新米風紀委員の活動日誌   作:椋風花

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蛙の滝登り

 

 フランの祖母宅についたものの、フランは家にはいなかった。

 まだ昼だし、外で遊んでいるのかもしれない。ウルフチャンネルをつけた犬が、四つん這いになってフランの匂いを追う。

 

「なんか、そうしてると本当の犬みたいだよね」

「犬じゃねえびょん! ウルフ! ウルフチャンネル!」

「ほとんど犬だよ」

 

 仲間であるはずの千種まで利奈に同調した。

 

 犬の持つ前歯の歯形はカートリッジという名称の武器で、犬が嵌めるとその歯形の持ち主である動物の技能を取得できるらしい。

 犬が嵌めているのはドッグチャンネル――ではなくウルフチャンネルだが、地面に這いつくばって匂いを嗅いでいる様は、紛れもなく犬である。

 

「だから犬じゃねーって! 川の近くだから、こうしねえと匂いがわかりにくいんだよ!」

「川沿いでよかったわ。こんなのと歩いてたら私たちまで不審者扱いされちゃう」

 

 そう言いながらも、M.Mは後ろに下がって距離を置いている。ただでさえ余所者五人は目立つだろうし、ここが街だったら利奈も距離を置いていた。こんな形での警察沙汰はごめんだ。

 

「そういえば、犬とオオカミってなにが違うんだっけ?」

「イヌ科だから似たようなものだよ。どっちも遠吠えするし」

「そのうえキャンキャン鳴きわめいて走り回って騒がしいですよね。よくわかります」

「骸さん? それ、俺のこと言ってます?」

「犬の話ですよ。でも犬は芸が出来て素直でしつけがいがあって、面白い生き物ですよね、千種」

「どうでしょうね」

 

 文字で並べたらさらにややこしくなりそうな話をしながら、川沿いをさらに歩いていく。川のおかげか、さっきよりは涼しさを感じられた。利奈はまだコートを脱いでいないが、M.Mのコートはすでに千種の腕に収まっている。

 

 汗をかきながら歩くことさらに十分。拓けた場所に出たところで利奈は立ち止まり、そして叫んだ。

 

「すっごい滝!」

 

 川の上流は滝になっていた。落下する水はけたたましく音を立てているが、滝自体はそこまで大きくない。

 では、なにがそんなにすごいのか。滝の長さ、いや、崖の高さが桁違いだったのである。

 

「海外すっごい! こんなに滝高いの!?」

「ここに来るまでは木々に隠れて見えませんでしたが、確かに高いですね。都心のビルくらいはあるか」

 

 何十メートルという高さだ。ジュラは秘境だとかなんとか言ってたけれど、こんな滝があるなんて。ついつい携帯電話で滝を撮ってしまう。

 

「ねえ、いやな予感するんだけど。フランどこにいるの?」

 

 M.Mの言葉に、全員が動きを止めた。そしてそろって滝を見上げる。

 崖はほぼ垂直で、階段どころか足場すらない。念のために滝をまわって反対側の林道も確認したが、フランの痕跡はなかった。つまり、フランは崖の上にいる可能性が高い。

 

「滝のせいで匂いは途切れたけど、ここにいないなら上しかねえびょん」

「最悪。ちょっと、コート絶対汚さないでよね」

「なら自分で持てば?」

 

 みんなが一斉に屈伸を始め、利奈は戸惑った。

 

「え、ここ登ってくの? あっちいけば道あるんじゃない?」

 

 そう言って藪を指差す。道はないけれど、崖に沿って歩いていれば頂上に辿り着けるだろう。

 

「いやよ、服が汚れるもの」

「俺たちならこれくらい余裕だよーん!」

「急がば回れとありますが、回っているうちにフランがどこかへ行ってしまっては元も子もありません」

「う」

 

 骸の言葉は理に適っていた。ここでのすれ違いは時間的にも労力的にも痛い。

 そして利奈自身も、けして藪に入りたいわけではない。いくらフランスといえど、出てくる虫は虫だろう。

 

(あーあ。フランも、もう少しマシなとこ行ってくれればよかったのに)

 

 ひっそりとため息をつく。

 未来の記憶があるならば、これくらいの断崖絶壁、わけないだろう。むしろ、体重が軽い今のほうが登りやすそうだ。パルクールの場合、過度な筋肉や自重は邪魔になる。

 もっとも、がたいの大きいレヴィやルッスーリアなんかは、ありあまる筋肉でそれを解決してしまうのだが。

 

「さて。我々はともかく、利奈はどうしましょうか」

 

 崖を見上げてぼんやりしていたら、骸が犬を振り返った。

 

「犬、彼女を担いだとしてもこの高さは余裕ですか?」

「もちろんです!」

 

 やや煽るような骸の言葉に犬は即座に反応した。そして利奈に鼻を鳴らす。

 

