新米風紀委員の活動日誌   作:椋風花

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親権争い

 

 しゃがんで水に触れる、子供姿のフラン。 

 後ろ姿なのに一発でフランだとわかるのは、その子供が大きなリンゴの被りものをしていたからである。

 

「あいつ、ガキのときから被りものしてんのかぁ……」

「カエルよりおっきい……」

「馬鹿だびょん」

「馬鹿すぎない?」

 

 一同をドン引きさせているとはつゆ知らず、フランは川に飛び込んだ。日差しが暖かいとはいえ、この季節によく泳げるものだ。水面にリンゴ帽だけが飛び出て、リンゴが川を流れているようにしかみえない。昔話で聞いたことがある光景だ。

 

「ん?」

 

 泳いでいたフランが唐突に立ち上がった。こちらの話し声が聞こえたようで、振り返る。

 

(やっぱりフランだ。全然変わってない)

 

 未来のフランが童顔だったために、身長以外はほとんどそのままだった。

 

「フフッ」

 

 骸がスッと手を上げる。

 フランは大きく目を見開くと、信じられないものを見たとばかりに目をこすり、そして一言呟いた。それを聞いた利奈は、ここに来たことを心の底から後悔した。

 

(ふ、フランス語わかんなーい!)

 

 そう、ここはフランスで、フランが使っている言語も当然ながらフランス語だった。おまけにフランに合わせてみんながフランス語を喋り始めたので、もうなにもわからなくなった。フランがなんで急に踊り出したのかもわからない。

 

(そっか、そうだよねそうなるよね! うーわ、全然考えてなかった! もう話について行けないんだけど!?)

 

 ほかのみんなはフランス語に精通しており、利奈を置いてどんどん話を進めていく。いや、話は進んでいないようだ。言葉はなにひとつわからないけれど、フランがみんなに暴言を吐いているのは雰囲気で伝わった。

 そういえば、フランはかなりの毒舌だった。よっぽどひどいことを言ったのか、飛びかかろうとした骸は千種に取り押さえられ、宥める人のいなかったベルは、フランにナイフを投げつけた。

 

「ちょ、ちょっと!」

 

 いくらなんでも子供相手にと利奈は声を上げたが、ナイフはフランには刺さらなかった。帽子に当たるはずだったナイフは帽子をすり抜け、水面に落ちる。フランが被っていた帽子は幻術だったのだ。

 

(なんでわざわざそんなこと!? っていうか、ちょっと大変なことになってきたかも!)

 

 攻撃を受けたフランは逃げ回り、追いかけるみんなはさらなる暴言をくらって意気消沈していく。そして堪忍袋の緒が切れたスクアーロと骸が、剣と槍の切っ先をフランに向けた。揃いも揃って、子供相手にまるで容赦がない。

 

「な、なに、なんでみんな、そんな殺気立ってるの」

「あら、あんた言葉わかんないの? 通訳してほしい?」

「いいの!?」

 

 M.Mの言葉に利奈は目を輝かせたが、M.Mは利奈以上に目を輝かせ、親指と人差し指で輪っかを作る。

 

「とりあえず十万ね!」

「……」

 

 がめつい。取れるところからはどこまでも搾り取ろうという信念が見える。

 

「骸さんに相談してからでいい? 今ちょっと無理そうだけど」

 

 話が少し落ち着いたのか、骸はスクアーロと一緒になって黙り込んでいる。

 岸に立つルッスーリアも何事か呟きながらため息をついていたので、これはちょうどいいと利奈は近づいた。

 

「ねえ、なにがあったの?」

「Hmm……あら失礼。なんかフランったら、チーズの角で頭打って記憶なくしちゃったみたいなの」

「チーズの角!?」

 

 絶対にそこじゃないと思うけれど、まずチーズに驚いた。物に頭をぶつけて記憶喪失になるとかそういうのはよくドラマで見るけれど、チーズでそんなこと起こりえるのだろうか。フランスのチーズが頑丈なのか、はたまたフランの頭が柔らかすぎるのか。

 思わずフランを凝視すると、フランも利奈を見た。

 

「あ、えっと……ハロー?」

「こんにちは」

「え、あっ……日本語喋れるの!?」

 

 どうやら言語能力は残っていたようだ。確かに、記憶喪失の人もたいてい言語までは失わない。ドラマの話だけど。

 

「これで言語学習に費やす時間は省けるけど……結局どうするの、隊長」

 

 お手上げとばかりにルッスーリアが言うと、スクアーロが顔を上げた。

 

「そのことなんだが、六道骸。お前と話がある」

「僕もです、スペルビ・スクアーロ」

 

 全員が利奈に合わせて日本語で話してくれるようになった。なんだかんだ優しい人たちである。

 

「フランをくれてやる」

「フランを差し上げましょう」

 

