦げて真っ黒だし、全身からはどす黒い炎も上がっていた。さらにここにきてまた炎圧が上がり、肌を刺すような重圧を感じた。

 骸を抱きしめる腕に力がこもり、骸がうめく。

 

「ヌフフフフ。とうとうやってきたようだ……私のとっておきを見せるときが!」

 

 もはや骸の原型すらなくなってしまったが、その目にはまだ光が残っていた。光というにはあまりにも、あまりにもどす黒い光が。

 なにをするつもりなのかと固唾を呑むが、綱吉だけがDの魂胆を見抜いていた。

 

「情けないな、D」

 

 両腕を下ろし、静かにDを見据える。

 

「逃げることがとっておきか?」

「っ!」

「え?」

 

(この状況で、逃げる?)

 

 にわかには信じられないが、綱吉はDの纏う炎の種類を指摘した。言われてみれば、ここに来たときとまったく同じ炎である。

 大空の属性にも、大地の属性にもない、物理の壁を越えた長距離移動を可能とする炎。第八の属性の炎だと、Dは言った。

 

「私は逃避を恥じてはいない。いっときのくだらない感情にほだされて、死を選んだりはしない!」

「だからって逃げるの!? ツナは逃げなかったのに!」

 

 Dに数歩近づきながら、利奈は声を張り上げた。

 どんなに絶望的な状況でも、圧倒的不利な場面に追い込まれても、綱吉は逃げ出したりしなかった。それなのにDは、戦況を覆された途端に逃げを打とうとしている。自分だけ逃げ出そうだなんて、そんな横暴が許されるものか。

 

「なんとでも言えばいい。目先の勝ち負けなどどうでもいい。私は生きる!

 そのためなら、どんな汚辱も飲み込もう! 術士としての禁忌を犯し、肉体すらも捨て去ろう!」

 

 Dの言葉に骸が唸る。

 

「やはり――とうの昔に身体を捨てていたか。他人の肉体を使い、精神のみをこの時代まで」

「え……、すごく長生きなおじいちゃんとかじゃなかったんですか!?」

「そう思っていたのは貴方だけですよ」

「ええ!?」

 

 衝撃の事実に驚愕するが、どうりで若い外見や身のこなしに違和感がなかったわけである。精神年齢も肉体年齢も、全盛期を保ったままなのだろう。

 

「言うのは簡単ですが、他人の身体で生き続けるのは相当な精神力が必要ですよ。乗り移るだけの憑依とはわけが違う。自己定義が揺らげば、すぐさま魂が消失するでしょう」

「そんなに大変なんですか?」

「だてに禁忌と呼ばれてませんよ。僕はごめんです」

「……うん?」

 

 過去に綱吉の体を狙っていたうえに、今現在フクロウに憑依している人物の台詞とはとても思えない。だがまあ、とにかく、代償は大きいらしい。

 

「ヌフフ、私にはそこまでするに足る崇高な目的があるのだ。次に会うときには、今度こそ、お前たちを完膚なきまでに叩きのめしてやろう」

 

 黒い炎が空間を形作る。ここで逃がせば、また新たな惨劇が生まれる。

 

 ――だが、決着のついていない舞台に、幕引きなどありえるものか。

 観客は拍手を送らない。だから、カーテンコールはありえない。あるのは綱吉からの引導だけだ。

 

「言っただろう。お前だけは許さない。逃がしもしない」

 

 重力に押し込まれ、Dの体が地面に沈む。

 

「またしても……!」

 

 渾身の力を振り絞って立ち上がろうとするが、弱っているせいか抗えずにいる。

 

 綱吉はしばしDを見下ろしていたが、思い直したように拳の炎を解いた。

 

「ツナ?」

「……やめよう」

「え、なんで」

 

 やっとここまで追い詰めたのに。これでやっと、すべての決着がつくというのに。

 責めるように問いかけるが、綱吉の意思は変わらなかった。

 

「これ以上殴っても、なくなったものは戻らない。あいつを痛めつけたところで、殺された人たちが救われるわけじゃない。だったらこのまま、捕まって罪を償ってもらいたい」

「――っ」

「相変わらず甘い男ですね」

「ツナ君……」

 

 利奈の絶句を骸が埋めた。一番の被害者である炎真も異論はないようだ。

 

(ウソでしょ!? この人、引き渡すの!?)

