新米風紀委員の活動日誌   作:椋風花

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囮デート大作戦

 晴天に蝉の雨が鳴り注ぐ、真夏の応接室。革張りのソファは触れたところからジワリと熱を持つので、否応なしに背筋が伸びる。

 そうでなくても、背もたれに寄りかかることはできなかっただろう。正面に恭弥が座っていては。

 

「……私で、いいんですか?」

 

 かすれた声が喉を通る。夏の暑さのせいで聞き間違えたのではと、疑いが脳をよぎった。あるいは、期待が。

 

「君以外に、だれがいるの?」

 

 足を組んだ恭弥が、利奈の願望を吹き飛ばす。

 

 わかっている。利奈が適任だ。むしろ、利奈以外の風紀委員には絶対にできない役回りである。だがしかし――

 

(とうとう直球で囮役がきた……!)

 

 ついでと本命では、解釈が大きく変わるのである。

 

 ――近頃、並盛町近辺で、高校生カップルが複数人の不良に絡まれる事案が多発している。

 海や動物園などでデートをしていると、どこからともなくやってきた不良が、夏の思い出を台無しにしていくらしい。それだけならまだよくあるというか、めずらしくもない。

 しかし昨日、不良に立ち向かった男子高校生が、暴行されたうえに財布まで盗まれ、警察沙汰になったらしい。

 

 事件化したとあっては、並盛町の風紀を取り締まる恭弥が、黙って見過ごすはずもない。

 そして、犯人を取り締まるにあたり、囮役として利奈に白羽の矢が立った。

 

「一般の生徒にやらせるわけにはいかないし、風紀委員に女子は君しかいないでしょ」

「わあ、消去法」

 

 妥当な人選ではある。日頃から不良、チンピラ、ヤクザと関わっていて免疫があるうえに、同じ風紀委員なので、怪我を負わせても責任問題に発展しない。いつもどおり、使い勝手のいい餌役である。

 

(あれ、いつものほうがひどかったっけ。刃物突きつけられたり、車に引きずり込まれたり……ん? どっちがマシだ?)

 

 思考がまとまらないのは、暑さで脳が鈍っているのか、度重なる襲撃に神経が麻痺しているからか。

 

 カランと恭弥の手元のコップで氷が音を立てるが、利奈の手元にはなにもない。ついででも、自分の飲み物を一緒に用意するのは躊躇われたのだ。これが終わったら、冷たい麦茶を一気飲みしよう。

 

「わかりました。やるからには頑張ります」

 

 高校生に知り合いがいないので、いまいちやる気は上がらないが、迷惑行為を繰り返す不良は討伐すべき存在である。今回も、短縮ダイヤル一番が火を噴くだろう。

 

「それで、ほかにだれが手伝ってくれるんですか? 恋人役がいりますよね。うちの班はみんなリーゼントだから、一班とか?」

「そこなんだけど」

 

 恭弥の表情に、嫌な予感がよぎる。こういう予感は、たいてい外れない。

 

「風紀委員で、その役をやれる人間がいない」

「なんで!? あっ」

 

 言ったあとで、反射的に頭をかばった。この反射神経は、日々の鉄拳制裁の賜物である。さいわい、恭弥はソファから動かなかったが。

 

「えっと、なんでですか? みんな老け顔で高校生に見えないからですか?」

「君って素で失礼だよね」

 

 違ったらしい。

 

 油断すると思ったままに喋ってしまうのは悪い癖だけど、恭弥は意外と目くじらを立てない。並盛町と風紀委員会にさえ言及しなければ、寛容ですらある。そのかわり、地雷を踏んだときの制裁が恐ろしいのだが。

 

「狙われた高校生を一通り確認しての印象だけど。どうやら、弱そうな小動物だけを狙って襲ってるみたいなんだ、この群れは」

「気の弱そうな人を?」

「そう。数人で脅せば抵抗しないだろう相手だけ狙ってる。狡猾にもね」

 

(そっか。だから今まで話題にならなかったんだ)

 

 絡まれてデートとの邪魔をされたくらいで済んだなら、彼女の手前、大事にはしないだろう。

 昨日襲われた高校生は、見た目のわりに度胸があったらしい。そのせいで痛い目を見てしまったが、代わりに風紀委員が腰をあげるきっかけになった。

 

「だから風紀委員じゃ駄目なんですね? どう見ても弱くは見えないから」

「そういうこと」

 

 風紀委員の半数以上は、歴戦の猛者を思わせるオーラをまとっている。どう頑張っても一般人のふりをするのは難しいだろう。

 

「えっと……じゃあ、どうするんですか? 私ひとりじゃなんにもならなさそうですけど」

「今、そこで悩んでる」

 

 恭弥の眉間に皺が寄った。

 