 そしてどこまでも自分本位な人たちであった。

 即戦力にならないと悟った途端、フランを相手に押しつけ始めたのである。

 

「なんかこういうの、法廷物のドラマで見たことある……」

「こっちのホームドラマでもあるわよ。子供の親権を押しつけ合う、ドロドロの戦いねっ」

「見たくない……」

 

 即座に始まる押しつけ合戦。

 スクアーロは、骸が一人前の術士に育て上げたらレンタルすると言うし、骸はヴァリアーの施設に預けて、フランの精神年齢が上がったら引き取ると言っている。どちらも相手に押しつけるくせに美味しいところを取ろうとしていて、だいぶ悪辣だ。

 

「なんか、骸さんもスペルビさんも最低……」

「つっても、アレもだいぶひどいぜ? ただでさえ生意気だったのに、もっとクソガキになったし」

「でも子供だよ……?」

 

 渦中のフランは、わかってるのかわかってないのか、ぼけーっと二人のやりとりを眺めている。いきなり大人数の知らない人たちに囲まれて、それでも一切動じていないところはさすがというべきところか。

 

「だから言ったのよ。フランなんていらないって」

 

 やってらんないとばかりに嘆息するM.M。

 

「むっ」

 

 M.Mの声に反応したレヴィが、初めて認識したとばかりにM.Mを凝視する。

 

「なんと可憐な……プリプリ娘……」

 

(うわあ……)

 

 その眼差しは、親しい間柄でもある利奈からしてもなかなかになかなかであったが、M.Mはなぜか茶目っ気たっぷりに微笑み、そして言い放った。

 

「このかわいいM.Mちゃんと付き合いたかったら、前金で十億ね!」

「ふがっ!」

「レヴィさんキモい……」

「うぐあ!?」

「シシッ、致命傷」

 

 堪えきれずに漏れ出た軽蔑の言葉がとどめとなり、レヴィはひっくり返った。水は足首くらいの深さしかなく、後ろに倒れ込んでも顔は水につかない。つまり、勢いよく後頭部を水底に打ち付けた。悶絶しながら転がるレヴィを、だれもが冷たい瞳で見下ろす。

 

 ――結局のところ、全員だれもが損をしているフラン獲得戦だが、このままでは埒が明かない。かといって奪い合いならまだしも、押しつけ合いで戦闘するのも馬鹿らしい。議論は困難を極めた。

 

「で、結局あみだかよ」

「これ以上言い争ってもキリがないからな」

「幻術ってこんなことに使うものだったっけ……」

 

 ベルとレヴィ、二人が押さえる巨大な紙にペンで文字を書いていく。

 この用紙とペンはちまたで便利な幻術で作られており、おそらくこれが、世界でもっとも無駄な幻術の使い道だろうと思われる。ほかの術士が見たら泣くのではないだろうか。

 

「はい、書けました」

 

 完成したあみだくじに名前を書きこんだのは、この場でもっとも中立な立場の利奈だ。

 あみだくじもその気になれば不正はできるだろうが、開始位置を決めるのがフランならばそれは平等だろう。衆目環視だし、新たに線を書き足すことはできない。

 このあみだに当たった陣営が、フランの引取先である。

 

「どちらか当たっても恨みっこなしでいきましょう」

 

 紳士的な発言だが、骸の口元は引きつっている。スクアーロも即座に無理だと突っぱねた。

 

「今からでも名乗りを上げる気はねえか? 奮発して冬の歳暮もつけてやるぞぉ!」

「いいえお気遣いなく!」

 

 スクアーロはまだ交渉しようとするが、これまた骸に力強く断られた。

 そもそも、なんでスクアーロはお中元とお歳暮を知っているんだろう。生粋の日本人である利奈ですら、いまいちどういうものかわかってないというのに。さすがヴァリアー、知識が多い。

 

「もういいですね? フラン、おいで」

 

 正面で茶番劇を観戦していたフランに声をかけると、フランは素直に立ち上がった。しかしペンを持つ利奈には近づこうとはせず、この場全体を改めて見回した。

 

「これって、ミーを連れてく集団を決めるんですよねー?」

「そうだけど……」

「んだよ。言っとくけど、お前には拒否権とかねえから」

「ベル」

 

 あんまりにもあんまりな発言を窘めるが、フランはまるで響いていないという顔で続ける。

 

「なんか面白そーなんで、ミーが自分で決めてもいいですか?」

「え?」

 

 戸惑う一同を尻目に、フランがスッと指を指す。その先には、骸の姿があった。

 

「こっちの集団についていきますー」

「……!」

 

 その瞬間、歓声を上げたのはスクアーロだった。

 果たし合いに見事勝利したかのような咆哮とともに、剣を天高く掲げる。そして骸は、敗北を喫したといわんばかりの顔で川に膝と両手をつき、歯を食いしばった。一目でわかる勝者と敗者だが、二人とも熱量がおかしい。こんな面白い人たちだっただろうか。