 

 どう考えても得策ではない。すでにDは、骸の体で監獄をめちゃくちゃにしているのだ。今は虫の息だが、回復したらまた脱獄するかもしれない。そうなったら、また多くの人が巻き込まれ、殺されてしまう。そうなるくらいなら、今ここでとどめを刺すべきだ。

 利奈はそう考えたが、この満場一致の状況で否を出せるわけがない。そもそも、肉体は骸のものなのである。だから利奈は沈黙を貫く。しかし、その決定を受け入れない者がいた。

 

「ツナ君! 炎が!」

 

 炎真の声でハッとする。

 Dが形成していた異空間に繋がる炎が消失し、かわりに体を纏う炎圧が強くなった。逃げるためのエネルギーを身体に回しているのだ。つまり、ここで決着をつける覚悟を決めたということである。綱吉の正義が、Dの退路を絶った。

 

「次こそ、奥義だ」

「……わかった。全力で倒させてもらう」

 

 両者、同等の炎を放出するが、勝敗はすでに明らかだ。最後の力を振り絞っているDに対し、綱吉にはまだ余裕がある。だからこれは、負けを認めないDの介錯なのである。綱吉もそれがわかっているだろう。だからこそ、全力で倒すのだ――と思っていたのに。

 

「――結局逃げんのか、あんたは!」

 

 Dの顔に拳が入った瞬間、骸の身体からDの魂が抜け落ちた。骸の身体を囮にして、精神だけで異空間に逃げるつもりだ。この期に及んで生き汚いDに、とうとう利奈は激怒した。

 

「惜しかったですね! 次の舞台までせいぜい震えて待ってればいい! いずれ必ず! 必ずお前たちの未来に暗雲をもたらそう!」

 

 Dの手から再び第八属性の炎が生み出される。綱吉は骸の体を殴りつけた反動でまだ動けない。Dの魂はもはや上半身だけとなっていたが、そのぶん穴は小さくて済む。勝利を確信してDが吠えた。

 

「私は生きる!」

 

 ――しかしここで、観客から待ったがかかった。

 観客が舞台上の役者に送るものは、なにも拍手や歓声だけではない。ひどい舞台では野次が飛ぶし、ブーイングだって沸くし――物だって投げつけられるのだ。

 

「利奈!」

 

 武器はずっと、手のなかにあった。骸の声に応えるように、利奈は針をDへと投げつける。

 本来ならばその行為に意味はなく、針はDの魂をすり抜けるはずだった。だが、今の利奈は激昂していた。激怒していた。ゆえに、その行為は意味を持った。利奈の投げた針は、正確無比にDの伸ばした腕へと突き刺さった。

 

「ぐあっ!」

 

 痛みで怯み、Dが飛ぶ軌道が変わる。

 

「なぜ、お前がその炎を!」

「身体を返していただいたお礼です」

 

 利奈の腕のなかで骸が答えた。クロームの技の強化に全身の炎を使ったあととはいえ、針の先端にわずかに炎を纏わせるだけの力は残っていたようだ。

 

「霧の炎をまとわせたか……! いや、今のは雨の――」

「そんなことより、いいのですか?」

 

 涼しい声で、骸がDの注意を促す。

 

「貴方の奥義とやら、消えてなくなりましたが」

「なに……?」

 

 首を動かしたDが、目を見開いた。

 Dが作った異空間への道は、いつのまにか移動していた復讐者の手であっけなく粉砕させられていた。

 これにはDも唖然とし、顎を外さんばかりに口を開ける。そんなDに、復讐者は容赦なく告げた。

 

「第八の属性の炎は、人の肉体を持たぬ者には与えられぬ。これは掟である」

「なっ――」

 

 初耳だと言わんばかりに絶句するD。

 

(そういえば、掟の話とかだれからも聞いてなかったような……)

 

 Dが骸に憑依してからほとんどの時間、行動を共にしてきたが、説明を受けている様子はなかった。第八の属性について事前知識はあったのだろうが、細かい掟などは調べきれていなかったのだろう。せめて監獄で使用法を調べてから来るべきだったと、いまさら言っても後の祭りだが。

 とにもかくにも、これで最終勝負は振り出しに戻った。いや、もうDには肉体がない。

 

「ま、待ってくれ! やめろ! 私はまだ死ぬわけには――」

「D。もう終わりだ」

 

 今度こそ綱吉は手を下ろさなかった。

 かくて幕切れはあっけなく、ボンゴレに染みついた黒い炎は、橙色の炎が焼き尽くした。

 

 

 

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