「しょうがねえから俺が背負ってやる。感謝しろよ!」

「あ、うん……ありがと」

「気持ちがこもってない!」

 

(だって、自分で登れるし……)

 

 ヴァリアーで一通りの暗殺術を教わったので、潜入に必要な壁登りなどの技術はすでに会得している。とはいえ、利奈はそれを明かしはしなかった。

 

(運んでくれるならそっちのがいいに決まってる。犬ももうカートリッジ換えちゃってるし)

 

 骸が呼びかけたときにはもう、犬はウルフチャンネルを解いてしまっていた。今も利奈を背負うために新しいチャンネルをセットしているところだし、断るのも野暮だろう。ほかのみんなはすでに岩肌を跳び始めていた。

 

「おとなしくしてろよ」

 

 利奈を背負い、犬も岩肌に腕をかける。人一人背負っているというのに、犬の身体はすいすいと崖を登った。

 

「すごい! すごいねそれ! 匣とかじゃないんでしょ?」

「まあな」

「これ、ゴリラ? 腕ムッキムキ!」

「ああ」

 

 ウルフチャンネルはともかく、こちらのチャンネルはとても便利だ。

 犬が手を滑らせれば利奈もただでは済まないというのに、まったく不安にならない。それどころか、のんびりと周囲に目を配る余裕があった。今まで歩いてきた林道も、その前に歩いてきた野道も、まだ半分も登っていないのに見渡せてしまう。あっというまに崖の上に到達した。

 

「楽しかったー! ありがと!」

「ふん」

 

 屈託なく感謝を伝えるが、犬の反応は鈍かった。

 カートリッジを外すと、ムキムキになっていた犬の上半身が、元のほっそりとした身体に戻る。そして再び取り付けたウルフチャンネルで爪が伸びた。

 どういう仕組みで身体が換わるのだろう。自分で試したくないけど、とても気になる。

 

「ねえ犬、フランは? ちゃんといるんでしょうね」

 

 暑そうににコートを脱ぎながらM.M。崖登りの邪魔にならないように自分で着ていたらしい。

 

「匂いは強くなってる」

「じゃあ本当に崖登ってきたんだ。信じらんない」

「やっぱフランは普通じゃなくてアホってことだろ?」

「まったくだびょん」

 

 利奈に続いた声に犬が相づちを打ったが、その瞬間全員が動きを止める。

 

「なっ」

「んあ?」

「ええ!?」

 

 そして再起動したときに、その場にいる人数が倍になっていることに気がついた。

 

 滝の音でわからなくなっていたが、すぐそばにべつの団体が立っていたのだ。それも、見覚えのある人物ばかり。

 

「ベル! ヴァリアーのみんな!? なんでここに!?」

 

 黒服の一団に、利奈は目を見開いた。

 こんな田舎の山奥に、ヴァリアーの幹部が揃い踏みしている。服装はやけにラフだけど、まさか休日で遊びに来ているわけではないだろう。

 

「なるほど、貴方達もフラン獲得に動いていたのですね」

 

 骸が不敵な笑みを浮かべる。

 

(そっか、フランってヴァリアーの幹部だから!)

 

 未来の記憶は平等に与えられているのだから、彼らが同じようにフラン獲得のために動いていても、なんら不思議ではない。むしろ、暗殺部隊としてより戦力を求める彼らのほうが、動機は強い。

 

「最強暗殺部隊――クフフ、相手にとって不足ありません」

「え、バトる感じですか……? だったら私、ヴァリアー側がいいんですけど……」

「なんでだよ!」

 

 控えめに主張したら犬に突っ込まれた。

 なんでもなにも、純粋に戦力差が違いすぎる。人を殺すことに特化した集団と対マフィアテロ組織ならば、殺人集団についたほうが分がよいだろう。師匠のレヴィも、よく言ったとばかりに頷いている。

 

「なりません。その場合、一方的な契約破棄と見なし衣装代の返還を求めます」

「ええー! そんなっ、詐欺だー!」

「なにお前、そいつに雇われてんの?」

「契約すんなら契約内容はしっかり確認しなきゃダメよ! 契約違反は市場評価を下げるから!」

「雇い主暗殺すりゃチャラだけどな。ってか、あそこにいるのフランじゃね?」

 

 脱線していく話をベルが引き戻す。

 水辺に目を向けると、湖のように広がる水面に平らな岩があり、そのうえに背を向けたフランの姿があった。

 

 




本来の世界軸でのM・Mとの関わり

中学時代:黒曜ランドで遭遇。骸ガチ勢だと悟り、あまり関わらないようにしていた。クロームへの態度も、自分と同じ扱いだったのでスルー。

高校時代:M・Mがマフィア狩りに参加。骸の小間使いをしていたために毎回牽制される。

大学時代:骸が釈放され、オフで会う機会が増える。

財団時代:友達だった。

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