「相手は違う町からわざわざ来てるみたいで情報がない。この時期、群れを組んでうろつく小動物たちはたくさんいて見分けもつかないし。

 それに、街中ならともかく、建物内や園の敷地内で見回りをさせるわけにもいかないから、探すのも手間だ」

 

 すでにいろいろと手を考えたあとなのだろう。

 利奈を使っておびき寄せる作戦も、相手の出没先が何箇所もある以上、非効率だ。

 

(もしかしたら長期戦になるかも。まずは協力してくれる人を見つけなくちゃいけないし)

 

 利奈に高校生の知り合いはいない。それに、いたとしても不良をおびき寄せる餌役なんて、頼めるわけがない。

 

「ヒバリさん、だれか知り合いにいないんですか?」

「いたら悩んでない」

「ですよね……」

 

 早くも難題に直面した、そんなとき。

 

「どうやら、俺の出番だな」

 

 応接室の扉が開いたと同時に、そんな声が二人にかけられた。

 恭弥は目線だけを入口に向けたが、びっくりした利奈は体ごとそちらに向ける。だれもいない。

 

(じゃなくて、下)

 

 幼い声に既視感を覚えて目線を変えると、案の定そこにはリボーンの姿があった。カメレオンの乗った帽子を被った、お洒落な赤ん坊だ。

 

「その話、俺たちも参加させてもらうぞ」

「やあ、歓迎するよ――そこの三人を除いて」

 

 幾分柔らかかった声が一転、冷たく釘を打つ。

 その声に反応して、ドアの背後に隠れていたらしい武がひょいと顔を覗かせる。

 

「よっ!」

 

 片手をあげた挨拶は、どちらに向けられたものなのだろう。恭弥相手なら、大した度胸だ。

 さらにその背後にいるのは綱吉と――おそらく隼人だろう。特徴的な銀髪が、武の肩越しに見えている。

 

「こいつらも一緒で頼む。お前にとっても、有益な話になると思うぞ」

「……ふうん。まあいいよ、君には興味がある。相沢、通して」

「はい」

 

 ソファから腰をあげて四人を迎え入れる。

 恭弥が通せと言ったからには、彼らは客だ。利奈は恭弥の部下らしくソファにみんなを促し、飲み物を用意するために応接室を出る。そのさい、リボーンにコーヒーを所望された。赤ちゃんのうちからコーヒーを飲んで、大丈夫なのだろうか。

 

(あと、ヒバリさんとどんな関係なんだろ? 他人に興味のないヒバリさんにしては、珍しく食いついてたし)

 

 まさかの子供好き――はありえないとして。対等どころか、リボーンのほうがやや上から口調になっているのがとても気になる。

 そもそも、なんで綱吉は学校に乳幼児を連れてきたのだろう。今更すぎて口に出せなかったが、そこも謎だ。

 

 恭弥の麦茶を淹れ直し、ちゃっかり自分の飲み物も用意して応接室に戻る。

 熱いコーヒーを希望されたのでお湯を沸かすのに時間がかかったが、そのおかげで事件の説明がちょうど終わっていた。

 

「つまんねえことしてんな、こっちの不良はよ」

 

 そう言いながら麦茶を手に取った隼人が、眉をしかめてグラスから手を離す。

 六つも飲み物が乗ったお盆を運ぶのは困難で、応接室の入り口を開けてもらうところから、綱吉に手伝ってもらった。引き受けてもらうときに中身が多少零れてしまったけれど、綱吉がやったからか、隼人は文句を言わない。

 気を利かせてティッシュを置き直すも、無視される。

 

 ソファは三人掛けなので、弾き出された利奈はソファの横に立った。恭弥の隣に座る度胸はない。

 ちなみに、リボーンはソファの背もたれ部に座っている。かわいい。

 

「話を続けようか。その三人を囮に使わせてくれるってことでいいんだよね」

「ええ!?」

「さすが読みが早いな」

 

 悲鳴をあげた綱吉を無視して、リボーンが頷く。

 

「ちょ、ちょっと待てよ! 囮ってなに!?」

「鈍いぞツナ。カップルが狙われてるっていうんだから、偽装カップルを作っておびき寄せるのが定石だろ」

「そんな定石知らないよ! えー!? てっきりちょちょっと手伝うだけだと思ってたのに!」

「そんな感じで来たの?」

 

 どうやら、綱吉は軽い気持ちで手伝いに来たらしい。残念ながら、風紀委員がかかわる案件で、その思い違いは命とりである。

 

「ちょっと俺からも疑問いいですか、リボーンさん。そもそも、俺たちがなんでこいつの活動手伝わなきゃなんねーんすかね」

 

(おおっと、リボーン君にも敬語なんだ)

 

 隼人の敬語の使い分け基準がわからない。とりあえず、恭弥に対しての当たりがやけに厳しい。

 

「だいたい、ここはお前が頭下げて頼むところだろうが! なにふんぞり返ってやがる!」

「文句あるの?」

 

