新米風紀委員の活動日誌   作:椋風花

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積み重ねられたもの

 書類を書いていた恭弥の腕が止まる。

 

「えーっと? なに?」

 

 利奈は思考が追いつかない。聞こえた言葉をそのまま受け取るべきか、それとも聞き間違いを疑うべきかと、まずそこで迷う。

 

(この姿に変えたって、赤ちゃんにってこと? ううん、もしかしたら違う意味かも。だってそんな冗談みたいな――)

 

「俺たちは、呪いで姿を変えられた。本当の俺はもっとかっこいい」

 

 文字通りの意味だった。茶化すように言うけれど、それで中和されるような内容ではない。思わず恭弥を仰ぐが、恭弥も初めて知ったようで、続きを促すようにリボーンを凝視している。

 

(呪いで姿って、え? 全員って、マーモンも?)

 

 アルコバレーノが全員ならば、必然的にマーモンも含まれる。二人とも確かに赤子らしからぬ振る舞いだが、それにしたって呪いとはいったい。

 

「まあルーチェ――ユニの祖母は変わらなかったんだがな。腹にユニの母のアリアがいたからだろうが」

「待って待って、ちょっと待って」

 

 その状態で赤ちゃんになったらそれは大惨事だが、最初に気にするべきところはそこじゃない。

 

「赤ちゃんにされたって、じゃあ、リボーン君って本当は大人……なの? マーモンも?」

「マーモンは顔を隠してたから元の年齢は知らねえが、俺はな。意外か?」

「だって……ん? あれ?」

 

(そう言われると、そうでもないような……。赤ちゃんなのに普通に話せて、歩けてて、コーヒーも飲める。あっ、ご飯もみんなと一緒)

 

 むしろ、流暢に喋って両足で歩いてコーヒーを嗜んで、そのうえヒットマンを名乗る赤ちゃんのほうがおかしいだろう。すっかり受け入れてしまっていたけれど、改めて考え直せば早熟という言葉ではとても収まりきらない。

 

「なんか、大人って言われたほうがわかるかも」

「だろ?」

「え、なんでだろ。ほんとにそうだよね。なんでおかしいって思わなかったんだろ……」

「俺はプロだからな。変装、擬態はお手の物だ」

「わあ、暗殺者向き」

「殺し屋だからな」

 

 このやりとりも赤子とのものとは思えない。赤ちゃんっぽく取り繕おうとせず堂々としているから、そんなものかと受け入れてしまうのかもしれない。勉強になる。

 

(ランボ君も十年バズーカで大人になったりとかあったし、それの逆って思ったら――うん、ありえなくないか。他人に取り憑いたりとかもできるんだし)

 

 本来は許容できる事柄ではないけれど、すでに数多くのトンデモを目の当たりにしてきている。未来に飛ばされたのが最たる例だろう。

 

「で、なんでみんなが戦うの? どっちかっていうと、その人と戦ったほうがよくない?」

 

 口振りからして、リボーンがその人物に嫌悪感を抱いているのは明らかだ。ほかのアルコバレーノと手を組んで犯人を捕まえるほうが筋が通る。

 

「俺もそうしてえのはやまやまだが、そいつがどこにいるのかもわからねえからな」

 

 わかったらすぐにでも殺してやるのに、と言いたげに銃を見せるリボーン。赤ちゃんの姿では、人捜しも難航するだろう。

 

「連絡取ってきたんでしょ? そこから探れないの?」

「接触してきたのはあいつだが、こしゃくなことに夢のなかに入りこんできやがった」

「わあ、最悪……」

 

 となると、相手は術士なのだろうか。術士ならば、なにができてもおかしくない。Dがいい例だ。

 

(骸さんがそのうち使ってきそうでやだな……)

 

 フランスの件でしばらくは接触を控えようと思っているけれど、夢にまで追いかけてこられたら逃げようがない。寝ているあいだに入りこむなんて、変質者じみてはいるけれど。

 

(あっ、でも夢なら人目気にしなくていいし、極秘事項とか伝えやすくて便利かも。ヒバリさんに見つからないで話せる――ううん、ダメだ。ダメみたい。睨んでる)