 

「そんなにいやかなあ。だって最初からフラン連れて帰るつもりだったんでしょ、みんな」

「子供の身体で未来の記憶があるのならともかく、子供の身体に子供の頭じゃ話は別だよ。これからいろいろ教育するのなら……とてつもなくめんどい」

「そうね。あの身体じゃ荷物持ちも無理だし、私はパスで。あー、騒がしくなるわー」

 

 早くも先の苦労を想像して肩を落とす千種と、我関せずとばかりに伸びをするM.M。

 打って変わって、ヴァリアー陣営は安堵の空気に包まれていた。

 

「まあよかったわ。このフラン連れてったらボスがなんて言うかわからないし。下手したらほかの幹部候補生に暗殺されかねないもの」

「そのほうが楽じゃね? フランがやらかしたら隊長の責任問題にもなるし」

「むっ、そうなればスクアーロの地位は失墜――やはりフランは我々が連れ帰るべきでは?」

 

 子供相手になんてことを。利奈は水に入ることも厭わずフランを庇った。

 

「フラン、絶対あっち行っちゃダメだよ! よくない大人ばっかだから!」

 

 あんな薄汚れた組織に入ったら人格が歪んでしまう。

 一時期受けていた恩も忘れ、利奈はひしとフランを抱きしめた。フランは抵抗せず、されるがままだ。

 

「で、なんでそいつら選んだわけ? さすがに命は惜しかったとか?」

 

 これみよがしとばかりにベルが声をかけてくる。ベルにいたっては、フランを気に入っているのか嫌っているのかよくわからないところがある。真っ先に殺そうとしていたわりに、嫌悪感は出していない。

 

(私も気まぐれで殺されかけたことあるけど)

 

 ともかく、フランが自分で骸を選んだ理由は利奈も気になった。今のところどっちもどっちだったし。

 

「そんなの、見れば明らかじゃないですかー」

 

 腕のなかのフランが首を動かし、ヴァリアー陣営と骸陣営の人数を口に出して数える。

 

「男四人のむさいグループと、女の人が二人いるグループ。どちらを選ぶかなんて明白じゃないですかー?」

「ませガキ」

「ちょっとぉ、こっちだって私っていう花がいるでしょぉー?」

「毒々しい造花がなんか言ってますねー」

 

(あれ? ってことは……私がヴァリアー陣営だったら結果違ってたかもじゃ?)

 

 利奈がヴァリアー側ならばどちらも女一人ずつになって、即決されることはなかっただろう。つまり、利奈がヴァリアーに寝返りたいと言ったあのときに、骸が受け入れてれば――

 

(自業自得! 圧倒的な自業自得だ!)

 

 いい気味である。無理矢理人を引っ張り出したりなんかするから、こういうことになるのだ。

 

 それはそれとして、契約は完遂したのだから報酬は山ほど頂こう。またこんなふうに気軽に使われることのないように。

 

「いよっし、じゃあ帰るかぁ! ボスには悪いが、本人の意思は尊重しねえとなあ!」

「すごく嬉しそうだびょん。欠片も残念そうじゃないびょん」

「離婚するとき、子供があっちを選んだからって責任逃れするタイプね。慰謝料も渋る論外タイプ」

「最低だあ……」

 

 用は済んだとばかりに、ヴァリアーはさっさと引き上げていく。

 去り際にマーモンがいないと口にしていたけれど、そういえば途中からいなくなっていた。あきれて先に帰ってしまったのかもしれない。

 

「くっ……なぜこんなことに」

「あっ、落ち着きました?」

 

 放心していた骸が立ち上がる。膝から下がずぶ濡れになっているが、気にする余裕もなさそうだ。

 

「冷やしパイン……」

 

 ぼそりとフランが呟くと骸は一瞬硬直したが、なんとか耐えて前髪をかき分けた。

 犬は耐えきれずに噴いた。

 

「フ、フフ。まあ、当初の予定通りとはいきませんでしたが、幼い子供ならば逆に調教のしがいもあるというもの。ここから僕に従順な術士に育て上げます」

「骸様、たぶん無理です」

「三つ子の魂百までっていうものね……」

「調教って猛獣に使う言葉らったような……」

 

 骸以外は諦めモードである。

 

 ヴァリアー同様、フランを連れてさっさと帰りたいところだがそうはいかない。このまま連れて行けば誘拐事件に発展してしまう。これから骸は、フランのおばあさんと両親を説得しなければならない。

 もっとも、利奈には携わりようのない後始末なので、帰りの便に乗るまでM.Mと豪遊した。




if.モノマネ大会に参加していたら

「不良の喧嘩を買った直後にツナを見つけて、不良をガチギレさせる獄寺君やります!」
「てめえ表出ろやぁ!」


「チャーハンギョウザおいしい」
(苦虫を噛み潰した顔)
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