 毛を逆立てる隼人を、じろりとねめつける恭弥。

 そもそも、リボーンから協力すると言ってきただけで、こちらからはまだなにも要求していないのに。

 

「まあまあ、落ち着けって獄寺」

 

 武が場を取りなすように声をあげる。

 

「ヒバリは悪さする連中を捕まえようとしてるだけだし、協力するくらい別にいいだろ? 最初はノリノリだったじゃねえか」

「あ、あれは十代目の株が上がると思ったから張り切ってただけで! こいつが関わってるとなったら話は別だ!」

「だからヒバリはなにもしてないだろ? 俺たちで不良捕まえるより断然楽だし、ここは一緒に頑張ろうぜ。ツナも心配すんなよ、こんだけいればなんとかなるって」

「う、うーん」

「ちょっと。群れるつもりはないんだけど」

 

 両者の代表の反応は渋い。

 恭弥はこういう性格なので仕方ないが、綱吉は明らかに怖じ気づいている。

 綱吉がやめると言い出したら、隼人も間違いなく席を立つだろう。武は一人になっても協力してくれそうだけど、そうなると武の負担が大きすぎる。

 

「情けねーこと言ってんじゃねえぞ、ツナ。町の平和を守るのはファミリーの務めだろ」

 

(家族?)

 

 リボーンの言葉に首をひねる。

 

「だから俺はマフィ――そういうのはいいんだって! そりゃあ、平和なほうがいいけどさ」

「平和のために一肌脱げ。それにお前だって、獄寺と同じくらいノリノリだったじゃねーか。うまくいけば京子にいいとこ――」

 

(今日このいとこ?)

 

「わあああああ!」

 

 リボーンの口を塞ごうと飛びかかる綱吉だが、リボーンに顔面を蹴られて弾き飛ばされた。

 子供に蹴られた反応にしてはオーバーだが、自分の勢いが乗算されて破壊力が増したのだろう。なんて運の悪い。

 

「十代目、大丈夫ですか!? これで患部冷やしてください!」

「ありが、イタ、獄寺君、押しつけないで痛い!」

「こういうのは初期治療が大事なんで! 十代目の顔になにかあったら!」

「コップの縁が当たってるから! イタタ、俺が持つから獄寺君離して!」

 

 綱吉に言われ、隼人がグラスを手放す。すると表面の水滴で綱吉が手を滑らせ、グラスは革張りのソファへ――

 

「おっと!」

 

 飛び込む前に武がグラスを掴んだ。

 しかしグラスの中身は飛び散り、幸か不幸か、綱吉の体にぶっかけられた。

 

「ひいいい、冷たっ!」

「この野球バカ! なんてことしてくれてんだ!」

「悪い、ツナ!」

「いや、山本は悪くないし――って獄寺君、ボムしまって! ここで暴れたらヒバリさんが恐いから!」

 

(もう十分に恐いけど――)

 

 恐る恐る様子を窺う。

 思ったとおり、わちゃわちゃと騒ぐ三人に苛立って、組んだ腕の先で指先が拍子を刻んでいた。表情も凍りついているし、いつ爆発するかわからない状態だ。なんとか場を収めなければ、話がすべて飛んでしまう。

 

「うんと、とりあえずみんな手伝ってくれるってことでいいよね? ね、沢田君」

「えっ」

「手伝ってくれるよね」

 

 こうなったらもう綱吉の意思は関係ない。力尽くでも頷かせなければ、無用な戦闘が始まってしまう。

 

「どっちみち拒否権はねーと思うぞ。ヒバリのところまで来て、これだけ騒いだんだ。このまま帰ったら、確実にあとがヤベーな」

 

 そう、そのとおりである。応接室から無傷で出ることすら厳しいだろう。

 リボーンの言葉で恭弥を見た三人が、危機的状況にあることをようやく理解した。次に騒いだ人間が餌食となる。それが確定した空間だ。外の蝉時雨すら耳に入らなくなるほど、緊迫した静寂が場を満たす。

 

「最初から」

 

 目をつむった恭弥が、久方ぶりに言葉を発した。隠しきれない苛立ちをそれでも抑えつけようとしていて、それがかえって恐ろしい。

 

「最初からそう心得てくれていれば、時間を潰さずに済んだんだ」

 

 恭弥が薄目を開いて睨みつけると、三人は相談していたかのように、同じ動きで座り直した。殺気に当てられていない利奈までも背筋を伸ばす。

 

「で、まだなにか言いたいことある?」

「いえ、いいえ、滅相も! お、俺たち、ヒバリさんに従います! ね!」

 

 ――結局、最後には力でねじ伏せてしまった。

 一人涼しげなリボーンがグッと親指立てるが、利奈は応えられずに視線を外す。これでは、協力してもらうのか、協力させようとしているのか、わからなくなる。

 

 

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