 

 利奈の考えることなどお見通しのようだ。下僕期間が延びそうなので、利奈はすかさず思考を切り替える。

 

 リボーンたちを赤ん坊の姿に変えた人物――黒幕は、今度はリボーンたちに争いあうように強要した。普通に考えればそんな指図受けるはずがないが、元に戻る手掛かりは黒幕が握っている。

 

「本来なら脅されたって奴の命令に従うつもりもなかったが、俺以外の奴らが全員乗り気になっちまった」

「ってことは、賞品があったんだね。みんなが絶対に欲しがる」

「察しがいいな。ああ、そうだ。代理戦争の勝者は、呪いが解けて元の姿に戻れるらしい」

「へえ」

 

 恭弥がやっとペンを置いた。リボーンが元の姿に戻れれば、本来の実力を遺憾なく発揮できるわけで。つまり、獲物として申し分ない存在になる。恭弥がそう考えることを見越して、リボーンも応接室に来たようだ。さすが家庭教師、人のやる気を引き出すのがうまい。

 

「それで、どんな勝負なんだい? 前みたいにゴチャゴチャしたつまらないルールじゃないだろうね」

 

 チョイス戦のことを言っているのだろう。あれはひどかった。チョイスという名称通りいろいろ選んでいたけれど、そのほとんどがランダム制。戦闘員までランダムだったから、恭弥は戦闘に参加することもできなかった。あのまますんなり終わっていたら、ルール無用で白蘭たちに襲いかかっていただろう。

 

「ルールはまだわからねえんだ。それぞれが代理を立てて戦うのなら、総力戦になるとは思うがな」

「総力戦……リボーン君とマーモン以外のアルコバレーノも、そういう人脈あるの?」

「元々そういう集まりだったからな。代理に制限はなかったから、どこぞの国家を味方にする奴もいるかもしれねえぞ」

「国家ぁ!?」

 

 そんなの、どうやって倒せというのか。あまりの規模に声を裏返させると、リボーンがふっと笑った。

 

「冗談だ。さすがにそこまでの人脈がある奴はいねえ」

「な、なんだ……」

「だが一人科学者がいるから、殺人兵器や戦車くらいなら出てくるかもな」

「ええ!?」

 

 今度は冗談だが出てこなかった。そんな反則技、ルールによっては本当に死人がでかねない。

 

「だから俺も、最強のメンツを集めてるところだ。ちなみにディーノはもう呼んであるぞ」

「へえ!」

 

(そっか、制限ないからディーノさんもOKなんだ! じゃあ、未来で仲間だった人たちも声かけてるのかな?)

 

 十年前の現在の実力はわからないけれど、たとえばジャンニーニなんかもメカを作れたはずだ。対抗手段があるのは心強い。必要最低限の説明を終えたところで、リボーンが恭弥を見据える。

 

「どうだ? ほかのやつらもそれぞれ最強メンバーを揃えてくるだろうし、お前にとっても悪い話じゃねえと思うが」

「お断りだよ」

「あれ?」

 

 即座に恭弥が断ったので、利奈は素っ頓狂な声を上げた。リボーンが元に戻ったら、絶好の戦闘相手になるし、最強メンバーを集めてバトルなんて、恭弥特効の謳い文句だったのに。途中までの反応もよかったし、てっきり、ノリノリで了承すると思っていた。

 

「ルールどころか、どんな戦闘になるのかもわかってないんだろ? それに、これ以上草食動物たちと群れさせられるのはごめんだ」

 

 恭弥が左腕を掻く。

 

「強い奴らと戦えるっつってもか?」

「だから、好きに戦えるかどうかもわからないんだろ? だったら僕は不参加だ。まあ、目についたら襲いかかることもあるかもしれないけれど」

「乱入するつもりだ……」

 

 単純な話で、どこにも属さなければ、すべてのグループと戦うことができる。不参加なら、ルール無用で全員を咬み殺せるのだ。リボーンたちの未来がかかっているのに、清々しいほどの利己主義である。

 しかし今回限りは、恭弥の主張にもほんの少しは正当性があるのだ。

 

「あのね、この前、島から帰ったあと、ヒバリさん蕁麻疹ができちゃって――ストレスで」

「マジか」

 

 利奈もまったく同じ感想を抱いた。まさかそこまで重傷だったとは思ってもみなかった。

 

(いっつも言ってたもんね、群れるのは嫌いって。今回は自分で行ったけど……)

 

 群れるのは嫌いだが、やられたままではいられないと、自分でヘリコプターを用意してまで島に向かった恭弥。島では団体行動を余儀なくされたようで、ストレスで左腕に無数の発疹ができた。肋骨をやった利奈と横並びで診察を受けていたが、制服の布地が触れるせいで、かなり不愉快そうだった。ちなみに利奈のほうは了平の晴の炎ですぐに治った。

 

「だから、ほかのみんなとチーム組むのはちょっと無理そうなんだよね。ごめんね」

「なんで謝るの」

 

 下手に出たのが気にくわないのか、恭弥がムッとする。

 そうは言っても、メンバーには加わらないがバトルの邪魔はするよとか言ってるんだから、代わりに謝りたくもなる。むしろ、なんでそんな堂々としていられるのかという話だ。

 

「そういう理由なら仕方ねえな」

 

 リボーンがソファから飛び降りる。断られるのは織り込み済みだったようで、あっさりとしている。ドアを開けてあげると、応接室を出る前に一度振り返った。

 

「気が変わったら連絡してくれ」

「場合による」

 

 恭弥は目を上げなかった。

 

 

___

 

 

「呪いかあ……。ヒバリさんは知ってました?」

 

 書類が一区切りついたところで、ソファの背もたれに腕を置く。恭弥側も書く作業は終わったようで、黙々と判子を押していた。

 

 いつも飄々としているリボーンに、あんな事情があったなんて。言われてみれば納得だが、呪いなんて非科学的で突飛なこと、半年前なら信じられなかっただろう。

 

「知らないよ。でも、あれが本来の彼じゃないのなら、本当の彼と戦ってみたいね。いつものらりくらりと逃げられるから」

「だったら、協力して優勝してもらえばよかったじゃないですか」

「それとこれとはべつ」

 

 ピシャリと恭弥ははねのけた。利奈は首をひねりながら机に向き直る。

 

(……あ、でも、リボーン君が勝ったらほかの人は呪いが解けないんだ。……それはちょっとなあ)

 

 パッと出てくるのはマーモンだけど、ほかの人だって元の体に戻りたいだろう。二人とも、出会ってからまったく成長してないし、呪いが解けるまではずっと赤ん坊なのかも知れない。

 

(あれ。それって、すっごく残酷な呪いなんじゃ)

 

 不老不死――ではないだろうが、永遠に赤ん坊の姿ならば、そんなのあんまりだ。少なくとも、普通の生活は成り立たないだろう。学校に通えないし、仕事にも行けない。もしかしたら、家族にも秘密にしているのかもしれない。

 元に戻れるのはたった一人。その座を狙ってみんなが争い合う。だれの味方になっても後味の悪い戦いになるだろう。あえて軽く話すことで、リボーンはその追求を逃れたように思う。

 

(みんなに呪いをかけといて、解くのは一人だけなんて。どうしてそんなひどいことするんだろ)

 

 いったい、だれがなんの目的でそんな呪いをかけたのか。リボーンに聞けば詳しく事情を教えてくれるかも知れないが、戦いに参加するわけでもないのに興味本位で聞くわけにもいかない。そもそも、利奈では戦力に――

 

(……リボーン君、私も数に入れてたよね? ルール決まってないって言ってたし、ルール次第で私もなにか――)

 

「――わかってると思うけど」

 

 語気の強い声に、飛び上がらんばかりに驚いた。動揺を隠しきれない利奈を睨み、恭弥が続ける。

 

「勝手に群れたら完膚なきまでに咬み殺すから、そのつもりでいなよ」

「ひえ」

 

 下僕の考えることなど、お見通しのようだ。

 

 

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